薄っすらと眩い閃光が瞼を切り裂く。余りの眩しさに再び重い瞼に負けそうになるが負けじと重い瞼を押し上げる。不鮮明だった視界が徐々に覚醒してきて
「今まで何かで負けたこと無かったなぁ…勉強でもスポーツでも、音楽はまた別だけど……負けるというか勝負にもならなかったし。頑張って考えた魔術式だったんだけどなぁ~…ショックだなぁ」
勉強もまあまあできた、調べたり学ぶことは好きだったし努力すればそれなりに成果は残った。運動神経にも恵まれていたし、料理だって作るのは好きだった。もちろん魔術もである、こればかりは誰とも競えなかったし何かと比較することができなかった。父親と比べるにはあまりにも無知で、経験不足であったが出来ている方だと勝手に思っていた。しかし負けた、私が一番力を入れていた力属性魔術式構築魔法。簡単にかき消されて簡単に敗北してしまった。初めての敗北に悔しさと無様さが魔弓自身を襲う。しかしそうなると敗北して気絶したであろう私をここへ運んだのは誰だ?八雲紫本人か?あの神社の管理主?散歩していた人間?それとも敗北していたこと自体が夢?
「何の音だろう…水の音?いや、これは…火の音⁉」
彼女の体は飛び上がった。丁寧にかけられた毛布を蹴り飛ばして部屋中央の床に降り立つ。自室のドアを乱暴に押し開けて2階部分吹き抜けから顔を出す。下は階段が続いており正面には玄関が見える、つまり火事が起きているのは玄関ではない。何か焼けている匂いが二階部分に充満していた。これはリビング方面からに追ってくる肉の焼けた匂いだ。まさか家に誰かいる?放火か?誰の仕業?いや、まず肉の焼ける匂いということは放火犯自身が燃えている?吹き抜け部分から1階へ飛び降り綺麗に着地を決める、左手に水属性魔法の術式を構築して昇華する準備に入る。リビングに続く扉も乱舞に押し開けるとそこには驚きの光景が広がっていた。
「…………えっと。なんでここにいるんですか?というか何勝手にキッチン使っているんですか?」
「あらおはよう、というよりもこんにちは御機嫌ようかしら?漸く目を覚ましたのね、もう少し静かに扉の開閉ができないのかしら?」
リビング中央に置かれた大きなソファーには優雅なドレスを身にまとった女性、八雲紫が腰かけていた。しかも贅沢にTVを見て、茶菓子を頬張りながら。その後方にはキッチンがありそこにはゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのような服を被せている女性が二つのとんがりを持つ帽子をかぶり器用に料理を運び出しているところだった。魔弓は大きくため息を吐き術式を消し、壁にもたれかかる。
「本当に迷惑な人……」
「ここまであなたを運んであげた恩人に何言っているのかしら。それに丸一日眠り込んでいた貴女を世話したのは私たちよ?」
「紫さま世話をしたのは私です。紫さまがしていたのは終始食っちゃ寝ですけれども」
「そうだったかしら、記憶にないわ。とにかく座りなさい昼食をとってからでも話は遅くないわ。私の自慢の式がせっかく作った料理なんだから」
「式…神?その女の人が?」
「ああ、遅れながら私は八雲藍。紫さまの式神で魔弓さんが寝ている間勝手ながら家のことをやらせていただきました」
どうやらこの女性は八雲紫の式神らしかった。しかしどうにも納得がいっていなかった。しっぽがあるのだ。しかし外見は人間なのだ。9本もモフモフなしっぽが背後から覗いている。卓上に置かれている料理もとてもおいしそうだ。
「それはどうでもいいですが、それよりも両親のことを――」
「安心しなさい貴女の両親の代祐と小夏は無事よ。何もしていませんわ、それも含めて話をするからまずは席に着きなさい」
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「貴女の両親とは顔見知りよ、もっと複雑な関係ですがあえて今はそういいましょう。訳あり魔弓、貴女を迎えに来ました。この小包は貴女の父親から預かり貴女に渡すようにと言われています」
「つまりですね魔弓さん、私の
「えっと、つまりお父様もお母様にも何もしていなくて勝手に勘違いしていたのは私だったということですか…?」
「まあ勘違いするような言い回しをしたのはわたくしですが。神秘がいまだ色濃く残る世界へ行き、思う存分魔道を探求してほしいそうよ。わたくしはその世界で賢者と呼ばれ、その世界を創世した内の一人で今回貴女を迎えに来たゲートキーパーというわけよ」
「神秘がいまだ色濃く…それはこの現代へまた戻てくることは…?」
「出来ないわ。そんなに融通が利く話ではなく一方通行な話だと思ってください。私たちはその世界を幻想郷と呼びあるいくつかのルールの中で暮らしています。妖怪、獣、神、妖精、幻獣に魔術など現代ではすでになくなってしまった神秘がまだそこには存在するわ。本当ならば1日時間を与える手はずだったのだけれど」
「私が気絶してその時間を潰してしまったと?」
一見突飛のない話であった。普通の人間なら信用はおろか笑い飛ばしてしまうような物語の中での話。しかし彼女は、魔弓にはそれが他人事では、幻想ではないように感じた。過去に一度異世界へ神隠しにあった経験がある。普段から自分は異常かと心へ問いかけ、友達といるときも笑いあっているときも常について回ってきた不安がそこへ行けば常識へと変わる。いつも思っていた悩みが嘘のように思えてしまう話だった。普通になりたいと思う願いが、今の日常を捨てるだけで手に入る、願ってもないチャンスだった。友達だっているし心配してくれる人だっているだろう。しかしそこでの自分は偽りの自分、本当の自分を見せた時に周りは受け入れてくれるかなんか分からない。
「……行きたいです。連れて行ってください。未練がないわけではありませんが、それでも私は素直に、本当の自分を愛してくれるところへ、受け入れてくれるところへ!」
いつの間にか藍がいなくなっていた。紫の背後には昨日見た気味の悪い、目がぎょろりぎょろりとうごめく空間が広がっていた。紫は静かに何かを呟くとその空間へ歩いて行ってしまう。
「いいでしょう。では幻想郷へ招待しましょう。準備ができ次第ここをくぐりひたすら歩きなさい。貴女へ幻想郷のことを教えてくれる者がそこにいる筈です」
もう紫の姿は見えなかった。先ほどまで3人いた空間と思えないほどの静かさがリビングに広がっていた。空間の亀裂に足を踏み込もうとするが躊躇する。準備をしてからという言葉を察するにある程度の荷物は持っていくことが許されたということだ。踵を返して自分の部屋へ向かう。ボンサック型のカバンをクローゼットから取り出し、父の魔導書を1冊と自身の研究のあかしの魔導書を2冊、着替えを少々と小物を大量に、そして大きく特徴的な帽子をカバンへ取り付けた。リビングへ戻りテーブルの上へ目を向けると紫が持っていた小包が置かれていた。麻の小包をそっと持ち上げ割れ物を扱うように丁寧に小包を開いていく。中から顔を覗かせたのは翡翠色で三日月の形をしたネックレスとブレスレットであった。とてもきれいな色や装飾で相当高価なものに見えた。何やら加護か魔術が掛かっているようで首にかけてみると、なぜだろうとても安心できた。ブレスレットも同様右手首につけてみるがこちらも同じように温かい気持ちになる。
ひとしきりリビングを眺めた後、吹っ切れたように亀裂へ足を踏み入れる。