そうこうしている内に時間は過ぎ、夜にやる肝試しの準備時間になった。正確には肝試しの準備する準備をするため少し前に集まる時間だ。
平塚先生からは、「直前にちゃちゃっとやってくれればいい」と言われているが、字面通り直前まで待ってちゃちゃっとやっつけ仕事すると絶対怒られるので注意が必要である。
とは言え、肝試しと言っても林間学校のイベントだ。本格的な特殊メイクやVFXを使用する金なんてないし、誰もが聞き覚えのある友達同士で有名心霊スポット行ったりとか、立ち入り禁止になってる取り壊し予定場所にコッソリ不法侵入したりとかもない。
単純に、お経を流したり、夜陰に紛れて木を揺らしたり、被り物して追いかけ回したりと、古くさいお化け屋敷を自然環境で再現するだけである。
だが夜の森は、夜の森ってだけで怖い。
木々がざわめけば、この世ならざる者の声を聞き、風が吹けば死者に頬を撫でられる・・・・・・そんな詩的表現が思いつけるほど知識も国語力も高くない子供たちでも、なんとなくは怖く感じる場所が夜の森ってもんだ。
ただ、いくら整備されてる保養施設内の森とはいえ、夜道で小学生が混乱して迷子になられても困るので、それを避けるためコースの下見と脅かし役の配置場所を選んでおくのが、俺たちが最初にやった肝試しの準備である。
それらの確認が一通り終わって戻ってきたところで、俺たちはビジターハウスに呼び集められ、平塚先生から脅かし役のお化けの衣装を手渡されて衣装を選んでいる。・・・・・・はずだったのだが・・・・・・。
『『『う、うわぁー・・・・・・』』』
思わず葉山たちリア充グループと一緒になって、俺たちまで呻いてしまうほど、ドン引きコスチュームの群れが衣装箱には収められていた。
「なに、この安っぽいコスプレ・・・」
「いや、確かに肝試しのお化け衣装って言われたはずなんだが・・・」
今度は三浦さんと一緒になって、呻いてしまう俺。
確かに、この手のビックリお化けイベントはコンセプトやディテールよりもインパクトで勝負する側面の方が大きい。小学生相手にはバックボーンに沿ったリアリティのある演出よりも、体感的なアトラクション性の方が喜ばれるものでもある。
たとえば、お経が流れてる中で、ジェイソンが飛び出してきたりとかだ。和洋折衷というよりも、ノリと勢いと知名度の高さで分かってもらえりゃそれでいいのである。
そういう理由もあって、この手の林間学校なんかを受け入れる施設に常備されてる場合の肝試し衣装はチープな作りでカオスなラインナップなのが基本なのだが・・・・・・さすがにコレは酷い。酷すぎると頭を抱えたくなってしまうしかない・・・。
「小悪魔衣装に、ネコ耳、しっぽ、白い浴衣。魔女帽子とローブにマント、巫女服・・・・・・俺たちの頃の肝試しに出てきたお化けって、こういうのだったっけ?」
「よ、よくは覚えてないけど・・・・・・ちょっとだけ違ってたと俺は思うよ?」
思わず善良なる常識人の葉山に確認取ってしまうほどのカオスっつーより、ファンシーぶりである。
平塚先生曰く、今回の準備は施設の常備品じゃなく小学校側の教師がしてたらしいのだが、どう考えても肝試しやるつもりで用意したものだとは思えない。アトラクション性を重視するにも程がある。
変なところにタッチするアトラクションでもやらせるつもりだったんじゃねーか? 就職志望先を変更して本気で教師を目指しちまいたくなるから辞めろよ、こういう展開はさぁ。
「たか~まがはら~に~~」
「・・・無駄に本格的だな、呪文だけだけど・・・」
「私、陰陽師ものもイケる口だから! ドーマン♥ セーマンっ♡」
「・・・・・・そうですか・・・・・・」
まず三浦グループにいながら清楚さに定評のある海老名さんは、巫女服。
巫女服っつーか、袖なくしてフトモモ丸出しの罰当たりミニスカ巫女さん服なのだが・・・・・・陰陽師か? コレって・・・・・・。
「魔法使いって、お化けなのかなぁ・・・?」
「まぁ、大きい括りだとお化けになれるんじゃないか? そもそもお化けの定義がよく分からねぇし、ジェイソンもお化けではないだろうし・・・」
「う~ん・・・でも怖くないよね? この衣装だと」
「安心しろ戸塚。少なくとも、海老名さんよりかはお化け衣装だし、怖くもある。海老名さんよりかは確実に」
「そ、そういうこと言うのは止めようよ八幡~っ」
困った表情で三角帽子被ってローブを纏っている戸塚に対して、俺の背後で人心を惑わす邪神にでも怪しい呪文と祈祷の踊りを捧げ続けているっぽいミニスカ巫女の海老名さんを指差しながら言ってやると、もっと困った表情になってちょっと可愛かった。
思わず危険なルートに入りそうにな誘惑に駆られる辺り、戸塚の魔法使いは確かに怖くてナイスチョイスでもあった。袖やら裾から肌を一切露出させずに誘惑・・・・・・恐ろしい魔法だ。
あと海老名さんも怖いと言えば怖い。
別の意味で引きずり込まれたくない世界の住人の、怖い人という意味でだけれども。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、ジャーン☆」
「何それ? 化け猫? それともワーキャットとか?」
「さぁ? 多分そうなんじゃない? よく分かんないけど可愛いから何でもいいかな~って♪」
トントンと言うべきなのかモフモフと表現すべきなのか、猫チックな肉球付きの手袋つけて肩を叩かれた先にいたのは、黒のフェイクファーを身に纏ってネコ耳と尻尾を生やした妹の小町。もはや肝試しのお化け衣装として選んでねぇ。
選ばれた衣装はたぶん化け猫orワーキャット。違いは俺も、よく分からん。
「・・・・・・」
「あ、あの・・・・・・雪乃、さん?」
そして小町の背後からソ~ッと現れ、ネコ耳を触って、猫ハンドを撫で回し、猫しっぽをフニフニ揉みしだいてから、満足そうに何度か頷いて納得している、変態チックな行為をしにきた白い着物姿の我らが奉仕部部長、雪ノ下雪乃。
「――いいんじゃないかしら? よく似合っているわ」
「ありがとうございます! 雪乃さんも超素敵ですよ!」
そして頬を微かに赤く染めながらの褒め言葉。
要するに、『怖くはないけど似合ってはいる』と言うわけですね分かります。
とは言え、だ。
雪ノ下が選んだ白一色の和服姿が似合っていることまでは、否定しようのない事実ではある。如何にひねくれボッチのエリートを自称している俺でも、事実を湾曲して誹謗中傷したいとまでは思わない。ここは素直に賞賛すべきだろう、似合っていると。
「お前、無駄に着物似合うな。マジで、まだ生きてんじゃねーかと誤解しそうになったわ」
「比企谷君、褒め言葉に見せかけて死亡宣告はやめてくれないかしら? これは死に装束ではないのだけれど・・・・・・」
「・・・・・・悪かった冗談だ、今分かった。その冷気はまさに雪女だよな。似合ってると思ってるから大丈夫だ問題ない」
全力で褒め直して目を逸らす俺。・・・・・・このブリザードの視線が最初からプラスされてたら、雪女という前提で接してたんだけど・・・・・・今は言えない、怖いから。マジでその視線やめて、ボッチは怖いと三秒で引きこもっちゃうの。寂しさ相手なら十年は戦えるけど。
「比企谷君も似合っているわよ、そのゾンビ姿。目の腐り方なんてハリウッド級ね」
「ああ。俺は目だけじゃなく、性根まで腐っていると自負しているぐらいだ――すんません、今は素直に傷ついときますんで睨まないで」
反撃の皮肉を、だいぶ前の平塚先生を思い出しながらスルーしたら場所と状況が悪かったらしく、謝る羽目になってしまった。二番煎じはやはり上手くいきづらいということか。
そして最後に、今まで半ば自覚的に目を逸らしていた部分のある、残る一人に目を向ける。
「えへッ☆・・・ハァ~・・・。
いひー♪・・・・・・ハァ~・・・・・・」
――なんか姿見の前でポージング取りながら百面相して、落ち込んではポーズを変えて再び落ち込む、挙動不審な女子高生のクラスメイトで部活仲間の女の子がそこにいた・・・。
友達だと思われたら恥ずかしいって言うか、通報されちゃいそうだから一緒に帰りたくない気持ちでいっぱいになりそうな奇行ぶりは、思わず俺でも目を逸らしてしまうレベル・・・。
挙げ句、着ている衣装はヘソ出し、生足、胸の谷間出し、黒のレザーショートパンツ姿ときている。
申し訳程度に、角とトンガリ尻尾が付いてることで『小悪魔ですアピール』だけはしてるんだと思うが・・・・・・どっからどう見ても夜の林間学校で女子高生が、小学生相手に見せていい不適切にならない格好じゃねぇ。
中学生相手だったら、猥褻物陳列罪とかで教師側から訴えられるんじゃねーかな? もしくは襲われて口封じに万札握らされる方が先かもしれんが。
思わず財布の中身を確認したくなっちまうから、お前もマジでやめろよそういうのはさぁ。
優しい女の子は、やはり敵だった。主に懐へのダメージ的に。
「忙しそうなヤツだな、お前は・・・」
「あ、ヒッキー」
声を掛けると由比ヶ浜は、自信のない表情で身体を隠すように両腕で自分を抱きしめるが・・・・・・遅いだろ。今さら隠してどうすんだよ。
やはり由比ヶ浜結衣の恥ずかしさを感じる心はまちがっている。
「・・・・・・あのさ、そ、その・・・・・・どう?」
「少しでも似合ってなかったらハッキリ言えてたし、すげぇバカに出来てるところだったんだけどな。そう出来なかったのが残念だ」
「え? えっとぉ・・・・・・おおっ! 素直に褒めればいいのにバーカ!!」
評価を聞かれたので、婉曲表現ながらも素直に賞賛したところ、こういう返事が帰ってきてしまいましたとさ。
俺としては、やってる奇行ぶりとか、小学生イベントの肝試しに着ていく衣装の選考基準とか、色々ダメなところが大量にありまくってるけど、似合ってるか似合ってないかだけの判定基準では及第点以上だったから素直にバカにすることが出来なくなって残念だと言いたかった訳なのだが・・・・・・まぁ正確に伝わらないならないで別にいい問題でもあるし放っておこう。近くに寄らなければ俺に累はねぇし。
「お兄ちゃんは相変わらず、捻デレてるなぁ。
自分から捻デレになることを選んだ、エリート捻デレだよ」
「変な造語を作って、人に当てはめんのはやめろ。
あと、そんな変なもんになりたがった覚えはねぇ」
一部始終をどこからどこまで見ていて言っているのか、家族会議を開きたくなる評価を小町は言って、ムフン♪と満足げに微笑んでるのを見せつけられ、俺は言いようのない脱力に襲われてると、葉山たちもやってきて合流した。
三浦も戸部も準備はバッチリだ。特に三浦なんてノーメイクノーチェンジでもハリウッド級の怖さを再現できている。
要するに、普段から怖い人だったわけだが。
それでいて、見た目と雰囲気が“怖そうなだけ”ってのが微妙なんだけどな。アトラクション性たっぷりで中身ハリボテなのは今回の騒動の初め頃に露見している訳なのだが・・・・・・ひとまず。
これで肝試しの準備は終わって、メンツも全員そろったわけで。
「それで、件の問題どうするの?」
『『『・・・・・・』』』
・・・・・・雪ノ下が口火を切って、肝試しの準備とは次元の異なる、『鶴見留美をイジメ問題から救うためにはどうするか?』という、俺たち全体が引き受けた問題に議題が変わった瞬間、室内は一挙に沈黙に包まれた。
先程まで、お化けの配置場所や案内板の位置なんかの意見を活発に言い合ってたらしい戸部や三浦でさえ押し黙ったまま皆に合わせて沈黙してしまう。
もっとも、彼らの気持ちも分からなくはない。この手の問題は難しい。
単純に「みんな仲良く」とお題目を口にしたところで効果はないし、俺たち赤の他人の高校生が言ったところで、口うるさいだけの説教としか解釈されることはないだろう。
「留美ちゃんが皆と話すしかない、のかもな。そういう場所を設けてさ」
最初に意見を言ったのは、誰もが予想してたと思う通り葉山だったが、それに対する反論はやや予想外な人から放たれることになる。
「でも、それだと、たぶん留美ちゃんがみんなに責められちゃうよ・・・・・・高校生の葉山君にチクったとか言われて・・・」
「じゃ、じゃあ、一人ずつ話し合えば。その時に事情を俺たちの方からも説明して――」
「同じだよ。その場ではいい顔しても、裏でまた始まる。女の子って隼人君が思ってるよりずっと怖いよ?」
由比ヶ浜が目を伏せながらも、葉山にとってはキツいことを指摘して、諦めずに食い下がろうとしたところに海老名さんがゾッとするような冷たさを持った声音で現実論を説く。これには流石の葉山も黙り込むしか手がなくなる。
「マジ? 超こえー」
そして何故だか三浦までもがビビらされていた。
まぁ、こいつ結構ハッキリ言うタイプだしな。ずっと女王様やってきてる人だと、意外に政治の裏側には関わらないのかもしれない。・・・・・・単に葉山の前で『わたし実は弱いところもある女の子なのよ』とアピールしたいだけかもしれんが・・・・・・。
「付け加えると、葉山の言う『みんなで仲良く』をアイツらはもうやっている。
ただ、その仲いい『みんな』の中に、留美がカウントされてないってだけの事だからな。
それが、この問題の一番厄介な部分でもある訳だが」
「それは・・・・・・」
そんな中で俺もまた挙手をして、葉山の案が現実的ではない部分を補足させてもらい、葉山は悔しげに黙り込みながらも反論まではしてくることがなかった。
あるいは葉山も薄々、感じていたことだったのかもしれない。
『みんな』という言葉には、具体的な規定がない。
『クラスメイトの“みんな”』なのか『友達同士で仲の良い“みんな”』なのか『同じ趣味を持つ“みんな”』なのか、同じ言葉でも適用範囲が大きく上下動する。
今回の件では、明らかに『クラスのみんな』と『友達を売った裏切り者の留美』という構図ができあがっている。『みんな』との関係性を維持するため留美だけを生贄に捧げてるってところが適切だろう。
集団を最も団結させるのは、冷酷な指導者よりも『敵』の存在が必要だ。
悪者が一人いれば、その悪者以外の『みんな』が悪者と同じにならないため協力し合える。
こうした関係性こそが、今回の問題の温床になっている部分だった。そこをどうにかしない限り、彼女の抱える問題は解決しようがない。
だが―――
「大前提として、時間がなさ過ぎるからな。明日には帰らなきゃいかん俺たちには、どのみち人間関係のもつれを完全解決目指すのは無理あるだろ。時間的に考えても、物理的に考えても現実的じゃない。
それこそ葉山の言う、『みんな一人一人と留美が直接話し合う場をセッティングする』なんて、タイムリミットまでに出来るようなものなのか?
むしろ副作用ありの劇薬使った短期療法でさえ、時間的にはギリ可能かどうかな余裕分しか残ってないように見えるんだが」
「それは・・・・・・確かに、そうかもしれないけど・・・・・・」
俯きながら、葉山も認めざるを得ない現実の壁を受け入れる。
他のメンツも、俺から『残り時間』という具体的な障害を示されたことで選択肢が大きく狭まったのか、それ以上の意見は出ることなく重苦しい沈黙だけが室内を停滞させてゆく―――。
・・・・・・よし、この状況下になった後でなら俺からの提案も通りやすくなってるだろうし、現実的に受け入れるしか他に手もない。
「そこでだ。――俺に一つ考えあるんだが―――」
こうして、後に由比ヶ浜から『スゴく悪い顔して言っていた』と当時の感想を聞かされることになる俺考案の『ルミルミ一人を生贄にして成立する腐った世界をレクイエムして新たな世界を創造しようぜロ作戦』は、こうして始動する。
ルミルミの世界に、ユーフェミアはいない。
だから俺は、ゼロになる!!!
・・・・・・我ながらセンスのない人選だったと思わなくもないのは、作戦終わった後だったことだけは後悔することになるんだけれども・・・・・・。
やはり捻くれボッチに命名のセンスまで求めるのはまちがっている、と俺は思いたい。
つづく