私たちは世界を守りたかった。
そのためにあらゆるものを犠牲にし続けた。
願い事は叶えるために生まれると、自分に言い聞かせながら。
意図的に正当化しなければならないほど、私たちの戦いは失望に満ちていた。
「ムムッ……」
食堂にて、一夏は楽天カードマンのような声を上げていた。
今日は放課後の訓練はお休みであり──というか、参加者が師匠を含めほとんど欠席という有様である。
故に放課後、彼は暇を持て余して、食堂の一テーブルにて一人で時間を潰していたのだ。
「あれ、織斑君珍しいねー。訓練はないんだ?」
声をかけてきたのはクラスメイトの少女たちだった。
一夏は腕を組み難しい表情だったが、こうしている彼を見ても気安く話しかけられるのは、短くとも深い付き合いがなせる技だ。
「ん、ああ。今日っていうか、しばらくお休みらしい」
「へー。てゆーか、なんか難しい顔してたね?」
「『白式』が最近何かを記録し続けているみたいでさ」
一夏の言うとおり、『白式』はここのところ、訓練や自己修復のない時間は何らかのデータを保存していることが多い。
自主トレーニングに移らなかったのは、理由としてそれが大きかった。
恐らくではあるが『零落白夜』を起動しなかったことを筆頭に、相棒には多くの秘密がある。
IS乗りとして信頼は寄せているものの、自分の知らないことに『白式』が関わっているのではないかという疑念は、常につきまとっている。
「ま、ISって色々分かってないこと多いし。そゆこともあるんじゃない?」
一般白ギャル生徒の発言を受けて、一夏も諦めたように嘆息する。
「だよなー。で、なんかあったのか?」
「あ、うん! お誘いに来たんだよ! クラス会だよ、クラス会-!」
「ああ! クラス会!」
一夏はラノベ主人公としては珍しく陽キャ寄りであり、クラス会という単語になじみ深かった。
中学時代もよく誘われ、行き、悉く隣に鈴が居座っていたものだ──鈴としては必死の防衛行動であり、他の女子は鈴をどうにかどかそうとあの手この手を尽くしていたのだが、それを一夏が知るよしはない──懐かしい思いと共に、一夏は頷く。
「いいな。いつやるんだ? 学園の外?」
「さすがに外は厳しいかなーって感じだから、明日の夕飯をみんなで食べるのはどうかなって。ご飯は各自で持ってくる感じ!」
「なるほど」
それは一夏の好奇心、あるいは負けず嫌いな精神を刺激するにはもってこいだった。むしろクラスメイトらはそれを狙っていた節がある。
「セシリアちゃんとか、シャルロットとか、ボーデヴィッヒさんは……なんていうかこう、明日はちょっと、って言われて」
「……………………」
慌ただしくしていた代表候補生ら、揃っての拒否。
それは少し、一夏の息を止めた。
「それでね! 織斑君には、良かったられーちゃんも誘ってもらえたらなーって」
クラスメイトらが、揃って顔を横に向ける。
一夏はそれまで気づかなかったが──奥のテーブルでは、一人で座る東雲が、難しい顔でパンケーキを見下ろしていた。
(甘い、とは何だ?)
パンケーキを一口食べて。
東雲は食堂で作られたから以外の『美味しい理由』を導き出せず、困惑していた。
(受容体と化学反応が起きているのは把握できる。しかし他の料理と、おりむーの言う差は、一体何だ?)
ムムッ、と楽天カードマンみたいな声を上げて、東雲は思考にふける。
食材によって反応が違うのは把握していた。反応が違うだけで、名前を変えて、ラベリングする──
しかし愛弟子の態度を見るに、多少はその違いを意識した方が彼は喜ぶのではないか、と考えあぐねていると。
「俺の弁当は食べられないのに食堂のパンケーキは食べるのかよ」
拗ねたような言葉が聞こえた。
見れば織斑一夏が対面の席に座り、むすっとした顔でこちらを見ている。
「インフィニット・ストライプスの増刊で、IS学園食堂のパンケーキが取り上げられていたのでな。他意はない」
「ふーん……じゃあ俺の手料理がストライプスに取り上げられたら食べてくれるのか?」
面倒くさい彼女みたいだなこいつ。
東雲は微かに眉をひそめて、彼の発言を何度か反芻する。
「……いや、おりむーの手料理が特集を組まれることはまずないと思うが」
「はああああああああああああああ!?」
天然入ってる師匠に突如正論をぶつけられて、一夏はキレ散らかした。
「見てろよ絶対いつか特集組ませてやるからな! 『IS乗りの手作り弁当』特集とかならワンチャンあるからな!? 特集を組まれるのは女性限定!? ノーだ! あえて言おう! 俺がプロになったら絶対特集が組まれると!」
テーブルをぶっ叩いて立ち上がり、一夏は連邦艦隊を吹っ飛ばした後のギレンみたいな演説を始めた。
本題から逸れて完全にあったまっている男を見て、クラスメイトらが遠巻きにハンドサインで落ち着けと指示する。
さすがに指令を忘れ喧嘩をふっかけただけで帰ってきたら、一夏はこれからクラスにおいて『しつけのなっていないバカ犬』というあだ名を頂戴するほかないだろう。それは級友らにとっても不本意なことだった。
閑話休題。
「それで、何の用件だったのだ」
「……明日クラス会あるんだけど、東雲さんは来れるかなって」
落ち着きを取り戻してから、一夏はやっと話題を切り出した。
考えるのに飽きてパンケーキをヒュゴウと一口に食べきった東雲は、『明日』という指定に首を横に振った。
「無理だな」
「……ッ。それはやっぱり、その、亡国機業の……?」
即座に東雲は頷いた。
「
「──ッ」
一夏は思わず食堂に視線を巡らせた。盗み聞きをするには、誰もが遠すぎた。
それを確認して、息を吸って、自分を落ち着かせる。
「……今の言い方だと。やっぱり、他のみんな……セシリアたちも?」
「肯定。代表候補生クラスなら軍事力として招集されている。無論、其方と箒ちゃんは、立場故に呼ばれることは──」
「──冗談じゃない」
そこで東雲はやっと気づく。
瞳に燃え盛る焔。震える拳。
織斑一夏はこれ以上無く、静かに怒っていた。
「落ち着け。前線に投下されるわけではない。後詰めの制圧部隊として派遣される予定だ。当方に限っては、戦闘中に増援として用いられる可能性もあるが……」
「違う、そういう問題じゃないッ」
彼が声を荒げたのは、自覚してのことではなかった。
「なんでッ……! 俺たちは誰かを傷つけるために、この学び舎で学んでいる訳じゃないはずだ。なのにッ」
「……今更だな。当方たちが学んでいるのは、殺人術だぞ」
「恣意的な解釈だ! 俺たちは人殺しになりたくて入学した訳じゃない!」
机を叩き立ち上がる。東雲は一切表情を乱さない。
だが食堂にいる人間は何事かと二人を見た。多数の視線が、冷却剤のように白熱した頭脳を鎮めていく。
深く、深く息を吐きながら、一夏はテーブル席に腰を下ろした。
「言ったはずだ。ISの最も効率的な運用は、必然として敵の殺傷にある。争いがある限り、高性能な兵器の使い手は、戦場から逃げられない」
「それは……」
声色は平坦だったが、彼女の言葉は世界の真理として今まかり通るものだった。
違和感を覚える方がおかしいのか、と一夏は表情を歪める。
代表候補生は、戦場に立つことを常に意識しているのか。
──何を今更。学園が戦場になったとき、お前はいつも最前線に立っていたはずだ。
脳の奥底、どこか冷たい部分が、嘲るように指摘する。
頭を振った。
絶対にその言葉に屈してはいけないと、心が叫んでいた。
「東雲さんは今……争いの存在を前提においたよな?」
「肯定」
考えを何度も確認して、一夏は自分の発言に矛盾がないかチェックした。
矛盾以前に、どだい現実味のない、理想論だということは分かっていた。
「……だけどさ。争いなんて、本当は存在しないと思うんだ。人間が自ら、火種を生み出して、それが燃え広がって、後で嘆くだけ……」
「だから最初からなければいいと、そう思い至る者が、現れるのだろうな」
間髪容れない切り返しに、一夏は面食らった。
東雲はパンケーキの載っていた皿を見つめたまま、言葉を続ける。
「何もなければ良いと。
「……ッ」
東雲が一夏の顔を見た。
紅の瞳には、底知れぬ感情が渦巻いていた。
「忘れるな、我が弟子。存在と平和は決して直結しない。ただそこにある、それだけで争いは起きるぞ」
「……だったら、どうしろっていうんだ」
「当方には分からない。其方なら、もっと良い解決策を思いつくのかもしれないが……当方の存在は、当方が最強であることを示すために存在する。故に実のところ、争いとは相性が良い」
な──と、一夏は絶句した。
東雲は言葉は、そこだけを切り取れば戦争を肯定していた。
だが彼女はゆっくりと首を横に振る。
「言葉が足りなかったな。当方は、当方とあらゆる争いの相性が良いことを理解している。されど、争いを肯定するつもりは毛頭ない」
「…………」
「おりむーはどうするつもりだ」
問いは、必然としてオータムの言葉を想起させた。
『近々恐らく、亡国機業に対する徹底的な殲滅作戦が実行に移される。お前はそれに関わるな』
(──ふざけるな)
関わるな、だと。冗談じゃない。
級友が戦場に向かう。死線をくぐる、本物の戦場へと。
それを知りながら黙っているなど、織斑一夏にできるはずがない。
「終わらせよう」
「ほう……? 何をだ? 如何にだ?」
試すような問いに、一夏は決然として答える。
「俺の友達が巻き込まれそうになってる争いを、俺たちの手で終わらせる。世界中に手が届くことはなくても……今の俺にできることを、やらないままでいたくない」
「ならば協力しよう」
返答は──思わず、一夏が呆気にとられてしまうほど、鮮やかだった。
「……え?」
「其方が望むものは、当方も望むものだ。当方は其方の願いを全身全霊で叶える」
師匠のこれ以上無く力強い言葉。
一夏はぐっと拳を握り、テーブルの上で頭を下げた。
「ありがとう、東雲さん……!」
「感謝するには早い。まずは合流地点から、敵との接触ポイントを割り出さなくては──」
二人がそうして、軍事行動への独自乱入を計画していたとき。
「おもしれー話してるじゃねえか」
割って入った声は、燃え盛る炎のように活発だった。
ガバリと振り向けば、いたずらっぽい笑みを浮かべる美女が佇んでいる。
「け……ケイシー先輩……!?」
「よっ」
大胆に胸元と太ももを露出するよう改造された制服を着こなし。
アメリカ代表候補生──ダリル・ケイシーがそこにいた。
「オレでよけりゃ、協力してやれるぜ。作戦が決行される海上基地の座標、知ってるからな」
「え、なんで……ていうか、先輩も代表候補生じゃ?」
「応とも。フォルテのやつも招集されちまった。しかしな、アメリカは福音──まあ、新型のISを試験投入しててよ。オレは今回だけお役御免なのさ」
一夏の問いに、ダリルは苦笑しながら答えた。
それからすっと、その壁を感じさせない笑みを消して。
「で、なんで座標を知ってるか。それを説明するためにも、改めて自己紹介しとくわ」
「はい?」
もう知っている、と言おうとして。
彼女の名乗りがそれに先んじた。
「オレのコードネームはレイン・ミューゼル……スコール・ミューゼルと同じ、火の家系に連なるミューゼルの一族、その末席さ」
どこか吹っ切れたように言い放った、ダリルに対して。
師弟は無表情のまま、顔を見合わせた。
「…………?????」
「…………?????」
「ん? あれ? なんか反応薄くね?」
一戦交えたと聞いていたのに、東雲は露骨に戸惑っていた。
とはいえ当然のことである。
東雲はダリルに目を向けると、訝しげに問う。
「スコール・ミューゼルとは誰だ?」
「お前がギタギタにした金ピカISに乗ってた女だよ!!」
ダリルは絶叫した。
デュノア社襲撃の際、東雲令の手によって撃墜されたと聞いていたのだが──
(叔母さん、名乗りすらできずにやられたのかよ……!)
十本使わせただけでも大健闘である。
「ミューゼルって一族は炎の家系、遙か昔には神の火を管理する役割だった」
IS学園の廊下を三人で歩きながら。
先導するように前に立つダリルは、滔々と語っていた。
「神の火……?」
「ああ。火ってのは神様がくれたものだって神話が、現実だと信じられてた時代さ。まつりごとのたびにミューゼル家は、保管していた神聖な火を運んで、それを祭壇に移していた」
遡れば紀元前にすらその記録は残っているという。
スケールの大きな話に二人が戸惑うのも無理はない。
「だが現代になって、長女が反旗を翻し、一族をほとんど滅ぼした。その女は名前を神の火をかき消す者としてスコールに改めた。そして世界の裏側で連綿と続いてた犯罪組織……『亡国機業』と合流し、今やその頭領にまで上り詰めた」
それが現在のスコール・ミューゼルの
「スコール・ミューゼルはそして、オレの叔母でもある。血のつながりってのはやっぱ呪いになり得るもんだな。オレは『亡国機業』のスパイとして入学して──今こうして、反逆してるってワケだ」
「……ッ」
こともなしに言われ、一夏は反応できなかった。
声色には薄く──気づかれないよう巧妙に隠していたが──後悔も罪悪感もこもっていたのだ。
だが、と一夏は頭を振った。
「あの、ケイシー先輩」
「おいおい、オレはレイン・ミューゼルだって──」
「いいえ。貴女は今、ダリル・ケイシーなんだと思います……だって、サファイア先輩のためですよね、俺たちをけしかけてるのは」
今度は、ダリルが言葉に詰まる番だった。
「だからそれでいいんです。レイン・ミューゼルとしてじゃなくてダリル・ケイシーとして動いているのなら、貴女はダリル・ケイシーだ。だって……自分が何者かを決めるのぐらい……自分で、やりたいじゃないですか」
「……ハハ。そうだな」
ダリルは一度頷き、また、そうだなと口にした。
「それで、質問なんですけど──『亡国機業』って何なんですか?」
一夏の問いは抽象的な代物だった。
気にはなっているのか、東雲も頷いている。ダリルは歩みを止めないまま、数秒唸ってから口を開いた。
「詳しい発祥についてはオレも知らねえ。だが……いわゆる終着点だな」
「終着点?」
オウム返しの問いに、ダリルは少しの沈黙を挟んだ。
「……この世界には、色々と裏がある。国家の暗部だったり、『亡国機業』だったり……だけど元を正していくと、どれも中世に行き着く、らしい」
「ちゅ、中世……?」
ミューゼル家よりはマシだが、また随分とスケールの大きな単語が出てきた。
困惑する一夏に対して、だよな、そうなるよな、とダリルは苦笑いを浮かべる。
「ああ。中世に、ある一人の男が、気が狂ったとしか思えないことをやり始めた。
「……その中の一つが?」
「ああ。そして『亡国機業』はその中でも、
顎をさすりながら、一夏はしばらく考え込み、それから次の問いを発した。
「他の組織と連絡を取り合ったりはしていたんですか?」
「親交を結ぶほどじゃなかったな。ウチとは正反対の、人類の更なる繁栄を求めていた分流が一つ確認できていたんだが……近年潰えたらしい。なんでもそこは、あらゆる面において現人類を上回る、『
「なんていうかこう……悪の組織の天下一武道会みたいですね……」
一夏は普通に引いていた。
今まで暮らしてた世界が、水面下ではそんなとんでもないことになっていたとは。
「さて、と」
学園の校舎を出れば、そこは学園外部へISが発進するためのカタパルトデッキだった。
ダリルはレール傍に設置されたコンソールを叩きながら、二人に問う。
「で? 行くのか?」
「……行きます。俺の、俺たちの手で、戦いを終わらせたいです」
「イイ顔してんじゃねえか」
ダリルは一夏の背中をバシバシと叩き、それから東雲を見た。
「お前はどうすんだ? 明日には召集されるって話だったが……」
「──無論、向かう。おりむーが行くのなら、当方はその隣にて剣を振るう」
揺るぎない声だった。
命令違反であり、相応の罰が下されることは容易に想像できる。
それでも東雲は迷うことなく、参戦を表明した。
(──究極の、人類)
東雲の目は、見ている。
並んで会話しているダリル・ケイシーと織斑一夏。
二人は同じ場所、同じ時間を生きているが、決して同じ存在ではないのだと。
(──あらゆる面において、既存の人類を上回るスペック)
東雲の目は、見抜いている。
織斑一夏の、既存の人類と呼ぶには無理がある高性能な肉体。
(もしも。もしも当方の推測が正しいのなら)
卓越した観察眼──
東雲の双眸は、静かに一夏を見つめていた。
(せ、精力とかも……すごいのかな……受け止めきれるかな……)
Q.抜きゲーみたいな思考しかできない
ミューゼル家とか亡国機業の発祥とかは全捏造です
次回
61.亡国機業討伐作戦