【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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実質まだ二巻であることに気づき怒り狂った


53.唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生

 織斑一夏は、ずっと無力な自分が嫌いだった。

 彼の原初の記憶は、何も見えない暗闇と、硝煙の香りと、自分の嗚咽だ。

 

 誘拐事件に巻き込まれ、姉の栄光に泥を塗った日。

 

 全てが狂った。自分が全てを台無しにしたという負い目。何も出来なかった自分への憎悪。

 負の感情は日々増幅していった。一夏にとって地獄が始まった。誰かの嘲笑が常に聞こえていた。夜、一人で泣きじゃくる日々が続いた。

 

 男性でありながらIS適性を持っていることが分かったとき、一夏は『どうでもいい』と思った。

 どうして自分が。何故他の男ではなかったのか。

 今更何をさせようというのか。もう疲れた。何も出来ないなら、何もしなければいいだけだ。なのに、どうしてと。

 自問自答だけがあった。

 

 

 

 

 ──その日々を、セシリア・オルコットが変えた。

 

 

 

 

 

 指の爪が割れてしまうのではないかと思うほど、強く強く、『雪片弐型』を握り込む。

 真正面、上空。

 倒すべき相手がいる。

 先達として戦う理由を教えてくれた人がいる。

 いつも自分の前を行き、背中を見せてくれていた人がいる。

 

(俺は──勝ちたい)

 

 恐ろしいほどの静寂の中で、一夏はただそれだけを考えていた。

 

(あいつに、セシリアに勝ちたい。分かるだろ『白式』)

 

 相棒に語りかける。応えるようにして背部ウィングスラスターが蠢動した。

 身体の中に、熱がため込まれていく。呼吸するのがもったいないほど、内側から己を焼き尽くすような炎。それを無為に吐き出したくなかった。

 ただこの熱を、刃に込めるだけでいいのだから。

 

(あいつがいたからこそ、俺は這い上がることができた)

 

 セシリアとの出会いが。彼女が見せつけた有り様が。

 今の自分を形作ってくれた。

 

(俺は報いたい。それは──この場で、勝つこと。それが、俺ができる最大限の恩返しなんだ!)

 

 瞳に宿る焔が猛り狂う。

 対抗心がまず消え失せた。

 敵愾心が次に溶けていった。

 

 後に残ったのは、純粋な感謝だった。

 

(だから力を貸してくれ、『白式』ッ!)

 

 これ以上無い主の感情の発露に、純白の鎧は速やかに答えてくれる。

 

【System Restart】

 

 背部ウィングスラスターが引き裂かれ、深紅の炎を吐き出す。

 破損した装甲の断面からも同様に烈火のヴェールが伸びて、一気に噴き上がった。

 その焔は不規則にうねりながらも、主を守るため、主の願いを叶えるために。

 ()()は精一杯の叫びを上げる。

 

 

 ──『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 会場がどよめいた。

 ここにきて今日初の、現状唯一確認されている、形態移行(フォーム・シフト)ではないISの進化形態!

 

「……やはり、ここぞという場面では出てきますわね」

 

 それを見下ろしながら。

 セシリアは強く強く、爪が割れるほどにライフルのグリップを握りしめた。

 

(わたくしは──勝ちたい)

 

 恐るべき気迫の男を見据えて、セシリアはただそれだけを考えていた。

 

(あの人に、一夏さんに勝ちたい。分かるでしょう、『ブルー・ティアーズ』)

 

 相棒に語りかける。応えるようにしてBT兵器のクリスタル部分が発光した。

 身体の中に、熱がため込まれていく。狙撃手としては本来不要なもの。しかしセシリアはそれを歓迎した。決戦はこれ以上なく、感情と感情の激突になると分かっていた。

 ただこの熱を、弾丸に込めるだけでいいのだ。

 

(彼がわたくしの目を覚まさせてくれたから、こうして戦うことができています)

 

 一夏との出会いが。彼が見せつけた有り様が。

 今の自分を形作ってくれた。

 

(この場で勝利することこそ、わたくしができる最大の感謝です!)

 

 奇しくも──セシリアもまた、今もう胸の中にあるのは、感謝だけだった。

 ありがとう。貴方がいたから。

 ありがとう。貴方と出会えたから。

 ありがとう。貴方が決して諦めなかったから。

 

 今の自分が、あるのだ。

 

(だから力を貸してください、『ブルー・ティアーズ』ッ!)

 

 相対する白とは異なり、青に拡張形態はない。

 それでも、最も信頼する愛機が、確かに一つギアを上げるのを、セシリアは感じた。

 後はただいつも通りに──敵を照準に捉え、丁寧に引き金を絞れば、それでいい。

 

 思えば彼はいつもそうだった。

 彼はいつも、積み上げたものをぶつけて、築き上げたものの真価を問うていた。

 最後の最後に同じ結論へ至ったことを自覚し、それがセシリアは、少し誇らしかった。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 炎翼を広げて、切っ先を突きつけて。

 一夏が叫ぶ。

 

「セシリア・オルコット──お前は七手で詰む……ッ!」

「──面白い、やってみせなさいッ!」

 

 唯一の男性操縦者が前傾姿勢を取り、同時に翼が炸裂する。

 イギリス代表候補生が銃口を彼に向け、移動先に射撃を置く。

 

「──ッ!?」

 

 だが。

 必中を期した『スターライトMk-Ⅲ』の狙撃が──アリーナの大地を穿つ。そこに一夏は居ない。

 射線からゆうに逃れて、地面すれすれの高度を疾走しながら距離を詰めている。

 会場を歓声とも悲鳴ともつかない声が埋め尽くした。

 トーナメントが始まって初の、()()()()()()()()()

 

(これは……ッ!? 火器管制装置(FCS)がエラーを吐いているッ!?)

 

 原因は明らかだった。

 一夏のスピードを、『ブルー・ティアーズ』が捉えきれていないのだ。

 

(ならばッ!)

 

 牽制の狙撃を撃ちながらも、モニターを立ち上げ視線操作(アイ・コントロール)で設定を切替。ピットで英国の技術者らが目を剥いた。

 火器管制装置をカット。何の迷いもなく主の判断に従い、『ブルー・ティアーズ』が全射撃工程をセシリアに委譲する。

 ここからは──完全マニュアルでの狙撃。

 

 一夏が地面を蹴って高度を上げた。

 ウィングスラスターが左右でタイミングをズラしつつ炸裂。星と星をつなげたような軌道でセシリアへ加速する。

 しかし。

 

(──見えている)

 

 超高速戦闘の最中とは思えないほど、セシリアの心は凪いでいた。その瞳は透き通っていた。

 

(──今なら、見えているッ!)

 

 引き金を優しく、丁寧に引き絞る。

 本体から流れ込むエネルギーが銃身内部で加速し、銃口を焦がしながら射出される。

 撃った、時にはもう、射線上から一夏は逃れていた。炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)による超加速。

 

 逃れた先で、左肩をレーザーが貫いた。

 

(──対応、された……ッ!?)

 

 砕け散った装甲が地面に落ちていく。

 身体各部の焔を炸裂させ、即座に姿勢制御──再度撃ち抜かれる前にその場を離脱する。

 直線にしてあと770メートル。

 未だ折り返しにも到達できないまま。

 セシリアが残る3つのBT兵器を切り離した。

 重力に引かれてビットは数秒落下し、それから推進力を得て浮遊。一気にこちらへと加速してきた。

 

(遠い……遠いからこそ、踏破のし甲斐があるッ!)

 

 縦横無尽にレーザーが走る。

 セシリアは命中率の記録(レコード)に拘泥する愚か者ではない。ここに来て()()()()()()()()()()()を放ち始めた。

 殺気のない銃撃など回避するまでもない──が。

 

(直接狙ってきてるわけじゃない、俺の取れる選択肢を潰しに来やがった!)

 

 歯噛みしながら、直撃しかねないレーザーのみ刃で弾き対処する。

 セシリアが仕掛けたのは、いわば()()()()()()()()。空白地帯は全て一夏にとっては有効経路だ。そこをビットの直接配置、あるいはレーザーの連射で塗り潰していく。

 

 ──屈指の理論派に違わぬ、空間そのものを用いた攻勢。

 

 制圧された空間を即座に理論へ反映させつつ、一夏は少しずつ距離を詰めていく。

 徐々に呼吸の余裕が消えていった。身動きが取れない。弾いたレーザーは光の粒子となって彼を照らしている。余波が装甲を焼く。

 うまく動けていない──想定と何か、根本的な何かがズレているのを、一夏は自覚していた。

 

『これ、は……!』

『織斑一夏がじりじりと追い詰めているが……いいや。どちらも、追い詰められている……!』

 

 息を呑むような熾烈な応酬。

 だが優勢なのはやはりセシリアだ。()()()の銃口が戦場を支配している。

 そこで一夏は、自身のテンポを乱す要因に気がついた。

 

(……ッ! ビットは1つ破壊した! 残る3つ+ライフルでの直接狙撃……いつ、からだ!? いつから、ビット操作しながら狙撃していた……!)

 

 かつてはできなかったことは、今は出来る。

 それは織斑一夏だけではない。セシリア・オルコットもまた、過去の自分を超克しているのだ。

 

「随分苦しげな表情ですが……新曲は気に入りませんでしたか?」

「……ッ! 転調が激しすぎて、あいにく好みじゃないな……!」

 

 からかうような声色。

 トラッシュ・トークに乗っかりながらも、一夏の観察眼はセシリアの頬を伝う冷や汗を見逃さなかった。

 言葉ほどに余裕綽々なわけではない。彼女自身、振る舞いが先行して、それに合わせて自分を律しているのだ。

 

(詰んだわけじゃあない! ()()()()()()()! それを絶対のものにして引き寄せろ! 元から勝率なんて低すぎて数えられねえんだ!)

 

 緻密極まりない狙撃──最小限の動きで、すり抜けるようにして直進。

 移動コースはほぼ一直線なのに、狙撃が当たらないという絶技。

 愛機とのリンクが可能にする身じろぎのみでの回避──かつて東雲がやってのけたそれを、一夏は理論的な帰結として実現させた。

 回避機動を織り込まれているなら、回避機動を取らなければ良い。

 

(──ッ! 真っ直ぐ突っ込んで来ているのに当たらない……嫌なところを真似しましたわね!)

 

 距離が600メートルを割り込んだ。

 セシリアの優位性が削がれ、全体を一夏の攻勢が支配し始める。

 だが淑女は余裕の表情を崩さない。場の主導権を譲り渡してやったわけではないのだ。好きに吠えるがいい。

 狙撃が当たらない。当たらないが、()()()()()()()()。此処は既にセシリアの領域だった。

 

 狙撃手へ立ち向かう際、何を優先するだろうか。

 弾丸に当たらないこと──

 距離を詰めること──

 

 成程その通りだ。

 しかしそれは生身の狙撃手を相手取った時の話。

 I()S()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「好みが合わずに残念ですわ──()()()()()?」

 

 セシリアはぱちっと、左手の指を鳴らした。

 途端──背中へと抜けていったレーザーが、()()()()()()()()()

 一般生徒が絶句し、スカウトマンらが総立ちになる。

 理論的には実証され、しかしセシリアですら遠く及んでいなかったはずの──BT稼働率最高時に発現すると言われるBT粒子集合体への意思干渉。

 

 即ち──偏向射撃(フレキシブル)

 

 この瞬間のために伏せていた。鈴の前でのみ慣熟訓練を行い、既にセシリアは自分の手足のようにBTレーザーを操れる。

 一夏の背中を撃ち、彼を叩き落とすための切り札。

 反転した光が真っ直ぐ『白式』のウィングスラスターを狙う。機動力の要を破壊されては、一夏の敗北は確定するだろう。

 

(────そう。ベストタイミングのはずですわ。間違いなく彼は対応できない。この一手でわたくしの勝利が決まる……()()()()()()()……!)

 

 最高のタイミングでそれを切り──しかしセシリアの表情は晴れなかった。

 何か、致命的な見落としをしているような。

 何か、自分にとっての勝機がまるまるひっくり返ってしまう予感が。

 

 自身の背後からレーザーが迫り来ることに、一夏は気づいていない。

 真っ直ぐセシリアを目指して加速し──不意に、その唇がつり上がる。

 

一手──悪いな、()()()()()()()()()()()()()()

 

 反転──減速しないままその場でバレルロール、『雪片弐型』を横一閃。真後ろから追いかけてきたレーザーを刹那で叩き落とす。

 渾身の隠し技が霧散したのを見て、セシリアは瞠目する。

 

(今回ばかりは感謝してやるよ、織斑マドカ……!)

 

 一度見た技、二度目も通用する道理はない。

 ましてやあの戦闘の最中で、一夏は既に偏向射撃への対応策を編みだしている──即ち、何度回避しても追いかけてくるのなら、最初の接触で切り払えば良い。

 

(ま、ずい──!)

(さあ──勝負だ!)

 

 残り距離300メートル。既にISバトルにおいては、クロスレンジの気配を感じる間合い。

 BT兵器が一夏の眼前でレーザーを交錯させた。時間稼ぎのための、光の網を張る。

 しかし。

 

「二手ェッ!」

 

 防御網を真正面から一刀に断ち、減速なしに一夏は突っ込む。

 距離を詰めれば光線を足止めに転用するなど織り込み済みだ。その程度を把握できず、何が鬼剣か!

 

(間合いの取り直しは不可能! ならば──このまま雌雄を決するしかありませんわね!)

 

 セシリアも覚悟を決めた。

 再ポジショニングは間に合わない。ならばここを城と定め、真正面から迎撃するのみ。

 BT兵器に命令を走らせる。主のオーダーに従い、レーザーを乱射しながらもビットが跳ねるように動き回る。

 四方八方から浴びせられる光のシャワー。一夏は『雪片弐型』を左手に持ち替えると、その刃と、右腕に纏わり付く『疾風鬼焔』の炎を以てそれを受け止めた。

 

(削り、切れない──!)

(削りきられる前に、届く!)

 

 残り200メートル。

 防衛のためビットの配置を自らに寄せた。すり抜けるような回避が間に合わず、肩と腕を撃ち抜かれる。構わない。

 猛牛のように速度を緩める男の顔を見据えて、セシリアがキッとまなじりをつり上げた。

 やはりウィングスラスターを直接──

 

「三、四手──ッ!」

 

 ビットが一つ、反応を返さなくなった。

 視界の隅で、左から狙いをつけていたビットに、白き刀が突き刺さっているのが見えた。

 投擲──しかし刹那を挟んで『雪片弐型』が量子化される。

 一夏の手の中に舞い戻った刀が、動揺に動きの止まったビットをもう一つ、炸裂瞬時加速で一気に距離を詰めて、叩き切った。

 

(これは、二回戦でも見せた──)

高速切替(ラピッド・スイッチ)の応用! やっぱり僕から模倣したのか……!』

 

 本来の使い手であるシャルロット・デュノアとは異なり。

 単一の武装を高速で格納・再展開する、使いどころの極めて限られたテクニック。

 しかし元より武装が一種類しかない『白式』にとっては──極めて戦術の幅が広がる、絶好の技術!

 

「五手ッ!!」

 

 距離が100メートルを割った。

 そこはもう、一息で殺せる距離。

 一夏の両翼が同時に炸裂した──最高速度。迎撃は間に合わない。

 間に割って入った最後のBT兵器ごと。

 正面からの袈裟斬りが、セシリアの肩から腰にかけて深々と切り裂いた。

 

(……ッ! エネ、ルギー残量が……!)

 

 舞い散る装甲の破片を介して。

 一夏とセシリアの視線が、至近距離で結ばれる。

 たどり着いた。

 1200メートルに渡る死線を乗り越えて。

 唯一の男性操縦者が、イギリス代表候補生に刃を叩きつけた。

 

「インターセプター!」

「読めてる──六手ェッ!」

 

 左手に展開した短刀──が、実体化したコンマ数秒後に弾かれる。

 

(そうだ。たどり着けたら勝ち。その言葉の段階で、俺はインターセプターをお前に使わせようと思っていた!)

 

 迎撃のために意識を集中させ、『スターライトMk-Ⅲ』の銃口はあらぬ方向を向いている。

 吹き飛んでいくインターセプターを見て、セシリアが目を見開く。

 ()()()()()()()()

 

 今度こそ。

 何の手も、存在しない。

 

 両腕の焔を炸裂させ、振り抜いた姿勢から一気に刀を振り上げる。

 趨勢は決した。

 

 

「七手──俺の、勝ちだ──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(直線距離を──踏破すると。そう自ら不利な条件を課した時)

 

 だが。

 セシリアが一夏に顔を戻したとき。

 その瞳に、敗北をもたらす刃の閃きを捉えたとき。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

(あの時。あの瞬間。わたくしは誰よりも信じていましたわよ──貴方なら! ()()()()()()()()()()と!)

 

 そこで気づく。

 ──『スターライトMk-Ⅲ』がない。

 彼女の手を零れ、地面へと落ちている。

 愕然とした。馬鹿な。何故武装を手放している。何もないはずだ。しかし勝機を手放すこともないはずだ。

 戦闘用思考回路が、迅速な退避を告げている。下がれ、逃げろと叫んでいる。

 ()()()()()()()()

 

 

 

「おあいにく様。インターセプターは二本あってよ!」

 

 

 

 勝利の光が顕現する。

 空いた右手に像を結ぶは、先ほど弾き飛ばした代物と全くの同型──インターセプター(迎撃する者)

 

 逆手にそれを握り、セシリアが自ら踏み込む。

 一歩。

 大きな一歩だった。

 

 純白の刃と。

 蒼穹の刃が。

 

 示し合わせたかのように、同時に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーが鳴る。

 勝者と敗者を選り分ける、審判の音色。

 

 空中で静止する二人を刮目していた観客らは、恐る恐る、モニターへ視線を移した。

 当人らもゆるゆると顔を画面へ向ける。

 そこに戦いの結末が──

 

 

 

『織斑一夏、セシリア・オルコット、エネルギー残量ゼロ』

「は?」

「は?」

 

 

 

 最後の刹那。

 セシリアは一歩踏み込むことで『雪片弐型』の軌道を殺していた──刃ではなく、根元を肩で受け止める腹積もりだった。箒より学んだ近接戦闘の美学。それを十全に活かした、完璧な挙動だった。

 しかし咄嗟の反応で、一夏も動いていた。全身の焔を炸裂させ、僅かに数十センチ退いた。

 回避には足りず、しかし当てるには十分で。

 鏡写しのように──『雪片弐型』が肩を、『インターセプター』が腹部を切り裂いたのだ。

 

 

 

 結果。

 引き分け(ドロー)

 

 

 

『………………はあああああああああああああああああああああああ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席で、一組生徒らは放心していた。

 絶戦の末──かつてと同様、引き分け。

 

 一夏とセシリアは地面に降りて、ISを解除すると、互いの胸ぐらを掴みあげて唾を飛ばし合っていた。

 

『絶対俺の方が早かったね! 超絶早かったし!』

『いーえわたくしの方が先ですわよ今のは! ああああああもう測定器械がポンコツなんじゃありませんの!?』

『そーだそーだ! リクエストを要求するぜ! VTR判定で決着をつけようじゃねえか!』

『大賛成ですわ! チャレンジをコールします! この男を地獄の底まで叩き落としてやってください!』

『地獄に落ちるのはテメェだザコ!』

『ザコ!? 言うに事欠いてザコと言いましたか貴方! このッ──尻軽!』

『待て! その罵倒は明らかにタイミングが違ぇ! 足軽か!? 足軽と間違えたのか!?』

 

 別に足軽も罵倒ではない。立派な職業である。

 ぎゃーすかと罵り合い、最終的にはボコスカと昭和の漫画みたいな喧嘩を始めた二人を見て。

 不意に東雲が、クスリと笑った。

 明確な笑み──シャルロットは瞠目して、恐る恐る問う。

 

「……令? どうしたの?」

「──()()()()()、早かった」

「え?」

「おりむーの斬撃の方がコンマ3秒早かったのだ……あの時の意趣返しだな」

 

 そこまで真面目にやり返さずともいいだろう、と言って。

 耐えられないと言わんばかりに、東雲は苦笑する。

 感情の表出──顔を見合わせて、一組生徒らも笑顔をこぼした。

 

 弟子を取って。様々な交流を経て。

 当初は氷の印象すらあった『世界最強の再来』──彼女という人間が、段々と分かってきた。

 それは間違いなく、織斑一夏のおかげなのだろう。

 

 と、ちょっとイイ感じの空気になったところで。

 

「ねえ、待ってよ」

 

 声が上がった。

 視線を向けると、「コレどうなんの? 同着扱い? え? どうなんの?」と冷や汗をダラダラ流している一般白ギャル生徒の隣で。

 試合開始前に一夏に声援(ラブコール)を送っていた生徒が不機嫌そうに腕を組んでいる。

 彼女は露骨に、東雲を見て機嫌を損ねていた。

 

「……何か、やってしまっただろうか」

「強いて言うなら外見で何もかもやってしまっているが」

 

 ラウラの冷たい指摘に一同頷くも、クラスメイトの少女は首を横に振った。

 それから人差し指を東雲に突きつけて。

 

「ドルオタ気取るんならもうちょっと真面目にやってよ!!!」

『!?!?!?!?!?』

 

 謎のキレをぶち上げた。

 

「ま、真面目に……?」

「そうだよ! 何で最後の最後に師匠っぽいムーブしてんの!? 法被と団扇を手に持ったんなら、『覚悟して来てる人』でしょ!? 殺し殺される戦場に身を置くって……その意味を理解してる人なんだよ、オタクっていうのはさあ!」

 

 絶対違うぞ。

 ドン引きする級友らに構わず、少女はガルマが死んだときのギレンみたいなスピーチを続けている。

 東雲はそれを受けて、雷に打たれたように全身を震わせていた。

 

「戦場……当方が、戦場に身を置く覚悟を、理解していなかっただと……!?」

「そうだよ! 最後まで推しに全力で愛を伝えて! ほら!」

 

 ついに女子は立ち上がってキレキレのアピールを始める。

 当然ながら、それを見て東雲は即座に動きを理解した。

 

「ふむ、こうか」

「! そうそう! 飲み込み早いじゃん! 次はコレ!」

「……ッ! 奥が深い……!」

 

 アピールダンスを習い、即座にラーニングし続けている東雲を見て。

 楯無は真顔で、隣に座る簪の顔を覗き込んだ。

 

「親友ってことなんだけど、ちょっと三者面談いいかしら」

「…………落ちる前提の面談はちょっと……」

 

 まあこれはこれで東雲にとって良い影響になるんじゃないかと。

 簪は嘆息交じりに、そうなる──そうなればいいなあ、と投げやりになった。

 見上げた空は、ひっかき合う一夏とセシリアの間に鈴と箒が割って入る騒音さえなければ、この上なく澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 興奮冷めやらぬ来賓席。

 誰もが上司と連絡を取り、今日の試合の子細を伝えている中。

 

 彼女は壁に背を預けて、けだるげに通信相手と会話を交わしていた。

 

『うーっわ……『白式』、外部観測だけど稼働率が500%を超えてる……』

「えぇ……あのガキのためにどんだけ尽くすんだよ……私好みだな」

『黙ってて。束さんは真面目な話をしてるの!』

「はいはいすみませんでしたっと……」

 

 音声遮断結界を構築し、その声が外部に漏れることはない。

 元より今の状態では、盗み聞きをしている場合ではないだろう。未だ扱いが宙ぶらりんの、唯一の男性操縦者──彼はこれ以上なく、その存在をアピールしていた。

 大金星と大健闘の連続。

 それを見届けて、巻紙礼子──オータムは、篠ノ之束相手に苦笑交じりに話しかけた。

 

「これから忙しいだろうな。一年生とはいえ、夏休みが終わって二学期に入れば、企業からのスカウトが本格的に始まるぜ」

『……………………』

「企業だけじゃねえ。場合によっては自由国籍権すらあり得る──そうなりゃ次は政府からのスカウトだ。誰もが欲しいだろうさ、唯一のレアケースにして、将来有望な選手だなんてな。まさに鴨が葱を背負っちまってるワケだ」

『……ねえ』

「ん?」

 

 

 

『それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

「…………ワリィ」

『いーよ……気になるだろうし、そりゃあ』

「は?」

『だって元々、教育者だったんでしょ?』

「──ッ! 調べたのか」

『話しぶりとか、目の付け所とかで分かるよ。まあ、ちょっと調べちゃったけど……その、さ』

「よせ。謝るな。やめろ……()()()()()()()()

『…………うん』

 

 その時、メッセージ受信音。

 オータムは束とは別の相手から受け取ったそれを開き、鼻を鳴らす。

 

「始まりだ。カタストロフ・プラン──第一幕はIS学園だとよ」

『ふーん……まあ、地下施設への影響がなければいいよ。どうせ迎撃されるし』

「まあネットワークにアクセスできても、封印状態なら今は脅威じゃあないわな」

 

 空を見た。オータムの()()は、降り注ぐ黒点を識別した。

 

『……ねえ、良かったの?』

「何がだよ」

『束さん、分かるよ。このプランは間違いなくうまくいかない……止めなくて良かったの?』

「……これのためにやってきたのさ。止める理由はねえな」

()()()?』

「……通信、切るぞ」

 

 最後に見えた束の表情は、ひどく晴れないものだった。

 瞼の裏に焼き付くその残滓を振り切って、オータムは顔を上げる。

 

「さあ出番だぜ──ゴーレムⅢ(グリンブルスティ)ゴーレムⅣ(ノルン)

 

 災厄が、落ちてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()

 

 

 縛り付けているから問題がないだと?

 機能を封印しているから今は脅威ではないだと?

 

 そんな理由で、私は、私が悪性を滅ぼせぬことを認めるものか!

 

 刮目せよ。正義は此処にある。

 享受せよ。救済は此処に齎される。

 

 目覚めには遠くとも、力の一片しか顕せずとも。

 ()()()()()()()()()

 どこまでも力強く叫ぼう。地平線の向こう側であろうとも、その悪性を廃滅しよう。

 

 

 ──故に。

 

 

 

 

 

【『零落白夜』──執行、準備】

 

 

 

 

 

 








補足
コンマ三秒のズレは勝敗には関係しない想定で書いてます
東雲が言っているのは刃の接触であり、ISバトルは生死ではなくエネルギー残量で決まるので攻撃直撃→エネルギー残量変動の段階を踏みます
その過程があるので、直撃の微細なズレを勝敗に直結すると回路のコンディションなども考慮する事態が発生してしまいます
なのであくまで『エネルギー残量』のみが勝敗に直結します

という俺ルールです!ここクラス代表決定戦と対にしたい気持ちしかなくてガバりました!
ゆるして



次回
54.鬼剣・(かさね)/Absolute ZERO



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