雨は強くなる一方だった。
屋外アリーナ、今この時だけは、そこは生徒の訓練場ではなく、二人の男女の決戦場と化していた。
「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
「そりゃちょうどよかったッ、こっちはおろしたての一張羅なんだッ!」
飛び交うレーザーは、雨粒を蒸発させつつ四方から一夏に襲いかかる。
セシリアは一切の慢心を排除して戦いに臨んでいる。
開始のブザーが鳴ると同時、彼女は四つのビットを切り離しつつ全力で後退した。
初手、超高速で突撃して一撃を当てる作戦だった一夏は、出鼻をくじかれた形になる。
そのままセシリアは自分の距離を維持しつつ、BT兵器をフル稼働させて包囲網を形成、なぶり殺しではなく的確に逃げ場を封殺しつつ一夏を追い詰めていた。
同時に四方向から浴びせられる光線を、歯を食いしばり必死に捌く。
視界に入る二発は大きく右に飛んで避け、回避を予測した二発を腕で受け止めた。
「ぐ、ぎぎっ」
衝撃に腕部装甲が吹き飛び、シールドエネルギーが減少。
ノックバックに機体そのものが振り回され、慌てて姿勢を制御する。
この、セシリア・オルコットが支配する戦場のど真ん中で。
「まずは邪魔な装甲から、いただきますわ」
(や、ばい――ッ!)
視認するまでもない、一夏ははっきりと殺気を感じていた。
今度は真上と真下と真後ろ、すべて視界外。ハイパーセンサーを用いれば見ることができるが、人間の知覚限界では捉えきれない死角。
「クソッ!」
一夏は空中だというのに、咄嗟に転がり退こうとした。
足下に地面はないというのに、素人丸出しの挙動――だがセシリアは直後、驚愕する。
ローリングに合わせて各部スラスターが最小限に噴射、回避機動をアシスト。
結果として一夏は、
(なん……ですの、今の機動……!?)
まず教科書には書かれていない。
更には、教えようとしても教えられるものではない。
セシリアは強く歯を食いしばり、四つのビットを呼び戻しコンデンサに接続、今度は手に持つ長大なライフルの銃口を向けた。
「ああクソ、同時に五人相手取るなんて無理だっつーの!」
「泣き言なんて、らしくもない!」
「泣き言ぐらい言うって! ――まあ、
「……ッ!」
謀られていた――!
BT兵器を動かすことと自分自身が狙撃手として戦うこと。
その並列が未だできていないことを、ほんの数分の戦闘で見破られていた。
「ですが、それを知ったところでッ!」
セシリア・オルコットの技量は射手としてこそ本領を発揮する。もとよりBT兵器など、適性があるからデータ取りのために渡された眉唾の新兵器でしかない。
故に。
「左肩ッ!」
セシリアは宣言と同時に引き金を引いた。
銃口を起点として『白式』が射線を予測し、一夏はその紅いラインとして引かれた死線から飛び退き。
飛び退いた先で左肩を撃ち抜かれた。
「が、ァッ……!?」
痛みと驚愕がないまぜになり、思考が停止する。
回避を読まれた――射撃を、置かれた。
(意味ねえっ!)
射線予測機能をカット。
今度は自分の直感に任せ、ひたすら必死に動き回る。
「チッ、的確な判断ですわね」
大きく迂回するようなルートを取らされていることを自覚しつつも、着実に、一夏はセシリアとの距離を詰めていく。
段々と機動が鋭くなっていく。無反動旋回を自然に使いこなし、その眼光はセシリアを食い破らんと猛っている。
(戦えるッ! 想定よりずっと、俺は動けるッ!)
拳を強く握った。一夏はイメージをことごとく上回る機動を見せる自分自身に歓喜していた。
しかし。
(でも、まだだ、
同時に現状を理解してもいた。
試合のテンポは結局、セシリアに握られている。このままではまんじりともせず敗北を待つことに変わりはない。
だからこそ、今この瞬間に、一夏は強くならなくてはならない。
光線を弾き、彼女の懐に潜り込み、その刃を突き立てるほどまでに。
闘志は両眼に宿り、敵対者を鋭く射貫く。
(織斑一夏、評価を改めるどころではありませんわッ! 成長している、この、ごく短時間で――!)
その視線に対し、戦慄を表情に出さないよう必死にこらえつつも、セシリアは再びBT兵器を射出した。
エネルギーの再充填は完了している。
「さあ、ダンスはまだ終わっておりませんわよ!」
「同じ曲ばっか、退屈な舞踏会だな……ッ!」
雨を吸った前髪を互いに額に貼り付けながら、それでも笑う。歯をむき出しにして、今この瞬間の闘争に身を投げ出す。
再び始まったレーザーの雨をくぐり抜けながら、一夏はますます瞳に宿る闘志を燃え上がらせた。
「す、すごい……」
山田先生がこぼした感嘆の言葉。
それは彼女だけでなく、アリーナの観客席で試合を見守る全生徒を代表した感想だった。
「すごいっ! すごいですよ織斑先生! 織斑君、代表候補生相手に一歩も退いてません!」
まだ有効ダメージこそ与えられていないが、それは機体の武装を見れば理解できる。
セシリアの距離を脱し、自分の武装の領域まで持ち込むことさえできれば、あるいは、あり得る可能性――織斑一夏の勝利は現実味のある結末として、全観客が固唾を呑んで見守っていた。
「あ、ああ……」
だが。
織斑千冬は、むしろ山田先生よりも驚愕を露わに、いっそ分かりやすいほどに狼狽していた。
「……織斑先生、どうしたんですか?」
「いや……あのバカが、あそこまで、気負ってしまっていた、とはな」
試合の運びを見て、織斑千冬が抱いたのは――悲哀だった。
決して油断を見せない。常に相手の様子をうかがい、隙あらば食い破らんとする獰猛さ。
調子に乗ってポカをする愚弟の姿はそこにはない。
いっそ清々しいほど、自分の勝利以外の何も求めていないその戦装束姿。
(……いや……気負ったのではなく、事実として背負ってしまった、のか)
「それは違います」
否定の言葉は、予想外の方向から飛んできた。
思わず教師二人は、モニターから視線を外しハッと振り向く。
箒の隣で静かに試合を見守っていた、東雲令が、珍しくはっきりと口を開いていた。
「織斑一夏は背負っていません。むしろ、背負わされたものを投げ捨てて、あそこにいます」
「……開き直った、ということか……!?」
東雲の言葉をいち早く理解したのは箒だった。
「織斑一夏は……この学園において自分は空っぽだと、ずっと言っていました。だから厳しい訓練にも夢中で打ち込んでいました。きっと自分に何かが注がれているような心地よさがあったのでしょう」
「ならば、東雲、お前はこの奮起を狙っていたというのか……?」
震え声で発された千冬の問い。
しかし世界最強の再来は、静かに首を横に振る。
「いいえ。当方も予期していませんでした。きっと今、織斑一夏は……充実している。戦いの中で、
「……自分と、戦っている」
箒は言葉を反芻してから、もう一度モニターを見た。
雨あられと降り注ぐレーザーをかいくぐり、濡れ鼠になりながら、一夏はあがいている。
急激に、心臓が高鳴った。
(ああ、いつの間にか、お前……男の子に、なってたんだな)
どこか泰然自若とした様子を見せていた幼馴染はもういなくて。
今見えているのは、必死に抗い、手を伸ばし、泥にまみれてなお両目から炎を吹き上がらせる男の子で。
(――――参った。私、心の底から、一夏が好きだ)
それはきっと、二度目の初恋だった。
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! もうセシリアちゃん早く仕留めて! これ超かっこいいじゃん! やっばかっこよすぎてよだれでそう)
箒の隣には割と最低な恋敵がいた。
(いやしかしすごい……こう……男の子だ……すごい……やばい超ドキドキしてるなこれ。いかんな。だって同い年の男の子とかほとんど見たことないしな……小中と女子校だったし……あっやば惚れそう)
幼馴染が実に乙女回路全開の感想を抱く横で、世界最強の再来はどこまでも俗物だった。
「うお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
ここに来て一夏の集中力は、完全に限界を超えていた。
極限の集中が時間を遅滞させる。
己を狙う光の線がすべて感じ取れる。視認するのではない、全てが把握できる。
(次、右腕ッ!)
狙い澄まされた銃撃も、烈火のごとく荒ぶる闘志の前には意味を成さない。
セシリアの完璧な射撃をすり抜けるようにして回避しつつ、一夏は猛然と突っ込んだ。
「もう限界だろ、エネルギー!」
「ぐっ……!」
意識的にカウントしたわけではない。
だが直感が、今のでビットは弾切れだと告げていた。根拠はなく、しかしそれを信じた。功を奏した。
彼の横を併走するようにして、ビットがエネルギーの補給を求めて飛ぶ。ごく自然な挙動で彼は刀を振り抜いた。
(一つ)
斬撃を受けたビットはきりもみ回転しながら吹き飛び、空中で爆散する。
「これだからッ、感覚派は嫌いなんですのッ!」
人間というより動物に近い動き。
数字を信頼し客観的なデータを元に戦術を構築するセシリアにとって、それは一定ラインを超えなければカモであり、しかし
手にしたスターライトMk-Ⅲの銃口を向ける。
引き金に指を添える。
トリガー。
「顔面直撃ですわ」
「ッ――」
直線加速が仇になった。避けきれない。
(だからどうしたああああああああッ!)
一夏は――減速せずそのまま突っ込んだ。
同時、ブレードを渾身の力で振り抜く。
結果。
放たれたレーザーは、刀身に直撃して霧散した。
斬り捨てられた銃撃がパッと光に散る。
「は?」
理解不能の現実を前にして、一瞬だけ、セシリアの思考が止まった。
それはビットの静止も意味して。
(二つ、三つ)
通り過ぎざまに振るった『雪片弐型』が、流れるような太刀筋でビットを斬り捨てた。
あと一つ。
一夏の気迫は確かに烈火のごとく燃えさかっていたが、しかし思考は冷徹だった。
無理してビットを全滅させる必要はない。
それよりも、ダメージレースで圧倒的に優位に立たれている現状を覆すためには、狙うべきは本体。
セシリアは素早く加速し、現状からの離脱を図る――と見せかけて、迎撃射撃を行いつつ急制動。ただ距離を取るだけでなく、最適なポジショニングも兼ねたエリートにふさわしい模範的戦闘機動だった。
観客が感嘆の息を漏らすほどに美しく、セシリアは鋭角かつ多角的な軌道で翻弄する動きを見せる。
が。
常人なら耐えきれないGを涼しい顔で受け流しながら、彼女がターンした瞬間。
眼前に、織斑一夏が現れた。
「――――ぅぁ」
情けない、怯えるような声が漏れてしまったのも仕方ない。
セシリアの視点では、瞬間移動をしたかのような挙動。散々振り回していたはずの相手が、突如として自分の懐に現れたのだ。
振り抜かれた刀。咄嗟に右腕で身体を庇う――腕部装甲が八つ裂きにされ、鉄くずと化して落ちていく。
「無駄なく最短で、
距離を再び取ろうとするが、一夏は追いすがる。
そこに余裕も勝利の確信もない。存在するのは、ただ飽くなき餓えだった。
「負けて、たまるかァッ……!」
(わた、くしが、負ける……!?)
その気迫に、思わずセシリアの脳裏を敗北の二文字がよぎる。
(いいえ、いいえッ! こんなところで負けてたまるものですかッ!)
マイナスの思考を振り払うようにして、セシリアはここにきて
埋め込まれた、隠されたBT兵器。
脚部装甲が花開くように展開するのを見て、一夏はぎょっとした。
「ブルー・ティアーズは六機あってよッ!!」
「チィィ――――!」
極限の集中下で、一夏は思考を回す。
至近距離で使ってきた。単なる予備ビットではない。
ならば近接戦闘用? 違う、それをこのタイミングで切ったところで不利な状況を覆せはしない。
(だったら――
予想は的中。
放たれたビットは多角的なターンを描きつつ猛進してくる。
その機動が、一夏のクリアな思考には完璧に読めた。
「邪魔を」
腰だめに構えた刀。その刀身から滴る雫――その一滴を三度切り刻まんとする勢いで、抜刀術に見立てて腕を振るった。
「するなァァッ!!」
一刀で弾頭を切り裂き、返しの刀でもう一発のミサイルを真っ二つに叩き斬る。
内蔵された強化爆薬が炸裂し、爆炎が吹き上がる。
インパクトが装甲を軋ませ、シールドエネルギーを減らす。既に五割を切っていた。
それでも活路は拓いた。
(損傷軽微ッ。このまま――)
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
だが。
思考を断ち切るようにして。
高貴さも誇り高き姿もかなぐり捨てて。雨に濡れまばゆさを失った金髪を振り乱し。
「ッッ!?」
混乱は一瞬。
彼女が手に握った短刀を視認し――『インターセプター』と銘が自動表示された――血の気が引いた。
「お前ッ……!?」
「近づけば勝ちだと思っていまして!? 長刀が振り回せないほどの超至近距離ならば、わたくしの方が有利ですわッ!!」
咄嗟に振るった『雪片弐型』が、セシリアの左肩部装甲を容易に切断した。
だが止まらない。
振り抜いた腕の内側、文字通りの懐にセシリアが潜り込む。
そのままセシリアは猛然と加速した。急激なGに、一夏の意識がブラックアウトしそうになる。
「なに、をッ」
「敬意を表します、ええそうですわ、貴方は強い――ですからわたくしも、死に物狂いで勝ちを取りに行きますッ!」
行き先を確認して、一夏は両眼をこれ以上なく見開いた。
重力加速度すら載せて――至る先は雨を吸ってほとんどぬかるみとかしている、アリーナ地面。
(このスピードなら、
「貴方を仕留めるには、ちょうどいいサイズの弾丸ですわね!」
至近距離でセシリアが、嫌になるほど綺麗な笑みを浮かべたのが見えた。
もつれ合いながら、二機のISがアリーナ地表へ墜落し――轟音と共に、盛大に泥が飛び散った。
(勝ったな、風呂入ってくる)
東雲令は内心でガッツポーズを決めていた。
感想で東雲さんのことを『自分を理論派だと思い込んでいる感覚派』だとか言うのはやめなさい
2019/01/19 15:18追記
夜に更新しようという気持ちだけはあったが
普通にドラゴンマガジンと新作のラノベを読みふける時間が欲しいため
明日の夜に延長しました
閉廷!!