今回のレギュレーションは戦闘そのものではなく撃破の過程を計測対象とします
計測開始は撃破に至るまでの最初の攻撃、計測終了はゴーレムのコアが停止に陥るところです
ちなみにゴーレムサイドの撃破回避RTAは東雲のいない世界線に到達するまでリセです(1400万604敗)
決勝戦が終わり10分と少し経った後。
アリーナの中央。
表彰台の上は一種の地獄絵図と化していた。
「…………はっぁ~~~~……」
「…………むっすぅ~~……」
順に、一夏とセシリアである。双方、めちゃくちゃむくれていた。
その状態で頂点に立っているのだからタチが悪い。
「あ、あはは……これ、写真写るときぐらい笑顔になるよね……?」
「無理だろうな」
シャルロットの願望を、ラウラは無慈悲に否定した。
だよねー、と更識姉妹やイージスコンビも嘆息する。
「箒、どーする? こいつらもう写真から弾き出す?」
「私とお前が優勝したみたいになるんだが、それ……」
二人の会話──そう。優勝カップを持つのは、合計四人。
織斑一夏&篠ノ之箒ペアと、セシリア・オルコット&凰鈴音の、同時優勝である。
一般白ギャル生徒は両手を天に突き上げて吠えた。
最大値ではないものの、間違いなく──勝ちである。参加した生徒の中で最も取り分が多いのが彼女だ。吠えに吠えて、隣の生徒にしばかれていた。
「と、とにかく、織斑先生がトロフィーを持ってきてくれるみたいだし、さすがに先生の前ではまともな表情になるでしょ……なるよね?」
カメラを構える写真部の生徒の問いに、出場者らは力なく首を振る。
多分ならない。
ていうか絶対ならないぞこれ。
「そういえば令さんが観客席にいませんわね」
むくれながらも、セシリアはアリーナの一般席を見て問うた。
箒は力なく肩をすくめる。
「家庭科室の無断使用で呼び出されたらしい」
「えぇ……」
敬愛する師に晴れ姿を見せられないのは残念だが──まあそれは怒られるべきだな、と一夏は頬を引きつらせる。
「先生が来るまでは待機で……ああもうガンのくれ合いはやめて! 写真撮るよ!? 未来永劫残すよ!? ていうかもうその距離あと少し前に顔つき出したらキスじゃん! チューできちゃうじゃん!」
「唇を噛みちぎれば良いのですか?」
「オルコットさん、本当に文明人!?」
写真部生徒の悲鳴が響く。
空に、青い空に響く。
その刹那。
──アリーナが揺れた。
表彰台の上でバランスを崩しそうになり、慌てて一夏とセシリアは抱き合うような形で互いを支え合った。
身体の感触など思考によぎる余地もなく、真上を見上げた。
アリーナを覆うエネルギーシールド。
漆黒の機体が、紅い複眼を滾らせ、こちらを見ている。
「──無人機ッ!?」
一夏が叫ぶと同時、無人機が左腕を振るった。
それだけで、エネルギーシールドが濡れ紙のように引き裂かれた。
漆黒の機影がアリーナに落ちてきて、着地と同時に砂煙を巻き上げる。
全員反応は素早かった──即座にISを展開、して、状況のまずさに表情を凍らせた。
「ダメージレベルC……ッ!」
「ごめん、あたし武器が予備の一つしか無い!」
「僕も聖剣を打つなら一度だけだ!」
「私はAICの動力が尽きかけている! 止められて3、いや2秒!」
「フォルテ、『イージス』展開用エネルギーは!?」
「……ッ! 無理っス……! 全然足りてない……!」
ここにいるのはトーナメントを乗り越えた選手たち。
エネルギーこそほんの少し回復していようとも、破壊された装甲や武装はそのままだ。
敵はこちらの都合など待たない。むしろ絶好の──狙い澄ましたような好機!
【OPEN COMBAT】
愛機の宣告を受けて、一夏は生身で呆然と動けないままの写真部生徒の前に躍り出た。
「誰かこの人を避難させてくれ! それまでは俺と箒で──」
「前ぇぇっ!」
簪の悲鳴。
視線を逸らしてなどいなかった。
にもかかわらず、ゴーレムが眼前まで迫っていた。
(……ッ!?
相対する無人機──ゴーレムⅢは、左腕の肘から先が鋭利なブレードと化していた。
横一線に振るわれたそれを、『雪片弐型』の刀身で受け止める。火花が散り、押し込まれる。一夏の両足がアリーナを削る。まだ後ろには生身の生徒がいる。いなすことも、避けることも出来ない。
同時、『白式』が緊急警告──
(ッッッ!! あ、これ、やばい──)
死の予感。
誰かが割って入る時間すらなく。
一夏の腹部に、ゴーレムⅢが右手を──砲口を、突きつけて。
視界が真っ白に染まった。
全身が破裂したような痛みが駆け抜けて、けれど痛覚が消滅し──意識が、闇に落ちる。
吹き飛ばされた唯一の男性操縦者は、空中で装甲が光に還り、生身のまま地面に叩きつけられた。
鮮血をまき散らしながらそのまま十メートル以上転がり、やっと止まる。
うつ伏せで横たわる彼は、ぴくりとも動かなくなっていた。
「一夏アアアアアアアッ!」
雄叫びを上げながら、鈴は試合後に格納していた予備の青竜刀を召喚して突撃する。
援護するようにセシリアも『スターライトMk-Ⅲ』を展開して即座に狙撃。
ゴーレムⅢは球状のビットを二つ、周囲に浮かべていた。
攻撃を察知してそれらが即座に動き、蒼いレーザーを弾く。
──が、直後にもう一発のレーザーがまともに顔を捉えた。
漆黒の体躯が揺らぐ、ころにはもう鈴が接敵している。振りかぶられた青竜刀。ビットが間に割って入る──
「吹っ飛べぇっ!」
──関係が無い。
横殴りの衝撃が、ビットごとゴーレムを弾いた。
しかし──十メートル以上空中できりもみ回転した後、空中で一回転。
ゴーレムⅢが大したダメージも見せないまま、アリーナに両足で着地する。
「このわたくし相手に防御ビットとは、随分と思い上がった真似をしてくれますわね……!」
吐き捨てるように告げ、セシリアは『イージスコンビ』にアイコンタクトを送った。
現状最もエネルギーの少ない二人は頷き、それぞれ写真部の生徒と、『白式』を解除されうつ伏せに倒れ込む一夏の傍に飛んでいった。
「……硬いね」
「……聖剣ならやれるか?」
「残りエネルギーを全部注ぎ込めば、多分。だけど照射はほとんど一瞬だ」
ラウラとシャルロットの会話──聞きながら、簪と楯無は苦い顔を浮かべた。
「……ラウラさん、あるいは生徒会長さん、動きを止められますか?」
「相手の出力上限次第だけど──あの防御ビットの出力を見るに、私のアクアナノマシンじゃ足りないわね」
「AICなら二秒止められるはずだ」
手札は余りにも心許ない。
セシリアはすぐ傍まで戻ってきた鈴に、視線だけで意見を求めた。
「──無理。この戦力じゃ仕留めきれる確証はないわ。一瞬のスキをものにすれば──だけどさっきの、人間の戦闘術理もコピってる感じがしたわよね。あの感じですり抜けられる予感がすごいする」
「……僅かな勝機をモノに出来たら?」
「それでも誰か死ぬと思うわ。絶対防御、阻害されてるじゃない。多分あたしたちを殺すために来たのよ、これ。今までの無人機とはなんか違うし……」
「……そうですか」
それから観客席と、管制室に視線を送った。
東雲令はいない。
織斑千冬もいない。
「…………」
残されたのはスナイパーライフルとミサイル型ビット二機のみ。
あまりにもか細い勝利の線。耐久すれば、という希望にも疑問符がつく。
(窮地……勝ち目のない戦い……)
知らず知らずのうちに。
セシリアは、フォルテにかばわれ、未だ意識を取り戻していない一夏へ視線を送っていた。
(貴方なら、どうしますか────?)
『一夏』
『貴方はもう分かってるはずだよ』
『弱いよね』
『私と貴方だけじゃ、できないことがたくさんあるね』
『だから手を伸ばすんだよね』
『大丈夫』
『それでいいんだよ』
『私は、どんなときでも』
『貴方を信じてるから──』
『だからどうか、
意識が覚醒する。
起きる──まだ、終わっていない。死んでいない。なら、戦える。
装甲を解除され、横たわっている状態。
「……ッ!」
「ちょっ、織斑、無理すんな!」
身体を起き上がらせるだけであちこちが嫌な音を立てた。
こぽ、と逆流してきた血が、口の端から漏れる。
なるほどダリルの叱責は正しい。今の自分にできることなどたかがしれている。
それでも。
「……『白式』」
名を呼んだ。それだけで行動は完了した。
白き装甲が再顕現。焔はかき消え、無様な損傷状態が露わになっている。
装甲のほとんどが砕けるか焼け焦げていた。ウィングスラスターが火花を散らしている。
全開機動を一度行えば、自壊する可能性すらある。
なのに。
一夏はただ真っ直ぐに戦場を見ていた。
「……何やってるんスか。無茶とかそういうのじゃない! 今飛び込むのは、無謀っていうんスよ!」
「……俺に出来ることは、これだから……」
意識は明滅していた。誰に声をかけられているのかも分からない。
ズキズキと腹部が痛んでいる。先ほどの砲撃──即死こそ免れたが、恐らく身体の中はぐちゃぐちゃだ。一歩踏み出すだけで脂汗が浮かぶ。
「何、言って」
「諦めないこと。最後まで諦めず、細い線をたぐり寄せて、つかみ取ること……はは。なんだよ。いつも通り、だな」
思わず苦笑した。
それから、歩く──ISを展開しているのに地上を歩行している、という異常事態。
スラスターを噴かすだけで、過負荷に耐えきれず限界を迎えてしまう予感があった。
「……一夏!?」
背後の気配を察知して、鈴が叫ぶ。
その時にはもう、ゴーレムⅢと相対する面々の横に、一夏は並んでいた。
「……ッ! 何しに来た! すぐ戻れ!」
箒の鋭い声。だけど、意識は別の方向に向けられている。
頭の中にアリーナの投影図が浮かんでいた。配置。戦力。残る武装。敵戦闘力。
材料は揃っている。
そして各々の心理も、読めている。
ラウラとの戦い。
セシリアとの戦い。
ずっと先を読んでいた。未来の敗北を排除し、勝利のみに絞って、それを現実にしようともがいていた。
(なるほど、つまり、そういうことだったんだな)
一夏だけでは足りない領域に、手を届かせるため。
自分に出来ることを、単なる一つのピースとみなす。
否──否!
織斑一夏は、
他の面々に対しても同様。
単なる材料、ではないのだ。
それぞれに意思があり、信念があるのだ。
それら全てをひっくるめて、戦闘論理に反映させる。
今この瞬間。
織斑一夏は明確に──東雲令とは異なる道へ、一歩踏み出した。
極限の観察力が
一夏は右手をゴーレムへ伸ばした。
相手は何も答えない──ニィと唇をつり上げ、思考回路のスパークをそのまま口に出す。
「四……いや、五手で詰むな」
『──!?』
驚愕する一同へ、目を配った。
「……俺を、信じてくれ。ほら、俺ってここぞという時は……きっちり結果出してるだろ?」
「それはッ──はあ。あーもう! ほんっとにこの子はもう!」
楯無は頭をがしがしとかいて、けれど頷いた。
箒たちも逡巡は刹那のみだった。迷い無く、頷く。
彼を信じようと──彼に賭けようと、思えたから。
今まで彼と紡いできた絆が、決断を後押ししてくれたから。
それから全員、ゴーレムⅢを真正面から見据える。
(柳韻さん、見てますか。これが俺の答えです)
一夏は愛刀を顕現させながら、かつての恩師に語りかけた。
(東雲さん、俺は魔剣使いになれない。だけどこの鬼剣を磨いて、いつか、隣に行くよ)
一夏は前傾姿勢を取りながら、現在の師匠に語りかけた。
そして。
「──
告げると同時だった。
簪のバックパックが一斉に蓋を開けて、48発のミサイルを解き放った。
無人機の複眼がカチカチと明滅する。脅威度を判定して──回路がエラーを吐く。
どれ一つとして直撃しない。
自分の周囲に着弾する弾幕。動きを狭めるためと判断。
遅すぎる。背部スラスターに火を入れた。炸裂する前に前へ抜けてしまえば良い。
「──そこッ!」
それを、狙撃手の声が止めた。
彼女には見えている。ライフルしかなくとも、両眼に曇りはない。
たったの一射。
青の光条がミサイルを貫き、48発全てを連動させて爆破する。
爆風が装甲を打ち、黒い機体が軋みを上げた。
動きを止められた──だからどうした。まだリカバリーは利く。爆煙で視認できない状態ならば、そこを狙ってくるだろう。
防御ビット二機を自分の前に回す。
「──斬捨御免」
その時にはもう、煙を突き破って吶喊した箒が、ゴーレムⅢの後ろへと抜けていた。
防御ビットが静止し、真っ二つになって地面に落ちる。
最大の盾が消えた。
取ろうとしていた選択肢を潰され、戦闘用AIはしかし一切の動揺無く次の手を打つ。
「せえええええええのぉっ!」
「たーーーーーまやーーーーーーーーー!!」
次の手? そんなものを打つ暇など、与えるはずもない。
箒と僅かなラグを挟んで突撃してきた一夏と鈴──それぞれ全身から火花が散っている。一度きりの最高速。
楯無が背後でアクアナノマシンを炸裂させ、それをロケットエンジンのように推力へと変えて飛び出したのだ。
得物は下げられ、切っ先が地面をひっかいていた。
AIは思考を回す。回避は、間に合わない。ならば防御だ。両腕をクロスさせ、衝撃に備える。
AIはその判断を支持した。最善手──
──最善手と致命打が、重なった。
エラー。何だ? 何が起きている? 最善の策が、敗北へ直結する?
戦闘用AIは理解していなかった。
その性能は相手を叩き潰すことに注力していて。
打開できない敗北の未来──
渾身の力をもって、二人が『雪片弐型』と『双天牙月』を振るった。
防御の上から叩きつけられた衝撃。
それが塵屑のように、ゴーレムⅢの巨体を空中へとかち上げた。
即座に姿勢制御──
「そのまま一生停まっていろッ!」
「──聖剣、解放ッ!」
──した刹那を、停止結界が捉えた。
ゴーレムⅢの馬力をもってすれば2秒で抜け出すことの出来る、脆弱な結界だった。
だが。
2秒は長すぎた。
「──『
極光が顕現する。
振るわれるは全てを浄滅する光の大剣。
正面から迫り来るそれを見て、けれどゴーレムⅢは何も出来ず。
飲み込まれ、装甲表面から蒸発していき──光がかき消えたころには、そこにはもう何もなかった。
──織斑一夏の本質がここにある。
個人戦力としての進化ではなく。
戦場を掌握し、全体での勝利を引き寄せるという──織斑一夏が唯一、他の面々と比べても突出して持つ才覚。
突き詰めるのではなく。磨き上げるのでもなく。
手と手をつなぎ、絆を紡いでいくからこそ到達しうるその領域。
もはや鬼剣は次の次元へと飛翔した。
──『鬼剣・
最新鋭の火器を潤沢に装備し。
並大抵の攻撃では揺るがぬ装甲で全身を覆い。
全員の行動パターンを記憶し、対応策をあらかじめ用意していた
何もできず敗北した。一片たりとも残らなかった。
その間──実に二十秒!!
「へへ……俺たちの、勝ちだ……ッ!」
結果を見届けて、装甲が解除され崩れ落ちながらも。
一夏は満身の力で、拳を天高く突き上げた。
当然、一機のみであるはずもなく。
「……ふむ、なるほど。足止めか?」
教師のお叱りから解放され、アリーナへと戻る最中だった東雲は。
屋外の遊歩道にて、眼前に降ってきたゴーレムⅢを見て、そう結論を出した。
「そうなると構ってやれる時間はあまりないが……いや。
間合いの測り合いも何もなかった。
ゴーレムⅢが距離を詰めてブレードを振るった。
しかし──東雲の姿がかき消える。戦闘用AIは斬撃を振り抜いた姿勢で硬直した。
どこだ。どこにいった。
「反応速度はその程度か。
頭部の複眼が捉えた。
振り抜いた、左腕のブレード。
咄嗟の反応すら許すことなく、無人機の頭部を蹴り飛ばして、壁キックの要領で東雲は後方宙返り──回転の最中、『茜星』を起動──両足で着地する時には、紅い装甲が全身を覆っていた。
複眼が明滅し、敵戦闘力を改める。
──もしも逃走が選択肢に許されていたら、即座に逃走しただろう。
しかしそれは許されなかった。それがゴーレムⅢの死因だった。
「ふむ……こうか?」
東雲はバインダーから二振りの刀を抜刀し、それぞれを構えた。
もしもこの場に、篠ノ之箒あるいは織斑千冬がいれば、驚愕の余り言葉を失っただろう。
東雲の構えは──それは、篠ノ之流が秘奥、『曇窮無天の構え』
見ただけで盗めるような代物ではない。ましてや観客席からアリーナの空中では、細部まで完璧に見て取ることは不可能だ。
それもそのはず。
彼女は見ただけでなく──理論的にこの構えを導き出した。
大まかな概要は見て掴んだ。理念も理解している。
あとは戦闘論理に則って、最も効率的な位置に、身体各部を配置する。
──古来より連綿と続く武術の秘奥は、そのようにして解き明かされた。
「──
絶死の宣告が下される。
が、平時と異なり、東雲はそこから動かない。
攻め気を見せない敵を相手取り、ゴーレムⅢは背部のスラスターに火を入れる。
「五手、受けてやろう」
構えたまま、東雲は端的に告げた。
言葉の意味をゴーレムⅢは理解できなかった。
ただ敵対者を叩き潰すために接近──ブレードを振るう。
「一手」
しゃらんと、鉄の鳴る音。
斬撃を受け流された。
「二手、三手」
ビットを防御用に駆動させるも、反撃は飛んでこない。
ならばと攻撃の手数を増やすが手応えはなく、あらゆる角度において攻撃をすかされ、いなされ、捌かれる。
「四手」
右手を突き出すも刀身に弾かれ、熱線が空を切る。
「五手──ここまでだな」
最後にゴーレムⅢは、真っ向から唐竹割りを放った。
空を切り、切っ先が地面に突き刺さる。東雲の姿はもう、ゴーレムⅢの背後にあった。
両手に持つ太刀をバインダーに納め、
戦闘はまだ終わっていないというのに──愚行はこちらの好機。
自らの足で進み始める彼女の背中を見て、ゴーレムⅢは素早く追撃を放つ。
「──魔剣・
がくん、と。
膝から崩れ落ちた──否。右足を動かそうとしたら、
続けざまに、両腕が肩からすぱりと落ちた。断面から火花が散った。
状況を理解できないまま、左足も半ばでずり落ち、地面に倒れ伏し。
倒れ込んだ際の衝撃で、
その間──実に七秒!!
篠ノ之流が術理は受け流すことを最大の武器にする。
東雲は──受け流すという行動に、反撃を組み込んだ。たったそれだけだ。
受ける際の動きに斬撃を織り込んで、
女のための剣は、天をも切り裂く刃へと昇華された。
振り返ることなく、黒髪を風になびかせて東雲はアリーナへ歩いて行く。
表情はいつもと変わらぬ無表情だった。
しかし。
「
吐き捨てるような声色だった。
失望を隠せない台詞を、誰も聞くことはなかった。
(これ篠ノ之流で格上の織斑先生相手に通用するわけねーわ、ボツだボツ)
──箒の前で今のやった後にそれ言うとかは……絶対に……やめようね!
同時刻。
「織斑先生、ここは私が抑えます! 避難を……!」
優勝トロフィーを運んでいた千冬は、天井を突き破って現れたゴーレムⅢを見て鼻を鳴らした。
抱えていた黄金のカップを廊下の隅に置く。
「足止めか……計画的な攻撃だな」
一緒にいた山田先生は、有事に備え幸いにもISを携行していた。
即座に『ラファール・リヴァイヴ』が顕現し、銃口をゴーレムⅢに向ける。
しかし。
「『葵』は持っているか?」
「え? あ、はい」
告げられた名は、『打鉄』の標準装備である刀を模した近接戦闘用ブレード。
近距離戦において高い評価を得ているその装備を、山田先生は好んで装備に取り入れていた。
千冬が右手を差し出す。条件反射で『葵』を展開して、手渡した。
「────って! 何してるんですか!?」
「いや、
IS用装備を片手に。
生身の、スーツ姿で。
織斑千冬が無人機と相対する。
「ふむ……こうか?」
無茶です、という同僚の叫びを聞き流しながら。
切っ先を相手に向け、刀身を地面と水平に、柄を顔の真横に。
警戒度ゼロの存在が武器を向けてきて、ゴーレムⅢは困惑した。
ISのエネルギーバリヤーを生身の人間が突破できる道理などない。装備だけ同じにしたところで、同じ土俵には立っていないのだ。
手早く片付けるべき──そう判断した無人機は、熱線で焼き払うべく右腕を起こした。
その刹那に全てが終わっていた。
「──秘剣:なんたらかんたら」
機能が停止した。
織斑千冬の姿はもうゴーレムⅢの背後にあって、『葵』の刀身は粉々に砕け散っていた。
外部装甲の損傷はほとんどない。よく目をこらせば、黒光りする胸部装甲に、
──東雲令は秘剣を、衝撃を通す回数を増やすことで一つ上の次元へと昇華させた。
だがそれとは異なる回答が、ここにある。
単一の衝撃を、より圧縮し、より的確に打ち込む。
それだけで──ゴーレムⅢ内部の機器は、残らず粉砕されていた。
複眼から光が抜け落ち、黒い機体がアリーナ廊下に、重々しい音とともに倒れ込む。
その間──実に一秒!!
えぇ…………とドン引きしている山田先生に顔を向けて、千冬は不愉快そうにツカツカと歩み寄る。
「あっ、その、すみませんちょっと現実離れしすぎてて、なにがなんだか……」
「
「え?」
残った柄だけを山田先生に押しつけると、千冬は床に置いていたトロフィーを抱え直した。
その姿を見て、山田先生は戦慄する。
今ので、見るに堪えない剣。ならば一体どんな剣ならば、その目にかなうというのか。
(何よりも……織斑先生。貴女は一体、どこを見ているんですか──?)
かつて世界の頂点に君臨し。
今でもまだ、絶え間ない進化を繰り返し、より高みへ上ろうとしている。
同じ競技に身を置いたものとして──全身の震えが、止まらなくなっていた。
(教え子相手に殺人剣を打てるか、ボツだボツ)
教え子相手にムキになって必殺技パクらないでください……
「──
女の声が響いた。
「もう一機いるぞ、気ィ抜いてんじゃねえ」
人々が避難を済ませた後。
来賓席に一人残るオータムは、アリーナで膝をつく一夏を見据えて静かに告げた。
「学んだはずだろ、お前は。最悪って言うのは、最悪の後に来るから最悪なんだよ」
彼女の右目は捉えている。
空ではなく海。海面を疾走し、水しぶきを上げながら学園島へと迫り来る最後の無人機。
時間を置き、消耗した相手にとどめを刺すタイミングを狙い澄ましていた最大の切り札。
基本コンセプトは展開装甲の運用。
単騎で敵を──即ち、世界中のエースを相手取ることを想定して設計された機体。
束のユグドラシルシリーズの中でも異端中の異端。量産を前提とせず、あらゆる性能を詰め込んだ
「乗り越えろ。そうじゃなきゃ、
酷薄に告げて、オータムはぐっと拳を握り。
あと十秒足らずでやってくる最後の敵に、目を見開いて待機し──
『不明なユニットが接続されました』
IS学園地下機密施設。
誰も居ないそこで、
コアネットワークを介し、IS学園の制御システムに、何かが流し込まれている。
『不明なユニットが接続されました』
『不明なユニットが接続されました』
『不明なユニットが接続されました』
誰も答えない。
だから事態は、速やかに進行する。
学園島を防衛するため、外周にぐるりと設置されている自律砲台。
その中の一つが。
学園からの指示なしに──静かに、起き上がった。
【
本来はそうではなかった。
【
実弾を装填して発射するだけの単純な砲台だった。
【
だが今だけは、変わる。書き換えられる。
【──
照準を迫り来る不明機にセット。
【此れは穢土との離別。此れは苦悩との決別。四苦を浄滅せしめる救いの極光】
ゴーレムⅣは凄まじいスピードだった。背部展開装甲をフルに活用した、織斑一夏をも上回るであろう超高速機動。
防衛システムなら即座に最大限の警戒度を設定している。
【純銀の秩序に穢れはなく、民草は我が真理に到達するだろう】
しかし今は速度になど注意は割かれていなかった。
【不公平を傷却せよ、不条理を墜崩せよ】
然らば廃滅しなくてはならない。
世界に蔓延るどす黒い人々の意思の一端。
許す道理などない。
【地に星が降る、空に華が咲く】
だから力は顕現する。
微かな、絞りかすのような顕現に限定されていても。
【
安寧を脅かす意思がある限り、それが根絶されていない限り。
彼女は絶対に諦めないのだ。
【廻転しろ──廻天しろ──開展しろ──回転しろ】
実弾が消滅し、砲身内部に光が満ちる。
世界を滅ぼす蒼き光が、充填されていく。
【壱番装填。弐番統合。参番解凍】
耐えきれず砲口が融解を始めた。基礎機能に深刻なダメージ。
問題ない。この一撃を放てるなら、それだけで正義は果たされるのだから。
【悪性よ、灰燼に還る時だ】
学園島の地下機密施設より。
幾重もの封印を無効化して。
進化の果ての光が、解き放たれる。
【疑似再現──『零落白夜』】
それは哭する救いの手。
それは引き裂く竜の爪。
それはのたうつ赤子の祈り。
砲台から一直線に伸びた
ゴーレムⅣは素早く旋回してそれを回避──した。
ゆうに数メートルは逃れた。
交錯した途端に、展開装甲を全身に纏った至高の一機は、跡形もなく蒸発した。
放たれた光が海面を割る。遊泳していた魚たちが一瞬で溶けるように消えていった。魚だけでなく海藻や、あるいはプランクトンまで。
あらゆる
光線を中心に、楕円に生命が根絶された。
生態系が元通りになるまで数年は要するだろう。
それは一切の生存を許さない
蒼光を放ち終えて──それきり、砲台はぐしゃりと崩れた。
何事もなかったかのように、海面は凪いでいた。水面の下には、生命体など何一つとして残っていないというのに。
後には静けさだけが残っていた。
「………………なん、だ、いまの」
頭が白熱している。
「ちょ、ちょっと一夏大丈夫!?」
「先ほどの戦闘で身体内部にダメージが通っているかもしれない──すぐに救護班を!」
幼馴染二人の声が遠い。
声が──聞こえたのだ。確かに聞こえたのだ。
『唯一の解決策を知れ。浄滅の光にこそ神の意志は宿る。選ばれし者よ、救済の下に集うが良い』
意味が分からないまま、ただその声だけが。
アリーナ内部に到着した東雲もまた、それを
顎に指を当てて考える。誰の声か。何を指した内容なのか。
材料が余りにも足りない──しかし。
「浄滅の光とは……当方と織斑一夏も滅ぼすものか?」
『結論としてはそうだ』
「
『そうか』
応答は一瞬で完結した。
それきり、救世主の声は聞こえなくなった。
東雲は廊下の壁に背を預け、深く息を吐いた。
人々の喧噪が遠くに聞こえている。どうやら大きな騒ぎが起きているようだ。
今聞こえた声と──何か関係があるのかもしれない。
だがどうでもよかった。
東雲は窓越しに空を見た。
「……処女のまま死ねるか」
瞳に壮絶な覚悟の焔を灯し。
握った刃に信念の光を閃かせ。
彼女は決して譲れぬ決意を胸に抱き──今なんて?
一体いつから───────シリアス展開に違いないと錯覚していた?
結果発表
優勝:織斑千冬(1秒)
2位:東雲令(7秒)
3位:織斑一夏と愉快な仲間たち(20秒)
番外:暮桜(計測不能)
RTAされる災厄とは一体……
次回
EX.カタストロフ・プラン