【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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61.亡国機業討伐作戦

 ──大西洋、ポイントα-39.12。

 そこには今、各国から集結したIS部隊により構成される多国籍軍が展開していた。

 

『……緊張しているのか?』

『ば、ばか言いなさい。あたしだって伊達に代表候補生じゃないわよ』

 

 空母ごとに国家が分かれている中で。

 後詰めの部隊として派遣されたIS学園生徒の代表候補生らは、通信で会話していた。

 学年こそ同じだが、軍属という点でやはり経験値はラウラが勝っている。鈴を新兵(ルーキー)として扱う声には、からかいの色が多分に含まれていた。

 

 当然、彼女たちとて戦場における心得はある。

 学園で運用する際にかけられていたリミッターは全解除し、今や身に纏う鋼鉄の鎧は、名実共に、敵を倒すための兵器となっていた。

 

『……人類史上初の、ISを用いた軍事行動、か』

『教科書に載るんだろうね。とはいえ、相手は無人機がメインだって予想されてるけど』

 

 簪は緊張した面持ちで、自分の参加している作戦が歴史に残る代物だと吐露した。

 励ますようにシャルロットが言葉を返すも、普段より幾分か元気がない。

 

(無理もありませんわ。昨日まで、普通に学校にいましたもの……友人に、何も言えないまま、ここに来て……)

 

 セシリアは甲板に佇み、腕を組んで水平線を見つめながら唸った。

 敵の海上基地は目視できない。明日の夜明けと共に、多国籍軍は精鋭部隊を主軸に据えた第一陣を送り込む。その中には当然、ドイツ軍の虎の子である『シュヴァルツェ・ハーゼ』の部隊名もあった。

 

(有人機がここまで攻め込んできたとしたら、()()()()()()()()()……わたくしはその時、十二分に戦えるでしょうか)

 

 おくびにも出さないが、セシリアは深い葛藤の中にいた。

 ISは──彼女にとっては家を守る手段であり、後付けとして、運命のライバルと雌雄を決する手段でもあった。

 軍事行動に参加して殺し合いを演じる可能性は予期していた。説明もされた。だが実際に戦場の風を身に受けたとき、最初に現れたのは恐怖だった。

 

(……わたくしは……)

『セシリアまで黙っちゃってさー。ここはほら、修学旅行の夜みたいなテンションでいきましょ!』

 

 恐らく同様に、決意の定まっていない自分を鼓舞するため、鈴が場違いに明るい声を上げる。

 だが。

 

『例えば最近見た映画的な……ッ?』

『……? 鈴、どうしたの?』

 

 言葉を切り、モニターに映る鈴が勢いよく顔を横に向けた。

 視線の先には、未だ水平線しかない。

 

『なんか、今、ゾワってきた』

『何?』

 

 

 ──刹那、だった。

 

 

 アラートが鳴った。

 全員、弾かれたように前方を注視した。

 本拠地と推測される海上基地は、未だ目視できない距離。

 

 だが、水平線の向こう側から──濛々と、ミサイル雲が伸びている。

 

「先制攻撃──!?」

「自動迎撃システム……照準が追いついていません! ジャミングかと……!」

 

 艦上が騒然とする。

 放たれたのは実に20を超える弾道ミサイルだった。

 あんなもの、一定距離を切れば炸裂しただけで甚大な被害が出る。

 多国籍軍がパニックに陥る、その寸前。

 

 

「──1つ」

 

 

 蒼の光条が、ミサイルを貫いた。

 爆発と同時、雲を吹き飛ばすほどの威力がまき散らされ、空間そのものが悲鳴を上げる。

 誰もが恐る恐る、レーザーの発射元を見た。

 

 イギリスより派遣された、偉大なる女王の名を冠する大型航空母艦。

 その飛行甲板に佇む、蒼い装甲を身に纏った金髪の淑女。

 

「2つ」

 

 理論射程距離を大幅に超過した超長距離狙撃が、また一つ、ミサイルを穿つ。

 誰もが戦慄と共に彼女の名を口にした。

 

『──セシリア・オルコット……!』

 

 十二分に戦えるかという問いの答えは、ここに示された。

 一切の淀みもなく、彼女は狙撃を続行する。

 撃ち抜かれたミサイルは空中で爆炎を噴き上げ、大きな破片を散らしながら海へ墜落していく。

 

『……さすがだな。素直に、賞賛の言葉しか出ない』

『この距離で命中……セシリア、モンド・グロッソに今すぐ出られるね……』

 

 ラウラとシャルロットが、通信を開いてセシリアを讃えた。

 しかし。

 

「……いいえ。撃ち抜きましたが、どうやら本命はここからかと」

『え?』

 

 狙撃手の冷徹な瞳は見ていた。

 砕け散ったミサイルの破片──それら一つ一つが()()()()()()()()()()()()

 

「ミサイルではなく、無人機を輸送する飛翔体ですわ! ──ゴーレム・タイプが来ます!」

 

 セシリアが即座に四機のビットを展開すると同時。

 スコープ越しに、紅い複眼が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡国機業本拠地──『ウェーブ・ウィーバー』。

 中枢管制室にて、オータムは椅子に腰掛けながら多数のウィンドウに目を走らせ、指示を出していた。

 

「防衛戦は本領って言ったが──あれは嘘だ。どう考えても私には電撃作戦がお似合いだろ」

 

 投影したウィンドウは、巨大な俯瞰図に付随する形で各無人機の視界も映し出している。

 先制攻撃を迎撃こそされたが、戦力投下には問題ない。

 ゴーレムだけではなく、有人機──本拠地に残っていた『モノクローム・アバター』隊員も同時に仕掛け始めている。

 

「詰めの一手には少し時間をおくが……案外簡単に撃退できちまいそうだなこりゃ」

 

 橙色の髪をなびかせて。

 オータムは、ちらりと後ろの様子を伺った。

 

「で、スコール。お前はどうする?」

「そうねえ……日本代表が接近してきたら、『ゴールデン・ドーンΩ(オメガ)』で対応するわ。あるいは」

 

 亡国機業が頭領──スコール・ミューゼルはオータムの目を見て頷く。

 

「東雲令が来た場合も、雪辱を果たさせてもらわないとね」

「ハッ──期待してるぜ」

 

 これ以上無い死地において。

 女傑二人は視線を交わして、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園からの緊急コールを無視し続けて、通知を遮断し、数時間。

 

「冷静に考えて俺たち千冬姉に殺されるんじゃねえかな」

「当方もそんな気がしてきた……」

 

 コアネットワークによる位置表示機能を切った状態で海面スレスレを飛びながら。

 一夏と東雲は、のんきな会話を交わしていた。

 だがそれも長くは続かない。

 

「そろそろポイントが見えてくる──が。どうやら事情が変わっているようだ」

「……ッ」

 

 まず東雲がそれを感知した。続いて、一夏も『白式』による指摘を受けて気づいた。

 

(戦闘が始まってる……!? 東雲さんの合流予定時間よりずっと早い……先制攻撃されたのか!)

 

 即座に機能を立ち上げ、周辺海域のマップを表示した。

 主の意思をくみ取り、『白式』が目測で戦闘領域とダリルが教えた基地座標を地図に刻む。

 

(俺たちは一直線に海上基地を目指してた。ここから方向を変えれば、戦闘領域に真横から突っ込む形になる。だけど……)

「──乱戦気味だな」

 

 一体何を見て何を聞いたのか。

 東雲はなんてことはないかのように、遙か先にて行われている戦闘を読み取っていた。

 

(……ッ。俺たちが横から加勢しても、効果は薄いか。むしろ多国籍軍が展開している状態だったなら、防戦になったとしてセシリアたちが危機に陥っているとは考えにくい。それなら俺たちがやるべきことは、迅速な本拠地への突入……か?)

 

 彼女の示したデータを元に進路を決め、一夏はマップをはたくようにして消した。

 

「このまま直進して、俺たちは基地を奇襲しよう」

「了承。しかしどうやら、直進するなら障害があるようだぞ」

 

 言葉と同時。

 一夏もまた、自分たちの前方に蠢く敵軍を発見した。

 

(ゴーレム・タイプ──!)

 

 既に火蓋が切られている戦場には遠すぎる。

 直進する気配もない。むしろ迂回するようなコースをなぞっていた。

 即ち。

 

(──別働隊! 討伐部隊を背後から奇襲するつもりか……!)

 

 一夏の脳内で、戦場の俯瞰図が更新された。

 

(まずいな……乱戦気味になってるのに、後ろからこいつらが仕掛けたら総崩れになる可能性が高い……)

 

 演算が加速する。最終目標を設定した上で、それを達成するために必要な行動を逆算する。

 今自分が成すべきことは何か。回答は瞬時に弾き出された。

 

「──こいつらはここで叩く。俺たちならできる、よな?」

「当然だ。最後まで自信を持て」

 

 言葉を交わすと同時、二人は爆発的に加速した。

 ステルス機能を脱ぎ捨てた吶喊を、ゴーレム群が察知しないわけもない。

 行軍を中断し、散開して両腕のビーム・カノンを一夏と東雲へ向けると。

 

「一つッ!」

 

 その時にはもう、『白式』と『茜星』は間合いを殺し尽くしていた。

 すれ違いざまの一閃が、ゴーレムⅡの上半身と下半身を分断する。結果に頓着することなく一夏は敵軍の中を縦横無尽に駆け巡る。目についた敵を片っ端から叩き切る。

 タッグマッチトーナメントの際に現れた新型でなくて良かった、と一夏は心の底から安堵した。この個体はデュノア社襲撃において多数投下された量産モデル──囲まれたとしても対処は容易い。

 

「数ばかりごちゃごちゃと──!」

 

 文字通りの、鎧袖一触。

 白と紅で構成された嵐が、鋼鉄の群衆を片端から食い荒らしていく。波濤と化して、世界最強の再来とその弟子が、敵軍を猛然と蹴散らした。

 

(ここで消耗するのは避けたい! 東雲さんは平然と飛び込んでたけど大丈夫か!?)

 

 片手間にゴーレムを両断しながら、一夏は師匠へ目を向ける。

 彼女の周囲でも次々と無人機が切り飛ばされていた。しかし振るわれているのは、平時用いられる深紅の刃ではない。

 

「業物とは到底呼べんな」

 

 使い潰したブレードをぽいと投げ捨て、東雲は次の無人機へと組み付き、振りほどこうとする動作を完璧に封じながら、べきりと片腕をもぎ取った。

 東雲は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分の武器として振るっていたのだ。

 

(──敵の武装を使っているのか! 流石は我が師……!)

 

 おかしなことやってるという指摘は、ついに弟子からは入らなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんッだそりゃああああああああああああっ!?」

 

 別働隊が数分足らずで壊滅に追い込まれたのを受けて──リアルタイムで戦術指揮を執っていたオータムは絶叫した。

 モニターには獅子奮迅の活躍を見せた一夏と東雲が大きく映し出されている。

 本来あの別働隊は、討伐部隊の横へ回り込み奇襲をかけることで勝負を決める、渾身の一手だったのだが。

 

「無双ユニット特有のクソムーブをすんな! テメェらは三隻同盟かよ!? やっぱり無理ゲーじゃねえかこれ!」

 

 頭をかきむしりながら絶叫する幹部の後ろ姿を見て、スコールは嘆息した。

 

「初動の奇襲にベテランや腕利きを集中させたのが、こんな形で仇になるとはね……なかなかやるじゃない」

「これ狙っての結果だったら見事だがどう考えてもまぐれダルルォ!?」

 

 オータムの指摘は的を射ていたが、残念ながら結果を叩き出された後では肩をすくめるしかなかった。

 

「基地内部に来るわね」

「ああクソッ……! だろうなあ、そうなるよなあ! ったく、なんでわざわざ突っ込んで来やがったんだよ馬鹿が……!」

 

 マップで何度確認しても、師弟を示す二つの光点は基地へ直進している。

 このままでは数分足らずへ基地外周へ到達し、侵入してくるだろう。

 

「私は東雲令の迎撃をしたいんだけど……ラスボスらしく、待ち構えるべきかしら」

「そのあたりの判断は任せる。私は織斑一夏をしばき倒す」

 

 並ぶウィンドウを消して、オータムが指揮席から立ち上がる。

 

「迎え撃つぞ。話はそれからだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部へ突入してからも、師弟はまるで減速することなく、突き当たりの壁をぶち破りながら海上基地の内部へと潜り込んでいた。

 

「無人機ばかりごちゃごちゃと……」

 

 すれ違いざま。

 東雲が乱雑に腕を振るい、それだけで無人機が数機まとめて吹き飛ばされる。

 とどめを刺す必要はない。迅速な中枢への侵攻にのみ注力する。

 

(前方に敵機!)

 

 鋼鉄製の廊下を直進していれば、『白式』が新たな敵の存在を感知した。

 横合いから道を塞ぐようにして飛び出す機影に、一夏と東雲はブレーキをかける。

 

「……ッ!?」

 

 姿を現したのは、明らかに既存のゴーレム・タイプとは異なるISだった。

 しかし脅威を感じたわけではない。むしろ戦闘力なら、今まで相手取ってきた無人機の方が遙かに高いだろう。

 問題は。

 

(この、装甲──ラファール・タイプか!?)

 

 黒いマネキンのようなヒトガタが、緑色の装甲を身に纏っている。

 逆に言えば、本来は人間が入っているべきパイロットゾーンに、真っ黒な機械人形が置かれていた。

 有人機と無人機をハイブリッドしたような外見。

 

「恐らくは……無人機の試作モデルだろうな」

「ああ。だけど……おかしいよな」

 

 東雲の推測に同意しつつも、一夏は首を傾げた。

 

「こんなのより高度な無人機を持ってるはずだ。なのに……()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうして今更試作型を造る必要がある?」

 

 そう──武器や装甲は最新モデルだ。無人機を製造する前に造られた、ゴーレム・タイプの始祖であるとは考えにくい。

 

(何らかの新技術をテストしていた? いやそういう機能は見た感じなさそうだ……どちらかといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思考にふける一夏へ向けて、ぎこちない動きで、無人タイプのラファールが銃口を向ける。

 その時にはもう身体が勝手に動いていた──刹那で距離を詰め、銃を保持する腕に組み付き、アサルトライフルを奪い取る。

 手に取った瞬間、ほんの少しだけ驚愕を見せてから、一夏は銃口をマネキンの顎に突きつけた。

 至近距離でマズルフラッシュが焚かれ、銃弾が黒の頭部を粉砕する。

 

「絶対防御もなし、武装のコントロールも不十分……実戦投入できるわけがないな」

 

 崩れ落ちる無人機を尻目に、一夏はマガジンの残弾数を確認しながら吐き捨てた。

 ルーキーとは思えぬ洗練された動きだった──が、東雲はライフルを見ながら訝しげに問う。

 

「どこで使い方を習った?」

「説明書を読んだんだよ──『白式』がぱっと教えてくれた」

 

 説明書──か。

 東雲はその紅目で、一夏が持つアサルトライフルを流し見た。

 

使用許諾(アンロック)をフリーで使うなんて、学園の一年生かよ」

 

 彼の発言通り、IS用装備は通常、本来の使用主が許可しなければ第三者が扱うことは出来ない。

 それはISによる高度な電子的統御がなし得る技巧なのだが──

 

使()()()()()()()()()()()()()()()……自覚無しにハッキングしたのか?)

 

 アサルトライフルは決してフリーの状態ではなかった。

 一夏が手に取った瞬間に、そうであるのが当然だと言わんばかりに、使用権を奪い取ったのだ。

 何より、ISに、銃火器使用マニュアルを自動で理解させる機能などない。

 

(『白式』ではなく、ライフル側の情報を読み取ったのだろう。今日は受信感度が高い日なのか? 男の子の日的な……)

 

 最悪な例え方をしながらも。

 東雲は滑るようにして、ごく自然に、一夏の前へ出た。

 

「え──」

「気を抜いていた訳ではないだろうが、敵の察知にはまだ課題があるな」

 

 ハイパーセンサーによる感知すらくぐり抜けて。

 まさに一夏の喉へ殺到していた鋭利な脚を、東雲は腕で面倒くさそうに打ち払う。

 火花が散ると同時に()()は姿を現して、廊下の奥へと大きく距離を空けた。

 

「チッ。ワンチャンねえかなと思ったんだがな」

「わんちゃん? この拠点には野良犬がいるのか?」

「いねえよ! 海上基地なんだわここ! 野良犬に一番近いのはテメェらだよ!」

 

 ステルス機能を脱ぎ捨てて、橙色の髪がふわりと広がる。

 額に青筋を浮かべて叫びながらも、八本脚による防壁を展開して東雲を近寄らせない。

 現れたのは米国製IS『アラクネ』を身に纏う、亡国機業幹部──

 

「────オータム」

 

 唯一の男性操縦者に名を呼ばれ、彼女は気だるげに視線を逸らした。

 本来ならばこの場にいるはずのなかった相手──だというのにこうして相対していることに、少なからぬ因縁を実感したからだ。

 

「東雲令は通れ。ウチのボスからの指名だ」

 

 オータムは端的に告げた。

 

「リベンジマッチだそうだ……まあどっちかっていうと、あいつなりのケジメなんだろうけどな。ああ、織斑一夏、お前はダメだぜ。ここで私と個別指導だ。美人なおねーさんの言うこと聞けない悪ガキにはお仕置きしなきゃいけねえ」

 

 思いがけない展開に師弟が揃って硬直する。

 正確に言えば一夏は絶句し、その間、東雲はその場で数瞬のみ、オータムを注視した。

 展開されている機体とオータムの右目を見て、数度頷く。

 

「我が弟子──結論から言う。まともに相手取らず迅速な退避を推奨する。今までとは比にならない強化が成されているな。正面からの打倒は、当方では八手、或いは九手必要だ」

「!」

 

 八手或いは九手──即ち、日本代表と同格の可能性すらある。

 無論機体の設計思想や武装種などの相性もあり、単純な比較はできない。しかし誰がどう考えても、織斑一夏が単独で相手取っていい敵ではない。

 

(……そうだ。学園で会ったときにも感じた。どういうわけか、今までより格段に強くなってる……ただでさえ勝ち目が薄かったって言うのに、ここで無理に突っ張るのは非合理的だ)

 

 冷静な思考が、理論的に結論を導き出す。

 しかし一方では、白熱する思考が叫んでいる。

 ここで退いたら、終わると。織斑一夏という男は、永遠に東雲令の隣に並ぶことはなくなると。

 

「東雲さん、ごめん。俺は──」

「──()()()()()()()()?」

「ッ!」

 

 完璧に理解できたわけではない。

 けれど東雲は知った。知ることが出来た。

 人間なら誰しもに、退いてはならない瞬間というものがあるのだと。

 

「推奨する、と言っただけだ。決めるのは其方自身……ならば全身全霊を以て当たれ。そして、勝て──可能性はほとんどゼロだが、それを踏み越えてみせろ」

「……ああ。ああ……! 分かりましたよ、我が師……!」

 

 これ以上無い激励は、これ以上無く一夏を奮起させた。

 勝利がゼロに等しい? 今まで通りだ。ゼロではない、その微かな光を引き寄せて、最後につかみ取れば良い。

 東雲のように、勝利を絶対のものにできなくとも。

 一夏は最後の最後に、敗北を出し抜けば良いのだ。

 

「では、通させてもらうぞ」

「はいよ」

 

 茜色の装甲を身に纏ったまま、東雲はオータムの横をするりと抜ける。

 すれ違いざまに、両者の視線が交錯した。

 

「……手は出さないのか? てっきり私を倒してからスコールのとこに行くと思ったが」

「馬鹿を言うな。連戦になれば当方の敗北は必至だ。むしろ其方が仕掛けてこない方が意外だ」

「フン……所感だが、お前と織斑一夏が揃っちまってると、スコールの勝ち目はなくなる。これがベストなんだよ。一対一ならどちらにも勝機があるからな」

 

 戦闘に関する二人の嗅覚は鋭い。

 この場においては何もしないこと。それが自分たちにとっての勝利条件であることを認識していた。

 

「まあさっさと終わらせて、スコールの加勢に行くのがこっちの勝ち筋だな。あのガキの死体も引っ張ってくれば、少しは動揺してくれるか?」

「戯れ言を──()()()()()()()()()()()()?」

 

 東雲が小声で放った問いに、オータムは舌打ちした。

 反応を確認して、黒髪の少女は満足げに頷く。

 

「どうやら今まで勘違いしていたようだ。其方は、当方が考えていたよりも、善人なのだな」

「ああ? こちとら悪の組織の女幹部だぜ? ほら、お前より断然胸もデケェ」

「胸の話はやめろ。殺すぞ」

 

 真顔で言われ、オータムは東雲もジョークを言うことがあるのかと少し驚いた。

 まあ、これジョークじゃないんですけどね。

 

「ともかく当方は迷いなく亡国機業を討滅する。そこは変わらない」

「私もだ。お前らをぶっ倒して、必ずこの世界を終わらせる。そして──」

 

 続く言葉を、オータムはかろうじて飲み込んだ。

 戦場の中で自分の願望を口に出すなど、馬鹿馬鹿しい。

 

「──さっさと行けよ。お前がいると後ろから不意打ちされそうで怖いんだ」

「出来るならするとも。此処はお言葉に甘えさせてもらおう」

 

 東雲がスラスターを噴かし、廊下の奥へと突き進んでいく。

 残されたのは──オータムと一夏の二人だった。

 

「…………さて。何しに来たのか、一応聞いておくか」

「決まってるだろ。この戦いを終わらせに来たんだ」

 

 抱えていたアサルトライフルを放り捨て、一夏は鼻を鳴らした。

 幾つもの戦場を共に越えてきた愛刀を構えて、彼は両眼に焔を滾らせる。

 

「ああ、はいはい。思春期特有の万能感が暴走しちまってるみたいだな。黒歴史がこれ以上ひどくなる前に引導を渡してやるよ」

 

 オータムもまた、言葉とは裏腹に迎撃態勢を取った。八本脚が蠢き、両手にカタールが召喚される。

 

「今日ここで、お前らの野望は潰える。世界は終わらない。終わらせない……!」

「いいや、終わりだ。世界は終わる。私たちがこの手で終わらせる……!」

 

 視線が交錯する。

 戦意を充填したそれは、ぶつかり合うだけで空間を拉がせるほどの圧が込められていた。

 

「今此処にある世界を守る! そのためには──」

「今此処にある世界を壊す! そのためには──」

 

 譲れないものがある。そのために、今を生きている。

 だから、相対する敵の存在を許す道理など一分たりともない。

 真っ向からにらみ合い、両者は歯をむき出しにして叫ぶ。

 

 

『──お前が、邪魔だッ!!』

 

 

 加速は同時だった。

 刃が激突し、火花が、一夏とオータムの顔を凄絶に照らした。

 

 

 

 









一夏パート→東雲パートの順番なので
次回と次々回は東雲あんま出ません
ご容赦ください



次回
62.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(前編)

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