――他作品を書き途中に煮詰まってしまって気分転換に書いたものに過ぎませんから、気楽にお読みくださいませ。
作文『高校生活を振り返って』2年F組 比企谷八幡
青春とは嘘であり、悪である。
青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。
実に騙しやすく、騙されやすいバカ者たちだ。もとい、若者たちだと言う意味である。
彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も社会通念もねじ曲げてみせる。彼らにかかれば嘘も失敗も罪科さえも、青春のスパイスでしかないのだ。
詐欺被害に合う者たちの典型的パターンという奴だ。
騙されるときには自分に都合の良い部分のみ相手の話を信じ込み、騙されたと気付いた直後には手の平返しで自分の犯した誤りの全てを正当化することに執心して犯人の逃走時間を稼ぐために協力してしまう。実に愚かしく詐欺師たちにとっては有り難い飯の種たちだと言えるだろう。
彼らは所詮、青春を楽しむ者たちを自称する、金メッキの偽物たちでしかない。
・・・だが、偽物であるから本物に至れないと早計に決めつけるべきではないだろう。
可能であるなら、彼らが一刻も早く自らを偽物であると自覚して本物の青春を謳歌せし者たちになろうという意思を持ってもらいたいものである。
結論を言おう。高校に入学してから今までの一年間で俺が得た教訓は、これだけだと言うことだ。
「・・・偽物であることを自覚すべきなのは君の方だ・・・」
国語教師の平塚静は、俺の作文を朗読し終えると額に手を当てて深々と溜息をついた。
「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」
「はぁ。たしか『高校生活を振り返って』とかいうテーマの作文だったと記憶していますが」
「そうだな。それでなぜ君は、こんな舐めた作文を書き上げてるんだ・・・。なんだこれ、どうしてこうなった」
「どうして、か――深い問いですね」
俺は先生からの問いかけを受けて、授業か私用かで席を外していて職員室内に姿のない平塚先生の隣席の教員の椅子にふんぞり返って座り込んでいた己の足を組み替えてから、しかし残念なことに深い問いかけに対して浅い答えを返すことしか出来ない己が不明を恥じ入るばかりである。とても反省している。悔いるばかりだ。
「しかし残念なことに、俺は深い問いかけに対して浅い答えを返すことになりますね。
それは勿論『そうとしか言われてないから』です。漠然とし過ぎた曖昧すぎるテーマだけを与えられ、内容に関する一切の規定も定型も教えられていないのでは、俺はこう書くしかなかった。読心の類は苦手なのでね」
「・・・たく。屁理屈を言うな、屁理屈を」
溜息をつきながら悩ましげに髪をかき上げる平塚先生と、黙ってその姿を見物する俺。
この艶姿、エロに関して財布の緩みやすい思春期男子中学生相手なら五千はボレルなと考えながら見ていたところ「真面目に聞け」と、紙束で頭をはたかれた。
「・・・君の目は、死んだ魚のような目だな・・・」
「平塚先生、それは誤解です。いやむしろ、過大評価と言うべきなのか。
俺の目は、単に死んだ魚の目のように腐っていて濁っているだけではなく、目の下に大きなクマが出来ていて、しかも見るもの全員に均しく不吉な印象を分け与える差別も区別もしないイヤな平等性に溢れている瞳です。
死んだ魚と比べられては、死んだ魚の方が迷惑するのではないでしょうかな?」
「――真面目に聞けといっている」
平塚先生の纏っていたオーラが一変し、背後には神々しい後光ならぬ怒りと苛立ちが凝縮された黒い炎が噴出している錯覚を覚える。
余談だが、科学分野における高温の炎とは、青色の炎だと化学教師からは教えられている。フィクションの世界ではよく地獄や憎しみの表現として用いられている黒い炎の温度はいったい何度ぐらいなのだろうか。そのうち計測してみたいものだ。金になるかもしれないからな。
「待ってください、話し合いましょう。俺はその為に来ました。先生もその為に俺を職員室に呼びつけたのでしょう、違いましたか?」
「・・・・・・」
「それとも、他の教員が見ている前で教え子に対して私的制裁を加えて、見目麗しい仲間同士の庇い合いにより見なかったことにするために俺を呼び出して、罠に嵌めたということだったのでしょうか。
ならば無抵抗に白旗を上げて謝罪の言葉を口にし命乞いするしかないでしょうな。無論、その後に家に帰ってからマスゴミ各社へ今回の件を内部告発し、最近この手の獲物が大好物になった世間の俗物で善良な市民の皆様方への餌としてロンダリングする資本主義経済への還元をおこなうことは自明なわけですが、それを覚悟の上で強行される暴力の前に俺は無力ですからね。どうすることも出来ません」
「くっ・・・! 人が持ち出されたくない話題を持ち出されたくないタイミングで的確にピンポイントアタックしてきやがって・・・っ。これだから最近の体罰はどうのこうのと小うるさい連中は嫌いなんだ」
俺が反省の意を表し、謝罪の言葉を口にしたことにより平塚先生も私的な怒りを収めてくれたらしく、握り込んだ拳も一緒に納めてくれる。
やはり平和は素晴らしい。非暴力主義こそボッチの正義にして、全世界平和の正義。早く俺にノーベル平和賞が欲しいと思わなくもなかったが、最近ではあまり欲しいとも思わなくなってきた。法律によって売れなくされていることが判明したからだ。
おまけに潰してから売ると二束三文でしかないらしいしな・・・。最近の世間は世知辛くていけない。もっと夢を持ってほしいものである。金になるから。
平塚先生は胸ポケットから紙タバコを取り出して、おっさん臭い仕草で火をつける。
ふぅっと煙を吐き出すと、至極真面目な顔でこちらを見つめる。
「君は部活やっていなかったよな?」
「はい」
「・・・・・・友達とかいるのか?」
いないことを前提としている口調で訊かれてしまった。
訊く前から自分の中で答えを断定してしまっている趣旨での質問に、答える意義があるかどうか不明だが、ここは教師に対して生徒の礼儀作法として答えてやるのが筋というものだろう。それが社会人見習いとしてのマナーだからな。
「いるように見えますか? だとしたら俺は先生に眼科か脳外科を受診するよう忠告しますけど?」
「・・・・・・すまん。愚問だった」
率直に誤りを認めて謝罪してくる平塚先生には好感が持てる。このような優しさと正しさは否定すべきではないだろう。
まして彼女たちのような人間が詐欺師に騙され、騙された金を詐欺師たちが浪費して日本の資本主義経済を潤すことを鑑みるなら尚更だ。
「いえ、判って頂ければいいのです。以後は気をつけてください」
「・・・・・・」
なぜか狂眼で睨まれてしまった。何故だ?
「――よし、こうしよう。レポートは書き直せ」
「はい」
俺は頷く。レポートではなく、作文だった気もするが別に指摘するほど大した違いでもないのだし放置しておいてもいいだろう。いや、放置しておくしかあるまい。残念ながら、金にならん漢字の読み間違いの類だからな。
間違ったのが日本国総理で、場所が国会であったなら世間の連中にバカ売れしたかもしれないが・・・一介の高校教師では二束三文にもならないだろう。タダ働きはごめんである。
「だが、君の心ない言葉や態度によって私の心が傷つけられたことは確かだ。
なので、君には奉仕活動を命じる。罪には罰を与えないとな」
嬉々として平塚先生は宣言し、こんもりと盛られた灰皿にタバコを押しつけてから立ち上がる。
奉仕活動というと、公園やら校舎裏やらの清掃作業でもやらされるのだろうか? タダ働きであるのは事実だが、恩赦との取引条件として見た場合には悪くない。司法取引という奴だ。
国によっては違法化が進められている行為だが、最近の日本ではまだ合法だ。引き受けても詐欺には該当しない。引き受ける方が得をする類のタダ働きと言えるだろう。
そうと決まれば早速仕事に取り組まなければなるまい。取引が成立したのだから、報酬に対しては誠実であるべきだ。それが次の金を呼び込む呼び水となってくれることが多いからな。
「わかりました、先生。奉仕活動を引き受けますし、早速はじめさせて頂きます」
「ん? そうか? だがまだ目的に到着してないし、職員室の中でやってもらうことはなにもな――」
「先生。――衝立で区分けされ『喫煙はこちら』と書かれている一角が職員室の端に見えるのですが、あそこで吸わなくて良かったんですか? これは明らかに校則違反の汚れた違法の証拠になり得ると思うので回収させてもらいたいんですが・・・売れないマスゴミに売りつければ、騙して汚れた金を綺麗にされる前に没収できる自信がありますので・・・・・・」
「待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっい!!!!」