…材木座の回、忘れてた…と。
ベストプレイスで昼飯を食う安らぎ。
俺はいつもの昼食スポットで飯を食っていた。特別棟一階にある保健室の横、購買の斜め後ろが俺の定位置だ。位置関係で言えばちょうどテニスコートを眺める形になる。
臨海部に位置するこの学校は、お昼を境に風向きが変わり、朝方に海から吹き付ける潮風が元いた場所へ帰るように陸側から吹く風に変わる。
まるで、放課後の帰宅タイムのようなこの時間が俺は嫌いじゃない。
「あれー? ヒッキーじゃん」
そよ風に乗って聞き覚えのある声がしたので顔を上げると、由比ヶ浜が吹き付けてくる風にスカートをめくられないよう手で押さえながら立っていた。
「なんでこんなとこいんの?」
「お前こそなんでそうまでして、短いスカート丈にこだわってんの? なんかの呪い?」
「放っといてだし! あと、呪いじゃないし!」
お約束のやりとりをこなした後、俺は相手からの質問に答えを返す。
「普段から、ここで飯食ってんだよ」
「へー、そーなん。なんで? 教室で食べればよくない?」
「・・・・・・?」
心底不思議という顔をしながら、心底おかしなことを聞いてきた由比ヶ浜に俺は思わず沈黙を返してしまった。
何言っちゃってんの、この子? それができたらここで飯食ってねーだろ。察しろよ。
「なんで?」
「へ? なにが?」
「いや、なんで教室で飯食うのがそんなにいいと思ってんのか分からなかったからさ。リア充どもがウザったくて落ち着いて飯食えないだろ? 視界に入ったら飯不味くなるし」
「理由が下衆な上に性格も下衆だ!?」
ほっとけ。かなり、ほっとけ。
「それよかなんでお前ここにいんの?」
「そうそれっ! じつはね、ゆきのんとゲームでジャン負けしてー、罰ゲームってやつ?」
「俺と話しに来ることがですか・・・・・・」
「ち、違う違う! 負けた人がジュース買ってくるってだけだよ!」
なんだーよかったーうっかり死んじゃうところだったわー。
「てゆーか、お前。高校生にもなってジャンケンゲームで負けたら罰ゲームでジュース買って来いって・・・・・・いつの時代だよ。昭和?」
「そこまで古くないし!? せめて大正ロマンぐらいだし!?」
いや、それあんま変わってねーよ。
ひとしきり騒いで満足したのか、由比ヶ浜は俺の隣にちょこんと座ってくる。
「ゆきのん、最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ。そんな行為でささやかな征服欲を満たして何が嬉しいの?』とか言って渋ってたんだけどね」
「まぁ、あいつらしいな」
「うん、けど『自信ないんだ』って言ったら乗ってきた」
「・・・・・・あいつらしいな」
あの女はやたらクールに振る舞ってるが、中身はかなりの激情家の負けず嫌いだからな。表面はクールだが中身は火のように熱い闘志を持つって、少年漫画の主人公じゃねーか。そりゃ平塚先生とも気が合うわ。相思相愛過ぎて逆に怖いわ。
「でさ、ゆきのん勝った瞬間、無言で小さくガッツポーズしてて・・・、もうなんかすっごい可愛かった・・・・・・」
しかも、満たしちゃってるじゃん。そんな行為でささやかな征服欲を満悦しちゃってるじゃねーかよ・・・・・・。雪ノ下、お前はホントどこに行って何を目指してるんだ一体?
「なんか、今までもみんなでやってたけど、この罰ゲーム初めて楽しいって思った」
「みんな・・・? ハッ! 内輪ノリだな」
「感じ悪。そういうの嫌いなわけ?」
「内輪ノリとか内輪ウケとか嫌いに決まってんだろ。
――ああ、内輪もめは好きだぞ? なぜなら俺は内輪にいないからな! リア充の不幸は非リア充すべてにとって至福の喜びになる!」
「理由が悲しい上に性格が下衆で、言ってる内容は最低最悪だ!?」
ほっといてくれ。リア充に迷惑かけられてる非リア充の誰もが思ってることだからな、きっと。
「ていうか、ヒッキーだってゆきのんと話してるとき、内輪ノリ多いじゃん。あたし入れないなーと思うときあるし」
「雪ノ下は別だ。ありゃ不可抗力だ」
「どゆこと?」
パックのレモンティーを飲んで一言。
「大半があいつ自身の自爆で終わってる。俺もお前も介入できる余地がない、『人の力ではどうにもできない事態』という意味だ。難しい言葉じゃないからわかるだろ?」
「・・・あー・・・」
さすがの由比ヶ浜も思い当たる部分があるのか言葉を濁し、なんとも言いがたい表情になった後で「ハッ!?」となり。
「違うっ! 言葉の意味がわかったから納得してたわけじゃないから!? ていうか、ゆきのんのことバカにしすぎだからっ! あたしだってゆきのんだってちゃんと受験して県下一の県立進学校の総武校に入ったんだからねっ!?」
ずびしっと由比ヶ浜のチョップが喉に突き刺さり、喉仏にクリーンヒットした俺は激しく噎せた。
・・・お前これ、飯飲み込んでるときにやったらヤバかったんじゃねぇか? 冗談でも喉とかホントやめてくれよ、マジで繊細な気管なんだからさー。ホントこれだから内輪は。
「・・・ねぇ、入試って言えばさ、入学式の日のことって覚えてる?」
「えっふえっふげふっ! ・・・・・・あ? あー。いや、俺、当日に交通事故に遭ってるからな―。そもそも入学式自体に参加できてない」
「うぐ!? じ、事故・・・・・・それってさー・・・・・・」
由比ヶ浜が気まずそうな表情でなにか言おうとしたとき。
―――パライゾから天使が舞い降りた。
「あれ? 由比ヶ浜さんと比企谷くん? そこで何してるの?」
「無理ね」
雪ノ下雪乃は、俺の提案に対して開口一番そう言った。
「いや無理って。お前さー」
「無理なものは無理よ」
さらに冷たく突っぱねられる。
――ことの端緒は、この前の昼休み中に出会った天使のような美少女――いや、正確には戸籍上の性別は男になってる美少女の戸塚彩加から頼まれた、彼(実質彼女だが)の所属しているテニス部を強くするため俺に奉仕部をやめてテニス部に入部してほしいとの内容を奉仕部部長の雪ノ下に伝えたところ、先のような返事があった次第である。
何でもかんでも『無理』から入ろうとする再建計画は必ずや失敗すると相場が決まってるものだが・・・まぁ、ひとまずは相手の言い分を聞いてから答えを考えるとしよう。
「あなたに集団活動ができるとでも思っているの? あなたみたいな生き物、受け入れてもらえるはずないでしょう?」
「今いる、この奉仕部以外ではか?」
「うぐ・・・っ」
確かに絶対無理だと思ったので、素直に今現在受け入れられてる奉仕部のことは例外扱いしただけなのだが、予想外の不意打ちになってしまったのか珍しく雪ノ下が素直にうめき声を出すのが聞こえた。・・・取り繕ってる時間的余裕がなかったなこいつ。
「コホン。――まったく、つくづく集団心理が理解できてない人ね。ぼっちの達人だわ」
「まあな。自分からぼっちになるのを選んでる、エリートぼっちだからな」
俺の言葉をまったくの無視で雪ノ下は話を進める。――少しは学んでくれたようで何よりである。
「もっとも、あなたという共通の敵を得て一致団結することはあるかもしれないわね。けれど、排除するための努力をするだけで、それが自身の向上に向けられることはないの。だから問題の解決にはならないわ。ソースは私」
「なるほどな・・・・・・。え、ソース?」
「ええ。私、帰国子女なの。中学の時に編入したのだけど、学校中の女子は私を排除しようと躍起になったわ。でも、誰一人として私に負けないように自分を高める人間はいなかった・・・・・・あの低脳ども」
うわ、暗い微笑みだ。地雷踏んだかもしれないな。
――とは言え、俺に言わせてもらうならば。
「・・・それのどこに問題があるんだ?」
「え?」
意表を突かれたような顔をする雪ノ下に、俺はことさら冷たい声で突き放すように『ソイツらの限界』について言い切ってみせる。
「共通の敵を得ておきながら、その程度のことしか出来なかったなら、それは“その程度の想いだった”って事なんじゃねぇの?」
「!!!」
衝撃を受けたように表情を歪める雪ノ下。・・・これが俺と雪ノ下との違いだ。差ってほどじゃない、違いだけどな。
俺は雪ノ下と違って『救いたい』なんて気持ちは、これっぽっちも持っちゃいない。それを持ってるのは雪ノ下であって俺じゃない。
だから俺と雪ノ下は同じじゃない。同じ問題を前にしても、同じ答えを尊重し合うことはできないさ。
「まぁ、なんだ。お前みたいな可愛い子がきたらそうなるのはしょうがないじゃないの」
「・・・・・・っ。え、ええ、まぁそうでしょうね。彼女たちと比較して私の顔立ちはやはりずば抜けていたといっていいし、そこでへりくだって卑屈になるほどこの精神はやわではないから、ある意味当然の帰結といっていいでしょう。とはいえ、山下さんや島村さんも可愛い方ではあったのよ? 男子からの人気もそれなりにあって―――」
長い長い長い。気まずい沈黙を打破するための一言に乗りすぎ、乗りすぎ。食い気味で乗りまくるな、どんだけ過去の傷引きずってんだよこの女はさぁ。
て言うか、山下さんとか島村さんて誰? こいつの中学時代に一緒だったクラスメイトの名前なの? そんなん出されても俺わからねぇし、相づち打つコミュ力なんてねぇぞ俺は。ぼっちの達人に過剰な期待を抱いてんじゃねぇ。
「――こほん。・・・話を元に戻すけど、要するに何でもかんでも聞いてあげて力を貸すばかりがいいとは限らないという事ね。昔から言うでしょ? 『獅子は我が子を千尋の谷に突き落として殺す』って」
「殺しちゃダメだろ。『コイツさえ殺せば全部解決するんだ』なんて、動機に無頓着で最後は崖っぷちで追いかけっこして終わる三流サスペンスの金目当て殺人犯のセリフ以外で聞いたことねぇよ」
「・・・比企谷君。論点をずらさないでちょうだい。今はテニス部の強化方法について話し合っているのよ?」
だんだんと言ってることが前後で矛盾してきた雪ノ下さん。出会った当初のノリを維持するのも限界が近いっぽいと感じるのは俺だけだろうか? 明らかに無理してたもんなー、あのときのコイツ。
「じゃあ、お前ならどうするんだ?」
「そうね・・・全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」
ちょっと微笑み混じりなのがマジで怖いです。
俺が半ば本気で引いているとき、何の理由もないんだけど記憶が突然蘇ってきた。
「・・・ん? ちょっと待て、雪ノ下。お前確か由比ヶ浜のとき言ってなかったか? 『ボランティアは飢えた人に魚を与えるんじゃなく、魚の捕り方を教えるもので、結果のみを与えるものじゃない』とかなんとか・・・」
「ええ。一言一句その通りとは言えないけど、それに類することは確かに言ったわね。それがどうかしたの?」
「・・・さっきお前が言った案だと、鞭だけ与えて、何も教えないまま、死という結果だけをもたらしてしまうと思うんだが・・・」
「・・・・・・」
黙った。沈黙した。気まずい沈黙に奉仕部全体が包まれていく。
・・・・・・ホントもう、勘弁してくださいこの部活・・・マジで辛くなってきたから・・・・・・。
「やっはろー! 今日は依頼人を連れてきたよーっ! って、暗っ!? 暗いよ部室の雰囲気が!? なに!? いったい、あたしがいない間になにがあったの!?」
由比ヶ浜・・・・・・今日のお前は、いつもより当社比三割増しで輝く救いの女神のようだぜ・・・っ!
つづく