そんなこんなで日々は過ぎ、俺達のテニス特訓は第二フェイズに突入していた。
かっこよく言っただけで、要するに基礎訓練を終えてボールとラケット使った普通のテニス練習に入っただけなんだけど。
第二フェイズって表現すると、なんか特別っぽくて優れてるように聞こえるだろ。言い方を変えるだけで中身まで別物みたいに錯覚させられる日本語の妙って奴だ。
俺は伝統を愛する日本人として、形で中身の薄さを誤魔化す文化を時には否定しない。
そして、だからこそ。
「土砂を巻き起こしたその隙に球を叩き込む魔球! 『ブラスティー・サンドロック』!」
「由比ヶ浜さん、もっとその辺とかあの辺とか厳しいコースに投げなさい。じゃないと練習にならないわ」
ずざーっ!!
「うわ、さいちゃんだいじょぶ!?」
「・・・平気。大丈夫だから、続けて」
――傍目には混沌としているようにしか見えない、文化系マイナー部活動の奉仕部による、メジャーな体育会系テニス部員へのテニス指導という訳わからん状況を目の当たりにしたときに、俺はためらうことなくこの状況を『第二フェイズに突入した』と表現することが出来たのだ。普段から売れない作家が考えそうなこすっからい思考をしていたお陰である。
・・・いや、ほんと。何やってんの、コイツらって。あるいは俺たち奉仕部と戸塚って・・・。
同類と見られることに少しだけだけど恥ずかしさを覚えてきた俺は、彼女らから少し離れた場所でアリの列を見下ろしながら今日の練習も早く終わってくれることを切に願う。
割と本気で早く終わって解放して欲しすぎるんですけど、この混沌空間・・・。ていうか俺、要らなすぎると思われますから早く帰して。マジお願いだから。
とか、そんなことを考えていたときだった。
「あ、テニスしてんじゃん、テニスー」
横合いから、如何にもリア充な女子らしい女子女子したボイスが響いてきて、ほんのちょっと逃げ腰になりながら振り返る。
先程まで雪ノ下がいて、今は戸塚の負った怪我に塗る薬でも探しに行っているから居なくなってたらしい位置に、葉山と三浦を中心とした一大勢力が形成されてこちらに歩いてくるのが見えたのだった。
見た感じからして勝ち目のない数量差で抵抗する気がなくなってくるほどの数。正直しんどい。この数を相手に俺みたいなボッチが挑むとしたら幻影旅団に入団できるようになってからだな。今は無理だ、力が足りない。
だから何も抵抗せずに大人しく見ております。ボッチは無抵抗主義者の巨頭。居ないものとして周囲に扱われる忍者の天才なのである。ニンニン。
「ね、戸塚-。あーしらもここで遊んでいい?」
「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるわけじゃ、なくて・・・練習を・・・」
「え? 何? 聞こえないんだけど」
戸塚の小さすぎる声が聞き取れなかったのか、三浦の言葉で戸塚が押し黙らされそうになってしまう。
それでもなけなしの勇気を掻き集めた戸塚は再び口を開く。
「れ、練習だから・・・」
「ふーん、でもさ、部外者混じってるじゃん。ってことは別に男テニだけでコート使ってるわけじゃないんでしょ? 別にあたしらが使っても良くない? ねぇ、どうなの?」
「・・・・・・だけど、」
そこまで言って、戸塚は俺の方を見る。
――うん、まぁ俺しかいないからね今。雪ノ下はどっか行ったまんまだし、由比ヶ浜は気まずげに顔逸らしてるし、材木座はどうでもいいし。俺しかいないわ、この状況だと。
「あー、悪いんだけど、このコートは戸塚がお願いして使わしてもらってるもんだから、他の人は無理なんだ」
「は? だから? あんた部外者なのに使ってんじゃん」
「え、いや、それは戸塚の練習に付き合ってるわけで、業務委託っつーかアウトソーシングなんだよ」
「はぁ? 何意味わかんないこと言ってんの? キモいんだけど」
こっちの話聞く気一切ない気持ちを隠す気のない三浦は、あからさまに馬鹿にしまくった表情と言葉で俺を罵ってくる。言葉が通じないのではなくて、単なる対話拒否だ。
この場合、完全平和主義を唱えるボッチキングダムの国王にして、ただ一人の国民でもある俺としてはどう反応したものかなと悩んでいたら、三浦の隣から思わぬ助けが入った。みんな大好き葉山隼人くんのご登場である。
「まぁまぁ、あんまケンカ腰になんないでさ。
ほら、みんなでやった方が楽しいしさ。そういうことでいいんじゃないの?」
「・・・・・・みんな?」
言葉が通じない三浦よりかは話が通じそうな奴が出てきてくれたことを感謝する反面、俺はその言葉を聞いたときにカチンと来ていた。
「・・・葉山、お前の優しさは嬉しい。お前の性格がいいのはよくわかった。そして、サッカー部のエースだ。その上、お顔までよろしいじゃないですか。さぞや女性におモテになられるんでしょうな」
「い、いきなりなんだよ・・・」
突然のヨイショに葉山が明らかな動揺を示す。
コイツは知らないようだが、人が人を褒めるときに気をつけるべきことは、良いところを褒められた分だけ悪いところを指摘されたときに反論しづらくなる部分なんだぜ?
「でもなー、葉山。・・・・・・普通、キモいとか言ってきた奴と楽しくやるのは、いくら“みんなのため”でも無理だと思うぞ? 罵倒されて悦ぶ変態趣味の持ち主でもなければさ・・・」
「うぐっ!?」
葉山、表情を引きつらせて大ダメージ。高みにまで持ち上げられてから、自分自身の過去によって足下を掬われ高所から落下死するのは苦しかろう。辛かろう。フハハハ、怖かろう。
・・・なに鉄仮面やってんだ俺は。
「い、いや、それはさ・・・? そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。・・・なんか、ごめんな? その、悩んでるんなら俺で良ければ相談乗るからさ」
罪悪感からか、凄い勢いで慰められてしまった。
葉山はいい奴だ。思わず、「ありがとう・・・」とか涙ながらに言いそうになってしまった。
いや、本当に。
こんないい奴の善意を利用するのは心苦しくて仕方が無いよな、本当に。マジでマジで。
「本当か、葉山? 本気で俺の悩み事の相談に乗ってくれるのか・・・?」
「あ、ああ、勿論だよ。俺で良ければいつでも喜んで君の悩み事の相談に乗る――」
「――実は同じクラスの女子生徒のM浦さんに、現在進行形で迷惑かけられまくってるんだけど、どうすればいいか相談に乗ってもらっても構わないか?」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!????」
頭を抱えて雄叫びを上げる葉山隼人。なかなか珍しい光景である。
あっちを立てればこちらが立たず。出る杭を打てば、逆が飛び出る。アンビバレンツ。
みんなで楽しむ男は、みんなに楽しまれるため利用されまくってくれる。
「いい人」葉山隼人にとって、今日は厄日か何かだったのかも知れないな・・・・・・。
「ねー、ちょっと隼人-。何だらだらやってんの? あーし、テニスしたいんだけど」
「い、いや優美子・・・そこはさすがにその・・・もう少しだけでいいから空気を読もうか・・・?」
「は? え、ちょっと何言ってんのか全然わかんないんだけど・・・・・・って、きゃっ!?
な、え、ちょっと何!? なんであーしお姫様抱っこされてんの!? あーし、これからどこへ連れてかれちゃうの!? ・・・や~ん♪ 隼人ってばダイタンなんだからー☆」
『オオオオォォォッ!? HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』
ドドドドドドドドドッ!!!!
・・・・・・誤魔化したかったのか、逃げ出したかったのか、それとも両方だったのか。
葉山は三浦をお姫様抱っこで持ち上げると全速力でテニスコートの側から走り去っていき。
なんかいつの間にか集まってたらしい葉山目当ての見物客どもが葉山王子の勇姿を見届けるためゾロゾロ後を追っかけてついてっちまった。
・・・そっとしといてやれよ、ああいう時ぐらいはさぁ・・・。
「うむ。・・・・・・嵐のような男達であったな・・・」
「上手くまとめたつもりかも知れないけど、全然上手くねぇぞ材木座。あと、それパクりだ」
作家目指して小説書いてんだったら、いい加減パクリネタはやめて普通にオリジナル書けよ、お前の作品。
ギャグじゃなくて異能バトルファンタジーじゃなかったのか・・・・・・。
「えーと・・・とりあえず念のためにと思って、あたしそこの草むらでテニスウェアに着替えてきてたんだけど、もしかしなくても必要なかった? 短すぎるスカートで、あたし恥ずかし損?」
「気にするな由比ヶ浜。お前がいつも履いてるスカートと長さ的にはあんま変わらん」
「なっ!? 何それ!? い、いつも見てるってこと!? キモいキモい! マジでキモいからっ!」
だから何度も言うように、恥ずかしいならスカート丈伸ばせばいいって言ってんだろーが! このアホッ!!
「・・・なに? どうかしたの? この馬鹿騒ぎはいったい何?」
心配するな、全てが終わってから戻ってきた雪ノ下。
――試合する相手もいない中で、テニスウェア着せられてるお前も立派に馬鹿の一員に数えられる資格を持ってるはずだから・・・・・・。
つづく
おまけ『試合後の舞台裏で』
雪ノ下「・・・・・・・・・・・・由比ヶ浜さん・・・・・・?(メラッ)」
由比ヶ浜「ひぃっ!? ゆきのん待って! わざとじゃないの! わざと恥かくのに付き合わせちゃったわけじゃないから! そうだよ! あたしとゆきのん、トモダーチ! ・・・って、ギャーッ!?」
ちゃんちゃん♪