ラウラのこのへんの後処理みたいなのは
前章に入れようとしてまったく入らなかった部分です
章単位では浮きまくってるけど
ゆるして
織斑一夏は冷静な目で、ピットからアリーナを見た。
東雲令と『茜星』。
ラウラ・ボーデヴィッヒと『シュヴァルツェア・レーゲン』。
両者の激突は、もうまもなく始まるだろう。
「……俺なら、どうする」
こぼれた言葉が、彼の全てだった。
観客に非ず。衆目に非ず。
戦場に立つ者として、戦いは常に、身に迫ったものだった。
「やはり肝心なのはAICの攻略ですわね」
「セシリア」
隣にやって来た淑女は、豪奢な金髪を風になびかせながら言葉を発する。
「一対一となれば、たった一度絡め取られただけで致命的ですわ」
「そうだね……不可視にして絶対の停止結界。これを乗り越えなきゃ、勝てない」
シャルルも自分があの場にいたならば、と考察を巡らせていた。
「多分だけど、タイマンでなんとかしようとするなら、パイロット本人に対して何かするべきよね」
「同意見だ。意思伝達システムである以上……AICを発動できない状況、これを作るのが一番だろうな」
鈴と箒の言葉に、一同は考え込む。
AICを発動させない――
「……俺が考えるに、だけどさ」
口火を切ったのは一夏だった。
「こないだ仕様を聞いてから気づいたんだけど……AICの発動には二種類のパターンがあると思うんだ」
「パターン、ですか?」
訝しげにセシリアが眉根を寄せた。
うなずき、一夏は指を二本立てた。
「具体的に言うと、俺が斬りかかるときに……刀身をダイレクトに止めるのか、刀身が来る場所に停止結界の網を設置するのか。これって別物だと思うんだ」
「えーっと……前者は物体を指定していて、後者は……座標を指定しているのかな?」
こういう時は、シャルルの説明能力はありがたい。
それを聞いて鈴や箒もなるほどと納得した。
つまりは停止という結果は変わらずとも。
この二種類のパターンが考えられる。
一夏の戦闘用思考回路は瞬時にそこまではじき出し、しかしそこで沈黙した。
「――ですが、それは弱点にはなりませんわ」
セシリアの言葉が、全てを物語っていた。
「ああ……弱点を見抜いたわけじゃない。でも、相手の都合、みたいなのを理解することは……攻略の糸口になると思うんだ」
座標を指定された場合と物体を指定された場合。
その差を、どうにか利用できたら。
(そもそも物体を指定したのと、座標を指定したのとで、どういう状況が考えられる?)
刃が迫ってくる。だから刃を停止させる。
刃が迫ってくる。だから過程の座標を停止させる。
同じだと一夏は感じた。そこに何かの違いは――
「――いや、待て」
「ああ、一夏も気づいた?」
口に手を当てて目を見開く一夏に、鈴が苦笑しながら声をかけた。
「えっ、ちょ、まさか二人は、何か思いついたのかい!?」
パズルが解けた直後のような様子に、シャルルは驚愕の声を上げる。
たったこれだけの情報から、いかにして難攻不落の結界を突破する方法を導いたというのか。
「AICを発動させない、っていうのはできないけど……
「まさか……わざと動きを止めさせると!?」
一夏と鈴は頷いた。
「ですが、それではッ」
「座標で止めさせない。先手を取って対象指定で止めさせて、そこから本命を打ち込む。俺にできるとしたらそれが限界だ」
「あたしも同意ね。で、あの時……一夏とあたしで無理矢理押し込んだとき、集中が途切れたら緩んでたでしょ? だから一撃一撃を痛恨の代物にして、AICを解除させる」
言葉にすれば簡単だ。
だが、代表候補生、あるいはそれに準じるような実力者は、それが簡単にできることではないと知っている。
「攻撃が可能な形で停止を誘発し、なおかつ高威力の攻撃を叩き込み続ける。ほとんど絵空事ですわよ」
「武装をそのためのものに絞っておけば、なんとか……いや、それでも向こうの対応の方が早いか……?」
シャルルは口元を手で覆い、自分の思考をそのまま言葉にして整理していった。
「一夏の言ったパターンの場合、変則的なヒットアンドアウェイになる……
「あんた難しく考えすぎなのよ。突っ込んで、ぶん殴って、退く! この繰り返し! でしょ、一夏」
鼻を鳴らし、(東雲よりも小さな)胸を張って、鈴は不敵な笑みを浮かべた。
理論的に戦闘を構築していくシャルルやセシリアにとっては、マジでこいつ何言ってんだろうとなる発言である。
しかし一夏は鈴をスルーし、シャルルの発言に深く頷く。
「ああ。キモになるのは接近よりむしろ離脱だろうな。何度か繰り返せば、ボーデヴィッヒは間違いなく離脱する脚を狙いに来る。そこからは読み合いを織り込んで、離脱すると見せかけて追撃したり、あるいは突撃をより慎重にしていくしかない」
「ちょっと!? なんであんたまで小難しいこと言い出してんのよ! この裏切り者ー!」
「うるせぇ! 俺をお前ら感覚派と一緒にすんな! 真面目に考えてんだよ真面目によォッ!」
幼馴染同士が取っ組み合いを始めたのを見て、箒は嘆息した。
「まったく。音楽性の違いというやつか」
「一応補足しておきますが、一夏さんも結構わたくしたちからは理解できないことをおっしゃってますからね?」
「理論的には正しいはずの行動を感覚で捌いていくから、正直僕たちも君が同類だとは認めたくないかなー」
味方が完全にいなくなり、一夏の瞳から光が抜け落ちた。
鈴とのキャットファイトを中断し、のろのろと座り込む。孤独だけが彼の友達だった。
「感覚的な理論派というのは、孤独だな。孤独というか……うん……何でお前そうなったんだ?」
「分からねえ……俺が聞きてえ……」
恐らく師匠の影響である。
「っと、勝手にあれこれ言う時間は終わりみたいね」
座り込んでいる一夏の背にのしかかっていた鈴が、アリーナを指さした。
「始まるわ。答え合わせといこーじゃない。令のやつが何をするのか」
「見たい気持ちと見たくない気持ちが半々ですわ」
「僕もだよ」
「私も、令の動きはなんというか……ロクでもないだろうなあ……」
交友関係を深めるほどに理解していた。
間違いなく、東雲令はAICを突破するだろう。
だが――どうやって突破するのかは、自分たちには想像できない代物なのだ、という確信があった。
「……東雲さん」
顔を上げて、一夏は真剣なまなざしで、戦装束姿の師匠を見た。
その途端、だった。
弾かれたように――両者が大地を砕き、疾走した。
「シィィ――――!」
両腕のプラズマ手刀を展開すると同時、突撃。
ラウラの類い希なる直感は、近接戦闘にこそ光明を見いだしていた。
(退けば死ぬ! 臆せば死ぬ! 前に進むしかないッ!)
それは偶然にも、戦闘とは関係なく、彼女がかつて堅持していた信念と同じ言葉。
「意気やよし。だが――ひよっこだな」
振り回される手刀を僅かに首を傾げるだけで回避し、東雲は両腕をだらんとぶら下げたまま、ラウラの猛攻をしのいでいく。
取り回しの良さと引き換えに、プラズマブレードは刀身の長さにおいて太刀類の装備に劣る。
まずは自分の距離をキープすることを念頭に置いて、ラウラは勝負を挑んだのだが。
(この女――離れない!
舐められているのか、と一瞬頭に血が上りかけた。
感情は血液のように身体へ流れ出し、斬撃に無用な力みが入る。
「いかんな。それは駄目だ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
今までと比べ大ぶりだったその剣戟。
東雲はそれを察知した瞬間に、右足を振り上げた。
隙を晒した右腕のプラズマブレード発振器に鋭い爪先がめり込み、砕き、稼働停止に陥らせる。
「しまっ――」
「どうした。其方の魔剣を使ってみせろ」
蹴り上げた姿勢から東雲は四肢の挙動のみで回転し、勢いをつけて左足を叩き込む。
すんでのところで両腕をクロスさせガードする――が、その際に左腕の発振器も嫌な音を立てた。
勢いのまま数メートル後退、ラウラのかかとが地面を削る。
(剣も抜かずに――と、何を勘違いしていたんだ。相手はあの東雲令だ。接近戦闘において世界屈指、ああそうだ、教官に勝るとも劣らない猛者だ! 私は今日ここに、彼女の胸を借りに来た!)
眼帯を地面に落とし、分子切断ナイフを展開。
さらにワイヤーブレードを広げ、よりクロスレンジに踏み込む姿勢を取った。
「……私は、負けたくない。負けたら、あの頃の私に戻ってしまう気がする」
「そうか」
東雲はさしたる興味はないように、冷たい相づちを打った。
「私は織斑一夏に肯定して欲しかった。前に進み続け、がむしゃらに前進することで、過去の自分は抹殺できると。だが――」
「過去の自分は、決して振り切れはしない」
「そうだ。貴女の言うとおりだ」
ナイフが高速振動を始め、ワイヤーブレードの先端部もまたうなりを上げた。
「故に私も、過去の私と戦おう。死ぬまで抗い続けよう。織斑一夏は受け入れた。だけど、私は戦い続ける。過去の私は――常に、私を見ている」
「そうだ。それでいい」
東雲は一振り、手元に太刀を顕現させた。
「かかってこい、
「往くぞ、
見ている者全員が、思わず呼吸を止めた。
空間そのものがひずみ、互いの視線が交錯する。
「さあ――魔剣の錆となるがいい」
ワイヤーブレードが先行した。
東雲は先端部を打ち払い、小蠅相手にそうするようにどかす。
が、それは想定済み。彼女を取り囲むようにして張り巡らされたワイヤーは健在。むしろブレード部分は囮、鉄線こそが本命!
「そこから動くな!」
ラウラの叫びに呼応するようにして。
四本の鉄線を掻い潜るルートを、ついに発動したAICが潰した。
見ていた一夏は思わず目を見開いた。そう、これは、
(能動的に使う――そうか、俺たちはあれを相手を封じる切り札と認識していたが、彼女にとっては切れるカードの一枚に過ぎないのか……!)
驚嘆の息を漏らす間にも、状況が動いていく。
距離を詰めたラウラがナイフを振るった。満足に身動きできない東雲は、それを最小限の振りで叩き落としていく。だが得物の長さ故、切り戻しはラウラの方が早い。
超高速で繰り返される剣戟。ワイヤーとAICがかみ合い、東雲はほとんど動けず、ラウラは自在に左右上下へと揺さぶりをかけつつ。
「すげぇ……!」
戦況を一夏はこれ以上なく理解した。
美しいチェックメイト、とでも呼べば良いのか。
アリーナを盤上に置き換えて、ラウラは複数の駒を緻密に配置し、東雲を追い詰めている。
「これが、私の魔剣だ――!」
性質としては、それは東雲の魔剣よりも、一夏の鬼剣の方が近い。
相手の行動を封殺し、徹底的に有利を堅持し、そのまま押し切る。
なるほど――常人では抗えない。故に、魔剣と呼ぶにふさわしいだろう。
「――御美事だ」
東雲は素直な賞賛を口にした。
「だが、甘いな」
同時。
彼女の右腕が振るわれた。
狙いは明白。ラウラが次の攻撃に移る、一瞬の溜め。
(……ッ!? この女、ワイヤーもAICも無視して、
通常、一定以上の実力者ならば。
まずはワイヤーを処理し、AICを回避し、とにかくここから抜け出す。
状態の仕切り直し。だがそれを選ぶことこそが最大の罠。
ラウラは既にAICの再発動を準備していた。抜け出そうとした瞬間に、東雲本体が停止し、勝利へ直結する。
だが――世界最強の再来は、しなやかに本体を狙い澄ましていた。
「チィッ!」
舌打ちとともにAICをゼロから起動。
エネルギー波を空間にぶつけ、右腕が通過するポイントに網を張る。
――と同時、東雲は攻撃をキャンセルし、瞬時に右へサイドブースト。急加速は残影すら残さず、横へ回り込む。
微かに緩み、力場が甘くなった停止結界を飛び越え、ワイヤーを両断しながらの移動。刹那に行われた神業。思わず目を剥く。
「此方だ」
「――――!!」
言葉は追いつかない。
ほとんど反射でAICを再発動。ハイパーセンサーの拡張視界が捉えた茜色の流星。
引っかけるように、でいい。僅かに一片でも当たれば、そこから――
「
結論から言えば、AICは空ぶった。
東雲はそこから真後ろへ飛び退き、砂煙だけが静止して、時が止まったように取り残されていた。
「なるほど、だと? 一体何を分かったつもりだ」
ラウラが停止結界を使い始めてから、僅か一分にも満たない攻防。
東雲が封じ込まれ、それを突破して攻め込もうとしたはいいが、しかしAICを警戒して引き下がった。
そうとしか取れないと、見ている一夏たちすら首を傾げたが――
「
「…………ッ!?」
「其方の停止結果は、結界を張って相手を停止させる場合と、相手を停止させるために結界を張る場合の二つがある」
馬鹿な。
たった数度、見ただけだ。
波自体は不可視、飛び退いたのも警戒心故、何も見えないままのはずだ。
だというのに。
(看破、されている――!)
一夏の推測は正しかった。ラウラはAICを発動させるに当たって2つの意思伝達パターンを構築している。
対象を先んじて止めるための座標指定と、対象を迎撃するための物体指定。
見透かされた、という事実にぐっと息が詰まる。だがラウラは頭を振って、嫌な感覚を押し込めた。
「だから、どうしたッ! それは弱点にはなり得ん!」
「其方が2パターンを徹底して分割し、瞬時に選択できるのならば、な」
東雲の視線は鋭利だった。射すくめられ、ぎくりとラウラは背筋をこわばらせる。
「底は知れた」
身体を覆う『茜星』の装甲各部がスライド。放熱するように、過剰エネルギーを排出した。
深紅のヴェールが、血しぶきのように空間を染めていく。
「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」
彼女の背後で、
太刀を納める十三のバインダーが、東雲が抜刀しやすいよう柄を向けて、円状に配置される。
ラウラの眼前で、日本代表候補生ランク1がその剣に手を伸ばす。
「――
一体どうしてこうなるのだ、と嘆きそうになる。
流れは完全にこちらにあった。戦場そのものを掌握し、自分の思惑通りに動かしているという強い実感があった、はずなのに。
だが現実はラウラを待ってくれはしない。
魔剣使いが。
もう一人の魔剣使いが、その剣気を高め、ラウラの首を狙っているのだから!
「当方は――四手で勝利する」
刹那。
視界の隅に光るもの。抜刀された刀身。
(間に合うかッ!?)
ほとんど条件反射だった。最適化された彼女の戦闘機動は、飛び退くよりも
座標を確認している暇はない。神速の抜刀術、それそのものを対象に指定。
「――――ッ!」
止まった、はずだった。
寸前で東雲が手首をスナップさせ、
(撃たされた……! しかし、今のは!)
「一手」
えぐり込むような突きだった。
ラウラの右肩に直撃し、ワイヤーブレードの連結箇所が吹き飛ぶ。
よろめきながらも後退、自身の前面を覆うようにして停止結界を再構成。
「守りは死だぞ、二手」
飛び越え、られた。
不可視の壁がそこにあると分かっているかのように。
東雲は一本目の太刀を放り捨てながら軽やかに跳躍し、空中で抜刀、置き土産のようにラウラの背中から腰にかけてを切り裂く。
漆黒の装甲が砕け散り、エネルギー残量ががくっと減った。
「あり、えない……ッ!」
振り向きざまにナイフを振るうが、左手で優しく受け止められた。男が優しく少女の手を握るような、甘美とさえ表現できるほどに美しい動作だった。
だがそれはラウラにとっては悪夢以外の何物でもない。
「見えるはずが、ない……ッ! 停止結界は絶対にして不可視なんだぞ!?」
あの時。
意識を拡張され、『VTシステム』と『アンプリファイア』によって暴走させられた時、確かに力場は視認できるほどの出力を誇っていた。
しかしそれはあくまで暴走。本来のスペックではない。
AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。
特殊なエネルギー波を空間に作用させる、イメージ・インターフェース兵装。当然その網は、人間の目では見えない。
ハイパーセンサーを感度最大にしてギリギリ絞れるか、といったところだが、感度最大というのは戦闘モードでは不可能だ。事実、見ている一夏たちも、どこに結界が張られているかは『東雲が回避したからそこにあったのだろう』という形でしか認識できていない。
「肯定。当方にAICの力場は見えない」
東雲は絡みつくような力場の網を瞬時にくぐり抜けながら、静かに頷いた。
そして。
「だが――
「……ッ!?」
まさ、か。
「攻撃を停止せしめる――予兆を出す。予備動作を見せる。刀身を微かに動かす。
「馬鹿な――私の行動全てを操っているとでも!?」
「全てではない。AICに限っては、全てだが」
同時、二本目の得物を捨てながら、するりと東雲が飛び込んだ。
一見すれば無防備極まりない、一夏たちにとっては無謀な吶喊。
だが、ラウラは知っている。
そこに、今は、AICが発動していないことを――!
「三手」
抜刀と斬撃は同時だった。
正面からぶつけられた刀身が、ラウラを叩き斬った。
自分が纏っていた装甲の破片が、視界を埋める。その向こう側にはもう次の一手を放とうとしている鬼神がいる。
(ああ、そうだ)
この力に憧れた。
敬愛する師と同じぐらいに――違う。違う、憧れなんかじゃなかった。
本当は、羨ましかった。
自分を差し置いて隣に並ぼうとするその強さが。
自分には理解できない、理外の領域で分かり合っているような姿が。
(羨ましい、妬ましい――私も、そう、なりたかったのに)
後ろへ倒れ込みながら、手を伸ばす。届かないと分かっているのに。
バカだな、と自分で思って、ラウラは思わず笑った。
「――四手」
深紅の太刀が閃いた。
「…………ッ!」
拳が震えていた。
一夏は自分の手を見て、深く息を吐いた。
アリーナのモニターは、『シュヴァルツェア・レーゲン』のエネルギー残量がゼロになったことを示している。
――注目すべきはそこではない。
飛び込んで最後の一撃を見舞った東雲は、残心の姿勢で静止している。振り抜かれた太刀は、反動に刀身半ばで砕けていた。
だが、深紅の胸部装甲。
一本のナイフが突き立てられている。
その柄を握ったまま、今にも崩れ落ちそうなラウラが、ゆっくりと口を開く。
『……とど、かないと。諦められるものか……!』
最後の瞬間。
ラウラは防御も回避もなく、ただ真っ向から攻撃を返した。
意地と信念だけで構成されたそれは――東雲の認識を超えるスピードで殺到し、彼女の胸部に届いた。
「とど、いた……」
隣の鈴が唖然とした声を上げる。
『届かないから、手を伸ばすのだ……! 私も、織斑一夏も……!』
「……ああ、そうだ。そうだよ、ボーデヴィッヒ」
理解できる。彼女の心が伝わってくる。
「行こうぜ」
「あ、ああ」
一夏はISを身に纏って、ピットを飛び立った。
アリーナを直進して、戦闘終了後ぴくりとも動かない二人の元へ降り立つ。
「お疲れ様、東雲さん、ボーデヴィッヒ」
「……おりむー、不覚を取った……」
自分の胸に当てられた刃を見て、東雲は唇をかんだ。
結果だけ見れば、完勝に近い。最後の一撃とて、有効とは到底呼べない代物だ。
けれどそれ以上の意味があることを、全員理解している。
ISの装甲が光の粒子に返った。
「ちょっと何よ何よ、あんためちゃくちゃやるじゃない―!」
「ぶふっ!?」
ずかずかと歩み寄って、鈴はラウラの背中をばしばし叩いた。
思わず咳き込みながら、ラウラは苦笑を浮かべる。
「いや、無様極まりない一撃だった……気持ち以外に取り柄はないぞ」
「何をおっしゃいますか。一番大事なものが十分込められた、素晴らしい一撃でしてよ」
賞賛を受けて、ラウラは目を見開いた。
「ああ。俺もそう思うぜ、ボーデヴィッヒ」
「……織斑、一夏」
彼の顔を見て、けれど何故か直視できないとでも言うかのように、ラウラはぷいと顔を背けた。
その様子に箒と鈴は嫌な予感がした。実はシャルルも第六感で何かを察知した。セシリアはやべえと頬を引きつらせた。一夏と東雲だけが首を傾げていた。
「皆には、色々と、迷惑をかけた」
「気にしなくていいぜ。説明ちゃんと受けたからさ。『VTシステム』も『アンプリファイア』も、
話を聞いて、一夏はピンと来ていた。
想起されるは八本脚。だが、オータム本人にしては仕事がずさんだと思った。彼女なら最後の一手、肝心な詰めは自分の手で行うだろう。つまり、同じ組織の何者かだ、と一夏は推測していた。
「だから、同じクラスだし……これからよろしく頼むよ、ボーデヴィッヒ」
「ん、ああ……」
「そうだ、ラウラって呼んでも良いか?」
今度は東雲が最大の反応を見せた。ぽかんと口を開けて一夏の横顔を見やる。
この男マジで言ってるのか。ちょっと待て当方は? 当方は? ねえ当方は?
「む、むむ……そう呼びたいのならやぶさかでもない、お前がそう呼びたいのなら、許可してやろう……」
「なんだそりゃ。じゃあよろしくな、ラウラ」
一夏は微笑みを浮かべて、手を伸ばした。
ラウラは眉を寄せてぐぬぬとうなり、仕方なく握手しようと一歩踏み出して。
がくん、と脚から力が抜けた。
「っと――」
激戦の直後なのだ、仕方ない。
胸に飛び込んでくるような形になったラウラを、一夏は受け止めて。
ぐい、と二本の脚で踏ん張って。
「――おっ、
抱きしめるような姿勢で一夏は息を吐いた。
至近距離。彼の瞳を見上げて、ラウラは硬直している。
やがて首から赤がせり上がって、耳や額までが深紅に染まっている。
「は、はなせっ!」
「うん? ああ、悪い。いつまでも抱きしめてるもんじゃないな」
シュバババッ! と距離を取って、顔を真っ赤にしたラウラは呻いた。
「……ていうかお前、どうしたんだ? 顔真っ赤だぜ?」
「わ、分からんのだ! お前のことを考えると頭が回らん! 顔が熱くなる! 心臓がうるさくなる! 自分でも何が何だか分からんのだ!」
何から何まで
シャルルは笑顔のまま、ブチリと頭の血管が一本切れた。
セシリアは天を仰いだ。
「…………」
「…………」
箒と鈴は一度顔を見合わせた。
数秒視線を交わして、それから再度ラウラに顔を向けた。
二人の表情は能面のようであった。
「よし、殺そう」
「アリーナに埋めるぞ」
「何故だッ!?」
さすがにラウラは叫んだ。
「えーっと……それ、何かの病気だったりしねえか? 大丈夫かよ」
「病気ではあると思いますわ。でもこの場合、大丈夫かよと心配すべきはおりむーさんの頭ですわ」
セシリアは親友である箒の恋路があまりにも前途多難で、鉛のように重いため息をつくことしかできなかった。
アリーナの使用時間が終わり、それぞれ着替えに向かう中で。
東雲はシャワールームを目指して歩きながら、首を傾げて。
(ラウラちゃん調子悪そうだったけど、何かの病気だったりしないよね? 大丈夫かな?)
恋の病気なんだよライバル増えてんだよ気付けバカ。
だが一向に気づく様子もなく、気を取り直すように東雲は咳払いをして。
(にしても…………すっっっっっげ~~~~調子がいいな最近の当方! 身体のキレがいい! 思考も冴え渡ってる! これ間違いなくこ、こ、恋のパワーってやつなのかにゃぁ……!?)
こんな残虐な恋のパワーがあってたまるかよ。
(やばい……恋を知り、また一つ高みへと上ってしまった……ぐへへ……恋、いいなあ! おりむーともっといちゃいちゃしたら、もっと強くなれるんじゃない!?)
異性といちゃつくことで強くなるのはラノベによくある話だが、東雲の場合はどちらかといえば魔力を吸い上げる魔女に近かった。
(あっそうだ『ハネムーン』のこと言ってなかったなあ。まあ後で言えばいいか。おりむーとハネムーン……あんなことやこんなこと……やべえ! 千冬さん的には婚前交渉ってアリ!? 聞いた方がいいのかな……えっ、しょ、初夜とか……全然分からん……誰かに相談した方が良いのか……?)
ちょっと待て、『ハネムーン』って何?
次回
34.最強の遊園地決戦!(半ギレ)