43.チームメイトは
強キャラ
東雲さん
Episode Ⅴ
The Houki Shinonono Strikes Back
東雲令にとって試練の時だった。
衛星軌道兵器『エクスカリバー』を共同作業で破壊されながらもシャルロットの正妻力は東雲を追い詰め、ヒロインレースからの撤退を余儀なくさせた。
恐るべき正統派ヒロインの追撃から逃れた東雲率いる東雲恋愛軍は、タッグマッチトーナメントに新たな恋愛作戦の照準を絞った。
しかし今まで力を溜めているだけだったファースト幼馴染は東雲が行動を起こす前にもう一夏とペアを組んでおり、一夏のペアは自分であるとクラス全員に自慢しているのだった....
「何? 何? 何? 何?」
掛け布団を跳ね飛ばして起きた一夏は、全身に汗を浮かべながら荒く息を吐いた。
何が起きたのか分からなかった。寝ている間に、壮大なスペースオペラが始まろうとしていた気がする。それもよく読むとクッソしょうもない感じのスペースオペラだ。
「え? え? ……えぇ……?」
困惑しながら頭をかく。
明らかに謎の幻覚を見せられたのだが、誰にも証明できない。確かに一夏の脳裏には例のBGMが流れていた。
恐ろしいほどの虚無感を味わいながらもベッドから降り、冷蔵庫のドアを開けてミネラルウォーターを取り出す。
朝の倦怠感を振り払うのを兼ねて、一気に清涼な水を飲み下す。自分の中にため込まれていた不要物を洗い流すような感覚。
「ぷはーっ……!」
昨晩は訓練漬けで死ぬかと思った。というか何度か死んでいた気がする。気がするではなく、事実としてアリーナが戦場だったなら何度か死んでいた。
東雲令による日々の鍛錬──明確にレベルアップしているという実感はない。だが、必要なものが蓄積されていく感覚はある。
(昨日の俺は多角機動にこだわりすぎるきらいがあった──もっと平たく、フラットに、無心で動かないと)
偏りは即座に看破される。戦闘の最中でも、相手の意識を読み解き、そこから彼女は戦闘理論を構築する。
打ち勝つには何もかもが足りていない。
(当面の目標は、月末のタッグマッチトーナメントでの優勝……ああ、そうだ。誰にも負けたくねえ。
瞳に焔を滾らせ、頬を叩いて、一夏は着替えに取りかかった。
謎の悪夢は疲労から来たのだろう、と結論づけながら。
東雲令は上機嫌だった。
フランスから帰ってきて、一夏は更なるレベルアップを目指して、真剣に鍛練を積んでいる。
一体どこまで上がっていくのか、武芸者として東雲は関心があった──が、正確には上機嫌の理由はそこじゃない。
(おりむー、ほんとにここ最近でもっとかっこよくなってる……)
もう乙女回路ギュンギュンである。
引き絞られた肉体。相手を射貫く眼光。かつての彼と比べても、明らかに
昨日も内心で両頬に手を当ててやんやんと頭を振りながら彼を撃ち落とし続けていた。カッコイー! キャー! 抱いて! と叫ばなかったのは僥倖である。
昨晩の(一夏を五十回にわたって地面に這いつくばらせた)イチャイチャタイムを無限に思い返しながら、東雲は朝食を取るべく寮の廊下を歩き。
『それで、あの噂って本当なのかな……?』
不意に話し声。曲がり角の向こう側で、生徒同士が会話しているらしい。
声に聞き覚えはない。つまり一組生徒ではないのだろう。
『ずるいよねー、専用機持ち』
『そうそう。私たちにはチャンスないじゃん』
元より人の噂など気にしないタイプの東雲である。
密談と言うよりは井戸端会議のトーンに近いそれをぼうっと聞き流しつつ、食堂へまっすぐ進もうとし。
『トーナメントで優勝したら織斑君と付き合えるなんて──羨ましいよねえ』
シュババババババッ!!
東雲は忍者もかくやといわんばかりの速度で廊下を疾走し、壁を蹴って跳躍すると廊下の天井に張り付いた。黒髪が重力に垂れるも、存在感の意図的な抹消により通りがかる生徒らは頭上のくノ一に気づけない。
そのままカサカサとゴキブリみたいな動きで移動し、東雲は噂話に興じる生徒らの真上を取った。もう一生メインヒロイン名乗れないねえ……
『てことは専用機持ちも、織斑君狙い?』
『そこまではわっかんないかなー。ひょっとしたら政略的なものもあるんじゃね? って話よ』
『えーこわーい』
上を取られた生徒らはきゃいきゃいと騒いでいる。
しばしそこで歓談してから、彼女たちは食堂へ向かうべく歩き出した。
その背中を冷たい目で見つめながら、東雲は音もなく床に降り立つ。たまたま横を通りがかった唯一の男子生徒は天井から師匠が降ってきてギョッと飛び退いた。
(付き合う……付き合う? まさか恋人としてか? 当方がいるのに?)
いねーよ。
しばし東雲は廊下に立ち尽くし、顎に指を当てて黙り込んだ。
思考は回転し、彼女の理論が即座に構築され──
(いやんな訳ねーわ、人身売買かよ)
東雲はどうでもいいところだけは真人間だった。
「お、おはよう、東雲さん……?」
「む。おりむーか。おはよう」
恐る恐る声をかけてきた弟子に、東雲は無表情で挨拶を返した。
「いや今、上から降ってきてた気がするんだけど……気のせいか……?」
「なんだ、気づいていなかったのか」
「……ッ!」
純粋な疑問。その声色に、一夏はそこはかとない失望を読み取った。
(試されていた……!? 相手の存在を感知できるかどうか。戦場での不意打ちに対応できるかどうか……! クソ、朝の寮だからって何を気ィ抜いてたんだ、馬鹿野郎! どこまで彼女を失望させれば気が済むんだよ……ッ!)
朝の寮ぐらい気を抜いてていいから。
だが一夏は勝手に自省モードに入り、拳を握って歯を食いしばった。
「悪い、次からは……見落とさない」
「?」
「東雲さんがどこにいても、見つけ出してみせる」
「────」
戦場での不意打ちに対応できる少女は、朝の寮での不意打ちに対応できなかった。
多幸感の奇襲に感覚が麻痺し、思わずトリップしそうになる。
(告白された……!? どこにいても見つけ出してみせる。どこにいても見つけ出してみせる……! ふへ、ふへへへへへへ。朝一でそれはずるいよおりむーのばか……どこまで当方を舞い上がらせれば気が済むの……!?)
馬鹿しか入れない学園かよ。
閑話休題。
とりあえず二人は各々の感情を表に出さないまま、食堂へ連れ添って歩いていた。
「優勝したら俺と付き合える……付き合える……?」
先ほど東雲が聞いた噂話。
それを教えられ、一夏は訝しげに眉根を寄せる。
「斯様な噂話に心当たりは?」
「んー……ああ、『優勝』『付き合う』っていうフレーズは、心当たりがある。正確には『俺の優勝までの道のりに付き合ってくれ』なんだけどさ」
「なるほど」
噂とは正確性を欠いたものである。
一部の文言を切り取り、事実を脚色、あるいは事実と異なった内容が流布されることは往々にしてあるものだ。
「それにしても付き合うって、どういう意味だよ、そりゃ」
「付き合う……行動を共にするという意味合いが正しいだろうな。つまり、買い物等のことだろうなと考えていた」
「多分な」
師弟は唐変木っぷりに定評があった。
百点満点中0点の解答を叩き出しつつ、二人は勝手に誤答を正答扱いしている。セシリアがいれば頭を抱えただろう。
「それで、ペア相手についてだが」
「ああ。箒と組むことにしたよ」
「…………………………そうか」
隣を歩く少女の声色がすっげえことになったのに、一夏はまるで気づかなかった。
「ならば、ちょうどいい。付き合う権利は当方がいただこう。全力を振るおう。近々衣類を増やしたいと思っていたところだ」
「荷物持ちってことか。負けられないな」
二人は師弟であり、深い絆で結ばれている──が、根本を正せば同じ競技の選手である。
つまりいつか、その時が来るだろうと覚悟はしていた。
白か黒か。雌雄を決するにはふさわしい舞台だ。
食堂につき、何も告げずとも東雲の前に特上握りの皿が並ぶのを眺めながら、一夏は来たるべき決戦への武者震えを隠せなかった。
(ぜってー全員殺す……!! 何もかも破壊してやる……!!)
東雲もまた、愛弟子が勝手に他の女とペアを組んでた八つ当たりをするべく、戦意を高めていた。
結論から言えばその決戦は現実のものにはならなかった。
朝一番に千冬が公布したタッグマッチトーナメントの要項の一文。
【東雲令の参加を禁ずる】
「いやすげえ個人攻撃じゃねえかこれ」
自席で、さすがに一夏は声を上げた。
教壇に立つ千冬はそれを聞いて白い目を向ける。底冷えした視線だった。
「馬鹿か貴様? 生徒間のトーナメントに東雲が参加できるわけないだろう」
「東雲さんは生徒じゃなかった……?」
あんまりな言い分である。
ただまあ、東雲を排除しないとペアが組めなかったりもするので、一応理にはかなっていた。
何より。
(……学園が襲撃されたという想定ならば、
織斑千冬をしてそう判断せざるを得ない。
単騎による圧倒的な殲滅能力。デュノア社襲撃事件の際にも、個人戦力としての猛威を存分に振るっていた。
ついては東雲を除いた専用機持ちによってトーナメントは構成される。
公布の際に千冬はあらかじめ確認を取っていたが、どうもペアは既に全員決まっているらしい。
【セシリア・オルコット&凰鈴音】
──セシリアから猛アプローチをかけたという、遠近のバランスに長けたペア。
【シャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ】
──ラウラが自分の強みであるタイマンでの強さを発揮するためシャルロットを選んだ、名手二名によるペア。
【ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア】
──言わずと知れた学園を代表するコンビネーション『イージス』、本大会における最大の注目株のペア。
【更識楯無&更識簪】
──こちらは千冬にとって最も衝撃的な、簪の側から姉へと結成を要請した、姉妹によるペア。
【織斑一夏&篠ノ之箒】
──最後に、
以上、五組。
(見立てでは、やはり総合力において一夏たちが群を抜いて下だ)
身贔屓をいくらしても、覆せない事実。
経験の浅さ、技量の拙さ、どれをとっても、一夏と箒は最下位に近いのだ。にもかかわらず、二人で大会に臨むという。
(一夏のやつめ……随分と自信がありげだったが、どんな奇策を用いるつもりだ?)
千冬の読みでは、間違いなく勝算があって、一夏は箒とペアを組んだ。
入学以来めきめきと実力を伸ばし、同学年では『魔剣使い』の対として『鬼剣使い』と呼ばれることもある──既に一般生徒では相手にならないだろう──が、しかし、それでも代表候補生を簡単に打ち破れはしない。
一体何を見せてくれるのか。
進化を楽しみにする指導者として、成長を見守る実姉として──そして、同じ競技の先達として。
口元が微かにつり上がるのを、千冬は止められなかった。
(トナメ出れねえのォォオオオン!?!?!?!?)
東雲令は慟哭した。
ハッピーラブラブペアリング作戦に続く第二の矢、ジェノサイドガールミーツボーイ作戦さえも瞬時に崩壊する音が、彼女の脳裏に響いていた。
(ぐ、ぐぬぬ……何も……! 何も! できないッ! 当方は……弱い……ッ!!!)
いや十分強いから。
さっき何もかも破壊してやるとか言ってて、実際何もかも破壊できそうなやつが弱いわけないから。
(いや……ピンチはチャンスだ。落ち着け当方……まだ勝機はある)
朝のHRを終え、生徒らが各々トーナメントの勝敗について話し合う中。
東雲は冷静に思考を回して。
(誰かのお出かけにおりむーが付き合うの、二人きりとかだと普通に無理だ。ここは当方のメリットではなく、リスクヘッジを取ろう。つまりおりむーが優勝すれば良い)
結論が出れば早い。
やるぞ、と箒と二人で気合いを見せつつ、遠い席のセシリアとも視線で火花を散らせている一夏。
東雲は彼の肩を叩き、振り向かせると。
「今日から訓練の密度を三十倍ほど引き上げる」
「えっ」
死刑宣告か何かですか?
冒頭のアレは悪ふざけなので
例のBGM流しながらフィギュアのスカートの中見るぐらいの角度で読むと
より精度が高くなるかと思います
六月頭 シャル・ラウラ転入
六月初旬 VTシステム事件(2巻)
六月中旬 デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)
六月下旬 専用機タッグマッチトーナメント(2巻+7巻)
六月末 亡国機業討伐作戦(完全オリジナル)
大体こんな時間軸で……アカンこれじゃ六月は死ぬゥ!
第五章は終始コメディな感じになります
次回
44.乙女たちは食べさせたい