【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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最終章、はーい、よーいスタート(棒読み)


Infinite Stratos
壱 世界最強の再来VS天災


 いらないと思っていた。

 何もいらないと思っていた。

 

 誰をも必要としなかった。

 何故なら、誰からも必要とされなかったから。

 最強の兵士として生み出された。スペックだけを見るならば確かにそうだった。

 

 生まれついての深紅眼──想定を超えた暴走が、彼女の人生を、始まった瞬間に閉ざした。

 歩くことすらできず、呼吸をするだけでひたすらに苦しかった。生きていることに激痛が伴った。芋虫のように地面を這う彼女は、産み落とされたことにしか価値がなかった。

 自分の感じている世界と、他人の見ている世界は違うのだと実感した。

 ──なるほど、自分は出来損ないなのか。

 そう、理解した。

 

 地獄のような日々だった。

 否、地獄という言葉が生ぬるいような時間だった。

 絶え間ない苦痛に呻き、泣き、誰からも理解されない。身体的には何の異常もなく、むしろ理想的な健康体だった。にもかかわらず常に痛みを訴える少女は──常識的に考えて、異常だった。

 

 理解者はいなかった。

 痛みを分かち合える存在もなかった。

 排斥され、たらい回しにされ、痛みはやまず、世界そのものがずっと彼女を追い詰めて。

 

 ある日。

 剣を、握った。

 

 

 ──世界が拓けた。

 

 

 ああそうか、そういうことだったのか、と。

 見るべきもの、聞くべきもの、感じ取るべきもの。

 ()()()()()()

 

 相手の肺を見れば動くタイミングが分かる。

 筋繊維の起こりを見れば動き出す方向が分かる。

 そして、自分が身体のどこを動かせば良いのかも、完璧に分かる。

 

 その日──東雲令という剣客が誕生した。

 

 鍛錬を積めば積むほどに、自分を苦しめていた情報達がアドバンテージになった。

 剣を通して見る世界こそが東雲にとっての正常な世界だった。

 やがて日常においても過剰な情報処理は収まり、いつしか明瞭に世界を捉えることが可能になっていた。

 

 痛々しい極彩色の世界が、無色透明になった。

 

 もう痛みはない。

 生存しているだけで苦痛を味わうこともない。

 透き通った世界には切り捨てるべき敵と、自分だけがいる。

 

 無味で。

 無臭で。

 無感動で。

 

 乾いて。

 飢えて。

 空っぽで。

 

 ただ剣を振るうことが出来ればいい。

 ただ魔剣を執行する技巧だけがあればいい。

 何故ならここにいる少女は、一つの殺戮機構なのだからと。

 

 

 

 ──それを、一人の男子が変えた。

 

 

 

 再び世界が温度を持った。

 再び世界が色彩に満ちた。

 

 かつてのようにこちらを害することはなく。

 正常な感覚で正常に捉える世界。その程度を理解出来たのは彼のおかげだった。彼が齎してくれるものを享受するだけで、本来世界とはこんなものだったのかと分かった。

 

 こんなにも。

 こんなにも美しく、温かく、眩しいものだったのか。

 

 驚嘆だった。一日ごとに新たな発見があった。毎日が楽しかった。彼と居るだけでずっと、ずっと、幸福だった。生命の息吹を実感した。自分は今生きているのだと、初めて理解出来た。

 どれほど尊い奇跡なのか。

 この星の上で彼と出会えたことがいかなる幸運なのか。

 ──十五年生きてきて、やっと理解出来た。

 

 

 ()()()()()

 その、大切である生命を、投げ打つ価値があると思えたのだ。

 

 

 かつて進んだ道のりは、決してかき消えたわけではない。

 そのことに今、感謝していた。

 

 彼と出会う前に選んだのが、剣の道で良かった。

 彼と出会う前からずっと、誰かを殺戮する技術を磨いていて良かった。

 

 そのおかげでこうして、最期の役目を果たせるのだからと。

 ()()()は心の底から、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕現したのは鋼鉄の翼だった。

 銀の福音が展開していた光の凝縮体とはまるで逆。

 ピンクを基調にした柔らかな衣装とは裏腹の、左右へと広がる無骨な一対の(あぎと)

 

「博士のISですか」

「そうだよ。名前は『安眠姫(スーサイド)』──洒落てるでしょ?」

「絶望的なセンスだと思います」

 

 率直な意見に束が唇を尖らせる。

 東雲のネーミングセンスが某女オタクとの長年の付き合いによって熟成されたものだとは思い至っていないらしい。そこまで予測しろという方が酷な話ではあるのだが。

 

「むー……相対するならちゃんと安らかに眠らせてあげる、って意味なんだよ? きちんと感謝して欲しいな」

「生憎、当方はさほど睡眠に重きを置いていません。ましてや、安らかな眠りなど不要──!」

 

 言葉と同時に東雲が踏み込んだ。鞘走る刀身は既に相手を切り捨てた後の如き深紅。

 砂浜が炸裂した。一挙一動ごとに空間そのものが破裂するという理不尽。人の身を超えた領域であるが故の副作用は、しかしこの場においてのみ世界を貫く真理となる。

 

「ああ、そっか。東雲計画って三大欲求の減退も理想としていたっけ。なら睡眠欲の減退は計画通りだったわけだ」

 

 迫り来る東雲の太刀。

 それを束は紙一重でさらりと避けてみせた。常人ならば結果を見て取ることすら危うい。くらりと倒れ込んだ束の、置き去りにされた髪が一房舞う。直撃を期した攻撃が空ぶった──されど相手はかの天災。東雲にとっては予想の範疇。

 むしろ予想外と判定するならば、それは回避なる選択だ。果たして自身の攻撃をどこまで脅威と認識しているのかを量るための攻撃だったわけだが。

 

「まさか一太刀で死ぬ身でもありますまい。なにゆえそのような真似を?」

 

 斬撃から逃れるようにステップを踏んで距離を取った束に、東雲は切っ先を突き付けながら問いかける。

 束は身体を起こすと、嘲るような笑みを浮かべた。

 

「知らなくてもいいことを知ろうとして。本当に、愚かだなあ」

 

 直後──翼から光が放たれ、束の姿が消える。

 真横からの接近。感知と行動は直結する。東雲は太刀の刀身を攻撃に沿わせ、緩やかに受け流そうとして。

 接触した途端に砕け散った刀身を見て、目を見開いた。

 

(出力が根底から違うッ! これは──まさか!?)

「気づいたかな」

 

 大慌てで飛び退く。受け流しからシームレスに回避へ移行できるという絶技が彼女の生命を救った。本来ならば今の一撃で絶命していたのだ。

 刃を失った柄を投げ捨てて、東雲は『安眠姫』を注視した。

 

()()()I()S()()()()()()()()()()()──」

「正解♪ その辺のISなら接触しただけで消し飛んじゃうよ」

 

 いわば、全身が常時『零落白夜』を発動しているようなもの。

 (あら)ゆる存在に価値はないと。

 天災の前では吹き飛ぶしか許されないのだと。

 そう、真理を告げている。

 

「負担も相応のはず──」

「普通なら、ね。悪いけど私は細胞単位でオーバースペックなんだ、お前らと一緒にしないでほしいかな!」

 

 告げると同時に束が迫る。

 振るわれた腕を、受け止めるのではなくいなす。

 身体へ伝わる衝撃をそのまま両足から地面へ伝達。腕と刃が接触する度に砂浜が爆ぜる。

 

(対応が早い……!)

 

 並大抵の乗り手なら、数十回虐殺してもお釣りが来るような猛攻だった。

 だがそれをしのいでいる。東雲令は、篠ノ之束を相手取って戦えている。

 推測される理由は一つ。

 

(──やっぱり! この女は常時、過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)を発現してる……!)

 

 カウンターが蒸発する。半分が消し飛んだ太刀を放り捨てて東雲は次を抜刀。

 無敵の鎧は厳然として存在する。自分以外の全てを敵に回したとして、ただそれだけがあれば勝利できるような、絶対にして最強の装備。

 しかし。

 

「……全てでは、ない」

「──ッ?」

「単なる高出力の副産物。だから、全ての攻撃を防げるわけではない。なぜならば──其方は先ほど、当方の攻撃を回避した」

 

 束の全身が粟立った。

 だがもう遅い。神速の踏み込みと同時に振るわれる刃。

 思わず悲鳴を上げそうになった──その攻撃は明白に、『安眠姫』が常時発動する鎧の隙間を狙い澄ましていたからだ。

 咄嗟に転がり退く。その行為が東雲の推測を確かなものにした。

 

(まともに相手取ったら、()()()()が起こりかねない……!? 何なの、こいつっ!?)

 

 高出力故に過剰エネルギーを常時放出し、それが全身を覆う鎧と化す。

 原初のISである『白騎士』のエネルギー放出機構を応用した攻防一体の装備。それが『安眠姫』最大の特徴だ。

 だが、全身を覆い尽くすことはできない。束の卓越した演算能力によって均等に展開されてこそいるものの、東雲クラスの攻撃を防ぐためには通常時では足りない。四肢に出力を回し、胴体や首元は薄くしている。

 その間隙を読まれたのだ。

 

「古来の鎧武者もまた、隙間に刃を差し込むことで相手を殺傷したそうです。尋常な立ち会いとしては、ここからが本番ということですね」

「────ッ!!」

 

 理屈は分かる。攻撃が通用しない相手なら、如何に攻撃を届かせるか、威力を通すか、それをまず精査するだろう。

 だが速度がおかしい。文字通りの一瞬でウィークポイントを見抜き、必殺を期した攻撃──束の目が確かなら、東雲の一太刀は衝撃を伝播させ身体内部を破砕する外道の剣、即ち秘剣であった──を打ち込む。理想的な対応を算出し、実行に移すまでが早すぎる。

 

(読み取った情報を即座に戦闘理論へ反映! 身体は逡巡なくその理論を実行! 単純なスペックだけじゃない、そうであろうとずっと訓練してきたからこその……!)

 

 俗に言う身体が覚えている動き、に近いだろうか。

 束は相対して改めて、東雲令という少女が──最強の戦士として類い希な完成度を有していることを実感した。

 ならば、戦士として相対するのは非効率的だ。

 

(常時、情報受信を行っているのなら……それを逆手に取れば良い!)

 

 結論は福音と同じだった。

 情報を過剰に照射することによる攪乱。過剰演算を誘発し、幻視効果をもたらす。

 当然ながら『安眠姫』は対過剰情報受信状態者の装備を有している。

 

「む」

 

 東雲の眉がピクリと跳ねた。

 束が装備を起動し、一帯が情報飽和状態と化す。

 直後──神速の踏み込みと抜刀。狙い過たず、深紅の太刀が束の喉元に迫る。

 

「な、ァ……ッ!?」

 

 首を振って刺突を避ける。余波で胸元の装甲が砕かれる。

 何だ今のは。違う。予測していた結果と違う。

 幻覚作用などないかのように真っ直ぐ突っ込んできた。

 

「──何だ。まさか今のが、伏せ札か?」

 

 装甲の破片が舞う中で。

 色合いを一切変えていない東雲の深紅眼に覗き込まれ、束の背筋が凍り付く。

 その状態で。

 東雲は告げる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()──今更、というほかないぞ」

 

 

 

「元、から……ッ!?」

「生まれつきだ。()()()()()()、と設計されたのだろう?」

 

 間合いを取り直す束に対して、東雲は追撃を中断して首を傾げる。

 それが当然であるように。

 この世界は情報の可視化された、ある種の牢獄だなど前提であるように。

 

(まさか、まさかまさか──あり得ない、そんなッ!?)

 

 仮定と仮定が組み合わさり、推測を導き出す。

 推測と推測が重なり合い、最も可能性の高い結論を弾き出す。

 いかに認めがたい内容であったとしても、その工程に淀みはなかった。

 

(東雲計画は確かに情報受信能力を遺伝子段階で組み込んでいた。だけどそれは、人為的な成長促進を前提にした代物。()()()()()()()過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)なんてあり得ない! だったら──)

 

 神の真理に最も近づき。

 世紀の天災と謳われるに至った女の、結論。

 

 

(計画による人為的な遺伝子配置とは別に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと……!?)

 

 

 あまりにも認めがたいものだった。

 東雲計画とは関係なく、篠ノ之束でさえもが絶句する程の天才だったなど。

 

 否。

 天才、という言葉では生ぬるい。

 

 文字通りの──新たなる人類。

 

 それが東雲計画という千年の呪われた旅路の果てに重なってしまうとは、なんたる不幸か。なんたる神の憎悪か。

 事実を整理した上で束は首を横に振り、細く息を吐く。

 

「いや、だけど……生まれつき……もしそうだとしてもおかしい。お前が、二つの異なる受信能力を持って生まれたのなら……悪いけど、東雲計画における受信と、天然モノの受信能力が同質だとは思えない」

「……?」

「言い方を改めるよ。お前の二つの力は、()()()()()()()()()

 

 幼少期を過剰情報受信状態で過ごしたのなら、人格形成には大きな歪曲が生じる。

 そこは人為的な専用教育によってカバーするのが、東雲計画の前提だったが。

 

「お前が特殊な教育を受けた記録はない。お前は生み出されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。東雲計画が机上の空論ではないことを証明して、それ以外に存在意義なんてなかった。無数の失敗作の末にお前が唯一の成功体として完成し、そしてお前は破棄された」

「……それが?」

「だからお前は──独力で過剰情報受信状態の制御に成功した、ということになる。それも、東雲計画や織斑計画における過剰情報受信状態じゃない。本来はあり得ない、二重の受信状態を乗り越えてみせた」

 

 もはやそれは障害に等しかっただろう。

 個性と呼ぶには余りにもハンディキャップとして重すぎる。

 

「……それが?」

 

 涼しい顔で彼女は首を傾げる。

 だが事実として、東雲は生まれた瞬間から、世界そのものに苛まれていた。

 

 幼少期には足を前に出す──即ち、歩くことすらままならず、芋虫のように蠢くことしかできなかった。

 常時もたらされる情報を遮断することができず、脳髄の激痛がやむことはなかった。

 ふと気を抜けば耳や鼻孔から鮮血が垂れ落ち、彼女を拾った施設において彼女は異物として忌み嫌われていた。

 

「ただヒトのカタチを保って生まれた時点で、東雲計画の第零号(おまえ)は、それ以上にもそれ以下にも存在価値を持ち得なかった。だから気づかなかったんだ──お前こそ、人類の新たなステージの象徴になり得るはずだったのに」

 

 口惜しいことだと束は言う。

 その場に自分がいれば迷うことなく東雲を保護しただろう。

 

「新時代の到来を告げる、新人類。それがよりにもよって東雲計画の実験個体として生まれちゃうなんて……神様、よっぽど気に入らなかったんだね」

「神などいません。当方たちの生きる世界は、秩序立っているような顔を見せるだけで、本質的には無秩序だ」

「その言い分。確かにお前は──東雲計画の個体だって、はっきり理解したよ」

 

 世界への憎悪。

 無秩序で、余りにも体系的でない世界への言葉にならない悲憤。

 まさしく千年にわたり世界の裏側で紡がれてきた、おぞましい悪意。

 

「まあ、今はどうでもいいかな」

 

 もしも──本当にあり得ない過程ではあるが。

 東雲令がごく普通に生まれて、ごく普通に育っていれば。

 もう今このときには、既に世界の頂点に立っていただろうと、そう束は確信した。

 しかし。

 

「人類の更なる発展ではなく」

「……ッ!」

「人類の絶滅を回避するために──お前、ここで死ね!」

 

 同時、『安眠姫』の顎がぱかりと開く。

 放出されるエネルギー体が矢を象り射出、多角的なターンを繰り返して東雲に迫った。

 

「BT兵器……ッ!?」

「人類個人にできることなんて、全部できるに決まってるでしょ!」

 

 咄嗟に太刀で打ち払おうとして、振り抜いた刀身にギクリと身をこわばらせる。

 確かに切り捨てたはずの矢が、深紅の刃にかみついていたのだ。

 

(刺突・貫通ではない! この攻撃は、()()()()()()()()()()()──!?)

「爆ぜろッ!」

 

 束が腕を振ると同時、炸裂。

 衝撃に内臓が裏返る。砂浜をノーバウンドで数十メートルに渡り吹き飛ばされ、鮮血をまき散らしながら倒れ込む。

 

(こいつ相手に正攻法なんて取ってられないッ! やるべきは()()()()()()()()()()()()()()こと!)

 

 血を吐いて立ち上がろうとする東雲相手に、今度は腕部装甲を展開して突き付ける。

 次なる攻撃を選択しようとした、その時。

 

 

「────そこまでだ、束」

 

 

 凜々しい声が響いた。

 東雲のすぐ傍で、砂を踏む音。

 闇の中から現れたダークスーツ姿の女性を見て、束は思わず目を見開いた。

 

「ちーちゃん……ッ!?」

 

 腰元に太刀を計六本携えて。

 『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』の隣に、『世界最強(ブリュンヒルデ)』が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「単独であの束に戦いを挑むとは……無茶の限度を超えているぞ」

「……すみません」

 

 千冬はそう告げて、膝立ち姿勢の東雲にそっと手を差し伸べた。

 

「……当方単独で済ませるつもりでしたが。手をお借りしても?」

「ああ、任せろ。一発ぶん殴ってやりたかったものでな」

 

 千冬にぐいと腕を引かれ、東雲は口元の血を拭いながら立ち上がる。

 

「博士のISは複数のISコアを積んだ特殊タイプ。接するだけでもダメージを受けます」

「承知した。私はお前の世界を視ることが出来るのは十秒が限度だ、それ以降は任せる」

「委細承知しました」

 

 腰元の鞘から次の太刀を抜き放ちつつ、東雲は無感動に応える。

 生徒としては教え甲斐のない相手だったが、こうして肩を並べるのならこんなに頼もしい相手は居ない。

 千冬は『打鉄』の標準装備であるIS用長刀『葵』を構えながら唇をつり上げる。

 

「ちーちゃん……」

「束。人類の絶滅だのなんだの……どうでもいい。()()()()()()()()()()()

「そんな小さな話で、立ち塞がるつもりなの……!? ちーちゃんだって無関係じゃない! 『暮桜』はもう封印を破りかけているんだよ!? 一刻も早く、いっくんを『零落白夜』に覚醒させないと、本当に人類が──!」

「お前はいつもそうやって、自分は大局的なものを見ていると、他人を見下して!」

 

 悲鳴を上げる親友相手に、千冬は──両眼に幾何学的な文様を浮かべて叫んだ。

 

「言葉になってないものなど、知るかッ!! 弟と、教え子達の世界! それを守るために戦う──それだけで私は十分だ! お前を倒してから、『暮桜』との決着もつけさせてもらうッ!!」

「この──分からず屋ぁッ!」

 

 言葉による問答は意味を成さない。

 飛び込んだ千冬に対して、束は迷いなく翼からエネルギー攻撃を放つ。

 大地ごと爆砕するような広範囲にわたる破壊の渦。

 

「────ッ」

 

 一歩間違えれば殺してしまうような攻撃だった。

 だが。

 爆炎を突き破り、頬に血を垂らしながら、千冬がもう一歩踏み込む。

 

「そんなものッ──!?」

 

 いかなる攻撃であろうとも、彼女がISを身に纏っていない以上、有効打にはなり得ない。

 だから無視して、東雲がどこにいったのかと視線を巡らせようとして。

 ──刹那、束の超人的な直感が明瞭に"死"を予感させた。

 

(え?)

 

 千冬の手の中で、『葵』が三本に割れた。

 違う──最初から、一振りであるように見せかけて、三本を保持していたのだ。

 振り抜かれる腕。一本目の太刀がバリヤーに焼き切られる。二本目がバリヤーに食い込み、後ろから三本目がそれを押し込む。

 

(まさ、か──)

(『白騎士』を仮想敵に選んだのは間違いではなかった。そして信じていたよ。お前なら、『白騎士』の機能をブラッシュアップしていると!)

 

 親友だからこそ。

 頭脳が如何に優れていても。

 発想の方向性だけは──絞り込めていた。

 

(今の私にISは使えない。これ以上ISに乗れば、私は人間ではないマシーンとなってしまうだろう。だから、生身の織斑千冬にできることを考えた。考えた。考えて──その答えがこれだッ!)

 

 二本目とバリヤーが同時に焼け落ちた。

 束が腕を伸ばして千冬を捉えようとする、が最小限の身体捌きだけで捕縛を回避。

 三本目が束の胴体に接触。同時、束がかふ、と血をこぼす。

 

 絶対防御を貫通し衝撃を身体内部に伝播する、生身において極限まで練り上げられた、忌むべき殺人刀。

 即ち──秘剣。

 そして。

 

()()()()──────ッ!」

 

 壱之太刀に終わらず。

 衝撃を与えると同時に砕け散った太刀を放り捨てて、今度は千冬の左手が閃く。

 同様に三本の太刀を保持した、六刀流──篠ノ之束が高出力バリヤーを用いるという読みの下に、実戦的に構築された対天災戦術!

 

(こん、な……ッ!?)

 

 横凪ぎの衝撃。

 文字通りに頬をぶん殴られた。かつての親友がかつての親友に叩き込むには、余りにも大味で暴力的な威力。

 刀を用いて打ち込まれた衝撃に、束は数メートル後退。口の中に鉄の味がにじむ。

 

「ぐ、ぎ……ッ、だけ、ど!」

 

 されど、『安眠姫』は健在。

 束もまた戦闘不能には程遠い。

 バリヤーを集中させて、千冬に狙いを付けようとし。

 

 

 

「馬鹿が。本命を忘れたのか」

「──()()()()

 

 

 

 ハッと束は顔を上げた。

 上を取られていた。茜色の装甲がこちらに迫っている。

 

「さあ、勝負だ」

 

 冷徹な深紅眼がこちらを見下ろしていた。

 タイミングをずらされた。意識外からの接敵。

 機能が間に合わない。そして東雲は間違いなく、バリヤーの間隙を突いてくる。

 

 

 勝敗の天秤が大きく傾いたことを、誰もが理解して。

 

 

「……ッ!?」

 

 だが。

 千冬の背筋を悪寒が駆け抜けた。

 何故なら、飛び出していった東雲の瞳には。

 これ以上なく悲壮な、生命を投げ捨てる意志の光が、灯っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(死ね)

(今死ね)

(ここで死ね)

 

 東雲の脳裏は、殺意一色に染まっていた。

 

(当方にカウンターを打ち込め。今なら心臓を貫けるぞ。確実に当方は死ぬ。だが──其方も死ぬ)

(ここで当方と共に死ね)

(殺す)

(篠ノ之束だけはここで殺す)

 

 スローモーションの世界。

 振りかざした太刀を、縦一閃に振り下ろしながら。

 

(織斑一夏の生きる道に、其方は邪魔だ)

(いつまでも。いつまでも、其方は彼を世界を救うための舞台装置として扱うだろう)

(違う)

(笑顔で居て欲しいから)

(彼が笑って、みんなと一緒にいられる未来になってほしいから)

 

 純粋なエゴの発露。

 東雲の欲望のために、東雲は剣を振るう。初めての経験なのに、やけに身体が軽い。

 きっと誰もがこうだったのだろうか、と。

 場違いにも、また新しく学べたなと東雲は感じた。

 

(その未来のために、当方と共に、ここで死ね────!!)

 

 太刀筋に翳りなし。

 真っ向唐竹割りが、束の脳天へと吸い込まれていき。

 

 

 

 

 

 

 

 キィン、と。

 ()()()()()()()が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾かれ、東雲が体勢を崩して、砂浜の上でたたらを踏む。

 あり得ない。東雲令という剣客が、そのような無様を晒すなど本来はあり得ない。

 驚愕。絶句。悪寒。どのような言葉を並べ立てても、今の東雲の感情を表すことはできない。

 

 誰もが知らず知らずのうちに、その可能性を排除していた。

 篠ノ之束が強大な力を振るうならば、それは上位者として、或いは管理者としての力だろうと。

 その特権(チート)を崩す、あるいは同じ土俵に上がることさえできれば、勝機はあると。

 

 だが現実はそうではなかった。

 天災の右手に握られ、根元から切っ先にかけて白光りする鋭い太刀。

 

「…………馬鹿な」

 

 千冬は思わず呻いた。

 

「そ、れ、は……ッ!?」

 

 東雲もまた、相対する女に──史上最高の天才でもなく、史上最悪の天災でもなく、()()()()()として佇む女を前に瞠目している。

 

「そんなに驚くこと? ()()()()()()()()()。私が太刀を使うことに、何の不自然さがあるの?」

 

 顕現した刀身を、根元から切っ先にかけて、つうと撫でて。

 

「分かった。分かったよ。二人とも譲れないんだね……だけどそれは私も同じだ。そっちが小さな世界を守るために戦うのなら、私は、その小さな世界を壊してでも大きな世界を守り抜く」

 

 他者を見下す天災の瞳に、一転して意志の焔が宿る。

 そのためなら自分の全てを投げ打っても構わないという気高い光。

 人はそれを──覚悟と呼ぶ。

 

「そのために私は生まれたんだ。この世界を守るために。特定の誰かのためじゃない。名前も顔も知らない誰かが笑えるように。歴史をゼロに巻き戻させないために。何もかもがなくなるよりも、ちっぽけでも、何かが残る方がマシだって信じるから──」

 

 驚愕に凍り付く東雲相手に、束は一振りの剣を正眼に構える。

 流れるような自然体だった。

 ただその動作だけで──これ以上なく、東雲と千冬の全身が震えた。

 

「だから、私が勝つよ」

 

 篠ノ之束が振るう剣は、神に抗うための、神の如き剣。

 暴走する善意を打ち砕くための、邪悪なる神の力。

 たとえ残るものが小さな箱船でしかなくとも、全身全霊でそれを守り抜くための在り方。

 故に名前はこれしかあり得ない。

 

 

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 

 

 女のための剣が。

 世界を救いたいと切に切に願った女のための剣が今、(そら)を駆ける。

 

 











次回
弐 名もなき少女(ロストガール)


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