朝起きて、リビングに降りていくと妹の小町がジャムを塗ったくったトースト片手に偏差値25ぐらいにしか見えない記事の書かれたファッション雑誌を見ながらパジャマ姿で寛いでいた。
黒く染まって黒歴史化した妹の将来が見えた気がして、頭が真っ白になった。
「おい、時間」
「うっわやばぁ!」
「あと、先に口を拭け。付いてるぞ、口周りに」
「え、嘘? ジャムってる?」
「お前の口は自動小銃かよ。ジャムるの使い方間違ってんだろ」
指摘してやると妹は「やっばー」とか言いながら口元をパジャマの袖でぐいっと拭う。
「お兄ちゃんて、ときどき何言ってるかわかんないよね」
「失礼な。たとえにジャムル・フィンを出さなかった時点で、ものすごく相手のレベルに配慮した一般常識の持ち主であることが誰の目にも明らかだろうに。この理屈を否定できるものがいたとしたら、俺はオーストラリアにコロニーの一つでも落としてやりたくなってくるぞマジでな」
「・・・ごめん、お兄ちゃん。小町が間違ってたから、北米大陸の穀倉地帯にも落とさないでおいてあげてください」
ペコリと頭を下げてきて終わる、比企谷家兄妹による朝のやり取り。
いや、特に意味はないんだけれども。何となくやりたくなってしまうのが、友達いないからゲームとアニメが友達で育った引きこもり系エリートぼっちの性って奴なんだと思っていただけたら光栄である。
「それはそうと、片付けよろしくねー☆」
そう言って投げ渡してきたのは、つい今し方まで自分が着ていたパジャマの上下。
Tシャツとショートパンツみたいな形状の二つを手に持って見下ろしながら俺は思う。
妹という存在は不思議なもので、どれだけ可愛かろうとも特に何も感じられない。下着なんてただの布としか思わない。リアルな妹なんてそんなものである。
「――的なことを地の文で思ってる兄キャラって、たいていの場合妹を異性として意識しまくってるのが定番だよな。
妹ものラノベ主人公の台詞なんてたいていの場合は決まってるし。『ずっと妹のパンツを洗い続けてきた俺にとって女の子の下着なんて布きれと変わらない』『妹を恋愛対象として見る兄がいるものか』『妹よ、お前が好きだ。お前が欲しい・・・』」
「それ、最後の奴が別のジャンルから取ってきちゃってるからね!? フィクションで一番熱くて恥ずかしい愛の告白した男の人と、妹に恋する気持ちを隠したいヘタレお兄ちゃん主人公を一緒くたにしちゃお互いに可愛そ過ぎるから、やめてあげてよお兄ちゃん!」
半泣きになって飛びついてきた妹の懇願もあって、今朝の雑談終了。
結果として、妹は今日も自分のパンツは自分で洗濯機へと入れに行きましたとさ。めでたしめでたし。
「ああもう! お兄ちゃんがゆっくりさせてくるからもうこんな時間だよ! 小町遅刻しちゃう。――と言うわけで、学校まで二人乗り自転車でレッツゴー!」
「このガキ・・・」
立ち直りの早さと、手のひら返しの早さはさすがに俺の妹。兄として、妹のひねくれ度の高さを認めざるをえない。
「また事故ったりしないでね? 今日は小町乗ってるから。お兄ちゃん、ときどき腐った魚みたいな目で、ぼーっとしてるから心配なんだよ。あ、今の小町的にポイント高い♪」
「そうだな。口に出した時点でプラスマイナス相殺されて、自分自身の発言が0にしちまってるけどな」
「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
わざとらしく大声で叫び声をあげる妹の小町。
やっぱりコイツは俺の妹なんだと強く感じさせられた瞬間である。
そんなこんなで、学校に登校。途中で妹が通っている中学校前で妹をおろして、俺もあらためて総武校に登校。今へと至る。
「故人曰く、働いたら負けである。労働とはリスクを払い、リターンを得る行為である。よって俺の働かずに家庭に入るという選択肢は妥当であり、全くもって正当なものである。
したがって、今回の職場見学においては専業主夫になるのに必須の条件、外で働いて家の中の家事をしたがらない女性を紹介してくれそうな結婚相談所を希望する――って、アホかぁっ!?」
ダンッ! と鉄槌の如きピンヒールを机の上に突き刺しながら平塚先生が、運慶・快慶作の金剛力士像のように鬼の形相で俺を怒鳴りつけてきたのであった。
「比企谷。私が何を言いたいか・・・わかるな?」
「さ、さぁ・・・・・・『そんな都合の良い相手を紹介してくれる結婚相談所が実在してるんだったら自分が真っ先にいっている。結婚なめるな』・・・とかでしょうか・・・?」
「その通りだよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
鬼の形相が一転。今度はムンクの『叫び』のような悲しみと怒りの慟哭が職員室中を満たし、他の先生方がそろって視線を平塚先生から逸らしまくる。
条件はいいのに、なぜだか結婚できない美人女教師の悲哀と現実がここにあった。
「えーと・・・すんません、書き直しますんで元気出してください先生・・・。ほら、アレですよアレ。シェルブリッドの使い手も結局は自分をずっと好きだった女の子が大きくなってもまだ戦い続けて独り身を貫いてたじゃないですか。つまり独身の孤独こそが強さの秘訣的なナニカがですね・・・・・・」
「哀と怒りと悲しみのシャイニング・フィンガぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「ごほぉっ!?」
慰めようとしたら、血涙たたえた平塚先生による一字違いの必殺技をまともに食らわされてしまった。慣れないことはするもんじゃなかった。
やはり人は、生まれ持って今まで続けてきた生き方と生活スタイルを維持するのが一番ストレスなく社会でやっていける良い方法なのだと実感した次第である。
「ぐす・・・。―――コホン。君の腐った性根は理解しているが、多少は成長したものだと思っていたんだがな」
どうやら立ち直って、全部なかったことにする方針に変更したらしい。
正直、過去をなかったことにしても物理的に受けた痛みまで消えてくれるわけではないので忘れ去られてしまうことに思うところがないこともないのだが。
俺としても、これ以上藪を突いて余計なもんを起こしちまう愚行は避けたい。だから、ここは我慢だ。同じ悲劇を繰り返さないためになら、辛い過去をなかったことにする卑劣な手法も時としてありだと今このときだけ俺は信じ貫くことにする。
「少しは変わったかと思えば・・・奉仕部で過ごす日々は、君に影響を与えなかったのかね?」
「・・・え? あの場所で与えられる影響って・・・・・・どこの? そして、どんな風に?
ぶっちゃけ、平塚先生が作った社会不適合者隔離施設、サナトリウム奉仕部が正式名称だとばかり思ってたんですけど・・・」
「なにそのヒドすぎる評価!? お前の中で私はどれだけお前たちのこと排除しようとしている悪女教師になっているんだ!?」
「・・・それは、まぁ・・・・・・」
スタイル抜群、巨乳美人、パンツスーツ、歳と結婚できないことを気にしてる二十代後半の女教師。
・・・これで正義側だったら残念系サブヒロイン確定しちゃうぐらい条件整いすぎてる典型的悪女教師キャラポジションだからな、この人って・・・。
「くっ・・・! やはり『スクライド』の時代だとそういうキャラが定番なのか・・・! 寺田アヤセとかみたいに! あるいは常夏三姉妹の長女みたいに!」
「知りませんて・・・・・・」
平塚先生によるもの凄い方向への脱線話を聞き流しながら、俺はここに呼び出された理由は何だったけかなと思い出そうと試みていた。暇だったからな。
そして、思い出す。
今日は総武校で二年次におこなわれる『職場見学』なるイベントに関することで、職員室の一角にある応接スペースに呼び出されてきてたんだった。
「――とにかく、見学希望調査票は再提出。それと伝え忘れていたが、今度の職場見学は三人一組で行くことになる。好きな者たちと組んでもらうから、そのつもりでいたまえ」
「クラスの奴らに好きな者なんて一人しかいません。あと一人足りないので職場見学を見学する形で俺だけ一人端っこの方に名前を載せてもらうことってできませんか? 卒業写真でよくやるみたいに」
「・・・あくまで何一つ変わらないまま腐った性根を貫くつもりなのか君は・・・」
戦慄が混じって恐れ戦いたような白い瞳で俺を見つめてくる平塚先生に見送られて職員室を出て行く俺。次に向かう先は、所属する部活動の部室である奉仕部だ。
いやまぁ、ただ単に他にはどこにも行く先の選択肢がない、エリートぼっちなだけだろと言われてしまえばその通りなのだけれども。
部室に到着すると、雪ノ下がいつもの定位置でいつも通り本を読んでいた。
・・・部長が何一つ変わろうとしない生活スタイルを維持している場所に放り込んで、あの人は割と本気でどんな影響と変化が現れるものと期待してたんだろうか・・・? マジで謎だ。
「・・・会わなかったの?」
「?? 誰と?」
「あー! いたー!」
雪ノ下から謎の声をかけられて、その意図への質問で返した俺に奉仕部の扉が開いて入ってきた由比ヶ浜が指を突きつけながら大きな声を出す。
なに、この一方的すぎる三角関係。全然コミュニケーション取れてないじゃん。互いへの理解なんて彼岸の向こう岸並に遠すぎるでしょ。これで本当になにをどう影響受ければ満足してもらえたのだろう? 八幡ワカラナ~イ。
「あなたがいつまでたっても部室に来ないから探しに行ってたのよ、由比ヶ浜さんが」
「その倒置法で自分は違うアピールはいらねぇから。知ってるから言われるまでもねぇし。
つか、そんな無駄すぎる気遣いしてる暇があるなら止めてやれよ由比ヶ浜のことを・・・『全校生徒に名前すら覚えられてないエリートぼっちを探してるんですけど知りませんか?』とか聞いて回らせるなんて可愛そうじゃねぇか」
「自虐ネタがゆきのんへの毒舌攻撃も兼ねちゃってる!? 違うよ! 全然そんなことないからねゆきのん!
わたし、わざわざ聞いて歩いたりしてないし! 聞いた相手みんなから『比企谷? 誰?』とか聞き返されてないし! 超大変じゃなかったんだからね!?」
「ほら見ろ、こんなに大変だったそうだじゃないか。謝ってやれよ雪ノ下。人として、部長として、俺と違って名前と見た目と成績だけは有名だけど会話したことある相手はほとんどいないボッチとして」
「だから違うってば!? 話聞いてよヒッキー! それと、ゆきのんもーっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
空気読めないリア充一人と、空気読めるボッチ二人による奉仕部は今日も変わらず平常運転だった。・・・本気で何の影響を受ければいいんだ、この部活動から・・・。
「そ、それよりも! そんなことは別にいいんだけどさ! その・・・だから・・・えっと・・・」
「???」
いきなりモジモジしだして携帯電話を取り出す由比ヶ浜。何したいのかよくわからんが、とりあえず今さっきの会話の終わりに『そんなこと』呼ばわりされた雪ノ下を慰めてやった方がいいと思うぞ? あいつだったらシェルブリットは繰り出さないだろうし。
代わりとして『ノーブル・テンペスト改』を使ってくる可能性は0じゃないかもしれんけれども。
「け、携帯教えて? ほ、ほら! わざわざ探して回るのもおかしいし、恥ずかしいし・・・。どんな関係か聞かれるとか、ありえ、ないし・・・」
俺を探していたという事実がよほどに耐えがたかったらしく、恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らし、胸の前できゅっと腕を組んでそっぽを向く由比ヶ浜。
「まぁ、それは別にいいけどよ・・・」
俺としても断る理由は特にないので、制服の中から携帯を取りだして相手に手渡してやりながら。
「普通に友達とか、部活仲間ってふうに答えとけばいいんじゃねぇの? 間違ってねぇし、どうせ俺の存在知らない奴みたいだし。あと、どこまでが友達なのかは定義づけで変わるらしいし」
ぎしっ。由比ヶ浜を見ている俺には見えないが、どうやら奉仕部部長が何かを思い出して思わず身じろぎしてしまったらしい音が聞こえてきて、
「え? なんで? 友達に定義なんていらなくない? てゆーか、定義づけしないと友達と思えない人なんて友達でもなんでもないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
おーい、由比ヶ浜さん? あなたの友達特権階級エリートぶりが、友達階級最下層カーストにいる成績最優秀生徒さんを追い詰めちゃってるからやめてあげなさいって。普段からアホだなーって思ってた相手から地味で無自覚な精神攻撃くらわされるのって結構辛いものなんだぞ?
そんな感じで、ボッチによるボッチのためのボッチ情報サイト『比企ペディア』に掲載予定の『一生使いたくないボッチ知識』を蓄積させていきながら、今日も奉仕部の意味のない部活動が始まろうとしていた。
その矢先に、“それ”は着た。
「――はぁ・・・・・・」
「どうかしたの? 由比ヶ浜さん」
「あ、うん・・・何でもない、んだけど。ちょっと変なメールがきたから、うわって思っただけ」
「・・・比企谷くん。裁判沙汰になりたくなかったら、今後そういう卑猥なメールを送るのはやめなさい」
「内容がセクハラ前提で、しかも犯人扱い。つか、今さっきまで由比ヶ浜に携帯渡してた俺に、どう送れと・・・? 証拠を出せ証拠を」
「その言葉が証拠と言ってもいいわね。犯人の台詞なんて決まっているのよ。『証拠はどこにあるんだ?』『大した推理だ、君は小説家にでもなった方がいいんじゃないか』『殺人鬼と同じ部屋になんかいられるか』」
「・・・いや、証拠を出せと言われて、失言ていう状況証拠を並べ立てられても反応に困るんだが・・・。
てゆーかソレ、最後の以外はろくな証拠もないのに尋問だけで犯人に自白を強要しようとする固定概念まみれの無能探偵がやる残念推理の典型的じゃね?」
「しかも、微妙に古くさいの多かったし・・・ひょっとしてゆきのん、最近のミステリーとかに興味なくて、シャーロック・ホームズとかしか読まなかったりするんじゃ・・・・・・」
「比企谷くん。ちょっとジュースでも買いに行ってきてもらえるかしら。私はちょっと由比ヶ浜さんのお願いを叶えられるよう、私と仲良くなるためのガールズトークとやらのやり方を教わっておきたくなっちゃったから」
「ゆきの――――んッ!? 目が怖い! 目が超怖くなっちゃってるからね!?
笑顔なのにぜんぜん笑ってない目が怖すぎる顔になってるんですけど―――――っ!?」
「え~と・・・。俺はいつごろ存在に気づいてもらえるのかな?」
つづく