書いてないエピソードが多すぎてびっくりしました
何を思って第二部完とか言ってたんだろう
――そこは世界の果てのような場所だった。
猥雑な室内の空間はしっとりという言葉の対極にあり、カウンターにこぼれっぱなしの液体や得体のしれない香りを充満させる濃い煙のせいで、肌の表面がねばつくようだった。中年の大柄なバーテンダーはそれを咎めようともせず、ガムを噛みながら黙々とグラスを磨いている。
仕事をして酒を飲む。疲労をアルコールでごまかしてハイになる。その繰り返しで日常をやり過ごす。ある日仕事をクビになる。すると金がなくなる。アルコールは欲しい。ハイになりたい。金を求める。暗闇に入り込む。穴に落ちる。
全員、そんなものだ。
口々に金の調達法を練る。どれも現実的じゃない。国境を越えてスイスの銀行を吹っ飛ばそうと誰かが言う。下品な笑いが巻き起こる。だが翌日には、右からやってきたドラッグや武器を左に流すだけの日々に戻る。おれたちはプロフェッショナルだと息巻く。右からも左からも、彼ら彼女らはただの中継地点としか認識されていない。運ばれたドラッグは同様の破落戸が使い切る。武器はチンピラが脅しに使う。それだけの結果しか生み出せないと、心のどこかではわかっている。この閉塞感をぶち破るようなことがあるなら、期待してもいい。だが誓って――それこそ神に誓って――そんな非日常は起こりっこない。全員、いわゆる一般的な日常から弾かれて、けれど非日常にどっぷりつかることもできない半端者だった。
半壊している壁をバーの下品な照明が点滅しながら照らし上げる。女がシャツを脱いでブラジャーを露出し、男が口笛を吹く。一人カウンター裏にいるバーテンダーは呆れたように嘆息した。暇つぶしのストリップごっこ。お決まりだった。
「あまり感心しないな」
全員弾かれたように顔を上げた。
バーテンダーですら気づかなかった。カウンター席に、ドイツ軍服を着た女が一人座っていた。
女――いや、少女だった。かなり小柄だ。150センチを割り込んでいるだろう。
彼女は左目に眼帯を付け、まばゆい銀髪を腰のあたりまで下げていた。
「君にその色のブラジャーは似合っていない……もう少しパステルカラーに寄せるといい。肌が映えるぞ」
「なんだおまえ」
一人の男が立ち上がった。それからすっ転んだ。
ほかの人間はそれを笑ってから、立ち上がろうとして、ぴしりと動きを止めた。
気づかないうちに、バー全体に鋼糸鉄線が張り巡らされていた。
「三日前にトカレフ2丁とコカイン50gを運んだだろう。随分しょっぱい仕事だが……それと一緒に小包を一つ運んだはずだ。それは君たちが触っていいものじゃなかった。本来はこんな場末の運び屋に来るようなものでもなかった」
誰もしゃべらない。バーテンダーはグラスをそっと水場に置いた。
「君たちにそれが回ってきたのは、君たちではなく
そう言って、少女はカウンター越しにバーテンダーを見た。
彼の両眼は既に普段の物静かさとはかけ離れた炎を噴き上げていた。
「『黒兎』か」
「私はしばらくドイツを離れる。だが貴様を野放しにしていては、心残りを残すことになる。渡りに船というやつだ――迂闊だったな」
「その言葉、そのまま返そう」
カウンターがひっくり返された。
少女は天井すれすれまで一気に跳躍し、宙返りを組み込みながら、バーの壁際に両足と膝で着地する。
バーテンダーはカウンターを、正確に言えばカウンターに擬態していた特殊機械兵装腕を両腕に着装。硬質で重い機械音が響き、照明を揺らした。
「――タイプ966。まだ愛用していたとは、軍人としての誇りを捨てたわけではなかったのか?」
「軍部への忠誠はあの日、階級章と一緒に捨てたさ。だがこいつは違う。敵の血を吸ってきた相棒だからな」
「文字通りの半身だな。別れは済ませたか?」
空気が両断される音。
少女が懐から取り出したナイフが超高振動を開始し、空間を震わせた。
バーテンダーはちらりと彼女の階級章を見た。
「
「確かに寝坊してはいかんな。早く済ませることにしよう」
集っていた若者たちは指一つ動かすことを許されず、その激突を固唾をのんで見守ることしかできない。
特殊機械兵装腕がうなりを上げる。
分子切断ナイフが猛り狂う。
「さあ――魔剣の錆となるがいい」
少女が酷薄に告げると同時。
両者は同時に突撃し、真正面から激突した。
IS学園地下機密施設。
特殊なシステムレベルで管理されているそこは、学園すべてのデータが集積される、いわば
その広大な空間でいくつものモニターに囲まれながら、織斑千冬はうめいた。
「束、なのか……」
破壊された無人機の残骸と、東雲が撃退した有人機。
照らし合わせ、何度考えても、千冬にとってはそれを成し遂げられる人物は一人しか心当たりがない。
(だが、何のために。いや、そもそも今あいつはどこで何をしているんだ)
目的が分からない。一夏をあそこまで追いつめて、何がしたいというのか。
身内を傷つけられた怒りはある。だがそこに、親友の存在が水を差す。
(……殺そうとしているわけではない。だが痛めつけてはいた。何かを待つように。そして)
モニターの一つ、それは『白式』から共有された、一夏視点での戦闘映像。
最初に乱入してきた無人機――便宜上ゴーレムと呼称することにした――が、一度ダウンした後に再び立ち上がり、音声を発している。
"――零落白夜は――どこだ"
千冬はちらりと視線を逸らした。
地下施設の片隅に置かれた、まるで家具のような自然さで佇む鋼鉄の鎧。
かつて世界最強の栄光をつかみ取った第二世代IS『暮桜』。
(……『零落白夜』はあそこにある。封印状態だ。ならばゴーレムの狙いはここだった? いや、あれは『零落白夜』を求めながらも、一夏しか狙っていなかった)
つまり。
「――考察。織斑一夏のISは、元より『零落白夜』が発現する
音もなく、空間に人影が増える。
千冬は緩慢な動作で振り向いた。
「……東雲。ここは立ち入り禁止だと何度言えば分かる」
「失礼。ですが当方は織斑一夏の護衛を命じられ、それに包括される調査であれば最大限のアクセスレベルを行使することを認められております」
「……政府め」
元より千冬にとっては、東雲令が一夏の護衛として派遣されるのは寝耳に水だった。
派遣というより押し付けに近い。
日本代表の座をどうするか、本人のいない間に決めてしまいたいという意思と、その争いに本人を巻き込みたくないという意思が奇跡的にかみ合ったのだ。
「僭越ながら具申いたします」
「なんだ」
「当方は篠ノ之束との対話を提案いたします」
それは理にかなった提案だった。
オータムとの戦闘ではてめぇ当方のおりむーに何してくれてんだクソがちょっとおっぱい大きいからって調子こいてんじゃねえぞ殺す殺す殺す絶対にぶっ殺す! と殺意を優先してしまったが、どんな理由から、何を目的とした行為だったのかをまだ知らない。
「敵を知り、己を知れば百戦殆うからずといいます。対話の結果が敵対であれ和解であれ、相手を知ることは少なからずの利点を持つと当方は愚考しております」
「……無理だ。私も今、あいつとは連絡が取れん。元より向こうから連絡が来るのを待つばかりだったからな……」
「では何の説明もなかったと?」
「そうだ」
「それは――
わからん、と千冬は虚空をにらみつける。
「結局私は……やつのことを、理解できたためしはなかったのかもしれんな」
「当然でしょう」
「手厳しいな」
思わず恨み言のようにうめいた千冬に対して。
迷うことなく、東雲は断言する。
「人間同士の相互完全理解など不可能である、と当方は考えます。故に当方たちは、限られた理解の中で相手を慮り、情を交わし、そうして歴史を積み上げていくのです」
「……お前」
「ですから、その。決して、理解不能という言葉は、何らかの責につながるわけではないのです」
その言葉を聞いて、千冬は呆気にとられた。
まさか。
まさかこの女――この語調と表情で、今、こちらを慰めているのか――!?
「ふ……ふは、はははは! なんだお前、急にどうした?」
「……当方の観察が誤っていなければ。織斑千冬先生は、平時よりも憔悴しているように見えましたので」
図星だった。
千冬はフンと鼻を鳴らして、視線をモニターに戻す。
「ああ、そうだよ。立場に縛られ、本領を満足に発揮できず、結果として私は
世界最強に至った彼女とは思えないほど、ストレートな弱音だった。
それを聞いて東雲は顎に指をあてる。
「……織斑一夏は任せてください」
「ほう。私から束に連絡はとれんと言ったはずだが」
「はい。だからこそ、待ってあげるのが、最良かと当方は考えます」
千冬はモニターを滑らせていた指を止めた。
待つ。どれほど気の長い話になるのだろうか。
だが確かに、親友なのならば、それぐらいはやってのけなければならないだろう。
「……やれやれだ。いいだろう。待ってやるさ、あのバカを。だがな、東雲」
「同意。結果が敵対なのならば当方は迷わず篠ノ之束を殲滅します――其方ができないのなら」
「ふざけるな。あいつを殺すとしたら、それを実行するのはこの世界でたった一人、この私だけだ」
「了解しました」
東雲はそれを聞いて、頭を下げた。
するりと後ろに下がり、彼女の姿は闇の中に溶けていく。
(……いらん気を遣わせてしまったな)
千冬は再度、無人機のデータ吸い上げと有人機の解析に戻る。
その眼光は、先ほどよりずっと生気にあふれていた。
(おりむーを、支えなきゃ)
馬鹿やめろ。
(今、支える人が必要だと思う。しののんとかりんりんとか、あるいはせっしーも心配してるはず。でも多分、一番、彼にとって今、必要なのは……あの時のあれに、答えてあげること、そう思う)
寮の廊下を一人進み、彼女は目的地の前で止まった。
1025室。織斑一夏の自室である。
(ええっと、なんか部屋に来るのは久しぶりだなあ)
東雲はぴしりと背筋を伸ばした状態で、一夏の部屋のドアをノックした。
しばらく待てば、憔悴しきった様子の部屋の主がドアを開け、その姿勢のままぎくりと硬直する。
「……織斑一夏」
じっとりと手汗が出ているのが分かって、東雲は両手でスカートのすそをぎゅっと握った。
声が震えそうになる。目をそらしそうになる。必死に気張った。
「あ、ああ東雲さん…………どうか、したのか」
「いや、大事ないかと、見舞いに」
緊張から言葉がうまく出てこない。
だから観察がおろそかになり、一夏の顔色が、ほかならぬ東雲を見た瞬間に少し変わったのを見落とした。
「ああ……うん。大丈夫。おかげで、大怪我とかはしてない」
「そう、か」
「…………」
「…………」
「……えっと?」
無言に耐えきれなくなった一夏の困惑に、東雲は改めて背筋を伸ばし。
覚悟を決めた。
「その、以前、其方が言ったことだが。当方の、隣に至りたい、と」
「――――ッ」
「今日、ああいうことがあって。当方も答えを出さなければならないと思った。まだ気持ちに整理はついていない。具体的にどうしていくのかも分かっていない。だがこのまま放っておいていいとは、思わなかった。おそらくそういう意味では、当方は、其方に絆されているのだろう」
「――――――――」
「だから」
決然とした態度で、東雲は彼の瞳を見た。
「肯定する。了承する。当方の、隣に。其方が至ることは……当方にとっても、好ましい。そう感じている」
「…………ごめん、あの話、少し、考え直させてくれ」
(!?!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!??!!?!?!?!?!?!)
「俺も、いろいろあって。整理がつかないんだ。俺は……あの言葉をないがしろにしようとは思わない。でもやっぱり、今、すごく……自信がない。俺なんかが君の隣に、って。そう悩んでる」
声色は重かった。一夏は視線を床に落として、ぼそぼそと、覇気なく話している。
東雲は雷鳴に打たれたように目を見開き、ぴくりとも動けない。
「でも、ちゃんと考えて、結論は出す。だから……ごめん。今は答えられない」
「縺ゅ>縺�∴縺� �撰シ托シ抵シ���スゑス� �ク�ケ�コ�ア�イ�ウ�エ�オ �ァ�ィ�ゥ�ェ繧ゥ譁�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ讖溯�繝サ遐皮ゥカ�樞包シ搾シ�ソ��。繹ア竭�竇。」
「じゃあ、悪いな。見舞いに来てくれたのに、こんなこと、話しちゃって……おやすみ」
何か言う前に。
ばたんと扉が閉められて。
それはまるで、心を閉ざす音のようにも聞こえて。
(――――告白されたと思ったらフラれたんですけどぉ!?!?!?!?)
これは本当に東雲は悪くない。多分。
こうして力を求める少年は、力しかない少女の輝きに目を焼かれ。
自分が何を目指しているのか。自分は今何をしているのか。深い霧の中に閉ざされた。
次に彼が顔を上げたときに、誰が彼を待っていて、彼はどうするのか。
そのカギを握るのは――
(……フラれた……おりむーに……フラれた……フラれた……フラれた……フラれた……)
――ひょっとしたら東雲令なのかもしれない。
(今度こそ)第二部完ッッッ!!!
何はともあれようやく第一巻を抜けられたので良かったです
あっ文字化けっぽいのは意図的なやつです
第三部 Re; Start(仮)
巻紙礼子さんと大人のデートしたり簪とオーズの最強フォームは何なのかレスバしたりラウラとクロスカウンターしたりするお話の予定です
シャルは登場するけどメインとして扱うのはまだ先になりそうです(申し訳程度の原作再構成要素)
当然のようにストックが死んだので充電期間を置きます、ご容赦ください