【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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初デスポエムです


Phantom Task
55.変わる世界と、変わらぬ日常


 

 

 

 私の名前は『■■』。

 貴方がこれを聴く時、私はもうこの世界にはいないだろう。

 

 インフィニット・ストラトス。

 宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。

 成層圏の向こう側へ活動領域を広げるための発明は、軍事兵器として地上のパワーバランスを一変させた。

 あらゆる国家が野心を抱き、あらゆる人が心血を注いだ。

 

 銃弾のない戦争が続いた。思惑と謀略が絡み合い、地球を覆い尽くしていた。

 膠着状態を、かりそめの平和と認識する者もいた。

 けれど悪意は、憎悪は、悲嘆は、確かに積み上げられていた。

 

 本当の平和を求める存在が現れても、誰もが気づかなかった。

 義憤に駆られた善意は今や、惑星を飲み込もうとしていたのに。

 

 真に未来を案じているのが誰なのかも分からないまま。

 私たちの最後の平穏は、使い切られようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらオータム。東欧に投下した戦力が安定軌道に乗った……観測を終了する」

『お疲れ様。首都の制圧にはどれくらいかかりそうかしら』

「西がどう動くかだな。イギリスとフランスを攻め切れてねえのが痛い。補給路を断った以上、はっきり言って時間の問題だが……問題はその時間だ」

『時間がかかり過ぎると国連軍が攻勢に出る可能性がある。悩ましいわね』

「アメリカの抵抗も激しい。日本も本土への直接攻撃がほとんど弾かれちまった。国家代表の質にバラつきがあるとは聞いていたが、こうも差があると笑えてくるな」

『日本ねえ……あの代表、冗談が過ぎるわね。私かオータムが直接対処しなければ勝機はないわ』

「『疾風怒濤の茜嵐』と双璧を成す──いや、()()()()()()()()。『疾風迅雷の濡羽姫(ぬればひめ)』は伊達じゃねえってことだ」

『…………姫、ねえ』

「見た目の話はやめてやれよ。事実として、現状最大の難敵だぜ?」

『分かってるわよ。見た目で油断するなんてしないわ……だけど……』

「……まあ気持ちは分かるが……」

『あの年齢であの外見はねえ……小学生かと思ったわよ……』

「マジでハーヴィンだわあの女。闇で剣刀得意だぜ、サプれるならサプりてえわ。戦い方からして背水じゃなくて渾身だしメッチャほしい……」

『はーう゛ぃん? サプる? 渾身……?』

「…………ワリィ、なんでもねえ、忘れてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年一組教室。

 朝のHRを控え生徒が集うそこは、普段とは違う緊張感に包まれていた。

 

 理由はもちろん、『亡国機業』なるテロリスト集団による全世界への無人機による襲撃──ではない。

 確かに死傷者が多数出てこそいるものの、まだ世界大戦規模の戦禍には至っていない。むしろ学園にいる彼女たちは比較的安全だ。ゴーレムによる襲撃を幾度も乗り越えて、一組生徒らは無人機襲来に慣れてしまっていた。

 ただ、一組がイレギュラーなのは明白であり、他の教室では生徒らが暗い顔をしているのも確かである。

 

「今日の午後は日本代表が来るんだってねー」

「本土防衛に一区切りついて、継続投下はないだろうから、今のうちに学園の戦力拡充に力を入れたいんだっけ?」

「でもさすがに生徒を動員することはないでしょ、多分」

 

 雑談に興じながらも、皆どこか落ち着かない。

 何故、一年一組が緊張感に包まれているのか。

 

「…………」

 

 それはこの、極めて難しい顔をした男──織斑一夏が原因である。

 空席となっている隣の机を見つめながら、彼はじっと時を待っていた。

 

「おはよう」

 

 ガラリと扉を開けて、教室に黒髪の乙女が入ってきた。

 紅眼は見る者を畏怖させ、両手に剣を握ってないことがどんなにありがたいかを実感する。

 

 冠する二つ名は『世界最強の再来』。

 実力に裏打ちされた日本代表候補生ランク1。

 東雲令である。

 

「あ、令ちゃんおはよー」

「おはよ、今日も可愛いねれーちゃん! ちょっとそこでお茶しない?」

 

 毎朝東雲をナンパしている生徒一名はさておき。

 敬愛する師匠の教室へのエントリーを確認して、一夏はゆっくりと立ち上がった。

 

「おりむー、おはよう」

「ああ、おはよう東雲さん」

 

 きちんと朝の挨拶を終えてから。

 一夏はその手に持っていた、丸っこくかわいらしい弁当箱を掲げた。

 

「東雲さん、弁当作ってきたんだ。良かったら食べてくれないか」

「寿司があるんだが(条件反射)」

「畜生ォォォッ!」

 

 一夏は手作り弁当をすげなく無下にされ膝から崩れ落ちた。

 コンマ数秒後に事態を理解した東雲も(えっ今の弁当? 当方の弁当? え? なんで断ったの!? あああああああああああああああああああああああああ!!)と発狂しているが、それを見抜く術はない。

 

「勝てない……ッ! 俺は……寿司に勝てない……ッ!」

 

 拳を床に叩きつけ泣きわめくその姿に、クラスメイトらは呆れた視線を送った。

 好敵手の無様な姿を見かねて、箒と雑談に興じていたセシリアが恐る恐る声をかける。

 

「あの、一夏さん。すごい視線集めてますわよ。立ち上がった方がよろしいかと」

「俺は負け犬です……寿司以下の無様な男です……!」

「あっこれ相当メンタルにキテるやつですわね」

 

 これは一夏にとって、彼だけの戦争だった。

 床に胡座をかいて座り込み、唇を噛んで思考を回す。

 あの日以来、専用機持ちタッグマッチトーナメントを終えて、東雲の口から彼女の無自覚な異常性を聞いて以来。

 ずっと、考えていた。

 

(味覚が違う──彼女なりの判断材料だけで、味の善し悪しを()()()()()()()()()()()()()()。多分そういうことなんだ。美味しいかどうかは結果としてラベリングされるだけ)

 

 恐らく甘い、苦い、辛い、といった味覚が、食事とは別の所に切り離されている。感じているのかどうか──一般的な味覚が存在するのかどうか──は判断できないが、それを食事の価値判断に含めていないのだ。

 それさえ認識できたのなら、分かる。辻褄が合う。

 常人とは異なる判断基準が、それだけが存在する。

 だが──彼にとって、()()()()()()()

 

(例えば辛くないと美味しくないっていう人もいる。千冬姉みたいにビールに合うかどうかで全てを決めてる人もいる。根本的にズレがあったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一夏なりの結論だった。

 肌の色が違っても同じ人間であるように、たとえ東雲が自分たちと異なる感覚で食事を味わっていたとしても。

 

(東雲さんは食事してる。食事を楽しんでる。そこは俺たちと何も変わらないじゃないか)

 

 だから追求することも、思い悩むこともやめた。

 当事者でない自分に分かることなどたかがしれている。

 だから一夏はその点を誰かに言うこともなく、東雲に人間の味覚を教えてあげようなどという傲慢な考えを持つこともない。彼女の意思を尊重するべきだと判断した。

 問題は──

 

(問題は! その感覚で飯を食われてると! いつまでたっても俺の料理を食べてもらえねえッ!!

 

 この男、料理に関しても普通に負けず嫌いである。

 

「そんなムキにならなくてもいいだろう……」

 

 呆れた様子でラウラが声をかけるが、顔を上げた一夏はキッとにらみ返す。

 その真剣な表情に『ンンン……』とラウラが頬を染めて顔を背けたが、セシリアは恋は盲目だなと思った。

 

「俺は──寿司より強い男になりたいんだよッ!」

「一夏、お前はさっきから何を言っているんだ??」

 

 馬鹿でかい声を聞いて、箒は目を閉じてこめかみをもんだ。

 幼馴染が阿呆になり果てているのは、見ているだけでつらかった。

 

「あはは。負けず嫌いだから頑張ってこれた面もあるけど、やっぱり考え物だね……」

 

 ラウラの隣にやって来たシャルロットが苦笑を浮かべて、一夏と東雲を交互に見た。

 その動作は──(自称)恋愛ガチ勢である箒の背筋に、悪寒を走らせた。

 

「でもそうだねー、ちょっともったいないし、さ」

 

 割って入る間隙などなかった。シャルロットの動きは非の打ち所がなかった。

 傍観者としての立ち位置から、一気に当事者として踏み込む──いわば恋愛高速切替(ラピッド・ラブ・スイッチ)

 

「弁当。余ってるなら僕がもらっちゃおうか?」

『……ッ!』

 

 卑しい女である。

 全ギレで東雲が怨念のこもった視線を向けていることなどつゆ知らず、シャルロット・デュノアが一夏に右手を差し出す。

 

「どうかな。僕、今日は学食で済ませようと思ってたけど、せっかくなら一夏の手料理が食べたいなって」

 

 見ているクラスメイトらが戦慄する。

 完璧なタイミング。一夏の料理人としてのツボを刺激する言葉選び。

 

(やられた……!)

 

 箒は拳を握り、歯を食いしばる。

 こうなってはもはや自分の出る幕はない。

 懸想する男子の弁当箱が恋敵の手へ渡るのを、指をくわえて見ているしかないのだ。

 

 しかしシャルロットの勝利を誰もが確信した、直後。

 

 

「いやこれは東雲さんのために作った弁当だから無理」

「はあああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 シャルロットはキレた。

 結局お弁当は、一夏が責任を持って、泣きながら二人分食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休みを終えて。

 一年生は全員、第二アリーナに集合していた。

 観客席にクラス別で座り、これから始まるISバトルを学業の一環として観戦する。

 

 そう──世界最強の再来と、日本代表の戦い。

 

「……なんか俺まで緊張してきた」

 

 東雲たっての希望と、バトルの目的上専用機持ちには優先して学習させる必要性が噛み合い。

 一夏ら専用機組は、ピットにて待機していた。

 

「おりむーたちにとっても学びとなるだろう……が、まず、当方は負けたくないな」

「ああ。俺だって東雲さんに勝って欲しいさ」

 

 顕現させた愛機にチェックを走らせる東雲の言葉に、一夏はそう返した。

 対戦相手である日本代表はまもなくピットに到着するらしく、セシリアたち代表候補生は一様に口をつぐんでいた。

 

「……一夏。これはお前にとって、大きな経験となるだろう」

「ラウラ?」

 

 眼帯の少女の言葉に、セシリア、鈴、シャルロットは頷く。

 

「国家代表って言うと、あんたは生徒会長を連想すると思う。あの人は確かに強いけど、国家代表としては中の下ぐらいね」

「……ッ!?」

 

 中の下──鈴が下した評価に、一夏は顔をこわばらせる。

 

「そして、今から来る日本代表。恐らく令さんがいなければ彼女こそが『世界最強の再来』と呼ばれていたでしょう」

「そ、それはつまり……その……」

 

 重い声で告げられたセシリアの補足に、箒はうろたえつつも続きを促す。

 最後の言葉はシャルロットが引き取った。

 

「うん。国家代表の中でも、モンド・グロッソ総合優勝に最も近いとされ、さらに直近の本土防衛戦においては単騎で敵戦力の75%を駆逐した英雄──それが今の日本代表、『疾風迅雷の濡羽姫(ぬればひめ)』だよ」

「濡れ場姫はヤバくね?」

「そうじゃありませんわ」

 

 一夏の反応をセシリアが真顔で訂正する(セシリアは濡れ場の意味をしっかり知っていた)。

 その同時、だった。

 

「それほどの評価、身に余るであります。私はまだまだ未熟な戦士なのですから」

 

 全員ガバリと振り向いた。

 ピットの入り口。

 日本最高峰の整備班を引き連れて、()()は立っていた。

 

「日本代表──」

「堅苦しい挨拶はなしにしましょう。時間がもったいないのであります」

 

 一夏が驚愕の声を上げた直後、分かっていたというように、ショートカットの黒髪を揺らしながら彼女は制止した。

 だがそうではない。

 彼の驚きはそこにはなかった。

 

「……なあ、セシリア。なあなあ」

「はい?」

 

 隣のライバルに、一夏は小声で問う。

 

「あの人、何歳?」

「んっ……ちょっと、耳に近すぎます、くすぐったいですわ……あ、箒さん睨まないでください……コホン。確か山田先生と同い年、と記憶しています」

「嘘つけ」

 

 一夏は改めて国家代表を見た。

 背丈──多分、140センチを割っている。

 顔つき──親友である弾の妹、五反田蘭より遙かに幼い。

 服装──日本の国旗が胸元にあしらわれた特製ISスーツ。しかし胸部は豊かに膨らみ、日の丸が微妙にひしゃげていた。

 

 

 胸以外小学生の巨乳ロリがそこにいた。

 

 

「……お久しぶりです」

「む。東雲代表候補生、確かに入学以来であります」

 

 機体から降りて、東雲は彼女の正面に佇む。

 整備班は代表が顕現させた黒いISの周囲に集まり、早速調整を始めている。

 

 思わず一夏たちは唾を飲んだ。

 日本代表と、世界最強の再来が相対している。結ばれた視線が明確に火花を散らした。

 

(……ッ! ライバル視、してるのか? 東雲さんが……対抗心を表に出している……!?)

 

 表情こそ変化はない。

 だが付き合いの深い一夏、箒、セシリアは読み取れた。()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこにはあった。

 バトルを前にしてどんな会話を交わすのか、呼吸すら忘れて耳を傾けてしまう。

 しばらく無言で見つめ合ってから。

 先に口火を切ったのは日本代表だった。

 

 

「相も変わらず貧乳でありますな」

「……………………」

 

 

 東雲、キレた!!

 

「えぇ……」

 

 初動でド直球の挑発を見せられ、一夏が困惑の声を上げる。

 真横で鈴とラウラがものすごい顔をしていたが、幸いにも彼の視界には入っていなかった。

 

「……濡羽姫殿の声が聞こえた。どこだ?」

「おやおや。背丈など弄られすぎてノーダメであります。挑発が下手なのです」

 

 冷たい声色で東雲は反撃を試みるも、代表──濡羽姫は嘲笑を浮かべて肩をすくめる。

 それからまじまじと、東雲を、正確に言えばその平坦な胸部を見つめて。

 

 

「それにしても、マジで……マジで貧乳ですな。絵で描くときに胸がなさ過ぎて織斑一夏君の制服の影を参考にされてそうなのです(実話)

「表に出ろ」

 

 

 舌戦は、日本代表の圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 







箒ちゃん誕生日おめでとう!(土下座)




次回
56.世界最強の再来VS日本代表(前編)

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