今回はつなぎという感じです
花火の彩りが、おりむーの瞳に宿っていた。
それは一瞬しか生きられない美しさ。
それは刹那にのみ宿る存在の煌めき。
彼の横顔をじっと見つめながら、当方はそっと彼の手に、己の手を重ねた。
びくりとおりむーが肩を跳ねさせる。
それから恐る恐るこちらに振り向いて、どうかしたのか? と問うてきた。
何でもないと返事をして、手をはなした。
最後にもう一度、彼の温かさに触れておきたかった。
彼を、感じておきたかった。
満足できて、当方は手元の花火に視線を落とした。
これでいい。
これでいいのだ。
箒ちゃんがそうであったように。
セッシーがそうであったように。
鈴がそうであったように。
シャルロットちゃんがそうであったように。
ラウラちゃんがそうであったように。
かんちゃんがそうであったように。
おりむーが守ってくれた、結びつけてくれたこの日常。
当方はおりむーだけではなく、この日々全てを愛していたのだ。
何ものにも代えがたい時間だった。
たとえ花火のように消えてしまうとしても、この手に確かに、彼の温度は残っていた。
お父さん。
フラスコのなかで
わたしは、生まれて初めて恋をしました。
夏という季節を迎えて、わたしはやっと気づけました。
誰もが今日という日を必死に生きている。
一秒の繰り返しが、一日の積み重ねが、一年の巡り会いが。
それが今であり、未来なのだと。
――わたしは夢を見ていました。
誰かが隣に居て。
誰かたちと共に過ごして。
わたしは、ずっと笑っていました。
泣きたくなるほどに笑っていました。
楽しくて、温かくて、眩しすぎて。
……ずっと、笑っていました。
不要だと切り捨てたはずの日常に、救われていました。
剣を握るための手を、彼とずっとつないでいたいと思いました。
祈りを捧げるのは愚かなことでしょうか。
お父さん、あなたは神を否定し、神に挑戦していました。
けれどもこうして、娘が神に祈ることを、許してくれるでしょうか。
わたしがやっと得た歓びが、彼の背を押せることを願います。
わたしがやっと得た安らぎが、彼の未来をより鮮やかに彩ることを願います。
わたしが──やっと得た、恋という感情が。
彼の明日を守る盾になることを、願います。
わたしは夢を見ていました。
夢の残火が、まだわたしの手には宿っているのです。
きっと何もかも壊れてしまう瀬戸際で。
世界が崩れてゆく予兆を感じていて。
それでもわたしは思うのです。
────今この瞬間こそが、総てなのだと。
「原初のISが、ついにいなくなっちゃったんだね~……」
月だけが照らしている。
夜の闇を祓って、不自然なまでの白が、そこだけを露わにしている。
「まあ正確に言えば原初に造られたコアが『白騎士』で、人格意識を初めて発現させたのは『紅椿』……ううん、あの頃は『赤月』だっけか」
旅館から少し歩けば着くような直線距離。
だがここにたどり着ける人間はごく僅かだ。意図的にこの場所を目指さなくては、どこかで必ず道から逸れてしまう──周囲にまき散らされたナノマシンが方向感覚を無意識下で誘導するよう作動しているのだ。
逆に、
「『白騎士』こそが、あらゆるISの──
彼女が謳うのは、あったはずの新世界。
夢見ていた理想郷。人類全てが革新できる、文字通りに新たなる時代。
「コアネットワークを秩序だった社会として構築し、人々はそこに適応することで新たな世界を切り開けるはずだった」
「──『暮桜』が、暴走しなければ。ですね?」
声が割り込んだ。
束は笑顔を浮かべたまま、勢いよく振り返る。
「やあやあようこそ!
「一応、褒め言葉として受け取っておきます」
月明かりに影が差す。
いつも通りの制服姿で。
いつも通りの黒髪をなびかせて。
いつも通りの深紅眼に光を滾らせて。
東雲令が、篠ノ之束の前に立ち塞がっていた。
「こうして顔を合わせるのは初めてだね。うーん……
言葉と同時──まばたきすらおかずに束の両眼が赤く染まり、幾何学的な文様を浮かべる。
それに対して、東雲は鼻を鳴らすと右手を軽く振った。
同時に『茜星』が起動、装甲こそ顕現させないまま、辺りに磁力フィールドを展開する。
「……ッ、おまえ」
「博士も同様の力を保持しているだろうとは、容易に推測できましたので」
荒れ狂う磁力をかつて読み切れなかった。恐らく相性の問題だろう、と東雲は推測している。再度あの状態になれば対処できる自信はあったが、受信できる情報を制限される、という特性は見逃せない。
その中には当然、
「当方の推測ですが。『暮桜』……コアナンバー002は、ネットワークを害する外敵を排除するための防衛機構。いわば軍隊のような立ち位置だった。違いますか」
「ノンノン、騎士団長と言ってあげて欲しいかな」
観察を諦めて、束は瞳の色を戻しながら手をひらひらと振る。
「……千年王国でも打ち建てるつもりで?」
「新たなる世界に国家なんて枠組みはナンセンスだね。国境線なんてくだらないもの、不要だから」
未来図を語る声色は、語調とは裏腹に不機嫌そうだった。
理由は明白である。
「だが、その未来は訪れない」
「…………」
「既に破局は確定しました。当方たちに求められているのは夢想ではなく、世界の滅びを阻止するための対応です」
「……そう、だね」
そして、つまりそれは。
「──『暮桜』を倒すために織斑一夏を犠牲にする、ということですね」
「……うん。そういうことだね」
束は開いていたウィンドウを一斉に閉じた。
「随分と……教えてくれますね」
「別にいいよ。だってお前、ここで死ぬし」
「ああ、同じことを思っていました。博士はここで死ぬので、その前に色々と聞けて良かったです」
お互い、表情も、声色も、凪いでいた。
これから殺し合いが始まるとは誰にも予想できないほどに、二人は穏やかな会話を交わしていた。
「へえ、その割には随分と余裕だね。超高速で突撃して斬撃をぶつける、とか考えなかったの?」
「たまにはジェイソン・ステイサムではなく、トム・クルーズになってみようかと思っただけです」
「ああ。確かにあいつ、スパイの割には正面突破しがちだよね」
うんうんと束が腕を組んで頷き、東雲は目を丸くする。
「意外ですね、篠ノ之博士もああいった娯楽映画をご覧になるのですか」
「それはこっちの台詞だよ」
世界の頂点へと、ジャンルは違えど実際に至った者と手をかけている者。
そんな二人の会話としては驚くほどに気安く、高尚さのない題材。
しばらく沈黙が下りた。
「ねえ」
「何でしょうか」
「もしかしたら──いや。何でもないや」
「いいえ、同意見です」
何も言っていなくても。
気持ちだけは、同じだった。
「出会い方が違えば。立場も、もっと別のものだったなら。当方と貴女は──」
例えば。
織斑一夏とオータムがそうだったように。
二人もまた、きっと。
だが束は首を横に振り、話を切り捨てた。
「自分が切り出しておいてなんだけどさ、無意味な仮定だったね。時間の無駄じゃない?」
「……はい。同意見、です」
もうそんな妄想をするには、時間が経ちすぎた。
あり得ない仮定に浸るには、多くの致命的なミスが重なっていた。
「じゃあ束さんからは最後に一つだけ。聞きたいことがあるんだ」
「はい。何でしょうか」
「どうして今日なの?」
束の問いにしばらく東雲は黙り込んだ。
考えは定まっている。必要なのは言葉選びの時間だった。
言い回しを吟味してから、世界最強の再来はゆっくりと唇を開く。
「……翼が、欲しくなったのです」
「翼……ISがあれば、空は飛べるけど?」
なんとも不躾な返しに、東雲は首を横に振った。
「当方の翼ではありません。織斑一夏の翼。彼が、彼の人生を生きる翼──それが欲しいと、思ったのです」
「…………ああ、なるほど。確かにその理由なら、束さんは邪魔だね」
東雲令がここに居る理由。
篠ノ之束の前に立っている理由。
織斑一夏が、織斑一夏の人生を始めるために。
そのためには──眼前の天災は、邪魔だった。
「でも、なんだかお前、福音みたいだね」
「当方がやるべきだ、という使命感はありません。ただ……貴女を殺すという行為を、おりむーや箒ちゃんがいる場所で実行するのは不可能だと判断しました」
「あは──思ったより現実的な判断だ。束さんも同意かな。だけど単身で来るっていうのは短絡的すぎない?」
束の問いに対して東雲はふと、旅館の方を振り返った。
「いいえ。世界の脅威に対抗する上で、彼らは十全でしょう。むしろ貴女との争いで消耗するのは好ましくない。なら、ここで
「……差し違えてでも、じゃないんだね」
「戦力比較の結果です。貴女は死にますし、当方も死にます」
束は言葉を失った。
なぜならば──同意見だったからだ。伏せ札を除けば、の話ではあるが。
「……いいの? 私がここにいるって意味、分かる? お前が対抗策を用意したんだ。この天才が用意していないとでも?」
「関係ありません。全て踏破して殺します。絶対に、必ずここで、貴女を殺します」
「ふーん。まあ、ご大層な決意を持ってきたみたいだけど……遺書はちゃんと書いた?」
束の周囲の空間が歪む。
IS展開の気配。
「これは……当方の、純粋なエゴだ」
同様に東雲もまた武装を展開。
深紅の太刀を一振り、地面と水平に掲げる。
「こんな気持ちで剣を握るのは生まれて初めてだ」
誰かに求められたわけではなく。
誰かの窮地を救うためでもなく。
そうしたいから、東雲は剣を抜いた。
「さあ、彼のために。彼が生きていく、ただそれだけのために」
深紅の瞳が揺らめき、空間に残光を描いた。
「──死滅しろ、篠ノ之束」
KiLa様にお願いして、イラストを改変して挿絵として使わせていただきました。
ありがとうございます!
最終章 Infinite Stratos
次回
壱 世界最強の再来VS天災