【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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サブタイ回収が一番気持ちいいですね


42.聖剣/Mother's Lullaby

 漆黒の宇宙(そら)を、二筋の流星が駆け抜ける。

 純白と茜色、紅白が交錯しながら縦横無尽に疾走する。

 

「東雲さん、コアユニットにはもう攻撃しないでくれよな!」

「承知した。当方の剣を以て、シャルロットちゃんの母親を地に帰す!」

「シャルロットちゃん呼びになってんの!? あと地に還すって殺すってことじゃないよなッ!?」

 

 時折大きく散開することもあり、時折密着するように互いの身体を触れ合わせることもある。弾幕を回避しつつ、自在に駆け巡るために必要な阿吽の呼吸。

 

「それはそうと──」

「何だッ!?」

「ルーブル美術館のチケットを一枚破損してしまった。再発行が帰国に間に合うか分からない……」

「なあごめん東雲さん! それ今言わなきゃだめだったかなあ!」

 

 一夏は鬼の形相で致死の弾丸を掻い潜っていた。エネルギー残量を鑑みれば、僅かな被弾ですら今は甚大な被害に繋がりうる。

 片や東雲は平時と変わらぬ無表情。最高速度こそ『白式・疾風鬼焔(バーストモード)』には譲るものの、圧倒的な操縦技術が結果として到達地点へのタイムを削り取っている。

 

(……ッ! 肩を並べて戦うのは初めてだが……なるほど、()()()()……ッ!)

 

 身に迫る痛切な実感として、一夏は東雲が如何に遙かな高みに存しているのかを理解した。否、正確な理解はできていない。

 それがどれほどに長大な差なのか、一望しただけでは分からない。ちょうど夜空を見上げても、星と己の距離などつかめないように。

 

(──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だがそれが逆に、一夏の瞳に宿る焔を、さらに燃え盛らせる。

 自分を導いてくれる師がこれほどに強いなんて。そんなありがたい話があるだろうか。

 

(だからこそ──超え甲斐があるってもんだろ!)

 

 IS乗りの精神に呼応して、愛機が噴き上げる焔もより一層激しくなる。

 もはやここに至っては、一夏にとってはこの程度の弾幕など児戯に過ぎない。

 

 そうして弟子が猛り、獰猛な動きで聖剣へ迫るのを横目に見ながら──東雲は不意に口を開いた。

 

「それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

【えーやだー、籍入れてないけどそう呼んでくれるのー? うれしー!】

 

 東雲は脳内に流れ込む情報を、ごく自然に理解した。

 直接意識へと語りかけてくる自分とは異なる意識。東雲にとって、それは()()()()()()()。己が常人よりも多くの情報を受信し、処理できることを、彼女は知っている。

 

「承知しました。先ほどの非礼をお詫びします」

【非礼? なんのことー?】

「……いえ。なるほど、そういうことなら──当方たちは、シャルロットちゃんと其方を引き合わせたく思います。少し大人しくしていただけないでしょうか」

【えっ……会って、いいの?】

 

 それを受信すると同時。

 

「──ッ! 避けろ!」

 

 東雲の鋭い叫びと同時、今にも『エクスカリバー』本体へと組み付かんとしていた一夏は、咄嗟の反応で軌道をねじ曲げた。

 純白の鎧が虚空へ逃げ出す刹那、残存する砲塔が火を噴いた。砲身が焼け付くような勢いで連射される弾丸は、明らかにカタログスペックの限界を超えている。一夏がいた空間がごっそりと抉られた。

 

「なん、だよッ、今の……ッ!」

「恐らくコアユニットの感情の振れ幅と連動し、機体が自動で攻撃行動を行っている。攻撃意思の有無にかかわらずな」

「……ッ! だったら!」

「そうだ。()()がこれ以上誰かを傷つける前に、止めなくてはならない」

 

 師弟の意見はそこで一致した。

 更に激しくなる砲火をすり抜けながら、二人は同時に戦闘論理を行使する。

 ずっと互いを見ていた。誰よりも互いを見ていた。だから同時に導ける。

 

「最優先は」「攻撃能力の破壊」「最終目的は地上」「質量を削る」「留意すべきは人的被害」

「「だったら──」」

 

 視線を交わす。それだけで意志決定は迅速に行われた。

 

「地上部隊、聞こえるかッ!」

『──ええ。ええ! 聞こえていますわよ、一夏さん!』

 

 セシリアの返答には、隠しきれない歓喜の色がにじんでいた。

 そうだ。彼こそ至上の好敵手。ならばこんな場所で朽ち果てる道理などない。帰還は当然であり、しかしその当然はこの上ない僥倖だ。

 

「いいかよく聞けよ。今から()()()()()()()()()! けど、多分俺たちじゃ質量を削りきれねえ! だから場所の選定とガイドを含んだ作戦立案を頼むッ!」

『……む、無茶苦茶言いましたわね今!? ああですが、確かにそれが最短で……ええい! 最も安全な場所を早急に決定します! 避難はわたくしたちにお任せください!』

 

 好敵手の言葉を聞き取り、されど驚愕は一瞬に留めてセシリアは声を張る。

 直後。

 

『いいや。場所なら決まっている』

『ッ、父さん……?』

 

 何か決意を秘めた、低い男の声が響いた。

 

『既に該当箇所の避難は完了しており、後は半径十キロほどの市民の避難さえ済めば良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ! まさか、あんた──」

 

 ウィンドウに映る金髪の偉大夫、アルベール・デュノアは即決した。

 

『デュノア社に落とせ』

「ハ──ハッ、上等! 最高の再会にしてやるよ!」

 

 通信を聞いていた東雲も頷く。

 後は実行するのみだ。

 

 セシリアたちがISを展開して市街地に飛び出すのを確認してから、一夏と東雲は猛然と駆ける。

 残影を置き去りに、『エクスカリバー』へ肉薄。すれ違うのではなく、表面をなぞるようにして旋回しつつ、砲塔を切り落としていく。

 

(……ッ! さっきからやたら近づきやすいと思ってたら、こいつは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 東雲は敵方からの思念を、一夏より明瞭に汲み取っていた。否、受信しただけで使い物にならなくなる一夏とは違い、それを受け取りながら戦闘機動を行える。

 だが回避機動に反映させるのではなく、彼女が選択したのはわざと狙いやすい位置取りを組み込んだ(デコイ)としての行動。それが『白式』の猛攻を可能にしている。

 

「ったく……おんぶに抱っこだが、結果だけは出させてもらう!」

 

 鋭い切り返し。無数の砲塔を、こちらにぐるりと向けられる前に斬り捨てる。聖剣表面はもはや剣山のような有様だ。どこを見てもこちらを狙う銃火器ばかり。

 一学生にとっては、間違いなく足がすくんでしまう場面──しかし。

 

「都合がいいな! 剣を振り回すだけで当たるなんて!」

 

 一夏にとって、もはや当たらぬ銃撃など恐怖の対象ではない。

 数ヶ月で彼は学生から戦士へと変貌した。変身した。日々の鍛錬だけでない。度重なる挫折と恐怖の修羅場は、確かに今の一夏の血肉となり、彼の身体を突き動かす。

 

「フッ──めざましいな。我が弟子ながら、当方も鼻が高い」

 

 獅子奮迅の働きを見せる一夏を眺めつつ、東雲は常人なら十数秒と保たず捕まるであろう密度の弾幕を自然体で受け流しながら、後方師匠面をしていた。まあ、実際問題、師匠ではあった。

 

「さて、()()()()()()は切り上げだ。残存砲塔は再突入時の摩擦で燃え尽きる──当方たちはこれより、聖剣を()()()()()()()フェーズに移行する」

「了解……ッ!」

 

 最後の土産と言わんばかりに、一夏はその場で回転し周囲の自立砲台を聖剣の刀身から切り飛ばした。

 それから一気に跳躍──少なくなった弾幕をあっさりと突破──刀身を駆け上がるようにして、柄部分のコアユニットへと接近。

 彼に先んじて、囮をしていたはずの東雲がコア背部へと回り込み、エネルギーシールド発振器を太刀で砕いた。余裕の表情に、僅かに一夏は顔を引きつらせる。

 

「ちょっ、速いな……」

「当たり前だ。当方は誰よりも疾いぞ」

 

 軽口を叩き合いながら、師弟は『エクスカリバー』の()()()へ手を伸ばす。

 

「地上の準備はできてるか?」

『バッチリだよ、任せて一夏!』

 

 シャルロットの力強い返事に笑みをこぼして。

 それから、隣にいる、敬愛する師匠の横顔をちらりと見て。

 

「じゃあ、ブワーッと行ってみようかぁ──!」

 

 焔の翼が、最大限に燃え広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 デュノア社近辺の高層ビル屋上。

 確かに通信の返答自体は元気に行った。だがシャルロットは返事をした直後、唇を強くかんでその顔を苦痛に歪めた。

 彼女の背後に陣取り、両肩に手を乗せているセシリアもまた同様。

 

「これは……っ、なかなか……」

「普段使いは到底できませんわね……!」

 

 理由は単純。

 二人は今、それぞれのISを直接リンクさせ、感覚機能を最大限に拡張している。

 ハイパーセンサーのリミットを全解除。なおかつ狙撃に長けた『ブルー・ティアーズ』の、本来は専用装備を用いて行われる()()()()()()()()()()()()を起動し、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』のデュアルコアの演算能力をフル活用して無理に行使しているのだ。

 

『最低限の避難ラインは確保できたわよ! 英仏独中合同作戦なんて、あたしたち教科書に載っちゃうんじゃない!?』

『映像の世紀の方が、私としては嬉しいがな』

 

 通信越しに、鈴とラウラがジョークを飛ばす。励ましの意図をくみ取りながらも、二人は満足に返事できなかった。

 脳の平時は使わない箇所が発熱している。見えていなかったものを無理に見ようとしている。

 たぷ、とぬるい感覚。シャルロットの鼻孔から顎にかけて、真っ赤な液体が伝っていた。

 

(本当にとんでもない負担ですわ……! わたくしが補佐に徹してこれとは!)

 

 ならば、()()()()()シャルロットにはどれだけの負荷がかかっているか。

 一瞬ためらった。だがすぐに捨てた。セシリアは、この場に至ったシャルロットの気概を決して軽んじるつもりはなかった。

 

(彼女にとって……家族を取り戻すための戦い)

 

 セシリア・オルコットは──幼少期、不可解な事故によって両親を喪っている。

 だから彼女が少し羨ましかった。

 自分の手で母親を救い出せるなんて。セシリアにとっては、タイムマシーンがなければ、そんなことはできないのだ。

 

 羨ましい。羨ましい。まっすぐなまなざしに気後れしそうになる。

 

(────()()()()()ッ! ほかでもない、わたくしが彼女を支えなければならないのですッ!!)

 

 影を落とす過去と、此方を照らす未来。シャルロットは今、未来に進もうとしている。

 過去にとらわれたセシリアは、それが恨めしいし、同時に最も応援したいと思った。どうかその手が届いて欲しいと心の底から願った。

 

(でなければ、あんまりですわ! これから、そう、シャルロットさんは、これから始めるのです! 彼女の人生を!)

 

 全ての家族に笑い合っていて欲しいとセシリアは思う。

 そして現実としてはそうは決してならないことも、知っている。

 

 それでも。

 手の届く場所に、救える人がいるのなら──

 

 

(──その助けになること、これは誇り高きオルコット家当主の本懐ッ!)

 

 

 強い情念は意志となり、行動に出力される。死んでもこの作戦を成功させる。脳がすり切れたって構わない。

 その時。

 ついに狙撃手の視線が、成層圏の向こう側から落ちてくる、彼女の母親を見据えた。

 

「目標を捉えました……! シャルロットさん、砲撃のコントロールは既に委譲していますッ」

「うん……!」

 

 この作戦のキモは、今二人がかりで制御している、本来ならば面制圧に用いられる計八門ものガトリングガンを備えた特殊パッケージ『クアッド・ファランクスⅣ』──それを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 馬鹿げた発想だった。ガトリングガンでどう狙撃するのか。

 

 解答。()()()()

 

 セシリアがビットの操作に用いる、思念伝達特殊粒子を弾丸一つ一つに付着させ、制御する。

 下手すれば廃人と化しても無理はない。だがシャルロットもセシリアも、立ち止まるつもりは毛頭ない。

 

「一夏……!」

『…………最後は譲るぞ。思いっきりかっこよくキメてやれ、母さんの見に来てくれた晴れ舞台でな!』

「──!」

 

 落下中の『エクスカリバー』背部から、白と紅が弾かれたように飛び退いた。

 二人の武装では、切断によって小さくするのには限界があった。既に『雪片弐型』の刀身は耐久限界を迎えつつあり、東雲に至っては一切の武装を失っている。

 

 だからここからは。

 

「さあ──勝負だね」

「ええ──勝負ですわ」

 

 金髪を戦場の風になびかせる、二人の少女の舞台なのだ。

 

 

 

「もう誰にも邪魔させない! ()()()()()()()()()()──()()()()()ッ!」

 

 

 

 宣言と同時。

 シャルロットの両眼に投影された8つの照準(レティクル)が回転し、紅く変色。ロックオン完了。

 コアユニットを避けて外部装甲を破砕するための砲撃。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ──────ッ!!」

 

 

 世界が引き裂かれるような轟音と共に、砲火が吹き荒れた。

 放たれた弾丸一つ一つにシャルロットとセシリアの思念が絡みつき、軌道を修正しながら『エクスカリバー』残存箇所に殺到。

 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり、装甲を剥ぎ取っていく。避難の完了した市街地に鉄片がまき散らされる。

 カッと頭脳が白熱し、意識が遠くなる。必死にこらえる。眼球と耳からすら粘っこい血が噴き出した。それでも止まらない。止まるわけにはいかない。

 破砕音が続く限り、まだ終わっていない。ならば踏ん張るしかない。

 

「──────────!」

 

 絶技行使の最中、セシリアの意識は完全に浮遊していた。単純に限界を超えた。超えて、超えて、それでも続いている。恐ろしいほどの精度で弾丸を操る。

 今までの自分が如何に稚拙な領域にいたのか、やっと分かった。

 もう彼女の目には、視線の概念がなかった。視界すら関係がない。ハイパーセンサーから流し込まれる情報全てを刹那に処理する。散らばる鉄屑一つ一つの部品すら見分けられる。

 

(…………ッ! これ、は……?)

 

 世界がひどく停滞しているようだった。

 いや、自分すらも遅い。コールタールの中で動いているようだった。

 だんだんと色彩が失われていき、白と黒だけで光景が構成される。一秒が体感二秒、十秒、百秒……無制限に時間感覚だけが拡張され続ける。

 

 

 極地──最早、視ずとも見える。

 開眼──肉体の眼球に依らぬ、いわば()()()()

 

 

「…………ッ!!」

 

 カチリ、と。

 トリガーが元の場所に戻る音。

 しばらく鉄と鉄がこすれ合う音だけが残った。

 それはぶつかるのではなく、射撃をやめたガトリングガンの砲塔が回転しながら放熱する音だった。

 

(……いき、てる……わたくし……いまの、は……一体……?)

 

 セシリアは、自分が膝から崩れ落ちていると理解するのに十秒かかった。

 ゆるゆると顔を上げた。華奢な背中が陽光を遮っていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 シャルロット・デュノアが、頬を伝っていた血を乱暴に拭い、それから『クアッド・ファランクスⅣ』をパージ。ガトリングや対衝撃増設装甲が地面に落下し、空薬莢を巻き込んで甲高い音を立てた。

 再突入時の物体は秒速数キロを超える速度で落下してくる。だから、セシリアにとっては永劫とも思えた時間は、実際はあっという間に過ぎていた。

 

「……迎えに、行ってくるよ。休んでて……ありがとう、セシリア」

 

 よく動けるなと思った。セシリアはもはや、呻き声を上げることすらできない。

 その分──見えていなかったものが見えた気がして。

 ゆっくりとまぶたを下ろすときにも、淑女はこの上ない達成感を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 当然、再突入の影響で身体各部にガタが来る。

 一夏はほとんど丸裸になったコアユニットの落下先に回り込みながら、意識を手放しかけていた。

 

「東雲さん、は、無事か?」

『肯定。ただ落下途中に避難を終えていない児童を発見した。現在救助している』

 

 発見した? あの落下の最中に? 町並みを見ていた? そして子供を見つけた?

 愕然とした。自分はもう生死の境目だというのに、彼女はまだ十二分に動けている。

 

「──ッ!」

 

 一度頬を張り、頭を振る。負けていられない──そう思いながら、落下してくる、人間が二人ほど入れるだろうかというカプセルを目視した。

 コアユニットだった。半透明の緑色外装。

 透けて見えるのは、口元をマスクで覆われ、身体各部にコードを突き刺された女性。自分を抱きしめるように、赤子のように、彼女はカプセルの中にいた。

 

「……ああ、やっと」

 

 おわった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、()()()

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の風が吹いた。

 腕を伸ばしていた一夏の眼前で、コアユニットがかすめ取られる。

 

「な、ァッ……!?」

 

 やりきったと油断してた。達成感は危機感を薄めていた。

 コアユニットを保持し、こちらを嘲笑する少女。

 

「テメ、ェ──織斑マドカ……ッ!!」

「生体融合型ISとは興味深い。コアが増えるだけでなく、新種の解析までできるとはな……」

 

 慌てて『雪片弐型』を展開する、が、腕に力が入らない。

 突発戦闘を行い、軌道上で戦闘し、宇宙空間で消耗し──再突入した。

 もう彼が満足に動ける理由など微塵もない。

 

「ハゲタカのような真似をするな、とオータムは言っていたが……しかし考えろ。世界を敵に回すテロリストだぞ、矜持で悪事は行えないと思わないか?」

「……ああ……全面同意だ……吐き気がするけどな……!」

 

 何よりも今は、その貌が憎い。

 姉の顔で。尊敬する姉の顔で、侮蔑するような視線で、醜く悪意を滾らせている。

 許してはおけない。

 

「かえ、せ! その人は、あいつの家族だ!」

「────は?」

 

 思わず一夏は呼吸を止めた。

 嘲笑が切り替わった。マドカの表情に得体の知れない情念が浮かび上がる。

 

()()だと。家族。貴様が……()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……何?」

 

 一夏は両親を知らない。千冬は何も語ってくれなかった。

 そこを突いている──わけではない。呆れや嘲りではない。

 今マドカを支配しているのは、見て分かるほどに明瞭な、殺意だった。

 

「失敗と成功にラベリングされ、家族の座を偶然つかみ取っただけのお前が! 家族の座を偶然つかみ取れなかった私に語るつもりかッ!? ふざけるな……!」

「何、言ってんだよ、お前……」

 

 圧倒されるほどの感情の濁流をぶつけられ、のけぞりそうになる。

 理解できるのはそれだけ。発言はまったくの意味不明だった。なのに一夏は──得体の知れない怖気を感じていた。足下がぐらつくような。今まで立っていた地面が、実は薄氷であったかのような。

 その様子を見て、マドカはより強く眼光を鋭くする。

 

「……無知で無様で無能だな、貴様は……まあいい。それを聞いてよりやる気が増した。私はあらゆる家族に悲嘆に暮れて欲しいからな。世界中の家庭を全てを破壊し、あらゆる人類に孤独と絶望を叩き込んでやりたい……! コアユニットの持ち帰りはやめだ」

 

 マドカはぎらついた眼光で、手元にブレードを展開した。

 

「────ッ!? よせ!」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 加速は間に合わない。

 あと少し。あと少しなのに。もう少しでやっと、彼女の願いは叶うのに。

 力になると約束した。ならここでなんとかできなければ意味がない。

 なのに。

 

(足りない──!)

 

 加速が足りない。心身共に、根元から既に活力を失っている。

 必死に腕を伸ばす。届かない。マドカがこちらを嘲笑っている。

 漆黒の刃が、振りかぶ、られて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声は宇宙まで響くほど、芯の通ったものだった。

 バッと両者がそちらを振り向いた。

 

 刹那。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「君には君の理由があるんだね。だから僕のお母さんを殺そうとしてる……」

 

 吹き荒れるは原初の荘厳。

 天と地をつなぐような極光。

 

 機体は反動で半壊している。それでも主の想いに応える。

 父の切なる願いと、母の温かな愛情を注がれて。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「馬鹿な、シャルロット・デュノアだと……!?」

 

 手に持つのは『コスモス』が格納していた近接戦闘用ブレードだった。

 しかし今や形を変え、巨大なレーザーブレード発振器と転じ。

 

 シャルロット・デュノアが、市街地を両断できるような光の大剣を携え、此方を見ていた。

 

「……でも、ごめんね。君の願いと、僕の願いは両立しない。だから──すごく残酷なことをする。君にとって我慢できないことをする」

「何、を」

「だって僕は、僕は……()()()()()()()()()

 

 叫びは痛烈だった。

 それは彼女にとって初めての、そして最大のエゴの発露。

 マドカがぎくりと身をこわばらせた。

 ああそうだ。その叫びは聞き覚えがある。嫌と言うほど、耳にこびりついている。

 

 だって。

 幸せになりたいと叫んでいたのは、過去の自分で────

 

「一夏、()()()()……!」

 

 刹那の加速のみで。

 シャルロットは彼のすぐ傍までやって来て、そう告げた。

 

「は……? あ、まさか……ああいいぜ! つっても俺も借り物なんだが……てか、何だ。やりたかったのか?」

「えへへ。恥ずかしながらね。だけど初めてだから──その、えっと」

「分かってるさ」

 

 一夏は身体に鞭を打ち、彼女の、光の剣の柄に手を伸ばした。

 手と手が重なる。まず温かさを感じた。きっとシャルロットの優しさを反映したんだろうと思った。

 そうして。

 

 二人で、一振りの剣を、構えた。

 

 彼と彼女は晴れやかに笑っていた。

 結末を見据えて、それに手を伸ばし。

 いいや。

 一夏とシャルロットの中では、もう、手は届いていた。

 

 

 

 故にこの物語は幸せな再会を──それを阻む悪を墜滅して、終わりとなる。

 

 

 

「何故だ、何故動かない」

 

 マドカはかすれた声で呟いた。

 今すぐにでも腕を振るえば、最悪エスカリブール・デュノアは殺害できる。コアの奪取はできずとも、溜飲を下げることはできる。

 なのに。身体が、言うことを聞かない。

 

(何故、どうして──あんなに眩しく、叫べるのだ)

 

 刹那。

 シャルロットが、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』が最大に出力を上げる。

 目が焼け付くような熱量を以て。

 

 父が誂えた鎧と。

 母を真似た剣と。

 

 そして愛を知った娘は、その銘を叫ぶ。

 

 

 

 

 

「『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・フロウレイゾン)』────ッ!!」

 

 

 

 

 

 振り下ろされた刀身は、市街地の通りを余すところなく駆け抜けた。

 紺色の機影が、その中に飲み込まれる。

 

(…………いいなあ)

 

 外見とは裏腹に、マドカは温かさを感じた。

 光の奔流は彼女を包み込んでいた。そう──マドカだけを包んでいた。

 粒子一つ一つがコアユニットを避けて、シャルロットの意思伝達を忠実に再現する。巨剣でありながら、変幻自在。まさに剣を象った光そのもの。

 

(わた、し、ほんとは──)

 

 だが、威力はお墨付きだ。

 装甲が融解していく。エネルギー残量が一秒足らずで底をつく。

 ふわりと一度空中に投げ出されて、マドカは手を伸ばした。伸ばした先に何もないなんて分かっているのに、自然と伸びていた。

 

 

 

 

 

 

(なんで、だれも、わたしを──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああもう、しょうがねえなああああああああああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 手を──誰かが掴んだ。確かに掴んだ。

 ぐんと身体が浮き上がり、光の奔流の外側に出て、一気に高度を上げた。

 

「……え?」

「ほら見ろバカチンが。私の忠告通りじゃねえか、ったく」

 

 見慣れた顔。頬はすすにまみれていた。

 気に入らない上官。いつも慎重で、そりが合わなかった。助けに来るのが最もあり得ない相手。

 

「各国合同の警備網を突っ切るの、メッチャ気持ちよかったけど二度とやんねーぞ。後ろからビュンビュン弾丸が飛んで来まくって正直泣きそうだったぜ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らして。

 

 オータムが、マドカを抱えて急速離脱していく。

 

「……なんで」

「あ? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 返事になっていない。聞きたいのはということじゃない。

 いつも通りに、マドカはふてくされようとして、けれど、何故かできなくて。

 嗤うことも嘲ることも、馬鹿にすることもできなかった。

 手を伸ばした。だから掴んだ。なんて阿呆な論理だろう。なのに、なのに。

 

 不意に、視界がにじんだ。

 

「…………そうか」

「おい、何泣いてんだよ。そんなに怖かったのか?」

「……」

 

 小馬鹿にしたような台詞も気にならなかった。

 欠落していた、ぽっかりと空いていた穴に、何かが注がれたような気がした。

 マドカの顔を見て、オータムは数度首を横に振った。

 それからぼんやりと鼻歌を歌いながら、追っ手を撒くために加速する。

 

 ひたすらにマドカは、つながれたままの手に額をこすりつけ。

 彼女の鼻歌を聴きながら、意識を闇に落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、マジかよ」

 

 コアユニットを空中で抱き留めて、それから一夏は遠くなっていく黒点を見上げた。

 

「あのタイミング……すごいね。間一髪だ。あと少しだったのに」

 

 シャルロットはISを解除して通りに降り立ちながら、彼と同じように空を見上げた。

 晴れやかな気分だった。風が彼女の髪を揺らしている。

 

 一夏は町並みを見渡した。子供一人いない。

 本社ビルはがれきの山。エスカリブールの安全も確保しなければならない。

 

「……これから、大変だな」

 

 一夏はコアユニットを抱えたまま、シャルロットに手を伸ばした。

 意図を汲んで、シャルロットは彼の腕に腰を載せる。少女を片腕で抱きかかえて、白い翼が閃いて飛翔した。

 吹き付ける向かい風に目を細めながら、それでも彼女は前を見ていた。

 

「大丈夫だよ。だって──君が、いるでしょ?」

「……!」

 

 虚を突かれ、一夏はしばし呆けて。

 それからゆっくりと微笑みを浮かべた。

 

「ああ。もちろんだ……助けが必要なら、力になる。思う存分頼ってくれ」

「えへへ。その分、一夏も僕を頼ってね?」

「分かってるさ、シャルロット」

()()()

 

 金髪の少女はそこで、間近に迫った少年の顔を見た。瞳に映る自分の頬が紅潮しているのを確認して、それでも顔を逸らさなかった。

 

「君は、僕の、特別だから……特別な名前で呼んで欲しい。ワガママかも、だけど」

「…………ふふ。気にすんなよ、()()()

 

 二人はそのまま、視線をつないだまま。

 どちらからともなく、また、柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(将来の旦那が別の女とケーキ入刀してる件について)

 

 なんか最終回みたいな空気で飛び去っていく二人の背を見ながら。

 最終回みたいなことをしていたはずの東雲はブチギレていた。

 児童を安全地帯に送り届けてから戦闘地帯に来てみればケーキ入刀お色直しフィーバーナイトである。理解不能だった。

 二人ででっかい剣を構えるところとか完璧に絵になっていた。絶対東雲にはできない。何故なら一人で振るえる。

 

(ハネムーンで浮気て……! ハネムーンで浮気て……! アグレッシブ過ぎやしませんかおりむー……ッ!)

 

 このままでは間違いなく初夜にもつれ込むのはシャルロットだ。

 どうしてこうなった、と拳を握りながら考える。反省会である。

 

(やっぱ宇宙に行ったのが良くなかったのか? 酸素が足りなくておりむーがちょっとおかしくなっちゃったのか?)

 

 酸素足りてるのにおかしいお前が悪いんだよ。

 

(どう考えても当方に落ち度はなかった……見落としもなかった……馬鹿な、一体何がどうなってケーキ入刀に至った? こんなどんでん返しは読めなかった、この当方の目をもってしても!)

 

 お前本当に目がついてるのか?

 

 

(ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ……だが、待て、そうだ……家庭環境が複雑な娘はやめといた方がいいよって言ったら一発で妨害できたりしないかな……!?

 

 

 東雲は──卑の意志をどこかから受け継いでいた。

 ちなみに(自覚はないが)特大ブーメランである。

 

 

 

 

 








最大の見せ場を棒に振った結果
好敵手が覚醒して
ぽっと出が完璧な正妻ムーブキメて
挙げ句の果てにはサブタイ回収すら悪役に取られたメインヒロインがいるらしい


次話
EX.紅

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