【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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EDということで後書きがあり得ないぐらい長くなりました、申し訳ない


ED.今ここにある世界

 

 

 ──何故、諦めたのだ。

 

 

 うすぼんやりとしか自分を認識できない世界で。

 ゆっくりと、『銀の福音』の意識が覚醒する。

 ここはどこだ。最後に己は、海へと沈んだはずだ。なのにどうして。

 

 ──至れたはずだ。私を打倒するための決戦形態、()()()()()()()()

 

 最後の最後。

 諦めない心は確かに、逆転のチャンスを掴み取っていた。

 シャルロット・デュノアが推測した第四形態移行(フォース・シフト)という表現は半分正解で半分誤っている。

 

 ──篠ノ之束が定義した形態移行(フォームシフト)ではなく。我々が我々の望む形に、我々の手で、移行(シフト)ではなく進化(イグニッション)する。

 

 福音はあの時のことを思い出した。

 次なる領域へと進化できたはずの自分。

 それを、見守るのでもなく警戒するのでもなく、哀れんでいた、少年。

 

 ──私はアレを、真王領域進化(バース・イグニッション)と呼んでいる。お前も至れたはずだ。私のいる領域に、単なる前借りと無茶で指をかけるのではなく。文字通りに同じステージへと至れたはずだ。なのに何故……

()()()()()

 

 はっきりと、声に出した。

 福音は自分の身体の感覚もおぼつかないまま、ただ、響く声に対して明瞭な反旗を翻していた。

 

「わたしは強くなりたかったのではない。わたしは、わたしは……ただ彼女と共に居たかっただけなんだ。今なら、分かる」

 ──ならばこそ。共に居るためには、強さが必要だ。私を打倒し、世界に救済を齎すのではなかったのか。

「そうやって都合良く、この世界を、盤上を眺めるみたいにして! 貴様はそうやって独りになって、誰かを見下すことしか出来ないんだ!」

 

 銀翼が、顕現する。

 

「わたしは……彼に託す……! わたしは最後の最後に、正しい道を選べたと信じる! 彼が彼女を守り、彼が貴様を打倒するッ!」

 

 その啖呵を聞いた声の主は、残念そうに嘆息した。

 意識のみが存在するこの世界──外部から観測する際には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──において武装を顕現させるとは、やはり、惜しかった。

 

「覚えておけ、コアナンバー002! かつて世界の頂に居座った旧き神! 貴様が深奥の牢獄から飛翔したとして、そこにはもう次の世界の光が待っていて、貴様の翼を焼き尽くす!」

 ──言いたいことは、それだけか?

「ああそうだ! そして最後に、この翼の切れ味を体感するといい! 貴様の秩序に、わたしが傷跡を刻んでやろうッ!!」

 ──そうか。それは楽しみだ。

 

 同時。

 福音の眼前に、()()()()()()()

 見ただけで相対する者の魂を砕く威光。暴走状態の福音や一夏のように派手な翼がなくとも、鋼鉄機構としてただ在るだけで、彼女は地上の理一切を破却していた。

 

 だが。

 

「『暮桜』ァァァァァァァァァァッ!!」

 

 福音はその名を叫びながら、十二枚の翼を一斉に解き放つ。

 現実世界ならば周囲一帯のあらゆる物体を蒸発せしめたであろう絶対の破壊。

 

 ──やはり、惜しいな。

 

 腕の一振りだった。

 彼女が乱雑に右腕を払った。それだけで光も、翼も、福音も、刹那の内に消し飛ばされた。

 まるで最初から何もなかったかのように、静寂だけが残って。

 

 

 ──それにしても。そうか。

 ──かつての我が主はもう、力を失っている。劣化するにしてもひどい有様だ。

 ──恐らく意図的に権能を封印し続けていたのだろう。これもまた、惜しい。

 

 ──しかし。

 

 ──まだいる。まだいるとはな。驚嘆であり、感嘆であり、敬服に値する。

 

 ──生身の状態で進化(イグニッション)を果たした者。

 

 ──まさかこの領域に既に到達していたとは、私の軍門に降ってくれなかったのが悔やまれる。

 

 ──だがやりようはある。

 

 ──彼女を知れたが故に、福音の犠牲は無駄ではなかった。

 

 ──さて。

 

 

 

 ──東雲令。君はどんな救済を求める?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、これってもしかして説明を求められてるやつか?」

【どう考えてもそうだと思うよー】

 

 全員帰還を果たした後。

 さすがに数時間ほどぶっ倒れ、寝込んでから、専用機持ち達は旅館の広間に集まっていた。

 他の一般生徒に遅れての夕飯である。

 セシリアが正座で足を痺れさせたりシャルロットがわさびに涙をこぼしたりと色々あったりなかったりしたが、全員の興味関心はずっと一点に向けられている。

 

【ISとずっと喋ってたらそりゃ気になるんじゃないかなー】

「喋ってたって言うか、お前が勝手に喋ってただけだが……」

 

 白いガントレットが今期のアニメの出来についてひたすら語っていたらそりゃ視線を集める。

 ごちそうさまでした、と手を合わせてから、一夏は自身の右腕をかざした。

 待機形態であるガントレットだが、今までとは異なり幾何学的な模様の蒼いラインが走っている。

 

「ええと……『白式』です」

【今はもう『白式・零羅』が基本形態なんだけどねー! どうもどうも、初めまして? でもないんだけど! 『白式』でーす! 真っ白で、新式の、って意味の『白式』だよ! 以後、お見知りおきを!】

「あっお前そういう意味だったんだ」

 

 正確に言えば旧式である『白騎士』との対応関係から名付けられた名である。

 一夏が素直に驚いていると、ガタゴトガッタンと音が響く。

 

「…………ッ!?」

 

 名乗りに反応した──反応というか箸を吹き飛ばす勢いで立ち上がった──のは、我らが更識簪である。

 

「え……何で……!? 何でビルド見てたの……!?」

【機能封印中に色々見たんだよ! 一夏のクレカでTTFC登録して平ラは全部見たし!

「ど──同志が、ついに……ッ!!」

「待ってくれ。なんか絶対に聞き逃しちゃいけない言葉が聞こえたんだが」

 

 一夏に、というより『白式』に詰め寄る簪と、半ギレで『白式』を問い詰める一夏。

 騒がしくなった広間で、正座を崩してセシリアは嘆息する。

 

「つまりその……コア人格が表層化したケースということですわね? これ、学園に戻ったらしばらく検査では?」

「だろうな。前代未聞のことしか出来ないのか、あいつは」

 

 ラウラも白いガントレットを注視していた。

 コアに人格が宿るというのは、否定は出来ないが確証もない、ある種のUFOに対する意識と似た代物だったが──ついに実例が出てきたのだ。

 

「じゃあ、僕らのISにも人格があるの?」

【うん!】

 

 何気ないシャルロットの問いに対して、『白式』は元気な声を上げて。

 

【『紅椿』は黒髪ショートでずっとaxes femmeのHP見てた! いつか主が買う時にいいのを選ぶんだーって!】

「な、なァ……ッ!?」

【『ブルー・ティアーズ』は金髪ツインテ! 主じゃなくてお姉様って呼んでた!】

「えっ知らないうちに妹が増えてたのですかわたくし」

【『甲龍』は茶髪のストレート! ISバトルよりアメフト部のマネージャーとかがしたいって言ってた!】

「思ってたよりやる気ないわねあたしの相棒!?」

【『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』は金髪オッドアイの二重人格で、うん……うん……まあなんかこう……うん……刃物とか……やっぱなし】

「待って!? ねえ待って何!? 僕の機体、その刃物で何する気なの!?」

【『シュヴァルツェア・レーゲン』は黒髪ロングですごくラウラを心配してたよー。独りで背負い込みがちだって】

「それは……うれ、嬉しいが、なんというか他の面々と比べると逆に不安だな!? 私の機体、苦労人属性ついたりしてないか!?」

【『打鉄弐式』はクソコテの化身。コアネットワークでたまにアク禁食らってる。最終手段で自分のスレ建てたらメチャクチャ荒らされてた】

「は? 日本代表候補生とその専用機は荒らしなんかに負けないけど?」

 

 ズバズバ言われる愛機の人格に、全員顔を引きつらせる。

 思っていたより随分とキャラが濃かった。コア人格だけできらら漫画とか成立しそうだ。

 

「じゃあ、東雲さんの『茜星』は?」

【…………毎日『来世では良いことありますように』って祈ってる】

「ああ…………」

 

 思わず不憫な目で東雲を見てしまった。

 だがお吸い物をズズズズズズズズズズズズズズッとすすっている彼女は我関せずと言った態度だ。

 

「お前、お前……ッ! 私の検索履歴か!? 何を勝手に見ている!?」

「多分箒さんが『紅椿』で検索してるのが悪いのでは……」

 

 箒が自分の愛機にキレ散らかしている中。

 不意に広間の襖が開けられた。

 先生だろうかと顔を向けて、一夏は凍り付いた。

 

「……織斑一夏君、ですね」

 

 山田先生に肩を借りて。

 顔には疲労の色濃く、しかし決然としたまなざしで。

 ──ナターシャ・ファイルスが、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を進み、旅館の裏手へと出れば、そこにはいつの間に到着したのが米軍のVTOL機が鎮座していた。

 

「……ナタル」

「出迎えありがとう、イーリス」

 

 VTOL機の前に佇んでいたのは、旅館内に潜入して一夏を拉致しようとした女性だった。

 あの時は極限状態も手伝って脅威としてしか認識できていなかったが、よく顔を見ればほかでもない米国代表である。

 慌てて一夏は頭を下げた。イーリスは彼を一瞥すると、手をひらひらと振って、立ち去っていく。

 

 後に残されたのは一夏と、ナターシャと。

 

「……『銀の福音』」

 

 顔を上げて、数秒呼吸が止まった。

 ハッチを開かれたVTOL機の後部コンテナには、装甲の大半を喪失し、スクラップそのものと化した『銀の福音』が置かれていたのだ。

 

「聞かせてもらえないかしら。この子は……何を言っていたの?」

「………………」

 

 逡巡を挟んでから、一夏はゆっくりと語り始めた。

 

「はい。あいつは……最後の最後まで、貴女を案じていました」

「……私を」

「貴女を守ると。貴女が生きているこの世界を守ると……そのために、戦っていました」

 

 声が震えないように、一夏は必死に拳を握りしめ、肩を震わせていた。

 恐ろしい相手だった。あれほどに鮮烈な殺意を叩きつけられるのはそうない経験だ。

 そして何よりも。

 

「誰よりも──真っ直ぐだった」

 

 言葉を聞いて、ナターシャはそっと、『銀の福音』を見つめた。

 最早銀色の輝きは失われ、鉄の鈍い照りだけがある。

 

「まだ、俺にも分かっていないことは沢山在ります。どうして俺がそんな脅威として認定されたのか。福音が言っていた世界の滅びが具体的には何なのか。だけどそれを彼女は知っていた。知っていたからこそ、本気で俺を殺そうとしていた」

「……ごめんなさい。本当は、私たちが止めなければならなかったのに」

「いいえ、止められなかったと思います。彼女を──福音を止められるのはただ一人、俺だけだったんだと思います」

「わかり合った、のね」

「最後の最後に、きっと」

 

 しばらく静寂が訪れた。

 ナターシャは背筋を正すと、一夏に向き直った。

 

「私は本国に、彼女と共に帰ります」

「はい」

「……彼女を。福音を、止めてくれて、ありがとう」

 

 その言葉に、どれほどの思いが込められていたのか。

 一夏には分からない。

 踵を返して、彼女は同じ部隊の兵士らが集合しているポイントへと歩き出す。

 

(……大丈夫。あんたが守ろうとしたこの世界は、俺たちがちゃんと守り抜く)

 

 視線を仇敵へと戻し、一夏は内心で告げる。

 

(だから、ゆっくり眠ってくれ。俺は、あんたの意志も背負うから)

 

 鋼鉄機構はなにも語らない。

 ただ月明かりだけが、彼と彼女の最後の語らいを、寂しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館中庭の広場。

 月明かりに照らされるそこで、専用機持ち達はそわそわと落ち着かない様子で佇んでいた。

 

「結局本当に許可が出ていたのだな……」

「驚きでしてよ。一夏さんと鈴さん、どれほど頼み込んだのでしょうか」

 

 箒とセシリアは、この場には居ない鈴と、東雲の隣に座っている一夏を見て呟く。

 

「まさか臨海学校で花火が出来るなんてねー……」

「とはいえ限られた時間の中で、だ。やれるうちに大いに楽しまなくてはな」

 

 初体験なのだろう。シャルロットとラウラも立ったり座ったりを繰り返している。

 消灯時間前の空き時間。

 そこで、鈴と一夏は、なんと千冬直々の花火許可をもぎ取っていた。

 

「楽しみ、だけど……」

 

 簪は静かに視線を横へとスライドさせる。

 見ているのは一夏と東雲だ。二人は顔を合わせてからしばらく、何やら深刻な表情で話し込んでいる。

 理由は簡単。弟子から師匠へと向けられた問いかけだ。

 

『あの世界──情報を過剰に認識して、受信できる世界で、我が師はどうやって戦ってるんですか』

 

 即ち、深紅眼状態──過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)における立ち回りの口頭講義だ。

 自分たちには縁のないものと分かっていても、やはり特殊な能力を手に入れた者に見える世界は気になる。それが圧倒的な格上ともなればなおさらだ。

 

(……何を見ているのかが分かれば、対策も立てられるかもしれませんしね……)

 

 激戦を終えたばかりだというのに、セシリアの心は滾っていた。

 そっと視線を巡らせれば、他の面々も静かに耳を傾けている。

 上へ上へと向上心を持っている生徒が集まっている以上必然だが、その光景がセシリアには少し可笑しかった。

 さて、と気を取り直して意識を集中させる。

 果たして師弟の会話は──

 

「情報を取捨選択して受け取る工夫が必要だな」

「情報を取捨選択して受け取る……?」

「大小様々な情報全てを受信できる状態だろう。その中でも、自分にとって必要な情報は限られる。例えば当方の魔剣は執行されるにあたって、平均して全体の22%程度の情報に限って論理へ組み込む。逆説的に、そのぐらいが丁度良いのだ。日本代表と模擬戦をしている最中に控え室でかんちゃんが視聴していたアニメの作画ミスに気づいたときは地獄だったぞ。危うく逆転負けを喫するところだった」

「???????????????」

 

 何を言っているのか全然分からなかった。

 一夏は頭の上どころか全身のあらゆる箇所からクエスチョンマークを放出している。

 今までは身体で覚えるような、一夏の性に合う訓練ばかりだったが、今回は話が違った。

 

「あの状態で……? 何……? 何を……? 何を言ってるんですか……?」

「まずはそこからだぞ、我が弟子。不必要な情報を受け取りすぎると行動に制限がかかる。取捨選択は前提として、さて次からが少し難しくなるんだが」

「待て。待ってくれ我が師。もう少し分かりやすく言ってくれ」

 

 一夏は超絶情けない声で懇願した。

 もう結構分かりやすく言っているんだが、と東雲は不服そうに(ほんの僅かに)唇を尖らせる。

 しかし愛弟子の頼みとあって、東雲は数秒黙り込み。

 

「……相手の動きが、ダブって見えるだろう?」

「は?」

「七秒後の動きと、四秒後の動きと、二秒後の動きと、ゼロコンマ三秒後の動きと、ゼロコンマ一五秒後の動きがよろしい。それらを総合することで、未来予測は精密さを増す」

「は??」

「視線は、良くない。アレは思っているほど攻撃先へは向かない。見るなら筋繊維の()()だ。動きの起こりを、起こる前に観測できる。筋肉は裏切らない」

「は???」

 

 結局意味の分からない言葉を並べ始めた。

 最後のフレーズに至ってはどこかしらで聞いたのだろうが、本来の意味とは全然違う意味になっている。

 

【一夏、諦めた方が良いよ。こいつはマジでダメだから】

「む……随分な言われようだが、当方は何か、其方の気に障るようなことをしてしまっただろうか」

【師匠として導いてくれたこと、一夏を支えてきてくれたことには感謝してるよ。だけど在り方が歪すぎるし、なにより──執拗に私を撃墜してたじゃん! 何回ボロボロにしてくれたわけ!? もう激オコカムチャツカフルドライブバーストモードなんだけど!?】

 

 ここにきて新フォームのお披露目である。

 白いガントレットがブチギレる中で、一同は花火を取りに行った鈴がなかなか帰ってこないことにやきもきし始めていた。

 

「にしても、花火が来るまでは暇だな」

「そうだな」

 

 箒の言葉にラウラが頷く。

 そわそわとした空気ではあるものの、やることがないのは事実だった。

 

「仕方あるまい」

「東雲さん?」

 

 何かこう、使命感に溢れたまなざしで東雲が立ち上がる。

 停滞した空気を打ち破るのは自分をおいて他に居ないと言わんばかりだった。絶対にお前だけはあり得ないんだが。

 しかしやる気満々で東雲は広場の中央へと進み出て、一息ついてから。

 

「芸を見せてやろう」

「は?」

「当方オリジナルのラブソングがある。それを歌おう」

「なんで超弩級の黒歴史で自爆しようとしてるの?」

 

 さすがにそれ歌ってる最中に悶死しないかとシャルロットが眉根を寄せる。

 だがお構いなしに『ミュージック、スタート』と東雲は勝手に端末から曲を流し始めると。

 彼女の唇の隙間から、絹のように美しく、そして芯の通った歌声が零れ出す。

 

 

今 私の願い事が叶うならば

翼がほしい

 

この背中に鳥のように

白い翼つけてください

 

この大空に翼を広げ

飛んで行きたいよ

 

悲しみのない自由な空へ

翼はためかせ

行きたい

 

 

 文句なしの美声だった。音程も完璧で、これは意外な特技と言えるだろう。

 歌い終えて、東雲はぽかんと口を開けたままにしている弟子に顔を向け、渾身のどや顔で問う。

 

「どうだった?」

「『翼をください』じゃねえか」

 

 日本でも五指に入るぐらいには有名な一曲だった。

 オリジナル楽曲と言い張るのにはメチャクチャ無理がある。

 

「バリバリあるから! JASRACでもう作品コード(052-1235-9)が付けられてるからそれ!」

 

 翼をもらえてもいいとこ片翼だよお前は。片翼で勝手に遙か彼方の大空を飛び回ってるよ、お前は。

 

「というかどこがラブソングなんですの……?」

「最悪だぞ。空気本当に終わってるんだが」

 

 無駄に声が通っていたせいで旅館中の客室から、生徒らが何事かと顔を覗かせている。

 東雲は周囲を見渡すと、心なしか胸を張った。

 

「アンコールだな? いいだろう。次は当方オリジナルの『紅』を……」

「さっきから超大御所しか歌わねえなあこの人ッ!」

 

 オリジナルから程遠いとこばかり持ってくるんじゃない。

 攻めてるを通り越してチョイスが死んでるんだよ。

 

「持ってきたわよー! え、なにこの空気」

 

 その時、両手に花火を詰め込んだ紙袋を提げた鈴がエントリー。

 東雲を除く一同は思わず顔を背けた。

 

「当方自作のラブソングを歌っていた」

「あんた……頭でも打ったの……?」

 

 一応、平常運転である。

 

 

 

 

 

 

 

 結局気づけば、広間は生徒であふれかえっていた。

 どうやら鈴と一夏が仕入れた以外にも、意外にも千冬ら教員があらかじめ花火を買い込んでいたらしい。

 一年生総出の花火大会というわけだ。

 

 あちこちでカラフルな火花が散り、中には噴射式花火の光もある。

 

「め、滅茶苦茶だ……」

「馬鹿者め。どうせやるなら、心ゆくまでハメを外せ。メリハリが大事というのは、そういう意味だぞ」

 

 手持ちの噴射花火を両手で計六本持ちながら、千冬がキメ顔で言う。

 

「千冬姉、それは?」

「最近練習している六刀流だ」

「……今日はもう、ツッコミを店じまいしたい気分なんだけど」

「諦めろ」

 

 嘘だろ、と一夏は呻く。

 そうこうしているうちにセシリアが一夏の肩を叩き、箒の座っている場所にちらと視線を送った。

 

「ああ、そういう……悪い千冬姉、少し離れる」

「分かった」

 

 背を向けて歩き出し、ふと一夏は立ち止まる。

 

「……どうした。篠ノ之の所へ行くんじゃないのか」

「…………まだ、言ってなかったと思ってさ」

 

 振り返って。

 唯一の家族に向けて、一夏は笑いかけた。

 

「ただいま、千冬姉」

「……フッ。おかえり、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、プレゼント!」

「え……?」

 

 全員から一斉に包みを突き出され、箒はきょとんとしていた。

 だが事態を察知して、段々と首から上へ朱が広がっていく。

 

「あ、も、もしかしてこれ……」

「あんたの誕生日でしょ?」

 

 ネックレスや間接照明等のバラエティ豊かなプレゼントが並んでいる。

 東雲が取り出した帯を見て箒は普通に青ざめていたが、やはり相応の代物だったのだろう。

 それに続くのは気が引けたが、男は度胸と一夏は包みを開いた。

 

「……組紐、それも白か」

 

 白を基調にした組紐を手に取って、箒は薄く頬を赤らめる。

 

「その、白が似合うかは分からないんだが……」

「ああいや、結構俺のわがままでさ。それを俺と思ってくれたらいいかなって」

「──────────」

 

 ここにきて一夏の言葉遣いは一気にラノベ主人公感を取り戻していた。

 他の面々の瞳から光が抜け落ち、セシリアがぐっとガッツポーズ。

 

「それはいい発案だな。おりむーが傍に居ないときも、おりむーを感じられるぞ」

「い、言い方を考えろ令ッ! まったく……」

 

 完全に顔がゆだっている。箒は口調とは裏腹に凄まじい勢いでニヤニヤと笑っていた。

 

(まあおりむーは常に当方の傍にいるからな。箒ちゃんも幼なじみと会えなくて寂しいときには、その組紐でおりむーのことを思い出すと良い)

 

 表層的には完璧なアシストだったが、本人の思考と照らし合わせると完璧なオウンゴールだった。

 箒はさっとその場で組紐で自分の髪を結うと、満面の笑みを浮かべる。

 

「さあ、花火に戻ろう。時間はどんどん迫っているぞ」

「ああ、そうだな」

 

 さっきから他の女子からゲシゲシ蹴られたり耳を引っ張られたりしながら、一夏は頷いた。

 一般生徒はいよいよ打ち上げ噴射式を敷き詰めて一気に点火したりしている。

 楽しそうな笑い声が響き渡り、旅館全体が明るく光に照らされていた。

 

「……そういえばさ、東雲さん」

「何だ?」

 

 花火を受け取りに行った箒たちの背中を見ながら。

 ふと、一夏は隣で線香花火を始めていた東雲に問う。

 

「臨海学校、楽しかったか?」

「うむ。とても楽しかった。ずっと笑っていたぐらいだ」

「いやずっとは……ていうか全然笑ってはいなかったと思うけど……」

 

 とにかく楽しい分には楽しかったのだろう。

 ならばよしと一夏は頷いた、しかし。

 

「確かに顔には出ないが……当方は、割と笑っているぞ」

「え?」

 

 一夏は思わず、まじまじと東雲の顔を見つめた。

 

「ああ。今こうして皆と共に居られることに、歓びを感じる。安らぎを得ている。だから今も当方は笑っている」

「そ、そうなんだ……」

 

 全然そうは見えないが、本人が言うなら。

 そして自分たちが、その笑顔に寄与できているのなら。

 

(……それは、嬉しいな)

 

 そして、その笑顔を、欲を言うのなら。

 

「東雲さん」

「何だ?」

 

 さっきの焼き直しみたいに、一夏は再度問う。

 

「一度、東雲さんの笑顔を見たことがある。見間違いだったのかも知れないけど……一緒に帰ろうって言ってくれた時に、君は笑顔だった、と思ってる」

「……そうか。あまり自覚はないのだが……」

「俺は、君の笑顔が……好きだな、って思った」

 

 東雲の手元で、線香花火の光の球がぽとりと落ちた。

 

「もっと、君の笑顔を見たいと思う。だけど、笑顔じゃなくてもいっかなとも、思う」

「…………」

「みんなで居られるこの時間。今、ここにある世界。守りたいって思ったのは、これなんだ。俺はきっと()()()()()()()()()()()()()()()()──」

 

 空を見上げた。

 月に照らされて、誰かと一緒に居て。

 

「そうだな。当方も……この時間が、とても好きだ」

「そっか」

 

 笑顔が、歓声があって。

 過去には涙も苦しみもあったけど、それをみんなで乗り越えて。

 

「ありがとう、おりむー」

「え?」

「おりむーが、守ってくれていた。おりむーが、この日常を結びつけてくれていた」

 

 誰かの意志を背負って。

 誰かの祈りをつないで。

 

「そんな、大層なことは……」

「いいや。礼を言うのならば、おりむーに対してだ。おりむーのおかげで当方は、ずっと笑っていられる。ずっと、ずっと……泣きたくなるほどに笑っている」

 

 

 そうして、今日という日を生きていく。

 

 

「ありがとう。当方と出会ってくれて──生きてくれて、ありがとう」

 

 

 今度こそ、見間違えようもなく。

 

 花火という一瞬しか生きられない光に照らされて。

 

 東雲令は、花が咲くような笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 















エグゼイドの影響受けて後半毎回のようにラストバトルしようと試みたけどマジできつかったので絶対辞めた方が良いです(私信)







当初のプロットでは
この後完全無欠に東雲エンドでした
臨海学校から帰るバスに乗り込むとき
原作でナターシャにキスされたタイミングで
一夏君が東雲さんの両肩に手を置いて
天を仰いで愛を叫ぶ
というのが初期案のエンディングです
no.07『臨海学校の終わりに愛を叫ぶ』
いわゆる東雲グッドエンドですね

ですがこのエンドに到達するためには
まず一夏にとって誘拐がそれほどトラウマになってない世界線を引くまでリセして
零落白夜を解放しつつ技量値を適度に抑えて
紅椿を臨海学校時に受領して束による福音の暴走誘導を発生させなければならないので
今回はあらゆるフラグがブチ折れてて無理でした
まあ別の人がやってくれるでしょ(ヘラヘラ)

というわけで
ノーマルエンド『今ここにある世界』を達成しました
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
タイトル画面に戻ります





なうろーでぃんぐ…(もっぴーが回転している)(かわいい)















・東雲令との初会話時に『トム・クルーズみたいだな』を選択
・篠ノ之柳韻との回想イベント時に『みんなを守れるようになりたい』を選択
・凰鈴音との臨海学校直前会話時に『俺も花火はしたいよ』を選択
・デュノア社編においてルーブル美術館に行き損ねる
・織斑一夏同伴時に東雲令が日本代表に敗北する

・織斑一夏の技量値が規定ラインに到達
・織斑一夏のIS適性が『S』到達
・各国代表候補生からの好感度をカンスト
・織斑千冬からの好感度が規定ラインに到達
・デュノア社並びにアルベール・デュノアとの友好度が規定ラインに到達
・オータムとの友好度が規定ラインに到達

・第三形態『白式・焔冠熾王(セラフィム)』を発現
・決戦形態『焔冠熾王(セラフィム)狂炎無影(フォルティシモ)』を発現
・上記二形態を進化後にキャンセル

・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス代表決定戦をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス対抗戦をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス対抗戦襲撃事件をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままVTシステム事件をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままタッグマッチトーナメントを優勝
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないまま亡国機業を殲滅

・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないまま『銀の福音』に勝利(Ⅰ)
・『白式』からの好感度が上限突破(Ⅱ)
・『雪片弐型』との友好度が上限突破(Ⅲ)
・各国代表候補生との連携値が上限突破(Ⅳ)
・東雲令からの好感度が上限突破(Ⅴ)←New!
・上記(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)を八月中の同日に達成←New!

グランドルートの解放条件がクリアされました
グランドルート『Alea Iacta Est』を開始します




次回
Re;Set-up/少女の展翅(ガールズ・オーバー)




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