俺ガイル二次作   作:ひきがやもとまち

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少し振りか、あるいは久方ぶりの更新となります。シェイクスピア(偽)最新話を投稿しました。
本来だったら史実のシェイクスピアネタを多分に盛り込んで書く話を想定しており、途中までは書いてあるんですけど、一応はFGO版の彼をモデルにしている以上はコチラを先に完成させねばと思った次第です。
場合によっては、後から別バージョンで投稿しますので、まずは通常版をお楽しみ頂けたら幸いでございます。


やはり奉仕部にシェイクスピア(偽)がいるのはまちがっている。第11幕

 ホテル・ロイヤルオークラの最上階に位置するバー『エンジェル・ラダー天使の階』

 そこは蝋燭のように密やかで、優しく穏やかな光が灯された高級感漂う空間であり、ともすれば暗いとすら感じられるバーラウンジが広がっていた。

 スポットライトで照らし出されたステージ上で、白人女性がピアノでジャズを弾いている。

 

「おおぉ・・・アメリカ人だ・・・。アメリカ人がピアノでジャズを弾いてるぞマジかこれ・・・」

「うん・・・アメリカ人だね・・・。わかんないけど、たぶんアメリカ人だよきっと。だって外国人だもん。外国人だから、たぶんアメリカ人だよヒッキー・・・」

「あなた達・・・・・・きょろきょろするか、集中してバカなことを言うか、人種差別発言するか、どれか一つにしてくれないかしら? 問題点を指摘する方が疲れそうだから・・・」

 

 外国人=アメリカ人で、英語の成績良くても外人と出会ったら『Yes、Yes』と同じ単語を繰り返すマシーンになるだろう典型的日本の高校生少年少女たちになってしまった八幡と由比ヶ浜のダブル庶民ボケをまえにして、どちらにツッコんだらいいのか咄嗟に判断がつけられなくなってしまった場慣れしているから冷静すぎた雪ノ下雪乃が溜息交じりに当たり前の注意事項だけを述べ、脇からやってきたギャルソンの男性にエスコートしてもらっていった先でバーカウンターに着席して、八幡が横を向いた先で目当ての少女、川崎沙希がコップ磨きのアルバイトに精を出しているのを見つけて声をかけようとした、まさにその時。

 

 

「・・・『サラド・シャピニャン』・・・『コルネ・ドゥ・ソーモンフュメ』・・・・・・」

 

『お、おおおっ!! ブラボー! おぉブラボ――ッ!!!』

 

 

「って、なに普通にメニュー読んだだけで無口で無表情だったギャルソンさんを号泣させてんだ安田!? って言うか、なんでメニュー読んだだけで泣き出す!? 半ばオカルト領域な状況になっちまてるぞオイ!?」

「・・・サラ・ベルナールの映画ファンか何かだったのかしらね・・・? その人って・・・」

 

 19世紀の欧米に名を響かせていた伝説的大女優の逸話を超小規模ながらも再現した小芝居を演出してから騒がしくなったギャルソンさんを追い出して、ようやく落ち着いて本題に入ることができるようになった総武高校奉仕部一同の面々。

 

「たくっ・・・。おい、川崎。お前も気づいてるのに気づかないフリして、無言のままコップ磨き続けてんじゃねぇよ。

 目の前で今みたいな寸劇繰り広げられて、気づかない人間なんているか」

「・・・・・・・・・申し訳ございません。どちら様だったでしょうか?」

「いや、初対面の相手に絶対向けそうにない迷惑そうな表情を浮かべながら言われても困るタイプの台詞なんだけど、その一般的な返しって・・・・・・」

 

 超迷惑そうな表情を浮かべて、自称初対面なはずの客に対して慇懃無礼な態度で接客してくる美少女バーテンダー沙希。

 『超迷惑だから今すぐ帰れ』と、声には出さなくとも表情だけで丸分かりなそれは、ある意味では日本の伝統『お客様は神様です』を遵守していると言えなくもないかもしれない。

 なぜなら八幡たちが店に訪れた目的は店自体にはなく、店員として働いている川崎沙希を辞めさせるため自主的に退職させることにあるからだ。

 

 強制的にクビにさせるのは色々と問題があるからと、自主的に退職届けを出すよう説得すること。世間ではそれを『リストラ』と呼び、リストラの説得係はたいていの場合は嫌われる。

 そして相手を辞めさせた後、自分も辞めさせられるのが常である。

 

「同じクラスなのに顔も覚えられてないとは、さすが比企谷君ね」

「雪ノ下、お前も無闇に俺を傷つけるために見て見ぬフリするのやめてくんない? このめっちゃイヤそうな表情みて言ってんだったらブラックジョークにしたって露骨すぎるだろ。悪意丸出しじゃねぇか、いくらなんでも悪趣味すぎるわ」

 

 そして雪ノ下さんは、何時ものように何時ものごとくヒッキーを罵倒してからでないと他人との会話が始められない悪癖を通常運行で発揮した後、ようやく彼女も本題に入ってくれる。

 ・・・毎度のことだが、毒舌ネタを前振りとして入れないと本題に入れない彼女の迂遠さは結構メンドくさかった・・・。

 

「捜したわ、川崎沙希さん」

「雪ノ下・・・・・・」

 

 そして、彼女に声をかけられて顔を直視した川崎沙希の顔色も変わる。

 はっきりとした、親の仇でも見るような目で総武高校一の秀才美人お嬢様を激しく睨みつける。

 

 

 ――余談だが、彼女たち奉仕部が川崎沙希の働き先について調べた相手も、捜した対象もメイドカフェ1店だけしかなく、それ以外では学校でアニマルセラピー失敗したり、疑似恋愛ゴッコやらかそうとして失敗したりなどの無駄な作業に当てられていた事実を川崎沙希は一部だけ知っていて全部までは知らない。

 人は誰しも、自分が見聞きして知っている分までの情報でしか他人と社会を測る術を持たない、主観でしか自分と他人を判断できない生き物の名前である。

 

「・・・夜帰るのが遅いって、弟がお前のこと心配してたぞ」

 

 軽く挨拶と残りの面々も注文を済ませてから八幡が口火を切るが、聞かされた相手のほうは「ハッ」と人を小馬鹿にした印象を見た者に与える、癪に障る笑い方で笑い飛ばすだけ。

 

 明らかに接客業のバイトがしていい態度ではなかったが、店に長時間居座り続ける口実を設けるため安物を注文しただけの奉仕部メンバーを、お客様ではあっても神様とまで呼んでいいのかは微妙な判定になるため一先ずはグレーゾーンに留めさせていただこう。

 

 

 ・・・再び余談だが、二昔前まで日本社会の勤め人たちはクライアントのことを『でっかい神様』、消費者のことを『細かい神様』と呼んで、それぞれに応じた敬い方をしていたそうであるが、川崎沙希や雪ノ下雪乃たちの世代が知っているかどうかまでは知らないし、シェイクスピア(偽)は知っていても面白そうだから言わない世代の人間である。

 

 

「そんなこと言いにわざわざ来たの? ごくろー様。あのさ、見ず知らずのあんたにそんなこと言われたくらいでやめると思ってんの?」

「クラスメイトに見ず知らず扱いされてるヒッキーすごいなぁ・・・」

 

 雪ノ下節と同様、川崎節を発揮して八幡を扱きおろした上で発言内容も全力否定してくる川崎沙希。

 だが今回ばかりは相手が悪かった。と言うか、メンツが悪かった。

 敢えて見ないフリして、気づいてないフリして『存在しない物』として扱っていた男が、“自分好みの話題”を相手から提供された瞬間、目を輝かせて割り込む決意をアッサリ決めてきちゃったせいである。

 基本的にこの男、他人たちが自分をどう思うかには興味が薄く、自分が他人たちを見てどのような物語に仕立て直すかに興味の大半が偏っているタイプなので、ぶっちゃけ他人からの評価などどうでもいいタイプだったりするのである。

 

 人は主観でしか人と他人を判断できない生き物だが、主観なき客観もないのが人間であり、その事実を承知の上で堂々と断言してくるタイプの人間は一番面倒くさいタイプの人間である。

 

「それは筋が違いますな、川崎殿。そも八幡殿は、川崎殿の弟御から深夜バイトを辞めさせるよう頼まれただけの存在。その役目を果たした上で辞めるかどうかをお決めになるのは川崎殿ご自身の責任で判断すべきこと。務めを果たされた八幡殿には関係ありますまい?」

「う・・・ぐ・・・」

「むしろ先ほどの発言は、川崎どのご自身の口から直接、弟御に対して言って差し上げた方が早くて安全そして確実なのではありませんかな?

 我々は所詮、彼から依頼を受けて動いている立場ですので依頼人自身から依頼を取り下げさせ、依頼という形を奪ってしまえば単なる学生のワガママに巻き込まれている被害者の立場を確立できると言うものでしょう。違いますかな?」

「・・・・・・ぐ、ぐぅ・・・」

 

 痛いところを突かれて、反論の言葉に窮する川崎沙希。

 そこに畳み掛けるように正論突っ込み連発してくるシェイクスピア(偽)は、自分好みの舞台上と言うこともあってか今夜は妙にノリがいい。何時ものことかもしれないけれども。

 

「我が輩からすれば、それは弟の裏切りだ! 喜劇だ! 絶望だ! それでも貴女は弟御の失言を責めることなく、八幡殿だけをお責めになると? あの弟御の言葉には意味があり、八幡殿の行為には意味がなかったとでも?」

「いや、それはさすがに表現過剰じゃないのかな・・・? 喜劇はともかく絶望っていうのはちょっと・・・」

 

 そしてここで待ったが入る、空気が微妙に読めないようで感覚的には読めてる由比ヶ浜さん。

 実際、適切なタイミングで最適なツッコミだったらしく、「ふむ。確かに」とシェイクスピア(偽)はあっさり矛を収めて引き上げて次なる文章の構成を練り上げる作業へと埋没してしまう。

 所詮は自分の興味あることしか興味のない男にとって、自分の言っている言葉さえ必ずしも固執する必要はないらしい。より完成度を高めるためなら舌のねも乾かぬうちに前言撤回するのも普通にありな男であった。

 

 その隙に体勢を立て直そうと川崎沙希は雪ノ下たちに向き直って睨み付けてくる。

 ぶっちゃけ、正当議論では勝てそうにないから、悪口の言い合いで勝敗を決してくれそうな都合のいい相手に逃げただけなのだが、今の彼女にそこまで自分を客観視することはできない。

 

 

「――ああ、最近やけに周りが小うるさいと思ってたらあんたたちのせいか。どういう繋がりか知らないけど、あたしから大志に言っとくから、もう大志と関わんないで」

「止める理由ならあるわ」

 

 そして、相手が勝負を挑んできたなら応じてやって、徹底的に叩き潰してやるのが雪ノ下雪乃の倫理観であり正義論であり、間違った相手に対する情けである。

 ・・・微妙にどっかのロケット団くさい理屈でもあるが、彼女もまた自分の性格と考え方を子供向けアニメの悪役と同レベルだと客観視することはできていない。

 

 人は所詮、自分の主観で物事を判断することで自分自身の自己正当化を正当化したいと願ってやまない生き物である。

 

「十時四十分・・・・・・。シンデレラの魔法が解けるのは午前0時だけど、あなたの魔法はここで解けてしまうわね」

 

 自分の左手に巻いてある腕時計を見ながら、雪ノ下裁判長は自分の主張の根拠を提出する。

 だが、川崎沙希とてプライドが高く負けず嫌いな女の子――ハッキリ言えば、気にくわない相手に言い負かされたなど死んでも認めたくなくないタイプの、戦場では長生きできないタイプの意地っ張り系美少女である。

 皮肉な微笑を口元と目元にたたえながら、茶化すような口調で雪ノ下雪乃の主張を別方向に軽くいなす。

 

「魔法が解けたなら、あとはハッピーエンドが待ってるだけじゃないの?」

「それはどうかしら、人魚姫さん。あなたに待ち構えているのはバッドエンドだと思うけれど」

 

 バーの雰囲気に合わせたかのような二人の掛け合いは余人の介入を許さない。皮肉と当てこすりを繰り返す、上流階級のお遊びめいたものへと戦いの有り様を変貌させていく。

 

 ・・・要するに、小利口な子供同士が迂遠な表現使って遠回しな言い争いをしているだけで平行線にしかなりようのない無意味な言葉遊びでしかないのであるが、そういう無意味な浪費にこそ意味と意義を見いだすのが上流階級と呼ばれる存在なので、彼女たちの遊びが無駄な意地の張り合いになっていくのも致し方なし。それが人間の女同士というもの関係性だから。

 

 そしていつの時代も、権力者たる上流階級同士の争いごとに巻き込まれた庶民から見た反応は冷淡で白けたものになるのも、人類史におけるお約束展開というべきものではある。

 

 

「・・・ねぇ、ヒッキー。ニセッチでもいいけど、あの二人何言ってんの?」

「デンマークの創作童話とフランスのパクリ童話のどちらが自分の好みに合っているかという正当議論でありましょう」

「違う。俺らの歳じゃ深夜働けねぇから、雪ノ下は川崎が歳ごまかしてるんじゃないかって言ってんだ」

「へー? ならそう言えばいいのに。なんで、あんな小難しい言葉を使って言ってるの? 難しくてなんの話してるのか途中から分かんなくなっちゃってたよ」

「まぁ、小難しい単語を並べ立てれば頭が良さそうに見えるだろうと思うのは、日本の古式ゆかしい伝統ですからなぁ。『日本人は悪文を尊ぶ』とはよく言ったものです。

 まっ、どちらにしろ我々庶民には関係のない話ですので、なにか飲み物でも追加で注文しましょうかな。由比ヶ浜殿はなにかお好みのものはありましたか? 奢りますぞ」

「ホント!? じゃ、じゃあたし・・・このペリーなんとかって言うのが飲んでみたいかも!」

「お前らもう少し空気読んで発言してやれよ・・・あと、俺の分はMAXコーヒーでお願いします」

 

 

『『・・・・・・・・・』』

 

 

 心も頭の中身も着飾る必要のない庶民たちから、容赦ない客観的酷評をされてしまって気まずそうに黙り合う上流階級の遊びに興じていた二大美少女たち。

 しばらく沈黙してから「・・・コホン」と咳払いした後、あらためて雪ノ下が本来の話題へと会話を立ち戻らせるため口を開く。

 

「やめる気はないの?」

「ん? ないよ。・・・・・・まぁ、ここはやめるにしても、また他のところで働けばいいし」

 

 川崎はクロスで酒瓶を磨きながら、しれっとなんでもないことのように返事をして、その態度に少しイラついたのか雪ノ下は自らが先ほど注文しておいた飲料を軽く煽り、ピリピリとした険悪な空気が漂いはじめる。

 

 さすがに空気の悪化に気づいたらしい由比ヶ浜も、怖々とではあるが二人の会話に自分なりの意見を差し挟んで改善なり換気なりを試みる。

 他人の顔色を読んで生きてきただけあって、こういうシーンでは空気に敏感にならざるをえない小動物根性恐るべし。

 

「あ、あのさ・・・川崎さん。あたしもほら、お金ないときにバイトするけど、歳ごまかしてまで働かないし・・・」

「別に。お金が必要なだけ」

「あー、それはわかるんだけどよぉ・・・」

「働いたら負けとか言ってるヤツにわかるわけないじゃん」

「・・・・・・聞かれてたか」

 

 八幡もチャレンジしてたのだが、あえなく撃沈。――まぁ正直なところ『歳ごまかしてまでバイトしてる理由が金欲しいからって言うのがわかるって言いたかっただけなんだけどな・・・』という本音もないことはなかったんだけど、今は空気読んで黙らされる方を選択しておくことにする。

 

“川崎さん、だいぶ意固地になってらっしゃるようなので、正直あんまし関わりたい状態じゃありません・・・”

 

 リスクリターンの計算と自己保身に関して、平塚先生から太鼓判を押されているエリートぼっちのヒッキーは安全確保のためステルスヒッキーを展開中。起動まで後少し時間がかかりますので黙ってます、怖いですから。

 

「人生なめすぎ。こっちは別に遊ぶ金ほしさに働いてるわけじゃない。

 あんたらもさー、偉そうなこと言ってるけど、あたしのためにお金用意できる? うちの親が用意できないものをあんたたちが肩代わりしてくれるんだ?」

「そ、それは・・・」

 

 強い言葉で拒絶され、『家なき子』とか好きそうな由比ヶ浜が唇をかんで黙り込み、八幡はステルスヒッキーの展開まで秒読みならぬ分読みを切り。

 

 代わって舞台に上がってきたのは、またしてもこの男。シェイクスピア(偽)である。

 

「まぁ、どうしてもと言われるのであれば金額にもよりますが、不可能ではないでしょうな」

「・・・・・・なんだって・・・?」

 

 意外すぎる言葉に、それまで青春学園ドラマで不良キャラクターが『誰も自分のことなんてわかってくれないんだ!』と叫んでるシーンと似たような声音で八幡たちからの言葉を冷たくぶった切っていた川崎沙希の反応に初めて変化が訪れる。

 

 それはまるで、叫ぶ言葉が理解されないことへの嘆きと諦めに満ちた少女の心を溶かす、恵みの雨の最初の一滴のように。

 誰も理解してくれないと拒絶しながら、誰かに理解してもらいたいと願い続けた少女の心が救われる物語のプロローグに描かれた出会いのシーンであるかのように。

 

 川崎沙希の心にはわずかに、だが確実にほんの少しの変化をもたらそうとして―――

 

 

「ええ。ヤミ金融に川崎殿が腎臓の片方を売れば数百万円程度なら融通してくれるはず。

 安心安全即日キャッシュ払いですので、短時間での大金工面には請け合いですぞ?」

「ダメじゃん!? って言うか、それやっちゃったら倫理的にもダメでしょ受験控えた高校生として!!」

 

 

 

 発言者本人の続く言葉によって、すべて台無しにさせられてしまうのであった。

 エンディングまで自分好みにこだわりたいシェイクスピア(偽)にとって、悲劇こそが最も素晴らしく、ありふれた学園ドラマのお約束シーンやら、三流恋愛ドラマの手垢がつきすぎたパクリ展開を再現することには興味なかった故である。

 ――やっぱダメだコイツ・・・。

 

 

「学生が短期間で大金を手に入れようと思ったら、危ない橋を渡るしかありますまい? どーせ現時点で受験控えた高校生としては知られたら即座にアウトなことしているわけですし、あまり代わり映えしないのでは?」

「う、ぐ・・・それは・・・・・・」

「人生とはそういうものです。可能な限り安全を確保したまま手に入れられる金銭など、その程度の額に過ぎないものなのですよ。

 『金の貸し借り不和の基と。貸せば金と友達を同時に失う。借りれば倹約がバカらしくなる』という歴史的大作のなかで語られている名言もございますからな」

「ぐ、ぐぬぬぬ・・・・・・」

「・・・その辺りでやめてあげなさい」

 

 見るに見かねて雪ノ下裁判長の制止が入って、場の空気も川崎さんもヒートダウン。

 なんか立場が色々と変になってきてる気がしているのだけど、安田君が来てからはこれが奉仕部の日常だから別にいいかと割り切った後、部員じゃなくて部外者の川崎さんにはキツい言葉を続けて放つ雪ノ下さん。・・・どうやら彼女も順調に汚染が開始されてるみたいですな・・・。

 

「――ねぇ」

 

 その雪ノ下が珍しく示した優しさに、甘えてしまったという訳ではないだろうけれども。

 川崎沙希もまた負けず嫌いな性格が基でつい、“超えてはいけない致命的な一線”を自分の舌と言葉で踏み越えるサインをしてしまった。

 

 

「あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ? そんな余裕のある奴にあたしのこと、わかるはず、ないじゃん・・・・・・」

 

 

 静かに、囁くような、それでいて何かを諦めたような口調と声。

 彼女がその言葉を口にしたとき、ガシャンとグラスが倒れる音がした。

 横を見ると、雪ノ下雪乃が唇を噛みしめて鋭く激しい視線で目の前に立つ川崎沙希を睨み付け、思わず身じろぎしてしまった動作で倒してしまったのだろう、シャンパングラスから中身が零れだしカウンター下へ流れ落ちていく光景が見いだせていた。

 

「ちょっと! ゆきのんの家のことなんて今、関係ないじゃん!」

 

 友の怒りに呼応してか、普段はいつもヘラヘラ笑っていることの方が多い由比ヶ浜結衣が珍しいことに強い語調で叫んで川崎沙希を睨み付け、自分自身も家族問題に関しては他人に口出ししてもらいたくない事情を持つ相手の少女も罪悪感から声のトーンを落として視線をそらし。

 

「・・・・・・なら、あたしの家のことも関係ないでしょ」

 

 ボソリと小さく、呟くような声でそう返す。

 実際問題、そう言われてしまえばそれまでの問題ではあるのだ。

 比企谷八幡も由比ヶ浜結衣も雪ノ下雪乃も、もちろんシェイクスピア(偽)こと安田だって関係なんかありはしない。

 仮に、川崎の行いが法に背くことだったとしても、それを咎めるのは教師や両親であり、裁くことができるのは法だけだろう。

 友達でもなんでもない、ただ彼女の弟から依頼されてやってきただけの彼らには何の権限もなく、彼女の家庭と経済状況にしてやれることなんて何一つとしてありはしないのだから。

 

 

 ―――ただまぁ、それはそれとして。

 

 

 

「いえ、我々としては川崎殿の家庭の事情になど踏み込むつもりは最初の時点から一切全くこれっぽっちも持っておりませんでしたぞ?

 ただ校則で禁止されている深夜のバイトを辞める気があるのか否か、川崎殿に決めてもらいたいだけが目的でまかり越した次第なのですが?」

 

 

 

 

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 

 

 

 

 

 安田の放つ致命的すぎる言葉。

 超えてはならないシリアスの一線を踏み越えまくってしまう終わりの一文。

 ギリシャ演劇において劇的な展開の末に訪れる、終末を告げる天からの使者。

 ご都合主義の塊。人の作り出した人造の神。デウス・エクス・マキーナ。

 

 

 即ち。『あんたの事情になんか興味ないねー』・・・・・・である。

 

 

 ぶっちゃけ、これ言い出しちゃうと大抵のドラマティックな物語展開とかはじまる前に終わっちゃいそうなヤツ多いんだけど、残念ながら今の場合はこの台詞が正しい。

 

 ・・・だって本人自身の口から『あんたらには関係』って言っちゃってるし。関係ない赤の他人の家庭事情なら口出ししたところで怒られてやる道理はないし。どこのご家庭でもお茶の間でテレビ見ながら家族みんなで散々にやりまくってる家族の肖像の一部に過ぎないし。

 

 別にいいんじゃね? 言っちまっても、言わなくても関係ないなら言ってしまった方がスッキリするし、依頼も達成できるし丁度いい案配じゃん。

 

「まぁ、さすがに今日いきなり来て、職場を辞めるか否かの決断を迫るというのは無粋の極みでしたからな。今夜の所はそろそろ退散すると致しましょう」

 

 そう言って、一方的に閉幕を告げて席を立つシェイクスピア(偽)。

 不完全燃焼というか、まだ言い途中だったような気がしてる雪ノ下と由比ヶ浜もノロノロとした動作で後に続き、結局ステルスヒッキーの起動が終了時間までに間に合わなかったせいで『秘密兵器のままで終わってしまった秘密兵器』の状態になり微妙に恥ずかしい思いをしながら八幡が最後に席を立つ。

 

 そして、立ち去ろうとする彼らの背中に請求書を差しだそうとした川崎沙希に、シェイクスピア(偽)が振り返ると、『おお、そういえば!』と何やら思い出したように声を上げてうれしそうな満面の笑顔で振り返ると、

 

 

「我が輩としたことが大事なことを言い忘れておりましたな。――川崎殿?」

「・・・・・・なによ? まだなんか用があんn―――」

 

 

 

「今日あったことは平塚先生に一言一句過つことなく、面白おかしく書き換えた上で報告書にして提出させていただくつもりでいますので、ご承知おきくださいますようお願い致します」

 

「ちょ!? あんた先生にチクるってそれ卑怯じゃないの!? もっと正面から私の問題に立ち向かってきなさいよ!! 男らしく正々堂々と! そのてで来られた場合、学生相手だと最強過ぎちゃって、ぶっちゃけチート過ぎるんですけども!?

 

「なんとでも仰っていただいてかまいませんな。仮に知人が校則違反をしていたことを知っていたのに報告しないでいたことがバレた場合、我が輩たちの法が損害被るだけで一文の得にもなりませぬ故、知ったことではありません。

 ――ぶっちゃけ意外とありふれた家庭の訳あり事情話でしかなかったので、つまりませんでしたし。あと我が輩ぶっちゃけ、内申とか色々ヤバいですので受験のためにも先生方の好評価ポイントは稼げるところで稼いでおきませんと進学が少々・・・・・・」

 

「そりゃ完全無欠に非の打ち所もなく、あんたの自業自得のせいでしょーが―――ッ!?

 あんたの性格事情に、あたしの進学と家庭の事情を巻き込もうとするな―――ッ!!!」

 

 

 地団駄を踏みまくり大騒ぎしまくり、川崎沙希は店内カウンターの中心で自身の悲哀を叫びまくる。

 

 

「ハッハッハ。では、また明日の朝にでも学校の教室で再会いたしましょう。それまでしばしの別れですな。

 然らば此度はこれにて閉幕! 皆々様! 吾輩は次の舞台に失礼させていただきますぞ。

 『 adieu, adieu., adieu, adieu.シェイクスピア作品をお忘れ無く!』」

 

「二度と来るな――ッ!!

 この疫病神のうえに貧乏神もかねた最低最悪男――――ッ!!!!」

 

 

 大声出して店内から出て行きかけてる客の背中に罵声を浴びせまくるバーテンダー美少女・川崎沙希。

 彼女がこの店を辞めた後に違う店で働くかどうかは別としても、この店に居続けられるのは今日を限りにフィナーレとなるエンディングだけは今の時点で確定してしまったようでもあった。

 

 

 彼女の猛々しい怒声が、むしろ逆に哀れすぎる狂態に見えて八幡は懐からソッと、一枚の紙切れを取り出して溜息を吐く。

 

 

「・・・俺が取れたかもしれないスカラシップ枠が、別のヤツに一つ取られて減っちまうかもしれないけど・・・・・・まっ、同じ予備校に通うかどうか今の時点だとまだわからんし、あいつが受かるかどうかも別問題だし。

 情報提供だけなら家庭の事情介入には、たぶん該当しないと思うから別にいっか・・・・・・」

 

 

 

 後日、比企谷八幡は今日の決断をマックのテーブルに座りながら、苦手科目の回答を教えてもらうという形で恩返ししてもらうことになる未来の事実を今はまだ知らない・・・・・・。

 

 

つづく

 

 

『なに、何だっていいのさ。金さえついてくりゃ』

 ウィリアム・シェイクスピア(真)作:「じゃじゃ馬ならし」より台詞の一部を抜粋。


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