(続きを)書いちゃうんだなこれが!(失敗作並みの発言
TIPS
魂
感情とは違う人が獣でなく人であるがための機関。人間らしさの証左。人は目に見えず存在の証明ができないこの概念の存在を何故か確信している。魂とはむき出しの物であり、理性に由来する感情とは切り離されている。
感受性の高い理多はこれを頭の中で響く声として他者から感じ取り、魂の存在を確信しておいる。そしていずれこの魂がたどり着く場所を知りたいと思っている。
四月。それは出会いと新天地の季節であり、それはこのIS学園でも変わらない。世界の中心である兵器、ISの操縦を学ぶためのIS学園でも新しい季節に胸を膨らませる生徒が大半だった。
新しい環境、新しい人、今までとは違うなにもかもを感じながら、みな新しい友達を作って新しい環境に適応しようとしていた。
でも私はそんな大きな流れから取り残されていた。教室の隅窓際の一番後ろ、アニメで言うところの主人公席と呼ばれる座先で誰とも交わらず、私は黙々とコンソールを叩いていた。
そんな輝かしい主人公席に座りながらしかし、私は言ってしまえば新しい環境に不適応を起こしていた。
教室の中で話しかけてくれる親切な子たちの話を話半分で聞き流し、コンソールに集中しているなどと言い訳をしながら目を合わせず、私が日本という国のIS操縦者代表候補だと知って興味深そうに話しかけてくる子をとある劣等感から冷たくあしらってしまったことで新学期初週から私は悪い意味で目立ち、みんなから腫れ物を触るように避けられていた。
そんな私とは対照的に良い意味で目立ち、初週にしてこの環境に完全に適応してクラスの中心になりつつある少年がいた。
そう、少年。
本来、女性にしか扱えないはずのIS。それをどういうカラクリか男性でありながら起動させられた二人目の男の人。年は私と同じ15歳。
一人目は有名だ。織斑一夏。あの世界最強のIS操縦者、織斑千冬の弟。入学前からそのルックスでも雑誌に取り上げられてISを動かしたことで一躍時の人となった有名人物。
そして私にとってはとても憎い人だった。
彼が現れたせいで本来私に回されるはずだった技術者が、世界にたった一人という貴重性を理由に織斑の方へと動員され、結果として私に与えられるはずだった専用機は開発が頓挫、意地になった私は未完成のそれを引き取り、自分で完成させると躍起になっていた。
こうして今一人で孤立しているのも、元を正せば彼のせいと言うのは逆恨み以外なにものでもないことは分かっていた。それでも募ってしまう悪感情で胸は熱く焼けていた。
だが彼は一組。私のすぐ側にいるのは織斑ではない。
もう一人の男性操縦者はそんな織斑よりも圧倒的に有名だ。
名前は篠ノ之理多。女の子のような名前だがれっきとした男の人だ。
そして篠ノ之という名字を聞けば、否が応でも彼の家族が誰なのかが分かる。
そう、彼はISという世界を変えてしまった兵器の生みの親、篠ノ之束博士の実の弟であり、さらにどこにも所属しないでおきながら専用のISをその束博士直々に与えられている。
そんな生まれと環境にいるからどんな天才で傲慢ちきかと思えば、彼は驚くほど天真爛漫だった。
束博士が人を寄せ付けない人物であることは世界的に有名だが、彼は驚くほどその真逆をゆく、天真爛漫さと人懐っこさが印象的な少年だった。
同じ教室に居ながら、今のところ一度だって話したことはないが、彼の人と成りは同じ教室にいながら良く伝わる。
よく喜び、よく怒る、よく泣く、そして何よりもよく笑う。まるで感情が乱数表のように変わるのに、違和感やおかしな人が持つ不快感もなく、彼がいることにどうしてか感情がしっくりくる。そんな男の子だった。
教室に入れば誰かと話す彼の声がよく聞こえる。決して声が大きいわけでもなく、怒鳴っているわけでもなく、ただ彼の声は良く耳に入りやすかった。
そんな彼が男性のIS操縦者というラベルと共に周囲から放って置かれるはずもなく、彼の人当たりの良さもあってクラスの中心となるのに時間はかからなかった。
そんな彼に私は距離を置いていた。自分からは話しかけようとはしなかった。
同じ男性操縦者という点が、私にとって恨み言が尽きない織斑を連想させるという理由もあったし、もともとクラスの中心人物に積極的に話しかけられるような性分でもなかった。
しかし何よりも大きな理由は彼が自分の姉、篠ノ之束についてどう思っているのか知るのが怖かったからだ。
私にも姉がいる。私の名前は更科簪。姉の名前は更科盾無。
姉はロシアのIS操縦者代表であり、その実力は世界に知られている。そんな優秀な姉に対して私は一国の代表候補止まり。劣等感を抱くなというのが無理な話だ。
無能な私はなにもしなくていい。優秀でなんでも出来て、なんでもしてくれる姉は言外にそう言っているような気すらしていた。
そんな優秀な姉にコンプレックスを抱く私にとって、世界を変えてしまうような姉を持つ彼が、そんな姉をどう思っているのかというのは実に気になることだった。
そして彼はきっと言うのだろう。「優秀な姉だけど、僕の姉さんだから大好きだ」って。
聞かなくても分かる。彼はきっと優秀な姉に対して欠片も劣等感やコンプレックスを感じていない。
そんな彼を知ってしまうと途端に自分が惨めに見えてきて、それを事実として目にしたくないから、私は彼を気にしながらも話しかけられないでいた。
しかしそんなそんな日々はいともあっさりと崩れ去ってしまった。
●
「いってらっしゃーい」
棘のない澄んだ声が教室で聞こえた。昼休憩となり、女子たちが固まってトイレに行ったことで男子である篠ノ之は一人教室で彼女らの帰りを待つことになった。
出て行った彼女らの見えなくなったドアに手を振っていた篠ノ之は突然動きを止めると何かに気づいたかのようにこちらを見た。
それに私は驚いて小さく声を漏らしてしまう。
だってそうだろう。普通、視線を感じたからとって視線の主にタイムラグなく振り向けるはずがない。普通はどこからだろうと周囲を見回すはずだ。
しかし篠ノ之はそんなそぶりを一切見せず、間も開けずに私を見つけていた。まるで最初から私が見ていることに気づいていたかのように。
私と目が合うと篠ノ之はその優しそうな少し垂れた目を興味と喜びでいっぱいにして見開き、こちらへとやって来た。彼は雑誌で見た束博士によく似ている。違うのは不機嫌そうな束博士とは似ても似つかない、その底抜けの笑みだ。
その満面の笑みがこちらへと向けられている。
「初めましてだね! 僕の名前は篠ノ之理多。キミは更科簪さんだよね?」
「名前……」
驚いたことに彼は私の名前を知っていた。昔から友達に読み難いと言われ続けた、私の苗字や名前の漢字読み間違えることはなかった。私はそれに驚いた反応を見せると彼は嬉しそうに手を合わせ、
「うん! 同じクラスになったクラスメイトだからね。頑張って、みんなの名前を覚えたんだ。キミと話すのは最後になっちゃったけど、一年間よろしくしてくれると嬉しいな!」
話してみて分かる。これは確かに人を惹きつける。容姿や生まれなんかじゃない。彼のあり方、話し方は確かに人を惹きつける。
いや違う、惹きつけるのではない。どちらかというと通じ合う?
私は奇妙な言葉で彼を表現していた。話しているのだから通じ合っているのだろう。しかし彼が見せる通じ合いはどこか人と違っている。
まるで心を読み取られているような。
はじめての感覚に戸惑っていると彼が会話を繋げてくれた。
「簪さんはいつもピコピコを触ってるね。いつも何をしてるんだい?」
「それは……」
ピコピコと呼んで彼は私のコンソールを指差す。
お前の片割れのせいで開発が遅れた自分の専用機を開発している。などとは口が裂けてもいない。それくらいの理性や社交性は私にだってある。
私が答えに詰まり、何も言えないでいると、彼は遠慮も見せずにコンソールを覗き込んだ。
「……ISの開発プラットフォーム? ……あっ」
機械をピコピコと呼ばわりする割には開発プラットフォームが理解できるらしい。
画面から目を離し、私を見て、そしてまた画面を見る。それを何度か繰り返すと篠ノ之は何かに確信がいった様子を見せる。そしてみるみるうちに先ほどまでの明るい表情が消えていき、どこか申し訳なさそうな謝るような表情へと変わっていく。
「……あぁ、そっか。ボクや一夏のせいでキミの専用機完成しなかったんだ」
まるで今答えを見たように一言一句正しい事実を当てられた。突然のことに驚き、思わ後ろへと一歩慄いてしまう。一歩の距離しかないはずなのに気がつけば、私は海よりも深い隔たりを篠ノ之に感じていた。そう例えてしまうほどに前の彼が理解不能だった。
勘がいいとかそういうレベルではない。まるで心を読んでいるようだった。
「ボクたちのせいで君にとても迷惑をかけてしまったんだね。でも、ごめんなさい。ボクもここに目的があってやって来たんだ。だからボクらがここに来なかったら、とは言わないよ。でも、もしボクたちが力になれることがあったら言って欲しいな」
彼はどこまでも友好的だった。
彼の言葉を聞き、一つだけ引っかかりを覚えた。
「IS学園に来た目的? あなたは偶然見つかった操縦者じゃないの?」
「ううん、違うよ。一夏はそうだけど、ボクは自分から頼んでここにやって来たんだ」
「それはどうして?」
私は問いかける。そして篠ノ之は身を翻して窓際に立って外の景色、青く澄んだ空を見上げて、そして答えた。
「ボクと姉さんの夢を叶えるためさ。そのためにボクはISという翼を選んだ」
「お姉さん、篠ノ之束博士の事? その夢というのは何?」
気がつけば自分でも信じられないほど、私は饒舌になっていた。感情的になっている訳でもなく、心を引き出されているようだ。
身を翻し、彼は私の質問を受け取ると大事な宝物をこっそり見せるように、真っ直ぐに水平線の彼方を指し示した。
「あの空の向こう、まだ人が到達出来ない宙の果てをボクと姉さんは見たいんだ!」
その声と同時に頭がカァっと熱を持つ。自分の足で立って篠ノ之を見ているはずだったのに、あたかも白昼夢のような感覚で私は見たこともない景色を見ていた。
透き通るような青い成層圏を抜け、白玉のような月を追い越し、火星や土星といった図版でしか見たこともないようなそれらの実像を通り抜け、光も届かぬ外側へと私は飛び、そしてその終着で私は小さく瞬いて存在を主張する小さな虹を見つけた。
「ハァっ、ハァっ、ハァー……」
気がつけば私は大きく深呼吸をしている。しかしそれは息苦しさからくる辛いものなどではなく、まるで生まれて初めて美しいものを見たかのような冷めない興奮から来る、途方もない期待で体が熱くなっていた。
今の映像は一体何なのだろう。どうして見られたのだろう。分からない。でもそれが素晴らしいものだということは直感的に理解できた。
目の前に立つ篠ノ之は笑って私を待っている。
そして私は彼に手を伸ばそうとして。——恐ろしくなった。
伸ばしていた手を引っ込め、私は彼と対峙する。
「どうしてなの! どうしてあなたはお姉さんを怖いと思わないの!」
支離滅裂なことを話していると自分でも分かる。しかし衝動は理性を離れていた。噴出する出所のわからない怒りが止まらない。
いや、出所は分かっている。私が彼に抱いていた疑問。黙っていようと思っていたものを、私は自発的に解き放っている。
そんなめちゃくちゃな私を見ても篠ノ之は少しも動じていなかった。
変わらず平素通りの笑みを見せる。
「君はお姉さんが怖いの?」
彼の言うお姉さんが篠ノ之博士ではなく、私の姉を言っているのは明らかだった。どうして姉を知っているのかなど今更聞きはしない。心に直接振れるような言葉が頭を揺らす。
「嫌いだよ。ずっと目障りだった! あんな人、私の人生にいなければよかった! そうしたら私はもっと普通に幸せになれたんだ。いつも誰かの影に怯えることはなかったんだ!」
ドス黒い憎悪が言葉となり、口から泥となって吐き出していく。汚い言葉を吐いていくほどに体が空になって空虚になっていくようだった。
そうだ、ずっと私はそう思っていた。姉を憎いと——。
「でもそれは違うんでしょ?」
ピシャリと私が吐いた泥は断ち切られた。
「君がヒーローに憧れるのはどうして?」
それがどうしたと言うの。それが今何の関係があると言うの。ただ私はそれに答えなければならないと感じていた。
「ヒーローは強くて、カッコよくて、 誰にも負けなくて……」
「それで困っている誰かが助けて欲しいと願っていると救いに来てくれる。そういう人と君は自分のお姉さんを重ねて、そんな人に君はなりたいんでしょ?」
「——っ!」
息が止まった。篠ノ之の言った言葉に私は反論することも、否定することもできなかった。
その言葉はまるで私の影になっていた足元を暴き、衆目に晒す光のようだ。
「君はお姉さんを憎いだなんて思っていない。それどころか誰も憎んじゃいない。ただお姉さんが眩しくて、憧れていて。君は姉さんに追いついて、ただ対等でいたいだけなんじゃないのか?」
優しい言葉はしかし、その柔らかさとは裏腹に躊躇なく私の心を切り開いていく。
「何の確証があってそんなことが言えるの……。私のこと何も知らないくせに!」
「それは君が教えてくれるか——」
しかし彼の言葉は最後まで続かなかった。
気がつけば私は前へと歩き、私を見る篠ノ之をはたいていた。こんな風に人を叩いたことなんて初めてのことだった。弱々しい小さな乾いた音が教室に響く。
篠ノ之は避けられるそれを避けようとしなかった。弱々しい手弱女の一撃を、のろまでブレブレのそれを逃げようとはしなかった。
叩いてしまってから気づく、彼は私に向き合おうとしたんだ。
飾りの無い真っ直ぐな言葉で私と対話しようとしていた。それなのに私は自分が傷つくのが怖くて、かれをだまらせようと叩いてしまった。
あくまで誠実にあろうとした彼にしてしまった自分の仕打ちがとても恥ずかしいものだとすぐに気づいた。しかしもう叩いてしまった後だ。
私は私に向き合ってくれる人を自分から拒絶したのだ。
「ご、ごめんなさい。叩くつもりはなかったの。ただそんな痛いことをされたら誰だって、——怖いよ!」
そう告白すると私は彼から逃げるようにして教室から飛び出した。途中、すれ違うクラスメイトたちはどうしたのだろうと私に声をかけようとする素ぶりを見せるが、頬を赤く腫らした篠ノ之を見つけると、私のことなど二の次になりみんなそちらに言ってしまう。
自業自得といえばそれだけのこと。一度もまともに話したこともない赤の他人よりも少しだけ話したクラスメイトを優先しただけのことだ。
自分はどうしたら良かったのか。答えは出ず、私は逃げ場を探して前へと落ちていった。
●
「ねぇ、リっちゃん」
上の方の姉さんがボクに話しかける。
二人で星を見上げながら話すこの時間はボクは好きだった。頭の良い姉さんはボクに色んなことを教えてくれる。ボクが興味のあることだったり、よく分からないような難しいものだったり、そして何よりも多かったのは、
「あそこの星には誰かいるのかな?」
期待に声を弾ませながら、姉さんは夜空に目立つ赤い星を指差す。でもボクは首を振る。
「あそこには誰もいないよ」
「そっか……」
呟く姉さんの声。でも心の中ではガッカリしている。ボクはそれが嫌だった。大好きな彼女にはいつでも楽しそうにして欲しい。
「嘘だよ、そんなことなかった。よく見ればあそこにも誰かいる気がする。ホントだよ?」
自分では上手く誤魔化せている気になっていたが聡明な姉さん、いや、姉さんでなくとも、誰だってボクが嘘をついていることなど手に取るように見え透いていたのだろう。
ボクのせいいっぱいの嘘を聞くとお姉ちゃんは優しく笑みを浮かべてボクの頭を撫でた。
「嘘。本当は誰もいないんでしょ?」
「……うん」
嘘を見抜かれたことでボクは恥ずかしくなり顔を赤くする。
「どうして嘘をついたのかな?」
「だってお姉ちゃんにガッカリして欲しくなかった……」
言い訳は見苦しく、絞り出すような声だった。
でも姉さんはそんなボクを許し、近くに抱き寄せ宙を見上げた。
「リっちゃんは私がガッカリしたって感じ取ったんだよね? すごいなぁ……。束さんには出来ないや。今だってそこら有象無象の考えなんて束さんは分からないし、あんな遠くの、人の技術で捉えられない場所のことなんて束さんにはさっぱり見えないよ」
少し残念そうな姉さんの声は何処か遠くへと向けられていた。
「りっちゃんの才能はすごいよ。きっと君は私たちが今までの到達できなかった場所に行ける。きっと。いつかお姉ちゃんもそこに連れていってね?」
「お姉ちゃんも宙の向こうに行きたい?」
「行きたいね。古い私たちとは違う、リっちゃんだけの才能、いわばニュータイプと呼べるそれは人をいつかあの場所へ届けてくれる」
でも、と姉さんは言葉を切る。
「忘れないでリっちゃん。どれほど高度に外を感じ取れても、理解をしていても、それが外からの理解を得られるとは限らないということ。君の才能は人と分かり合える架け橋であるのと同時に、残酷に人を壊せてしまえる力なんだ」
「あっ! もちろん束さんは人を傷つけるなとか言わないよ? 所詮、有象無象が何を思おうと束さんたちには大して関係ない。ただ、その力を扱って何かを感じる自分はそこにいるんだ。自分がそうしたいって思う方向、自分で決められるそれを見つけてね、リっちゃん?」
きっとそれは姉さんなりの家族への心配、そして助言なのだろう。あくまで世界にいるのは自分と興味がある人だけというのは姉さんらしいが、
「——そうそう、束さん、リっちゃんが割と容赦なく人の心を読み取って、その人が無意識に欲しがってる言葉を際限なくあげちゃうの、リっちゃんの悪い癖だと思ってるから。直したほうがいいよ、さっき怒ってる箒ちゃんとすれ違ったし。また何か余計なことを言っちゃったの? おー、コワコワだよ!」
それまであったしんみりとした空気はどこへやら、いつも通りのおとぼけた姉さんに戻ってしまった。
気温もすっかり下がり、肌寒い空気を走り抜けてボクたちは家へと帰った。