【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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今回一部クッソ見にくいルビ振ってます
ゆるして


16.クラス対抗戦(前編)

 必殺技の訓練を開始して一週間程度経過した。

 クラス対抗戦は明後日である。

 東雲の言いつけによって前日は休養となる。

 つまり――今日が、最後の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――目標めがけて突撃し、刀を振るう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも遠いのだろう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも難しいのだろう。

 

 身体がしたたかに打ち付けられる。何度目かも分からない。

 回避訓練ではない、必殺技の開発。

 何もない、一点特化の特技もなければ高度な基礎操縦技術があるわけでもない一夏にとって、それはまさに鬼門だった。

 

 見せ札――相手の戦意を砕いてしまえるような代物。

 それ以外はノーヒントだ。五里霧中を手探りで進んでいく。

 

 剣を握る。他に武器なんてない。

 制服姿で、太刀一振りのみを顕現させた東雲令を見据える。

 

 彼我の距離は十メートルと少し。

 この『白式』の瞬間的な加速なら一秒かからない。

 息を吸って、剣を構えて。

 空間そのものが縮退されたかのような――猛烈な加速。

 突撃と攻撃を同時に行う。それを何度も繰り返す。

 

「もっとだ。相手の心根を粉砕する重さを込めろ」

 

 地面に転がされた。過程が記憶から抜け落ちる。それでいいと言われた。

 

「もっとだ。相手の武装を的確に破壊する鋭さを乗せろ」

 

 地面に叩きつけられた。回避は考えなくていい、この時だけは当てることだけ考えればいいと言われた。

 

「足りない。足りないぞ織斑一夏。もっとなのだ。相手の全てに対して否定をぶつけるような、そんな一撃に仕上げて見せろ」

 

 決して具体的とは言えない言葉の羅列。

 事実、それを横で見ていたセシリアは本当にこれで何かの役に立つのかと最初疑っていたが。

 

「――もう一回……ッ!」

 

 歯を食いしばり、両腕で身体を起こす一夏の顔。

 それを見れば、彼が何かを得ているというのが分かった。

 

(それに、表情だけではありません。実際問題、動きも斬撃も鋭く……力強くなってきています)

 

 はっきりいって何がどう作用してこうなっているのかは一ミリも分からない。

 王道の理論派であるセシリアにとっては、東雲のアドバイスは何の役にも立たない。

 しかしそれを糧にして血肉として身体に流し込んでいる男が、いる。

 

「……感覚派とは複雑怪奇ですわね」

 

 隣の箒に、思わずそうぼやいた。

 

「まあ、剣術を学ぶ上では感覚も重視されるのでなんとも言えないのだが」

 

 困った表情でセシリアの一番の友人はそう返す。

 

「一夏なりに学んでいるのだから、私はこれでいいと思う。問題があるとすれば」

「……間に合いませんわね」

 

 直線の突撃以外のパターンも試しているが、目に見えた成果はない。

 

「立ち回り自体は改善したと思う。相手のテンポに乗らないように調整することもできなくはない。だが」

「試合をひっくり返す肝心の攻撃が未完成、ですか」

 

 何度も転がされ、砂をかぶる一夏を見ながら。

 箒は顎に指を当てて考え込んだ。

 

「……それに。間合いの測り方を意識するようになってから、戦闘スタイルが微妙に変わった気がする」

「と、いいますと?」

「あいつ……直感を意図的に抑え込んでいるというか。なんというか、動き方が理屈っぽくなってきたというか」

「――冗談でしょう?」

 

 彼が感覚派なのは、セシリアが身を以て証明している。

 土壇場での爆発力。

 型にはまらない切り返し。

 優勢に物事を運ぶのではなく、一つ一つのシーンを処理していき、結果的に勝利へと結びつく。

 どれをとっても感覚派の特徴だ。

 

「ベースが感覚派、というか、感覚的に動いている要素があるのも間違いない。だが……いや、気のせい、だろうな」

「……一応、もっと詳しくお聞きしたいのですが」

「あ、ああ」

 

 箒は人差し指をピンと立てた。

 

「所感だが、感覚派は()()()()()()()()()()()()

「分かります。究極的に、勝負というのは、相手が倒れていて自分が立っていたらそれでいい――そう思っているタイプですわね」

「だが理論派は、相手と自分以外にも目を向け、()()()()()()()()()()()()()()……やや気取った言い回しになってしまったな」

「いえ、おっしゃるとおりですわ」

 

 セシリアは一夏が顔面から地面に突っ込まされるのを眺めながら頷いた。

 隣の友人の言い回しは実に的を射ていた。自分の意識をしっかり読み取られている、という警戒心にもなった。

 

「ならばこそ……今の一夏は……空間そのものを相手に、悪戦苦闘してるというか」

「それ、は」

 

 言葉としては分からなくはない。

 だが――感覚派と理論派の行動、どちらもやってのけることなど、できるはずがない。

 

 再び突撃した一夏が、迎撃の剣をもろに食らい、もんどりうって地面に倒れ込む。

 その様子を見ながら、箒はぎゅっと拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――クラス対抗戦当日。

 箒とセシリアと東雲は、三人並んで観客席に座っていた。

 気持ちとしてはピットで応援したかったのだが、集中を乱したくないという気持ちもあり。

 何より、試合の開始から終了まで全てをしっかりと見届けたかった。

 

「中近距離における戦闘機動は、最低限のラインまでは引き上げられました。ですが」

「必殺技は未完成、か」

 

 箒とセシリアは苦い声を漏らす。

 結局、必殺技は完成しなかった。

 更には対抗戦の第一戦、対戦相手は――鈴だ。

 最大の仮想敵として想定していた相手との衝突。訓練を見守っていた人間としては、陰惨な気分になってしまうのも仕方ない。

 

「当方たちが理想とする水準には届かなかった、それは確か。だが試合の中で、未完成の技が大きな働きをすることは十分にあり得る」

「……東雲」

 

 思わぬ励ましの言葉だった。

 見れば東雲は、毅然とした表情でアリーナを見据えている。

 

「可能性は常にゼロではない。可能性とは常に踏み越えていくもの。織斑一夏に――勝機はある」

「……ッ! うむ、うむ! そうだな!」

「……ええ。わたくしたちはもう、後は信じるだけですわね」

 

 三人の言葉に追随するようにして、周囲に座っていた一組生徒らもそうだよと同意する。

 

「頑張れー織斑くーん!」

「負けるなーっ! フリーパァァァスッ!」

「負けないでっ……! がんばって――っ!!」

 

 わっと一組のクラスメイトたちが声を上げた。

 届くかどうかは分からないが……それが彼の背中を押せたらいいと、箒は願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(詰んだわこれ…………)

 

 東雲令は必殺技が完成しなかったので内心普通に頭を抱えていた。

 

(いや未完成の必殺技が活躍するのだってあり得ないと言い切れるわけじゃないから曖昧に誤魔化しちゃったけど、まずありえねーでしょ。皆も応援でカバーしなくていいから……これは指導者として完全にケジメ案件です……)

 

 どうやら完璧な必殺技を対抗戦前には伝授するつもりだったらしい。

 だがそんなにうまくいくわけがないというか、見込みが甘すぎるというか、ハイレベルな要求をしすぎているというか。

 

(ぐぬぬぬぬぬぬ…………なんか系統が違うっていうのは感じてはいたんだけど、どーにもおりむーとは()()()()()()()()()()()っぽいんだよなあ……教え方をもう一度根っこからしののんと相談するべきでは……?)

 

 一番彼を見守っていた師匠が、目の前の試合を、一番投げていた。

 

 お前精神状態おかしいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、『白式』」

 

 低い声で呟くと同時、パッと散った粒子が身体を覆うように集まり、純白の装甲が顕現する。

 何度も地面に叩きつけられた相棒。既に感覚のラグはほとんどなく、なじみ深く、愛着すら感じ始めている。

 

(……勝てるのか、俺は)

 

 ピットからせり出すカタパルトレールに両足を設置する。

 だが気分は重い。

 

 結局一夏は、東雲の要求した課題をクリアできなかった。

 まさに始まろうとしている戦いにおける最大の武器を、完成させることができなかった。

 

(いや、後ろ向きになるんじゃない。いつだって、その時にやれること全部をぶつけることしかできないんだ)

 

 師の言葉を深く刻み込み、息を吐く。

 敵は格上にして未知数。自分が有利になることはあり得ない。

 どのみち苦しい戦いになる。ならばもう誤差として割り切るしかない。

 

(今の俺にできること、全部をぶつけるだけ。それだけだ)

 

 キッと前を見据えた。

 背部ウィングスラスターがゆっくりと熱をため込んでいく。

 

『織斑君、発進準備よろしいでしょうか』

「はい」

 

 山田先生の言葉に力強く返す。

 迷いを振り切ることはできない。苦悩を忘れることはできない。

 でもそれは今じゃない――今この瞬間だけは、成すべきことを成す、それだけに注力する。

 

『織斑……やれるか?』

「やれることを、全力で……!」

『いい返事だ』

 

 千冬は満足げに頷いた。

 システムオールグリーン。山田先生は管制室のコンソールに指を走らせた。

 発進進路上に設置されたランプが緑色に切り替わる。

 

『発進準備完了。経路クリアー。タイミングを織斑君に譲渡します』

「了解。織斑一夏――『白式』、行きますッ!」

 

 思考と連動して、即座にカタパルトが疾走。Gに歯を食いしばって耐えながら、開けたアリーナの大空に飛び出す。

 スラスターを作動させて姿勢制御。

 会場は歓声に包まれている。その中でゆっくりと拳を握り、心を落ち着かせる。

 既に発進していた鈴が、眼前に、静かに佇んでいた。

 

 目視すると同時に愛機がウィンドウを立ち上げ、敵の概要を並べる。

 思わず一夏は内心で絶叫した。

 

(第三世代機『甲龍(シェンロン)』――第三世代機だと!?)

 

 出鼻を挫くような誤算。

 第三世代機とは、実用性を高めることに主眼を置いた第二世代機とは異なり、イメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の運用を目的としている。

 

(ってことは、特殊兵器あるんじゃねえか!)

「…………」

 

 何も語らないまま、鈴はその赤銅色の装甲をつうとなでた。

 緊張に、一夏は喉を鳴らす。

 

「ねえ」

「……なんだよ」

「聞いたんだけどさ。アンタ、本気で、IS乗りとして頑張りたいんだって?」

「ああ。そうだよ」

 

 即答――鈴は笑った。

 今にも壊れてしまいそうな、似合わない破滅的な笑顔だった。

 

「ならいいわ。()()()()()()()

「……ッ!」

 

 奇しくも、それは一夏がまさに告げようとしていた言葉だった。

 代表候補生の本気をこの短期間で二度も味わえる。それが僥倖であることを理解して、一夏は頷いた。

 しかし。

 

「アンタはここで潰す。完膚なきまでに叩き潰す。追い詰めて踏みにじって砕いてあげる」

「……鈴?」

 

 言葉は、続いている。

 

「もう飛べないように翼を切り裂いて、もう叫べないように喉を突き破って。二度とそんな妄言を吐けないよう欠片も残さず()()()()()()()()

「何、言って」

「否定する。全否定する。何もかもぶっ壊さないとこっちの気が済まない(もとにもどらない)

 

 言葉は、映し出している。

 

イライラすんのよ素人のクセに(あたしをおいてかないで)

 

 煮えたぎるマグマのような言葉に、幼くて小さくて震えている心が投影されている。

 

分相応って言葉の意味を教えてあげるわ(あたしのしらないとおくにいかないで)

 

 ――鈴は表情を怒りに染めているのに、涙はこぼしていないのに、けれど泣いていた。

 

「だからぶっ潰す。あんたの夢物語はここで仕舞いにする」

 

 観客たちの声援は空々しく響いていた。

 今、一夏の耳には彼女の言葉しか届いていない。

 

「おま、え……」

「構えなさい」

 

 量子化され格納されていた、巨大な青竜刀――双天牙月(そうてんがげつ)が二振り顕現し、それぞれ左右の手に収まる。

 歓声はついに最高潮を迎えようとしていて。

 けれど対峙する二人の空間はこれ以上ない静謐に満たされていて。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 ――そう『白式』が叫ぶと同時、呆然としていた一夏は、不可視の衝撃に殴り倒された。

 

「――ッ!?」

 

 逡巡、困惑、全てが吹き飛んだ。

 被弾を知らせるアラートが直接脳内に響く。

 攻撃を食らった。接近をしてない。刃が振るわれたわけではない。

 つまり、これは射撃兵器のはずだ。 

 

(何も、持ってなかっただろ……ッ!?)

 

 意味が分からない――が、思考停止は敗北に直結する。

 きりもみ回転しながら墜落する身体を急制動させ、とにかく現在位置から退避。

 武器を出す暇もない。ジグザグに駆け抜けるようなランダム回避機動をしつつ距離を取る。

 

(何度見ても刀しか手には持ってねえッ! 取り付け式の砲撃装備もねえッ! 何より真正面から衝撃を食らったのに銃弾が見えなかったッ!!)

 

 彼我の距離は射撃戦に向いた、つまり当初のプランで維持するべきベストな距離感であった。

 相手の突撃をいなしつつタイミングを見計るという戦術。

 その根幹が、たった今、崩れる。

 

「知ってるでしょ? 『絶対防御』は完璧じゃない。ISバトルの最中にアンタを痛めつけることは可能なの」

 

 連続して地面が揺れる。見えない爆撃を受けているように、一夏の軌道に沿ってアリーナの大地が砕けていく。

 明らかに彼を狙った砲撃。だが武器はない。破壊された大地に銃弾も残っていない。

 思わず一夏は絶叫しそうになった。

 

()()()()()()()()()()だとッ!? 何なんだよこれはァッ!)

 

 チャージ音が響く。恐らく攻撃の予兆。

 頭を振って意識を集中させる。同時、瞬間的な思考の閃き。

 

(落ち着けッ。ダメージが発生している以上、目に見えないだけで砲弾は存在する! 俺の目に映るものがすべてじゃない! 見えないものを無理に見ようとするな、ただ導き出せばいい!)

 

 一夏は地面スレスレを疾走しながら、咄嗟に右へサイドブーストをかける。

 急旋回の余波が土煙を巻き上げた。それは薄いヴェールのようにして白い機体を覆う。

 

(射撃あるいは砲撃、それは確かだ! 理論的には弾丸があって然るべきなんだッ! これなら、弾丸の形状・サイズ・速度は可視化できるはずだろッ!)

 

 その場で打った、敵のカラクリを暴くための布石。

 果たして。

 

「ブッ潰れなさい」

 

 空間を砕くような重い音と共に強い衝撃。

 愛機のバリヤーを貫通し、しかし『絶対防御』が作動するまでには至らず、体内が軋むような痛みを押しつけられる。

 

 その時。

 一夏は見た。

 一夏は確かに見た。

 

 鈴の機体に変化はなく射出音もなく――だが、まるで弾丸があるように、土砂のヴェールを()()()()()()()()

 ごろごろと地面を転がり、しかし最後に右腕で地面を押して跳ね起きる。

 瞬間――『雪片弐型』を展開して、切っ先を上空の鈴に突きつけた。

 

「――これで決まりだ! お前のそれは砲身も砲弾もない砲撃なんかじゃない! 不可視の弾丸を撃ち出す装備があるだけだ!」

「……ッ! それが分かったからって何を偉そうにしてんのよッ!」

「弾速が分かった! 弾丸のサイズも分かった! 打つ手がない、わけじゃないってことなんだよ!」

「そうやって! 自分はIS乗りとしての才能があるとでも言いたいわけ!? アンタはぁっ!」

 

 もうそれは悲鳴に近かった。

 鈴は特殊兵装――両肩に設置された衝撃砲『龍咆』を稼働させる。

 

 戦闘に没入していく一夏の思考に僅かなノイズが走る。

 彼女は今泣いている。泣いているんだ。

 

(だけど――戦いの中で、慰めの言葉でもかければいいのか? 泣いている理由も分からないのに?)

 

 打ち出される不可視の弾丸から逃げつつ、一夏は戦況の打破と、鈴の心理――そのどちらにも思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(射撃できるの? 終わったわこれ)

 

 東雲令は内心で嘆息した。

 

(もう本当に厳しいなあ~……あっ、でも、負けたら……だ、抱きしめて慰めてあげられたり、するんじゃないかな……!? シャァァァァァッ!)

 

 自分がそのポジションにいるという根拠を出せ根拠を。

 

(とりあえず戦闘終わったらまず会いに行って、いや待てシャワー! しゃわー! 浴びる時間ないなこれ! やっぱ香水の一つや二つ持っておくべきだったのか! クソが! かんちゃんから整備後に使うオイルの匂い消しのやつ今から借りるべきか!?)

 

 弟子の勝利を願う、師匠として在るべき姿は微塵も見られず。

 そこにいたのは卑しい俗物だった。

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「初出勤です」



次回
17.クラス対抗戦(後編)

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