【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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古戦場期間中に投稿とかできるわけないでしょ(ヘラヘラ)


65.世界最強の再来VS亡国企業頭領

 王の間。

 海上基地『ウェーブ・ウィーバー』においては情報集積・中央管制を兼ねたマザールームとして機能を持つその空間。

 そこで今、世界最強の再来と亡国機業首領が相対していた。

 今頃、織斑一夏とオータムの戦闘も佳境に入っているだろう。しかしそこに思考を割く余裕はお互いになかった。

 

「──ようこそ、東雲令。随分とせわしない海上遊覧だったわね?」

「イルカが見られなかったのは心残りだ。ここまで来ると、金色のハリネズミしかいないからな」

「誰がハリネズミ科ハリネズミ亜科よ」

 

 東雲の表現通り、スコールの専用機『ゴールデン・ドーンΩ』はかつてと比較して大幅な外見の変更が施されていた。

 全体的になだらかな曲線を描いていたフォルムは、過剰エネルギー排出機構を備えた鋭利なブレードを全身に装備することで刺々しい印象に変貌している。

 特徴的だった左右一対の巨大な鞭は肥大化し、機体の五倍近い質量を誇っていた。

 腰部に連結する尾も意志を持っているかのように躍動し、先端部を東雲へ向けている。

 

「随分舐めてくれてるみたいだけど……あの時の私と思わないほうがいいわよ」

「その言葉、そのまま返そう」

 

 結果は勝利だったが、十本の太刀を費やしたあの戦いは、東雲にとっては屈辱的な辛勝だった。世界最強でもなく日本代表でもなく、世界を脅かすテロ組織のボス相手に、何かが違えば敗北したような接戦を強いられた。

 次はもっとうまくやる。そのために必要なパーツは何か。

 自分自身の技量を、もっと高みへ。もっと鋭く、もっと疾く──

 

 ()()()()()()()()

 

 ダメだ。東雲は絶えず進化しているが、求められる領域へ至るには時間が足りていない。

 世界最強の再来ではなく、世界最強の領域。半歩踏み込んだ、という自覚はある。だが足りていない。足りていないのだ。

 織斑千冬ならできた。織斑千冬ならしのいだ。織斑千冬なら勝てた。

 事実はこれ以上無く正確に認識できてしまう。力量差を自覚し、欠点を理解しているからこそ分かってしまう。

 

 いつか至る境地。

 だが世界の流れは待ってくれない。

 ならば──無理矢理にでも、先取りするしかない。

 

 東雲のアンサーはこれ以上無く明快だった。

 

 

「本気モードだ」

 

 

 同時──拡張領域(バススロット)より展開される、最新にして最強の紅鎧。

 全身の装甲がスライドし、今までにない量の過剰エネルギーを放出。スコールの視界を埋める紅い粒子の壁。巨大な不死鳥の羽撃(はば)たきが如く、赤が空間を染め上げる。

 防御のための堅牢さを捨て、瞬間的なスピードとインパクトを生み出すための重りの役割に特化した鋼鉄装甲。今までとは違う、という感覚の訴えが、スコールの喉を干上がらせた。

 

(これは──専用換装装備(オートクチュール)……!?)

 

 最後に頭部装甲が顕現。女神すら嫉妬する東雲の貌を、血のように紅い鉄塊が覆い隠した。

 強化ハイパーセンサーを内蔵するバイザーが黄色に発光、稲妻のように浮かび上がる。

 脳内の電気信号をダイレクトに読み取り反映させるシステム。東雲の脳神経から読み取った信号を先行して入力することで反応速度を底上げした新技術。

 

 それは『強襲仕様(パワーフォース)』をベースに最終調整した、東雲令にのみ許された個人戦力としての限界を突き詰めたハイエンド装備。

 それは『世界最強の再来』をある種の戦略兵器へと押し上げる、モンド・グロッソを想定するならば過剰にも程がある火力と殲滅力を備えた最終領域。

 

 

 

 その名も──『茜星・決戦仕様(ティタノマキア)』。

 

 

 

 背部バインダーが焔を模した流動エネルギーを纏い、猛り狂う。他ならぬ『白式・疾風鬼焔(バーストモード)』からヒントを得た推力機構である。

 東雲は右手を横へ突き出し、鉄の仮面の奥で瞳を閉じた。

 そして告げる。

 

「対多重装甲用溶断兵器──『焔扇(ほむらせん)』」

 

 光の粒子が集結し、身の丈を二回りするほどの巨大な剣を召喚する。

 あまりに巨大な刀身は、熱気による蜃気楼も相まって刀より扇と呼ぶに相応しい。

 常に発振し、鋼鉄を瞬時に融解せしめる超高温度が周囲にばらまかれた。東雲が佇む地点を基点に、半径十メートル以上にわたり特殊合金製の床が溶けていく。

 

「対多数目標用殲滅兵器──『花吹雪(はなふぶき)』」

 

 続けて左腕を覆うように着装されたのは、腕部増設装甲と呼ぶには()()()()

 肩口から五指の先端までを包む花色のアームド・アーマー。

 紫電を散らす本体は盾を兼ねた管理装置に過ぎず、本質は左肩すぐ傍に浮かぶ巨大なリングと、付随する十三に及ぶ剣を模した細く鋭いエネルギー射出多重砲門積層体。

 

 右手に剣を。

 左手に盾を。

 絵本の中から飛び出した騎士のように、東雲令と『茜星』はそこに居た。

 

「……随分とまあ、大仰な代物を持ち出したじゃない。それ、本当は対複数IS装備でしょう。東雲令単騎で敵勢力を駆逐するための、国防の切り札でしょう? 私に一人相手に持ち出すなんてよく許可が下りたわね」

「其方単独相手に行使する許可は得られていない。だが当方は必要であると判断した、それだけだ」

 

 それだけ東雲令はスコール・ミューゼルを脅威であると認識していた。

 ISを展開したまま玉座に腰掛けていた亡国機業首魁は、ゆらりと立ち上がり、浮遊する。

 

「なら出し尽くしてみなさい。私はそれを超えて貴女を殺すわ」

「心配無用。当方の底が知れる前に、其方の意識は断ち切られている」

 

 視線が交錯する。

 スコールもまた同様に『ゴールデン・ドーンΩ』の機構が稼働し、首元からせり上がった防護バイザーが頭部を覆った。

 貌を隠し、感情すら表には出さないまま。

 世界の命運をかけた決戦は、前触れなしに始まった。

 

「シィィィ──!」

 

 巨剣が猛った。

 山すら削り取るような威力を載せて、東雲の初手は音を砕く。

 相手を殺すのではなく、眼前の敵含む一帯をまるごと消し飛ばすための攻撃。事実として玉座の間全体がただの一振りで完全に破壊された。広間を取り囲む機器類全てが砕け散り、欠片は宙に浮いた途端融解していく。

 その中を。

 

「──く、ふふふふっ」

 

 笑いながら、スコールは縦横無尽に駆けていた。

 尋常ならざる出力を以て、東雲は軽々と大剣を振るう。大きさに見合わぬ超高速の剣戟。

 だが届かない。黄金は余裕を持って攻撃を受け流し、炎熱を無効化して輝く。

 元より決戦装備として急造の焔──機体の根幹コンセプトとして炎を扱ってきた『ゴールデン・ドーンΩ』に通用するはずもなく、熱気は熱量管制装置に捕捉され、同様の高圧熱線バリア『プロミネンス・コート』に打ち消されている。

 

「ふふふふ、はははははははっ!!」

「何がおかしい……!」

「いいえ。私の読み通りだからよ。だって貴女、分かりにくいけど──いつも()()()()()()()()()()()()()

 

 元より東雲が何の考えもなしにただ威力が高いだけの武器を召喚した訳がない。

 単純な理屈。この海上基地を落とせば戦闘は終わる。

 ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──それだけで、東雲の勝利なのだ。

 

 しかし。

 

「ハハはハハはハハはハハッ! 残念ねぇ、この広間に入った時、気づいたでしょう?」

「──指揮機能を外部に移譲したか……!」

 

 東雲令の侵入を受けて。

 既にスコールは『ウェーブ・ウィーバー』の中枢管理機能を玉座の間から別の空間へ移転していた。サブシステムを使い、今は他の幹部クラスが前線の指揮を執っている。

 振り回される破壊の凝縮体は四方を穿ち、片端から溶かし尽くしていくが──亡国機業にとっては何の痛手にもならない。

 

「さあ、一緒に踊りましょう! 世界滅亡のラストナンバーを!」

 

 スコールが攻撃に転じる。

 負けず劣らずの烈火を纏う巨大な鞭──『プロミネンスⅡ』が閃き、『焔扇』の刀身を叩いた。

 衝撃に姿勢が揺らぎ、東雲はたまらず数歩後退──即座に足場を踏みしめ、切り返す。

 鋼鉄と鋼鉄、焔と焔が互いを砕き合う。

 

「世界滅亡によほど執着していると見える。男にでも遊ばれたか──!」

「あら、貴女らしくないトラッシュ・トークね。日本代表の影響?」

 

 左腕の『花吹雪』がリング上に展開する砲身をスコールに向けた。

 放たれる破壊の本流。光を凝縮したエネルギー収束砲撃は、しかし巨大な尾に打ち払われる。あらぬ方向に飛んだ砲撃が壁を粉砕した。

 バイザー越しでも、スコールが嘲笑を浮かべているのが分かる。

 

「でもねえ、この世界、いい加減に貴女もうんざりしてるでしょ?」

「何、を!」

 

 剣を振るう速度に翳りはない。ぶっつけ本番の新たなる力を、東雲は完全に使いこなしていた。

 だが足りない。スコールは鞭と尾を自在に振るい、東雲の斬撃を的確に弾き、攻撃を差し込み続けている。

 あわや直撃という場面で『花吹雪』を放出し迎撃しているが、テンポは明らかに向こうのものだった。

 

(何だ──疾い、だけではない……反射速度の明確な向上!)

「例えば今、私の両眼で作動している──ナノマシンによる擬似ハイパーセンサー機能。ドイツが開発した神への反逆、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』」

 

 バイザーに隠されているが。

 スコールの両眼は黄金色に光り輝いていた。

 

「例えば今、私の全身を人類の限界以上に動かしている──身体組織の後天的な改造。あるいはナノマシンによる過剰修復」

 

 真っ向から飛んできた『焔扇』の斬撃を、スコールは両の鞭で挟むように受け止めた。

 即座に東雲は温度を最大限に引き上げる。オーバーロード寸前の出力は刀身の端を溶かし始めていた。だというのに有効打とはなっていない。

 

「この世界はね、亡国機業からすれば、()()()()()()()()()。欲望のために倫理を踏みにじり、強者の繁栄は弱者を犠牲にして達成される──」

「──随分と低俗な陰謀論者だな。くだらない」

 

 吐き捨て、東雲は『花吹雪』を稼働させる。

 砲身がパージされるように彼女から離れ、スコールを取り囲む。BT兵器に類似した、ワイヤーにより直結している有線式の分離稼働兵器。

 四方八方から浴びせられる砲撃を、しかし『ゴールデン・ドーンΩ』は片手間に無効化していく。単純に受け止めるだけでなく、熱線を収束して薄く伸ばした不可視のシールドを展開して弾いていた。

 

 常人なら観戦しただけで発狂するであろう、神話の如き戦いだった。

 斬撃の一つ一つが正確無比にして致死の刃。それをこともなげに防ぎ、返し、応酬を重ねる。

 理外の強さと理外の強さがぶつかっている。

 防御不可能の攻撃が視認不可能の速度で襲いかかる。スコールはこともなげに弾く。

 圧殺と轢殺と焼殺を秒単位で繰り返せるような攻撃が迫る。東雲はこともなげに砕く。

 

「対光学防御用貫穿兵器──『破魔矢(はまただし)』」

 

 不意に状況が加速した。

 永遠に続くかと思われた攻防、その間隙に、東雲が両肩の装甲から二門のブラスターカノンを展開した。

 発射──スコールの顔色が変わる。

 

(直撃したら死ぬ──回避したら斬撃を置かれている)

 

 刹那の内に構築された絶殺領域。東雲の前方数十メートル、全範囲が今、致死の結界と化していた。

 

「だったら──!」

 

 黄金色の鋼鉄機構が猛り狂う。

 加速に回していた出力全てを注ぎ込み、熱線に熱線をぶつける。

 空中で光がぶつかり合い、視界を灼いた。破壊そのものが吹き荒れ、巨人が踏み荒らしたように玉座の間が粉砕されていく。

 

 人間の視力が無為と成り果てる極光の中で。

 スコールの視界に、()()()()()()()()()()()

 

「な……ッ!?」

 

 馬鹿な、と驚愕する暇もなく、『ゴールデン・ドーンΩ』を保護する不可視のバリアが叩き切られる。

 大剣を手放し。

 バインダーから抜刀した太刀を以て、東雲は大質量兵器の領域から、一気に白兵戦の距離へと潜り込んでいた。

 

「さあ──勝負だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(勝てるか勝てないかでいうと微妙なとこだけど、多分ノリで押し切れるだろ

 

 東雲は滅茶苦茶適当な理由で飛び込んでいた。

 

(ふっふっふっふ……何せ今回の魔剣はひと味違う! 決戦仕様の武装を展開して織り交ぜてテンポ崩しつつ高火力な太刀を叩き込む、普段の完全上位互換! 計算違いが起きても今日の当方のキレなら即時修正可能! 勝ったなガハハ!)

 

 間違ってもテロ組織ボスとの戦闘で思ってはいけない内心はおくびにも出さず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」

 

 冷徹に告げて、至近距離で仇敵の顔を覗き込み。

 バイザー二枚を隔てても尚まるで減衰を見せない殺意の視線をぶつけて。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 深紅の瞳は銃口のように此方を捉えて放さない。

 スコールも理解した。

 勝負の分水嶺はここである、と。

 

 

 

「当方は──十三手で勝利する」

 

 

 

 一秒を分解して至る刹那。

 その刹那を更に切り刻んだ、閃光の時間。

 東雲の一手はそうした時間感覚の世界で振るわれる。

 越えてはならない壁を越えた者だけが踏み込める、水一滴を三度刻むような領域。

 

「一手──」

「──チィィッ!」

 

 至近距離の切り上げ。バリアが砕かれている。『プロミネンスⅡ』を振るうには近すぎる。

 回避機動。ギリギリ間に合わない。左半身を削り取るような斬撃が、黄金を砕いた。

 

「──二手」

 

 東雲はさらに踏み込む。

 スコールは炎熱を壁としてばらまきながらバックブースト──直後、パージされたはずの『花吹雪』がチャージ音を響かせた。自律稼働こそしないものの、遠隔での射撃操作。放たれた熱線が東雲の進む道を切り拓く。障害の消えたルートを直進し、唐竹割りを放つ。

 真っ向から打ち付けられた刀身が、『ゴールデン・ドーンΩ』の頭部バイザーを砕いた。

 破片が宙を舞い、隠されていたスコールの面を露わにする。

 

「三手、四手ッ!」

 

 両手の太刀を投げ捨てた。これで二本喪失。

 右の拳をスコールの腹部に叩き込みつつ、左手に格納していた『焔扇』を展開。

 既に巨剣の距離ではないはず──というスコールの疑念を裏切って。

 ()()()()()()()()()()()()()、巨人の手のように、彼女を掴んだ。

 

「な……ッ!?」

 

 そのまま柄部分に内蔵されていたジェネレーターを急速起動。

 ──敵の多重装甲に刀身を突き刺し、装甲をこじ開けつつ内部へ直接砲撃を叩き込む、遠い遠い並行世界においては『ルガーランス』という呼称を与えられた特殊兵装。それが『焔扇』の本質に他ならない。

 

(出力予測──『ゴールデン・ドーンΩ』の沈黙、どころか海上基地そのもの(ウェーブ・ウィーバー)が半壊……ッ!? 条約違反の広範囲殲滅兵器ッ!?)

 

 瞬時に出力を演算した結果を見て、スコールの表情が驚愕に凍り付く。

 ここでやっと理解する。東雲令は──本当の本気で、亡国機業を壊滅させに来たのだと。

 

「冗談じゃないッ!」

 

 看過できるはずもない。

 スコールは破砕されたバリアを即時展開し、露わになった砲口へと押しつけた。

 収束されていたエネルギーと直接ぶつかり合い、紫電が散る。

 その中で、スコールは自分の手を勢いよく突きだした。全身のブレードが鋭く光る。『ゴールデン・ドーンΩ』は、接触しただけで相手を切り刻む全身凶器としての一面もあった。

 

「……ッ!?」

 

 貫手──東雲は咄嗟に顔を横に振って回避した。頭部マスクに一筋の斬撃痕が刻まれる。

 回避する必要など本来はなかった。しかし『世界最強の再来』の感性は戦場の変化を掴んでいた。

 

(絶対防御がエラーを吐いている──タッグマッチトーナメント襲撃の際にあったジャミングか!)

(残念、今のが当たってたら即死だったんだけど──!)

 

 黄金に輝く瞳に自分を映し込み、東雲は歯を食いしばる。

 

「五手──!」

 

 直撃すれば相手の殺害は免れない。

 逡巡は刹那。()()()()()()()、と決断した。

 放出される極光。だがゼロ距離でバリアと激突し、砲口が融解する。

 その時にはもう東雲は『焔扇』を手放し、天井スレスレの上空まで飛び上がっていた。

 

「六手、七手! ……ッ!?」

 

 背部バインダーから太刀を抜刀、クロスさせつつ二刀を叩き込む。

 それに対してスコールは──エネルギー制御を手放され暴走状態にある『焔扇』を掴み取り、思い切り投げつけた。

 追加装備の経験の浅さが、相手のつけいる隙となる。

 飛んできた巨剣を横へ蹴り飛ばす。本来なら──例えば、織斑一夏ならば──瞬時に量子化と展開を行ってラグなしに対応してみせただろう。

 

「やっと見せてくれたわね、隙を」

 

 視界を金色が埋めた。横殴りの衝撃。振るわれた巨大な鞭、『プロミネンスⅡ』。咄嗟に両腕を身体との間に挟んだ。腕部装甲が瞬時に融解し、身体が大きく弾かれる。手に持っていた太刀が余波だけで砕けた。絶大な威力は絶対防御のないIS乗りの身体を穿ち、内臓がかき回される。

 東雲は床に叩きつけられ、血を吐きながら数メートル転がりそのまま跳ね起きた。

 唇の端から垂れる血を拭い、残った柄部分を放り投げる。

 太刀を四本喪失──残り九本。

 

「八手──()()()()

 

 だが世界最強の再来に一切のよどみなし。

 威力差を痛感させられた──『ゴールデン・ドーンΩ』は、至近距離においても極めて高い火力を誇っている。もはや既存の対IS戦闘理論は通用しない。小さく凝縮された『エクスカリバー』を相手取っている、と言っても過言ではない。

 決戦用装備では対応しきれない距離、通常装備では足りない火力。

 ならば、と抜刀した太刀を重ねていく。

 膨れ上がる質量。それも今までにない、()()()()()()()()()()()()()()。バインダーから自動射出された太刀を空中で受け止めているのだ。

 近づこうとするスコール相手にバックブーストをかけながら頭部ガンポッドで牽制。

 

「そんな豆鉄砲──!」

 

 被弾を一切考慮せずスコールは飛び込み、『プロミネンスⅡ』を振るった。

 その時にはもう東雲の手の中で、深紅の太刀は計六本を使い果たしていた。

 左右それぞれ三本ずつ重ねた鉄塊。迫り来る鞭へ意識を絞る。

 

 

 

「覇槌:厭離壊苦(おんりえく)──ッ!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()、という禁じ手。

 斬撃と呼ぶには重すぎた。剣と認識するには太すぎた。

 鞭に対して刀身が真っ向からぶつかり、空間を砕くようなインパクトを生む。コンマ数秒の拮抗を経て、鞭と剣が同時に砕ける。

 スコールは冷静にもう一つの『プロミネンスⅡ』を振るった。真上から叩きつけるような軌道。東雲は即座にPICを駆使して滑るように地面と平行に姿勢制御、回転の勢いを乗せて再度斬撃をぶつける。反動に耐えきれず三本をまとめた斬撃攻撃が砕け、最後の巨大な鞭もまた内部を破壊され地面に落下する。

 ──六本喪失。残り三本。

 

「九手ッ!」

 

 呼び戻した『花吹雪』を盾にして、砲撃を浴びせつつ突っ込む。

 スコールは全身から熱線を照射してエネルギー砲撃を叩き落としつつ、背部に垂れる尾を起き上がらせた。

 真正面から激突。したときにはもう『花吹雪』しか眼前に残っていなかった。

 

「──!?」

「十手──!」

 

 見上げればそこには、『破魔矢』の砲口。

 主目的を完全に無視した超射程ロングブラスターカノンによるゼロ距離攻撃。

 咄嗟のバリア構築──展開した障壁が接射を受け砕け散り、スコールの身体が数十メートルにわたり吹き飛ばされる。

 

「今のに対応するか……ッ、しかし──十一手!」

 

 過剰に出力を収束させた結果、『破魔矢』の砲口は焼け付いていた。即座にパージ。

 同時にバインダー群をPICを用いて射出。

 空中で姿勢制御したスコールは、飛来する鉄塊を反射的に尾で打ち払った。

 

 その時にはもう、加速した東雲が眼前で柄に手を伸ばしている。

 神速の踏み込みと、神速の抜刀術。

 狙い過たず、横一閃の斬撃が、スコールの首を刎ねた。

 

「…………ッ!?」

 

 ()()()()()

 飛んでいく頭部と残された身体が、溶けるようにして消滅する。

 防御が割って入るという読みが外れたことへの驚愕。それが数瞬、東雲の身体を鈍らせた。

 

(これは──熱気を用いた蜃気楼ッ!?)

「炎熱操作に関しては、一日の長があるのよッ!」

 

 背後を取られた──幸いにも斬撃が命中しておらず、手の中の太刀は健在。

 計算を修正しつつ振り向きざまに剣を閃かせる。

 

「十二手──」

「遅いわよ」

 

 スコールの残虐な声が聞こえると同時、東雲は即座に頭を振った。

 かろうじて芯を外した、尾による打ち下ろし。

 硬質な音と共に、砕け散った頭部保護マスクの左側が床に叩きつけられた。

 咄嗟の回避が間に合わなければ、恐らく中身ごと潰されていただろう。防御機構を全解除され、東雲はマスクを貫通した衝撃に頭部からの出血を強いられていた。

 露わになった左目が、これ以上無い殺意を充填して視線をぶつける。上から下りてきた血に貌が紅く染まる。

 

「ハハ──いい顔してるじゃない。私を殺したくして仕方がないって感じ」

 

 十二手目の斬撃はあえなく打ち砕かれていた。

 攻撃を読み切った、『プロミネンス・コート』の一点収束による攻撃的な防御。

 東雲のために打たれた太刀とはいえ、亡国機業の首魁を務める女の専用機相手では分が悪い。

 七本喪失。残りは二本。

 

(これでチェックメイト──)

 

 スコールは既に次の攻撃の準備を終えていた。

 巨大な尾が一度背後へ翻り、勢いを付けて東雲の頭部へ再度疾走する。

 

 

「──十三手」

 

 

 びしゃり、と返り血が、スコールの顔にかかった。

 

「──────は?」

 

 東雲がかざした左手。尾の鋭い先端は手甲を砕き、その小さな手のひらすら貫通している。

 互いのバイザーが破損し、直接相手を視認できる状態。

 だからスコールは、東雲の深紅の瞳を覗いて、この上ない恐怖に襲われた。

 

(この、女──まったく痛みに怯んでいないッ!?)

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と疑いたくなるような光景。

 東雲は己の手に突き刺さった尾を握りしめ、左手に力を入れていく。装甲内部機構がスパーク。火花を散らし、馬力だけで、べきりと尾が握りつぶされた。

 

「……ッ!」

 

 そこで気づく。

 背部バインダーからの抜刀ならば対応できる。並の人間では瞬きする間に首を落とされているが、スコールには通用しない。

 なのにこれはどういうことだ。

 

 何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──あの時、バインダーを射出したとき、まだ太刀を内蔵しているのも含めて射出したというの!? この状況になることを読み切って……!?)

 

 卓越した戦術眼が、スコールに答えを示した。

 背部バインダーを囮として射出したとき、既に東雲は読み切っていたのだ。

 己にとって有利な位置にバインダーを置き、そこから直接抜刀。コンマ数秒の短縮。それはISバトルにおいては、生死を分ける境目だった。

 

 

(いやほんと死ぬかと思った。この人強すぎ。いや……ほんと死ぬかと思った……でもまあ織斑先生に比べたらマシだったな!

 

 

 突っ込んで放った十一手と、振り向きざまの十二手。それぞれの背後では静かに抜刀し、二刀を重ねていた。確実に相手を殺すための威力蓄積。

 深紅眼がスコールを射貫く。同時、太刀の閃きが迸った。

 

 

 

「──魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)

 

 

 

 最後の一太刀が、振るわれて、

 

 

 

 

 

「──いいえ、まだ足りないわね」

 

 

 

 

 

 金属が砕ける音。

 そこに、本来在るべき、肉を断ち血の噴き出す音は存在しなかった。

 

「…………ッッッ!?」

 

 東雲が振るった太刀を、スコールが受け止めている。生命を簒奪するはずだった攻撃が、受け止められている。

 驚愕に呼吸を凍らせる少女と、凄絶に嗤っている女。

 

「……言ったわよね? 十三手で勝利すると。さあ答え合わせよ」

 

 間に合うはずがないのだ。

 人間の反射能力では、間に合うはずがないのだ。

 ここに陥穽がある。東雲は常に織斑千冬を仮想敵として研鑽を積んでいた。だから極論、織斑千冬に通用する攻撃だけが、東雲にとって価値を持っていた。

 

 逆説。

 ()()()()()()()()()()()()()()()に、東雲は対応できない。

 

「ごめんなさいね。言ったでしょ、後天的な人体改造──私は細胞一つをとっても、もう別人なの。あの時の私と思わない方がいい、っていうのはそういう意味。そうね、番外にして後追いとは言え、私も織斑姓を名乗ってみようかしら」

 

 神への挑戦。究極の人類を目指した禁忌の計画。

 結末として凍結されたその外道の設計図は、スコールの身体に反映されていた。

 最後の武器を受け止められ、身動きの取れない東雲を相手に、彼女は天使のように微笑んだ。

 

 

 

「魔剣、破れたりね」

「────()()()

 

 

 

 ガバリと顔が上げられる。血染めの瞳から戦意は消えていない。

 スコールの背筋を死神が撫でた。

 

(あの人と、織斑先生と同格? それは駄目だ。世界最強に比類する敵が、みんなを害そうとしている。駄目だ。それは駄目だ。それだけは認められない。あの人の強さは誰かを傷つけるためのものじゃない。だけどこの女は違う、なら、これは──()()()()()()()()()()()()()()()()()、敵だッ!!)

 

 撃鉄が落とされる音。

 意志の弾丸が、装填される音。

 東雲令の精神が──完全に、切り替わる。

 

「──血反吐を吐いてでも立ち上がり続け、当方は必ず勝利する。そう誓った。そう約束した。故に、織斑一夏を守るために当方は()()()()()()()()()()()()

 

 東雲は今までの積み重ねを想起した。

 世界最強と鎬を削り、愛弟子を指導しながら自身も多くの学びを得て。

 様々な人とつながって。

 様々な人と、絆を紡いで。

 

 服を選んでくれる友達。

 何度訓練を共にしてもめげない戦友。

 自分を真正面からバカと呼ぶ気安い相手。

 常識のない自分を諫める友人。

 同じ魔剣を振るい自分を慕ってくれる少女。

 同期だけだった頃にはない顔を見せる親友。

 

 ただ死んでいないだけだった自分に対して、いつも手を引いてくれた、憧れの少年。

 

 

 

 気づけば東雲は、独りぼっちではなくなっていた。

 

 

 

「理解した。理解、させられた。かつて当方が告げた言葉が、そのまま返ってくるとはな」

 

 珍しく、東雲は自嘲を露わにして呟いた。

 

()()()()()()()。当方は……スコール・ミューゼルの危険性を、十分に観測できていなかった」

「……ッ」

「彼が、みんなが笑って暮らせる世界に──()()は邪魔だッッ!!」

 

 負けない。負けるわけにはいかない。

 確定したはずの敗北をひっくり返してみせろ。

 大切な、かけがえのないみんなのために何度でも立ち上がれ。

 

 

 それこそが、『英雄(ヒーロー)』の資格なのだから。

 

 

 

「秘剣:現世滅相(うつしよめっそう)──ッ!!」

 

 密着状態。攻撃を押さえ込まれている、というのに東雲は()()()()()()()()()

 斜めに回転を加えながら、極めて不安定な姿勢で繰り出される殺人刀。

 だが東雲の認識能力と身体制御精度を以てすれば、どんな体勢でも一挙一動は必殺と化す。

 

「ぐ、ば──ッ」

 

 腕を介して身体内部へ衝撃を叩き込む。

 心臓を直接破壊することはできずとも、現状を打破するための布石。

 反動に二本重ねの太刀が砕け散る。

 これで十三本喪失。残りは零本。

 

 だから、どうした。

 

(──負けるわけにはいかないッ!)

 

 まだ東雲には武器が残っている。

 このときのために、決戦を制するために存在する兵器群。

 スコールが血を吐きながらよろめく。数秒の間隙。東雲は回転の勢いのまま即座に距離を空けて、息を深く吐いた。

 

「……今のは効いたわよ……()()()? ここからどうするつもりかしら」

 

 口元の血を拭いながら、スコールは余裕を崩さない。

 問いに対する答えは至極明瞭だった。

 

 

「当方は、勝つ」

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲がパージ、ISスーツのみの姿になる──と同時。

 広間に散らばっていた決戦兵器群『焔扇』『花吹雪』『破魔矢』が最後の力を振り絞るように呼応し、量子化──東雲の元へはせ参じた。

 

 

「これより撃滅戦術を中断し、決戦戦術を解放、開始する」

 

 

 空中で機構を展開し、『花吹雪』のリングと十三門の砲門が背部を陣取り、砲口からエネルギーを放出する。

 遅れて『焔扇』が十数のパーツに飛び散り、身体各部へ着装。刀身に該当していた箇所が放つ高熱──高度に操作され、一転して加速装置に変貌する。

 最後に『破魔矢』の砲身が()()()()()()()()。鉄片が落下する。

 露わになるのは、抜き身の刃。

 エネルギー収束機能を保持した──()()()()

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 スコールは息を呑んだ。

 弾けるような深紅が、眼前で猛っている。

 お前を殺すと──全身全霊を以て打ち倒すと、吠えている。

 

 東雲令はその隻眼に()()()()()()──平時の水面が如き静けさではなく、まるで彼女の弟子のように意志を表出させて──両手に剣を握った。

 

 

 

 

 

「さあ──勝負だッ!!」

 

 

 

 

 

 亡国機業討伐作戦。

 決着は、近い。

 

 

 

 

 








条約違反兵器、どこの企業も一つは作ってると思います(先制攻撃)


次回
66.烈剣/Phantom Task


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