空中で、二筋の流星が交錯する。
落ちることなく鋭角にターン、再度激突しては抜けていく。
流星と流星は繰り返し交錯し、互いの武器を叩きつけあい、命を削りあっていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「プランBを続行──死に絶えろ、
超高速の近接戦闘。翼の輝きは更に増して、一夏の両眼に宿る焔もまた猛る。
余波だけで遙かに下方の海面が砕け散る。白く縁取られた波飛沫は二人の戦いを応援するような無邪気さだった。
光の翼が微かな挙動だけで莫大な威力を生み出す。
全身の焔が炸裂し大気を砕いて噴射跳躍の加速をかける。
並の機体と乗り手であったなら、近づいただけで粉々になっていただろう。
文字通り、理外の決戦だった。
(……ッ! 速すぎて、援護が……!)
既に二機の速度は通常の
今こうして動きを観測できているのは、他ならぬセシリア・オルコットが保持する固有技能『天眼』によるものだ。
「ここからいなくなれェェェェッ!!」
「死ね、死ね、死ね……ッ!」
怨嗟をぶつけ合いながらも砂時計のように交錯しつつ跳ね上がっていく。
一夏の両眼に浮かぶ幾何学的な文様は空中に残影を残し、彼の軌道は赤いラインによって示されていた。
「手出し……できない……ッ!」
簪が呻くようにして呟いた。
根本的な速度域が違う──文字通りに、次元が違った。どこを撃っても当たらないだろうし、下手すれば偶然一夏に当たる可能性すらあった。
斬撃の線は幾重にも重なり、もはや光の波濤と化している。明らかに平時の彼を遙かに超えた動きだった。この土壇場に来て進化したのか、或いは──
(無茶だ。あんな動きをしていたら、身体がもたない!)
一つの武術を修めた箒だからこそ、焦りは実感を伴っていた。
いくらISによる保護機能があるとはいえ、今の『白式』が叩きつけている出力は、到底人の身で耐えられるものではない。
その懸念は事実である。
「ぐ、ぶ……ッ! ──らぁぁああああああああッ!」
「……!」
口の内側から血が漏れ出している。それに頓着することなく、一夏が再度加速をかけた。
十二枚の翼を自在に躍動させながらも、福音は彼の様子を見て苛立ったように
「貴様、自分が今何をしているのか、自分の行動で誰が被害を被るのか、分かっているのか!」
「何、をォッ……!」
福音のスキャンは見抜いていた。
度重なる高速機動により、彼の身体内部はボロボロに痛めつけられていた。
ISによる止血機能が追いつかなくなっている。しかし──彼の身体は片っ端から再生して、継戦を可能にしていた。
(まだ、戦える……ッ! だけど、こいつは!)
確実に自分の限界以上の力を引き出しているという自覚があった。
にもかかわらず押し切れない。一夏は紅瞳から残光を描きながら、冷静に彼女を見定めた。
(
わざと力をセーブしている。その道理が分からず屈辱に思う前に理解出来ない。
「俺を殺しに来た割には、手抜きだなァッ!」
「勘違いするな」
絶対零度の声色だった。
一夏の斬撃がいなされる。光翼が柔らかくしなり、剣線を傾がせたのだ。
驚嘆に息が止まる。交錯する過程で、一夏は姿勢を崩し、福音は即座に反転していた。
「貴様を抹殺することは手段に過ぎない。私は、貴様を抹殺することで世界を救う。その為に存在する」
振り向く暇もない。背後から十二の刺突が迫っていると分かっていた。
回避は間に合うか──否。自分の再生能力を信じるなら、攻撃に打って出るべきではないか。
逡巡が生死を決めた。福音が勝利の確信にバイザーの赤い光を強める。
刹那。
「一夏さん──!」
「!」
セシリアが彼の名を叫んだ。それだけで意思疎通は果たされた。
咄嗟の反転加速は間に合わない。だが既に一夏の足下には
身体が勝手に動いた。ビットを足場にして無理矢理跳ねる。反動に蒼いビットがひしゃげ、一夏の身体は急転換を成し遂げた。
「吹き飛べェェ────ッ!!」
「な……ッ!?」
光翼を掻い潜り、福音の眼前に『雪片弐型』の切っ先が迫っていた。
のけぞり、致命傷を回避する──が、鋭利な刃が彼女の頭部バイザーを一閃していた。
頬から左目にかけて斬撃痕が刻まれる。赤いバイザーが明滅し、光の翼が数秒、力を失った。
「やっ──ってるわけない!」
脱力して落下していく福音に狙いを絞りながら、鈴が叫んだ。
撃ち込んだ衝撃砲が着弾し、福音は
「……! PICが生きてるぞ、また来る!」
果たしてラウラの叫び通り。
フルパワー衝撃砲の直撃を受け、十メートル以上吹き飛ばされてから、福音は片手で海面を弾いて体勢を整えた。
──頭部の傷から火花が散り、それから、バイザーが赤く光を放つ。過剰な光は真っ直ぐに真横へ伸び、甲高い発光音を響かせた。
「……ッ!?」
光の翼が膨れ上がり、爆発的に福音が加速した。
「私は、私は──負けないッ! 負けるわけにはいかないッ!!」
「この野郎……!」
十二枚翼を束ねた刺突。
両眼から限界以上の焔を噴き上げ、一夏は真っ向から迎撃する。
「
(──ッ!? 出力が増してる!?)
至近距離。相手の息づかいすら感じるような間合い。
愛機がやっと、やっと解析を終えて、結果を網膜に投影した。
それは『白式』を介して、周囲の候補生らの専用機にも伝達されていく。
【対象の呼称を再定義──擬似第三形態『
『な、ァッ…………!?』
なんだそれは。知らない。その領域が存在することは知っていたが、しかし。
「人類初の……
箒は自分の機体を見た。人類初の第四世代機だ。恐らく全体の進歩という観点からすれば、此方の方が価値は高い。
だが戦場において、一騎当千の力を振るうのだとしたら、間違いなく向こう側に軍配が上がる。
「それだけ、じゃない……どんどんエネルギー反応が増大してる……!?」
スキャンモードで福音を観測しながら、簪はほとんど悲鳴に近い声を上げた。
「そん、なの、どうやって!? 第三形態だから!?」
「落ち着け! 結果だけ受け止めろ! 過程など知らん──現実問題そうなっているのなら、合わせて対処するしかない!」
ラウラの鋭い叱咤。
戦場を知る彼女だからこそ、今この場においては最も取り乱していなかった。
だが。
「違う! 違うの、シャルロット、ラウラ……! 違う……!」
「え?」
「福音も、そうなんだけどッ──」
息を吸い。
スキャンディスプレイに表示されている結果を、簪は叫んだ。
「──さっきからずっと、
『──────ッッ!?』
──気をつけろ、これ以上は『
だけどもう、音が遠い。視界もほとんど真っ白だった。
ひたすら身体が動くままに翼に火を入れ、剣を振るう。
刃と翼が噛み合うたびに世界が啼いていた。ぎしり、ぴしり、ぐしゃりと、何かが壊れていく感覚がする。
お互い、一秒の中に数十数百の攻防を織り込んでいた。見切ることはおろか、斬られたと自覚することも不可能なスピード。その中で敵の攻撃を叩き落とし、こちらの反撃を打ち落とされる。断続的に繰り返されるアクションの密度が濃すぎて、外からでは何が起きているのか分からない。
死ね。死ね。お前がいると邪魔だ。死ね。ここで私に殺されて死ね。
嫌だ。生きる。俺は生きる。生きていても良いと自分で決めたのだから、生きる。
斬撃と斬撃がぶつかり合う音は、質量という概念を抉りもっと根源へと近づいた"モノ"同士の激突だった。言い換えるならば存在同士の衝突。
互いに自分の存在を諦めたくないふたりが、どうしようもない悲痛な叫びを上げている。繰り返されすぎて最早一つの爆音と化した音波は悲鳴のようだった。
どうして、そんなにも、自分の存在を諦めたくないのか。
「みんなの笑顔を守るために……ッ!」
「彼女の笑顔を守るために……ッ!」
答えは至極明瞭。
だからお互い、絶対に譲れない────
呼吸すら忘れて絶戦に没入していた一夏は、不意に視線を横に向けた。
あまりにも露骨な隙。福音の戦闘AIが即座に罠だと判断する。急制動。止まるだけでも大気が爆砕された。
そのまま翼からエネルギー弾をばらまこうとして、中断。
一手の沈黙。これ以上無く不気味な沈黙だった。
織斑一夏は確かに、突撃してくればカウンターで迎え撃つ腹積もりだった。しかし視線を横に逸らした最大の理由は、緊急発進してきた学園教師陣の姿を捉えたからだ。問題は
だが福音の沈黙は違った。彼女が砲撃をキャンセルした理由を、一夏は真っ白な思考のまま推測し──途端に、冷や水をぶっかけられたように、今までの感覚が消え失せた。
「
一夏の背後には避難中の一般生徒ら。
戦闘のスピードが速すぎて、余波で彼女たちは何度か足を止めざるを得なかった。だからそう遠くまで避難できていない。巻き込まれうる。特に広範囲殲滅攻撃など撃てば、犠牲者は免れない。
「他の生徒を。攻撃に巻き込まれないよう……いや違う。お前は、ずっと……
射線に他の生徒が入らないよう。
それは非武装の一般生徒だけではなく、あろうことか福音に武器を向けている専用機持ちすら含めて。
不自然な力のセーブに納得がいった。
福音は翼を左右へ広げると、赤いバイザーの下で口を開く。
「私は世界を救う。私は彼女の存命するこの世界を守る。そのために貴様を抹殺すると誓った」
福音の言葉に、嘘なんて何一つないのだと。今更、一夏は強く確信した。
突然襲ってきて、けれど彼女にとっては、一夏がこうして生きていること自体が、今を生きる全ての人々にとっては害悪なのだと。
だから一夏の守りたい人々を、福音は福音の正義に則って守っているのだと。
(なん、だ──本当に、何なんだよ。誰か、説明してくれよ。なんでこうも言われる? 俺は、俺たちは一体……!)
言葉と行動を結びつけていけば。
眼前の『銀の福音』は文字通りの、救世主だった。
「故に大人しく死ね。死ね。疾く死ね……! 貴様は彼女の望む平穏に邪魔だと言っている!」
「……ッ」
怨嗟の声を受けて、一夏は剣を構えた。
一度途切れた集中はなかなか戻ってこない。相手が先ほどのスピードに迷わずシフトしたら、やられる。
しかし。
「──抹殺行動を中断。一時撤退する」
福音もまた教師陣を認めると、鮮やかにそう告げた。
翼がはためき、福音が遠ざかっていく。相手する数が増えればそれだけ、
思わず追撃しようとして膝から力が抜けた。酷使し続けた身体も精神も、限界を迎えている。
名を呼び、傍に飛んできた箒が彼に肩を貸した。
全身を汗に濡らしながらも、一夏は文様がかき消え、紅からとび色に戻った目で福音の背中を見つめた。
(……お前も。戦う理由は……剣を振るう理由は。俺と、同じ……)
同じだった。
誰かの笑顔を守るために、彼女は一人で戦っていた。
なのにこうも言葉は通じず、互いに撃ち合うことしかできない。
それが──ひどく悲しかった。
「──魔剣:幽世審判」
軽やかな納刀音と共に、東雲は冷徹に告げた。
同時、彼女の背後で巨躯が崩れ落ちる。周囲一帯は木々が根こそぎ刈り取られ、爆撃でも受けたかのような有様だった。いかなる激戦だったかを物語っている。
「……大五郎。其方は難敵だった。当方は其方を憎まぬ。人を食わねばならぬその身を、当方は憎む」
大五郎って誰だよ。まさかクマか?
「なあ、大五郎。本当は、戦って当方に殺されたかったんじゃないのか」
「グルルゥ(泣くなよ嬢ちゃん。弱者が強者に貪られるのは自然の摂理さ。オレぁずっと待ち望んでたんだよ。この血に濡れた爪が砕ける日をな)」
「大五郎…………」
「グルルゥ……(強さって何なんだろうなァ。嬢ちゃんもオレと同じだろう? 単一の最強を目指してよ。頂に届くことを夢見てよ。だけどよォ……思っちまうよなあ……誰かと、手をつなぐ……そういう強さも……この世界の、どっかにはよ…………)」
「大五郎……大五郎────ッ!!」
同じだった。
最強へと至るために、彼も一人で戦っていた。
最後の最後に言葉は通じれど、互いに殺し合うことしかできなかった。
それが──ひどく悲しかった。
大五郎は連載開始以来の強敵でしたね……
多くの読者の方から大五郎へのバレンタインチョコレートやファンアートを頂きましたが、作者として当初の予定通りに、彼の物語にここで幕を引かせていただきます。
きっと彼の言葉は、東雲のうっすい胸の中にいつまでも生きているでしょう。
大五郎、おつかれさま。
次回
80.招かれざる者たち