【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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グラブル始めてました(自白)


Mother's Lullaby
32.魔剣使いVS魔剣使い(前編)


 誰かに必要とされたかった。

 いないものとして扱われ、存在を意図的に無視されるのは耐えがたい苦痛だった。

 

 唯一自分を見てくれた母も病に倒れた。

 母が病院に運ばれ、面会できなくなったその日に、父親が現れて、けれど自分の面倒を見るというのは他者と顔を合わせない空間に閉じ込められることだった。

 

 どうして父が自分を無視するのか分からなかった。

 まるで最初から眼中にはない、とでもいうかのように、彼は自分を見なかった。

 妾の子だから? いや、妾というには、父は母が倒れたと聞いて即座にやって来た。

 

 なんにしても、それは彼女自身には関係のない話だった。

 

 だから。

 ■■■■■■ではだめなのなら。

 もう、与えられるがまま、求められるがまま、自分ではない何かになってもいい。

 

 そうしてシャルル・デュノアは生まれた、はずだったのに。

 

 

『だから力を貸してくれシャルル! 今俺に必要なのは――俺が求めているヒーローはお前なんだ!』

 

 

 言葉を思い出すだけで、全身がよくわからない熱を持つ。

 思考がまとまらなくなり、悩ましげな吐息を漏らすことしかできなくなる。

 

「一夏……」

 

 隣のベッドで寝ている少年の名を呟いて。

 シャルルは出口のない迷宮の中で、初めての感情を持て余していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、おりむー」

 

 一年一組に激震が走った。

 上記の台詞は決して、このクラスのマスコットキャラクターである布仏本音ことのほほんさんの発言ではない。

 

 世界最強の再来。

 日本代表候補生ランク1。

 そう――東雲令の言葉である。

 

「え? なに? なんて?」

「あのあのあのあのあのあの」

「えっそこで確定なの!? 私の大穴セッシー万馬券がぁぁぁぁぁっ!!」

「――でかいシノギのにおいがするぜ……!」

 

 クラスメイト一同はあまりにもあまりな発言に色めき立ち、好き勝手に騒ぎ始めている。

 半分ぐらいは憧れの男子生徒である一夏が取られたというショックから言語不全を起こし、半分ぐらいは一夏をめぐる騒動に金の匂いを嗅ぎつける商売人たちだった。

 

「お、おお……おはよう」

 

 まさか衆目の前でその呼び方をするとは――いや当たり前と言えば当たり前なのだが、一夏は困惑を隠しきれなかった。

 

「おはようございますおりむーさん」

「おはようセシリア。お前ってこういうのに悪ノリするの好きなのか?」

「ええ、とっっっても」

 

 東雲に便乗した、実にイイ笑顔をしたセシリア・オルコットに爽やかな挨拶をかまされ、思わず一夏は渋面を作る。

 イギリス代表候補生を務める才女は、席に座る一夏の前で優雅にターンをした。

 

「おりむーさんには今まで色々お世話になりましたからね。こういった形でお返しをするのは当然ですわ」

「お前さあ……」

 

 それは恩返しではなくしっぺ返しである。

 というよりも一夏にはセシリアに何かをした覚えはない。彼女はプライドが高く、隙あらば好敵手にちょっかいをかけたくなるタイプなのだが、元を正せば唐変木の代名詞たる一夏にその辺を読み取れというのも無理があった。

 

「セッシーもおはよう」

「おはようございます、令さん」

 

 東雲がセシリアにも同様にあだなで挨拶をしたのを見て、一組生徒は悟った。

 ――今まで確かにあった、東雲令が張っていた人を遠ざけるバリアが、剥がされているのだと。

 

 それを理解できたのなら話は早い。

 

「こっちもおっはよーだよ令ちゃん!」

「れーちゃん今日も可愛いねー! そこでお茶しない?」

 

 お祭り騒ぎ大好き、というか騒動に巻き込まれた結果耐性がガン上がりしたクラスメイトらは呆気なく東雲の変化を受け入れた。むしろ望んでいた節すらあるだろう。

 

 日本代表候補生の中でも、ランク1とそれ以下の間には隔絶した差があった。

 それは努力や研究では埋められないと、多くの人間が噂していた。

 

 ――生まれ持っての才覚が、群を抜いていると。

 

 東雲本人が聞けば「それはない。当方は()()()()()()()()()()()()」と語るだろうが、それは雲の上を見上げているような一般生徒らには分からない。

 故に、こうして東雲がとっつきやすい隙を作れば、誰もが集まってくるのだ。

 

「おはようみんな。だが、当方に耳は二つしかない……」

 

 誰も彼もが東雲に殺到するのを遠巻きに眺め、一夏とセシリア、ついでに近くに寄ってきた箒とシャルルは苦笑した。

 

「なんだか、人気者って感じだね」

「令が親しまれていて私も鼻が高いよ」

 

 シャルルは冷静な分析ができていたが、箒は完全に後方親友面となっている。

 一方で、唯一の男子生徒は笑みこそ浮かべているが、その目は冷めていた。

 

「ははは。東雲さんは人気者だなあ」

「……一夏さん?」

 

 狙撃手としての観察眼が見逃さない。

 セシリアは戦慄した。

 

 この男、東雲の人気が出始めたことに、若干もにょっとしている――!

 

「はっはっは。ああして友達が増えるのはいいことだな。なあ、セシリア?」

「それは――あ、はい。ええ、そうですわね」

 

 屈指の理論派であるセシリア・オルコットの頭脳は、容易に推測を導いた。

 一番弟子、というか唯一の弟子だったのだ。彼と彼女の間にしかないつながりは、自分の知らないところで大いに築かれている。それを鑑みて親友である箒にアドバイスをすることはあれど、やはりいざというときには師弟の絆を痛感させられることが多い。

 だからこそ、こう、なんというか。

 

(一夏さん気づいて! 貴方、今、姉を取られた弟みたいな表情になっていますわ――!)

 

 実際こいつは弟キャラなので間違いではないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 度重なる学園での不祥事、というか突発的な戦闘行為。

 それを受けて、運営サイドも対策を練っている。同時に、対応に駆り出されるであろう専用機持ちたちもまた、個別に一層訓練を積むようになった。

 理由は明白――次こそ、もっと、うまくやる。

 

「よし。準備万端だ――お願いしますッ!」

 

 純白の鎧を纏った一夏が、東雲に対して叫んだ。

 しばらくの間休止していた訓練。

 一夏のモチベーションの低下期間と、ラウラとの突発戦闘による『白式』の破損期間。

 合わせると二週間近く、この訓練は行われていなかった。

 

「……一夏の受けてる、訓練か」

 

 緊張した様子で、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を顕現させたシャルルは、屋外アリーナで滞空する一夏を見ていた。

 

「何あんた、東雲ブートキャンプは初めて? 肩の力抜きなさいよ」

「鈴」

 

 放課後の訓練。

 そこで合流しに来た鈴は、青竜刀を雑に素振りしながら――否、シャルルの洗練された戦術眼はその一振りがいかに効率的かを理解できていた――語った。

 

「ええっと……東雲、ブートキャンプ?」

「そうよ。入ったら死ぬまで出られない地獄の訓練。あたしも正直死んで抜けた方が楽だなって思ってたし」

「死んで抜けた方が楽なの!?」

 

 シャルルはたまらず悲鳴を上げた。

 一夏としてはさすがにその意見には同意しかねるが、それはあくまで彼がその訓練に慣れ親しみ、調教され、精神性を根底から歪められたからである。

 ――常識的に考えると、この訓練は、死んで抜けた方が楽である。

 

「いいですわよ箒さん、基礎的な機動は目の覚めるような出来映えですわ」

「それは重畳。令に散々しごかれたからな、これぐらいできなければ――!」

 

 少し離れたところでは、量産機の『打鉄』を展開した箒が、セシリアが降り注がせるレーザーの雨をしのいでいる。

 入学してから数ヶ月とは思えないほど、箒の立ち回りは洗練されていた。彼女もまた、東雲から教えを乞うた人間の一人である。その成長はめざましいものだった。

 一夏はそれを見て、負けてられないと気合いを入れ直す。

 

「始めるぞ」

「――ッ!」

 

 東雲はISを展開することなく、両手で保持したライフルを構えた。同時、アリーナの自動攻撃プログラムが起動。顕現した自律砲台が、東雲の意思伝達を受けて、一夏めがけ砲撃を連射した。

 

(…………ッ!?)

 

 それらを掻い潜りながら、一夏は自らの機動に驚嘆した。

 

(ずっと、動ける! なんだこれ――()()()()()()()()! 直線加速が抜群に効率化されてるし、ターンも緻密だ! 本当に、俺なのか!?)

 

 空中を縦横無尽に、純白の雷が切り裂いていく。

 弾丸を最小限の起動で回避し、ついには東雲が放った弾丸を、微かに首をかしげるだけで避けてみせた。

 

「伸びたな」

「ええ。爆発的ですわね」

 

 訓練の手を止めて、箒とセシリアは、唯一の男性操縦者の動きに見とれていた。

 数ヶ月前までは素人だったと聞いて、一体誰が信じるだろうか。

 

「爆発的な成長――あいつが今まで積み上げてきたモノが、一気に噛み合ったって感じねー」

「そ、そんなに簡単に流せるものなの、これ……」

 

 鈴のぼやきに、シャルルは頬を引きつらせた。

 

「んー……経験自体はあるじゃないの、あんたもさ」

「経験、って?」

「成長の段階よ」

 

 シャルルは数秒うなった。

 それから、指を三本立て、順に折り曲げていった。

 

「所感で良いかな。僕が考えるには……まず、意識の下積み。戦闘理論を理解し、その効率化を行い、あわよくば独自の理論も積み上げる。教科書の読み込みとかが該当するかな」

「……?」

「そして二つ目、経験の下積み。これはまあ、実機訓練だね」

「……?」

 

 そしてシャルルは最後に残った人差し指で一夏をさした。

 

「三つ目。意識と経験の再構築。実機に慣れた身体が、戦闘理論を行使し始める。こう段階化すると簡単なようだけど、そもそも三つ目に至れるのはごく僅かだ」

 

 説明は理路整然としていた。

 自分なりに説明することでシャルルは一夏の成長を分析し、かみ砕いて落とし込むことができた。なるほど、確かに一夏が一握りの逸材であるなら、こうして成長するのはむしろ自然だろう。

 しかし。

 

「えっ、もっとこう……ギュォンって感じで成長するんじゃないの?」

「これだから感覚派は……ッ」

 

 鈴は真顔で首をかしげていた。

 割と渾身の説明だったのだがまるで通じていない。シャルルは諦めたように嘆息した。

 

「とにかく、成長速度は決して一次関数的な直線では行われない。一夏は今が伸び時だね」

「そーね。格好の練習もあるし」

 

 改めて、訓練を見やる。

 東雲と一定距離を維持しつつ、絶え間ない砲火を回避し続ける。

 時間が経つほどに機動は洗練され、今やその動きそのものが鋭い刃のようであった。

 

「成長。感嘆する、我が弟子――」

「はははっ! 我が師のおかげですよ!」

「――が、甘いな」

 

 東雲が突如ライフルを構えたまま回転した。横方向へ広がる掃射。

 ぎょっと顔色を変え、一夏は回避機動を中断しランダム機動へ移行――した直後、顔面に三発もらった。

 

「ぶばっ!?!?」

 

 空中でもんどり打って、推力を失いそのまま墜落。

 ちゅどーん、と、見慣れた砂煙が噴き上がった。

 

「割と保つようになりましたわね」

「そうだな……そろそろこっちも始めるか」

 

 箒とセシリアはいつも通りの美しい落下を見届け、黙々と自分たちの訓練に戻る。

 

「じゃ、あんたはあたしとやる?」

「えぇ……いや、えぇ……?」

 

 シャルルはドン引きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 累計40の墜落をカウントしてから、東雲は小休止を挟んだ。

 砂まみれのボロボロのギタギタで倒れ伏す一夏に近寄り、日差しを遮るような位置取りで滔々と語る。

 

「12度目と18度目の機動は良かった。力の抜きどころが上手くなっている。脱力は次の動きをスムーズにする。しかし24度目以降は論外。意味不明。何をしていた?」

「すみません……」

 

 もう声を張ることすらできない程度には、一夏は疲労していた。

 毎回全身全霊を掛けて回避機動を行うのである。一回ごとに体力も精神力も大きく消耗する。それを40回連続である。

 

「死ぬ……これ、一夏死んじゃうよこんなことやってたら……!」

「死なないわよ」

「死ぬよ!?」

 

 シャルルは隣で平然としている鈴の態度に絶叫した。

 この空間は自分以外全員イカれているのか?

 

「そういえば一夏さん、例のアレは引き出せるのですか?」

 

 うつ伏せで横たわる一夏の頭を、適当な木の枝でつんつんしていたセシリアはふと問うた。

 

「ん、ああもしかして……『疾風鬼焔(バーストモード)』のことか?」

「そう、そのダサい名前のやつですわ」

「お前今なんつったよお前ッ!」

 

 一夏はガバリと顔を上げて、ライバルの暴言にくってかかる。

 まさかの悪口である。割と気に入っていた一夏としては看過しがたい。

 

「ああ、すみません。一夏さんにとってかっこいい名前のやつですわね」

「……覚えてろよ。で、アレは全然反応してくれてねえんだ。何か多分、発動条件を満たせていないんだと思う」

 

 なるほど、と一同頷く。

 もしもあの状態を常時維持できれば、これ以上ない戦力の増強だったのだが――

 

「それに、安易に頼ってちゃ、多分『白式』にそっぽ向かれちゃうぜ、俺」

「……考え方自体には賛成する。見せ札ではない真の切り札なら、簡単に切ることはできない」

 

 弟子の言葉に、師匠は深く頷いた。

 

「確かに凄まじい性能の向上である。しかし、それは織斑一夏本人の成長ではない。パイロット本人の伸びしろを食い潰してしまいかねないなら、基本的には封印するべきだろう」

「ここぞっていうとき……それこそオータム相手とか、そういう感じだな」

 

 だが、それならばむしろ。

 

「いざというときには引き出さなければならないぞ、一夏」

「分かってるさ」

 

 箒の懸念に、一夏は苦い顔で頷く。

 

「何か、こう……発動条件を教えてくれたらいいのですけれど」

「ヒントになるのは、やっぱあの状況よねー。再現しようにもできないけどさあ」

「どうだろう。外部トリガーというよりは、やっぱり一夏の意思伝達過程に何かあるんじゃないかなあ」

 

 皆でわいわいと推測を口にし。

 一夏がどうしたものかと頭を悩ませる中。

 

 

「それで、当方に何か用か? ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 東雲の発言に、一同は押し黙った。

 視線を向けた。黒い鎧を身に纏ったラウラがいた。

 

 

「……東雲令。私と戦え」

「ッ」

 

 目には鋭い光があった。

 その光に――唯一の男性操縦者は、見覚えがあった。

 

「……ふむ」

「私は、貴女に衝撃を受けた。強い強い衝撃だった。魔剣使いである貴女を尊敬もしている……だから一度、正面から手合わせを願いたい」

 

 東雲は思案するように沈黙し、ちらりと一夏を見た。

 弟子は即座に頷いた。

 

「東雲さんさえ良ければ――戦った方が良い」

「……そうだろうな。申し出を受諾した。おりむーたちは離れていてくれ」

 

 言われて、一夏たちはアリーナのピットへと飛翔する。

 

「いいのか。本調子ではなさそうだぞ」

「機体も予備パーツがほとんどでしたわね」

 

 箒とセシリアの言葉に、一夏は首を振る。

 

「あいつ……ケリをつけたいんだと思う。色んなものに」

 

 言葉には実感が伴っていた。

 それもそうか、と納得する。

 

 織斑一夏は――ラウラ・ボーデヴィッヒのことを、この場にいる誰よりも理解しているのだから。

 

 後ろに振り返り、深紅の装甲が顕現したのを確認して、一夏は微かに唇をつり上げた。

 

「勝敗は問題じゃないんだ。強いて言うなら……ボーデヴィッヒは、自分と戦いに来たんだと思う」

「自分と、か」

 

 箒はその言葉に、かつてセシリアとクラス代表を巡って戦ったときの一夏を思い出した。

 からっぽの自分を埋めるためにもがき、ゼロからのスタートを宣言した、彼の姿。

 

「なら、あの子にとっても良い結果になるといいね」

 

 シャルルの言葉に、皆が頷く。

 

「ちなみにどっちが勝つかしらねー。まあ、多分、令だとは思うんだけどさー」

「ああ。東雲さんは()()()……()()使いだけにな」

「一夏、あんたもう喋んな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに二人。

 相対する紅と黒。

 

 片や徒手空拳。

 片や全身武装。

 

 言葉は少なく、自然と勝負の幕は切って落とされ。

 

 

 

 

 

(当方は()()()ぞー! ()()使いだけに! なんちって!)

 

 そんなところお似合いじゃなくていいから。

 

 

 

 

 




時系列を整理するぞ!

原作
六月頭  シャル・ラウラ転入
六月半ば シャル性別バレ
六月末  学年別トーナメント=VTシステム事件(2巻)
~~~~~~~
十月中旬 専用機タッグマッチトーナメント(7巻)
~~~~~~~
年明け  デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)

本作
六月頭  シャル・ラウラ転入
六月初旬 VTシステム事件(2巻)
六月中旬 デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)
六月中旬 専用機タッグマッチトーナメント(7巻)

なんすかこれ(絶句)
まあ(再構成SSだし2巻→11巻→7巻の順で処理しても)、多少はね?

ちなみに文化祭とキャノンボール・ファストはどう足掻いても入れられないことに気づきました
こんなことになって、本当にすまないと思っている(連邦捜査官)


次回
33.魔剣使いVS魔剣使い(後編)

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