他の連載作も一歩進んでは二歩下がるを繰り返しつつですが、完成と更新できるよう努力します。
「安田。部活の時間だ」
ホームルームが終わって、当番の掃除を終えてから教室を出たら、平塚先生が待っていた。
胸の下で腕を組んで、仁王立ちになっている姿は、合法ロリな後輩お嬢様キャラクターで偉そうな喋り方をするときの立ち絵としてギャルゲーではよく見かける。
なんとなく可愛らしく見える仕草でありポーズだった。ちょっと身長ありすぎるのは、まぁ年上キャラクター補正ってことで許容範囲としておこう。
「さぁ、行くぞ。比企谷の方は先に連行した後だから心配しなくていい」
そう言って私の腕を取ってくる先生。
もしも私が男の子だったら、二の腕辺りに柔らかい感触が~、とでも思うべきシーンなのだろうけれど、女の子だしね。
世の中というのは、生まれた時点で出来ることと出来ないことがあるものだった。どうしようもない。
まぁ、引き寄せる腕に込められてる力の強さとか、プロレス技っぽい腕の組み方とかから考えて、相手の意図が別のところにあるのは流石の私にだって分かることなのだけれど。
「あの、大丈夫ですよ先生? 別に逃げたりする気はありませんから、拘束しながら歩かなくても」
「そう寂しいことを言うな。君たちを逃がして後で歯がみするくらいなら、嫌々でも力づくで連行した方が私の心理的ストレスが少ないのだよ。
それに比企谷も同じことを言って、やはり逃げ出そうとしていたからな。負の実績しかないので却下だ」
「いえ、そういう話ではなく、逃げれる体力に自信がないだけでして。正直、無理に走って逃げるぐらいだったら、付いていった方が楽そうだなと。逃げようとするの面倒ですし」
「逃げない理由が最低なヤツだな君は!? 謝れ! 君たちを更生させるため、こんな手段まで用いて付き合ってやっている私の美しい師弟愛に謝れっ!!」
「はぁ。すいません」
意味はよく分からない平塚先生による青春の主張っぽい話を聞き流しつつ、空いている方の手を頭の上に伸ばして黒髪を軽くかき回す。
反応に困ったときに私がよくやる仕草が、これだった。なんとなく癖になってしまっているのだけれど・・・・・・まぁ何かしら実害があるわけでもないので別にいいか。
「まったく! 君といい比企谷といい、もう少し素直な方が可愛げがあるというのに。
世の中を斜めに見ていても、別に楽しくはないだろうに」
「そうですかね? とっくに歪んでる世の中とか社会を真っ直ぐ見ようとしたところで、失望ぐらいしか感じるものはないと思いますが。
もっとも、組織運営側としては人の話をよく聞けて、教えたことを真に受けてくれる素直な生徒の方が楽でしょうし、そういう人だけを賞賛したくなる立場は理解できますが」
「斜に構えて捻くれるにも程がある! 比企谷とは違うタイプとは思っていたが、ここまで『高二病』とは思わなかったぞ! 君のは病気以外の何者でもありえないレベルだ!」
「・・・? なんです、『高二病』って」
平塚先生に驚かれながら、何やら怪しげな造語を語られ、病気の一種としてカテゴライズされてしまったっぽい。
曰く、『高二病』という造語の意味するところは、
捻くれてるのが格好いいと思っていたり、『働いたら負け』などのネットでもてはやされやすい意見を常に言いたがり、売れている作家やマンガ家を『売れる前の作品の方が好き』と語る。
また、皆がありがたがるものを馬鹿にして、マイナーなものを褒め称え、同類のオタクをバカにして、変な風に悟った雰囲気を醸し出しながら捻くれた理論を持ち出してくる。
そういった思考法をする人達のことらしい。
なんと言うか、こう――
「最近の主人公キャラに、よくありそうな設定の話みたいですね。最近の主人公って素直でいい人設定でも、捻くれてるのが定番ですから。
上からの命令や押しつけには、刃向かわないと気が済まない主人公キャラ多いですし」
「・・・そういう時代なのかもしれんな・・・・・・嘆かわしくも腹立たしく、ムカつく限りの話だが」
「まぁ昔の熱血バトルものの主人公には、反社会的な立場にありながら義侠心はあるってタイプが多かったみたいですし、それへの反動と考えれば宜なるかなと。
人は多くの場合、自分がやりたくても出来ないことを実行できる存在に憧れを抱き、自己の願望を重ねたがるものですから。
その結果に責任をとる人は昔から、ほぼ0でしたけどね」
それほど大したことを言ったつもりはなく、架空戦記物のRPGやセカイ系のラノベなんかを見てれば誰だって考えつける程度のことだと思うけれど、平塚先生的には意外さを禁じ得ない程度には意外な反応だったのだろう。
唖然とした表情で見返され、しばらくの間は沈黙のまま腕を組み合った姿勢で廊下を歩むことになり、やがて絞り出すような声で、
「・・・・・・本当に相変わらずな奴だな、君は。
比企谷とは違うタイプだが、穏和な表情で辛辣なセリフを口にする時がある」
そんな評価を拝命することになってしまった。
押しつけられた強制入部から逃げようとせず、イヤイヤでも真面目に部活動へと参加しに行こうとしているというのに、この扱いと冷遇ぶり。
現代日本の公立高校という学校機関が、社会の歯車を造って供給するために作られて存在しているという話は、どうやら真実らしいと思わざるを得ない。
つくづく人という生き物は、ただ生きていると言うだけで自由ではいられず、社会に縛られずにはいられないものだった。
「まったく、君といい比企谷といい、奉仕部に入って少しはマシになったかと期待していたのだが・・・・・・そう言えば、この前の依頼者が君らの新たな仲間となったんだったな。その後は上手くやっているのか?」
「新たな仲間? ああ、由比ヶ浜くんのことですね」
一息吐いてから先生の口から出てきたのは、私たちが奉仕部に入部“させられて”から数日ほど経った頃に相談のため訪れてきて、そのまま居着いてしまった同じクラスの女子生徒、『由比ヶ浜結衣』のことと思われた。
『手作りクッキーの作り方を教えてほしい』という、今時珍しいほど古いラブコメのヒロインみたいなことを依頼してきた古式ゆかしい娘さんで、見た目こそと言うより服装こそ今風の露出が多めの格好をしている子だが、根は正統派ヒロインみたいな女の子だ。
ただし、スペックが低くてバカっぽい系の正統派ヒロインではあるようだったが。
「はぁ、たぶん一応は。少なくとも雪ノ下くんには好意を抱いているようですし、比企谷くんにも悪感情を抱いている素振りは見えません。うちのクラス出身の女子としては非常に珍しく、友好的な人かと」
「そうか・・・私はそれなりに彼女には期待していてね。あるいは彼女の入部によって、部員が増えることで君たちの活動が活発になる効果が得られるかも知れない。
いい機会だよ、健闘を祈る」
「はあ」
――そりゃ、期待する気にも祈る気にもなれるだろうと。
そのためにアンタが努力するわけじゃないからね。
生返事を返しながら、そんなことを内心で思いながら声には出さず、私は再び頭に手をやって黒髪をかき回し、やがて去って行った平塚先生の後ろ姿を見送ると、入り口の寸前まできていた奉仕部の部室ということになっているネームプレートのない空き教室の扉に寄りかかり、思わず独白してしまう。
「やれやれ、一つが狂うと全てが狂い出すものなんだなぁ。
こんな所でこんな事をやるなんて、子供の頃は思ってもいなかった。今後どれだけ振り回されるか他人事なら面白そうだと思えるんだけど・・・・・・」
はぁ、と思わず深い吐息をついてから扉を開けて、部室の中へと入っていく自分自身。
今日もまた部活動の時間が始まりを迎えることになる。
動物は基本、群れるものである。
肉食獣にはヒエラルキーがあり、ボスになれなければ死ぬまでストレスを抱え続ける羽目になり、草食動物でさえ天敵の襲撃で仲間を犠牲にして生き続けることにジレンマを感じているはずだ。
例を挙げれば、いま教室の前方で固まっている彼らとかだ。
「ちょおま、ハンマーとか!」
「ガンランスでジョケノサイド余裕でした^^」
彼ら、というのは今じつに楽しそうにPSPを持ち寄ってアドホックで狩りをしている、たしか小田だか田原だか原田とかいう名字の男子生徒2人組だ。
あのゲームは俺もやっており、正直言って混ざりたいくらいなのだが、最近ではゲームも一種のコミュニケーションツール化していて、彼らに混ざるにもコミュ力を必要とする時代に今日ではなっている。
寒い時代になったものだと、本部に見捨てられて孤立状態になってた連邦軍のボッチ基地司令と同じような感想を、俺も思わずにはいられない。
何故なら彼らもまた、ボッチ化してる宇宙基地と同じ憂き目になるのだから。
「うおー!? マジ、これなにっ!?」
「え? あ、その・・・」
「スっゲ、かっけぇっ! ちょマジすげェって!」
「どうしたー?」
「いや、こっちのスゴくってさー。ちょっとコレ借りていい?」
「・・・え、それは・・・あ、いや・・・うん」
と、こうなる。
クラス内トップカーストによる襲撃を受けて、ゲーム好き同士2人だけのコミュニティコミュは、彼らにとっての『トモダチ』であろうゲーム機を犠牲にして自分たちを守らなければならない流れに巻き込まれる、と。
まさにジオンの攻撃受けて事実上孤立化し、巡洋艦一隻と小うるさいオッサン案内人を付けてやるぐらいで地球に降りてかせてたボッチ司令の部隊状態。
あんなオッサン押しつけられた挙げ句、厄介者扱いされるために本部まで行かされるなんて絶対にイヤだった。
そのように群れとは、個にとって何ら益をもたらさないものの事なのだ。
ならば俺は、決して群れることのない『熊』になる道を選びたい。
熊とは、一頭だけで生きていくことに何ら不安を感じない孤高の動物だ。まるで白いボッチ戦艦のように。
しかも冬眠ができる、なんと素晴らしい。
――そう言えば昔、安田の奴が子供のころの修学旅行だかで山行って、一人だけ道に迷い遭難しかかって凍死するかと思ったとか言ってた時に、『そりゃもう気持ちよかった』とか言ってたことあったな、たしか。
それで未成年の縛りとれた後には、『死ぬときは酒を飲みまくって凍死が一番』とか言い出す理由になってたみたいだったが・・・・・・やっぱ冬眠して冬越えできる熊が一番で間違いないっぽいな。
何となくアイツだったら、熊にならなくても冬眠して春になったら戻ってきそうな気もするところが何でもあるのだが。
「いやー、今日は無理そうかな。部活あるし」
「えー? 別に一日くらいよくない? 今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラの食べたい」
「いやそれ、どっちもチョコじゃん(笑)」
「えぇー。ぜんぜん違うし、ていうか超お腹減ったし」
そんな風に俺が心の中だけで、『クマの生態から見た人間社会に対するアンチテーゼ論』を考えて推敲して完成したものをレポートとして平塚先生に提出するところまで想定して、怒られそうだから辞めとこうと考えて暇潰ししていたところへ、近くの席から騒がしいリア充ボイスが聞こえてきて、暇潰しの延長として目を向けてやることにする。
「悪いけど今日はパスな。それにさ、ゆみこ。あんまり食いすぎると後悔するぞ」
「あーし、いくら食べても太んないし」
「あーあるある、優美子スタイルいいいねー。でさ、あたしちょっと今日予定が・・・・・・」
「だしょ? やっぱ今日も食べるしかないかー」
「やーほんと優美子マージ神スタイルだよねー。足とか超キレー。で、あたしちょっと・・・」
サッカー部2人とバスケ部の男子2人に女子3名の、華やかな雰囲気を放ちまくってるクラスの上位カーストたちが、教室の後ろの方で騒いでいるのだ。
『葉山隼人』を中心としている連中だった。
サッカー部のエースで時期部長候補の、オサレ系イケメン男子である。
如何にもな人の中心に立ちそうな奴で、クラス内どころか学年男子たち全体の代表みたいなイメージがある程の奴。
そんな奴らの一員から要求されるわけだ。インドア系ゲーマー男子たちに逆らえるわけもない、力関係の絶対的な格差がある。ものスッゴく同じ仲間に入りたくない絶対に。
そういう連中同士によるリア充話と、その間に入る合いの手みたいな「ドッと笑い」を途中途中で混じってくるのを聞かされてるのが今の俺の立場だった。
別に聞こうとして聞いてるわけではないし、聞きたいわけでは全くない。単に声がデカいから耳に届いてしまうだけだ。他のクラスにいる連中全員にも聞こえてはいるんだろう。
基本オタクとリア充は集団になると声がデカい。結果として教室の真ん中に鎮座してる俺は、周りに誰もいないのに周囲がうるさいという台風の目状態に巻き込まれちまっている訳だった。
もちろん、こんな状況がイヤだったら遠ざかればいいだけなのだが、生憎と今日の天気は雨。
普段だったら昼休みの今の時間には、別のベストプライスポイントで昼飯食いにいってるところなのだが、気候に左右されやす過ぎるのが欠点の場所でもあるため、こういう日には俺みたいなボッチには居場所がない。
仕方なく教室で一人、自分の席でコンビニパンを黙って食うしかないのだった。
ちなみにだが、先日なんの因果か奉仕部に「にゅうぶとどけ」と書かれたルーズリーフを提出しにきた『由比ヶ浜結衣』も、その騒がしいクラス内トップカースト葉山グループの一員だ。
何となくだが、そう考えるとトップカーストなんだけど、バカ集団っぽくも見えてきてしまうから不思議な連中だった。
「えーそうかなー。でも雪ノ下さんとかいう子の方がやばくない?」
「あ、確かに。ゆきのんはやば」
「・・・・・・」
「――あ、や、でも優美子のほうが華やかというかー」
だが、その“失言”が聞こえてきた当たりから、リア充どもの空気が変わり始めたのが俺にも分かった。
その要員となってるのは、葉山グループに属する2人の女子。
1人は由比ヶ浜で、もう1人は『三浦優美子』
着崩した派手な格好と、金髪に染めて縦ロールにしてる髪型が特徴になってる、顔立ちは綺麗だがドギツさが際だつ怖い感じもする女王様タイプの女子生徒である。
なんかもう、「おまえ花魁なの?」って言いたくなるほどケバいっつーか、女子高生っぽくないって言うか、近いところだと――『悪の組織のお色気女幹部』? そんな感じの奴である。
その悪役っぽい女幹部系女子の三浦が、いま由比ヶ浜からの一言に「ピクリ」と眉根を動かすのが見えた。
「ま、いんじゃない。部活の後でいいなら俺も付き合うよ」
「・・・・・・ん、それなら別にいっか。いっけ、じゃメールして?」
その一瞬張り詰めた空気を察したらしく、葉山が軽いノリで助け船を出して空気が緩和し、女王様の機嫌も由比ヶ浜のこわばった笑顔も直って、ホッとしたように会話を再開させていく。
だが、しかし。
「あの・・・・・・あたし、お昼ちょっと行くとこあるから・・・」
「あ、そーなん? じゃさ、帰りにアレ買ってきてよレモンティー。あーし、今日飲みもん持ってくんの忘れててさー。パンだし、お茶ないときついじゃん?」
「え、え、けどほらあたし戻ってくるの五限になるって言うか、お昼まるまるいないからそれはちょっとどうだろーみたいな・・・・・・」
「は? え、ちょ、なになに? なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった? ちょっと最近付き合い悪くない?」
なにか固執する理由があったのかもしれない。
らしくなく由比ヶ浜が強硬なこだわりを見せたことで、再び空気にピリピリしたものが混じり始める
既に三浦の表情には、飼い犬に手を噛まれた飼い主のような色が浮かんでいた。
これまで言うことに口答えしたことがなかった由比ヶ浜が、自分の頼みを遠回しでも拒否したことに不快感を示したのだ。
あるいは三浦へのイメージと悪印象で、そのように見えただけだったかもしれない。
ただ少なくとも由比ヶ浜の目には、その様に見えたのだろう。しどろもどろな対応になっていく。
「や、やー、それはなんて言うかやむにやまれぬというか私事で恐縮ですというか・・・・・・」
「それじゃわかんないから、言いたいことあんならハッキリ言いなよ」
サラリーマン的と言うより官僚主義的な由比ヶ浜の返答は、却って逆効果をもたらす典型パターンだったもので、三浦は苛立たしげに爪の先で机を「カツカツ」叩きだす。
流石にここまで状況が悪化すれば、周囲の気楽な連中だけでなく、お仲間のリア充連中でさえ異変を察しざるを得ない。
女王様による突然の爆発にクラス中が静まりかえって、周りの取り巻き連中も葉山でさえも気まずげに視線を床に落とす。
そして――何もしない。ただ見ているだけだ。
静かになって見ているだけで、ただ女王の怒りが自然に収まるのを待っているだけ。
それは今の由比ヶ浜の立場にある奴にとっては、『共犯者になる事』と同義でしかない。
「あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠しごと? とかよくなくない?」
三浦の言っていることは字面だけなら美しいが、その実、仲間意識の強要でしかない。
友達だから、仲間だから、だから何を言ってもいい。何をしてもいい。
あるいは、何も秘密にせず全て話して教える義務がある――そういう意味合いを持つ言葉を、三浦は言っているのだ。
それは当然、綺麗な言葉の裏側にこめられた、汚い一面が隠されている。
「自分たちは友達だ。友達だったら隠しごとするのは良くない」
――だから
「それが出来ないなら仲間じゃない。
友達なら隠しごとはしない。隠しごとする奴は友達じゃない。
隠しごとをしない友達同士の、敵になりたがってる奴になる行為だ」
そんな裏の意図が込められている。
こんなものは、ただの踏み絵や異端審問――いや、違うな。
踏み絵も異端審問も、身内の中に潜んでる裏切り者をあぶり出して排除するための行為で、それを見せしめとして他の連中には恭順を求めるって代物だ。今の由比ヶ浜と三浦との関係性には合致しない。
アイツら2人の関係性は、女王様と従者のようなものだ。
内実まで知れば違ってる部分があるかも知れないが、外部から見る目では、そう見える。
女王様が、今まで従順だった従者の反抗に対して言った言葉と考えれば、先程の三浦が放った言葉は『自分への忠誠を示すこと』を従者に求めたってのが正確だったろう。
『逆らったことを謝罪し、自分の求めに応じて行動を改め、正直に隠してることを告白するなら不問に付してやってもいい。
・・・・・・だが、それが嫌だという場合には―――』
そういう意味合いのこめられた【自分たちは友達だから言えるはず】そんな言葉だったのが実体というわけだ。
「ごめん・・・・・・」
「だーかーらー、ごめんじゃなくて。なんか言いたいことあんでしょ? あんさー、ユイのために言うけどさ、そういうのはハッキリしない態度って結構イラッとくんだよね」
由比ヶ浜のためと言いながら、最後は三浦の感情や利害のためになっていた。一文の中で既に矛盾しているとも言えるし、してないとも言える。
何故なら、三浦の中では矛盾してない発言だったからこそ言ってる言葉だろうからだ。
それが彼女が、グループ内における女王だから当然の権利だと思っている故の発言だったのか、それとも単に国語能力が低くて『他人への忠告』と『自分の苛立ち』を一纏めに言っちまうバカ発言なだけなのか。
何となくだが、両方ともセットでやらかしてる奴のような気もするところが微妙なところだった。
とはいえ確実なのは、こんな言い方をされて、正直に言える奴なんて滅多にはいないってことだけだ。
大抵の奴らにとって、こんなものは会話でも質問でもなく、ただ謝らせるための攻撃がしたいだけでしかない。
それこそ、睨まれても嫉まれても、平然と頭をかいていられるメンタル持った奴でもない限りは大抵が。
「・・・・・・ごめん」
「またそれ? ね、ユイー、どこ見てんの? あんたさぁ、さっきから謝ってばかりだけど」
「――あほくさ」
思わず俺は、小さく吐き捨てていた。
せいぜい身内同士で、勝手に潰し合えばいいと。
ただまぁ何というか―――パン以外の何かが喉元にわだかまってて、飯がまずくなったのも事実ではある。
別に助けてやろうなんて気には、これっぽっちもなれなかったが、付き合いは短くても知ってしまった後の女の子が目の前で泣きそうになってるのを見ながら食うパンが、さっきまでより美味しく感じられるほどサド趣味の変態になった覚えもない。
『孤独のグルメ』的に考えても、やっぱストレス社会の現代日本でご飯くらい楽しく美味しく幸せに食べたいじゃねぇか。
あー、あとあれだ。
・・・・・・気に入らねぇんだよ、この野郎。
「おい、その辺で――」
「るっさい」
――やめとけよ。
そう俺が言いかけて言えなかったのは、三浦が「シャーッ!」と蛇のような目でこっちを睨んで発言を封じられてしまったから――ではない。
それをされたのは俺じゃなかっただけだ。
三浦は蛇のような目で俺の方を見てはいない。他の奴らも同様だろう。
俺の席がある位置からは、逆方向にある位置から話しかけてきた一人の女子生徒に向かって、三浦の言葉と恐ろしい威嚇の視線は集中砲撃されていて、俺のことなどアウトオブ眼中で気付くことすらなかったようだが、どうやら相手の女子にとって三浦は恐怖の対象ではなかったらしい。
茫洋とした表情も瞳も変わらないまま、まとまりの悪い黒髪を片手で軽く一撫でしながら彼女は静かに言葉を紡ぎだす。
「安田――アンタ、あーしになんか用でもあ」
「ちょっといいかい? “由比ヶ浜”くん」
いつの間にか近くまで来ていたらしい安田から「由比ヶ浜への」呼びかけを聞かされて、三浦は唇の端をかすかに「ヒクッ」と引き攣らせただけで、それ以上の発言を自主的に押さえざるを得ない立場に追いやられる。
安田の言葉も視線も、最初から由比ヶ浜に向けられていた。三浦のことを見て言った言葉ではない。
上手いやり方だった。発言を制された三浦の悪感情を刺激してしまうデメリットに対処することさえ出来るなら上手いやり方だと言えると思う。
だが、ここからどーいう落としどころに持っていくつもりなのかと見ていると、
「ふえ? あ、あたし? ヤスっち私になにか用、かな・・・?」
「うん。実はさっきから君に、お客さんが来ているようだったのでね。何か先約でもあったんじゃないかと思って気になっていた」
「お客? あたしにって―――ゆ、ゆきのん!? なんで!? なんでここに!?」
「・・・なんでもなにも、由比ヶ浜さん。あなた、自分から誘っておきながら待ち合わせ場所に来ないのは人としてどうかと思うのだけれど。遅れるのなら連絡の一本ぐらい入れるのが筋ではないの?
それとも私との約束は貴女にとって、その程度に扱っていいものと認識されていると言うことかしら――?」
「わ~!? 違う! 違うからねゆきのん! そうじゃなくて!
私も連絡しようと思ってはいたんだけど、やむにやまれぬというか私事で恐縮ですというか、とにかく違うから! 誤解だからごめんって!?」
指摘されて教室前の扉の向こう側で腕組みしていた、ブリザードを宿した瞳の雪ノ下の来訪を、いきなりの不意打ちで他人から告げられることになった由比ヶ浜がテンパりながら慌てて弁明しに行くため扉に向かって走って行く。
その余りの慌てぶりとテンパってる対応を前にして、さしもの三浦も不愉快そうな表情を隠しきれないものの、それ以上の追求を今この場でしようという欲求だけがギリギリ我慢できたようだった。
まぁ普通の奴の基準で考えれば当然の対応だろう。
ぶっちゃけ、今の相手がテンパりながら弁明に追い立てられてる遠因は、自分が引き留め続けたことが影響してた結果とも言えるわけだし。
追求するとしても、とりあえずは今の弁明を終わらせた後にしてやるぐらいの仏心は三浦でさえ持っていたらしい。
「さて、と・・・」
当の安田はと言えば、さてと何なのか続く言葉は告げないまま教室を後にして、何処かへと去っていってく道を選択する。
トイレに行ったのかも知れないし、ただ口論のもとを作った自分が場からいなくなれば口実がなくなって空転するのを狙っただけかも知れない。
いずれにしろ、奴は教室を出て行ったまま次の授業が始まる寸前まで戻ってくることはなく、ことの真相を語ることは今から先も多分ないままなんだろう。そんな気がする。
どちらにしろ、俺のやるべき事もやれることもやる必要性も、やる前にすべて消滅してくれて何事もなく事が終わってくれた教室に未練もなければ、気を遣う必要も一切あるわけもない。
こっちの方は本当に普通に、用を足すためトイレに行こうと教室の扉から出て行ったところで、「あの」と小さく声をかけられて。
「ありがと。さっき立ち上がろうとしてくれて」
ぽそっと小声で聞こえた――ような気がした女子からの優しい言葉を、俺は気のせいだと思って、思うことにして返事を返さず、気を遣って聞こえなかったフリをした態度のままトイレまで行って帰ってくる途中で
「ああ・・・・・・そういう事か」
と、突然になんの切っ掛けがあったわけでもなく。
俺はさっきの由比ヶ浜と三浦たちの状況と、安田の対応の意味合いを、唐突に理解することになる。
たしかに三浦のやり方には問題があった。問題だらけだったと言っていいほどに。
言い方に問題があったし、一方的すぎる会話形式にも問題があり、ヒステリーを起こす一歩手前の興奮状態に陥ってたのも大問題だったことだろう。
ただ一方で。
・・・・・・由比ヶ浜は一言も、『三浦からの質問に答えていなかった』のも事実じゃあったんだ。
あくまで由比ヶ浜は、三浦を怒らせないため気を遣って、女王様に対する従者の視点でものを語ってはいたものの、それは『由比ヶ浜が自分の身と立場を守るため』に言ってただけのもの。
『三浦の感情を刺激しないため』の言葉を言ってたわけでは全くない。
それでいて、『自分が交わした先約の都合』を覆す気はなく、さりとて三浦たちに『先約がある事実』を告げることもせず、ただただ曖昧な表現と言葉だけで【自分自身を守ろうとした】
それは彼女なりの優しさだったのだろうし、それができる性格の持ち主ではないのも、今では俺にも分かってはいる。
だがそれでも、客観的な事実として由比ヶ浜の対応が【そういう側面】を持つものだったことも間違いになるものじゃない。
見ようによっては、見る奴によっては。
【詭弁と美辞麗句で自らの地位と立場を守る自己保身の秀才】
―――そういう風な見方も成立するのが、先程までの由比ヶ浜がおこなっていた対応だったんだと、俺はこのとき理由もなく理解して、安田の行動の動機に気付かされることになる。
アイツは多分、そのことに気付いていたのだろう。
だから、どっちつかずの対応と方法論で場を収めさせた。
三浦に恥をかかせるだけではなく、由比ヶ浜に一方的に肩入れすることもなく、あくまで中立公正に、『どっちにも非と問題点がある対応だった』という非難の意思を込めながら。
どっちかと言えば、由比ヶ浜や雪ノ下たちの側につく気はなくとも、【アンチ葉山グループ】の側には味方しやすい俺のやり方とは異なる。
由比ヶ浜に語り、俺に向かっても熱く静かに主張していた、【雪ノ下のやり方】とも違っていた。
もちろん葉山や三浦たちのやり方と、同じものじゃ全くない。
安田なりの、安田のやり方。
俺とも雪ノ下とも葉山たちとも異なる、それ。
「・・・・・・まっ、別にどーでもいい事か」
それについて少しの間だけ考え、その末に俺が出した結論がそれになる。
自分には関係ない。どうでもいいと。
たとえアイツの考えとかやり方がどうだろうと、俺は俺のやり方でいくしかない事実が変わるわけでもない。
真っ正面から卑屈に最低に陰湿に。それが俺のやり方なのだから、俺は俺で貫けばいい。
安田がどうだろうと、それは俺には関係がない。
そういうものなのが、熊とかボッチの生き方ってものだろうと俺は信じている。
つづく