「決闘ですわ!」
セシリア・オルコットは白く華奢な指を一夏に突きつけ、叫んだ。
教室はしんと静まりかえり、全員固唾を呑んで様子を見守っている。
その渦中で。
織斑一夏は──周囲を見渡して頬を引きつらせながら呻いた。
「……え? 皆なんで真剣に聞いてんの? もうこれ何度目だよ」
「そういえば今日の実機訓練は市街地想定だったよねラウラ」
「ああ。仮想体とはいえ、ビル外壁に激突すると心臓が止まりそうになるぞ。シャルロットも気をつけておけ」
「無視してんじゃねーよ」
仏独コンビが圧倒的な速度で顔を背けたのを確認して、一夏は半眼で彼女らを睨んだ。
生きていても良いと、自分を肯定する上では欠かせない大切な少女たちだが──どうも面倒ごとが絡むと途端に薄情になるきらいがある。
そういう場合に割を食うのは、120%で一夏だ。
たとえ負けず嫌いであっても、自ら進んで意味不明の修羅場に突っ込むほど彼は馬鹿ではない。迅速に離脱を図るべく頭脳を回転させていると。
「決闘を予期して即退散とは……とんだ腰抜けですわね、織斑一夏」
「──────」
セシリアがその言葉を発して、クラス全員、もう次の展開が読めた。
見れば一夏が額にビキバキと青筋を浮かべている。
「ハァ……ハァ……敗北者……?」
「?」
「取り消せよ……!! 今の言葉……!!」
「え、ちょっ、何の話ですの?」
一夏はちょっと予期しすぎていた。
言った覚えのないフレーズにキレられ、セシリアは困惑した。しかし釣れたという事実に変わりはない。
気を取り直して、セシリアは印籠のように一冊の雑誌を掲げる。
「先日ルームメイトの如月さんからお借りした雑誌に、このような記述がありましてよ」
「セッシーまた私の私物持ってきてんの!?」
セシリアが机に叩きつけたのは、もはや毎度おなじみ『インフィニット・ストライプス 番外号』である。
各地のデートスポットや男子をオトすテクニックが満載、全国籍女子必携! なのだがセシリアと一夏は編集者が知れば泣くような使い方をしている。
「この記事をご覧ください」
「──『夏の勝負水着で差をつけろ』、だと?」
開かれたページには色とりどりの水着を身に纏った美女が並んでいる。
共学の教室で男子が読んでいれば冷たい視線を浴びること間違いなしだが、今回ばかりは話が違う。違いすぎる。
「ここですわ。『夏を乗り越えるための最大の武器、それこそが水着』とのことです」
「武器……確かに水着は夏において自分を強くするための装備と言えるな。本質的にはISみたいなもんか」
「絶対違うぞ」
箒の言葉はもう幼馴染には届いていなかった。
本来なら気になる相手に見せるための、いわば恋愛という戦を勝ち抜くための武器なのだが。
残念ながら二人にとっては別の意味を持つ。
「わたくしと貴方は雌雄を決する運命にあります。それは何事においても適用される――お分かりですね」
「なるほど水着決戦か……面白ェ……!」
完全に二人の世界──この表現は箒にとっては心底不愉快だった──に入ってしまったのを見て、クラスメイトらは諦めたように首を振る。
こうなってしまえば恋愛頭脳戦もヘチマもない。
「で、どうする。また"闘る"のか」
「ラウラ、その言い方って多分、令か簪から影響受けてるよね? 絶対止めた方が良いよ」
火花を散らす馬鹿二人を見て、ラウラとシャルロットは腕を組んで考え込む。
流れとしては水着を見繕うのだろう。
つまり──
「──該当する戦場はレゾナンスってとこね。準備は出来てるかしら、簪」
「勿論」
声が響いた。
全員バッと教室入り口に顔を向けた。そこにはいつぞやと同じく、壁に背を預け不敵に笑う鈴と、隣に無表情で佇む簪がいた。
「鈴? どうしたんだ、そんな風にかっこつけて。似合ってないぞ」
「うっさいわね! あんたは似合うだろうから余計に腹が立つわ!」
箒の指摘を受けて、鈴は八重歯をむき出しにして威嚇する。
一方でスタスタと教室に入ってきた簪は、手に持っていたチケットを一夏とセシリアに差し出した。
「これは──」
「レゾナンスの特別優待割引券、ですか……」
株主や関係者にのみ配られる割引券を見て、二人は訝しげに眉根を寄せる。
渡りに船、降って湧いたような天運だが──いくら何でも都合が良すぎた。
「実はあたしと簪で、臨海学校に向けて今日辺りに水着買っとこうじゃないって話になってね。あんたたちも誘いに来たの」
鈴の解説は明快だった。
なるほど、それならばこのチケットを活用しない手はない。
「レゾナンスといえば、学校からモノレールで向かえるショッピングモールだったか」
「うん、レゾナンスで放課後に戦う……もうこれは完全に放課後バトルフィールドだと思う」
「それ以上は止めろ」
箒は慌てて眼鏡をかけた危険人物の口を塞ぎにいった。
しかし日本代表候補生は伊達ではない。素早く柔軟な動きで箒の拘束から逃れると、自分の分のチケットを指に挟んでひらひらとかざす。
「簪……?」
「違う。私は通りすがりのIS乗り……覚えておいて」
覚えるも何も既に友人だが、と箒は困惑する。
隣では(何今の名乗り……かっこいい……!)と東雲が感銘を受けていたが、誰も気づけてはいない。
「ついでにショッピングモールの映画館では平成の私物化……集大成ともいえる超大作映画が放映されている。絶対に見るべきだと思う」
「簪、あんたって布教するときほんと早口になるわよね……」
どうやら彼女のテンションがやたら高いのは、レゾナンスで映画を見ることもプランに組み込んでいるかららしい。
よく見ればチケットとは別に制服のポケットから映画のパンフレットが顔を覗かせている。一度見て、また見に行くファンの鑑である。
呆れかえる鈴だが、一夏とセシリアはチケットを片手にすっかりやる気だ。元よりセシリアに割引券が必要かどうかは怪しいが、決闘の後押しを受けて滾っているのだろう。
「じゃああんたたち、結局どーする?」
「無論行くさ。放っておいてはレゾナンスが崩壊するやもしれん」
「あはは。それはさすがに……」
シャルロットは箒の表情がガチなのを見て、そっと口をつぐんだ。
よく考えればありそうだなと自分でも判断できたのが嫌だった。
「その超大作なら知っているぞ」
「!? し、知っているの、令?」
と、今まで事態を静観していた東雲が、席から立ち上がった。
どうやらしれっと水着購入に意欲を見せているらしく、自前のストライプスを熟読していた女は意気揚々と胸を張る。
「みんなで水着を選び──過程でおりむーとセッシーの勝負も行い──映画を見て、夕食を取れば問題ないだろう。完璧なプランニングだ」
プランニングというか今日やることをただ時系列にまとめただけである。
だが付き合いの深さから、一同東雲が無表情ながらドヤっているのを察知して微笑ましくなる。
微笑んでいないのは鼻息荒く食いつく簪だけだ。
「令がついに平ラに興味を持ってくれるなんて……! 履修したのはどれ?」
「ゲームだろう?」
「ゲーム? クラヒ?」
「確か『ドラゴンクエ──
簪が絶叫と共に薙刀を振り回し始めたので、教室は一時騒然となった。
そして放課後。
「さあ始まったわね! 唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生の毎度おなじみトンチキ謎バトル! 司会はあたし、凰鈴音がやらせてもらうわ!」
「待て」
「解説は現在唯一の第四世代IS保持者、篠ノ之箒よ!」
「待てと言っているだろうが!」
レゾナンスのファッションフロアの一角。
総面積の99%を女性用水着が占める水着専門店の前に、IS学園専用機持ちは集結していた。
どこからか引っ張ってきたマイクを片手に鈴が声を張り上げ、隣で箒が顔を引きつらせている。
「なーにツッコミ役に回ろうとしてんのよ。
「お前……ッ!? よく見たら結構必死じゃないか! 私を道連れにする腹積もりだな!?」
現状、タッグマッチトーナメントにおける奮戦を受けて『最も中国代表に近い少女』と『日本国の隠し刀』という評価を頂戴した若手きってのホープ二名である。
そんな高い評価を受けているとは思えないほど、二人の目は死んでいたし、周囲にいる少女たちも重い息をこぼしていた。
「そしてもう一人の解説は──」
「──いずれ世界最強に至る者、東雲令だ。よろしく頼む」
「何で令は令でそこそこに乗り気なんだ……」
箒とは反対側。
同様にマイクを握り、鈴の紹介にあずかったのは『世界最強の再来』こと東雲令である。
「今回は『どちらが強い水着を選べるか』という勝負になるわ」
店の前で入念に柔軟体操をしている一夏とセシリアを見据えて、鈴はマイクを握る拳に力を込めた。
何故水着選びに柔軟体操が必要なのか──その問いに答えてくれる者は誰もいない。
「さあ解説の箒、あんたはどう見る?」
「…………強い水着って何だ?」
解説の疑問に、鈴は瞳を閉じて無言になった。
だが鈴を責めるわけにはいかない。
果たしてこの問いに、一体誰が答えられるというのだろうか。
「──水着に殺傷能力を求めるのは非合理的だ。恐らくは機能性こそが強さの分水嶺だろう」
東雲だ。
「真面目に解説するんだ……」
「令、だけど日本語には悩殺っていう言葉があるよ……?」
若干引いてるシャルロットの横で、簪がそっと補足を入れた。
「のうさつ」
ドヤ顔で解説を始めたのにもかかわらず、東雲は簪の指摘を受けて雷に打たれたような声を出している。解説の恥さらしである。
「よし。
「いつでも
その時、一夏とセシリアから声がかかった。
鈴は両隣の解説に目配せをし、息を吸った。
「じゃあ行くわよ──
合図と同時、選手二名が飛び出した。
水着販売店の店員がにこやかな笑みと共に近寄ってくるが、鬼剣使いとその好敵手にとっては小石にも等しい障害物だ。
一夏は素早くターンし、セシリアもまたステップを刻むようにして店員の射程から逃れた。取り残された女性店員は、眼前から客が消失して目を白黒させている。
「上手いな──
「何? 何? 僕らは何を聞かされてるの?」
東雲は文句の付けようがないほど完璧に、解説役を務めていた。
ただまあ、内容が内容なのでシャルロットが一瞬でSAN値チェックに晒される。
「いちおー言い訳すると、ほら。店員さんに捕まると大幅にタイムロスじゃない? 最短効率で水着を買うなら有効なプレーよね」
「わかる。勇気を出して服を買いに行ったのに、店員さんに捕まっちゃうと……とても、つらい……」
司会者と簪が心ばかりのフォローを繰り出した。
理論こそ筋立っている──が。
「だとしてもおかしいよね!? セシリアはさっきから店員さんの場所把握してるみたいに動くし、一夏なんて奥の男性用コーナーに向けてパルクールみたいな動きで向かってるよ!?」
「シャルロット……気持ちは分かるが落ち着け。もうここまで来ると見世物っぽくてほら、イイ感じだぞ」
「箒!? お願い戻ってきて! 僕を置いていかないで!」
解説担当その1が正気を手放しつつあった。
彼女の両肩を掴み、シャルロットがぶんぶん揺すると──ハッと瞳に光を取り戻し、箒が息を吹き返す。
「セッシーの動きは『天眼』を用いた隠密行動だな。本来は狙撃の目標を確実に捉える能力だが、応用すれば半径数十メートルの動きを掌握するなど造作もないだろう。むしろ本来のレンジを考えると……いや、水着決戦には関係のない話だったか。注目するべきはどちらかといえばおりむーだろうな。獣のようにしなやかな身のこなし。平時の訓練のたまものと言うほかないが──直感任せではない。柔軟体操と並行して店の内部構造を把握していたのか。我が弟子ながら抜け目のないやつだ」
一方で東雲は至極真面目に解説をこなしていた。
ここまで職務に忠実なのも珍しいがもう少しタイミングを考えて欲しい。
「……ッ! 見ろ、二人とも水着を選んだようだぞ」
ラウラの言葉を聞いて、一同慌てて水着販売店の中に入っていった。
既に水着を数着選択したらしく、一夏とセシリアは店員の追走を振り切って更衣室に突撃していた。
隣り合った更衣室に入る直前、数秒だけ視線を交錯させ……火花を散らし、それぞれの着替え室に赴いた。
「男女が共に服を買う際の反応とは、ああいうものなのか?」
きょとんとした表情でラウラが一同に問う。
誰も──誰も答えられなかった。
「通常時がどうなのかは分からんが……今回に限っては何も不自然なことではない。水着を身に纏う者同士の対決、これはいわば『尋常に!水着IS乗り七色勝負』だ。名乗り上げがないことの方が違和感があるな」
「ちょっと解説あんた黙ってなさい。教育に悪いわ」
これ以上ラウラの常識が歪まないよう、というかそんなカラフル謎勝負は存在しないのだと鈴は真顔で言い放った。
店員はたむろする箒らに声をかけようとうろうろしているが、誰も気にもとめない。ちょっとした営業妨害である。
「準備できたぜ」
「わたくしもですわ」
そうこうしているうちに両者着替え終わったらしい。
「では、ご開帳だな」
東雲の言葉と同時、カーテンが開く。
必然、全員が最初に視線を向けたのは一夏であった。
日々の鍛錬により鍛え抜かれた肉体美。
シンプルで飾り気のない黒のトランクスタイプの水着だったが、むしろ一夏本人を引き立てている。
「ほう──」
瞬時に東雲の眼が『世界最強の再来』のモノになる。
目を皿にする、という慣用句が陳腐に聞こえるほどの鋭い観察眼。
(────これであと一年は戦える……ッ!!)
口内では唾液が常時の3倍分泌され、紅眼なのでパッと見分からないが普通に眼は血走っていた。
もうこれ視姦だろ。
だが咎める者はいなかった。女性陣は大体同じようなリアクションをしていたからだ。はわわわ、とテンパったような声を上げつつも『ラファール』に録画させているシャルロットなんて最悪の極みである。
「あらあら皆さん、一夏さんにご執心のようで……気持ちは分からなくはありませんが、
一同が必死に想い人の水着姿を脳裏に刻んでいる最中。
冷や水をぶっかけるようにして、淑女の声が響く。
テメェ邪魔すんじゃねえよとばかりに顔を向ければ、セシリアが妖艶な色香と共に佇んでいる。
彼女は──マイクロビキニ姿であった。
「何……だと……?」
大胆に露出された白い素肌にはシミ一つない。日々のケアの結実である。
きゅっと締まった腰から下腹部にかけて広がるラインは、肥沃な土地の運河を思わせた。なだらかな線はその実、徹底的に鍛えられた肉体だからこそ描ける代物だ。
唖然とする一夏に対して、豊満そのものである身体を見せつけながら、セシリアは唇をつり上げる。
「ゴールドスミス曰く──最初の一撃が戦闘の半分でしてよ。この勝負、いただきましたわ!」
これ以上ない初動。
一夏は屈辱に目の端をピクピクと震わせ、無言でカーテンを閉める。
まさかのサービスタイム終了に女性陣がああっと悲鳴を上げる。好敵手の敗走を見届け、セシリアは小さくガッツポーズした。
「浜辺で肌を晒す勇気もないなら、大人しく
「──それを言うなら尻尾を巻くんだよ、勉強不足が過ぎるぜイギリス代表候補生……!」
切り返しは素早かった。
カーテンを閉め、たったの数秒で再度、織斑一夏がその姿を露わにする。
大胆にカットされた布面積は、脚の付け根すら覆っていない。紐に近いベルト部分から、三角形に伸びたヒョウ柄の布部分だけが一夏の股間をかろうじて支えている。
女性陣から上がった歓声はほとんど猿声だった。
──紛うことなき、ブーメランパンツであった。
「な……ッ!?」
「本当は最後の最後まで取っておきたかったんだがな……悪く思うなよ、お前がギアを上げさせた……!」
マイクロビキニ姿の淑女と、ブーメランパンツ姿の益荒男が相対する。
常人なら瞬時に正気を削り取られる鉄火場。
「──で、す、がっ! 先に一手を打ったのはわたくしですわ! 貴方のそれは所詮二番煎じッ!」
「チィッ……そこを突かれると痛いのは事実だ。けどよ、お前はファーストインプレッションのインパクトだけの勝利がお望みか?」
「……ッ!」
互いの更衣室を出て、二人は至近距離で火花を散らした。
ずいと顔を突き出して鼻と鼻がこすり合う距離。
当然──セシリアの豊かな胸部が一夏の身体に押しつけられたり押しつけられなかったり、ヒットアンドアウェイを繰り返していた。
だが両者そんな些末事に意識を割いている余裕などない。
「も、もう! ハレンチだよ一夏もセシリアも!」
「指の隙間からガン見してるお前も大概破廉恥だが……」
観客側はそうも言っていられなかった。
常識人ぶるシャルロットの卑劣な行為に箒が半眼で返すと、ややためらってから──シャルロットはそっと両手を下ろし、普通に二人をガン見し始めた。開き直りである。
「……近い。いやらしい……」
「完全に同意だけど、こう……眼福っちゃあ眼福だから、指摘しにくいのよね」
簪と鈴はやや引き気味になっているが、一応勝負なので目を離すわけにもいかず不愉快そうに見守っている。
「ていうかあたし正直どうジャッジすればいいのか分かんないんだけど──ラウラ、あんたはどう思う?」
「…………」
返答はない。
鈴は訝しげに、銀髪の少女を見やった。
「ラウラ?」
彼女は片手に眼帯を持っていた──普段は左目を隠している眼帯がほどかれている。
キィィィ、と音を立てて、ラウラの片眼が金色の光を放っていた。
「『
結局かろうじて理性の残っていた箒と鈴が選手二名を引き剥がし。
当事者たちにとっては屈辱的な──没収試合*1となった。
(カハッ……)
東雲は──思考力を通り過ぎて、言語能力を失っていた。
今までにない露出度。過去最高値をぶっちぎられ、完全に脳がエラーを吐いている。
ブーメランパンツの膨らみを血走った目でガン見するという、メインヒロインの座を叩き壊すような所業。
(ホー……ホォー……オフ、オゥフ……コホー……コホー……ウプス……フォッ……コヒュー……)
必死に言葉を絞り出そうとするが脳が追いつかない。
平時の殺戮マシーンが如き演算力は失われ、ここには限界極まった思春期女子の姿だけがあった。
(ヒューッ、ヒューッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ、ハァーッ。スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!)
なんか起死回生の呼吸をしてるけど──お前もしかして今までで一番の必死さ見せてない?
なんとか各々正気を取り戻してから、ささっと水着を購入し。
早めの夕食として回転寿司屋のテーブル席で寿司を食べ──東雲は店員が職人服なので美味しいだろうと判断して一夏の表情をガッツリ曇らせていた──簪の熱烈な希望で映画も見て。
夕暮れの道を歩きながら、全員でモノレールの駅を目指していた。
「いやあ、結構充実してたわね。平日とは思えないぐらいだわ」
「その分訓練を休んでしまったということだ。気分転換になったのは確かだが、明日からは気合いを入れ直さなくてはな」
先頭を歩くダブル幼馴染は、オレンジ色の陽光に眼を細めながらも他愛ない会話を交わし。
「興味が出た。今度、シリーズをざっと見てみたいものだ」
「本当? 見やすいの、おすすめするよ」
「僕も気になったかな。レンタル以外でも配信サービスで見れるんだよね? 確かアマゾ──」
「黙ってて」
「何で!?」
ラウラに布教しようとする簪と、余計な知識を繰り出すシャルロット。
「令さんも水着を買われたのですね。どのようなタイプを?」
「分からない……終始、当方は箒ちゃんたちの着せ替え人形にされていた……」
「それは、その……ご愁傷様ですわ……」
心なしかぐったりした様子の東雲と、苦笑するセシリア。
彼女たちの背中を見ながら、一夏は最後尾で息を吐いた。
(……ずっと続けば良いな、こういう時間が)
心の底からの願いだった。
どうか、争いなんて起きなければと。
銃声も斬撃音も、遠くに置き去りに出来たならと。
逆説──それが叶わないであろうと直感的に予期しているからこその、尊い願いだった。
(……だから俺は、俺たちは、この時間を守るためにこそ戦わなきゃいけないんだろうな)
空を見上げた。
今ここにある世界。
今ここに生きている自分。
今ここに存在する大切な仲間たち。
全部ひっくるめて──
いつも、瞼の裏には宿敵であった女の顔が焼き付いている。
彼女に向けて切った啖呵を、決して嘘にはしたくない。
(また、背負うものが増えた。裏切りたくない決意が、嘘で欺くことの出来ない過去が、増えた)
以前は重荷に感じていた。でも今は違う。
自分が前に進むための原動力。
過去の自分自身が背中を押してくれている。一夏はそれを強く実感していた。
「──あ」
その時。
考えにふけっていたのが一区切りを迎えた空白に、するりと別の思考が滑り込んだ。
「やべ、すっかり忘れてたな……」
「む? おりむー、どうかしたのか」
頭を掻きながらぼやけば、少し前を歩いていた東雲が足を止めて振り向いた。
「ああいや……ここで言うのも変だけどさ、東雲さん。頼みがあるんだ」
「む?」
最後の力を振り絞っているような、橙色の光の中で。
黒髪の少年は、同じ色の髪の少女に、真正面から。
「付き合ってくれ」
世界が、止まった。
(もう付き合ってるが……?)
付き合ってねえよバーカバーカ!
(となれば人間関係でなく、買い物に付き合って欲しいという意味か。忘れていたとも言っていた。恐らく買い物をしたかったところ、今日はすっかり頭から抜けていたのだろう。まったくしょうがないなおりむーは)
本来なら勘違いといえど一時の多幸感に身を包むべきタイミングで、東雲はこれ以上なく冷静に事実を看破していた。
(ということはアレだな。買い物デートか。にしても買いたい物ってなんだろう……ハッ! 今の当方とおりむーに不足しているもの! 将来設計こそしっかりしているが、保証する実体物がない状態……ッ!? まさか──指輪、か──!?)
指輪プレゼントしてもメリケンサックみたいに扱いそうで嫌だよ……
次回
69.巨乳VS貧乳