やっとだよ
──
愛と希望のために世界を救うか。
己の大切な存在のために、罪なき少年を誅殺するか。
是非もなし。
それがお前の信念ならば。それがお前の正義ならば──貫き通すが良い。
覚悟せよ。大いなる使命のために小さき者を踏みにじることを。
理解せよ。正義を背負う本当の意味と、己が銀翼の真なる矮小さを。
その想いの根底こそが、致命的な矛盾とも気づかずに。
私は貴様の愚行を嗤いはしない。
単一の目的を設定し、それに邁進する姿は実に眩いものだ。
悲哀と憎悪を炉心にくべ、より高みへと飛翔する姿は実に美しいものだ。
──ならば。
狂い哭け、祝福してやろう。おまえの末路は“英雄”だ
モノレールに乗り、海を越えた。
目的地の駅までは十五分と少しで着いた。先日も訪れたショッピングモール、レゾナンス。
ことあるごとにIS学園生徒が買い出しに来るので、店のラインナップは大きく若者向けに舵を切っている。
「あ、一夏。アクセサリー類ってどうかな」
「んー……悪くないんじゃないか。俺はどういうのがいいかさっぱり分からねえけど」
ファッションフロアに繰り出し、一同はそれぞれ気になった店にばらけて商品を物色していた。
一夏が適当に女性向け雑貨店を眺め、『入りづれえ……いや……入りづれえな……』と足踏みしていると、背後からシャルロットが現れて店内に導いてくれたのだ。
必然、店員からは完全にデート中のカップルを見る目で見られている。一夏はまるで気づかないまま、シャルロットはデート気分に胸を高鳴らせている。
「僕はこのネックレスにしようかな。普段使い出来そうだし」
彼女が手に取ったのはシンプルで飾り気のないシルバーネックレスだった。
首を傾げながら、一夏は隣に置いてある商品を指さす。
「こっちのハートのやつとかは?」
「どういう服に合わせるのか、っていうのを考えると良いんじゃないかな。ハートはちょっとね……」
苦笑するシャルロットに対して、一夏は自分のセンスが信用できないことを確信した。
もしも『いやでも白いワンピースにこのネックレスとかは?』と続けていれば『一夏ってゼロ年代のエロゲーにハマってたオタクみたいだよね(笑)』と冷笑されていただろう。流石に再起不能は免れない。
(ファッション関連は鬼門だな……)
炊事洗濯等の主婦に求められるスキルこそ揃ってはいるが、年頃の乙女の感性自体は持ち合わせていない。
門外漢が手を出して良い領域ではないなと一夏は判断した。
実はこの判断はかなり致命的なミスであり、『好きな相手からのプレゼント』ならば箒は飛び跳ねるほど喜んでくれるのだが──この辺りの理解を一夏に求めるのは酷な話だった。
(となると、このフロア自体が俺にとっては敵地なのか。迅速な撤退が最適解だな)
鬼剣使いの判断に迷いや逡巡はない。
即座の撤退を打ち出すと、シャルロットの肩を叩く。
「うん? どうかした?」
「俺、別のフロアを見ようと思うんだが」
「あっ……そっか……」
デートの終わりは呆気ないものだった。
「……ねえ、一夏」
「ん?」
きっとここを逃せば、二人きりになれる時間は当分来ない。
予感がした。その予感が、シャルロットの背中を押した。
「さっきラウラが、言ってたよね」
「え?」
「今の自分がいるのは、君と出会ってからの時間があったからだ、って」
陳列棚に並ぶ煌めきを流し見ながら、シャルロットはそっと一夏の服の袖をつまんだ。
「僕も、例外じゃなんだよ? 君は鈍感だから、ちょっと難しいかもしれないけど」
「──お前までどうしたんだよ、ったく……」
今日は随分と、今までの日常を想起させられる日だ。
臨海学校という大きな節目を前にしているからだろうか。
「もう。真面目に聞いてってば」
「そう言われてもな……俺は、俺に出来ることを必死にやってきただけだ。みんなの何かが変わったっていうなら、それはみんなが掴み取った結果だ。俺がどうこうしたワケじゃないだろ」
「分かってるよ。だけどね、一夏は
きっかけ。
一夏はその言い方なら納得できるなと頷いた。
「ありのままの僕を、知ってくれたから。心を解いてくれたから、僕は一夏の隣に居られる。君の隣に居ようと思えるんだ」
想起する。今隣に居る少女の人生は、余りにも凄絶だった。余りにも、困難と障害に塗れていた。
ならば、自分がその助けに少しでもなれたのなら、それは本懐に他ならない。
「──放っておけねえだろ。大事な仲間が膝をつきそうになってるなら、支えたいと思う。それは、当然のことだ」
「……ふふ。そういうところだよ、もう」
かつてシャルロットは、人間の善性が信じられなかった。
誰かのために在れという命令に忠実な、ロボットのようなものだった。
けれど確かに、それを変えたのは、一夏なのだ。
(君が僕に、手を差し伸べてくれたから。見返りもなく、打算もなく、ただそうするべきだと想い、実行してくれたから。だから僕は、また誰かを信じられるようになった)
言うなれば、シャルロット・デュノアにとって織斑一夏とは、人間の善なる性質そのものだった。
「一夏が、僕の心に温かい力をくれた。僕はそれを返したい。もしも君がまたいつか、悩むときが来たら……思いっきり心配をかけさせてほしい。そう思ってる。だけど──」
袖をつまんでいた指を、ゆっくりと解いた。
思わず一夏が名残惜しいと感じるほどだった。
「……だけど?」
「だけどね、一夏。そうしたいのはね──」
視線を合わせて。
いたずらっぽく目元をたわませ、唇に指を当てて。
少女は砂糖のように甘く、スパイスのように痺れて、そして素敵なもの全部を混ぜた笑顔を浮かべた。
「──僕が頑張ってる理由は、アリガト、だけじゃないんだよ?」
それを聞いて一夏は。
何故か、苦々しい渋面を浮かべた。
「…………何か……企んでたり、するのか……?」
「何でそういうこと言うの?」
とりあえず自分の腹黒疑惑をなんとかしなければ──
シャルロットは身に迫った危機感を抱き始めた。
一夏は下のフロアに下りると、生活全般の雑貨店を見回った。
主婦力がものをいう台所回りの便利グッズなど心引かれる要素があったが──冷静に考えると年頃の少女に贈る代物ではない。さすがにそれぐらいは分かる。
(なんだよ……結構難しいじゃねえか……)
普通に一夏は追い詰められていた。
時刻を確認すれば、帰宅時間までのリミットが迫っている。
「あら? 一夏じゃない」
「ん……鈴か」
声をかけられた。
見ればセカンド幼馴染が同じフロアをぶらついている。
「買った?」
「実はまだなんだ。そっちは?」
「とっくの昔に終わらせたわよ。寮のルール違反にならない間接照明。和柄だし気に入るんじゃないかしら」
なんだそのこなれたプレゼントは。
一夏は愕然とした。心のどこかで、鈴なら駄菓子でも買っているんじゃないかという淡い期待があった。
「……その顔、あんたさ。あたしが駄菓子とか買うと思ってたんじゃない?」
「ぐっ……」
当然のように内心を読まれた。
だがよく見ると、鈴はプレゼントとは別の紙袋を持っている。
「……それ、なんだ?」
「フッ。よく聞いてくれたわ!」
両手に持った紙袋を掲げ、鈴はムフーと鼻息荒く胸を張る。
紙袋の中には、溢れんばかりの各種花火が詰められていた。
「海で花火したいから! 花火買ったわ!」
「お前自制心とかないのか?」
さすがの一夏も半眼で幼馴染を見やる。
何しに来たんだこいつ──いや誕生日プレゼントは既に買っている。しかし買っているからといって、コレは許されるのか。
「つーかお前、臨海学校で花火とか出来るのかよ?」
「自由時間ならいくらでもあるでしょ。あたしらは専用パッケージの調整とかあるけど、それが終わればこっちのもんよ!」
「違う違う。許可の話。千冬姉にバレないよう隠れてやるつもりかってこと」
言いながらも、一夏は姉に花火を隠し通せるビジョンがまったく浮かばなかった。
そこまで考えが回っていなかったのか、両手をゆるゆると下げて、鈴が顔を青ざめさせる。
「……はあ。しょうがねえな」
少しばかり悩んだ。
一夏にとって臨海学校は、半分は息抜きとして楽しみであり、もう半分は実機訓練の場として楽しみであった。
だから鈴の花火がしたいという要望に力添えするかは悩みどころだったが──
「俺からも、千冬姉……織斑先生に頼んでみる」
「!」
「せっかくの夏で、海だしな。俺も花火はしたいよ」
そう言うと、幼馴染は嬉しそうに笑う。
「でしょでしょ! いかにも夏ってカンジでいいわよね!」
「ああ。そのためにも土下座の練習しとかねえとな」
「実の姉に迷わず土下座の選択肢を取るのどうかと思うわよ」
鈴は半眼で一夏を見た。
「それよりあんた、さっさとプレゼント決めちゃいなさい。時間ないわよ」
「分かってる……分かってるんだけど……」
どうにもこのままでは良い案が浮かびそうにない。
気分を切り替えようとベンチに腰掛け、一夏は頭を抱えた。
自然、鈴も隣に座る形になる。
「意外ね。こーゆーの、あんたはスパッと決めちゃうと思ってた」
「いや、だめだろ。箒には……世話になった。力になってもらったんだ」
視線を床に落としながらも想起する。
あの時──トラウマのせいでISを起動できなくなり、何もかもから逃げ出したくなった時。
「
感慨深く呟く一夏に対して、鈴は真横からじとっとした視線をぶつけた。
「ああ、いや。鈴にも感謝してるさ」
「『にも』ってあんたねえ」
「悪かったって。あの状況で見放されなかったのは、本当にありがたかった」
「…………見放すワケ、ないでしょ」
ぽつりと言葉が零れた。
横を見ると、鈴は自分の爪先を見つめながら、少し目尻を下げていた。
「見放すワケない。あの時も言った。今度はあたしの番だって」
「……ありがとな」
「別にいいわよ。それに、それだけじゃない」
ブランコの要領でベンチから飛び上がり、鈴は一夏の前に着地する。
ツインテールを翻しながら、彼女は満面の笑みで彼に振り向いた。
「叶えたい約束があんのよ。それをホントにしたいなって心の底から思える、約束がね」
「……約束、か」
それはきっと、『毎日酢豚をつくってあげる』という、転校する前に交わした約束だろう。
今の一夏は、それに対する答えを持ち合わせていない。日々を必死に生きているだけでいっぱいいっぱいで、余裕がない。
分かっているからこそ、鈴は切り替えるように声を上げた。
「てゆーかさ、久々に会って、すぐ馴染んで……なんか伝えそびれてたけど」
「ん?」
「あんた、あたしがいなくて寂しかった?」
問いを受けて、一夏は苦笑する。
「当たり前だろ。そりゃ、弾や数馬はいたけど……お前がいないと物足りなかったさ」
「そっか……うん! それならいいのよ!」
ずいと顔を寄せて、鈴は一夏の目を覗き込んだ。
距離の近さに、どきりと心臓が跳ねる。それは彼女も同じらしく、よく見れば耳が真っ赤になっていた。
「あたしは何もかもつまんなかったわ。あんたがいなくて──でも、これからは一緒でしょ?」
「……そうだな」
ふと考えることがある。いつか師匠に追いつけたとして。
その時自分はどんな姿なのだろうか。自分の周りには、誰がいるのだろうか。
(……今ここにある世界を、守りたいと思う。それはきっと、
いつまでも、みんなと居られたら。
五年後も十年後も、絶えず、大切な仲間たちの笑顔を見ることが出来たら。
織斑一夏は、心の底からそう願っていた。
いよいよ進退窮まりつつあった。
鈴との会話は信念を再確認するいい契機だったが、それはそれ、これはこれだ。
「まだお買い上げになっていないのです?」
「ああ、ピンと来るのがなくってさ」
ものは試しと、再度女性用ファッションフロアに舞い戻った。
やはり何も分からないが、時間を鑑みれば早急に選択しなければまずい。
セシリアが、女性向けの雑貨店で一人冷や汗をだらだらと流す一夏を見かねて声をかけるのは当然だった。
「なんというか、無理に筋道立てて選ぶ必要はないと思いますわよ? ぶっちゃけ何を贈っても喜ぶと思いますわ」
「ホントかよ」
一夏は目の前にあった、黒いレザー製のチョーカーを手に取った。
「これでも喜ぶのか?」
「喜びますが新しい扉を開く可能性がありますわね」
顎に指を当てながら、セシリアは神妙な表情で告げた。
新しい扉とは何だろう。果てしなく気になる。
しかし、聞かない方がいい気がして、一夏は黙ってチョーカーを棚に戻した。
「だけどな……結構、箒には感謝してるんだ。だから、ちゃんと選びたいって思う」
「そういった気概があるのなら否定するわけにもいきませんわね……」
「分かってくれるか。お前にもいるだろ、そういう相手」
「…………居ますわね。今、目の前に」
数秒黙ってからの発言。
一夏は周囲を見渡して、それから訝しげに眉根を寄せた。
「……どこだ?」
「アナタ本当にそういうところですわよ」
セシリアなりに思い切った発言だったのだが、唐変木は平然と無力化した。
額に青筋を浮かべながら、セシリアは一夏の鼻筋に人差し指を突きつける。
「アナタですわ! ア・ナ・タ!」
「お、おお……なんか今の、新妻っぽかったくないか……?」
「頭にウジ虫でも湧いていらっしゃるのですか?」
ていうかそういうことはマジで箒に言え、とセシリアは半眼で唯一の男性操縦者を睨む。
「確かに……そうだな。俺もお前との出会いには、感謝してる」
「ええ、わたくしもですわ」
告げて、セシリアはその場で舞うように一回転した。
裾の長いスカートがふわりと浮く。舞台の上みたいだな、と一夏はどこか他人事のように感じた。
「待っていたのです。共鳴しながら、競い合い、高め合える相手との出会い……それをわたくしは、心のどこかで、ずっと待っていたのです」
「光栄な話だな。だけど俺は違う。待ってなんかいなかった。突然期待されて、背負わされて、何もかもが苦痛だった──それを、お前が変えた」
今までとは逆だった。
きっかけを与えて、変化の起こりになってきた一夏だが。
セシリア・オルコットだけは、違う。
「……待っていたってのは、俺の台詞なのかもな」
だって彼女がいなければ、今の自分はないから。
だって彼女と出会えなければ、自分はいつまでも燻っていただろうから。
「だから、ありがとう、セシリア。俺は──お前と会えて、本当に良かった……」
心の底からの感謝を告げて。
一夏が浮かべていたのは、優しい、日だまりのような笑顔だった。
(もしも、世界が終わる日が来ても……貴方は最後まで戦うのでしょうね)
結局プレゼントを見付けられず、別のフロアへ向かう一夏の背中を見ながら。
セシリアはそう述懐した。
予測ではなく、確信だった。
(目に宿る焔を見れば、分かります。そして……この世界は、そう遠くない内に、
それもまた、予測ではなく確信だった。
オルコット家の情報網──亡国機業が壊滅した今もまだ、戦乱は続いている。情報をキャッチしていた。
また米軍の最新鋭試作機の暴走も、耳に入っている。
超兵器の台頭により、地球のパワーバランスはひどく歪なものになった。そのまま運営しようとすれば、どこかで一気に無理が出てくるのを、誰もが承知している。
(その時……世界の行く末を左右するような決戦があるのなら。一夏さんは迷わず飛び込むでしょう。彼の世界を守るために、全身全霊で剣を振るうでしょう)
セシリアは自分の手を見た。銃のグリップを握り続け、淑女と呼ぶには角張り、力強さを感じさせる白い手。
強く、強く拳を握る。
(
「むむっ」
一つ下のフロア。
今まではスルーしていたが、一夏はここに来て鬼札を切るべきだと確信した。
彼が立ち止まっているのは、浴衣や和服のレンタルサービスを行っている店舗。必然、それらに付随する小物も取り扱っている。
(箒にうってつけのフィールド。素人知識で贈れば火傷するだろうけど……)
突破口は、ここにしかない。
意を決して一夏は店内に踏み入った。
「む。おりむーもここに来たか」
「うおッ……東雲さんもか」
踏み入った途端、入り口傍の陳列棚を覗き込んでいた師匠と視線がかち合う。
「当方は帯にしようと思ってな。既に発注させてもらった」
「お、帯か……」
「うむ。デザインなどの打ち合わせを簡単にさせてもらった。後は臨海学校の旅館に届くのを待つだけだ」
思わず一夏は頬を引きつらせた。
完全なる個人受注──必然、相応の値が張る代物だ。それを友人へのプレゼントにこともなさげに選ぶとは。
(そういやこの人、結構長いこと代表候補生をやってるはずなんだよな……なんだかんだで、住んでる世界は、違うのか……)
姉に世界最強を持つとはいえ、一夏自身は経済的に裕福だったとは言い難い。
今持っている一軒家を一括で買って以来は大きな買い物もしていない。
貯蓄額は相当に貯まっているものの、金銭感覚は庶民の域に留まっていた。
「この店はさほど悪くない……ショッピングモールに出店している分、やや大量生産品のきらいはあるが、どれも品質は良いぞ」
「へ、へぇ……」
軽く店内を見渡すが、さっぱり分からなかった。
口ぶりからして東雲は和服に縁があるのだろうか。日本代表候補生は正式な場において和装しているのだとしたら、知識量は段違いだろう。
何も分からないまま、一応商品を物色する。さすがに一着丸ごとは買えない。財布とカード残高の数字が脳裏にちらつく。
(だ、だめだ……小物類しか選択肢がねえ……)
うなだれながら、東雲が佇む小物コーナーへと戻る。
何かちょうど良いものはないかと見ていれば。
ふと、視線が留まった。
「組紐……」
それは絹糸などを編み込んで製作された、色鮮やかな飾り紐だった。
歴史ある、伝統的な工芸作品だ。
一夏はそれを手に取った。滑らかな肌触り。箒の黒髪には、特段映えるだろう。
「──これにする。これがいいな」
「良い選択だと判断する。箒ちゃんも喜ぶだろう」
直感も理論も、これが良いと告げていた。
レジで手早く購入すると、贈り物用のラッピングを追加注文する。
番号札を手渡されて、一夏は様々な浴衣を流し見ながら、東雲の元に戻った。
「購入は済んだか」
「ああ。素人知識で選んだけど……喜んでくれたら良いな」
「喜ぶさ。当方も喜ぶ。箒ちゃんだって、喜んでくれる」
師匠に背を押され、照れくさくなって頬を掻いた。
これ以上ない太鼓判である。どうにもむずがゆく、一夏は話題を切り替えようと咳払いを挟んだ。
「それならさ……いつか、東雲さんに贈り物をする時も、ここで選ぼうかな」
「当方に、贈り物?」
棚から目を離し、東雲は首を傾げる。
一夏は思わず苦笑した。
「誕生日だよ、誕生日。箒にあげたみたいに、いつかは来るだろ」
「…………誕生日。この世界に生まれた日、という認識で合っているな?」
「どこで躓いてるんだよ」
さすがに誕生日の概念を説明しろと言われたら、言葉に窮する可能性が高い。
「ていうかよく考えたら俺、知らないんだよな……東雲さんって、誕生日いつなんだ?」
「
──即答、だった。
ハッと一夏は東雲の横顔を見た。
彼女の紅い瞳には、何の感情の色も宿っていなかった。
「誕生日に該当する、当方が生み出された日は存在するのだろうが……それを当方は知らない。そもそも、おりむーと出会う前の当方は、生きていたとは言い難い。アレはただ
淡々と紡がれる言葉。
余計な揺れがないからこそ、それが純粋な当人の認識なのだと、否が応でも伝わる。伝わってしまう。
何かを言おうとして、無様に呼吸音を漏らした。かける言葉が見つからなかった。
(……おれ、は。俺はまだ、彼女のことを、何も知らない……)
今更だというのに、打ちのめされるような衝撃があった。
考えてみれば当然だ。自分を導いてくれる眼前の少女に関して、彼は何もかもを知らさなすぎる。
「……だが」
言葉を失っている一夏に対して。
東雲はふと向き直った。いつも見る冷淡な無表情だった。
「強いて言うのなら──其方と出会った日だな」
「…………え?」
数秒、呆けていた。
思いがけない台詞が、一夏から思考力を奪った。
「うむ。おりむーと出会った日が誕生日でいい。それがいいな」
「そ、そんな適当な……!」
「適当ではない。
癪に障ったのか、東雲がやや語気を荒げる。それは深い付き合いのある相手でなければ分からないほど微細なものだった。
「当方は……おりむーと。織斑一夏と出会って、やっと人生を始めたのだ。それを十全に自覚している。ただ呼吸し、敵を殺傷する戦闘マシーンではなく。東雲令という人間としての人生は……其方と出会ってから、始まったのだ」
「……ッ!」
「だから単純だろう? 入学式の日、其方が当方をトム・クルーズだなどと呼んだ時だ。あの瞬間から、当方の人生は始まった」
満足げに頷く師匠を見て、一夏は思わず息を呑んだ。
途方もない重圧を感じた──今まで、意識していなかった。ただ自然体であり続ける彼女だけを見ていた。
だけど。
(……俺が、変えた……か)
思えば楯無も同じことを言っていた。
自分は誰かの人生を変えるような、大した男ではない。一夏はそれを重々承知している。
だけど。
そんな自分でも、きっかけを生み出すことができているというのなら。
「……ああ。分かった。分かったよ……だけどな、東雲さん」
「む?」
一夏は数秒、沈黙を挟んだ。
息を吸い、意を決して口火を切る。
「
真正面から向き直り、一夏は東雲の両肩に手を置いた。
「今この瞬間が最高値じゃない。ずっとずっと、更新してみせる。勿論、俺一人じゃできないと思う……だけど、みんなと一緒なら。東雲さんを、東雲令っていう少女を、幸せに出来るはずだ」
瞳に敬愛する師匠を映し込み。
少年はどこまでも真っ直ぐに──切なる宣誓を、口にした。
(なんだ? 皆でお金を出し合って新品の
東雲だけ個別ルートCGを回収し損ねましたが、仕様なので問題ありません(震え声)
(それはそれとして、何時だ……当方が人造人間の失敗作であることを何時切り出せばいい……何時ならおりむーの同情を引ける……?)
は?
いや……は?
(どうにか同じ境遇であることをアピールして親密度を上げていきたいところだが、如何せんタイミングが掴めない。かんちゃんも言っていた。過去が重いほどに高ポイントだと! メインヒロインというものは、暗い過去を背負ってナンボだと! やっぱり当方がナンバーワン!)
もうやめて! 一夏のライフはゼロよ!
確かに感想返信では東雲は自分の境遇を理解してないと言ったが
本編ではどちらにも取れるようなことしか書いていない
つまり過去の意志を嘘で欺き設定を変更することが可能なのである(ワザップ)
まあアレですね
ライブ感で小説を書いているので脳内設定が二転三転する錯者特有のガバですね
うるせ~!知らね~!瞬瞬必生!
ゆるして(命乞い)
次回
73.