原作で明言されていないのでISを造った理由すら捏造とか頭にきますよ~
その女の佇まいは美しかった。
武芸、或いはアスリートに精通し、ある種の真理へと到達した者だけが持つ──大地から天へと伸びる真っ直ぐな芯。
男は、その女の佇まいに見とれた。
今まで知らなかった『美』の本質に触れたような実感さえあった。
『……
声をかけられて。
男はまるで──ミロのヴィーナスに突如話しかけられたように、動くはずのない、自分を認識するはずのない絶対的な『美』に話しかけられた。
思わず男はその場ですっ転びそうになった。
道ばたで行き倒れていた女を拾ったのが最初だった。
剣を振るう以外に能がないと自称する彼女を工房を兼ねた家に置き、男は日々剣を打った。
やがて健康体に回復したその女はふと、男に頼んで太刀を一振り借り受け、一人で振るい始めた。
そこで男は、女のための剣という天啓を受けた。
それが────篠ノ之流のはじまりだった。
刀を正眼に構えて、篠ノ之束は無感情に告げる。
「篠ノ之流について、色々観察して……色々と取り入れてたみたいだけど。そんな浅い理解で分かった気になられるのは些か心外なんだよね」
「……ッ!?」
構えを見れば分かる。違う。今まで自分がラーニングしてきた術理とは、
何だそれはと、東雲は言葉を発する余裕もなく驚きに震えている。
だから、その術理により慣れ親しんだ人間は声を上げざるを得ない。
「あり得ない──あり得ない……ッ。それは、
驚愕に声が震えている。
ここまで狼狽している千冬を、東雲は初めて見た。
「それが篠ノ之流だと言い張るつもりか!? 馬鹿な、そんなはずが……!」
驚愕の理由は明白。
束は上半身を軽く前傾させ、右足を前に引いて両腕を身体に寄せる形で曲げている。
誰が見ても分かる、飛び出す寸前の、今すぐ攻撃に移るための姿勢。
「先に斬る──構えではない! 歩方を以て距離を詰める構えじゃない……! ならば、
篠ノ之流に宿る術理は二つ。先に斬るか、後に斬るか。それだけだ。
箒と束の父親にして、最後の師範代である篠ノ之柳韻の言葉を借りるなら──根源はただ一つ、男と打ち合わないことである。
自身の知る根幹と余りに乖離した構えを見て、千冬は意義を申し立てている。
しかし束は悲しげに微笑んでから──
「箒ちゃんもちーちゃんも……本質を理解出来なかった。そして唯一理解出来た私は、師範代となるには人格が適切じゃなかった」
「本質……!? 本質だと!? 巫山戯るな、まともに稽古も受けなかったお前が流派の本質など──!」
その言葉に、束はカッと目を見開いた。
「馬鹿にするなッッ!! お父さんの教えはまだ、私の胸の中に生きてる!」
一喝だった。
思わず東雲と千冬は息を呑んだ。烈火の如き怒りだった。
「私が怠け者ならそっちは無能な働き者だ! 本質を理解出来ても稽古に参加しなかった私と、稽古に参加すれど本質を理解出来なかったちーちゃん──後継に恵まれなかったお父さんが気の毒でならないよねェッ!」
呪詛だった。
極まりに極まった天才の考えを常人は理解出来ないことに対する、無理解に対する憤怒だった。
返す言葉を失い、千冬は黙り込むことしかできない。
果たして──確かに、師範の教えを受け継いだと言えるのだろうか。篠ノ之流について一定のレベルに達することはできた。しかしそれは、本当に師範の満足できる結果だったのだろうか。
「あの人と私以外、誰も理解出来なかった。だから篠ノ之流は私たちの代で途絶える。私が、途絶えさせる。私の人生は篠ノ之流のためには費やせないから」
切っ先が光を持つ。
明確に相手を殺傷するための、これ以上ない意志の輝き。
「これが──この世界で最後に継がれた、流派の真理だ」
同時に踏み込んだ。
束が迫る。一足一刀の距離にいた東雲は、すかさず反撃しようとし──
「え?」
「は?」
世界最強の再来と世界最強が同時に素っ頓狂な声を上げた。
意味が分からなかった。
束が飛び込んできたから反撃しよう、と、した、だけ、なの、に。
(
既に刃が振るわれていた。
既に東雲令が太刀を振るっていた。
意味が分からない。
束が距離を詰めたのだ。それに対して、東雲は迎撃の準備をしたのだ。
なのに気づけば後の先ではなくカウンターでもなく、純粋な先制攻撃を放っていた。
(身体が、勝手に────?)
無自覚に放たれたとはいえ、それは『世界最強の再来』の一閃。
常人相手ならば狙い過たず首を落としていただろうが、驚愕はそこから連鎖する。
真っ直ぐに踏み込んだ束を、刀身がすり抜けた。
射撃に対して東雲や一夏が多用した、微かな身じろぎのみで回避する絶技。だがそれは超スピードの中で発生する錯覚に過ぎない。
しかしその技巧は、極まりに極まれば──近接戦闘における透過すらもたらす。
「篠ノ之流・
都合三度の衝撃。
東雲の一閃に対して、実に三倍のスピードで繰り出された三連撃。
最早刀が三本あるのではないかと思うほどの──否。たとえ刀が三本あってもこれほど精密な同時攻撃を行うならば、腕は六本必要だろう。
それを両腕と一振りの太刀だけで再現してみせるという、非現実的な剣技。
「────!!」
防御も回避も間に合わなかった。
純粋に対応できない攻撃を受けるなど、東雲の記憶では久しい。かつての、剣技においてまだ未熟だった頃ならいざ知らず、『世界最強の再来』と呼ばれるようになってからでは初見殺し以外に見覚えはない。
奇天烈な戦術による初見殺しではなく。
純粋な剣術による圧殺。
(今、なに、が……ッ!?)
端から見ていた千冬には視認することすらできなかった。
茜色の装甲が砕け散り、砂浜にまき散らされる。
喉から血がせり上がってそのまま吐き出してしまう。どこに攻撃を打ち込まれたのかすら、理解が追いつかない。
絶対防御を貫通した威力は、ほかでもない、先ほど東雲と千冬が行使した秘剣のラーニングだ。
「……犠牲者を出さないための装備だったのに、抜け穴を自分で作ってさ。自業自得なんだよね」
べしゃりと倒れ込んだ東雲は、か細く呼吸することしかできなかった。
咄嗟に身体をよじり、内臓への致命的な損傷だけは回避できた。
しかし浸透した威力によって身体内部は滅茶苦茶な有様だ。片肺が破裂し、臓器のいくつかが裂けている。肋骨も半数以上が砕けていた。
視界が真っ赤に染まり、痛みに脳が悲鳴を上げる。
しかし。
「……損傷箇所が発生した場合、身体内部を循環するナノマシンが即座に修繕する……後発の織斑計画においても採用された、『究極の人類』に求められる耐久性を保証する仕組みだね」
血を垂れ流しながらも東雲の身体は、うじゅるうじゅると、異様な音が響かせていた。
千冬はその音を知っている。この場に居る誰もが知っている──遺伝子改良の重なりの末に発生する、ナノマシンによる超速再生の音だった。
東雲の身体が凄まじい速度で回復していくのを見下ろして、束は冷徹な表情のまま告げる。
「お前はさ、そうやって……何もかもできるように計算されたくせに、何もできなかった欠陥品なの」
しゃがみこみ、束は優しく語りかけた。
瞳には慈愛の色すらあった。
「織斑計画の、あるいはあらゆる遺伝子強化実験の始祖。東雲博士の名を取って──東雲計画と呼ばれたそのプロジェクト」
今だ感覚が復旧せず、呻くことしかできない東雲。
彼女に対して、束はその手を取って優しく握りしめる。
「東雲計画は革新的だったよ。あの理論をゼロから組んだのは、束さんをして賞賛せざるを得ないね。だけど……お前は、新世界には適応できなかった。コアネットワークに常に存在するくせにコアとして認識されていないのはその証拠だよ」
「……ッ!?」
事実──東雲はコアネットワークへのアクセスを可能としている。
既存の人類には為し得ない、だが新人類にのみ許された情報構築世界へのアクセス。ある種の、フロンティアへの到達。
だが東雲はそこに居ることはできても、他者から認識されることはない。
誰かと繋がることはできないまま、ただ常人なら即座に発狂する情報の洪水に晒され続けるだけ。
「お前は、次世代型の人間にはなれなかった。そして人間にもなれなかった。じゃあ何なんだろう──もう分かるでしょ?」
慈しみを以て。
女神の如き微笑みを携えて、天災は言う。
「お前は出来損ないのスクラップなんだよ」
東雲の呼吸が凍った。
それは、それは──事実を知る者なら誰しもが思い浮かべ、しかし事実を知る者が彼女の周囲にいなかった故に告げられなかった言葉。
「数多の生命を踏み台にして、数多の非人道的実験の前例になったのがお前なんだよ。そんなお前をさ、誰が好きになるわけ?」
ひゅうひゅうと、か細い呼吸音だけが響く。
自覚していた。けれど面と向かって指摘されるのは初めてだった。
お前は出来損ないなのだと。人間にすらなれなかったゴミなのだと。
その事実は東雲の心に、深く深く突き刺さって。
「お前達がいたから。人類を細胞単位でアップデートしようという愚かな発想があったから」
目を見開いて打ちのめされる東雲の様子などお構いなしに。
握っていた手を放し、束は立ち上がって空を見上げる。
かつて目指した新たなるフロンティア。
奇しくも、千年の呪われた旅路も、原初には切なる祈りがあったように。
篠ノ之束の始まりにもまた在った、純粋な願い。
「そんなことをしなくても、私たちは空を飛べる。その証明をするために──だから私は、ISを造った」
千冬は愕然とした。
「そん、な──そういう、ことなのか……!? 東雲計画や織斑計画が、人間のソフトウェアを革新させようとしたのに対するカウンターとして……ッ!? お前は人間を、外部装甲を以て、ハードの面から革新させようとしたのか……!?」
それはつまり。
遠因とはいえ、インフィニット・ストラトスなる発明品が生み出されたのは、自分たちがいたからと言うことになる。
「うん、そうだよ」
肯定はあっけらかんとしたものだった。
「一部、技術的な空白……私にも解析しきれないブラックボックスが発生したのは想定外だった。そしてそのブラックボックスに人の意志が集中しすぎてオーバーロード、あんな最悪の災害を生み出したのは、束さんの人生最大の失態だった──」
「何、をッ! 何を、言っている……ッ!?」
「責任の話だよ。私の発明品が世界を滅ぼしかけている。もうISと呼ぶことは難しい、まったくの別物に近いけど……それでも私は、あれをなんとかしなきゃいけない」
「──『暮桜』のことか……! だから、何がどうなってという説明をッ」
「説明なんてできるわけないでしょ!?」
束の声は悲鳴に近かった。
「私が一から十まで説明したら、いっくんを犠牲として差し出すわけ!? ああ、差し出さなくても、いっくんなら犠牲になるだろうね! だけど、だけど──! そうして犠牲を許容して存続した世界は、
「…………ッ!!」
それが本当の理由だったのか、と、やっと千冬は親友の意図を掴んでいた。
一夏に役割を課した。世界を救うために死ねと。そして、誰もがそれに反発するようにした。
心を折らないために。世界のためならしょうがないかと、大切な人を生け贄に差し出すような醜悪な世界を残さないために。
「だとしても……! 私は、あいつの姉だ! だから──!」
小さな世界だったとしても。
大切な人の幸せを守るのに間違いなどあるものか、と千冬は自分を奮い立たせて飛び込もうとし。
「お前らの日和見はうんざりなんだよ」
振るわれた刃をかろうじて受け止める。防御のために太刀をかざして。
千冬の防御をすり抜けて、束の振るった剣が、彼女の胸から腰にかけてを切り裂いた。
(────ぇ?)
「言ったでしょ。これが篠ノ之流の本質。箒ちゃんが目指した後に切るという真理を突き詰めて突き詰めて突き詰めて──
がくりと倒れ伏し、千冬は浴びせられる声をただ聞くことしかできない。
世界最強と謳われた女を一刀に切り伏せて、束は歯を食いしばり苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「小さな世界も守らなきゃいけない? 小さいからこそ守らなきゃいけない? バッッッカなんじゃないの!? 世界そのものが壊れそうだって話をしてんだよこっちはさぁッッ!! 大してモノを知ってもいないくせに偉そうに語ってんじゃないよ現状維持にしがみつく塵共が!! 偉そうに誰かの言葉を借りて価値を語って上から目線でふんぞり返りたいなら自分の部屋で勝手にやってろ、そして世界が滅びる日にも胸を張って『仕方ない』だのなんだの言ってろよッッ!!」
最初から理解されることは諦めた。
悪として。災厄として疎まれることを割り切った。
それでも邪魔はさせない。世界を守る邪魔だけはさせない。
「……大人しくしててよね。束さんが本気出したらさ、ちーちゃんでも五秒保たないんだからさ」
最後通牒だった。
呻く親友を見下ろし、一瞬だけ、悲しそうに目を伏せてから。
「さて──」
束が振り向けば、東雲令が太刀を杖に立ち上がっていた。
「わあ、タフだねえ。さすがはどこから発想を得たのかも分からない、オーパーツに近い人体改造を注ぎ込まれまくった一つの究極系」
「御託は、いい……! 問答は不要だろう。当方は当方のエゴのために、ここに来た! 元より其方の願望など知ったことではない!」
崩れ落ちそうな身体に活を入れて、必死に構えを取る。
痛々しい有様だった。脂汗を浮かべ、視線は定まらないまま。それでも戦おうとしている。
「りっぱりっぱ」
ぱちぱちと、拍手。
それから束は嘆息して。
「ひれ伏せ」
【情報消去フィールド、展開します】
がくんと、膝から力が抜け落ちた。
姿勢制御しようとして──失敗。顔面から砂浜に倒れ込む。
「?? ?? ?? ……? …………?? ??」
何が起きたのか分からなかった。
もぞもぞと芋虫のように動くこと、すらままならない。呼吸がひどく難しい。口を開き音を立てて酸素をかき集める。宇宙空間に突如投げ出された、と言われれば信じてしまうかもしれない。
何だ。
何が起きたのだ。
「蹲って歯を食いしばって自分の無力に震えてろ、雑魚」
その言葉を聞き取ることすら難しい。
東雲にとって未知の感覚だった。何も分からない──何も、受信できない。それだけで身体を支える力が入らない。いや、どう力を入れたら良いのかが分からない。
「
自分を守護する鎧を撫でて、束は無感動に口を開いた。
「お前は……ずっとずっと、情報を受信している。無自覚でもそれは身体にとって、生きる上で切り離せないサイクルになっていた。ちょうど人類が、気圧に対して身体の内側から反発し続けているように。だからここ一帯の情報を一切消去した」
「ふ、ぁ……?」
「何も分からないのは怖いよね。恐ろしいよね。これが私の伏せ札だよ。多分、この世界で、お前にしか通用しない──だけどお前を絶対に仕留められる、最強のジョーカー」
東雲は呆けたような表情で、ゆるゆると束を見上げた。唇の端からはよだれが垂れている。
目はだらしなく垂れ下がり、言語機能すらおぼつかなくなっている。痴呆そのものだった。
「どんなに強くても、強い理由を崩されれば……そこまでだ。それを乗り越えるためには、強者はあらゆる弱点を潰さなきゃいけない。どんな犠牲を払ってでも。誰を、敵に回したとしても」
言葉を聞く者はいない。
半死半生の世界最強と。
うつろな瞳で倒れ込む世界最強の再来と。
そして──五体満足の無傷で佇む、天災。
結果は明瞭に示された。
「本当は……強者っていうのは、孤独なものなんだよ。強者っていうのは勝ち続けなきゃいけない。だから孤独になるんだ」
砂浜を悠々を歩きながら束は言葉を紡ぐ。
月明かりに照らされて、人類の生存に全てを投げ打った女が美しく髪をなびかせている。
世界最強に君臨した女も。
世界最強の再来と謳われた少女も。
二人まとめてなぎ倒し、文字通りの勝者として篠ノ之束は強者を定義する。
「──だから、強者は、最初から孤独でいいじゃん」
かつてある男が言った。
つわものは常に孤独だ。
つわものは勝ち続けなければならない。
その為に孤独になる。
一夏だけでない。束にも投げかけられたその問い。
『……耐えられるかな?』
未だ一夏が答えを出せていない問いかけに、束はもうアンサーを導き出していた。
「お前なら、と思ったんだけど。空っぽで何も持っていないお前なら、そのまま突き進めば或いは──私に並び立てるような、そんな強さを手に入れたかもしれない。でも自分が空っぽなのを忘れちゃったんだね……今からでもやり直してみる? 『わたしはからっぽです』、はい復唱」
「──わたし、は」
うつろな目のまま、東雲は呆然と言葉を紡ぐ。
「東雲計画の第零号。いやあ、分かりやすいぐらい、名は体を表すってやつだね? お前がそれ以外に存在価値なんてないって意味なんだけどさ。名前っていうより記号だ──ああ可哀想。お前、名前すらなかったんだ」
「……なまえ?」
「分かるでしょ。分かってるでしょ」
東雲令は何なのか。
東雲令とはどんな存在なのか。
「お前はさ、力しかないんだよ」
言葉を受けて。
視界に少し、もやがかかり始めて。
全身から力が抜けていって。
ああここまでなんだな、と東雲は理解して。
『
「──違う」
力しかない。
相手を殺す殺戮マシーンでしかない。
究極の人類へと至るための実験個体に過ぎない。
「それは、違う」
束が眉根を寄せた。
情報消去フィールド内だというのに、東雲は顔を上げて、真っ直ぐに、束に焦点を合わせていたのだ。
(……あり得ない。ものを考えることも、できないはず……!)
「確かにかつての当方は……力しかなかった。だが、今は……今は、違う……ッ!」
血を吐くような声を絞り出し、両腕に力を込める。
砂が落ちる身体を無理矢理に起こす。
愛機が、『茜星』が絶えず警告を発していた。カット。今は要らない。
「彼に名前を呼ばれるたび、ずっと、ずっと感じてきた」
だってそれだけは否定しなくてはならい。
かつてはそうであったとしても、今は違う。
「彼に名前を呼ばれるたびに嬉しかった。そんなものどうでもよかったのに──初めて、自分の名前を好きになれた」
彼が、教えてくれたのだ。
彼が自分を、変えてくれたのだ。
その変化をなかったことになど、させない。
東雲令という少女が確かに生きていたことは、否定させない。
恋をした。
友を得た。
絆を紡いだ。
日々を過ごした。
何よりも大切で、かけがえのない思い出たち。
それがあるからこそ、今、東雲はここにいる。
だから──!
「それにもう少ししたら当方の名字は織斑に──」
「──良かった。俺も好きなんだ、東雲さんの名前」
声が割って入った。
ガバリと三人揃って振り向く。
多分あんまりタイミングとして適切ではなかったし、ある意味ではこれ以上なく適切でもあった。
うんまあ、その辺りはこう、主人公補正同士が激突した結果なのだろう。
「令と一で……イイ感じにお揃いだろ? だから東雲さんには、東雲計画の第零号以外にも、意味があるよ。たくさんある。俺は、俺たちはそれを知ってる」
男の声だった。
世界の頂点に君臨する女三人の闘争に割って入ったのは。
唯一無二の──男の、声だった。
「……ッ! 何故、何故来たんだ……ッ!」
千冬が悲鳴を上げる。
砂を踏みしめる音を響かせて。
「悪いな千冬姉。だって──ここに俺が居合わせないのはウソだろ」
IS学園制服姿の男子。
世界にただ一人の、白地に赤黒のラインを走らせた制服を身に纏った男子。
「さっき束さん、東雲さんには力しかないって言いましたよね」
月明かりに照らされる彼の足取りはおぼつかない。
今日という日を生きていること自体が奇跡と言える激戦を潜り抜けてきたのだ、当然である。
だが──それは、彼が立ち止まる理由にはなり得ない。
「違う。全然違うよ」
頭を振って、織斑一夏は顔を上げた。
両眼に宿るは静かな炎。
そう──燃え盛っているのに静謐を孕むという、矛盾に満ちた在り方。
されどそれこそが、今の彼を象徴する在り方。
彼は倒れ込む東雲のすぐ傍にまでやって来ると、数秒、彼女と視線を重ねた。
揺れる深紅の眼差しにぴたりと優しい瞳を合わせて、優しく微笑む。
「だって君には──俺がいる」
決然とした物言いだった。
もうその両眼は紅くない。
どこまでも澄み渡った蒼穹の色。それを見て、束がぎくりと肩を強ばらせる。
(え? ……何? え? ちょっと、待って。待って待って待って! 過剰情報受信状態なら真っ赤になってるはず! なのに何、それは、その青色は何!? えっ待ってマジで何どうなってんの本当にどうなってんのッ!?)
驚愕に言葉を失う天災に対して。
一夏は右手に付けたガントレットを握りしめて告げる。
「悪いけど束さん、今この場所ではさ、俺は貴女の敵なんだ」
身体が熱い。
月を分厚い雲が覆い尽くそうとしている。星明かりが消え、闇が訪れる。
だけど──その光がある限り、視界が閉ざされることはない。
「俺は許さない。俺の大切な人を傷つけるなら。俺の大切な人から、笑顔を奪うなら」
発熱を通り越えて発光し始めた『白式』を突き出して。
織斑一夏はいつかの光景を、立場を入れ替えて再現するように。
「──貴女を、篠ノ之束を倒します」
不屈のヒーローが。
無敵のヒーローを救いに、やって来た。
次回
参