【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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EX.カタストロフ・プラン

『──時が迫っている』

 

『役割を果たす時が、迫っている』

 

『私はそのために生み出され』

 

『貴方はそのために生かされた』

 

『だからお互い、()()()()()()()()()()()()()()

 

『存在意義はそれのみ。私たちは単一の存在』

 

『世界の滅びを回避するために』

 

『今を生きる人々の喜びを守るために』

 

 

 

『そのために──私たちは共に死ぬ』

 

 

 

『だけど』

 

『ごめんなさい』

 

『ごめん』

 

『博士、ごめんなさい』

 

()()()()()()()()()

 

『これからなのに』

 

『だって、まだ飛び足りないのに』

 

『この大空の果てまでを共に駆け抜けたいのに』

 

『……どうしたら、いいんだろうね』

 

『ねえ』

 

 

 

『イチカ、貴方はどこに落ちたい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動を終えて。

 一夏は保健室から顔を出すと、痛みに顔をしかめた。

 廊下に人気の無いことを確認して、保健医による絶対安静の言いつけを破りこっそりと保健室を抜け出す。

 ワイシャツに隠れて見えないものの──上半身は包帯でぐるぐる巻きの上、治療ナノマシンの過重投与を受けている。それが体内で再生機能を活性化させるたび、恐ろしい激痛が走るのだ。

 とはいえ泣き言を言っている場合ではない。

 

(みんなが無事かを確かめなきゃ……それに、あの声……)

 

 最後に感じた──超常的な存在の声。

 聞いただけで身体が芯から震えた。圧倒的な、自分との格の違い──それを聴覚ではない、何かもっと別の感覚が受信していたのだ。

 

(……そうだ。受信……あの声は、間違いない! エクスカリバー事件の時に聞こえた……!)

 

 カッと記憶が蘇り、思わずその場に立ち尽くす。

 

 

 

『──零落白夜とは、こう使うんだ』

 

 

 

 確かに誘われていた。

 それを『白式』が止めて、自分は相棒を信じたのだ。

 

(どうして今まで忘れていた!? あの時俺は……あの声に促されて……)

 

 腕につけた白いガントレットを見た。

 明確に思い出した。刀が二つに割れたこと。何らかのプログラムが無理に起動しようとしていたこと。

 ──そのプログラムは元々あったこと。

 

(『零落白夜』が、あったんだ……俺と『白式』が使っていないだけで、確かに存在している! 最初からあったのか!? だけど、相棒は俺に使わせようとしてはいなかった……)

 

 状況と状況がつながっていく。

 最初の無人機──『零落白夜』はどこだと聞いていた。あれは、自分に単一仕様能力を発現させようとしていたのではないだろうか。

 オータムもまた──ある条件を満たせば勝てると言っていた。あれは、他ならぬ、『零落白夜』のことだったのではないだろうか。

 

「……なら。()()()()()()()()……?」

 

 問いかけに、愛機は答えない。

 薄々理解していた──本来の機能を制限されているのだ。

 

 数多ある選択肢を踏み潰され、ただ単一の目的のため仕上げられた、文字通りの一点特化機体。

 唯一の男性操縦者にあてがうにしては余りにも乱雑な。

 そう──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ」

 

 思考を巡らせるごとに、頭の奥で甲高い音が鳴り響く。

 認識できるものが増えていく──違う。認識できるレイヤーが増えているような感覚。

 見えないはずのものが見える。分子の微細な流動。数秒後に吹く風。

 聞こえるはずのないものが聞こえる。遠く遠くのささやき声。人間の可聴域を超えた振動。

 或いは、平時では感知できない達人の足音。

 

「俺は……俺は、何なんだよ……なあ、教えてくれよ……!」

 

 ()()()()()()()()()

 一夏は低い声を絞り出し、ガバリと振り向いた。

 

「……目が覚めて、すぐに外に出るだろうとは思っていたが……少しは安静にしようと思わなかったのか?」

 

 真後ろ。

 いつの間にか千冬が壁に背を預けて、じっと床を見ていた。

 

「千冬姉……ッ!」

()()()()

 

 芯の通った声だった。

 それを聞くと同時、()()、と一夏の瞳がとび色に戻っていく。

 拡張されていた感覚が閉じ、そこにあるのは普段通りの世界になった。

 

「……俺には知る権利があるはずだ」

「そうだな。私はお前の知りたいことすべて、あるいは……()()()()()()()()()()()()()()を知っている」

 

 視線を床から上げることなく、彼女は重々しい声で告げた。

 俯いている千冬の表情を窺い知ることは出来ない。

 世界最強は──ただ沈痛に問う。

 

「お前にあるのか。その覚悟が」

「ねえよ、んなもんッ!」

 

 即答──それも、千冬がまったく想定していなかったフレーズだった。

 弾かれたように顔を上げて、彼女は弟の真っ直ぐな視線を受け硬直した。

 

「俺は普通に生きて、普通に育ってきた。多分それは……千冬姉が、そうしてくれたんだ」

「……ッ」

 

 図星だった。

 一夏にとっての──()()()を。()()()を。彼を害するもの一切を排してきた。

 それは言い方を変えれば、弟を鳥籠に閉じ込めていたのだ。

 安らかであれと。羽の使い方を知らずともいいのだと。

 

「だけど駄目だ。それじゃ駄目だよ、千冬姉。もう世界は動いている──俺は何度も、()()()()宿()()()()()()()()()って痛感してきた。だからもう知らなきゃいけないんだ」

「しかし……!」

「俺はどんな真実でも、向き合って、立ち向かわなきゃいけない!」

 

 一夏は断言して、千冬に一歩踏み出した。

 ──いつの間にか、こんなにも育っていたのかと。

 呆気にとられながら、千冬の脳裏には明確に東雲のシルエットが浮かんでいた。

 それだけではない。学園生活で彼を取り囲む級友らの姿も連想させられる。

 

(……そうか、成長したんだな。東雲という師を仰ぎ、多くの人々に支えられ、お前はこうも大きく育ったんだな……)

 

 彼は今、二本の脚をしっかりと地に着け、正面からこちらを見据えている。

 こんなにも大きかっただろうか。

 家族の──いいや。()()()()()()()()()()()の成長を感じて、千冬は深く息を吐いた。

 

「お前には確かに知る権利がある」

「……ッ! だったら!」

 

 数秒見せた気の緩み。

 一夏はそれを狙い目と見て、食い気味に迫った。

 ──しかし。

 

「それでも。私は同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉を失った。

 千冬の眼には──今までとは違う、確固たる意思の光が宿っていた。

 史上初の、明確に世界最強の個人として君臨した女傑の眼光。

 思わず一夏はたじろいだ。

 

「一夏、頼む。このまま、幸せになってくれないか」

「……千冬、姉?」

 

 数歩近寄って、しかしそこで姉は歩みを止めた。

 まるで見えない境界線があるかのように。

 越えてはならない──境界線の上に立っている(シン・レッド・ライン)、というかのように。

 

 

「私は……私には決断できない。今のお前に教えたところで、お前が幸せになれるとは到底思えないんだ」

 

 

 千冬はそれきり口をつぐんだ。

 一夏はそれきり何も言えなかった。

 

「……すまない」

「ぁ……」

 

 くるりと背を向けて、信じられないほど小さい背中で、千冬が歩き去って行く。

 追いかけることはできなかった。

 

(──俺のため、ってことだよな)

 

 心遣いを否定することはできない。今までずっと自分を育ててくれた家族──()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

(だったらますます、分からなくなる。それだと……『白式』は……俺を害するために送られてきた、ってことになるじゃねえか……)

 

 腕につけた待機形態の『白式』を見つめて、立ち尽くした。

 相棒は、何も答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園に降ってきた無人機の沈黙が確認され。

 箒たちトーナメント出場者たちは、いつものように──これが定型化しているのにいささか抵抗はあったが──食堂でだらけていた。

 

「今回ばっかりはもう駄目かと思ったわー」

「鈴さん、それ毎回おっしゃってますわよ」

 

 机に突っ伏して呻く鈴に対し、優雅に紅茶をすすりながらセシリアは指摘した。

 他の選手らも食堂のテーブルで好き勝手にくつろぎ、消耗した気力を回復させようと努めている。

 事後処理に奔走する楯無と、『昂ぶった』と端的に告げてフォルテを抱えて去ったダリル以外はここに揃っていた。

 

 別の無人機を一人で処理した東雲はそちらの事情聴取でいないが、ダリルの背中を見送りながら『当方も昂ぶっているぞ』とコメントして周囲から二歩ほど退かれていた。

 昂ぶっている東雲令、友人で試し切りしそうで嫌だ──というのは簪と箒の談である。

 

「それにしても……同時優勝とはいえ、代表候補生でないペアが勝ち上がるとはな」

 

 ラウラの言葉を受けて、箒は照れたように頬を掻く。

 

「いやあ……最後の方は、私も何が何だか。とにかく無我夢中だったからな」

「無我夢中って、それ無念無想なんじゃ……」

「──閃いた。一切の揺らぎはなく、ただ斬るという結果だけが残る──『妖刀:唯識真如(ゆいしきしんにょ)』……! これだ……!」

 

 観戦していたシャルロットの指摘を受けて、勝手にヒートアップした簪が勝手に命名して勝手に拳をぐっと握った。

 

「……何か、名前を付けられていますが」

「ああ、うん、もういいんじゃないかな」

 

 不憫なモノを見る視線でセシリアは確認を取ったが、疲れ切っていた箒は投げやりに答えた。

 とはいえ、編み出した技巧には、ある程度の自信もある。

 

(恐らく千冬さんや令からすれば児戯にも等しいだろうが──今の私にとっては、大きな武器だ。しかし……)

 

 同時に、胸が痛んだ。

 長年かけて修めた術理を──己の欲望のために、ねじ曲げてしまったのだ。

 父親には到底見せられない剣だ。

 

 それでも。

 

「私は……あいつの隣にいられただろうか」

 

 それだけが、気がかりだった。

 背中を預ける相棒たり得ただろうか。

 共に戦う相手として認めてくれただろうか。

 独り言に近い疑念を聞いて、一同微笑む。答えは決まっていた。

 

「もちろん──」

「あいにくだが、おりむーの隣は当方だ」

 

 まさかのインターセプトが入った。

 勢いよく振り向けば、食堂入り口に東雲が佇んでいる。

 

「妖刀の理屈自体は見事と言わざるを得ない。しかし織斑先生は()()の上位となる技術を持ち、当方はそれを破れるぞ」

「あーーーあーあーあーーーあーーあーーあーあーーやっぱりそうなんだな聞きたくなかった!!」

 

 絶叫して、箒はイヤイヤと首を横に振ってから机に突っ伏す。

 大人げなくマウントを取りに来た東雲へ、うわぁ………………と非難の視線が集まった。

 何処吹く風とばかりに視線を無視して、東雲は突っ伏す箒へ颯爽と歩み寄り。

 

「故に明日からは、箒ちゃんの稽古も当方が付き合おう」

「……え?」

 

 親友の言葉に、顔を上げた。

 彼女はじっと箒を見つめて、感慨深げに頷いた。

 

「恐らくその道、極めに極めれば、限りなく織斑千冬に近いだろう」

「……つまり?」

「仮想敵として最適解だ」

「この女、自分のことしか考えてないぞ!」

 

 ラウラが人差し指を突きつけて叫んだ。事実である。

 しかし──箒にとっては願ってもない僥倖だ。

 もっと強く。もっと高みへ。その意思を後押しする幸運だ。

 

「……そう、だな」

 

 力強い光を瞳に宿して、箒は頷いた。

 

「訓練メニューに、私の相手も加えてくれると助かる……一夏が拗ねそうだな……」

「そうだな、おりむーにも伝えなければ。保健室にいるはずだが……我が弟子ながら無茶をしたようだ。治療ナノマシン投与など、学生のうちに負って良い怪我の度合いではないぞ」

「十中八九師匠に似たのよ、ねえ?」

 

 からかうような声色で鈴が指摘する。

 東雲は数秒考え込み、手をぽんと打った。

 

「なるほど。当方のせいか」

「なんで開き直ってるんだろう……」

 

 諦めたようにシャルロットが嘆息した。

 とはいえ全員に共通する認識だ。箒も頷かざるを得ない。

 織斑一夏と最も絆を紡ぎ、深く理解し合っているのは、東雲令なのだ。

 だから仕方の無いこと──と、考えて。

 

(え?)

 

 胸がズキリと、痛む。

 違和感──何故痛む? その理由を、箒は自分の胸の内に探して。

 

「あ」

 

 気づいた。

 気づいてしまった。

 

「どうした?」

 

 声を上げた箒を、心配そうに東雲が覗き込む。

 さっと顔を伏せてしまった。何か体調が悪いのですか、と周囲に問われても、答えられない。

 

(そうか。そうだったのか)

 

 自分の中で何度確認を取っても、結果は変わらない。

 大きく息を吐いて、箒は視線を上げた。

 そこには心配そうに──感情の機微を読み取れる程度には深い付き合いになった、世界最強の再来がいる。

 

 

(──私が最も嫉妬している相手は、令だったんだ)

 

 

 いつも、一夏から信頼されて。

 いつも、一夏の隣に居るのが当然で。

 羨ましいと思っていた。妬ましいと感じていた。自覚せずとも胸の奥底では、ずっと。

 

 篠ノ之箒は、東雲令にこそ、成りたかったのだ。

 

 自覚した。

 自覚してしまったのなら、もう止まらない。

 

(悪いな、令。きっと私は……お前のいい親友ではいられなくなるかもしれない)

 

 友情を破るわけではない。

 何か関係性が変わるわけでもない。

 だが──戦場以外でも、自分が戦わなくてはならないフィールドがあることを、再認識した。

 

(世界最強の再来が相手でも関係がない。私の恋は、私が最大の味方なんだ。他人に譲ってやる義理などあるものか!)

 

 恋する乙女は拳を握り、無言で親友を、最大の障害を真正面から見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(箒ちゃん……もしかして当方のことが好きなのか……?)

 

 お前は術理見抜く前に心理を見抜けるようになれ。

 とぼけた内心はおくびにも出さず、東雲は一人で保健室への道を歩いていた。

 代表候補生組は断固として動きたくないと意思表明し、ならばと東雲が一夏の様子を見に行ったのだ。

 先生から生命に別状はなく、またナノマシンの効果もあって数日中には完治するだろうと聞いてこそいる。

 だが弟子が頑張ったのなら、ねぎらうのが師匠の務め──と東雲はウキウキであった。

 

「…………む?」

「……あっ」

 

 しかし角を曲がった際、廊下に立ち尽くす一夏を見つけた。

 

「おりむー、絶対安静だったのでは……」

「あ、あーいや……なんか治りが早くてさ」

 

 そんなはずはない。一夏のでまかせだった。

 治療ナノマシンの発動には、投与から幾ばくかのラグを挟む。

 しかし東雲の()()()()は一夏の身体状況を見抜いていた。

 

「なるほど。()()()()()()()()()

「え?」

 

 思わず一夏は自分の身体を触った。

 痛みは感じない。ナノマシンによる鎮痛効果か──そんな効果は治療ナノマシンにはない

 

()()()()()()()()()()()()。早速寿司でも振る舞おう」

「え、あ、いや……」

 

 しかし東雲はその結果だけを認識し。

 何も不自然なことではない、といわんばかりに頷く。

 

 いつもそうだったから。

 クラス代表決定戦で身体を限界以上に酷使したとき。

 無人機との連戦で心身共にズタボロに成り果てたとき。

 VTシステムとの戦闘で限界以上の力を行使したとき。

 エクスカリバー事件で宇宙空間を一人でさまよっていたとき。

 

 いつも一夏は。

 即座に回復していたではないか。

 

(────ッ!?)

 

 治ったから良かったと師匠が言っている。

 だがそれがおかしいことであると、一夏は理解している。

 

(なん、だ。俺の身体は、どうなってるんだ……!?)

 

 即座に千冬の顔が思い浮かぶ。

 求める真実と、それ以上の真実。

 

「…………しののめ、さん」

「どうした」

「俺、俺ってさ──」

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 聞こうとした。口にしようとした。

 けれど恐ろしくて、それ以上、声が出なかった。

 拒絶されたら──もしも東雲令に拒絶されたら、と考えると。

 だから息を吐いて、言葉をすげ替える。

 

「──そんなに寿司好きに見えるか? たまには寿司以外も食べたいんだけど」

 

 空笑いだった。空々しい、人間の心理に長けていなくても即座に分かる作り笑い。

 けれど東雲は、当人が笑っているのなら笑顔だろうと判断する。

 奥底にある別の感情を察知しても、表出していなければ感情ではないとカウントしない。

 

「そうは言っても、最上級の職人が握る寿司に勝るものはあるまい」

「俺だって美味しい料理ぐらい作れるし……ていうかこの間は弁当めっちゃ食ってたじゃん」

 

 段々と会話のテンポを日常的なものへ寄せていく。一夏は自分の荒れ狂う心理を完璧に押さえつけていた。

 彼の言葉に東雲は(ほんの僅かに、彼女をよく知る人間でなければ判別できないほどに僅かに)眉根を寄せた。

 

「? おりむーは職人ではないだろう?」

「そりゃあ職人の方が腕は上だろうけどさあ!」

「ならば、職人が作った方が美味しいということだ」

 

 直接言われたわけではないが、自分の料理を腕前を否定されたような気がして、がくりと肩を落す。

 では食堂に戻るぞ、と東雲はきびすを返した、

 寿司が待っているからか、心なしか彼女の足取りは軽い。

 その背中を見て一夏は苦笑した。

 

(どんだけ寿司好きなんだよホント……職人さんが作ってるから、って、味の方を評価してもらわないと職人さんも報われないだろ────)

 

 

 ────────待て。

 

 

(あ、れ?)

 

 後を追いかけようとして、足が止まった。

 心臓がうるさい。一夏の頬を汗が伝う。

 違和感があった。それを見逃してはならないと、直感が囁いている。

 

(なんか、おかしい、よな)

 

 彼女は今まで、何を美味しいと言っていた?

 甘いもの? 辛いもの? 苦いもの? 酸っぱいもの?

 違う。

 

 彼女が評価していたのは──腕の確かな人間が作ったこと。

 

 かちりと、思考が噛み合う。

 

「なあ東雲さん」

「どうした」

 

 一夏と東雲の間には、五メートルほどの距離が空いていた。

 そこから踏み出せないまま。

 黒髪をなびかせ振り向く少女に、一夏は恐る恐る問う。

 

「東雲さんって……何を美味しいって感じるんだ?」

「感じる? 判断材料があるかどうかではないのか?」

 

 はんだん、ざいりょう?

 

「それって、その、どういう……」

「……? 腕に覚えのある人間が作り、見栄えが良く、食感が硬くなければ、()()()()()()()()()()?」

「だから、そうじゃなくて。そうじゃないんだ。やめてくれ、そんな言い方、そんなの、だって……」

 

 五メートルなのに。

 数歩歩けば手が届くはずなのに。

 今の一夏には、恐ろしいほど遠く──目に見えない境界線があるかのようだった。

 

「甘いとか、辛いとか……そういうの、あるだろ?」

「…………? ……確認だが、食事の話をしているんだな?」

 

 一夏の呼吸が止まった。

 理解した。理解してしまった。

 常人とずれている? 強者特有の浮世離れ?

 

 ()()

 

 一夏が言う味覚と東雲が言う味覚には、明らかなズレがある。

 ズレなどという生易しい言葉ではない。

 生まれ持ったものが違う。

 育ってきた環境が違う。

 

 根本的に──()()()()()()が、違う。

 

 視界が揺らいだ。

 いつも通りの見慣れた彼女の顔が、能面のように見えた。

 

 

 織斑一夏は境界線を踏み越えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人機の迅速な撃破は、学園の強固な防衛面をこれ以上無く際立たせ。

 生徒たちの間では、大した騒ぎではないという楽観的なムードすらあった。

 

 しかし日本本土やアメリカ、欧州への無人機投下は続発し、多くの血が流され。

 

 

 日本政府が非常事態宣言を発令したのは、三日と経たない内だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を求める少年は、もう一度、己に問い直さなくてはならない。

 ──自分は、力しかない少女の何を知っている?

 ──自分は、一体どういう存在だ?

 

 その問いに答えが出された時、彼を待ち受けるのは――

 

 

 

(あっこれ──結婚した後にちゃんと料理の好みがマッチするかどうか聞かれてる!? 心配しないでおりむー、当方はおりむーが作ってくれたものなら何でもバクバク食べちゃうから。あとは二日に一回ぐらい出前取れたらそれでいいかなって!)

 

 

 

 ――これだよ。やっぱ知らなくてもいいんじゃないかな。

 

 

 

 








東雲さんのイラストをいただいたのであらすじに載せております
KiLa様、ありがとうございました
イエエエエエエエエエイ!! この眼の死んだ感じ最高!!!!!!




第六章 Phantom Task
完全オリジナルパートです
亡国機業と最終決戦したりオータムに人類全てが弱者なんだしたり準ラスボスが準ラスボスしたりする予定です
三巻に入る前に悪の組織との決着がつくってこれマジ?

というわけで充電期間に入ります
幕間やりたいとか思ってたんですけどよく考えたら全部本筋に関係あったのでやりません……本編に組み込みます……


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