俺ガイル二次作   作:ひきがやもとまち

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昨晩遅くにシェイクスピア(偽)最新作が完成しましたので予約投稿しておきました。
無駄な文章が多くなり過ぎたのが痛恨の極み。次回は今少し洗練された文章になるよう頑張ります。


やはり奉仕部にシェイクスピア(偽)がいるのはまちがっている。第7幕

「え、えーと・・・遅い時間に悪いね。ちょっと相談したいことがあって来たんだけど、結衣もみんなもこのあと予定とかあったらまた改めるけど――」

「能書きはいいわ」

 

 シェイクスピア(偽)による歓迎の挨拶にもめげることなく快活に話し出そうとしていた葉山隼人を、雪ノ下雪乃はぴしゃりとした口調で遮ると冷たい瞳で彼を一瞥した。

 

「何か用があるからここへ来たのでしょう? 葉山隼人君」

 

 いつもより若干刺々しい口調で話しかける雪ノ下。

 気遣いに対して、美少女幼馴染みの返答がコレだった彼は普通だったら泣いていい。

 

「ああ。それなんだけどさ」

 

 だが、リア充代表葉山隼人はそれをしない。爽やかな笑顔を崩すことなく答えてくれる。

 

(リア充の固有スキル『ザ・ゾーン』持ちも大変だな~)

 

 とか、八幡がどうでもいい感想を思っている目前で葉山は、おもむろに携帯電話を取り出しながらそう言ってメール画面に移行させたものを八幡の方へ差し出した。

 

 ・・・それは怪文書と呼ぶしかない内容のメールだった。

 

 

『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた』

『大和は三股かけてる最低の屑野郎』

『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』

 

 

 要約すると、そんな感じの

 

「文学的才能がまるで感じられない手垢のつきすぎた三流ゴシップ作文ですな。

 執筆者も読者も話題にあげる野次馬たちも含めて、教養も知識も知性の欠片も持たないサル同然の方々だけが喜んで持て囃しそうなヘボ文章ですが、この駄文がどうかされましたかな葉山殿?」

 

 ――シェイクスピア(偽)から酷評されまくるに相応しい、小学生が書いたとしか思えないレベルの子供じみた悪口を延々と羅列しただけの内容だった・・・。

 これは本当に怪文書としか言い様がない。他になんと言えばいいのかよく分からないレベルの低レベル読書感想文。大岡の件に至っては子供向け漫画の世界である。

 しかも妙に内容が古くさい。練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーって、昭和かよとツッコまれても仕方ないレベルだぞ本当に・・・。

 

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 が、しかし。

 こんな駄文に踊らされてる事件の解決を依頼しにきた葉山としても、踊らされてる不特定多数の友達に心当たりがある由比ヶ浜にしても、複雑な心境にならざるを得ない評価内容だったのは事実であり、なんとも形容しがたい沈黙が奉仕部内に満ちてしまったのは仕方ないことなのである。本当にね?

 

「・・・チェーンメール、ね」

 

 それまで黙っていた雪ノ下が見るに見かねて口を開き、葉山と由比ヶ浜がホッと息をついたことで室内はようやく正常性を取り戻す。

 

 チェーンメールとは、その名が示すとおり、鎖で人を縛り付ける作業を続けていくことで気付かぬうちに自分自身も雁字搦めになっていく類いのメールを指す言葉のことである。

 一昔前で言えば「不幸の手紙」に似ている。あれのメール版だと思えばだいたい合っている。

 

 アナログな手紙を小学生同士でやり取りしているところを見て嗤っていた高校生たちが、メールになった途端に騒ぎ出す辺りが特に似ていると言えるだろう。

 中身よりも外面のハイテクイメージに振り回されて概念に縛られたがる、まさに高校生版不幸の手紙と評すべき存在。それがチェーンメールという名の精神的子供向け遊びだ。

 

 

「これが出回ってから、なんかクラスの雰囲気が悪くてさ。それに友達のこと悪く書かれたら腹も立つ。止めたいんだよね、こういうのって。やっぱり、あんまり気持ちがいいもんじゃないからさ」

 

 そう言った葉山隼人の表情は、先だって由比ヶ浜結衣が見せた正体の分からない悪意に「うんざりした」と言いたげな顔。

 

 顔の見えない悪意ほど恐ろしいものはない。正体不明の未知だからこそ、人は恐れを抱いて実物以上の怪物を想像したがるものなのだ。

 素顔晒して実名も暴かれた、小学生レベルの文章力しか持たない犯人なんて落胆の悪夢以外の何物でもない。いやもう本当に・・・どうしようもなく小物臭いなその真犯人は・・・。

 

「あ、でも犯人捜しがしたいんじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな?」

 

 そう言って、明るく付け足してきた葉山の言葉を聞いたとき、雪ノ下が一瞬だけ両目を細めた鋭い視線で葉山を一瞥し、それを目敏く見逃さなかったシェイクスピア(偽)が何かを察したように片目を細めて何も言わなかった。

 

「つまり、事態の収拾を図ればいいのね?」

「うん、まぁそういうことだね」

「では、犯人を捜すしかないわね」

「うん、よろし、え!? あれ、なんでそうなるの?」

 

 前後の文脈を無視したような流れの会話一瞬驚いた顔を見せた葉山が、取り繕った微笑みを浮かべて穏やかに雪ノ下の意図を問う。

 

「チェーンメール・・・。あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の名前も顔も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。

 止めるなら大本を根絶やしにするしかないわ。ソースは私」

「お前の実体験かよ・・・」

 

 まるで復讐のために反転した聖女のごとく黒い炎を背後に背負った雪ノ下雪乃は、そう言って過去の恨み節を現在の正体不明な犯人にぶつけ出す。

 

「まったく、人を貶める内容を撒き散らして何が楽しいのかしら。それで佐川さんや下田さんにメリットがあったとは思わないのだけど」

「犯人特定済みで、しかも根絶やしにしちゃったんだ・・・・・・」

 

 由比ヶ浜が若干引き攣った感じで笑う。

 これだから高スペックな奴を敵に回すと恐ろしい・・・八幡はそう思い、雪ノ下との今後の付き合い方について思いを巡らそうか悩んでいると。

 

「まったくその通りですな雪ノ下殿! 名も顔も出さずに他人を誹謗中傷した文章を撒き散らすなど愚の骨頂としか言い様がありますまい!」

 

 シェイクスピア(偽)が、カッと目を見開いて心の底から雪ノ下の意見に賛意を示し、自分の信念に関して熱く魂のこもった口調で力説する。

 

「その人の人生が如何なるものであれ、物語として紡ぐのであれば波瀾万丈に仕立て上げるべきです!

 どれほどの悲劇でも主人公の歩みは力強くあれるように! 喜劇であれば最後に誰もが拍手喝采できる素晴らしい結末を迎えられるよう完結させるのが作家というもの!

 まして、自分の書いた最新作に署名しないなど言語道断!

 もし我が輩が雪ノ下殿を主人公とした悲劇を書くことがありましたときには、最後まで書き上げて悲劇的な結末を迎えさせた上でペンネームではなく本名で署名し、歴史に残すべき名著として堂々と発表することをお約束いたしましょう!

 そして宣言するのです! 我が輩の書いた本は素晴らしいと!!!」

「暴露本出した上に自分の本名まで晒しちゃうんだ!? しかも悲劇で!!」

「・・・・・・」

 

 由比ヶ浜結衣が驚愕したのを隠すことなく表情と声で現して、雪乃はこめかみに怒りマークをいくつも浮かべた状態のまま沈黙して、静かに怒りが収まるを待つしかない状態に陥らされてしまってる。

 

 そして八幡は思う。

 

 顔の見えない悪意を拡散させる奴らも厄介だけど、隠すことなく堂々と素顔晒して大々的に公表してくる奴も別に楽な相手ってわけじゃないんだなー、と。

 むしろ、悪びれることなく恥ずかしげもなく手柄顔して堂々と自分の作品の出来映えを自慢しに来る分だけ、コイツの方が厄介さは上かもしれない。

 

 これだから一点特化でハイスペックな奴は、敵に回しても味方にいても面倒くさい。

 

 やがて怒りの収まった雪ノ下は、八幡と同じ結論に達したのかシェイクスピアを敢えて無視して葉山に向き直る道を選択することにしたらしい。

 

「・・・とにかく、私は犯人を捜すわ。一言いうだけでぱったり止むと思う」

「ここに、言っても無駄そうな実例が一人実在しているが?」

「――その後どうするかは、あなたの裁量に任せる。それで構わないかしら?」

 

 聞こえなかったフリをした!? ゆきのん今日は珍しく逃げ腰だ!・・・由比ヶ浜結衣はそう思ったけど、口に出しては何も言わなかった。由比ヶ浜さんは空気が読めて他人の顔色が窺える風見鶏な優しい女の子です。

 

「・・・ああ、それでいいよ」

 

 疲れたような口ぶりで、観念したように葉山隼人が許可を出す。

 実際、メアドをわざわざ変えて送ってきているところから見ても、犯人は自分の正体を知られたくないようだし、それが露見しそうになった時点でやめるはずだろう。・・・相手が普通の考え方をする人間だったらの話だけれども・・・。

 

「だけどな、雪ノ下。聞きたくないかもしれないけど、もう一度言わせてもらうぞ?

 ここに言っても無駄そうな実例が一人実在しているんだが?」

「・・・メールが送られてきたのはいつからなのかしら?」

 

 また聞こえないフリして逃げた!? 由比ヶ浜は再びそう思った。そして、再び空気を読んで何も言わなかった。

 代わって答えたのは葉山隼人だ。

 

「先週末からだよ」

「由比ヶ浜さん、葉山君、先週末クラスで何かあったのかしら?」

「特に、なにもなかったと思うけどな・・・」

「う、うん。いつも通り、だったと思うよ?」

「そう・・・。一応聞くけれど比企谷くんと――安田くん。あなたたちは?」

「一応ってなんだ・・・・・・俺も同じクラスだっつーの」

 

 嫌そうな顔で八幡が返事をし、シェイクスピア(偽)は朗らかな笑みで応えるだけ。要するに「比企谷殿、お任せいたします」。

 

「先週末か・・・つまり最近のことだよな。

 そうなるとあれだ。昨日の職場見学・・・?」

「・・・うあ、それだ。グループ分けのせいだよ・・・」

 

 八幡がなんとなく思いつきで言った言葉を聞いて、由比ヶ浜がはっと何かに気付いたらしい。少しだけ困った笑顔でたははーと笑いながら答えを開陳してくれた。

 

「いやー。こういうイベントごとのグループ分けはその後の関係性に関わるからね。ナイーブになる人も、いるんだよ・・・」

「・・・なるほどな。職場見学は三人一組だから、四人から一人だけハブになる。まぁ外れないように誰か蹴落とすよな」

 

 実感のこもった由比ヶ浜の推理に八幡が納得して説明を補足する。

 こうしたことに縁のない葉山と、そうしたことに興味がない雪ノ下は言われて初めて気がついたようだったが、そこは流石に学年一の優等生だ。分かってしまえば理解は早い。

 

「では、その三人の中に犯人がいると見てまず間違いないわね」

 

 雪ノ下雪乃は決めつけで以て断言した。

 ・・・実際のところ、悪意なき暇潰しの悪戯メールかもしれないし、同じ名字の別人について書かれたメールの可能性もあるし、途中で第三者による改稿がおこなわれた可能性を否定する術もない。

 そもそも原文すら見ていないままで、葉山と由比ヶ浜に届いたメールだけを根拠として事件も犯人もないのであるが、過去の遺恨が絡んでいるときの雪ノ下雪乃に理屈は通用しない。どこまでも自分の体験談を元にしたソースにより事件解決と犯人根絶に突き進まなければ気が済まない。

 ・・・そういう猪武者モードに陥ってるときのゆきのんに何言っても無駄なことですからな・・・適当に話し合わせておくのが吉。

 

 だから安田は、思いついた幾通りの事件でない可能性を削除して『名探偵・雪ノ下雪乃のチェーンメール事件簿』を終わりまで見届けるため黙り込んだまま眺めるだけ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はあいつらの中に犯人がいるなんて思いたくない。

 それに、三人それぞれを悪く言うメールなんだぜ? あいつらは違うんじゃないのか」

「はっ、馬鹿かお前は。どんだけめでたいんだよ、正直か。そんなの自分に疑いがかからないようにするために決まってるだろうが。もっとも俺ならあえて誰か一人だけ悪く言わないでそいつに罪をかぶせるけどな」

「ヒッキー、すこぶる最低な性格だ・・・」

「失礼な。知能犯と呼べ、知能犯と」

 

 自分の側にいる身近な友達の内側にドス黒い感情の憎悪が渦巻いていたことに気付かされ悔しそうに唇を噛んでいる葉山を前にしたまま和気藹々と夫婦漫才を繰り広げ出す八幡と由比ヶ浜。

 

 つくづく見ていて飽きない人たちだと思い、シェイクスピア(偽)は嬉しく思う。

 彼は他人を悪く書くことそのものには興味がなく、言葉と文字に隷属する存在であるに過ぎない。

 そして、それ故にこそ三流文章に踊らされる凡人たちに興味が持てない。三文ヘボ文章に振り回される彼らは、アントニーにも容易く操作されることだろう。なんと面白味もなく退屈な人々だと思わずにはいられない。

 

 まぁ、そのぶん逆に彼らのような存在の異質ぶりを強調するため丁度いい引き立て役になってくれてるから、脇役には脇役なりに役立ってくれてるみたいだし別にいいのだけれども。

 

「とりあえず、その人たちのことを教えてくれるかしら?」

 

 そんな中で雪ノ下雪乃は葉山隼人に情報提示を求めた。

 葉山は意を決したように顔を上げて、雪ノ下からの視線をまっすぐに受け止める。

 その瞳には信念が宿っており、友への疑いを晴らさんとする崇高な意思に満ち輝いていたのだが。

 

(・・・いや、普通に考えてあんだけ過去の恨み辛みを並べ立てまくってる女に公平なジャッジなんか求めても無駄な努力にしかならんと分かるだろう・・・) 

 

 腐った魚のような瞳をさらに腐らせた比企谷八幡から、ゲンナリしながらの評価を頂戴してしまっていることを彼はまだ知らないまま友のため弁護と名誉回復を開始する。

 

「戸部は、俺と同じサッカー部だ。金髪で見た目は悪そうに見えるけど、一番ノリのいいムードメーカーだな。文化祭とか体育祭とかでも積極的に動いてくれる。いい奴だよ」

「騒ぐだけしか能がないお調子者、ということね」

「・・・・・・」

 

 あっさりと一言で切り捨てられた葉山が絶句する。

 ・・・そりゃ、初対面の相手に毒舌いいまくれる女の評価なんだから、そんなもんだろと八幡が思ったことには気付くことなく。

 

「? どうしたの? 続けて」

「・・・大和はラグビー部。冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆったりとしたマイペースさとその静かさが人を安心させるっていうのかな。寡黙で慎重な性格なんだ。いい奴だよ」

「反応が鈍い上に優柔不断・・・と」

「・・・・・・・・・」

 

 再び葉山が何とも言えない苦々しい顔で沈黙する。

 そして、諦めたようにため息をついて続ける。

 

 いや、続けるのかよ。言っても無駄だって今の時点で分かるだろ。止めとけってと、心の中で八幡に思われていることに気付かないまま最後の一人の弁護するため気力を振り絞る。

 

「大岡は野球部だ。人懐っこくていつも誰かの味方をしてくれる気のいい性格だ。上下関係にも気を配って礼儀正しいし、いい奴だよ」

「人の顔色を窺う風見鶏、ね」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 案の定、撃沈。やがて葉山も静かになった。・・・予想通りの展開である。

 八幡は思わずため息をつかざるを得ない。――心の中だけでだけど、ヘタレ気味だから。

 

 ・・・人の印象や評価などと言うものは、見る者の視点次第でいくらでも変わるものでしかなく、葉山の評価も雪ノ下の評価も所詮は彼らの『側の都合』以上の意味は微塵もない。

 客観的評価とは、第三者から見た『主観的評価』であり、見方を変えれば『無責任な野次馬からのヤジ』に過ぎないとも言える代物だ。客観的に見たから正しいなどという保証はどこにもない。

 

 結局のところ、見る人の都合で決められてしまうのが他人からの評価であって、評価する者がどういう理由で相手を評価したいのかが一番重要となる問題なのだ。

 

 全部の語尾に「いい奴だよ」を付けたがる葉山は好意的評価したがっている前提だし、雪ノ下はそもそもから自分は褒めて他人は貶す言葉以外はほとんど聞かされた覚えがない悪意的解釈をしたがる人柄だ。

 最初から両極端な位置に立って事態を見ている二人に意見やら情報提示を求めたところで、中立の視点に立った客観的評価など期待するだけ無駄だったのだから致し方なし。

 

 尤も。その点に於いて“この男”がいる場所で語ってくれたことはありがたかったけど。

 

 

「なるほど。つまり戸部殿は、金髪で見た目悪そうなだけのお調子者で、騒ぐのが好きなムードメーカー。文化祭などでは活躍しているため表だっての評価を下げたくはない人物。

 大和殿は、冷静で人の話をよく聞くが反応が鈍く、ゆったりしたマイペースさが周囲を安定させてくれるが優柔不断な側面を併せ持つ。どちらにしろ安易な犯罪行為には手を出しづらい。

 大岡殿は、人懐っこく誰かの味方をすることはあっても敵にはならない風見鶏、人の顔色を窺いながら上下関係にも気を配れる由比ヶ浜殿的保身術の使い手タイプ…と言うことですか。

 …うぅ~む…どれもあんまり参考になりそうもない意見ばかりですなぁー。

 御三方とも基本ベースは善人でありながら、皆同じように細やかな悪を心に宿しておられる。明確な敵意を持って他人を攻撃することは稀だと思われますが、逆に今回のような小悪事には参加しやすい性質をお持ちの平凡極まる普通の方ばかりです。

 ハッキリ言って今の段階では誰が犯人であっても、誰が犯人でなくても、あるいは全員が犯人であっても無くてもおかしくない程度のことしか解かりません」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 顎に手を当てて肩眉を上げ、「少しだけ考えてみました」アピールをした芝居がかった表情で出したシェイクスピア(偽)による総評に、雪ノ下と葉山の二人は揃って絶句し、由比ヶ浜はぽけっと口を開き、八幡は今度こそ遠慮なく声に出してため息を吐いて見せた。

 

「まぁ所詮は身内からの評価と、本人たちに会ったこともない赤の他人が人から聞いた話だけを元にして推測しただけの妄想話です。それだけで容疑者絞りもなにもないですからな。

 むしろ、俺たちの本番はここから始まる!・・・的な展開を期待させていただきたい!」

「お前が一番犯人たちを裏で操る黒幕っぽいのは気のせいか・・・?」

 

 よくもまぁ、これだけ人の事情を考慮することなく露骨に解釈できるものだと、あきれながらも感心してしまう八幡である。

 

 この男の恐ろしいところは、この人物評が葉山の話と雪ノ下の推測からイメージされたモンタージュ映像のことしか言っていないところにあるだろう。言われている当人たちとは全くの別人としてイメージして語っているのである。

 葉山はあくまで好意的に見ているからバイアスがかかり、雪ノ下は自分の過去を基準にした体験談補正がかっているぶん悪意的解釈をしたがる傾向が強い。

 いかに冷静さを旨とする二人と言えど、人間だ。感情を完全に排して考えることは出来ないし、主観なき客観などありえない。

 

 だから、二人の過去とも友情とも本人たちとも全然関係がなく、『いま話を聞かされたばかりの赤の他人』として話を聞き、『彼らから見ればそう見えている』という本人を見る上での参考資料としてのみ価値を認めるシェイクスピア(偽)のような男の方が今回の場合は適任なのだった。

 

「人生は舞台! 男も女も哀れな役者に過ぎない・・・。

 要するに演じる劇に合ってて、舞台映えする条件持ってる方なら我が輩、誰でも歓迎ですのでな。割かし善人とか悪人とかどうでもよかったりしておりまして」

 

 以前、たしかそんなこと言ってた記憶を思い出す。

 あのときは確か「お前は鬼か」と答えたら、こう返されたのだったか。

 

「神々は人を人たらしめるため、適当な欠点を二つか三つか五つばかり与えてくるものなのですよ比企谷殿! ですからお気になさらず! ハッハッハ!!!」

 

 ・・・やめよう、この記憶をほじくり返していっても誰も得しそうにないから。むしろ損しかしないまである。

 これ以上なく場違いな男が混じってしまったせいで、今回の事件はグダグダになりそうな気配が充満してきたことを敏感に感じ取っていた八幡と同じものを感じたのか、雪ノ下から妥協案が提示された。

 

「・・・葉山君からの話だけだとあまり参考にならないわね・・・。由比ヶ浜さん、比企谷くん。――あと、安田くんも。あなたたち彼らのこと調べてもらっていいかしら?」

「う、うん・・・」

「・・・ごめんなさい、由比ヶ浜さん。あまり気持ちのいいお願いではなかったわね。忘れてちょうだい」

「俺がやるよ。別にクラスでどう思われようと気にならんし。人の粗探しは俺の百八の特技の一つだ」

「ちょ、ちょっと! あたしもやる! ヒッキーに任せてなんておけないし! それにっ! ゆきのんのお願いなら聞かないわけにはいかないしね!」

「・・・・・・そう」

 

 答えたきり雪ノ下はぷいと横を向いて、夕映えのせいか赤くなっている頬を相手の視界に入らせないよう努力し出す。

 

「仲良いんだね」

「あいつらはな」

「ヒキタニくんもだよ」

 

 そんな二人を見ながら爽やか笑顔で葉山が言って、腐った瞳で八幡が応じ、笑顔のまま葉山が答えて

 

 

「はて? 由比ヶ浜殿の行動は『人の顔色を窺う風見鶏』と表現するのではなかったですかな、雪ノ下殿?」

『・・・・・・』

 

 ・・・・・・シェイクスピア(偽)がオチを付ける・・・・・・。

 こうして、その日の奉仕部での部活動は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 

「ちょっとごめん、なんかわかったかなって思ってさ」

「いいや・・・・・・」

 

 教室で葉山隼人が話しかけてきたのに対して、比企谷八幡はそう応じていた。

 実際、何も分かっていない。由比ヶ浜が先ほどから葉山グループ内の女子たちに話しかけて男子の情報を得ようとしているが、おそらくというか確実に無駄だろうと思われる。

 

 由比ヶ浜は女子の方がクラスの人間関係に詳しいのと、嫌な奴に関する話題で盛り上がる機会が多いから情報交換しやすいと言っていたが、そもそも女子から見た視点での情報が正しいという保証があるわけでもない。『女子だから、男子だから』という視点で見ている時点で客観性もなければ中立性もない。決めつけが大部分を占めてしまっている。

 それこそ、女子たちが出した結論と真逆の答えを聞かされたときに女子たちは受け入れることが出来るのだろうか? 無理だとしたら単に自分たちの側に立った意見に固執しているだけと言うことになるし、あまり意味がない気がしてならない。

 

 そう思っていたところ――

 

 チョイ、チョイ。

 

「比企谷殿。あれ、あれ」

「・・・あ? なんだよ安田。なんか用か――」

 

 背後に立ってたシェイクスピア(偽)に肩をつつかれ、彼が指さしてる方へと目を向けて。

 

 八幡は真実を悟った。

 先ほどまで葉山がいた場所で楽しそうに笑い合っていた葉山グループの男子三人組が、葉山がいなくなっただけで別人のように白けた表情を浮かべながら黙り込み、それでも『葉山がいた場所』から遠ざかろうともしない姿を一目見て、真相の全てを洞察することが出来たのである。

 

「・・・謎は、すべて解けた!」

 

 

 

 

 その日の放課後。八幡が推理を披露する場所として選んだというか、他に選べる候補がなかっただけというかの奉仕部の部室にて。

 雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人を前に厳かに口が開かれて・・・・・・

 

 

「馬だ! 馬を引け! 馬を引いてきたら王国をくれてやるぞ!」

 

 

「・・・いきなり何言い出してるのよ安田くん・・・」

「いえ、なんとなく。名探偵が真相を披露する前にはこの台詞かなーと思いましたものですからつい」

 

 ・・・余計なバカが要らん前口上を述べてから比企谷八幡による事件の真相解明と、事件の『解決ではなく解消方法の提示』が成され、さらにその翌日には葉山の友達グループ・チェーンメール事件は学校の地表から地下に潜って、完全に姿を消してしまっていたのであった。

 

 

「ここ、いい? おかげで丸く収まった。サンキューな」

「別に俺はなんもしてねぇよ」

「俺がアイツら三人と組まないって言ったら驚いてたけどな。

 まぁ、これを切っ掛けにアイツらが本当の友達になれればいいって、そう思うよ」

 

「――それはそうと、ヒキタニくん。まだグループ決まってないよね? 一緒にどう?」

「・・・お、オーケー・・・。って、戸塚? どうした?」

「八幡・・・ぼくは? ぼくは最初から八幡と組むって決めてたんだよ!」

 

 昨日までボッチだった男が急にモテモテになったこの状況。

 当然、絡んでくるのはこの男である。

 

 

 

「おお! それは素晴らしいお心掛けですな!

 実は我が輩もまだグループが決まっていないものでして・・・良ければご一緒させていただけませんでしょうか!? 『葉山殿』!!!」

 

「え・・・」

 

 

 そう言って、輝かんばかりの善意百パーセントな胡散臭い笑顔で外国人みたいに握手を求めて手を差し出してくるシェイクスピア(偽)。

 

 三人一組の職場見学。四人目の参加希望者が選ぶ権利を送ってきたのは、事実上の班長になるであろう葉山隼人くん。

 

 昨日、自らの運命を決定づける選択をした男は、今日もまた自らの運命を決定づける選択を強いられようとしていた。

 

 それを見ながら八幡は思う。

 どうする葉山? 誰、振る?―――と、飼い犬を捨てようとしている飼い主を見上げるような腐った瞳で黙り込んだままボンヤリと。

 

 彼にとって本当の戦いはここから始まる。

 葉山隼人の受難は終わらない・・・・・・。

 

 

 

つづく


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