『いいか。まず私達の誰かが指輪を手に入れる必要がある。特に404の連中に遅れを取ってはならない』
『指輪を手に入れる、つまり指揮官と強い絆を結んだ人形が私達の中から出ればそれで勝ちなんだ。後のことはどうとでもなるさ』
『ただ、姉妹の中で誰が最初の指輪をもらっても恨みっこはなしだぜ』
☆
それはAR-15にとっての誤算であると同時に、手元にブチまけた失態でもあった。彼女はM4 SOPMODIIの無邪気さを全く考慮していなかったのだ。
(指揮官に協力してSOPIIを確保するか、それとも協力を装ってSOPIIが逃げ切るのをサポートするか……)
皮肉にも二者択一を迫られたのはAR-15だった。
AR小隊が指輪を確保するという根本的命題は達成されつつある。私欲を封じ、このまま指揮官と自分達の絆がなし崩しに深まるのを待つ持久戦に持ち込める。情報アドバンテージにおいてはAR小隊とそれ以外の派閥の間には雲泥の差、そのような展開になれば勝算は膨れ上がる。
しかし、そのためにSOPIIがM16の私室に指輪を持ち去り、かつ指揮官を言い包める惑わしの言葉を用意する時間を稼がなければならない。この場においてそれが可能なのは他でもない、AR-15。
(あまり思考に時間をかけてはいられないけど……一手誤れば私達の関係が崩壊しかねないのも事実。どうする、どちらを取る?)
論理的行動を好むはずの彼女が踏ん切りをつけられずにいるのは、指揮官からの好感度が低下する恐れが後者に付随しているからである。
「あのバカ犬め……!追うぞAR-15!今の状況でアイツが指輪を見せびらかしたらあらぬ誤解を招きかねない!」
指揮官は恐れている。SOPIIの悪意なき情報拡散が招来する未来を。
百歩譲って人形に指輪を渡す、すなわち実質婚姻を結ぶとしても、まず部下全員に正しい認識を持ってもらうことは欠かせない。説明会の一つもなしに指輪が誰かの手に渡れば
「り、了解しました」
これ以上の思考は必要ない。指揮官から賜る命令は絶対。そこに打算も妥協も介在する余地はない。「追え」と指示されたのならば、追うまでだ。
「SOPIIの奴ああ見えて結構計算高いからなあ……」
「バカ犬と侮るなかれ、と言うことですね。正直な話私もあの子の思考パターンは読み切れません……宿舎ペット用のドッグフードでおびき寄せられないかしら」
「時々毒舌吐くところまでM4にそっくりだよな君」
こぼしたような所感が冬空の青へと消える。追走へと目的を切り替えた二人が第一の捜索先としたのは食堂。他の人形ならいざ知らず、SOPIIならば甘味の一つでもと足休めをしていても不思議ではない。
結論から言えば、手配犯の影はそこにはなかった。代わりに、偶然居合わせたスプリングフィールドとWA2000にただならぬ有様を見破られ、尋問の時間が幕を開ける運びとなる。
「あら指揮官、なにかお探しものですか?」
「ちょっとアンタ、食堂ぐらい静かに入って来なさいよ」
「申し訳ない。次は気をつける。それと探しものだ、SOPII見てないか?」
「SOPIIゥ?私は見てないけど。ふぃー……じゃなくてスプリングフィールドは?」
「私も見ておりませんね。彼女が?」
「新装備を持ち逃げし──ムグッ!?」
AR-15の言葉は古傷の掌によって遮られ、行き場を失う。次の一秒にて彼女は己の浅はかさを知り、恥じた。
「へえ、新装備」
「ですか」
食いつくのはスプリングフィールドと、WA2000。人形である彼女達が新装備の五文字を聞き逃すはずはなかった。
(うっかり口に出してしまった!M4のおしゃべりグセが移ったのかしら……。と、とにかく挽回しなくては。スプリングフィールドを……撒けるか?)
「ええ、新型のナイフが16labの方から支給されたんです。それをSOPIIが『人形解体に便利そう〜!』と持ち出してしまって。全く困った妹です」
(上手いぞAR-15!SOPIIの性癖を巧みに利用したナイスな誤魔化しだ!残りはスプリングフィールドだけだが……)
ここで二人の思考は一致する。スプリングフィールドM1903、武人とも称される隙なしの人形。彼女を騙し抜くのは至難の技だ。もう一人に関しては話は別だが。
「ふーん、アンタも大変ね。ま、私も見つけたら連絡するから」
「サンキューわーちゃん、助かるよ」
「ありがとうわーちゃん。やっぱり頼りになるわね」
「わーちゃん言うな!」
微かに頬を染めたWA2000の姿に、自然と三人が微笑む。中々胸襟を開かない狙撃手ではあるが、わーちゃんとあだ名で呼ばれるのは嫌いではないのだ。単純に、気恥ずかしい。そこに生来の不器用さと意地っ張りな性質が相乗してつい反感を覚えたと言いたげな口ぶりになるのが、WA2000の悪癖である。
幸運なことに姉兼親友のスプリングフィールドを筆頭に指揮官、同部隊の仲間も理解を示してくれているおかげで、問題を招いた記録はほぼない。
(ナイフ……。16labが今更そのような緊急兵装を供与してくるとは考えにくい。新素材開発の報があれば話は別ですが、直近のニュースにはなかったはず。それに指揮官のあの手。AR-15の発言をわざわざ阻んだ意図とは?答えは一つ。そもそも『新装備の存在を知られること』事態が指揮官にとって不都合だったから。だから彼は反射的に彼女の口を塞いだ、と推測するのが一番自然でしょう。持ち逃げ、つまり持って身軽に逃走できるほど小さい装備……。このなにもないタイミングで指揮官が受け取っても違和感のない兵装種とは……『アレ』、かも知れませんね)
(このままスプリングフィールドが素直に引き下がる……とは思えない。彼女の口が開く前に指揮官を促して脱出を図るか次の言葉を用意しておくべきね。ああ全く、数分前の自分が憎い!)
「指揮官、そろそろ行きましょうか。ごめんなさいスプリングフィールド、わーちゃん、お食事の邪魔をしてしま──」
「お待ちください。SOPIIが持ち出したのは本当にナイフなのですか?あるいはもっと小さい、例えば磁気等で関節に干渉してレスポンスを向上させる『アクセサリー』……とか」
追跡者達を貫く瞳。覚えた賞賛と焦燥は大きい。
場の支配権はほぼ奪われたと見なして問題はない。つまり今注力すべきは逆転ではなく防衛。可能な限り追求をかわし、複数解釈ができる発言を残すか、だ。
指揮官が上手い嘘を、あの紫色の人形の思考をトレースすることによって生み出そうと試みる傍ら、AR-15は打って出る。
「あまり上官達の世界に探りを入れないことよ、スプリングフィールド。……まあやっぱり変よね、今更ナイフだなんて。でも事実なのよ。ホント、ペルシカの考えは解読不能この上ないわ。そう思わない?」
(下手ね、これじゃあ嘘をついていると言っているようなもの。語頭の警告にもならない警告が功を奏せばいいのだけれど)
祈る神など持たぬのが彼女の性分だが、この時ばかりは珍しく神頼みに手を染めたいと熱望する。
一方、引き際を弁えるスプリングフィールドには事態を思うように転向する余裕があった。
(ふふ……嘘は得意ではないようですね、AR-15。ですがこれ以上お二人をいじめるのはその後を考慮すればよろしくない選択でしょう。それに反応から推察できる事柄もあります)
「過ぎた真似でした。どうかお許しを」
敢えて「行け」とAR-15にアイコンタクトで説き勧める。
去り際の敗者が残す眼の光芒。それにゾクリ、と己が内に秘めた武人の血が騒ぎ立てる。
どうやら後進は順調に育っているようだ。無論未熟な点も併せ持っているが。
「なんかすごい攻防を見た気がするんだけど」
「わーちゃん」
「へ?」
「ふふっ、戦争ですよ。それも熾烈を極める、ね」
☆
「なあAR-15、一つ聞きたかったんだが」
「はい、なんでしょうか」
「指輪、欲しかったの?」
「──へっ!?きゅ、急になにをおっしゃるのですか!?」
「ちょっと参考までに」
「え、ええ欲しいです。それが私に更なる高みへ続く道を示してくれるなら、指輪も腕輪も首輪も全部欲しいです」
「指輪に特別な意味が込められていても?」
「気にしません…………………………たぶん」
(ああもうなんで素直に欲しいって言えないのよ!どう見ても今のはチャンスだったでしょう!)
「ありがとう。っと、じゃあ俺はこっちの方行くから、AR-15は左手を頼む」
「…………承知しました」
「き、急にテンション下がったな」
「いえ。少々自己嫌悪に陥っていただけですので、お気になさらず」
一難去ってはまた一難。人生も警察ごっこも順風満帆には進まぬ。一つ目の戦場を背に、バディと二手に分かれた指揮官はわずか三分後に強く感じた。その訳柄は目と鼻の先で拘束されている指名手配犯とその確保者、特に後者にある。
色素の薄い肌。透明感漂う銀髪。若草色の瞳は、特殊部隊然とした装いの上でも美しさを保つ。
彼女の名はHK416。この場にて最も遭遇したくなかった人形の一人である。
「よ、よお416。二週間ぶりぐらいか。どうしたんだ?SOPIIを抑えたなんてしてよ……」
動揺のあまり上擦る。幽鬼の如き枝垂れ髪の奥で光と怒りを帯びた楕円が蠢いた。その白い指に摘まれたのは、プラチナのリング。
「ねえ指揮官。私、任務の帰りだったんです。報酬を受け取るついでにメンテナンスと、貴方にも顔を見せておこうと思って基地内を歩いていました。そうしたら出会い頭にM4 SOPMODIIが突っ込んで来て……それだけならいいんです。躾ければ終わる話ですから。でもね、指揮官。私見たの。コイツの右手の中指に嵌ってる、この輪っか。どう見てもエンゲージメントリングよね?それも16rabが試製した新型の人形用拡張装備。ねえ、指揮官」
──これ、なあに?
彼女には嘘をつけない。いや、ついてはいけない。
前触れなく訪れた窮地だが、指揮官の思考は辛うじて正常な稼働を続けていた。
偽りなき真実の告白。それはある種の懺悔だったとも受け取れる。
「み、見ての通り誓約システム用の指輪ですが……」
「は?」
「え、いやその」
「は?」
「だからその、あの……」
「指揮官、私はもうじき冷静さを失います。その前に筋道立った説明を。場合によっては貴方を撃たなければならないということをお忘れなく」
怒気を隠そうともしたい416の詰問に指揮官はたじろぐ。嘘偽りなく事情を明かすのは簡単だ。しかし真実とは時に残酷な武器となるようで、「うっかり取られた」と言えば異なる怒りを買うこととなる確信がある。
「お、怒るなよ416。別にSOPIIに渡すと決めたわけじゃないんだからさ……なあ?SOPII?」
「うぇっ!?わたしに振るの!?」
「元はと言えばオメーが俺の隙を見て奪って行っ……あ」
二の轍を踏むとはまさにこのこと。先刻AR-15が犯した失態と寸分違わぬ醜態を晒した。しかし万事は後の祭り。彼を待っていたのは読み通り高い代償の支払いだった。
「へえ……。指揮官はドジなのね。いいわ、私が教育して差し上げましょう。さあこちらへ。SOPIIはもう行っていいわよ。むしろ行きなさい」
「は、はい……」
「あ!裏切り者!」
「だって416怖いんだもーん。じゃね、指揮官。また遊んでね!」
「裏切り者ォ!!」
ぐい、と耳を引っ張られ、指揮官は行き先を知らされぬまま景色が巡る様を見る。その胸には器量の小さい恨み言と不安と、それまで少し距離を感じていたAR-15と親しくなれた──ような気がする嬉しさが混沌としていた。
一回戦 vsAR-15:SOPIIが介入したものの押され気味だったので実質負け
二回戦 vsSOPII:416の乱入により引き分け
三回戦 vs416:
春田さんに勝てるビジョンが見えない