川崎さん回ですが、間が空きすぎてたことに気が付きましたので最後まで書いてから出すより速さを優先させていただきました。ご容赦くださいませ。
その日、比企谷八幡は学校に遅刻をした。原因は主に妹にあった。
だがそれは家庭の問題である。学校側・・・とくに担当教師が対応してくれたり配慮してくれるような問題ではない。
事件に発展するまで学校と警察は家庭の事情に不介入。それが現代日本の不文律である。
「え、えーと・・・ち、違うんですよ。『重役出勤』って言葉があるじゃないですか? エリート思考の強い俺は今から重役になった時のために予行演習をですね・・・」
「君の志望は専業主夫だろうが。働いたら負けとまで言っていたな」
「くっ!」
遅刻した言い訳を自分の放った発言で否定されて比企谷八幡は追い詰められる。
「あ、あれです。そもそも遅刻が悪という認識が間違いなんですよ」
「ほう? 殴る前に一応聞いてやろう」
だが、しかし。彼を甘く見てはいけない。
なぜなら比企谷八幡は、“あの”安田と友人みたいなもの付き合いを結構長く続けてきた男である。場数が違うのだ。
同じようなやり取りを一体今まで何回繰り返されたと思っているのかね!? ・・・いやまぁ、静先生とは一年の頃あんまり親しくなかったから互いに答えを知らん質問なのだけれども。
「俺は自ら働かずに養ってもらって生きる道を選んだエリート専業主夫です。その辺にいる無職だからと専業主夫になりたがるだけの連中とは格が違います。
専業主夫にとっての職場は自宅。自宅という職場での俺は将来的に重役確定なエリートです。これはもう逆説的に言って、エリートの俺にとって遅刻は正義で、遅刻を攻める側が悪と断じられても過言ではないでしょう。
なんたって俺は――エリート専業主夫ですからね!!」
「お前はどこの目つきが腐ったエリート警察官僚のボンボンなつもりだ―――っ!!!!」
「ぐはぁぁっ!?」
八幡、轟沈。普通に考えて、対シェイクスピア(偽)用に使い続けてきた屁理屈はシェイクスピア(偽)以外の人に通用しない。
むしろアイツ以外にも通用するようになった社会は末期である。改革するより革命起こした方が多分早い。
「まったく・・・このクラスは問題児が多くてたまらんな」
床でのたうち回っている八幡の醜態を、呆れている割に嫌悪感はなく、むしろ喜んでいるような声と瞳で見下ろしながら、微妙に変態趣向の持ち主なんじゃねぇのか疑惑を足下の被害者に植え付けつつ、平塚先生は第二の重役出勤生徒を苦笑とともに歓迎してやる。
「川崎沙希。君も重役出勤かね?」
ふっと微笑むように平塚先生は新たに現れて教室内に入ってきた遅刻者の女生徒に声をかけたが、川崎と呼ばれた長く青みがかった髪を背中に垂らして、覇気のない気怠そうな瞳を持つ少女は黙って頭を下げるだけで謝罪とし、そのまま倒れ込んでいる八幡の側を通り過ぎて自分の席へと向かおうとしていく。
ただ、その一瞬。通り過ぎ様に八幡の視線は斜め上に向けられており、その先には長くしなやかそうな脚が生えてきた場所を覆う布製の覆いが存在しており、その覆いは下部からの防御力は考慮されていない作りとなっており。
「・・・・・・黒のレース?」
思わず、自分が見てしまったその光景を一言だけ声に出して表現してしまったところ。
――なぜだか相手の少女は過剰なまでに「ビクッ!」と激しい反応を示し、落ち着きを取り戻すまでの間しばらくの時間を必要としたらしかった。
「・・・・・・バカじゃないの?」
殴るでも蹴るでもなく、羞恥で顔を染めるでもなく、怒りで顔を赤らめるでもない。まるで興味がないといった風情で、ただただ、くだらないと言いたげな口調でつぶやき捨ててから川崎沙希は自分の席へと着いて、着席するのだった。
彼女は呆れたように髪をかき上げ、椅子を引いてつまらなそうに窓の外を見る。
無言のまま『話しかけんなオーラ』を周囲に向けて発散している彼女に声をかけられるものは誰もいない―――。
――――はずだった。
「お早うございます!! いや~、皆さんお揃いで。
今日もいい朝ですなぁ、ハッハッハ!!」
……そして、バカが現れる。
どんなものにも例外というものが存在し、どんなに例外がいて欲しくないことであっても例外というものは絶対について来ちまうものなんだという、生きた悪い見本の実例が目の前で息をして楽しそうに鼻歌を歌いながら挨拶してきている・・・。
遅刻した三人の中で一番遅く到着して教室に入ってきた癖して、ぜんぜん悪びれる気持ちが見出すことの出来そうにない姿に、平塚先生の方が溜息を禁じざるをえないほどに。
「安田・・・殴る前に一応聞いておくが・・・。お前、自分が遅刻してきた身であることを承知の上でそんな舐め腐った態度を取ってるんじゃないだろうな?」
「勿論ですとも、国語教師にして奉仕部の女帝よ。こうして我が輩に声をかけたからには、いよいよ壮大なる開幕の時なのでしょう?
国語教師が遅刻者の処罰に格差を設け、腐敗極まる教職員の職権乱用がはじまるのでしょう?
この安田! 文章を書く以外に何の取り柄もない無力な一生徒として大人しく素直に粛々と処罰を受けさせて頂きます!!!」
「大人しくない! 素直でもない! ぜんぜん粛々としていない! そんな堂々とした態度で処罰を素直に受ける学生が実在してたまるか馬鹿者――――っ!!!!!」
平塚先生、激怒。て言うかマジギレ。プッツンである。最近の切れやすい若者達の世代にギリギリ含まれている年齢の彼女は最近、ストレスのせいなのか、ストレス発散にちょうどいい部活動が活性化してくれたからなのか、前よりも感情が出やすくなったと一部では評判になってる先生だったりもする。
「・・・安田。最後に一応聞いておいてやる・・・。遅刻した理由と言い訳を言ってみろ。つまらない理由だったら・・・わかっているな?」
拳を顔の高さまで上げてくると同時に、地の底から響く呪詛のような声で最後通告を発し、いかなる屁理屈が返ってこようとも、全力で殴ることだけは決定したまま平塚先生は教え子の一人に問いかけ、返事をもらう。
「それは無論!! 寝坊したからですよ!!!
決まっているではありませんか! あっはっはっは!!!」
「威張るな―――――――――――――――――っ!!!!!!!!」
ドゴォォォォッン!!!
・・・屁理屈で返してくること想定しててもムカついて、素直に正直に返してこられるとさらにムカつく男。その名はシェイクスピア(偽)こと、総武高校2年F組安田(♂)
そんな彼は、八幡と一緒に床をしばらくのたうち回った後に。
「・・・む? あなたは確かあの時の・・・・・・」
むくりと起き上がって、何事もなかったかのように思案顔で川崎沙希の窓の外に向けられっぱなしで自分の方を見ようとしない横顔に注がれ続ける。
この男、ダメージは人並みに食らって痛がるのだが回復力が高く、直ぐにムクリと立ち上がって復活してくる変な耐久力を持っていたりする。
八幡なんかは「ギャグキャラだから死なないんだろ」と、一言でバッサリ切り捨ててしまっているが、この現実的ではないフィクションじみた言い分に対して否定ばかりしている雪ノ下でさえ反論したことが一度もなく、ただ黙って本を読んだまま黙認してたりもする。
「・・・おお! やはりあなたはあの時の少女!
地獄のように黒く! 闇の夜の如き美しく想い、輝いているとさえ感じたパンツの君ではありませんか! いやー、同じクラスだったとは驚きですなぁ。
今日もやはり、あの美しき黒のパンツを穿いていらっしゃるのですかな? 麗しきパンツの君よ」
「――バカじゃないの!? バカじゃないの!? やっぱりアンタ正真正銘本物のバカだったんじゃないの!? いいえ、間違いなくバカよアンタは!!」
「はっはっはっは! お褒めいただき光栄ですな、黒パンツの君」
「そ・の・名・前・で・呼ぶな――――――――っ!!!!!!!」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
顔を真っ赤にして叫ぶ少女、漆黒のように輝く黒パンツの君、川崎沙希。
なんか今の一瞬だけで、今まで築いてきた色々なものが音を立てて粉々に崩れ去ってったような気もしたが、人生とはそんなモノである。
「人間の一生はさまよい歩く影法師・・・、哀れな役者に過ぎぬもの。己の出番のときは舞台の上でふんぞり返って喚くだけ!
つまり! 今こそ貴女にとって人生の晴れ舞台! 主演女優を演じる時なのです!
さぁ、栄えある主役に抜擢されて舞台上へと引きずり上げられた今のお気持ちを一言だけでも、この我が輩にお聞かせ頂きたい!!」
「嬉しくない! 超嬉しくない! とっとと幕下ろして終幕しなさいよ、このヘボ作者気取り―――――っ!!!」
「ぐはぁぁっ!?」
しなやかに伸びる脚が、安田の顎を見事に捕らえてノックアウトし、保健室へと退場させられていく彼。
一方で、敵を倒しはしたが無傷で勝ってしまったため出るに出て行くことが許してもらえなくて周囲から奇異の視線に晒され続ける羞恥プレイを強制満喫させられまくった黒パンツの君、川崎沙希。
――これが川崎沙希という名の家庭の事情持ち少女と、比企谷八幡、シェイクスピア(偽)、あと一言もしゃべらなかったけど教室の後ろの方から見物していた、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣との出会いであった。
しばらく後、彼らは彼女がらみの家庭の事情に巻き込まれることになるのだが。
・・・現時点では、まだ川崎沙希がシェイクスピア(偽)のマイペースぶりに巻き込まれて恥かかされただけの関係に過ぎなかったのである。