そうはいっても、うつくしい   作:異邦人

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ラブレター添削サービス

 私はネット上でラブレター添削サービスをしている。とはいっても仕事にしているわけではなくて、趣味の範囲内だけど、勢いで始めたわりには結構続いている。「依頼」も最近は頻繁に来る。月に一通くらい。

 

 

 ある日私がいつものようにメールボックスを開けると(依頼は私個人のウェブサイトを通じてメールで受けている。手紙の一番の醍醐味はやっぱり文字だけど、それは添削のしようがないし、何よりラブレターを受ける本人だけが見る資格があると思うから)、こんなのが来ていた。

 

 <こちらのサービスのラブレターというのは、やはり片想いの相手に出すもの限定ですか? 恋人に手紙を書きたいと思うのですが、その添削もしていただけたら助かります。申し訳ないです。文章を載せてあるので、嫌だったら全然無視してくれて大丈夫です。>

 

 ちょっと気持ち悪い文章だ、と思った。「文章を載せてある」ことと「嫌だったら全然無視してくれて大丈夫です」ということを「ので」でつないでいいものか、とか。こういう「大丈夫」の使い方はあまり好きになれない、とか。

「これは大仕事になりそう。」

私は呟いた。

 

 手紙を読みながら、こんな主観の押しつけのようなサービスに需要があるのもなかなか不思議なことだと思った。けれど、むしろ主観の押しつけだからこそ少数ながら需要があり、今日まで続けてこられたのかなとも思う。ネット上の見知らぬ人に対して突然ラブレターの下書きを出して、「こんなふうにするといいんじゃないんですか。」という添削を受ける。ここには金銭の授受もないし、添削に従わなければいけない強制力もない。ただただお互いに「こんなラブレターがいい。」という主観を押し付けあっているだけ。このメールのやりとりが終われば、二度と関わることもないだろう人と。

 

 あと一つ思ったのは、これは会社とか大きな集団がやってはいけないことだということ。こうなるともうだめ。添削はマニュアル化された作業となってしまう。このサービスの面白いところは、どこの誰だか知らない人なのに、「僕・私はこんなラブレターが好きです。」というその人の感受性に深く浸ることができるところだから。それに、会社の従業員は面白がって内容を流出させてしまうかもしれない。個人が勝手にやっていることなら、仮にその人に悪意があっても被害は小さくてすむ。

 

 そんなことを考えながら添削を続け、しばらくして、

 <……僕と会いませんか。>

という文が目に留まった。うーん、と私は首をかしげた。悪くはない。普通だ。でもなんかしっくりこない。やはり日本語というのは書き手の主観を言葉の端々に載せやすい言語だと思う(もちろん、これも私の主観)から、ここは、

 <……僕と会ってくれませんか。>

のほうが良い。うん、と私は頷いた。私ならこう言われたい。

 

 そんなふうに最後まで目を通して好き勝手添削して、私はある言葉を添えた。

 <恋人に書く手紙というのも面白いものですね。>

 <ですが、きみがわたしを想って書いてくれた文章なら、どんなにつたなくてもうれしいんですよ。>

 

「自己添削……いや、これじゃだめだな。」

 私は最後の一節を取り去って、メールを送信した。




私の勉強時間が。
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