「高校生活を振り返って」2年F組 比企谷八幡
青春とは嘘であり、悪である。
青春を謳歌せしものたちは常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。
彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。彼らにかかれば嘘も秘密も罪科さえも青春のスパイスでしかない。
仮に失敗することが青春の証であるとするならば、友達作りに失敗した人間もまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。
しかし、彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合主義でしかない。
結論を言おう。
上記した内容が高校生活一年目を振り返ってみた俺が、感じ思った事の全てである。
国語教師の平塚静先生は、俺の作文を大声で読み上げた。
こうして聞いてみると、自分の文章力がまだまだだということに気づかされる。
結論が間違っていたとは思わないが、もう少し丁寧にひとつひとつ例証をあげていって明確に論旨を証明しながら書くべきだったかもしれない。国語学年三位として恥ずかしい限りだった。
「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」
「はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが」
「そうだな。それでなぜ君はこんな舐めた作文を書き上げてるんだ。なんだこれ? どうしてこうなった?」
「俺なりに素直な気持ちを原稿用紙に落とした結果としてこうなりました」
「・・・・・・たく・・・・・・」
平塚先生はため息をつくと悩ましげに髪を掻き上げた。
「君の目は、死んだ魚のような目だな」
「性根が腐ってますからね。心が腐ると目も腐るんですよ、たぶん」
ひくっと平塚先生の口角が吊り上がる。
「真面目に聞け」
「聞いてます。だからこそ、嘘偽りない真実を言葉にして語っているんです」
「小僧、屁理屈を言うな。屁理屈を・・・・・・」
悪びれることなく『自分は腐っている』と断言してのけた俺に勢いを削がれたのか平塚先生は、頭痛を抑えるように拳を額に押しつけながら呻くように罵倒してきたのだが。
「先生・・・その言い方だと間接的に自分の年齢が『若くない』ことを表明する自爆特攻になってしまうのですが・・・・・・」
「うぐっ!? げほっ、ぐほっ!?」
指摘されると思ってなかったのか、それとも別の形で指摘してくる事態を想定してたのか、それは分からないが、とにかく先生は咽せた。盛大に。
しばらくして「はぁ、はぁ・・・」と荒い息をつきながらも回復し、俺の腐った瞳を殺気混じりに見上げてきて威嚇してくる。
「ーー女性に年齢の話はするなと教わらなかったのか?」
「親父から、男をゆすりたかろうとする女性は間違いなく金目的だとは教わりましたが?」
「・・・・・・親子ともども禄でもなかったんだな、比企谷家の肖像って・・・・・・」
マジそうだった目が急速に衰えていって、俺の目みたいに腐っていく様を披露した後、平塚先生は顎に手を当てる「考える人ポーズ」を取って見せながら「フッ」と格好良くキザに微笑む。妙に似合っていたのでドキリとさせられたのは内緒だ。
「ちょっと、ついてきたまえ」
「着いたぞ」
笑顔に釣られた美人局の獲物よろしく、ホイホイ付いてきてしまった先は特別棟にある教室の一室。主に先生たちが物置代わりに利用している空き教室が多い一帯だ。文系エリートで、体育会系ザコ戦闘員の国語学年三位にとって何ともイヤな予感に満ち満ちた場所でもある。
「平塚先生、入るときはノックをお願いしたはずですが」
案内役として先導してくれている先生は目的地とおぼしき空き教室の前までくると、ノックもなしにいきなり扉を開けて入室し、室内でイスに座り本を読んでいた黒髪ロングの少女から苦言を呈されていた。
「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」
「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」
どうやら毎度のお約束らしいやりとりを二人だけで演じている彼女たち。
やがて苦情を言ってきた黒髪少女の視線が横へと移動して、冷めた瞳が俺を捉えた。
「それで、そのぬぼーっとした人は?」
「・・・・・・・・・」
言われて俺は、少しの間考えてみる。
その後、一回教室の外まで戻って百八十度回頭してから改めて彼女たちの方へと向き直り、右手を顔の高さまで上げてから扉に向かって静かに二回たたきつける。
コン、コン。
「・・・・・・・・・」
そして沈黙。
俺はイスに座ったまま角度的な理由で見上げてくる黒髪少女の瞳を見下ろしながら、視線だけで問いかけてやった。
『ノックをした場合には、返事をするのかしないのか』ーーーと。
「・・・・・・どうぞ」
「どうも。失礼いたします」
どこか悔しげな表情で入室を許可してくれた彼女に敬意を込めて礼儀正しすぎる口調で部屋に入り直してきた俺を、なぜだか平塚先生の方がギリギリと歯軋りしそうな目で見つめてこられて少しだけだが困らされる。先生、いい歳をして逆恨みはやめてください・・・。
先生の怖い瞳から目を逸らすため、俺は目の前の少女のことへ意識を集中させた。
雪ノ下雪乃。俺はこの少女のことを知っている。
国際教養科二年J組。女子が九割を占めるそのクラスは偏差値が高く、派手なクラスとして知られている。
その中で異彩を放っているのが彼女である。学内誰もが知る有名人だ。
「彼は比企谷、入部希望者だ」
平塚先生が寝耳に水な発言をしてくるのを記憶にとどめ置くだけで聞き流し、俺は雪ノ下に向かって会釈する。
「比企谷八幡です。はじめまして」
よろしくとも、お願いしますとも、オイ入部って何だよとも言わない。言質は取るものであって、取られるべきものじゃない。説明は、紹介してきた人自身の口からやらせるべきだと俺は思っている。
「君には、舐め腐ったレポートの罰としてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口答えは一切認めない」
「では、糾弾させてもらいます。言論の自由を統制し、命令に従わない生徒への罰則として学校の部活動を私的に乱用し、生徒からの質問があれば答えるという教育法にも明記された教育者としての義務を放棄すると明言された先ほどの言動にはいささか以上に問題がありすぎましたので、後ほど県の役所に平塚先生の地方公務員法違反の件で相談に行かせてもらいますね」
「待て待て待て待て待てーーーーーーっい!!!」
大慌てで取り乱しまくる平塚先生。
冗談で言ってたことは分かっていたから冗談で返してみたのだが、どうにも伝わらなかったらしいのは残念である。
「冗談です。どうぞ先を、続けて続けて」
「比企谷・・・・・・貴様って奴はいったいどこまで・・・・・・っ!!!!」
しばらく俺のことを親の仇のように睨みつけていた平塚先生だったが、やがて肩を落として正面へと向き直り、雪ノ下雪乃と改めて対峙しなおした。
「と言うわけで見れば分かると思うが、彼はこの腐った目と同様に根性も腐ってる。そのせいでいつも孤独な哀れむべき奴だ。人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。
こいつを置いてやってくれるか? この部で彼のひねくれた孤独体質を更正する。これが私の依頼だ」
「それなら、先生が殴る蹴るなりして躾ればいいと思いますが」
「私だってできることならそうしたいが、最近は小うるさくてな。肉体への暴力は許されていないんだ」
ようするに精神への暴力なら許されるだろうから、ここへ放り込んで修正してやるのだと、そういう意味なんだろうなぁー。
・・・と言うか心の問題って物理攻撃で治るもんなんだろうか? 医者でボクサーだったのはワトソン君ぐらいしか知らないのだが。
「お断りします。そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
雪ノ下が両手で自分の体を抱きしめるかのごとく、ブレザーの胸元を隠すようにして腕をクロスさせ表情を露骨な嫌悪で歪めくるが、どこからどう見ても陵辱エロゲの定番ヒロインポーズにしか見えないのだが、それは俺の性根と眼が腐っているからだと信じたい。と言うか、信じてやりたい。さすがにカワイソ過ぎるから。
「安心したまえ。この男のリスクリターンの計算と自己保身に関してだけは、なかなかのものだ。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない。彼の小悪党ぶりは信用してくれていい」
「小悪党・・・・・・。なるほど・・・・・・」
今の説明のどこに納得できる要素を見つけ出したのか、雪ノ下雪乃は納得したようにうなずいている。さすがは偏差値が高くて派手なクラスとして知られている国際教養科の中で異彩を放っている有名人だった。
ーー常識人の俺にはよく分からない感性を持っていらっしゃる・・・・・・すっげぇ関わり合いになりたくねぇ。誰がどう見ても、ヤバすぎるだろ二人とも。
「あのー、一応の補足になりますが、俺は別に特殊性癖持ちじゃないんで、性欲を感じる美人とそうでない美人との区別ぐらいはつけられますからね? そこんとこお忘れ無いように」
「ーーー(キッ!)」
懇切丁寧に安全性をアピールしたら黒髪少女に睨まれた。出会ってから今までで一番怖い瞬間だったわー・・・。
「・・・まぁ、先生からの依頼であれば無碍には出来ませんし・・・・・・。承りました」
もの凄くイヤそうな顔をされながらも、居着くことには許可を得られてしまった。・・・いらないんだけどなー、正直言って心の底から素直な気持ちとして。
「そうか。なら、頼んだぞ雪ノ下」
とだけ言うと、先生はそのままさっさと帰って行ってしまった。
去り際の後ろ姿は格好良かったが、全体を通してみると何もやってないんだよな、あの人って。割と本気でなにするためにここまで俺を連れてきてたんだ? 散歩か? ・・・最近タバコ吸い過ぎてたからなぁー・・・歳もあるし、そろそろ健康が気になるお年頃なのか。世知辛い。
さて、と。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・どうすることも出来ねぇー。ぼっちを一人で初対面の人と一対一で置いて行っちゃダメだって教わらなかったのかなぁ、教師のくせに。
美少女と二人きりで教室の中に放置とか、トラウマスイッチ押しまくらなけりゃならなくなるシチュエーションはマジで勘弁願いたいんですけども?
「・・・・・・そんなところで突っ立ってないで座ったら?」
「え、あ、はい。失礼します」
今度は俺が不意打ちで話しかけられキョドりながら空いているいすに腰掛けさせてもらう。・・・そしてまた沈黙。
――もしかしなくても俺の更正プラグラムって、沈黙と退屈に耐えしのぎながら放課後の貴重な時間を浪費させることだったりするんだろうか? 確かにそれで被る精神的ダメージは計り知れないことは認めるが・・・・・・どう考えても孤独体質は治らんだろ絶対に。
「何か?」
むしろ、悪化するだけなんじゃないか? とか考えてた俺に再び雪ノ下からお声がかかる。
いや、何かと聞かれても。
「悪い、そもそも状況が分かっていないんだよ。ここがどこで、何をやらせるために連れてこられたのか全くの謎だらけだったんでな」
いや、本当。俺って何でどうしてここに連れてこられてんの? 誘拐犯の平塚先生がなにも伝えることなく格好付けて帰ってちゃったから本気で何一つとして分かってないのだが・・・・・・。
「いろいろ把握できてなくて・・・そもそもここ、何部なんだ?」
俺がそう言うと、舌打ち代わりに雪ノ下は不満そうな吐息をはくと、勢いよく本を閉じて虫でも見るかのような目つきで俺を睨んでから、諦めたように言葉を発した。
「・・・・・・・・・そうね、ではゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう?」
「娯楽部」
俺は即答で答えを返した。
それ以外にあり得ないと確信できる証拠が出揃っていたからだ。
「・・・・・・聞いたことのない部活名だった時点で大外れだけど・・・一応聞いて上げるわね。その心は?」
「理由その1、部活動の時間になにもやってない。理由その2、部長とおぼしき生徒が本読んでるだけで来訪者に何一つ説明しようとしない。理由その3、部員を名乗る生徒に活動内容を尋ねたら『ゲームをしよう』と返してきた。理由その4、教師からの依頼を拒絶する権利が正規の部活動にあるとは思えない。理由その5、人付き合いを教えるように言われ『承った』と答えた部員が無言のまま読書を続けている。真面目に部活動をやる気があるとは到底思えない。
ーー以上が大まかな理由だな。
空き教室が多いエリアにネームプレートも付けず、中で生徒が本読んでるだけの意欲0な部活動は他に候補が思いつかなかったんだが・・・・・・さっきの返しを聞く限りじゃ外れだったたみたいだな。・・・で? このクイズゲームの正答は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
もはや親の仇なんかじゃなくて自分自身が殺さなくてはならない仇敵を目の前のした時みたいな目つきで睨み据えてくる雪ノ下を、俺は腐った目と心で見返しながら黙り込み、黙ったまま相手から答えが返ってくるのを大人しく待つ。
しばらくしてから感情を落ち着かせ終わったらしい雪ノ下は、
「比企谷くん、女の子と話したのは何年ぶり?」
と、唐突すぎる質問に対しての質問返しという横紙破りに訴え出てきやがった。
「それは二次元、親兄妹含めて構わない質問なのか? それとも三次元のリアル女限定での答えがお望みか? ちなみに後者だった場合の答えは『十七年よりかは短いんじゃねーの』だよ」
「・・・・・・(キッ!)」
改めて睨みつけてくる雪ノ下の冷たい瞳を見つめ返しながら、俺は嫌がらせ目的で余計な一言を付け加えておく。
「ついでに言えば、二次元の方で聞いた最後の言葉は昨日の晩で、その内容は『質問に質問で返すのは、バカだと思われるからやめなさい』だったよ」
「・・・・・・(ギッ!!)」
更に増した目力にはさしもの俺も抗えなくて、そっぽを向いて目を逸らす。見返さなければ見られていても怖くなーい。
「・・・持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って、これを与える。人はそれをボランティアと言うの。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ。
ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」
ノブレス・オブリージュ。まるで氷の女王のごとく居丈高な態度と口調で述べられた内容は、イギリス貴族でお馴染みのあれと似ているが、目の前の彼女からも似たものが感じさせられていた。
誇り、気高さ、誓い。その他諸々の彼女が大切にし、貫き守り通そうとしてる思いは伝わってきた。
きたのであるが、だがしかし。
「お前・・・・・・最初頼まれたときに『お断りします』って言ってたじゃん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この瞬間、俺の中で雪ノ下雪乃という少女の評価は『行き当たりばったりな少女』で確定してしまったのである。