そうはいっても、うつくしい   作:異邦人

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Where are you now?

 まさかあんなことを言われるだなんて思いもしなかった。けれどいざ言われたら驚くほど心にすっと入ってきた。たとえば数学の問題でどうやって解くのかまったく見当もつかない問題が、答えを見たらなるほどそれなら解けたのにとなる現象によく似ている。だからあのとき、彼女が困ったような顔をしたとき、あの時まさにこれは他人事ではなくなった。対岸の別れではなくなった。この別れは正しく私のものになったのだった。

 

 たとえば彼女の困惑が、その実感を私に伴わないで起こることもできたと思う。それなら私は確かに別れ、その苦味というものを味わうことになるけれど、でもそれはどこか遠いものなのだ。遠いまま、実感のないまま私は彼女と勝手に疎遠になり、それを数年後ちょっと思い返すことがあるかもしれない。あるいはないかもしれない。

 

 そもそも、何が起きたんだったっけ――と私は考えた。言われてみれば前からそんな伏線はあったのかもしれない。問題文の要素を分解すればこの解法のヒントは得られたのかもしれない。最近彼女はなんか私に対してそっけないというか、冷たいというか、そういう態度だったんだ。それで私がこの前、

「今度の休みどこか遊びに行こうよ?」

と言ったら、彼女は少しの間何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。同じような体験を、私も前にしたことがあったから。

 

 四月になって、新しいクラスになって、私はびっくりした。そして当たり前のことだと思った。どういうクラス替えの不運か、去年同じクラスだった人がまったくいなくて、しかも、去年は一年生だったからみんな新しい人間関係を作り上げることに前向きだったけれど、今年はもう二年生だから、みんな既に出来上がっている人間関係の中に閉じこもって、それで満足していたようだった。私は去年もクラスメートに恵まれ、友人に恵まれ、担任の先生にも恵まれ(これはあんまり関係ないか)、みんな話しかけてくれたのが、すごく嬉しかった。でも、今のクラスに私はあまり馴染めていなかった。いじめられていたとか嫌われていたわけではまったくない――と思う。たぶん、ね。本当はみんなと仲良くなりたい気持ちもあったんだけど、他クラスに行けば、去年の友達に会えて、話せるから、なんとなくそれで満足していた。

 

 そんな私の一日を考えてみよう。まず学校に行く。一人で行くときもあれば、友達に会って一緒に行くときもある。でもクラスは違うから、私か相手かのどっちかが先に教室に入って、私は一人で教室に入る。それから朝の時間は本を読んだり勉強をしたりして、ああそれからホームルーム、授業。ペアワークは楽しい。隣の子はさくらちゃんっていうんだけれど、優しくて、いい子だと思う。とりあえず私に映っている限りは、そう。それから昼休みが来る。これも朝と同じ。一人で食べるときもあれば、友達に誘われて一緒に食べるときもある(いい友達でしょ?)。ただ最近は部活の昼練が多いから早弁なるものをすることも多いね。それからまた授業を受けて、部活がある日は部活に行って、帰る。

 

 ああ、結局こうなんだ。私が日々延々と繰り返している生活なんてたったの数行に――これでも私の予想よりは多い――収まってしまう。私はただ与えられたルーティーンを繰り返すための、あれ、なんだっけ……? 私は何を言おうと……?

 

 そうだ、思い出した。それで、あの子の話になる。とはいっても、どうやって仲良くなったんだっけ。たぶん、六月くらいになって、彼女が私にお昼を一緒に食べようと誘ってくれたんだった。私が誰かとお昼を食べるときは、他クラスの子と食べるから、だいたい事前にラインか何かで話しておく。それがないと私は一人でお昼を食べるのが普通だ。なのに、あの日、彼女は私の机のところに来て、どうしたんだろうと思う私に向かって、

「ねえ、一緒に食べない?」

と言ったのだった。なるべく最小限の言葉を、なるべく早口でいったような口調だった。一文字でも惜しい、というような。私が一つ不思議だったのは、なぜ彼女はいきなり私に話しかけてくれたのだろうということだった。もっとも彼女もあまり周りと積極的に話すようなタイプではなかったように見えたけど。

 

 それで私も時々彼女をお昼に誘うようになって、話すようになって、話が合って、……えっと、ところどころ記憶があいまいで……たしか私から今度どこかに遊びに行こうよ?という話をするんだった。授業の間の十分(五分)休みも彼女のところに話しかけに行くことが増えた。

 

 ところが、最近になってなんだか彼女が私に対して鬱陶しそうにするような気がして、私は何かしてしまったのかと思った。それからもきっと細かい気まずいことはあったはずなんだけど、正直、覚えてない。夜寝る前は散々悩むのに、起きると解決してしまったように錯覚するのが私の癖だった。

 

 それで最初の話に戻る。私は彼女が困ったような顔をしたとき、すべてが解ってしまって、そうか、私は前に似たような経験をしたことがある、私はこの子の立場だったはずなのに、と思った。つまり近づかれすぎると遠ざかりたくなるとかいう、この人間のクソめんどうくさい心理などというもの。

 

 その瞬間、なぜ私は分からなかったのだろうと思った。これが、そういう心理をまったく理解できない人間だったなら、まだ諦めもつく。でも私は、私自身が以前に近づかれすぎて遠ざかりたくなったことがあったのに、どうして同じ過ちを犯したか。

 

 この時私は、彼女という人間が分かった代わりに私という人間が分からなくなって、ただぐるぐる考え続けることしかできなかった――そうはいってもやはり彼女のことも分からなくて、まず私は一人でいて寂しかったわけではなくて、もし寂しかったならこうやって彼女に寄りかかりすぎてしまうのは私の心の弱さだと思うけれど、今回は彼女にも責任の一端があるのではないかと思ってしまって、それが結局エゴイスティックな言い訳に過ぎないということも私には十分わかりきったことで、ならばなぜ前に進めないのだろうか、と思うと、どこまでいっても終わることのできない迷路・洞窟――この洞窟には曲がりくねった道がたくさんあるから、出口があるように錯覚するけど、ない――なので、だらだら続いて人を疲れさせるけれど、結局それが人間の気持ちで、人間らしさといえるのかもしれない。

 

 それから思うことは、つまりさっきの彼女のことが分からないということなのだけど、私は彼女のことをずっと誤解していて、私はただ彼女が優しくて私のような人にも目を向けてくれたのだとばかり思っていたけれど、結局彼女も私と同じ類――立場はあれこれ変わるけれど――の人間なのだから、私に話しかけてくれたのも・仲良くしてくれたのも、みんなただの気まぐれなのかもしれないと思って、そのとき、私が今まで彼女と思って接してきたこの人物Aとはなんだろうかと思ったのだ。彼女ではない。つまり、彼女の中の彼女ではない。これは彼女によく似た別人である。では私の中の彼女か? 私はすごく納得した。私は私の意識や理想や価値観の投影された彼女と今まで仲良くしてきたのだ。小さい子が見えない友人やお人形さんと遊ぶように。

 

 時計を見つめた。七時を十五分過ぎている。大変だ。早く夜ご飯を食べなければならない。言われてみればお腹が空いているような気がする。

 

 私は夜ご飯を準備しに台所に向かった。

「この家、こんなに広かったっけな。」

それから食べ始めた。

「私の中のごはん?」

――おっと、礼儀がなってないな。と私は思った。思わず笑って口の中の食べ物を――

ごはんは、それを食べる人間の身体を作り、やがては排泄物として出てゆく。そうか、私は生きているんだなあ――こんな歌が最近多いけれど。

「あっ。」

からんころんというきれいな音がして、箸が落ちた。きれいな音だ。私に気づかせてくれるような音。

 

 さっき私は彼女のことを「私の中の彼女」と言った。でもあれは嘘だ。私の中の彼女なわけがない。だって、私は彼女がいなくたって十分生きていけるもの。彼女はきっと私が彼女に依存するかもしれないとでも思ったんでしょうけど、とんだ自意識過剰、自己愛、ナルシシスト。呆れちゃうわ。――いや、さすがに言いすぎかな。

 

 ところで、彼女はどこにいるんだろう? 彼女の中でもなく、私の中でもないなら、彼女はいまどこをさまよっているんだろうか。私と彼女の関係そのものが私にとっての彼女なのだから、――そう、私は彼女のすべてを知ることはできない。結局私が知るのは彼女の一面に過ぎない――私にとっての彼女とは結局私と彼女の間にしか存在できないということになる。よく、私のものにならないならそれは私にとって死んでいるのと同じ、というような趣旨の発言を聞くけれど、それもまたある意味では誤っている。

 

 となると、私はどこにいるんだろう?――私は空になった食器を片付けた。

 

 私もやっぱりどこにもいないってことだな、

「うん、それが一番、しっくりくる。」




私の勉強じk(ry
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