しかも、それでいて結局またしても重くなってしまいましたし…。
出だしに書いた今話のテーマな『捻くれ八幡流ひねくれ理論』が良くなかったのかもしれませんね。反省。
――なんか俺には判断がつかないが、由比ヶ浜と喧嘩したことになってしまうっぽい趣旨の発言を俺がしてしまってたらしいので、気まずさを紛らわすため今日は過去の話をしようと思う。
・・・そう、あれは俺が無理やり入部させられた奉仕部に自主志願して入ってきた由比ヶ浜が加わってから数日が経過した、ある昼休み中での出来事だった。
その日は雨が降っていたせいで行くところがなくなっていた俺は、仕方なく教室でコンビニパンをもっしゃもっしゃと食んでいた。
いつもなら昼食にピッタリなベストプライス空間で飯を食う俺だけど、さすがに濡れながら飯を食う趣味はないし、雨の日の昼休みを一人で過ごす用にもってきていた小説やマンガは、昨日部室に読みさしの状態で置いてきてしまい手元にない。
こうなると一人、ボンヤリと物事について考えながら自己完結前提の、他人から見りゃ自己満足思考に沈むぐらいしかやることがなくなってしまう。それぐらいに暇を持て余していた。
・・・しかし、いつも思うことだが一人で過ごす時間が長いと自然といろいろなことが自分の中で考えてしまうな。
たとえば今、教室の前方で固まっている彼らとかについてだ。
「ちょおま、ハンマーとか!」
「ガンランスでジェノサイド余裕でした^^」
確か小田とか田原とか言うクラスメイト男子二人が、PSPを持ち寄りアドホックで狩りをしている。
いや、もしかしたら田中だったかもしれないし田辺だったかもしれないが、まぁ名字のどっかに『田』が付いてるヤツらだ。
日本全国には無数にいるだろうし、学校中どころかクラス内でだけ探しても他に当てはまる奴いるかもしれないけど、別に重要でも何でもないヤツらだから覚えてないだけだしテキトーでいいだろう。どーせ相手も俺のことは『ヒキなんとか君』ぐらいにしか覚えてないだろうから気にする必要性は微塵もない。
その田中だか田辺だか田原だか、たぶん田の付く二人が楽しそうに俺もやってるゲームをプレイしながら話もしている姿を見ていると俺は考えてしまうのだ。
あのゲームは俺もやっているし、正直言って話し合い自体には混ざりたいと思うが、彼ら二人の話には混ざりたいとは思えないな・・・と。
彼らが楽しく話し合える相手だとは思えないからだ。彼らから見た俺も同様だろう。
仮に俺が彼らのゲーム談義に交じれたとしても「にわか」とか「嘘非モテ」とか陰口を叩かれてイヤイヤ仲間に加えているだけになる。
彼らから見ると中途半端な容姿をもつ俺が格下の存在であり、自分たちより下の人間が自分たちの好きなゲームで、自分たちと同等の知識とスキルを持っていることが不快だからだ。
だからこそ「にわか」とか「嘘非モテ」とかのレッテルを張って、「どーせネットで見た受け売り知識を語っているだけ」という風に自分の中で完結させたがる。
結局のところ友達というのは、自分が相手に望んでいる期待通りの反応を返せる奴とだけ成立するものなんだろうと俺は考えている。
一方で、そうしたコミュニケーションが実にスマートで得意な人種も、彼らや俺と同じクラス内には存在している。
「いやー、今日は無理そうかな。部活あるし」
「別に一日くらいよくない? 今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」
「それどっちもチョコじゃん(笑)」
今教室の後ろの方で楽しそうに談笑している煌びやかな集団がそうだ。サッカー部二人とバスケ部の男子が二人、女子が三人。華やかな雰囲気のクラス内最上位カーストにいる連中だ。由比ヶ浜もここに属している。・・・この前まで俺は気づいてなかったけれども。
その華やかな上位カースト連中の中でも、ひときわ眩い輝きを放っているのが二人いる。
一人は、あの連中の中心にいる男で葉山隼人。サッカー部のエースで次期部長候補、金髪に近い茶髪でキラキラしてて、おしゃれレベルの着崩しでにっこり笑うオサレ系イケメン男子。
「えぇー。ぜんぜん違うし。ていうか超お腹減ったし」
そして残る一人が、葉山の相方で三浦優美子。金髪ロールに花魁って言うか淫乱レベルで着崩しまくった制服。履く意味あんのかってレベルの短すぎるスカート。
顔立ちは綺麗で整っているのだが、派手な格好と頭が悪そう言動、そして女王様風の尊大な物腰のせいもあり、葉山を狙っている肉食系女子の典型としか思えないタイプで、俺にとっては純粋に怖い。
だって獣だし、猛獣だし。言葉通じるかどうか分からないし、話しかけて爪とか立てられちゃったら友達に噂されそうで恥ずかしいし。友達いないから要らん心配だけれども。
「悪いけど、今日はパスな」
だが、葉山にとっての三浦は恐怖の対象ではないらしい。様子を見る限りじゃ、むしろノリのいい話が合う相手という認識のようだ。当然と言えば当然の評価ではあるのだろう。
なぜなら、どう見たって三浦は葉山が相手だからこそノリがいいだけで、俺が相手だったら鼻息だけで殺しにきそうなレベル。
要するに、自分の御し得る範囲までの反応しかしてこないから、葉山にとっての三浦はノリがよくて話しやすい友達でいられているだけ。
三浦が葉山に俺と同じ反応を返したときには、また今とは違った評価を下すようになるかもしれないが、余り見たいとまでは思えない二人でもある。だって怖いし、巻き込まれて噛まれたくないもん俺。
「ま、いいんじゃない。部活の後でいいなら俺も付き合うよ」
葉山が軽い口調で場を締めくくるようにそう言って女王様のご機嫌を取り、「おっけ、じゃメールして?」なんて笑顔で会話を続けていく、そんな関係。
相手が求めている自分のイメージ通りの反応を返すというのも思ってたより、すっげー大変そうだった。封建社会の貴族同士レベルで気の遣い合い、取り繕いのし合いである。
昔どこかの天才が言っていた、『役割を演じるというのは難しいものだ』と。あんな風に役割演じて気を使ってやらなきゃリア充とか天才になれないなら、たしかに俺は何もできない俗人のボッチのままでいいわ。変わりたいと思わないわ。だって大変そうなんだもん。
・・・と、そんな風に頭の中だけで自己完結する思考遊びで暇を潰していると、由比ヶ浜と目があった。
俺にとっては何の意味もない偶然だったが、由比ヶ浜の方は何かを決意する切っ掛けになったかのように、俺の顔を見てからすぅーっと深呼吸して。
「あの・・・・・・あたし、お昼ちょっと行くところあるから・・・・・・」
「あ、そーなん? じゃさ、帰りにあれ買ってきてよ、レモンティー。あーし、今日飲みもん持ってくんの忘れててさー。パンだし、お茶ないときついじゃん」
「え、え、けどほらあたし戻ってくるの五限になるっていうか、お昼まるまるいないからそれはちょっとどうだろーみたいな・・・・・・」
由比ヶ浜結衣は三浦優美子にそう言って、相手の顔を硬直させる。
やがて飼い犬に手を噛まれたかのような表情へと変わっていく三浦の表情。おそらくは今まで自分に口答えしたことがなかった由比ヶ浜が自分の頼みを聞いてくれなかったことで裏切られた心地にでもなっているのだろう。
自分の望んでいた反応を返してくれてたから友達でいられてた相手が、自分の期待したのとは違う反応を返すようになってしまった、この現状。
配役は違うし上下関係も逆になってしまったが、さっき俺がしていた妄想と懸念を実現させた形となり、俺としては心底・・・・・・不本意なことこの上ない心地にさせられる展開だった。
だから、あんまし見たくないって言わなかったけど思ってたじゃんかよー・・・。
「は? え、ちょ、なになに? なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった? ちょっと最近付き合い悪くない?」
「やー、それはなんて言うかやむにやまれぬというか私事で恐縮ですというか・・・・・・」
しどろもどろになりながら、こんな時だけ社会人が使いそうな言い回し使った返事を返す由比ヶ浜。お前は上司に言い訳する中年サラリーマンかなんかか? 親父を彷彿としちゃうからやめろよ。高校生の時点でいろいろ知ってて教えてくれたサラリー親父な見た目は美少女高校生なんて夢が壊れちまいそうじゃねぇか。
「それじゃわかんないから。言いたいことあんならはっきり言いなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠しごと? とかよくなくない?」
由比ヶ浜の態度が逆効果になったのか、三浦はカツカツと苛立たしげに爪で机を叩きながら由比ヶ浜を糾弾し、怒りのオーラで静まりかえらせた教室内に気忙しく机を爪で弾く音だけを響かせていく。
なんと言うか、コイツはコイツで神経質なエリート秀才タイプの上司くさい反応のし方をする奴だった。流行ってんのかな? 女子高生の間でリーマン就職志望先とかに。嫌な時代になったもんだなオイ、いくらなんでも嫌すぎる・・・。
「ごめん・・・・・・」
「だーかーらー、ごめんじゃなくて。なんか言いたいことあんでしょ?」
下を向いていた由比ヶ浜は恐る恐る声を出して、そう言い返されてしゅんとなって項垂れる。
ああいう言い方をされて、正直に言いたいことを言える奴なんて滅多にはいない。俺とかの例外ぐらいなものだろう。
ある意味それもまた当然のことではある。三浦は由比ヶ浜を相手に会話をしているわけでも、質問をしているわけでもない。ただ攻撃して謝らせたいだけ、自分の望んだとおりの反応だけを返していた飼い犬に戻れと要求しているだけなのだ。
実にあほくさいし、バカバカしい茶番劇だが放っておく訳にもいかない。
なぜなら俺は今、パンを食べている。食事ってのはもっと楽しくて幸せなものじゃないといけないと『孤独のグルメ』の五郎さんも言っていた。好きなドラマの名言は尊重しなければなるまいて。
それに、ま。・・・・・・気に入らねぇんだよ、このアマは。
「あー、えっとだな―――」
「るっさい」
俺が机をガタッと鳴らして立ち上がり、何か言おうとした瞬間に蛇のような目でこっちを睨みながら言ってきた言葉がこれである。
まるで道理が通らないし、通す気もなく、ただただ自分の感情を貫き通すために理屈も何も感も度外視して自分の望んだとおりの反応をするよう俺の方にも求めて来やがる。
要するに――邪魔だ、引っ込んでいろと。
俺はこれに対して・・・・・・怖かったので目をそらし、思わず謝りたくなっちまうほどの凶眼で睨み付けてくる三浦を説教、もとい説得することを諦めて―――この場の権威に縋りつく。
「・・・飯食ってる最中なんだよ。喧嘩するなら別のところに連れてってからやってくれないか? 人の悪口聞きながら昼飯食っても不味くなるだけなんだが・・・・・・」
「あ―――」
俺が三浦の視線から逃れて、声と視線を向けた先。この場における上位カーストのリーダーにして、三浦が相手の望み通りの反応を返さざるを得なくなる絶対強者。
葉山隼人。そいつに向かって俺はアイコンタクトと丸く収める正論口実とを同時に送ってやって、動かざるを得ない状況にまで葉山隼人を再起動させてやることに成功する。
「――優美子、今は昼休み中で食事している人だっている公共の時間帯だ。そういう話をするべき場所と状況じゃない」
「隼人!? でも――っ」
「わかってるよ、優美子。でも今は良くない。後で俺もいて、ちゃんと聞いてあげるから今は抑えてくれないか・・・? 頼む」
「・・・ッ!!!」
そう言われ、自分が媚びてる男から頭まで下げられてしまうと三浦としてもどうすることもできず、矛を収めるより他はない。
当然その原因を作っちまったことになる俺は恨まれるわけだが・・・・・・睨まれると分かっていて怖い目を向けられるのを大人しく待つ正直者なひねくれ者は一人もいない。
アラホラサッサとばかりに三浦に背を向け、教室を抜け出して、扉を閉めて横を向いたらそこに思わぬ人物がいた。
雪ノ下雪乃だ。彼女が教室のドアのすぐ真横に寄りかかりながら、腕を組んで目を瞑り、まるで体育の時間に毎回ペアを組まされている剣豪厨二将軍みたいな格好つけたポージングのまま、えらく冷たい空気を周囲に向けて発散させていた。
やはり、流行っているのだろうか・・・? 女子高生の間でサラリーマンとか、氷系能力使いのイケメンキャラのポーズとか、一昔前はボッチの独壇場だったマンガアニメゲームとかでよく使われてたネタ系とかを真似する風潮が・・・。
『・・・・・・あの、ごめんね。あたしさ、人に合わせないと不安ってゆーか・・・・・・つい空気読んじゃうって言うか・・・、それでイライラさせちゃうこと、あった、かも』
『・・・・・・・・・』
そうこうしている内に、教室の中から由比ヶ浜が話しかける声が聞こえてきた。
周りには誰もいない、とても静かな状態の廊下になっていたから、教室内の会話であってもよく聞こえる。
『やーもうなんていうの? 昔からそうなんだよねー。おジャ魔女ごっこしてても、ほんとはどれみやおんぷちゃんがいいんだけど、他にやりたい子がいるから葉月ちゃんにしちゃうっていうか・・・。団地育ちのせいかもだけど、周りにいつも人がいてそれが当たり前で・・・』
『・・・何言いたいのか全然わかんないんだけど?』
『だ、だよねー。や、あたしもよくわかんないんだけどさ・・・。けどさ、ヒッキーとかゆきのん、あ、アタシが入部した部の部長につけたあだ名なんだけど、ゆきのんを見てて思ったんだ。
周りに誰もいないのに、楽しそうで、本音言い合っててお互い合わせてないのに、なんか合ってて・・・・・・』
ぐすっと嗚咽を漏らすような声が途切れ途切れに聞こえてくる。
そのたびに雪ノ下のぴくっと反応し、そーっと薄目を開けて目だけで教室の中の様子を窺おうとしているのが丸分かりなんだが・・・・・・。
・・・本音言い合ってるか? この関係。
俺たち二人しかいない静かすぎる廊下という状況下でさえ、自分の弱味を俺に見られないよう猿芝居を続けているゆきのんさんと、腐った両目でゆきのんの奇行を見物している俺って関係性は、客観的に見ても主観的に見てさえも合ってないようにしか見えんと思うんだが・・・・・・。
『それ見てたら、今まで必死になって人に合わせようとしてたの、間違ってるみたいで・・・、だってさ、ヒッキーとかぶっちゃけマジヒッキーじゃん。休み時間とか一人で本読んで笑ってて・・・、キモいけど、楽しそうだし』
キモい、という由比ヶ浜からの俺評を聞いた雪ノ下がクスッと笑う。
「あなたの奇癖、部室だけかと思ったら教室でもなのね。あれ、本当に気持ち悪いからやめたほうがいいわよ」
「そうかい。俺には、『俺と会って話する時には悪口言わないと死んでしまう病』を煩ってるらしいお前の奇病を先に治した方がいいと前から思ってんだけどな」
「・・・・・・(キッ!!)」
今日も今日とて睨まれる俺だが、こればかりは俺にはどうしようもない。
なにしろ俺は、事実を言っているだけであって、雪ノ下の悪口は一言も言っていないのだから。
自分のやっていることを他人から冷静に指摘されて不愉快だったと思うなら、自分で自分の不快だった部分を治すしかない。
それを言ってきた相手に、二度とそれを言わないよう約束させることはできても、自分が指摘されて不快に思った行動を取り続けている限り、誰か別に奴が同じ指摘を自分にしてくるか、もしくは反逆されたときに言われて酷く苛立たされるだけで終わるだろう。
雪ノ下的に言えば、それは『逃げ』であり、悩みは解決できずに救われることもない。『変わらなければ前に進めない』ということになるのだろう。
逆に俺は、逃げを肯定しているし『自分は自分のままでいい』としか思っていない。
立場が違い、思想も価値基準も異なる。互いに自分の望んでいる反応を相手に求めたところで期待に応えてくれるはずもない。
『だからね、アタシも無理しないでもっと適当にいきよっかなーとか、・・・そんな感じ。でも、べつに優美子のことが嫌だってわけじゃないから。だから、これからも仲良く、できる、かな?』
『・・・・・・・・・ふーん、そ。まぁ、いんじゃない』
俺たち二人が教室外の廊下で沈黙し合って対峙している間に、教室内では一件落着したらしい。和やかなムードが伝わってきて、喧噪も戻り始めてくる。
『・・・・・・ごめん、ありがと』
由比ヶ浜がそう言って、三浦がパタンと携帯電話を折りたたむ音がする。
それを聞いた雪ノ下が、フッと息をついて肩と瞳から力を抜き、軽く壁により掛かると。
「・・・・・・なんだ。ちゃんと言えるようになれたじゃない」
と、常は氷のような鉄火ペンの無表情をわずかに動かして微笑する光景を、俺は一瞬信じられないものを見たような気分で凝視してしまい言葉を失い、我を取り戻した時には雪ノ下はもう教室に背を向けて歩み去ろうとしている途上にあった。
「・・・いいのか? なんか由比ヶ浜に用事があったんじゃなかったのか・・・?」
「いいわよ、別に。本当はあるにはあったし、途中で割り込もうかとも思ってたんだけど、そうする理由も必要も今ではもうなくなってしまったようだから」
そう言ってから振り向いて、俺に向かっては一言だけ言葉を投げかけてきて、この日の話は終わりとなる。
「あなたが、変わらないと社会的にまずいレベルの人間性の持ち主だと知った上で、更生を目的として奉仕部で預かることを決めたのは私。
だから今のあなたに私が何を言ったところで性根を入れ替え、態度を改めるのを期待するのは無理な話。
私はただ平塚先生の依頼を達成するため、奉仕部の部長としてあなたが更生されるまで面倒を見てあげる。それだけよ、比企谷くん」