あと誤字報告機能も特殊タグが解除されるので読めます
こうして情報を得るべく自ら踏み込んできた方にダメージを与えていくわけですね
うん、美味しい!
私たちは幾分かの時間を与えられた。
それは命を、存在を使い果たすことを前にした猶予だった。
自覚のないままに平和を謳歌していた。
いつだってその尊さを知るのは、戻れなくなってからだということには、気づかないままに。
そうして私たちは、武器を手に取った。
剣を振るい、多くのものを奪い続けた。
衛星軌道上を揺蕩う、鋼鉄製の移動式研究施設。
「むむ……『銀の福音』のコアがアクセスを遮断してる……? 独自進化ケースなのかな……」
その中で束は頭をガリガリと掻きながら、無数のウィンドウを立ち上げては消していく。
一連の動きには、人間が秒単位で行える行動の限界を超えた量の作業が詰め込まれていた。
常人ならば数年単位で仕上げる経過調査を数秒でまとめ、把握し、逆算して過程を導いていく。
「うぃーっす」
そんな作業がはたと止まった。
束が顔を上げれば、ISを用いてラボまで帰還したオータムが、ごちゃごちゃした部屋の入り口をくぐってきていた。
実際に会うのは久方ぶりだ──何せ、デュノア社襲撃以来、亡国機業はほとんど休み無しに謀略を繰り出している。
「おかえり。すぐ出るの?」
「ただいま……って、いつからここは私の実家になったんだよ。まあ、少し休んでから出るさ」
オータムは部屋の隅に積み上げられた私物を見た。
まだ組んでいないキットや、柑橘類をふんだんに使った自家製の果実酒たち、替えのスーツ類。
シャツを脱ぎ捨てタンクトップ姿になり、スカートも下ろして、ソファーに引っかかっていたデニム生地のショートパンツを穿く。女の身体は美しく、流麗な線を描いていた。
「……
「さあな。生きてたら、また会うことがあるかもしれねえ」
計画の内容を教えた覚えなどさらさらなかったが、この天災に隠し事ができるはずもないとオータムは理解していた。
篠ノ之束との協力体制は、『最終的かつ不可逆な世界再編計画』──即ち、『カタストロフ・プラン』の発動により失効した。もはやオータムがこのラボに居を構える理由はない。
むしろ互いの目指すものを考えれば、両者は極端な敵対関係にあると言ってもいい。
今此処にある世界を
今此処にある世界を一片たりとも残すまいとする亡国機業。
「きっと……うまくいかないよ。お前たち、本拠地がそろそろ割れてる頃合いだし」
「だろうな。攻勢もいまいち続かなかったわ。まあ防衛戦は私の本領みたいなもんだし、別にいいけどよ」
明るい橙色の髪が、鎖骨から胸にかけてゆらりとたなびく。
その美貌は戦場にはふさわしくない、いや、一周回ってふさわしいのかもしれない。
束は無感情に、半年に満たない期間を共に過ごした女の貌を見ていた。
「ふーん……それじゃあ、さ」
「あん?」
目を向けて、オータムは少し驚いた。
どこから取り出したのか──乱雑に散らかされたラボの中央にテーブルが出現していたのだ。
巨大な正方形を描くテーブルの上には、所狭しと料理皿が並べられている。どれも湯気を上げている、作りたてにしか見えない代物だった。
「最後の晩餐。いいでしょ、それぐらい」
「……まあ、時間的には問題ねえけどよ」
嘆息して、オータムは手前の席に腰を下ろした。束が真向かいの席に座り、オータムのグラスにワインをなみなみと注ぐ。
二人は自分のグラスを軽くぶつけ合った、カランと空虚な音が響いた。
オータムが初めに手を付けたのはサーモンのカルパッチョだった。さっぱりとしたソースと弾力に富んだサーモンの切り身が絡み合い、舌の上で踊る。
「……やっぱ私より料理ウマいじゃねえか」
「やればなんでもできるからね。でもまあ、せっかくの二人暮らしだし、楽できるとこは楽したいなーって」
抜け目ないやつ、とオータムは笑った。
「いや、本当は二人で過ごすはずじゃなかったんだよ? ドイツが中心に欧州で行われていた遺伝子強化実験……あれの試作個体を補佐役にするつもりだったの」
「あんたが焼き尽くしたんだろ。『暮桜』の暴走を受けて、やつを刺激しないよう、
「悪人でも寄付ぐらいするよ。寄付しても悪人だから、タチが悪いんだけどねー」
オータムはロールキャベツを小さく切り分けて口に運び、舌鼓を打った。
野菜の甘みと肉汁が一噛みするたび溢れてくる。
「こりゃ美味い。博士、全部終わったらレストラン開くのを勧めるぜ。ああいや、昼は喫茶店で夜はメシ屋、って方が洒落てるか」
「いいねそれ。束さん調理師免許でも取ろっかな」
「そこは法令を遵守するつもりなんだな……」
空になった皿はどこかへと消え、代わりに新たな料理が並ぶ。
夢中になってオータムは料理を食べ進めた。酒よりも食事を優先するなど、記憶にある限りでは数年ぶりだ。
彼女の食べ方は荒っぽかったが、品を損なってはいなかった。ロブスターの殻は原形をとどめた状態で丁寧に並んでいたし、バケットの破片はテーブルや床に落ちないよう気を配られていた。
健啖家と呼ぶにふさわしい食べっぷりを見ながら、束は頬杖をついたまま、口を開いた。
「束さんね……楽しかったよ」
「そうかい。そりゃあ何よりだ」
「本当に、楽しかった……」
言葉にどれほどの想いが込められているか、オータムは悟りながらも見ぬ振りをした。
だってもう、それは、彼女にとっては不要なものだったから。
「ねえ」
「あんだよ」
「生きるつもり、ないでしょ」
オータムはしばらく黙り込んだ。
「お前、最初に出会った頃と同じ目だよ。この世界の全部をぶち壊したくて仕方ないって感じ……それも、無理して、自分を律して、そうであれって自己を固定してる感じ。正直見てられない」
「……はは。私はてっきり、アンタの方が変わったと思ってたんだがな」
苦笑してから、ふっとオータムがフォークをテーブルに置いた。
それからグラスワインを手に取り、一気に飲み干す。
豪快な飲みっぷりを無感動に眺めながら、束は口を開いた。
「悔しいけど、認めざるを得ないかな。束さんは少し……ほんの少し、変わったと思う。だけど変化の面で言えば、お前の方が変わった」
「……ぷは。そうか。そうかもな。私も随分と絆されたもんだ」
空になったグラスをテーブルに置いて、オータムは眼前の女との日々を思い返した。
ずっと、どうやって親密になるかを考えていた。一定の効果は上げられた。だけど過程で、自分の方が、救われていた。
過去は振り切れない。いつまでも、オータムは過去の自分の視線を背中に浴びている。
今、彼女は、何もかもを諦めたような表情だった。
「……時間だ」
まだ料理はたくさん残っていた。
そしてオータムが出発するにあたって、決してまだ遅くはなく、むしろ早すぎる時間だった。
だというのに彼女は席から立ち上がった。ラボから持ち出すべき荷物は一つもなかった。時が来れば全部置いていくと決めていた。
「……嘘つき。未練を残したくないだけじゃん」
「そうだな」
「状況が把握できてるから、死に場所になっても仕方ないって諦めて。自分を捨て石にしてるだけじゃん」
「そうだな」
「……かえって、きてよ」
「………………わりぃな」
「ばか」
オータムは、振り返らなかった。
『消灯後、一人で学生寮裏の林道へ来てください』
突然、巻上礼子から上述のメールが届き。
文面を何度も読み返しながら、一夏は夜の遊歩道を一人で歩いていた。
教師陣の監視を掻い潜るのは並大抵の技術では為し得なかったが、『世界最強の再来』の弟子は伊達ではない。『おりゃ!』と気合いで気配を消して、誰もいない夜道をこそこそと進んでいる。
非常事態宣言が発令されているとはいえ、先日自宅まで帰れたように、学園の対応は比較的緩いものだった。本土は地域によって外出に制限がかけられているものの、度重なる戦力投下にも本土防衛軍がきっちり対応できている。
(呼び出し……何の用件だ? 日本の企業だし今は色々忙しいと思うんだけど……セシリアたちも何か忙しそうにしてたしな……)
代表候補生でない一夏と箒は、何やら慌ただしくしている学友らに取り残されるきらいがあった。二人の立場はオンリーワンだが、そのオンリーワン性故に、能動的に行動しなければ世界情勢には参画できない。
(巻紙さんにはいつも迷惑をかけてばっかりだしな、俺に手伝えそうな頼み事とかなら、力になりたいんだけど)
街灯も差さない暗闇へと足を踏み入れ、しばらく。
学生寮の裏に生い茂る林を真っ直ぐ進めば、前方に小さな灯が見えた。赤いそれを、一夏はすぐに煙草の火だと見抜いた。
「巻紙さん」
「
返事を聞いて。
一夏の呼吸が凍り付いた。
まさか、そんな、どうして。あり得ない──
慌てて駆け出して、目視した。
黒いタンクトップと、デニムのショートパンツ。大胆に晒された柔肌は、余闇の中でも分かるほど美しい。
見覚えのあるオレンジカラーのロングヘア。気だるげに紫煙を吐きながらも、美貌が損なわれることはない。
亡国機業が幹部──オータムが、煙草をふかしながら、そこで待っていた。
「お前……ッ!?」
刹那の反応で、右腕部装甲と『雪片弐型』を顕現。
純白の太刀は腰の横に実体化し、即座に右手で柄を握る。PICを応用して刀身を固定、それを鞘と見立てての擬似抜刀術。
──先日の東雲と日本代表の決闘を観戦し、自分の上位互換たる技術を見せられっぱなしで終われるはずもない。濡羽姫が見せた電磁炸裂抜刀を磁力制御装置なしに再現した、デッドコピーの技術だ。
「よせよせ。そういうつもりはねえんだ」
しかし。
その時にはもう距離を詰められ、腕が動かなくなっていた。
見れば、柄頭──バットで言うところのグリップエンド──を、いつの間にか呼び出された八本脚が押さえ込んでいる。
更には首筋へ数脚の鋭利な先端が突きつけられていた。
ドッと冷や汗が噴き出だして、心拍数が跳ね上がる。
(はッ……
「
自身の腕では変わらず煙草を保持したまま。
背部から伸びる八本脚をキチキチと鳴らして、オータムはだるそうに告げた。
周囲に目をやりながら、一夏は自分に逆転の目がないことを悟り──装甲と武装を消した。
頷き、オータムもまた八本脚を
「まあ、座れや」
促され、一夏は無言で、林道を形作っている人工石に腰を下ろした。
遠慮なしにオータムは彼の真横にドカっと座り込む。拳一つ分ほどしか距離は空いていない。
(……ダメだ。抜刀するには近すぎる。けど飛び退きながらじゃ、間違いなく絡め取られる)
「おいおいどうした、美人が近すぎて緊張してんのか?」
「──ああ。まあ、そんなとこだ。女性慣れしてるワケじゃなくてな」
「お前この環境に身を置いといてそれはないだろ」
突然の正論をぶつけられ、一夏は無言で目をそらした。
好きで女性慣れしてないのではない──と反論したかったが、負け犬っぽくて嫌だった。
「まあ、いくつか連絡事項があるんだ」
オータムは煙草を地面に落して踏み潰すと、ポケットから煙草の箱を取り出しながら告げた。
「一つ。巻紙礼子は今日付で退社した。理由は分かるな?」
「……お前が巻紙さんだった、ってことだろ? 気づかなかった自分が馬鹿すぎて嫌になる」
連絡に用いられたのは巻紙のプライベートアドレスだった。
彼女がオータムの手に落ちていることも想定したが、そんなことをする理由がない。全世界に喧嘩を売ったテロ組織が、中堅規模の企業のエージェントをわざわざ誘拐してもメリットがないのだ。
「そう言うな。変装は完璧だったからな。ほら」
新しい煙草を口にくわえ、ライターから火を移しながら。
髪の色が変色し、顔つきも変わっていき──数秒足らずで、巻上礼子が現れた。
すぐにオータムの顔に戻りつつ、彼女は紫煙をくゆらせる。
「二つ。近々恐らく、亡国機業に対する徹底的な殲滅作戦が実行に移される。お前はそれに関わるな」
「……元々、関わる立場じゃないんだが」
思わぬ言葉に面食らう。
だが一夏の脳裏では、ゆっくりと嫌な推測が汲み上げられていった。
慌ただしくしていた代表候補生ら。一夏と箒だけが、何も知らされていない。
まさか──
「理由はある。お前は……この後、
「何……?」
──と、思考を断ち切るように投げかけられた言葉。
訝しげな視線を向けるが、オータムはこちらを見ない。
どうやら詳細を語る気はないらしい──嘆息して、一夏は彼女の横顔を見つめた。
「……色々、俺の中でもつながったことがある」
「何だ、答え合わせか?」
「お前、テロリストになる前、
指摘は痛烈だった。
オータムは煙草をくわえることもせず、しばらく先に灯った火をぼんやり眺めていた。
「『アラクネ』は米国製の第二世代試作機だった。それを強奪した、だけにしては……うまく使いすぎてたよ、お前。だから俺の予測では、米国のIS訓練校勤務ってところなんだが──」
「──その件についてはもう答えをばらしてるぜ」
思わず一夏は目を見開いた。
想起されるはエクスカリバー事件の終息直後。
デュノア社の喫煙室で告げられた言葉。
「──本当に、IS部隊の教導官だったのか……!」
「ああ。教導部隊で、部隊長をやってた」
米軍IS教導部隊。
一夏とて理解できる。ISにおいて、先進兵器の開発こそ他国に譲っていても──その組織運用という点では、アメリカは世界の頂点にいる。
そこで教導部隊に属するというのが、どれほどの重みを持つのか。
(なるほどな。道理でこれだけの強さを誇るわけだ……だが……)
「どうして、って顔をしてるな」
納得がいかないのはそこだ。
米軍IS教導部隊隊長──視点を変えるなら、ISに関しての教育者としては、IS学園の存在を考慮しなければ実質的には世界でも類を見ない第一線だ。
地位、名誉、実力の保証。どれをとっても最上級と言って過言ではない。
「…………フン」
何か躊躇するような間を挟んで。
けれど自嘲するかのように鼻を鳴らして、オータムは口を開く。
「織斑千冬の全盛期」
「……ッ?」
煙草がじりじりと、火を広げていく。
白が灰へ塗り替えられていくのを眺めながら、女は無感情に語った。
「刀一本で──獲った。世界を獲った。
「……それが、何だよ」
「誰もが目指した。目指しちまった……誰もが個人としての強さを指標にして、心が折れていった……」
「──────」
目を閉じればいつでも思い出せる。
将来有望な後輩たち。日々成長していた。いつかこの中から、頂点の栄誉を掴む者が現れるかもしれない。もしそうなれば、教育者として冥利に尽きると思った。見込みはあった。
訓練のメニューはさほど変わらなかった。けれど教え子たちは自分の機動を確認して不満足そうにしていた。もっと、もっと、と。最初は意識の変革だと思い、教官は歓迎した。
段々と教え子たちが自主トレーニングに励むようになった。それは次第にオーバーワークへつながり、果てにはオーバーワークですらない何かへと変貌した。
教官はそのトレーニングを禁止した。禁止しようとした。だが軍の上層部はむしろそれを推奨するよう命令した。
誰もが『
教導部隊の人間は必死に止めようとした。けれど世界中が『織斑千冬』という存在に夢を見て、それは一種の狂気或いは妄執へと成り果てていた。
──太陽の輝きは万人を照らす。太陽の光に導かれて、人々は道を歩ける。
──しかし。必要以上に太陽へ近づこうとすれば、輝きは全てを焦がす熱へと転じて、翼を焼き尽くしてしまう。
結果。
教え子たちは残らず、ISと関わる道から去って行った。
打ちのめされ、絶望し、自らの限界を嫌というほどに思い知らされ。
残骸のような笑顔で『ご指導ご鞭撻のほど、ありがとうございました』と告げて──
その手に残ったのは戦闘技術だけだった。
オータムは瞼をゆっくりと持ち上げた。
「…………だから、その世界を変えたかったのさ」
「……どう、変えたかったんだ」
一夏の問いに、オータムは煙草の灰を落しながら薄く嗤う。
「分かるだろ?」
「…………」
「
個人戦力ではひっくり返せないほどの、文字通りの世界大戦。
確かにそうなれば、あらゆる人間に活用価値が生まれる。
英雄になれなかった兵士たちは、血煙が混ざり合う戦場でしか生きていけない。
しかし──
「皮肉なモンだな。そうやって戦乱に近づけば近づくほど、東雲令やお前のように新たな英雄が現れる」
「……俺は」
褒め言葉だというのに、一夏はこれっぽっちも嬉しくなかった。
煙草をふかす隣の女に真剣な表情を向けて、少年はゆっくりと口を開く。
「俺は……個人としての強さ以外に、この世界にはもっと大事な強さがあると思ってる」
「……それは?」
しばらく俯いて、それから、一夏は息を吸った。
「──誰かと、つながる強さ」
何度考え直しても、オータムの考えには頷けなかった。
英雄、だなんて。
織斑千冬も東雲令も、どうやってあの領域へ至ったのかとんと分からない。
だが自分は違う。出来ることを一つ一つ積み重ね、多くの人に支えられ、ここにいる。
「お前の考えも、分かる……憧れが呪いになるのも、分かるよ。だけど……」
言葉を探りながら、オータムを見て。
一夏はぎょっとした。
隣の彼女は──オータムは、初めて見る、安らかな笑みを浮かべていたのだ。
心底喜びを噛みしめ。
背負っていた大きな荷物を、肩から下ろしたと言わんばかりに。
「ああ……それを聞けて安心した」
オータムは満足げに頷くと、新しい煙草に火を付けながら立ち上がった。
「何処へ行くんだ」
「次の戦場だ」
即答。一夏の眉がピクリと跳ねる。
「会うことはもうねぇかもな……織斑一夏。お前ちっとばっか、右へのブーストに癖がある。そこは直しとけ」
「……善処するよ」
風に髪をなびかせながら、彼女は振り返ることなく歩いて行く。
「……オータム。俺は……」
「迷うな、織斑一夏」
冷たい、突き刺さるような声色だった。
視線を下げて、一夏は強く拳を握りこんだ。
「迷わず……最後まで諦めるな。言えるのはこれぐらいだ。気休めにもならねえがな」
「──ッ」
分かる。分かってしまう。
彼女は死を覚悟している──相手は稀代のテロリストであるというのに、一夏にとってそれはひどく認めがたいものだった。
「俺は──」
顔を上げた。もうオータムの姿はかき消えていた。
煙草の紫煙だけが、何かの残滓であるかのように、ゆっくりと浮いていた。
オータムはIS学園の外周部へと出る道を歩いていた。
遊歩道に人影はなく、彼女は堂々と煙草をくわえてながら歩いている。
ふと、歩みを止めた。
そして振り向く。
「おい、いつから見てたんだ」
「学生寮の裏側からだ」
樹木に背を預け。
黒髪を闇夜に溶け込ませ。
紅の双眸が、こちらを見ていた。
「……チッ。捕捉されてたか。殺すか?」
「否。本来は即時殺害する方針だったが……やめた。恐らく其方は、当方や織斑一夏が知らないことを知っているな」
問いに、オータムは肩をすくめる。
「悪の組織とはいえ、情報網はたかがしれてるぜ。せいぜいが、
「…………?」
反応を見て、思わずオータムは舌打ちをしそうになった。
「ワリィ、聞かなかったことにしろ……お前や織斑一夏を害するつもりはない。こう見えて年下想いなんでな」
「そうか──しかし、一つ忠告しておく」
武器を顕現させることもなく。
彼女は──『世界最強の再来』は、言葉を紡ぐ。
「あまり我が弟子を舐めない方がいい。其方の予測する限界など易々と乗り越えるぞ、あの男は」
「……フン。嫌と言うほどに知ってるさ」
オータムはきびすを返して、自分が進むべき道を歩み始めた。
その背中を見送りながら、腕を組んだまま、少女は息を吐く。
(これで師匠枠は当方一人になったな……)
そこなの? 拘泥してたの、そこなの?
(ていうか最終調整に出してて『茜星』持ってないからマジでどうしようかと思った……今IS起動されたら普通に死んでたな……危ねえ……ハッタリだけでなんとかなったぜ……)
東雲は普通に無能を晒していた。
彼女もまた、来たるべき決戦に向けて慌ただしく準備をしていたのだが──どうやらそれが致命傷になりかけたらしい。
(しかしこれでおりむーの師匠ポジションは盤石になった……! 後は悪の組織っぽいのを適当に蹴散らせば終わり! よっしゃあああッッ! THE ENDォオ!!)
残念ながら亡国機業編が終わっても完結はまだ先です。
次回
60.うたかたの…