【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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ゼロワン面白すぎて見た後半日ぐらいずっとゼロワンのこと考えちゃうな


75.男の戦い

「てめえらそこに直れ! 全員叩き切ってやるッッ!」

 

 一夏は激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の女共を除かねばならぬと決意した。

 当然のことである。

 

「きゃー! おりむーが怒ったー!」

 

 悲鳴を上げているのにやたらのほほんとした動きで逃げるクラスメイトの背中を睨み、一夏は足下のスイカを蹴り上げて吠える。

 

「上等だ! お前らもスイカ畑の一員にしてやるよ!」

 

 逃げる女子達を追い回す男一人。

 場所やら年齢が違えば事案だが、流石に今回ばかりは一夏に理があった。

 

「まったく、元気ですわねあの男」

「あんなことしといて……平然とスイカ食べてるセシリアも、大概だけど」

 

 しれっとビーチパラソルの下に居座るセシリアに対し、簪は半眼で告げた。

 ほとんど首謀者というか、誰が最も悪ノリしていたかで言えば間違いなくこの淑女である。

 

「すっかり忘れておりましたが箒さん。お渡しした日焼け止めはきちんと塗りましたか?」

「無論だ」

 

 同じくパラソルの下でスイカをかじっていた箒が、神妙な顔で頷く。

 

「なんというか、肌触りの時点で普段使っているものと違いすぎて怖かったぞ……あり得ないぐらいスッと伸びていった……」

「へー、マジ? ちょっとあたしも気になるかも」

 

 一通りクラスの友人らと水遊びを終え、休憩に来ていた鈴が話に食いついた。

 それだけでなく、歓談していたシャルロットもしっかり耳をそば立てている。年頃の女子にとっては食いつかずにはいられない話題なのだろう。

 

「日焼け止め、か……迷彩用のクリームなら多少は知見があるのだがな」

「ラウラちゃん、その観点から見てもサメ避けクリームはかなり実用性があると当方は思うのだが」

「お前、もういい加減それを捨てた方がいいんじゃないか?」

 

 パラソルの下には入らず、二人で砂の城をせっせと建てていた東雲とラウラがそんな会話をしていた。

 東雲としては一夏と砂浜イチャイチャタイムに入りたかったのだが、彼氏が怒り心頭で女子達を追い回しているので後回しかと了承している。別に後日でも時間はあるのだ、焦る必要はない。

 

「織斑君! ここは尋常な勝負で決めよう!」

「何だって……? 勝負か、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい……!」

 

 そうこうしている間にもクラスメイトが一夏をうまいこと釣っていた。

 

「ここにバーベキュー用のコンロと鉄板があるよ! もう分かるよね……!(ヤケクソ)」

「──海の家対決か!」

「うん!? ……うん! そうだよ! うん!」

「上等だ……俺が一番うまく焼きそばを作れるって、お前らの胃に確かめさせてやるぜ──!」

 

 事態は即座にクラスメイトらの手を離れていった。

 どこからともなく取り出した鉢巻きを頭に巻き、一夏はアロハシャツを身に纏い両手にヘラを持つ。

 若さを補うだけの気迫があった。

 誰が見ても、海の家の店主であった。

 

「……箒」

「……なんだ」

「止めなくていいの? アレ」

 

 鈴は完全に呆れかえっていた。

 憮然とした表情でファースト幼馴染は首を横に振る。

 

「止めようとして止められるものなら、やっているさ。むしろ私よりはセシリアの方が──」

「はああああああああああああ!? あの男、何をわたくし抜きで勝負事に臨んでおりますのッ!? 織斑一夏在るところにセシリア・オルコットも在りましてよ!」

 

 話を振ろうとした矢先だった。眩い金髪の残影だけ残して、セシリアが飛び出していった。

 ばびゅーんと走って行く過程で彼女も花柄のエプロンを身に纏う。どうやらちゃっかりISのパーソナライズ機能を使っているらしい。

 

「…………箒」

「…………もう、私に話を振るな……」

 

 心底疲れ切った声色だった。

 だがそこで大慌てで立ち上がったのはラウラと東雲である。

 

「おい!! まさかセシリアが料理を作るのか!? どうして事前に言わなかった──!」

「おい……まさかセシリアが料理を作るのか? どうして事前に言わなかった──」

 

 顔面蒼白のラウラと、両手にフォークを握りそわそわする東雲。

 両者は同様に、セシリアのあとを追って走り出した。

 

「──なんていうかさ。段々分かってきたんだけど」

 

 一組生徒らだけでなく、他クラスの生徒らも何事かと集い始めている。

 職人は衆目の視線など意に介さない。一夏は黙々と野菜を炒めつつ、隣で麺を焦げ目がつくまで焼いていた。ある程度の焦げ目がついたところで水をかけて一気にほぐし、野菜を混ぜ合わせる。少量のガラムマサラを投入すれば香ばしい香りが砂浜に漂いだした。

 そんな光景を見ながら、シャルロットは立ち上がる。

 

「……何が分かってきたんだ?」

「こういうの、参加しなきゃ損なんだな、ってこと!」

 

 言うや否や、シャルロットもまた駆け出した。

 砂浜に残る彼女の足跡を眺めてから、箒は隣を見た。簪と鈴はしばらく黙った後、ゆっくり立ち上がった。

 

「ま、そーかもね。こういうの、いつまであるかも分かんない時間なワケだしさ」

「うん……楽しい思い出は、沢山、欲しいかな」

 

 二人の意見を聞いて、箒は深く頷く。

 臨海学校──なんとなく、大きな節目になる予感がしていた。

 自分にとっても、誰にとっても。

 そして何よりも。

 

(……この胸騒ぎも、気にせずとも良いものだったかもしれない。だが……)

 

 バスに乗り込む前から感じていた予兆。

 セシリアに相談してみれば、涼しい顔で頷かれた。

 

『なるほど。ではわたくしも何か起きた時はすぐ動けるようにしておかねばなりませんわね』

『え? あ、いや……ただなんとなく、だぞ。胸騒ぎがするというだけでな』

『わたくしは何かが起きるかも知れないということを()()()()()()()()()()()()。そして貴女が感覚的に、何かしらの予兆を感じ取ったのであれば──確定です。臨海学校、何かが起きますわよ』

 

 ぎゅっと、胸の前で拳を握った。

 篠ノ之箒の不吉な予感は、ほかならぬ織斑一夏に向けてだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海での自由時間を終えて。

 旅館に戻った一同は部屋に用意されていた浴衣に着替えると、夕食時までしばしくつろぐことになった。

 

「いやあ、さすがはIS学園だ。美人ばっかりだぜ」

「それすよねー。さっきすれ違った黒髪で赤目の子なんて凄かったすよ。まあ近寄りがたいっつーか、近づいたらぶった切られそうな感じがしましたけど……」

 

 夕食の仕込みを一通り終えて。

 旅館の男性従業員二人が、用を足しにお手洗いに立ち寄っていた。

 

 二人はそれなりに顔立ちも整い、旅館での仕事も十全にこなせるベテランだった。

 若さこそ失われつつあるが、休日となれば、街に繰り出し夜のネオンを我が物顔で渡り歩く猛者になる。

 人生経験の積み重ねは、二人の佇まいをいわゆる『大人の男性』に昇華していた──が。

 

「見てるだけで空間が華やぐってのはいいもんだな。お客様だから、流石に声かけたりはできねえが」

「そうすねー」

 

 声をかけさえ出来ればと想像し、男たちはニヤリと唇を歪めた。

 下心が表面に出た笑み。しかし悪意があるわけではない。老舗旅館の従業員として、プライドがあった。

 お客様相手に軟派な真似は決してしない。

 だがしないだけであって、やろうと思えば年頃の娘の一人や二人、簡単に釣ることが出来ると。

 

「……っと」

 

 そう二人が小便器に並びながら──男同士でよくある、三つある小便器の内真ん中は空ける位置取りだ──話していたとき。

 入り口から一人、少年が入ってきた。

 浴衣姿。IS学園の貸し切りである以上、宿泊客の服を着て男性用トイレに入ってくる人間は一人しかない。

 

「あ……ども」

 

 軽く会釈をしてきた少年は、世界で唯一の男性操縦者。

 

(お──織斑、一夏……ッ!?)

 

 彼が便所用のスリッパに履き替える間に、思わず二人の男の背筋は伸びていた。

 

(……ッ! 丁度いい。少しばかり確かめてやるか)

(唯一の男が持つ、男の象徴……どんなもんかねえ……!)

 

 見知らぬ相手であろうとも。

 男の『格』で負けるわけにはいかない──それも一回りは年下の少年になど──!

 

「いやあ、君も大変だろう。ウチも女所帯だが、気苦労は多くてね」

「え、はあ……まあ、そうですね。色々大変ですよ」

「先輩の言うとおりだな。オレらですらこれなんだから、織斑君はもっと大変だろう。彼女も作れないんじゃないかな?」

 

 話を振られて、一夏は苦笑を浮かべる。

 

「はは。あんまり考えられてないですね、結構忙しくて」

「そうかな。さっきすれ違ったけど……黒髪で赤目の子なんて、すごくキレイだと思ったよ。少し怖かったけどね……ああいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだとしたら男冥利に──」

 

 ──刹那だった。

 トイレの空気が、変わった。

 従業員二人の心臓がドクンと一際大きく跳ねた。背中にぶわっと冷や汗が浮かぶ。

 

(──ッ!? こい、つは……!?)

(この空気……!? スナックのママの前夫が店に来たときの、ママが発してたときの空気にも劣らないだと──!?)

 

 絶対零度の怒気を放っているのは、眼前の少年だった。

 彼は真ん中の小便器を陣取りながらも、静かに息を吐く。

 

「何か……勘違いしているみたいですが」

「な、何かな……?」

()()()()()()()()()()()()

 

 渾身の、解釈違いであった。

 そして二人を更に大きな絶望が襲う。

 一夏が用を足し始めた──その下腹部を見て、二人は顔を引きつらせた。

 

(これは──なんて男だ、唯一の男性操縦者──!)

(冗談じゃねぇッ……! 人を殺す道具かよ……!? これがかつて世界を獲った、『雪片』だっていうのか……ッ!?)

 

 暴力だった。

 圧倒的だった。

 それは、芸術ですらあった。

 

「……まあ、個人の意見ですけどね」

 

 用を終えて、一夏が手洗い場に移動する。その背後で男二人は、思わず膝をつきそうになった。

 自分がいかに矮小な世界で生きてきたのかと思い知らされた。カルチャーショックにすら等しい衝撃だった。

 

「ふ……負けたよ、織斑君」

「ああ。どこかで君を、侮っていたんだろうな……まだオレたちは一皮むけられる、そう思えたよ……」

「……?」

 

 いっそ清々しいほどの笑顔で二人に言われ、一夏は首を傾げる。

 だがただならぬその表情を見つめ直すと、深く頷いた。

 

「何のことか分かりませんが……その敗北を敗北とも思わない心。男と見込みました。頼みがあります」

「ほう──殺し文句だな」 

 

 臨海学校一日目。

 夜は、まだ長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 部屋でのトランプ大決戦は無事、東雲の優勝で幕を閉じた。

 箒としてはなんとしても一位を奪い取りたかったが、東雲の執拗な妨害──ルールを把握した途端に、馬鹿みたいに強くなった。七並べで永遠に6を止め続けるなどの悪逆非道を平然と行っていた──は他の追随を許さなかった。

 

「カード遊びとはいえ、本気でやると相応に疲れるものだな」

「そうだね。セシリアなんてまだ畳の上でジタバタしてるよ」

 

 シャルロットの指摘通り、金髪の淑女は大概のゲームで最下位に甘んじるという屈辱的な結果だった。

 

「それにしてもこの旅館は広いな。運営も大変だろう」

 

 着慣れない浴衣で動きづらそうにしながら、ラウラが呟く。

 箒、東雲、セシリア、シャルロット、ラウラは一組生徒の専用機持ちとして同室になっていた。

 今は東雲は何やら呼び出しを受けて別行動中、セシリアは部屋で暴れているため、三人行動である。

 

「ああ。男性の従業員も見かけた、力仕事が多いのだろう──と」

 

 噂をすれば影が差す、というべきか。

 夕食の場である宴会会場へ向かう道のりで、ちょうど前方に男性が歩いているのを三人は発見した。

 男性の従業員だろう。旅館のロゴが入った作務衣を着込み、彼はしっかりとした足取りで食事の盆を運んでいる。

 だが箒の観察眼は、その佇まいや足取りを見逃さなかった。

 

(相当──デキる方だな。何処かの道場でよほど鍛練を積んだと見える。しかし、何故従業員を?)

 

 立ち会えば箒といい勝負をするだろう。

 男でありながらここまで練り上げるとは、このご時世に珍しい。

 

(なんとも立派な男だ……それによく見ると身長や体つきが一夏に似ているな)

 

 短く切りそろえられた黒髪。見る者が見れば分かる、極限まで鍛えられた肉体。

 ほう、とラウラやシャルロットですら感嘆の息を漏らすほど、それは芯の通った佇まいだった。

 角を曲がるときに見えた横顔も、想い人そっくりである。鋭いとび色の瞳。見慣れた顔つき。右手首に付けた白いガントレット。最後のは致命的(クリティカル)だった。

 

 ──普通に、一夏本人だった。

 

「はあ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、箒は彼に駆け寄る。

 足音を聞いて彼は此方に振り向き、一瞬顔を引きつらせた。しかし即座に平静を取り戻し、爽やかな笑みすら浮かべてみせる。

 

「一夏、何をしてるんだ?」

「違います。僕は従業員のオリムラ・D・イチカです」

「一夏、何を言っているんだ……?」

 

 偽名としては最底辺に入るであろう代物だった。

 幼馴染の凶行を目の当たりにして、箒は思わずよろめいて壁に手をつく。

 

「お客様、どうかされましたか?」

「いや……お前、どうかしてるんじゃないのか……?」

 

 ラウラですら引いていた。

 

「あー……この料理ってもしかして、一夏が作ったのかな……」

 

 一方で彼が運んでいたお盆を観察して、シャルロットが手を打つ。

 図星である。一夏がさっと顔を背けた。

 

「お前……まさか、そこまでして令に、自分の料理を……!?」

「ぐっ、しょうがねえだろッ! ここまでしなきゃ、あの人絶対食べてくれねえ!」

 

 ちなみにこの方法では一夏の料理だとは知らずに食べる羽目になるのだが、一夏としてそれは良いのだろうか。

 

「あら、何の騒ぎですの? って──あら? 一夏さん?」

 

 その時、敗北感から復帰したらしいセシリアが後ろから歩いてきた。

 

「セシリア。えっと、かくかくしかじかでね」

「なるほど」

 

 シャルロットがハンドサインで『一夏の料理』『令に食べさせたい』『何故か従業員の格好』と伝えれば、セシリアは呆れたように嘆息する。

 訓練を受けた兵士にとっては口頭よりハンドサインの方が迅速かつ的確に情報伝達を行うことが可能だ。

 

「どうする? 頭を殴って正気に戻すか?」

「うるせえ! 俺はいつだって正気だし全身全霊だ!」

 

 叫ぶと一夏は器用にお盆を片手で持ち直し、箒に振り向いた。

 そのまま彼女を壁際に押し込むと、片手を壁につき、超至近距離で彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「箒。頼む。ここが俺の──俺の、戦場なんだ……!」

「……ッ!」

 

 キメ顔。真剣なまなざし。鼻と鼻がこすれ合うほどの距離。

 一般的に『壁ダァン』と呼ばれる必殺の恋愛戦闘技術。

 箒の胸がトゥンクと高鳴った。

 見ているだけなのにシャルロットとラウラの頬すら真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

「いや無理ですわよ。ほらさっさとお着替えなさい」

「あーーーーーーーーーー!! やめて! セシリアやめてゆるして! あああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 数十分後、苦々しい表情で客席に座る一夏と。

 やけにウキウキしながら特定のお盆から料理を食べる箒、シャルロット、ラウラの姿がそこにはあった。

 

 

 

 







最近気づいたんだけど登場しない方がメインヒロインっぽい感じにできますね




次回
76.最後の夜


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