魂と宙の成層圏を不死鳥は飛ぶ   作:加賀崎 美咲

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承2 星の魂を覗き見た不死鳥

 翌日、臨海学校は緊張に包まれていた。ハワイ沖で演習が行われていたアメリカ・イスラエル共同製作のIS「銀の福音」が原因不明の暴走を起こし、日本政府からの要請により現場の一番近くにいたIS学園の面々がこれを対処することになった。

 

 しかし一度目の作戦は失敗に終わった。封鎖されていたはずの海域にいた違法漁船をかばって一夏が撃墜されたたのだ。重傷を負い意識を取り戻さない一夏の敵討ちのために代表候補生たちと理多は誰にも断らずに出撃した。

 

 そんな中で簪は武装が未完成、出力系も不完全を理由に他の生徒たちと同じく待機を命じられていた。心配する簪を見て思うところがあったのか、千冬は彼女の情報処理能力を理由に彼女に専用機持ちたちのサポートやモニタリングを命じた。圧倒的な軍事用ISである銀の福音に押されながら追随する理多たち、そして復活した一夏が参戦し、銀の福音は彼らの連携により沈黙した。

 

 朝焼けの中、旅館に向かって7機のISが飛んでいる。

 

「ふう……、なんとかなったね」

 

 エネルギーが切れて稼働を止めた銀の福音を抱えて飛ぶ一夏を眺めながら、理多は一安心という風に呟いた。

 

「お疲れ様リタくん。織斑先生が説教の準備をして待ってるから覚悟したほうがいいよ?」

 

 簪がからかうような口調で言った。

 

「もしかして簪ちゃん勝手に出撃したこと怒ってる?」

 

「いきなり飛び出していくんだもの。フェネクスには武装なんてないのよ? 心配をするなというのが無理な話」

 

「まあでもISの操縦なら千冬姉さんにだって負けないし、何だかんだ無事に帰って来たでしょ?」

 

「まったく、もう。朝食、できてるから。織斑先生のお説教が終わったら一緒に食べましょ?」

 

「うん、そうしよう。楽しみ」

 

 ここ一か月のぎこちなさは影も形もない。理多が無事に帰ってくることに簪は安堵する。そういえばこの後の朝食の内訳は何だっただろうと簪が気を抜いた瞬間、それまで沈黙していたモニターが一斉にけたたましく警報を鳴らした。

 

「なにごとだ、山田くん。銀の福音はどうなっている。まさか再起動したのか?」

 

 警報に動じることなく、千冬は何が起きているのかを把握しようと副担任の摩耶に確認を取らせる。しかし摩耶は対照的に計器が意味するところを理解して悲鳴をあげた。

 

「た、大変です! この旅館上空に人工衛星が現れました! 真っ直ぐこっちに向かって落下を始めています! でも、どうして……? こんな巨大な物体が動いていたら、普通すぐに気がつくはずなのに……」

 

「それは当然、普通ではないことが起きたのだよ」

 

 摩耶の悲鳴に答えたのはこの場にいる誰でもない。突如、中央のモニターに通信が割り込んできた。

 

「エイプリル……!」

 

 その顔を見て簪はすぐにその名前を呼んだ。

 

 それを横目に千冬はエイプリルを睨みつけた。

 

「貴様目的は何だ? 我々を人質にでもするつもりか?」

 

「そんな訳なかろう織斑千冬。単純な話だ。人工衛星を落としてお前と篠ノ之束を殺す。ヤンキーどもはいい時に暴走事件を起こしてくれた。お陰で専用機持ちたちが出払い、お前たちが逃げ出せない絶好の好機を作ってくれた」

 

 エイプリルは機嫌良さそうに笑みを深くする。

 

 しかしそれまで黙っていた束は小馬鹿にするような目線でエイプリルを見た。

 

「ふふーん、所詮はリっちゃんのパチモンだね。それくらいのこと束さんにとっては危機でも何でもない、とっととこの場からおさらばさせてもらうよ」

 

 所有するロケットの一つを呼び寄せて束は逃亡の算段をつけた。しかしそのために手元のリモコンを操作すると同時に旅館の外から爆発音と振動が起きる。

 

「——! どうやって、あのロケットは完全なステルスなはずなのに」

 

「別に見つける必要はない。このユニコーンが放つサイコフィールドを包囲するように広げただけのこと。それにぶつかって爆発したんだろ」

 

 それは落下する人工衛星から簪、千冬、束、摩耶、そしてIS学園の生徒たちが逃げることができないことを意味している。摩擦熱によって赤く染まりながら人工衛星が降りてくる。

 

「ISという人殺しの兵器を生んだ悪魔ども、お前たちはこのエイプリルが粛清する。そして次は我らの国を乱した白人どもの国、そしてゆくゆくは戦争を生み出す何もかも。これはその第一歩、祝砲は盛大にあげるとしよう!」

 

 その未来を想像して喜悦を堪えられられないと言わんばかりにエイプリルは声を大きく歓笑していた。

 

 エイプリルの笑い声が響く管制室、簪はただ大きくなっていく人工衛星の映像を見ているしかできなかった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 そこまでの会話は理多たちにも聞こえていた。状況を飲み込み、理多は動揺したように一夏を見る。

 

「聞いた一夏?」

 

「いや、ヤバいだろアレ。ここからでも見えるくらいにデカイぞ」

 

 遠くには迫り来る人工衛星が見える。一刻の猶予もないのは明白だった。理多は周囲を見る。皆酷く疲労していた。武装を使わずに銀の福音を操縦によって翻弄して動きを制限していた理多とは違い、武装も尽き、期待も損傷している。

 

 この場でまともに動けるのは自分だけ。理多は覚悟を決めた。

 

「一夏。ボク、先に行ってくる」

 

「どうにかできるのか?」

 

「分からない。でもやってみる価値は絶対にある! フェネクス!」

 

 自身の愛機を呼び、理多はフェネクスの推進器の出力を最大まで解き放った。それまで並行して飛んでいたフェネクスは青い燐光を放ちながら加速していく。

 

 目に見える景色が過剰なフェネクスの速度によって歪んでいく。明らかに現行のISを凌駕する加速力を発揮しながら、迫るくる人工衛星の前へ理多は飛んでいく。理多が到着する頃、人工衛星はすでに成層圏に入り、摩擦熱によって表面は赤く光っていた。

 

 その状況はモニターを見ていた千冬も把握していた。彼女はリタが使用としていることがすぐに分かり、焦った声を指して制止しようした。

 

「すぐにやめろ理多! そんなことをしても摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだ! 私たちのことはいい、お前だけでも逃げのびろ! 頼む!」

 

「大丈夫だよ千冬姉さん、フェネクスは伊達じゃない。これくらい押し出せる!」

 

 しかし千冬の制止に理多は耳を貸さなかった。眼下の旅館にいるみんなは逃げることができない。理多が取った選択肢は落ちてくる人工衛星を受け止め、宇宙へと押し返すこと。人工衛星と比べれば豆粒にも満たないフェネクスが推進器の光の尾を引きながら取り付く。

 

 しかしどれほど異常な出力を持つフェネクスであろうと人工衛星を押し返せるほどの出力はあるはずがない。押し留めることはできたかもしれない、しかし少しずつ確実に人工衛星に押されていく。

 

 フェネクスに通信が入り、呆れたエイプリルが映し出された。

 

「頑張りすぎだ同胞。それがあまりにもナンセンスなことくらい分かっているんだろう? そうしていたって、あと五分もしないうちにそのフェネクスも焼け落ちることになる」

 

 小馬鹿にしたエイプリルに理多は初めて怒りを露わにする。

 

「どうしてこんなことをする。いくら自分が辛い目に遭ったからってこんな怨念返し、間違ってる! あそこにいる子たちは何の関係もない人たちなのに」

 

「そうだな間違ってるのだろう。しかし私の親も兄弟もそんな理不尽の内に死んでいった。自分がされたことをやり返さない聖人に私はなれん」

 

「そうやってやり返すことを止められないから、君の憎悪は鎮まることがないのがどうして分からない!」

 

「お互い何を言い合ったところで意味がない事くらい分かってるだろ。もうすぐその人工衛星は落ちる、そして篠ノ之束と織斑千冬は死ぬ。お前の才能は惜しい、死なない事だな」

 

 現にフェネクスの表面温度は限界値をとっくに超え、あらゆるセンサーと表示がこの場からの離脱を推奨している。そんな状況の中、罵り合いをやめない二人の間に一人の声が割り込んだ。

 

「リタくん!」

 

「簪ちゃん⁉︎ どうして」

 

 人工衛星を押し上げる姿勢のまま、理多は悲鳴のような声を出した。なんとか飛べるだけの打鉄弐式を操縦して簪がここに来た。人工衛星による加熱のなかに来れば普通のISなどひとたまりもないことなど簪の承知のはずなのにどうしてきたのか理多には分からなかった。

 

「私にも何か出来るかもしれないと思って……」

 

「ダメだよそんな機体じゃ。爆装をしていなくてもこんな場所じゃ、すぐにオーバーロードを起こして焼け死んじゃう。お願いだから離れてよ!」

 

「みんなを置いて逃げることなんて出来ない。どうせ逃げられないの。だったら私にも手伝わせて!」

 

 加速を最大限にかけて打鉄弐式も人工衛星に取り付いた。2機のISが人工衛星をどうにかしようと飛ぶが、それでも状況は何一つ変わらない。

 

 摩擦熱に軋む機体に体を押しつけながら、理多は刻々と落ちていく人工衛星の重圧を感じる。このままではどうにもならない。人工衛星は止められず、クラスのみんなは助けられず、束や千冬も死んでしまう。

 

 そして何よりも。隣を見る。打鉄弐式を操縦しながらコンソールを叩き、なんとか打開策を模索しようとしている簪が目に映った。

 

 彼女は諦めてはいない。しかしどうにもならない。このままでは自分も彼女も死んでしまう。目指した星の先も見ることなく、二人は無残に塵となり果てる。

 

 それだけは嫌だった。

 

「お願いだフェネクス。僕はどうなってもいい。でもみんなは、簪ちゃんには死んでほしくなんかない」

 

 心からの言葉。理多はフェネクスへ乞い願う。スラスターから青い燐光が鼓動するように放出される。

 

「もし本当にキミが束姉さんが言う、ボクを表現してくれるマシーンだって言うのなら、お願いだよ。こんな石ころ一つくらい、追い出してくれよ。誰にも死んでほしくないんだ。フェネクス!」

 

 その名を叫んで呼ぶ。その呼びかけに答えるように青い燐光が爆発的に放たれた。黒い塗装が熱によって剥がされていく。そして隠されていたフェネクスの真の姿が現れた。正体を隠すための黒が星の輝きを思わせる黄金に変わっていく。黄金のサイコフレームがその継ぎ目から青い燐光を漏らしている。

 

 乗り手の呼びかけに応え、フェネクスは己の全てを解き放った。瞬間、サイコフレームは膨張し、変形、そしてフェネクスは本来あるべき姿形を取り戻した。

 

 虹の燐光に視界の全てが埋め尽くされる中、理多は視界が光だけ出ないことに気がつく。サイコフレームが感応波を受信してだろうか、視覚によるものでない像が浮かんでは流れていく。肉の体が持ち得ない人のものでない超感覚。虹の向こう側、時間の流れすらも超越した境界の向こう側を理多はフェネクスの力を借りて感じ取る。理多が感じ取れば取るほどフェネクスは更にサイコフレームを反応させていき、限り無くその力を現出させていく、

 

 計器から状況を把握していた摩耶は自身が見ている数値を疑った。計器が出している数値は既存のISの数百倍、核爆弾が生み出すエネルギーが小火に見えてしまうほどのエネルギーが発生していた。

 

「フェネクスのエネルギー増加、なおも上昇中!……何ですかこれ⁉︎ どうしてこの中心にいて篠ノ之くんは無事なんですか⁉︎」

 

第2次移行(セカンドシフト)なのか……?」

 

 モニターに映る変身したフェネクス見て千冬が呟く。

 

 第2次移行とはISが持つ自己進化機能。しかしフェネクスのそれは明らかに違っていた。進化するのではなく、変身。隠されていたものが姿を見せ、解き放たれる。

 

 それを理解している束は恍惚とした表情でフェネクスを、理多を見つめて言う。

 

「違うよ、ちーちゃん。リっちゃんを完全に表現するためのフェネクスが、そんな小さな変化だけで終わる訳がない。これからだよ。これからが本当のフェネクスだよ」

 

 かねてからの望み、野望の成就の成り行きを束は眺めていた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 青い燐光は虹の輝きへと変わっていき、それは波動となり力として表れる。フェネクスを形作るサイコフレームが理多の心を受け止め、増幅していく。場を満たしていく理多の光は溢れてゆき、行き場を求めるように人工衛星に殺到した。それまで落ちていくだけの人工衛星に変化が起きた。空気との摩擦で起きていた熱の一切が消失した。感じていた熱さがなくなり、簪はそこで初めて何かが起きていることに気がついた。周囲を見渡すと熱は消え、虹のような輝きだけがあった。

 

「熱くも、怖くもない……。むしろ温かくて、安心を感じる?」

 

 初めて目にする光に簪が困惑していると人工衛星の重さがなくなり、引力から弾かれるように人工衛星は落下を止めた。

 

 原理は分からない。しかし自分たちは助かったのだということは理解できた。

 

「リタくん、私たち助かったんだよ! ……リタくん?」

 

 助かった安心感に安堵して、簪は理多に呼びかけた。しかし呼びかけても返事がないことを不審に思いフェネクスを見た。フェネクスは姿を黄金に変え、虹と青い燐光を発しながら沈黙している。

 

「ねえ、リタくん大丈夫? どこか強く打った?」

 

 心配し、近づいて触れた。しかし返ってきたのは返事などではなかった。

 

「アハッ、アハアハ……。アハハハッ!」

 

 理多の狂ったような笑い声だった。理性から解き放たれた魂が虹へと姿を変えて空を包み込む。

 

 人工衛星を押しのけるようにして虹の光が空を満たしていく。発生源であるフェネクスの真横にいた打鉄弐式も同じように跳ね飛ばされた。

 

 なんとか空中で姿勢を直し、フェネクスを見上げる。フェネクスは虹に包まれながらその場から動かない。通信を使って簪は理多に呼びかける。しかし返事はない。あるのは狂ったように続く調子の外れた笑い声。

 

「あぁっ! 感じるよ、みんなの声。初めからこんなに近くにいたのに、どうして聞こえなかったの? でも、もう良い。これからはずっと聞こえるんだ!」

 

 簪には見えない誰かと理多は話している。憂いも思慮も投げ捨て、純粋に願いだけが彼の中を満たして意思の全てを染めていく。

 

 星など見えるはずもない朝焼けを見上げしかし、遠くにいる星を捉え呼びかける。その両目は星を見つめて離さない。

 

「待っていて、今行くから!」

 

 虹の燐光がフェネクスから吹き出て広がり、瞬きをする間に燐光は空を埋め尽くし、水平線の先にまでその輝きで地球を覆っていく。本来宇宙から天気を映すはずの映像は虹に覆われた星を写していた。先ほどと同じ虹の光のはずなのに、今度の輝きに簪は恐怖を覚えた。

 

 太陽がまるで早送りするかのように動いている。いや、違う。正しくは地球の方が動いて相対的に太陽が動いているように見える。地の底から反芻するような地響きがして、千冬は何が起きているのか分からず絶叫した。

 

「今度は一体何だ! さっきから何がどうなっている!」

 

「織斑先生、大変です!」

 

 泣きそうになった摩耶が映し出したモニターを指差す。そこに映されていたものは宇宙航空局が公開している地球の公転軌道の予測図、そして緊急警報が出され、地球が予想線から大きく外れて太陽系の外へ向かって移動しようとしている。

 

「このままじゃ、地球が自転運動で崩壊します!」

 

「何をしようと言うんだ、理多……」

 

 欲望のまま理多は地球を引き上げる。遠いあの星との距離を縮めるために。

 

「止まって、止まってよリタくん! どうしたらいいの……」

 

 同じく状況を確認した簪も理多を止めようと声をかける。広がり続けるサイコフィールドによる斥力のために近寄ることも出来ず、遠くから呼びかけることしかできない。

 

 何もできず、見ているしかできない簪の隣に現れたエイプリルが感心した様子で理多を眺めていた。

 

「あの二人を仕留めるつもりだったが随分と面白いことになっているな。お前もそう思わないか?」

 

「あなた、あれだけのことをしておいて……」

 

「ああなるように選んだのはやつ自身。原因は私だが、こうして地球を破壊してでも外宇宙に向かおうとしているのはやつの意思だ」

 

「もういい! それよりも早く止めないと……」

 

 理多にいくら呼びかけてようと、宇宙にある意思の一つでしかない簪一人の声を理多はもう聞き取れない。ならば直接理多に触れ、言葉を伝えるしかない。直感的に理解した簪は理多に触れようと打鉄弐式を操縦するが光の膜に触れると途端に跳ね飛ばされ近づくことができない。

 

「更識、どんな手段でも良い。早く理多を止めろ。早くしないと地球がもたない!」

 

 通信越しに慌てた様子で千冬が簪に命じた。しかし簪は苦しそうに待ったをかける。

 

「でも織斑先生、この打鉄弐式には武装も何もまだ装備していないんです。だから直接リタくんに呼びかけるしか……」

 

 跳ね飛ばされるたび、もう一度向かっていく簪。それを見ていたエイプリルは悪意に口角を吊り上げてた。

 

「健気だな。力を貸してやろうか?」

 

「……え?」

 

 エイプリルは腰にマウントしているビーム兵装であるビームマグナムを外すと銃口部分を掴んで簪へ差し出した。差し出された簪は困惑する。そんな簪の反応にエイプリルは満足そうに微笑んだ。

 

「武装がないのだろう? ならこれを貸してやろう。あの不完全なサイコフィールドを貫いてやつを撃ち落とす威力ぐらいはある」

 

「……どうして」

 

「選ばせてやろう。やつを見逃して地球諸共心中するか、やつを撃ち落とすか。私としては成り行きを見るでも死ぬでもいい。ホラっ」

 

 投げ渡されたビームマグナムを簪は危なげに受け取る。打鉄弐式のマニピュレーター越しに伝わる重さは人を殺す責任の重さだった。直感する、これで撃てば理多は無事では済まない。

 

 しかし今、理多を止めなければ地球は壊れてしまう。だから止めなければならばならないことは簪も重々承知だった。だからといって簡単に誰かを撃てるはずもなく、マグナムを握ったまま簪は強張った表情で動けずにいた。友情か世界か、そのどちらかを捨てることを簪は選ばざるをえない。

 

「それでやつを撃って、どうなるかは知ったことではないが。早く選ばなければ皆諸共だぞ?」

 

 心底愉快そうにエイプリルは横で茶化す。

 

「そんなの……、でも……、私に選べだなんてそんなの……」

 

 選べない。唐突に世界の命運と友人を天秤にかけて、気丈に振る舞える人がいるはずもなく、簪は追い込まれ、気がつけば涙を流していた。どうして自分なのか、他の人がやってくれたら良かったのに。無意味なことだと分かっていても誰かに押し付けたかった。

 

「ほらほらっ! あと10秒も余裕もないぞ⁉︎ 早く決断しな! アハハッ!」

 

 ユニコーンで地球の崩壊をシミュレートしていたエイプリルは簪を急かす。エイプリルの笑い声が響く空の中、簪は考える。

 

 一人か、70億の人か。そのどちらを取ることが正しいか、単純な計算の問題だ。そうだ、きっとこれを選んでも自分を誰も責めやしない。涙を飲み込んで目を見開き、簪はビームマグナムの銃口を理多に向けた。

 

 向けた銃口の先、手を伸ばして空を抱きしめるようにしているフェネクス。

 

「躊躇うな更識! 撃てないのは分かる。しかし、お前は理多に人殺しをさせるつもりか!」」

 

「——! ごめんなさい、リタくん……」

 

 悲痛そうに命令する千冬の声がした。教師として彼女は嫌でもその命令をしなければならなかった。その言葉が躊躇いながらも簪は決意を固めさせた。

 

 銃口を向けたまま目をそらすように俯いた簪は呻くように、意味のないと分かっていながら泣きながら言った。引き金に指をかけて引くと機構が動作し、エネルギーパックが充填を開始する。

 

 銃口に光が蓄積される中、簪は許しを乞うために何度も、何度も小さく嗚咽を漏らす。

 

 俯いていた顔を上げ、涙に歪む視界の中、フェネクスの燐光が星のように瞬いた。

 

 言葉が空を走った。頭が熱くなり、瞬きが言葉に変わる。

 

(ねぇ簪ちゃん。一緒に星空が見たいね。世界中のみんなで星が見えたならきっと楽しいだろうね)

 

 嘘偽りない理多の本心を簪は聞いた。たとえどれほど発狂して正気を失おうと彼は簪が知る彼のままであった。こんな状況でも変わっていなかった彼を目の当たりにして、自分が友達に銃を向けていることを意識させられる。

 

 そして充填が終わったビームマグナムから放たれた閃光がサイコフィールドの燐光を吹き飛ばしてフェネクスを飲み込んだ。

 

 すぐに放出が終わり、ぐったりと手足を力なくぶら下げたままのフェネクスが空中で静止している。

 

 動きが止まっていたフェネクスはぎこちない動作で簪を見た。ジッと簪を見てフェネクスは動かない。動いてしまった空が逆再生するように戻っていく。

 

「リタくん……?」

 

 どうなってしまったのか簪には分からない。目の前にいるフェネクスは沈黙し反応を示さない。

 

「ほーう、そういう……。また随分と面白い結果になった」

 

 唯一状況を正しく理解しているエイプリルは感心してその結果を生み出した簪と理多を見ていた。勝手な攻撃を始めてその結果、理多を撃たせることをじぶんに強いたエイプリルに簪は怒りを見せる。

 

「教えて、リタくんは一体どうなっ——」

 

 分かっているらしいエイプリルに質問しようとして、簪が聞こうとして言葉を発して止めた。目の前のフェネクスが突然動き出したからだ。

 

 翼にも見えるアーマードDEを広げ、虹の光を翼の形に形成してフェネクスはここではないどこかへ向かって飛び去っていく。

 

「リタくん、待って!」

 

 飛び去っていくフェネクスになんとか追いつこうと簪は打鉄弐式のスラスターを開く。加速し速度をあげていくが飛べば飛ぶほどフェネクスとの距離が開いていく。呼び掛けど返事はなく、その内フェネクスは小さな虹の光になり地平線の向こうへ消えてしまった。

 

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