2019/02/16 18:00 上記フォント使用
多分これが一番早いと思います
ほんとかよ(フォントだけに)
きっかけは些細なことだった。
セシリアと鈴は模擬戦のさなか、ピットで整備中のラウラとシャルルにも声をかけ、変則タッグマッチをしないかと持ちかけた。
どうせ見られているのなら、トーナメントにおいて難敵であると想定される相手は全員引きずり出したい。
さすがに観客席にいた箒や簪、上級生たちも苦笑したが、フランス代表候補生とドイツ代表候補生はこれを快諾。
――そして鈴&セシリア、シャルル&ラウラの組み合わせで模擬戦が始まろうとして。
あ、と。
箒が間抜けな声を上げた。
上級生の中でも観察眼に長けた、ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアも三つ編みの髪を振り乱して驚愕した。
ラウラの愛機『シュヴァルツェア・レーゲン』が紫電を散らした。
外見的な異変はそれのみ。だが知る者は知っている。
「――『アンプリファイア』っ!?」
ISの戦闘機動は脳からの意思伝達によって行われる。そこにはIS乗りの感情も多大な影響を及ぼす。
故に、
搭乗者の精神にはたらきかけ、好戦的な意識に組み替え、視界に入るものすべてをなぎ払う残忍な人格を形成する。
精神への影響が当人次第で振れ幅が発生するのと、敵味方区別なく攻撃を加えるケースが多発したため開発は中止され条約でも禁止されたそのプログラム。
ラウラの深紅の瞳が一瞬見開かれて、しかし直後には、昏い炎を宿した。
直後。
暴力そのものを煮詰めたかのような、
風が吹いていた。
夕陽がゆっくりと、水平線に押し潰されていく。
一夏はその光を、最後の力を振り絞っているようだと感じた。
「おりむら、いちか」
か細い、今にも消え入りそうな声だった。
名を呼ばれていて、だけど、返事をうまくできない。
夕陽に染まる東雲令は、見たことがないほどに弱々しい姿を見せている。
「……隣、座るか?」
なんとか、言葉を絞り出した。
東雲はこくんと頷いて、ベンチに腰掛ける。
両者の距離は拳二つ分ほど。
近くて、遠い。
一夏も、東雲も、そう思った。
「……」
「……」
隣に座る少女が数秒に一度ぐらいの割合で、こちらの様子をうかがっている。
訓練を抜けた、つまり挫折した男が一人で黄昏れていたら、当然気を遣うかと一夏は黙考した。
だからといって、なぜかどこかへ立ち去る気も起きない。
「…………」
「…………」
言葉を交わすべきだと、思った。
きっと痛みすら伴うと、思った。
まだそんな資格すらないとも、思った。
だけど。
変わるというのは、痛いということだ。
「……おれは」
伝えようと、思った。
言葉にして伝えようと、思った。
「俺は……君みたいに、なれないかもな」
最初に諦観を吐き出した。
他ならぬ張本人相手にそれを言って、一気に、荷を下ろしたような気持ちになった。
「そう思って。そこから、色々考えたんだ。君みたいになれない。君のようでありたいのに。それなら俺は、どうしたら追いつけるんだろうって――」
言葉を切った。
少し、息を吸った。
「とにかく、悔しかった。小さなことで揺れる弱い自分が、情けなくて、みっともなくて……悔しいと思った」
「…………」
「やっと分かったよ。初めて、知った。思い知らされた。
それでも、今もなお、手は震えている。
「だから本当は、って。俺は本当はどうしたかったんだろうって。そう、考えて――」
「これは、恨み言に近いのかもしれない」
え? と。
言葉を遮られた一夏はあっけにとられた。
東雲は隣に座って、まっすぐ顔を前に向けている。彼女は潰れていく夕陽を見据えて、静かに息を吐いて。
それから。
すうと、身体がこちらに倒れこむ。
「!?!?!?!?!?」
咄嗟の反応で、一夏は膝に落ちそうになった東雲の頭を受け止めて、どうしたらいいのか分からず、とりあえず肩に乗せた。
何が起きているのかさっぱり分からない上に髪からいい香りがするし温かい。
完全にテンパった彼にダイレクトに体温が伝わって、混乱の極地にいるのに一夏は安らぎすら感じていた。
見事に場のイニシアティブを握ってから、東雲は唇をかすかに動かす。
「過去の其方は、当方の隣に至りたいと言った。それはきっとこうして……時には、どちらかが支えたりすることもある未来のことである、と当方は認識している」
「あ、ああ」
逡巡しているかのような息づかいが聞こえた。
「過去の自分を、裏切るな」
言葉は暖かい風に吹かれて飛んでいってしまいそうだった。
一夏は思わず彼女の顔を注視した。
「当方の期待など、いくら裏切っても構わない。だが……過去の自分だけは裏切るな」
過去の自分。
ラウラが必死に否定しようとして。
一夏が苦しめられている、かつての幻影。
だけど。
ここに至ってようやく一夏は思い出す。
「過去の其方は、怯えていただけじゃない……前に進もうとしていたはずだ。その意志を、裏切らないであげてほしい」
輝かしい未来に向かって。
負けたくないと雄々しく叫んで。
そうしていた織斑一夏も、また織斑一夏であって。
「過去の自分自身は、最も無視できない呪縛だ」
「――――」
「だからこそ……踏み潰しては、いけない。乗り越えても、いけない。背負っていかなくてはならないのだ」
時間は平等に過ぎ去っていく。
楽しい思い出を風化させ、悲しい思い出を沈めてくれる。
だからといって、それらの価値が変わるわけではない。
「ここで逃げ出せば、其方は
「……ッ」
「それはきっと、今以上につらくて、苦しいことだ」
東雲は顔の向きを変えて、間近で一夏の目を見た。
互いの瞳に、互いの顔が映り込んでいる。
「だから、過去の自分だけは……裏切らないであげてくれ」
「……過去の、おれ」
そこでハッと目を開いて、彼女は現在の体勢を確認して。
恐る恐る、ゆっくりといった具合に身体を起こした。
「……すまない、眠気がひどくて、つい」
「…………はは」
そんな子供みたいな言い訳をしなくても、と一夏は笑った。
励ましてくれていた。温かさを伝えてくれた。
一夏は少し、息を吐いた。
過去の自分は、今の自分を見てどう思うだろうか。
今の自分は、過去の自分の言葉を嘘にしたいだろうか。
(それは、いやだな)
笑ってしまいそうになるほど、答えは呆気なく出た。
過去の自分が、怖いと泣き叫んでいる。
過去の自分が、負けたくないと涙を流している。
なら。
それらを背負う今の自分こそ、一番頑張らなければならない。
「……もう一度、また、君と一緒に頑張ってもいいかな……
「……それが、其方の意志なら」
風が吹いている。
夕陽は、優しく二人を照らしている。
一夏はゆっくりと拳を握りこんだ。待機形態の『白式』が日に照り返し、何かを祝福するように輝いていた。
――そんな、時。
『一夏ッ! 今、戦える!?』
突然声が割り込んだ。
プライベート・チャネルを介して、鈴が叫んでいる。
「鈴?」
『ボーデヴィッヒだっけ!? あいつのISに何か取り付けられてて……ああもう! アンタと戦わせろつって暴れてんの! 上級生の人、今専用機なくて! あたしとセシリアとデュノアで止めてるけど、このままだと
「……!」
言葉は少なく、説明も不足している。
だが――直感した。
きっと彼女を止められるのは、自分だと。
「……『白式』。俺は彼女を、止めなきゃいけない。だから……止めに、行くぞ」
応えるようにして、ガントレットが熱を持つ。
「東雲さん――見ていてくれ。君だけには、君だからこそ、見ていてほしいから」
「……分かった」
ベンチから立ち上がり、二人はすぐさまアリーナの中へと走って行く。
(やっべ眠すぎて未練タラタラなの暴露しちゃってんじゃんあばばばばばばばば)
隣でやたら精悍な顔つきで走っている一夏を見て、東雲は完全に絶望していた。
(
何も分かってないのは東雲の方だが、彼女は先ほどの幸せな時間を思い出して若干トリップしている。
(それにしても、意外とやってみるもんだな! これもしかして、ベッドに潜り込んでも拒絶されないのでは!? うん、当方護衛だし。ッシャァァァァァ!! 添い寝いただきました……!)
頼むから、稼いだ師匠ポイントを魔剣完了しないでほしい。
息を切らして走る。
ピットへ向かうアリーナの廊下を、女子生徒たちの隙間をかいくぐり、ほとんど暴走特急の勢いで駆け抜ける。
ごめんなさいと内心で謝るが、叫んでいる余裕はない。
呼吸が荒い。だけど今、自分の中の熱を、むやみに吐き出したくない。
だって、やっと掴んだのだから。
(当たり前のことだったんだ。俺は、
馬鹿だから、それを忘れていた。
馬鹿だから、みんなのおかげで、もう一度気づけた。
(だって!)
階段を駆け上がる。
ISスーツに着替える時間すら惜しい。
(箒が信じてくれて! セシリアが認めてくれて! 鈴が一緒にいてくれて!)
脳裏に浮かぶ、少女たちの顔。
(簪が休ませてくれて! シャルルが背中を押してくれて!)
脳裏を駆け巡る、友人たちの顔。
(――そして何より、東雲さんが導いてくれたのは!)
全身が覚えている、今隣を走る少女の顔、息づかい、温度。
(それは――
やっと思い出した。
やっと、思い出せた。
(何をうぬぼれていたんだ。分かっていたことだ。俺は、俺にできることを、一つ一つ積み上げていくしかないって!)
それはいつかの、クラス代表決定戦の時と同じ――開き直りに近い、それでいて自暴自棄の対極。
ピットに躍り出る。アリーナを砲撃やレーザーが交錯している。
「鈴ッ!」
『えっ? あ、ちょ――』
躊躇なく、怯えなく。
一夏はまっすぐ生身のままカタパルトの上を走って。
アリーナに飛び込んだ――!
『あああああ嘘でしょ何やってんの!?』
急カーブをかけて、鈴が、宙に躍り出た一夏の身体を受け止めた。
ちょうどお姫様抱っこの姿勢。
赤銅の装甲は右肩部を大きく破損している。『シュヴァルツェア・レーゲン』にやられたのだろう。
「マジ! 信じらんない! ISは!?」
「悪い、あいつの近くまで運んでくれ」
「ぐっ……後でちゃんと説明しなさいよ!」
戦場を素早く見渡した。
セシリアのビットとシャルルの銃火器が封じ込めるように包囲網を組んでいる。
その中で、踊るように跳ねている"黒"。
「この……ッ!」
「連射に対応されています! 散弾に切り替えてください!」
代表候補生二人がかりで止めようとして、止められない。
様子がおかしいのは分かる。言葉が先ほどから通じていない。
「貴様らではない! 織斑一夏はどこだと聞いている!」
「そんなに会いたいなら……ッ! まず、ISを解除したらどう!?」
「織斑一夏は――どこだァッ!」
AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。エネルギー波によって空間に影響を与え、物体の運動を停止させるというイメージ・インターフェース兵装。
それを一切使うことなく、ひたすらに弾丸を回避しつつ、ラウラは猛っている。
(条約禁止装備『アンプリファイア』……! 精神に影響を及ぼすから駄目っていうのは!)
(なるほど、
実際に相手取っているシャルルとセシリアはそれを理解した。
書面で確認した際、二人してタイマンでの勝機は薄いと判断せざるを得なかった
平時ならばともかく、今、精神の均衡を外部から崩された状況では、到底使えないだろう。
だと、いうのに。
ラウラは一見隙間のない射線を芸術的にくぐり抜けつつ、反撃を絶やさない。ワイヤーブレードが隙あらばシャルルを絡め取ろうとし、レールカノンが火を噴きセシリアを遠ざける。
間違いなくこれは――ラウラ・ボーデヴィッヒというIS乗りの地力が反映されている。
絶戦。
文字通りの一進一退の、最中。
それは不意に起こった。
眉間を正確に狙ったセシリアの狙撃を、ラウラはわずかに首を振るだけで避ける。
そのとき。
かちりと。
音すら響くような圧を伴って。
織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの視線がかち合った。
「――――織斑一夏ァァァァァァァッ!!」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……ッ!!」
彼を見て、ラウラが、動きを止めた。
荒く息を吐きながら、シャルルとセシリアが生身の一夏を見てぎょっとする。
「――悪い、どいててくれ」
鈴がゆっくりと着陸し、一夏は素早く二本の足を地面につけた。
アリーナに吹く風が、彼の制服の裾をはためかせ、前髪を揺らす。
ラウラの深紅の瞳は、ただまっすぐに彼を見ていた。
「……一応会話できなくもないけど、ほとんど意味をなしていないわよ。説得は厳しいと思うんだけど」
「説得なんか、しねえよ」
制止する暇もなかった。
まるで散歩に繰り出すような、軽い一歩で。
鈴の隣から、織斑一夏が、ラウラに歩み寄る。
「――なにやってんの一夏!?」
「――正気ですかッ!?」
慌ててレーザーライフルとアサルトライフルがラウラに向けられたが、すでに跳弾が一夏に当たりかねない距離。発砲できない。
「……何の、用だ……いや……違う……何を、しに来たッ!」
「ああ。やっぱ俺をずっと呼んでたんだな。俺と戦うために。俺を全否定するために」
頭を押さえ、苦悶の声を漏らしながら、ラウラが問う。
待っていた。待っていたのだ、織斑一夏を。
会話が通じていることに、鈴たちは驚愕する。今までとは違う。
「なあ、ボーデヴィッヒ。お前言ったよなあ。俺は
「――ISを動かすことすらできない、力なき者は……価値などあるはずがない……ッ! そうでないというのなら――」
御託はもう聞きたくなかった。
一夏はアリーナの大地に足を思い切り叩きつけ、腕を振るって叫んだ。
「全然ちっげーよ馬ぁぁぁぁぁぁぁ鹿っ!」
「……ッ!?」
「俺は確かにゼロだ! 空っぽだ! でもなぁ!」
何度も問うた。自分には何もないのかと。
答えは変わらなかった。自分には何もない。
――だからこそ。
「俺のゼロは――ここから始めるって意味のゼロだッッ!!」
裂帛の叫びに。
ラウラは一瞬、瞳を見開いて――それから唇をつり上げ、喜色すら浮かべた。
両腕をだらりと下げ、長い銀髪越しに深紅の殺意が収束される。
「だから俺は積み上げる! 築き上げる! 今何も持ってないなら、何にも成れていないのなら!
「そう。そうだ、織斑一夏。それでいい……
ガントレットが限界まで発熱する。肌が溶けているのではないかと思うほどに強く、熱く、眩しい。
それを受け入れて、一夏は右腕を振りかざす。
「さあ叫ぶがいい! 名乗るがいい! 愚かしくも鮮烈に、私に刻み込んでみせろッ!」
「――俺は!」
正面に見据えるは黒い機体。
敵。こちらを全否定するために猛り狂う鋼鉄の兎。
それを相手取って、一夏は微塵も臆さずに喉を震わせる。
「織斑千冬の弟で! 篠ノ之箒の幼馴染で! セシリア・オルコットのライバルで! 凰鈴音のこれまた幼馴染で! シャルル・デュノアのルームメイトで! 更識簪の友達で! 一年一組代表で……ッ!」
雄々しく叫ぶその姿に、ラウラは不敵に唇をつり上げた。
だが。
「そしてオータムにぐっちゃぐちゃに負けた敗北者で! 覚悟未完了の愚か者で!」
「な――!?」
ラウラの表情が一転して驚愕に彩られる。
弱かった過去の自分を、
それ、すらをも、肯定する叫び――!
織斑一夏は止まらない。
右腕に装着したガントレットが、その光を変質させる。
昏い過去を殲滅するのではなく。
何もかもを一緒くたに抱きしめるような、そんな優しい光。
それは例えるならば。
昼の日差しと夜の帳が混ざり合った。
――茜空。
理解不能の宣言に凍り付くラウラの眼前で。
制服がISスーツに書き換えられ、純白の鎧が顕現し、唯一の男性IS乗りの身体に着装されていく。
鎧だけではない。師に叩き込まれた戦闘技術も、彼の全身を駆け巡る。
一夏は数秒、ピットに振り返った。風に揺れる艶やかな黒髪を押さえながら、東雲令は彼を刮目してくれていた。
ニィと笑みを見せてから、改めて戦場に視線を戻す。
「そして、東雲令の馬鹿弟子――」
最後に召喚されるは、無二の武装である『雪片弐型』。
それを右手に握り、切っ先を突きつけて。
俺はここにいると。
腹の底から、叫ぶ。
「――――織斑一夏だぁぁぁッ!!」
ここに、唯一の男性操縦者は再誕した。
誤字報告とか一言評価とかいつも励みになっております
ありがとうございますやで
次回
28.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(前編)