【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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最長文字数です……(瀕死)


84.鬼剣・(はじめ)/Invictus Soldier

 

 稲妻が雲霞を駆け抜ける。

 日が沈まんとする水平線を背景に、青い稲妻が天空を縦横無尽に疾走する。

 

 その光景を眺めながら。

 手元のコンソールパネルを叩くことも忘れて。

 篠ノ之束は、呆然としていた。

 

「……いっくん……」

 

 プランは完全に崩壊した。

 救世装置として埋め込んだ『雪片弐型』は役割を放棄し、織斑一夏に全てを委ねてしまった。

 

「だめだよ、いっくん……それじゃあ『暮桜』には勝てない……」

 

 彼女の声は、誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 第二形態『白式・零羅(れいら)』。

 前代未聞。史上初の第三形態はおろか、その向こう側に存在した決戦形態──それら二つの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ウィングスラスターの肥大化や蒼色へ転じた炎などの視覚的特徴は多々あれど、戦闘における根本的な変化は以前の『白式』を知る者からすれば一目瞭然だった。

 

「しィずぅめェェェ──ッ!!」

 

 雄叫びを上げて一夏が福音に迫る。

 確かに速度の面では『焔冠熾王(セラフィム)狂炎無影(フォルティシモ)』はおろか『焔冠熾王(セラフィム)』にすら遠く及ばないだろう。

 

(……ッ! 出力差を鑑みれば、五秒あれば殺せる! そのはずなのに……ッ!?)

 

 だが福音の攻撃は当たらない。すり抜けるようにして弾幕をパスし、雷の如き鋭角な軌道で一夏は加速し続けている。

 理屈は単純明快。

 

「我が師の攻撃に比べりゃ欠伸が出るなァッ、『銀の福音』ッ!!」

 

 ──即ち、I()S()()()()()()()

 舞台装置としての機能に振り回されることはもうない。

 機体の出力が上がるほどに自我を摩耗していくデメリットはもうない。

 

【大丈夫、あの二人が託してくれたから、もう私は一夏のためだけの翼だから!】

 

 故に『白式』は最大限の出力を惜しみなく吐き出せる。

 得体の知れない何かから後押しを受けずとも、彼は自在に空を飛ぶことができる。

 一夏はついに、人機一体の領域へと到達していた。

 

「だとしても、何故当たらない! いいや──何故当たらないように動ける!」

 

 懐に飛び込んだ一夏が、刃を振り上げた。

 咄嗟の後退で直撃こそ逸れたが、福音の胸部装甲に一筋の斬撃痕が刻まれる。

 

「それはあれだ──俺と『白式』の共同作業って奴だ!」

【ご祝儀は暖色か紫色の袱紗(ふくさ)に入れて持ってこないとダメだかんね! あっ、学生だったり社会人1~2年目だったりしたら二万円でもセーフだから! 無理して三万円にしなくてもいいよ!】

 

 疾風鬼焔を前提として再構築された装甲。

 即ちこの形態は──常時『疾風鬼焔(バーストモード)』であり続けることを可能としていた。

 福音は愕然とした。一夏はもう先ほどまでの、第三形態の向こう側の領域には居ない。だというのにこうして食らいついてくる。

 

【あと最近は白ネクタイじゃなきゃダメって感じでもなくて、逆にご年配の方っぽくなっちゃうから要注意だね! 親族だったらシルバーカラーが安定で、友達ならパステルカラーのネクタイだと華やかでイイ感じだよ!】

「ごめん、『白式』さっきから何の話してんの!?」

【機能封印されている間、暇なときにネットで色々読んだんだ! いかがでしたか?】

「キュレーションサイトじゃねえかッ! いらんもん読むな、検索するときに『-いかがでしたか』って付けろ!」

 

 ここぞというタイミングで発動する切り札に非ず。

 今までは鉄火場の最終決戦、勝負を決めるタイミングでのみ引き出されてきた極限の戦闘技術。

 織斑一夏の基本状態が、それにすげ替えられている。

 正しくソレは──人間が人間であるままで到達しうる、可能性の極地!

 

「お前絶対漫画とかも読んでただろ! 何を学習した! 言え!」

【ヘルシングと漫画版封神演義とガンスリハガレンスラダン寄生獣幽白稼業ベルばらCCさくらを読んだよ】

「そのラインナップは──何で? いや、何で? 何でそんなピンポイントで名作読んだ? 怒るに怒れねえ!」

【あと……ハンタを……】

「ああ、うん……そっか……」

 

 それはそれとしてこいつらマジでうるせえな。

 

「ふざけるなァァァァァッ!!」

 

 実に同意できる怒りと共に、福音が翼を炸裂させる。

 今度こそ逃げ場のない殲滅攻撃。海上であり、周囲に飛び交う候補生らも殺害対象と認識したからこそ出来る、条約をまとめて十数は粉砕する掟破りの大出力。

 候補生らに退避を叫びながらも、一夏は自ら福音に対して加速をかけた。

 

「シールドモード!」

【らじゃー!】

 

 同時、左腕を突き出す。

 増設された腕部装甲がスライド、蒼炎を吐き出し──それは渦を巻くようにして多角形の盾を象った。

 元より攻防一体の焔。こうして障壁として役割を果たすことには何の不足もない。

 

「ぶち抜けェェェェェェェッ!!」

「な……ッ!?」

 

 弾幕を貫通する純白の刃。

 引き絞られた矢が狙い過たず的を射るように。

 一直線に飛び込んで、一夏が振るった刃が、福音の本体を捉えた。

 

(翼は無視する! いくら剥ぎ取ってもキリがねえ、本体を叩くッ!)

 

 劇的な覚醒を果たしたとしても、一夏のやるべきことは変わらない。

 愚直に、シンプルに、自分にできることを一つ一つこなしていく。

 

 敗北の可能性を順次排除していけば。

 その先には、勝利への飛翔が待っていると──彼はもう、知っているから。

 

 

 

 

 

 

「出力差は絶大、それでも……か」

 

 復帰を果たした一夏の背中を見ながら。

 候補生組は、この男に惚れ込んだのは間違いではなかったと、熱に浮かされたような瞳になっている。

 しかし。

 

(ただ、今のわたくしたちでは、足手まといにならないのが精一杯ですか……!)

 

 セシリアは好敵手の更なる覚醒に歓喜しながらも、同時に全体の俯瞰図を冷静に見取っていた。

 彼は前に進んだというのに、自分たちの無力さは何も変わっていない。

 厳然として立ちはだかる現実を相手に臍をかんでいた、その時。

 

【大丈夫──ここから先は、皆で飛べるから!】

 

 『白式』の言葉は、間違いなく自分たちに向けられていた。

 次の瞬間、バチリと、各々の全身に電流が駆け巡る。

 

「これ、は──!?」

 

 ラウラは愛機を駆け抜けた紫電と、その結果を見て驚愕の声を上げる。

 漆黒の装甲各部を迸る、スカイブルーのライン。炎こそないが、光の線に沿うようにして、不可視の力場が展開されていた。

 

「まさか、ラファールが『疾風鬼焔(バーストモード)』を使ってる!?」

 

 同様に機体が鮮やかに変質したシャルロットの叫び。

 見れば基礎スペックが跳ね上がり、身体にも力が湧いてくる。

 

「名前がダサいので変えて欲しいのですが……」

「セシリアお前今なんつったよお前ッ!」

「ああ、すみません。一夏さんにとってはかっこいい名前なんでしたわね」

「マジで覚えてろよこの野郎!」

 

 唯一、セシリアだけは驚きよりも別の感情が勝っていたが。

 だけど。

 

「これで、私たちも──!」

「さっさと行くわよ! あいつにばっかいいとこ取られて、たまるもんですか!」

 

 少女たちはそれぞれ、スラスターに火を入れて飛び立つ。

 もう観客ではない。観客でいることなど、我慢ならない。

 

 巨大な翼をはためかせる大天使(アークエンジェル)相手に。

 六人の戦乙女(ヴァルキリー)たちが、牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 雲海を駆け抜ける。

 銀翼の救世主がまき散らす破壊の渦を、紙一重で回避。

 自分と機体が一つに溶け合っていくような感覚。だがそこにはもう、自分でない自分が暴走する気配は感じられない。

 世界にはもう、自分と福音の二機しかいないのかと錯覚しそうになる。

 だが。

 

(──ッ!? セシリア、来るのか……!?)

「そこ──!」

 

 直感的に第三者からの攻撃を感知し、微かに横へずれた。

 次の刹那に青い光条が閃き、福音の翼が一枚、根元から吹き飛ばされる。

 

「忘れてもらっては困ります! わたくしがここにおりましてよ!」

 

 ライフル射撃しつつBT兵器を分離させ、セシリアが自身の存在をアピールした。

 思わず福音の視線がそちらに向き、だが直後に翼を背後で展開する。顕現した絶壁に鈴が放った不可視の砲弾が吸い込まれ、火花を散らした。

 

「一夏! こいつをぶっ倒すまで何度でもやるわよ!」

 

 衝撃砲を放つ肩部バインダーを、青い光のラインが通っている。

 それぞれの機体が爆発的に性能を向上させた状態。

 視線を巡らせた。先ほどまで安全域に退避していた六人の専用機持ちが、戦闘領域へと突入してきていた。

 

「箒さん、シャルロットさん! 右側から引きつけてください!」

「了解だ、上手くやってみせるさ!」

「エネルギー残量が心許ない、みんな急ごう! 箒、ちょっと乗らせて!」

 

 加速機構を解放した『紅椿』の上に、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』が乗る。

 二機まとめての超スピードを実現するのは、『疾風鬼焔』の光を纏った展開装甲。

 

「簪さんは二人のフォローを! 後ろにはわたくしとラウラさんが!」

「了解、追撃する……!」

「防御は任せろセシリア! 思いっきり撃ち込んでやるといい!」

 

 司令塔の指示を受けて各員が持ち場へと散る。

 その流れに取り残されて──思わず一夏と鈴は顔を見合わせた。

 

「……あれ? あたしたちは?」

「もしかして帰れって言われてるのか?」

「そんな訳ないでしょうがッ!? この状況でどこをどう考えたら帰宅する余裕がありますの!?」

 

 青筋を浮かべてセシリアが怒鳴る。

 

「お二人はお好きにどうぞ! 結果的にはそれが最適でしょう!?」

「ああ、そういう──」

「──なるほどね。理解ってんじゃんあんたも!」

 

 長い付き合いの二人は顔を見合わせて獰猛に笑うと、同時に飛び出した。

 もしも福音が機械でなければ、息を呑んだだろう。

 

(なん、だ。もう私と渡り合える存在は居ない。だから私の勝利は揺るがない。そのはずなのに。なのにどうして──さっきより追い詰められている、と感じるのだ!?)

 

 福音には分からない。

 先ほどよりも、織斑一夏たちが強くなっている理由が、分からない。

 

 だが理由は明白だ。

 世界を救済する機構よりも。

 誰かの為に戦える男の子の方が、ずっと強い。

 そんなことは当たり前なのだ。

 

 

 だって彼には──()()()()()()()()()()()()

 

 

「6秒後に接触するぞ(コンタクト)!」

「了解!」

 

 弾幕を大きく迂回しつつ、箒とシャルロットは鋭角にターン。

 迎撃をシャルロットが撃ち落とし、すれ違いざまに箒が福音の翼を一枚切り飛ばす。

 

「チィィ──浅い!」

「この装備で深追いは出来ないよ、早く離れてッ!」

 

 一撃当てて離脱を試みる箒たちを、背後から福音が撃とうとする。

 そこに『打鉄弐式』が放った荷電粒子砲が割って入った。

 

「邪魔をして……!」

 

 薙刀を持つ少女へ福音が忌々しそうに翼を向ける。

 だが臆することなく、簪は距離を詰めた。連続して撃ち出される荷電粒子を銀翼が弾く。

 

「邪魔はそっち! もういい加減、一夏を放っておいて!」

「捨て置けるはずがない! 世界を見捨てろと!? 私は、私は必ずこの世界を救う! そのために織斑一夏を抹殺すると宣言したッ!」

 

 薙ぎ払われる翼──だが簪は薙刀『夢現』を片手に持ち帰ると、()()()()()()()()()()()()()()()()

 マルチロックオンシステムではない、手動による連装ミサイル制御。

 

(何、を──!?)

「吹き飛ばして、『打鉄弐式』……!」

 

 肩部ウィングスラスターがスライドし、高性能ミサイルの赤い弾頭が顔を覗かせる。

 直後に爆発じみた炎と轟音が上がった。

 放たれた八連装ミサイル。福音の翼を弾くには火力が足りていない。

 

 ──翼を、弾くのなら。

 

「ぐ、ぅぅぅッ」

 

 放たれたミサイルが()()()()()()()()()()()()

 至近距離の爆風が、意図的にPICをカットしていた『打鉄弐式』を乗り手ごと吹き飛ばした。

 

「な……ッ!?」

「もらった……!」

 

 自身へのダメージは『疾風鬼焔』が発生させる力場が受け止める。

 跳ね飛ぶようにして加速した簪が、福音の頭上を取っていた。

 

(しかし、迎撃は間に合う!)

 

 全方位へと稼働し、瞬時に伸縮あるいは細分化が可能な銀翼。

 不意を打たれたからといって、対応が遅れる道理はない。

 自分に銀翼の切っ先が向いたのを確認して、簪は──唇を微かにつり上げた。

 

()()()──?」

『──完璧ですわ/だ!!』

 

 同時、二方向からの砲撃が、簪への迎撃を吹き飛ばした。

 第三世代機『ブルー・ティアーズ』と『シュヴァルツェア・レーゲン』による遠距離狙撃。空中にてビットとライフルを連動させ一斉に撃ち込んだセシリアと、岩場に陣取り砲撃態勢を取っていたラウラ。

 仲間が生み出した絶好のチャンスを見逃すはずもなく。

 

「せあああああああああッッ!!」

 

 狙い過たず、複合装甲すら断ち切る超振動の刃が福音の右肩に食い込んだ。

 火花がスパークし、確かな手応え。

 だがさらに刃を押し込もうとした時、福音が、その超振動を続ける刃を、右手で掴んだ。

 バイザーの赤い光が揺らめく。思わず簪は息を呑んだ。

 

(……ッ!? まずい、捕まった!?)

「簪! それ捨てて離れなさいッ!」

 

 信頼できる仲間の叫び声──それを聞いて簪は即座に『夢現』を手放し後退。

 遅れて翼が彼女が居た空間を薙ぐ。コンマ数秒間に合わなければ、簪の上半身と下半身は分かたれていただろう。

 そして入れ替わりに飛び込んだ鈴は、翼の薙ぎ払いを飛び越えると、そのままの勢いでくるりと一回転。

 

「叩き堕としてあげるわ!」

 

 重力加速度+PICによる推力+スラスターの加速を載せた踵落とし。

 寸分の狂いもなく、それは簪が残した『夢現』の柄頭を叩き──刃を福音の内部へと突き込んだ。

 

「しまッ──」

 

 咄嗟に福音は内部の乗り手へ刃が突き刺さらないよう、身をよじった。

 パイロットの負傷は避けられたが、そちらを優先したせいで機体損傷が避けられない。後ろ側へと刃が抜けて、砕けた装甲が海に散らばった。

 銀翼が光を失い、福音が落下する。

 周囲に敵影がないことを確認してあえて重力に身を任せ、薙刀を引き抜き、投げ捨てる。

 

「…………!」

 

 着水直前でPICを再起動。

 銀翼を爆発的に広げながら、()()()()()()()。余波で海が砕ける。だが福音は直立姿勢のまま、正面にいる──正面で、福音を待っている彼を見据えた。

 

「待ってたぜ、福音」

「──織斑、一夏」

 

 愛刀を肩に載せて。

 彼は長い付き合いの恋人とする、デートの待ち合わせみたいに──そこで福音を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 静寂だった。

 六人の戦乙女たちは息を呑んで、彼と彼女を見守っていた。

 

「……新たな力を。それも、定められた方向性から逸脱した力を得たようだな」

「ああ。お前にとっては不服かもしれないけど、さっきのインチキみたいなパワーはもう店じまいだ」

 

 告げて、一夏は『雪片弐型』の切っ先を海面に向けた。

 微かな身じろぎだけで、彼の全身から放出される力場が荒れ狂い、海面を荒らす。

 

「だけど、本命はこっちだ。これでやっと……正真正銘、俺が相手だ。退屈なデートにならないよう気張らせてもらうぜ」

「戯れ言を。むしろ機体との同調率は跳ね上がっているだろう? 恐らく貴様は、補助機能全てを失った状態。機体が認可を出せば『零落白夜』を最大出力で放てるということだ。私が貴様を討つ理由に変わりはない」

 

 告げて、福音は翼を真横へ広げた。

 連動するようにして海が啼き、白い荒波があちこちへと起き上がる。

 

「そうかもな。だけど俺と『白式』は、その道を選ばない。そうだろ、相棒」

【一夏、デートってどういうこと?】

 

 声にはこれ以上ない殺意が込められていた。

 

「……悪かったよ。今のは完全に俺が馬鹿だった」

【そうだね。それで、デートってどういうこと?】

「前置きなしにバグるのやめてもらえるか?」

 

 緊張感のないやりとり。

 だがこの一人と一機は、世界を簡単に滅ぼせる力を秘めているのだ。

 

 だから、許せない。

 彼女が笑って暮らせる世界に、こいつらは要らない。

 

「つまり織斑一夏。貴様はこう言いたいわけだ──死なないと。貴様が、勝つと」

「……ああ、そうだな。俺は生きるよ、福音。俺たちは生きる。どんな命だって、一つだ。どんな命だって、同じ重さだ。だから俺たちは必死に生きている」

「巫山戯るな。()()()()()()()()()()()。貴様達は……その綺麗事を謳いながらも、確実に、見捨ててもいい生命を区別している」

「そうだな。俺が言ったのは、理想論だ。俺だって誰かの力になりたいと思っても、結局は、この手の届く場所までしか助けられない」

 

 だけど。

 一夏は言葉を切ってから、改めて福音と視線を重ねた。

 

「だけど──俺はそれでもと言い続ける。俺だけじゃ手の届かない場所でも、みんなと力を合わせれば、きっと届く。そう信じるから、誰かが誰かを粛正してしまうような意見は、受け入れられない」

「そうか──ご高説だな。貴様のような理想論は人を引きつけるが、やがて器量を見せるために愚か者ですら受け入れてしまう。そうして内側から腐っていき、気づけば孤立するか己も愚か者になるかしかなくなる」

 

 意見はどこまでも平行線だった。

 だからもう、後に続く行為は一つしかなかった。

 

【OPEN COMBAT──諦めないで。どうか最後まで、その気高さを失わないで!】

 

 相棒の切なる願いを受けて。

 一夏は青い翼をはためかせる。

 

「私は勝利する。この世界を──彼女を守るために、必ず!」

 

 手に入れた祈りを胸に秘めて。

 福音は銀色の翼を炸裂させる。

 

 海が割れ天が啼く。

 最後の決戦は、そうして火蓋を切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 互いに真左へ加速──超高速で流れゆく視界の中、照準を絞る。

 

「カノンモード!」

【らじゃー!】

 

 左腕の増設装甲がスライド。先ほど見せた前面に防壁を展開する形態ではなく、装甲が浮き上がるようにして変形した。

 内部に『疾風鬼焔』の焔を装填、弾体を形成して射出する砲撃機構に転じる。

 放たれたエネルギー光線が海面を破裂させた。福音は前後へと素早くずれて砲弾を避けていく。

 

「たかが第二形態ではな!」

 

 軽々と弾幕をすり抜けて、今度は福音が翼からエネルギー砲撃を開始する。

 エネルギー集積体である銀翼は攻防一体。さらには細分化して飛翔させることで射撃兵装としても成立する。

 圧倒的な密度の砲撃──しかし一夏も急加速と鋭いターンを駆使して回避。圧倒的な連射は海面を穿つに終わる。

 

「あんたは、誰かが憎くて戦ってるわけじゃない……! だからいつも泣いていて、心が不安定なんだ!」

「貴様の言うことか! 誰かを守るために、自分を最も傷つける! そういう人がいるから彼女は世界を諦めてしまった!」

「彼女!? しかし──それなら、その諦めてしまった人にもう一度、人々を信じてもらうしかないんだよ!」

「子供の言いそうなことだ!」

 

 砲撃が当たらぬとみるや、福音はその十二枚翼のうち三枚を自身から切り離した。

 空中で独立した三枚翼が飛翔し、一夏の真後ろを取る。

 挟み撃ちの形──咄嗟に左腕をシールドモードへ変更。裏から浴びせられる砲撃を真っ向から受け止めた。

 

「誰かを守りたいんだろ!? なのに、守る手段に誰かを傷つけることを選んじゃいけない!」

「敵を倒さなければ何も守れない! 人を倒すのなんて何も楽しくない! だけど、やるしかないじゃないか!」

「そんなの悲しすぎる……! そんなことを続けた先に、何があるっていうんだ!」

「彼女が生きている! 私は、私はそれだけでいい……!」

 

 立ち上がる緊急警告画面(レッドアラートウィンドウ)。『白式』が悲鳴を上げていた。左腕の複合兵装が過負荷に耐え切れていない。

 砲撃も防御も無理か、と舌打ち交じりに一気に加速して挟み撃ちされている死地を抜け出す。同時に増設装甲を廃棄(パージ)

 

「あんたが満足するだけだ! 幸福を決めつけて、押しつけて……!」

「関係ない! 私はそうしたい、だからお前を殺す! 彼女が死なないようにあらゆる努力をする!」

 

 追いすがってきた三枚翼へと反転、『雪片弐型』ですれ違いざまに斬り捨てる。

 光を失い、翼が空中へと溶けていく。

 福音は再度背中から三枚の翼を生やすと、十二枚翼の厳然たる姿で滞空した。

 

 その威光に相対して。

 一夏は『雪片弐型』の切っ先を突き付けた。

 

「今決めたよ。いや、ずっと思っていた。だけど今本当に決意した」

「何……?」

「俺はあんたを止める。この命をかけてでも、止めなきゃならないんだ!」

 

 認めない。

 認めるわけにはいかない。

 

 誰かのために戦えるから。

 誰かの痛みが分かってしまうから。

 

 優しい世界であって欲しいと願うから。

 傷つく人のいない世界になって欲しいと祈るから。

 

 だから。

 自分が狙われているなどもうどうでもいい。

 この大天使の言葉を、世界の真理として認めるわけにはいかないから!

 

 

 

()()()()──あんたは十三手で詰む」

 

 

 

 聞こえるか、(いつか)の願い。

 誰かに守られるのはもう嫌だと叫んでいた男の子。

 無力を呪うことしかできず自分が大嫌いになった男の子。

 

 今から、お前の祈りを叶えてやる。

 誰も欠けずに居るべき場所に戻ってさあおしまい、じゃあない。

 世の中は意見の対立ばかりで、傷一つなく丸く収まることの方が少ないよ。

 

 だけど、今言ったのは諦観じゃない。

 俺たちは傷ついてもまた立ち上がることが出来る。

 一人じゃ痛くて辛くて動けなくても、誰かの手を取ってもう一度立ち上がることが出来る。

 

 まだ絶望には早すぎるっていう証明を。

 世界に満ちている眩い輝きを。

 その可能性(あした)を。

 

 

「今から、見せてやる────!」

 

 

 

 

 

 一手。

 爆発的に加速して距離を詰め、一夏が福音に斬りかかる。

 翼を収束させた刃がそれを迎え撃つ。衝突、鍔迫り合いの格好。余波で海面が荒れ狂う。

 

「何故まだ戦えるッ! あの領域に至って尚、個として戦うことを選べる!?」

「お前がまだ知らない光を、俺は知っているからだ──二手ッ!」

 

 二手。

 織斑一夏ではない。鍔迫り合いから一気にバックブーストをかけると同時、飛び込んだ箒が銀翼へ刃を振るう。

 鬼剣とは即ち、敗北から勝利へと飛翔する逆境の剣。

 自分だけでは抗えない相手へ刃を届かせる、()()()()()()()()()()()

 

「な……ッ!?」

「『銀の福音』、お前は強い! 正直に告白するなら──私はかつて、お前のような個の強さに憧れていた!」

 

 背部展開装甲を解放。

 箒は深紅の流星となって、一気に福音を押し込んだ。

 

「だが駄目だ! 守るためと嘯いて、今のお前は強さを見誤っている!」

「何、を──!?」

 

 三手。

 翼から至近距離で弾丸を撃ち込もうとした刹那、加速状態のまま箒はその場で福音の装甲を蹴り飛ばして後方へ宙返り。

 砲撃用に翼が開いている──その間隙に、不可視の砲撃が次々と撃ち込まれる。

 

「ぐぅぅっ……!? 馬鹿な、どこからどこまで計算して──!?」

「計算なんて知るわけないでしょーがッ!! そうやって全部筋道立ててきっちりやろうとするから、この世界が嫌になっちゃうんでしょ!?」

 

 意思伝達そのものは行われた。全体の流れだけを共有し、そこから先はそれぞれのスキルが埋め合わせをする。

 いかに刹那に近しい時間であっても、直感的に見逃さない。

 だからこその、中国を代表する才女!

 

「四手はもらうぞ──鈴、撃て!」

「はいよぉっ!!」

 

 体勢の崩れた福音に向けて、もうラウラは加速姿勢を取っていた。

 鈴は衝撃砲を連射したまま、砲口をそのままラウラめがけてスライドさせた。

 空間圧縮作用によって撃ち出される攻撃を『シュヴァルツェア・レーゲン』の背部装甲が受け止め、加速用のエネルギーとして取り込んでいく。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)──ッ!」

 

 音を置き去りにして黒兎が駆け抜ける。

 両手のプラスマ手刀が閃き、福音の喉を突いた。

 

「……ッ!?」

「お前は、同じだ! 単一の強さを知らなかった私と同じだ!」

 

 ダメージを与えるとそのままラウラは福音の後ろへと抜けていく。

 福音が喉元を押さえながら背後に振り向けば、そこには剣を振りかぶった一夏が居た。

 

「五手ェッ!」

「貴様──!」

 

 即座に翼で迎撃。刃と刃が激突して至近距離で火花を散らす。

 

「質問に答えてやるよ! 個として居る理由はな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!」

 

 勢いのまま翼ごと福音を切り伏せ、返す刀で、左肩装甲を切り飛ばす。

 一夏が後ろへ下がると同時、彼を飛び越えるようにして両手にグレネードランチャーを構えたシャルロットが踏み込んだ。

 

「僕は、僕たちは君の知らない光を知ってる! 誰かと手をつないで、誰かに祈りを託して、それもまた繋がっていく!」

 

 六手──放たれた榴弾を翼が叩き落とす。

 だがシャルロットは左腕にシールドを展開すると、グレネードを囮とした、本命である自分自身を翼の圏内へと踏み込ませた。

 

「死にに来たか!」

「生きるために来たんだよ!」

 

 彼女を取り囲む翼。が、全て爆炎に包まれた。

 驚愕に顔を上げれば、そこには『打鉄弐式』の肩部バインダーを全解放した簪の姿がある。

 シャルロットの一撃を確実に通すための全ミサイル放射(フルファイア)

 

「七手は私……! そのままいって、シャルロット!」

「任せて──!」

 

 ゼロ距離。シールドの外装が弾け飛ぶ。『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の各部ハードポイントに大小様々な銃が顕現、いずれも脳からの直接意思伝達によって発砲(トリガー)、至近距離で福音の装甲各部を削り取り火花が膨れ上がる。

 だがどれもが囮。視界を少しでも潰し、脅威優先度をシャルロットの本体へと向けさせて。

 突き込んだ左腕から、コンマ数秒でも意識を逸らさせるための。

 

「八手──吹っ飛べぇぇっ!」

 

 彼女の腕に装着されていたのは、デュノア社製炸薬式六九口径パイルバンカー。

 正式名称『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』。その破壊力から来る渾名は盾殺し(シールド・ピアース)

 回転式弾倉が音を立てて稼働し、スカイブルーのラインが走った鉄杭を激発させる。

 がら空きの胴体へと吸い込まれた杭の先端が装甲を粉砕して、福音の身体が衝撃にのけぞり、そのまま真後ろへと吹き飛ばされていく。

 

(馬鹿な)

 

 圧倒されている。

 出力差は明白。第三世代はおろか、たった今自身に損害を与えた機体に至っては第二世代だ。

 競り負ける余地などない。一蹴して然るべきだというのに。

 

(こんな、こと……!)

「あり得ない──とでも言いたげですわね?」

 

 死神が福音の背を撫でた。

 急制動をかけ、翼を炸裂させて加速。福音の居た場所をコンマ数秒遅れてレーザーが貫く。

 

「貴女はたった一人で、世界を守るために戦った。その強さは認めましょう」

 

 回避し切れた、と安堵しそうになった刹那、四方向から放たれた光条が福音の四肢に直撃した。

 

(な──読まれていた!?)

「ですがその英雄譚はここで終わりです。みんなと一緒に戦っているわたくしたちに、貴女は勝てませんから」

 

 九手。

 セシリア・オルコットがその天眼を以て、福音の移動先に次々と攻撃を置き続ける。

 

(なん、だ!? どこへ逃げても撃たれる!? AIがエラーを起こしているのか!? いや違う──)

「箒さん!」

「ああ、任された!」

 

 次々にレーザーが直撃する。

 回避を諦め翼を防御用に展開したところで、距離を詰めてきた『紅椿』が眼前に迫った。

 

「お前が戦ったように! 一夏も、私たちも、戦う!」

「!」

 

 十手。

 箒の両手から刃が()()()()()

 防御用に前面へ展開した翼を刀身が貫通。動きの止まったところに急接近して、箒が柄を掴み取り翼をまとめて剥ぎ取った。

 

「さあ行け、一夏──!」

「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 直線上に障害はない。

 最大加速で飛び込み、一夏がその刃を袈裟懸けに振り落とす。

 

「『銀の福音』────────ッ!」

「お──織斑一夏ァァアァアアアアァァアァッッ!」

 

 十一手。

 斬撃が正確無比に、福音を真正面から捉えた。

 

「十二……ッ!?」

 

 返す刀で追撃しようとした刹那、ぎしりと一夏の動きが止まる。

 福音が、『雪片弐型』の刀身を掴み取っていた。

 

「負けるか……負けて、たまるか……ッ!」

 

 刀ごと一夏を振り回し、福音が腕を振り抜く。

 ついに彼の右手から『雪片弐型』が弾き飛ばされた。

 

「だからどうしたああああああああっ!!」

 

 即座に修正された十二手目。

 右の拳を固めて、『疾風鬼焔』の焔を纏わせて。

 真っ直ぐに打ち込まれた右ストレートが、福音の顔面に直撃しバイザーを砕いた。

 

「貴様ァッ!」

 

 至近距離。

 露わになったナターシャの右眼で敵を視認すると、福音はPICで身体をくるりと反転させ、一夏を蹴り飛ばす。

 血を吐いて吹き飛ばされた彼に再接近し、同様に右の拳を振りかぶった。

 

「忌むべき生命は、大人しく屠殺されていろ!」

「お断りだァッ!」

 

 鼻面へと迫るパンチを、一夏は左手で受け止めた。

 相手の出力に腕が折れそうになる。手の装甲がじりじりと焦されていく。

 それでも。

 

 

「運命を定められていたとしても! 単一の目的のために生かされたのだとしても!」

 

 

 雄々しく叫びながら、一夏は右手を振りかざす。

 握るのではなく開かれた掌に、光の粒子が結集。

 海に没した『雪片弐型』の再召喚。福音は翼を以て迎撃しようとして──銀翼が動かないことに気づき、愕然とした。

 

(パワーダウン……ッ!?)

 

 機体各部から火花が散る。発動していた決戦形態『福音輝皇(アルカンゲロス)閃光無極(スフォルツァート)』はおろか、第三形態『救世仕様(サルヴァトーレ)』すら沈黙している。

 意志に、機体が追いついていない。

 福音は己へと振り下ろされる刃を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 

「今ここに生きてる俺の心は、それは──俺だけのものだ!!」

 

 

 勝負を決める、十三手目。

 渾身の一撃が、福音の身体へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ばしゃり、と波が繰り返される音。

 福音はゆっくりと視界を持ち上げ、周囲を確認した。こちらの様子を、一人の少年と、六人の少女が伺っている。

 

「……ッ」

 

 最後の一手を受けて、吹き飛ばされ。

 水没するすんでのところでPICが機体保護のために作動したのだ。

 

(…………まけ、た……?)

 

 思考が遅い。先ほどまでの拡張されていた世界がもう見えない。

 自分自身のことだからこそ、福音はもう、機体が限界を迎えていることを瞬時に理解した。

 

 

 

 

 

(…………………………()()()

 

 

 

 

 

 だが意志は──彼女が獲得した意志は、まだ微塵も衰えていない。

 

「まだ終わっていない。私は負けない。私は、私は──ッッ!」

 

 力を失っていた福音が急上昇し、同高度で静止する。

 全身を赤いラインが走り抜ける。思わず専用機持ちの面々は悲鳴を上げそうになった。

 

「ま、だ……ッ!?」

「もう限界でしてよ──退避を!」

「聞いてんの一夏! もうこっちが保たないわよ!」

「まさかあれ──第四形態移行(フォース・シフト)──!?」

「一夏! 聞いているのか一夏!」

「福音内部でエネルギー反応が増大……! 下手したら、さっき以上の……!」

 

 織斑一夏は『雪片弐型』を保持したまま、真正面から福音を見つめて動かない。

 無理にでも引っ張っていこうとしたとき。

 

 

 

「そう、まだだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 世界が凍り付いた。

 一夏は──その手から『雪片弐型』をかき消して、前へと進み出たのだ。

 

「さっき、セシリアが言ったよな。俺も……あんたのその強さは認めるよ」

「ああ、そうだ。私はまだ進む。まだ進化する! 世界を救うために──!」

()()()。お前、一人で全部やろうとしてる。それは、ダメだよ」

 

 福音の動きが止まった。

 

「全世界の人類をその手で守って、人類の敵を自分一人で殲滅すればいいって。そう思ってる」

「そう、だ。その通りだ。私がやる。私がやらねばならない。他に誰がやるというのだ! 貴様達は余りに楽観的で、現状維持ばかり考えて! もうこの世界が破滅寸前であることに気づきもしない!」

「違う。一人きりだなんて……そんな独りよがりな英雄譚は寂しいだろ」

 

 ──は?

 言葉を失い、福音はまじまじと一夏を見た。

 

「箒が言ってただろ。俺たちも戦う。そりゃ本当は、戦いなんてない方がいい。だけど、戦うべき時には戦わなきゃ、何も守れない。そういう意味じゃ、俺とお前は同じなんだと思う」

「何、を。何を、言って……」

「だけど、一人で全部背負って戦う必要はない。多分俺は、一人で戦って、戦い抜いて勝利するために、生かされていた。だけどそれは嫌だ」

 

 福音は彼の周囲に集う少女らを見た。

 彼の言葉は当然であると言わんばかりに。

 共に飛び、共に戦うのは大前提であるかのように。

 

 彼女たちは、織斑一夏の傍に居た。

 

「俺は戦う。世界を守るためだけじゃない。自分の、定められた運命とも戦う。そして全部勝ってみせる」

「…………本気で、出来るとでも……」

「俺一人じゃ出来ない。だけど──分かるだろ?」

 

 彼は薄く笑って、周囲の少女たちに視線を巡らせた。

 

「ああ。私たちがいる限り」

「わたくしたちは負けません。一人一人では出来ないことも、力を合わせてやってみせますわ」

 

 即座に答えた二人の言葉に、他の面々も頷く。

 その光景に、ふと福音の記憶回路をあるセリフがよぎった。

 

 

『──狂い哭け、祝福してやろう。おまえの末路は“英雄”だ』

 

 

 自分は英雄なのだと、虚勢でも思い上がりでもなく、実感していた。

 強大な敵を討ち滅ぼし、世界に光をもたらす。それが使命であり、存在意義だと理解していた。

 

(……だが、しかし)

 

 今目の前にいる少年の方が。

 ずっと、ずっと──おとぎ話に出てくる英雄のようだった。

 

 一人で届かないなら仲間の力を借りて。

 何度挫けても、最後には必ず立ち上がる。

 自分が英雄であるかどうかなんて考えもせずに。

 

 単独で不屈の力を手に入れるのではなく。

 誰かと共に手を取り合い、肩を貸し合い、何度でも立ち上がる。

 

(ああ……そうか)

 

 そうだったのか、と福音は納得した。納得できてしまった。

 英雄を志してしまった時点で──もう、彼に勝てる道理などなかったのだ。

 

「……ッ?」

 

 光が収まっていく。

 更なる進化の果てへと導いてくれるはずだった極光が、力を失う。

 だってその先には何もないと、もう分かってしまったから。

 

「福音が……自壊していく……」

 

 光を失い、力場で無理に固定していた装甲が欠落していく。

 そして。

 連動するようにして、一夏たちのISもまた、光を失った。

 

「…………終わったね」

 

 シャルロットの言葉。

 誰もが、この騒乱の終結を受け止めた。

 

「ぁ──」

 

 ついにはPICすら停止したのか、福音は重力に引かれ落ちていく。

 最後に彼女は最後の力を振り絞って、手を伸ばした。

 仲間達の制止を振り切り、思わず一夏は加速して彼女の元へ駆けつける。

 

「おい、おいっ! お前──」

「おね、がい……彼女を……ナターシャ、を……」

 

 それきり、半分だけ残っていたバイザーが、一度だけ()()()()宿()()()

 ふっと黒く染まり、輝きを失った。

 

「…………」

 

 福音と、それを身に纏っていたIS乗りを両腕で抱きかかえて。

 一夏は水平線を眺めた。

 太陽が半分以上沈んだそのラインは、輝いているのに滲んで見えた。

 

「……一夏、帰るぞ」

「……ああ」

 

 箒に言われ、一夏は目元をこすってから顔を彼女に向ける。

 

「そうだな、東雲さんも待ってるだろうし」

「早く帰らないと晩ご飯食べられなくなっちゃうわよ!」

 

 やっと終わった。

 やっと、やっと────

 

 

 

 

 

【あっ一夏ごめん落ちる】

「えっ」

 

 

 

 

 

 直後、全員のISが解除された。

 

『は?』

 

 誰かが気づいた──継戦能力が明らかに限界を超えていた。

 誰かが気づいた──最後はずっと『白式』によるアシストがあった。

 誰かが気づいた──よく考えなくても、これは多分、完全に無理をしていた。

 

「あっちょっ待って待って待って待って待って!」

「一夏さん福音を放して──!」

「出来るかアアアアアアアア!」

 

 絶叫を上げながら落下して。

 計七つの水柱が、ばしゃーんと派手に噴き上がった。

 

(や、ば……ッ! 手放したら福音が沈む! 起きろ! オイ! 今はもう一回覚醒していいから!)

 

 もう一回覚醒したら今度こそ殺されるぞお前。

 だが乗り手を頼むと言われた手前、見捨てることも出来ず。

 ガバゴボと白い空気の泡を吐いて、一夏が『銀の福音』もろとも沈んでいく。

 

(えっ死ぬの? おい嘘だろ死ぬの? ちょっ──俺頑張ったよ? あんなに頑張ったのに最後溺れ死ぬの? なんか走馬灯も見えてきちまったぞおい!)

 

 脳裏を次々と過去がよぎっていく。

 箒と共に剣を習い、鈴や悪友らと騒いで、ISを動かしてしまい。

 激動の日々だったナァと思った。セシリアと決闘するわ、無人機に襲われるわ、ラウラと争うわ、デュノア社で宇宙に上がるわ、タッグマッチトーナメントをガチるわ、亡国機業の本拠地に突入するわ。

 

(だけど、悪くなかったな)

 

 いつも傍に居てくれた少女の顔が思い浮かんだ。

 黒髪をなびかせ、鋭い深紅眼をこちらに向けて、彼女はいつも無表情ながらも付き合ってくれた。

 今は水中だから黒髪は変にうねうねしてるけど、美しさに変わりはない。

 

 ……水中だからうねうねしてる?

 

「もがもがもがもがもが(あっこれ幻影じゃねえの)!?」

「喋るな。ぶしつけで済まないが、()()()()()()

 

 本当に東雲令が眼前にいた。

 ISを身に纏っている彼女は一夏と福音をまとめて抱きかかると、弟子にずいと顔を寄せて。

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

 

 

 

 織斑一夏、15歳。

 ファーストキスは海中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂浜に到達してから、候補生達は──ぶっ倒れた。それはもう盛大にぶっ倒れた。

 全員を抱えて東雲は飛翔し、無事陸地へと到達。

 待機していた教員らが大慌てでタオルや水分を渡している。

 

「死ぬかと思った。今回ばかりは本当に駄目だと思った」

「まったくですわ……」

 

 うつ伏せのまま呻く箒に対して、仰向けで天を見上げるセシリアが返す。

 

「とんでもない臨海学校だったわね……」

「僕、もう当面は海に来たくないな……」

「同意見だ……」

 

 シャルロットと彼女に覆い被さるようにしてぶっ倒れた鈴とラウラは、滅茶苦茶な体勢を改める余裕すらなかった。

 

「……ねえ、一夏……」

「……なんだよ」

 

 同様にぶっ倒れている一夏に対して、うつ伏せの状態から顔だけこちらに向けて簪が話す。

 

「新技の名前、なんだけど」

「今言うことか?」

 

 簪が全力で思考回路を回しているのを見て、一夏は眉間を押さえながら嘆息した。

 気合いを振り絞って上体を起こせば、傍に駆け寄ってきた東雲がスポーツドリンクを手渡してきた。

 

「人肌で温めておいたぞ。正確に言えば当方の谷間だ」

「ははは。ありがとう、でも自分が傷つくようなジョークを言うほど気を遣わなくていいよ

 

 普通に暴言だった。

 東雲は自分の胸部を見て、完全に無の表情をしていた。

 

「それでね、一夏、名前なんだけど」

「あ、本気で言ってたんだな簪……ていうか新技……?」

「みんなにバフが乗った状態でやったから、あれは新技カウントせざるを得ないと思う。新技でしょ」

 

 多分簪が名付けたいから新技にカウントしたいんだろうな、と一夏は察して、力なく頷いた。

 一応興味はあるのか、専用機持ち達はゆるゆると顔を上げて彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「日本の古語でね、闇から光に変わる時の、夜明け前に、茜色に染まった空を意味する言葉があるんだ」

「へえ、そんなのあるんだな」

「うん。一夏は……私たちは今、闇を振り払って、光に変わったんだと思う。それを齎した必殺技には、これしかないって、私は思った」

 

 簪はわざとらしいタメの間を置いてから。

 

 

 

「──鬼剣・(はじめ)東雲之剣(しののめのつるぎ)

 

 

 

 ああ、と一夏は思わず声を漏らした。

 話半分に聞こうと思っていたのに、これ以上なく相応しい名前だと理解出来た。

 

「それだ。それしかないな。どうよ、東雲さん」

「東雲という言葉にはそんな意味があったのだな。当方初耳だ」

 

 そこじゃねえよ、というツッコミを一夏はぐっとこらえた。

 だが特に気にはしていないようなので、多分OKなのだろう。多分。

 

「……それと、令。水中で一夏にしたこと、全員が見ていたからな」

 

 その時恐ろしい声が響いた。

 見れば箒の目が完全に据わっていた。

 福音と共に沈みかけていた一夏に対して行われた人工呼吸。

 思い出して、一夏の頬が朱に染まる。鈴は一夏を乱雑に蹴り飛ばした。

 

「む? 何のことだ?」

「シラを──はあ。まあそうか。お前にとっては、緊急事態だから致し方なしか……」

「そうだな。当方のファーストキスだったが、仕方なかった」

「そういうことを言うなと言っているんだお前はァッ!」

 

 あっファーストキスだったんだ……と一夏がますますゆであがる。

 シャルロットはニコニコ笑いながらビキバキと青筋を立てていた。

 場がいつも通りの滅茶苦茶な空気になって、セシリアは嘆息する。らしいといえばらしいが──あれほどの激戦を潜り抜けて、最後の話題がファーストキスがどうこうに落ち着くとは。

 

(まあ、案外東雲さんが照れていたりするかもしれませんけどね)

 

 顔には出ないが、彼女は結構乙女気質なところがあるとセシリアは知っている。

 これ以上人間関係が破滅するのはよろしくないが。

 もしそうなら──東雲令という少女の人間らしい面が増えていると言うことで、喜ばしいのだろうと。

 

 浜辺でぶっ倒れたままぎゃーぎゃー叫ぶ面々を見渡して。

 愛すべき日常へ帰還できた実感が湧いてきて──セシリアはもう一度横になって、天を見た。

 

 夜の闇に染まりつつある空は、無数の星々が煌めく時を今か今かと待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(人工呼吸でエロいことを考えてはいけないだろう。常識がないのか? おりむーにも当方にも失礼だぞまったく。当方を馬鹿にしないでもらいたいものだな)

 

 

 バーカバーカ! バーカ! 馬鹿はお前だこの……このっ……バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアカッ!!!!!!!!!!!

 

 

 

 









次回
ED.今ここにある世界


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