TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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強襲!サイヤ人
第十二話 サイヤ人襲来! 綺麗な花火になりなさい!!


 

「27倍の重力が限界かー」

「ぬ、ぐ、ぐ……! つ、潰れ……!」

 

 ドシッドシッと歩いていたラディッツが俺の前で倒れるのを見届け、重力室のスイッチを切る。

 途端に仰向けになったラディッツがぜーはー息をし始めるので、タオルとスポーツドリンクを持って歩み寄っていく。

 

「お疲れさま。はい、どうぞ」

「すまん……ふぅー、染みる……!」

「やぁだ、親父くさいぞー」

 

 胡坐を掻いてごくごくとスポドリを飲み干したラディッツの一言にそんな感想を抱いて、それから一息つく。

 

 重力室、凄い。

 倍率は2倍から100倍まで自由自在で、なんかよくわかんない浮遊ロボットもくっついてるし、建物はめちゃくちゃ頑丈だし、生活するにも快適だ。

 最近ラディッツも俺も一日の大半をここで過ごしている。

 

 孫悟空と孫悟飯が常時超サイヤ人を保って慣らしていたみたいに……とはちょっと違うけど、ここで日常生活を送る事によって何気ない動きにもパワーが乗るようにしたり、全身至るところに負荷をかける事によって地力を底上げしたりと、重力室は大活躍だ。ブリーフ博士とブルマさんに大感謝しなくちゃ。

 

 俺の画期的修行法をラディッツが「そう何度も死にかけてたまるか!」と嫌がったために、重力負荷修業が今の俺達の主力になっている。

 動けない時間を作るより、こうして重力室内で動き回っていた方が断然良いから、まあ、俺も納得はした。なのでせっかく考えたあの修行法は封印だ。あーあ、10年考えて思いついたんだけどなー。もったいないなー。

 

「……たまにはいいよね?」

「答えは"イーッ"だ馬鹿者」

 

 ぶー、けちけち。

 ていうか今のイーって表情俺の真似じゃんむかつくー!!

 重力30倍にしちゃうもんね。

 ああ、潰れたカエルみたいになっちゃった。

 

 あ、ちなみに俺は100倍の重力でも平気でした。

 戦闘力三万は、気を抑えたつもりの状態での数値だったみたいで、今は気の操作の精度も上がってるしさらに落とす事が出来るようになった。

 でもそうなると俺の最大戦闘力がわからず、知りたくなって先日スカウターで計ってもらいながら気を解放したら案の定スカウターが爆発してしまった。ごめんね。

 お詫びにちょっと高めのお弁当買ってあげた。

 それで許してくれる辺り、ラディッツってちょろい。

 

「そろそろ一年経つね」

「ああ……奴らが、来る」

 

 そういえばそろそろそんな時期だなーと思いつつ軽い調子で口にすれば、ラディッツはいやに神妙な顔をして重々しく頷いた。……ちゃんと重力はすぐに元に戻してあげたよ。俺だって鬼ではないのだ。

 

 ふむ、さすがに緊張してるのかな。いくら戦闘力が上がったとはいえ、今まで格上だった相手と戦おうってんだから、そりゃーどきどきするよね。

 

 ……俺はラディッツをナッパ達にけしかけるつもりである。

 そろそろ本格的に原作に介入しようと思っているのだ。

 といっても、めちゃくちゃなパワーで暴れ回ってお話をぶっ壊したい、という訳じゃない。

 

 何年経っても俺の考えは変わらない。原作の流れは変えず、その物語を間近で見るのが俺のやりたい事だ。

 ただ、せっかく捕まえたラディッツにも活躍の場を与えたくなった。

 元々原作じゃ活躍しないまま退場したのを不憫に思って連れて来たんだもの、ちょろっと原作の流れを小さく変えるくらいは良いだろう。

 

 天津飯や餃子が死なないまま、孫悟空が到着する前にナッパを倒す、とか。

 そうするとベジータがどう動くかわからなくなるし、ラディッツも死んじゃうかもしれないけど、そこは俺がいるから万全。

 死なないように全力でサポートするよ。

 

 ……でも、本来死ぬべき、たとえばピッコロだとかが息絶えるのは見過ごすってのは……やっぱり、すっごく悪い事なのかな。

 物語にくっついていくにあたって最も厄介な要素がそこだ。

 人死にを見過ごすのか、助けるのか。

 

 俺の気分的にもあんまりよくない。敵がやられるのは別に良いけど、味方というか、Z戦士達が斃れるのを見るのはなあ……。

 かといって助けてしまうと重要な要素が変わって、未来も変わって、世界がめちゃくちゃになってしまうかもしれない。

 だからそこら辺の胸糞悪さだとか神の如き傲慢さとかは呑み込むしかないのだ。

 

 大丈夫、その分無駄な犠牲は減らすつもりだ。それを償いとしよう。

 それに、物語を追うって言ってもあくどい顔してじーっと眺めるんじゃなくて、ちゃんと渦中に飛び込むつもりだから、そんなに悪い事にはならないはず。

 

 ……死ななきゃどれくらい悪い事してんのかわからないなあ。

 とにかく、そろそろサイヤ人編もクライマックスだ。気合い入れて修行しよう。

 

 

 

 

 

 

 ナシコに連れられてニシタプロダクションの事務所へとやってきた俺は、奴がいなくなってしまったためにソファーの脇に立って手持無沙汰にしていた。

 室内にはタニシというナシコの担当の女がいて書類を纏めているが、そう親しくもない相手なので会話はない。向こうから話しかけてくる事はあれど、俺から話す事は何もないからな。

 

「お待たせ! やっと打ち合わせ終わったよ。疲れたあ」

「お疲れ様です。あら、ナシコちゃん、その衣装は……」

 

 一時間ほど経つと、ようやくナシコが戻って来た。だがここへ来た時と装いが違う。妙にヒラヒラの多い明るい色の洋服に身を包んでいる。ステージ衣装、というやつだ。

 その場で一回りして短いスカートを翻したナシコがポーズを取る。

 

「えへへ、先に着てみました。新しい衣装です!」

「とっても似合ってますよ。活発な印象が強まる衣装ですね」

「はい。今日はたっくさん動く感じで、という要望みたいです。こないだは落ち着いた感じのやりましたからね」

 

 常とは違い、タニシと話す時もはきはきと喋るナシコは、ああ、もうアイドルモードに入ってやがるのか。

 こうなるとこいつは非常にやり辛くなる。

 いつものガサツさはどこへいったのだと言いたくなるほど動きが丸くなり、表情も柔らかいものとなってころころと変わる。何より気持ち悪いくらい言動が優しくなるのだ。

 

「ね、ね、ラディッツくん。どう? かわいいかなっ」

「知らん」

「えへへー、そうでしょ。あったりまえじゃん!」

 

 チッ、勝手に『かわいい』と答えた事にしやがったな。

 何が嬉しいのか、えへえへとだらしのない顔をして擦り寄ってくるナシコの額を押さえて押し留める。

 

「ふぎゅ! ……なにすんの!」

 

 いつものこいつならばムキになって力押しをしてくるところだが、アイドルモードのこいつはか弱いフリをするのでその点では扱いやすい。騙し討ちをしてくるでもなければ、不意打ちもしない。理不尽な事を言いもしなければ、逆に俺を気遣う素振りまでみせる。

 ……常時アイドルモードでいてくれた方が俺のためになる気がしてきたぞ……。

 

「むー、おっかしいなあ。ナシコのファンなら速攻で落ちるのに、ラディッツくんってばお堅いんだから」

 

 素っ気ない態度をとっていれば、やがて頬を膨らませて離れ、自身を指差して「かわいいよね?」と再確認してくるナシコに、面倒ながら頷く。するとぱっと笑顔になって上機嫌になるのだから、こいつが何を考えているのかよくわからん。

 

 確かに、長い髪を高い位置でサイドテールに纏め、細い肩を露出させた衣装を着たこいつは『宇宙一のアイドル』を自称するだけあって、他のアイドルと比べても飛び抜けている。誰より一歩も二歩も上回っている。

 

 どんな時でも少し濡れた翡翠の瞳は強い輝きを放ち、ひとたび目を合わせれば吸いつけられて動けなくなるだろう。バランスの取れた体は人間の良いとこばかりを揃えたような完璧さ。

 澄んだ声は違和感なく耳に入り、まったく不快さを抱かせない。しかもかなり遠くまで届く。

 視覚でも聴覚でも殺しにきやがる末恐ろしい女だ。

 

 懇々とアイドルに関して吹き込まれ続けた俺だからこそ、その容姿と動きや喋りからくるアイドル力とやらがどれほど高いかははっきりとわかっている。正直他の地球人どもが憐れに思えてくるほどの数値だ。蟻と象だな。スカウターでこいつを計ればまず間違いなく爆発するだろう。

 

 だが俺は、普段のこいつの残念な言動を嫌という程目にしている。

 風呂上がりならば下着姿で平気で徘徊する。普段であれば服が捲れあがろうが気にしない。就寝時であれば俺の布団に潜り込んでくるなど挙げればキリがない。

 貴様アイドルの自覚があるのか! と何度怒鳴った事か。そのたびにのらりくらりと躱されてやり過ごしやがるのが腹が立つ。

 

 俺相手だから良い、だと? 良いわけないだろう。常日頃相応しい態度をとらなければステージの上やテレビでボロが出るかもしれないんだぞ。

 そもそもアイドルである事に誇りを持っている癖に女子力が壊滅的なのはどうなんだ、ええ?

 洗濯機の回し方くらい覚えたらどうなんだ? 雑な畳み方はよせ。ゴミの分別はきちんとしろ!!

 唯一女らしい事といえば頻繁に髪に櫛を通す事だけじゃないか!

 ええい、それでいいのか、宇宙一のアイドルさんよ!

 

 その魅力は確かにこの俺を一時とは言え惹きつける程のものだったが、中身がこれではアイドルとしてどころか女としてすら見る事もできん。

 実際奴の気安さはどこか男らしさを感じさせられる。母星で過ごした幼少期を思い返せば、僅かとはいえそういった記憶が思い出せた。

 ぶっきらぼうさは親父と同レベルだ。戦闘一辺倒のサイヤ人か貴様は。

 

「あーっ、ラディッツくんてば、ナシコの事じっと見てるー♡」

 

 ! しまった、ジロジロと観察していてはつけあがらせるだけだというのを失念していた。

 

 腰の後ろで手を組んで、「ん? んー?」と下から覗き込んでくるのを頑なに無視する。相手をしてはその鬱陶しさは天井知らずに膨れ上がっていくだけだ。下手な事を言うと、今のこいつは優しいがアイドルモードが切れた後のこいつが何をしてくるかわからん。

 

 この間は「ナシコちゃんはお姫様扱いをご所望だぞ!」などと言ってしつこく付き纏ってくるから抱き上げてやったりエスコートをしたりと、忌々しいがそれっぽい扱いをしてやったというのに、普段のあいつに戻った途端恥ずかしかっただのなんだのと攻撃しおって。理不尽が服を着て歩いているようなものだ。

 何もしなければ何もされないといい加減学習したわ、くそったれめ。

 

「ん、そろそろ時間だから、私は一足先に行くね。また後でねー!」

「……ああ」

 

 ファンのみんなが私を待っている! とかなんとか言いながら玄関から出ていくナシコを見送り、再び腕を組んで立つ。

 いつもならば共に会場に行くところだが、今日に限って置いて行かれた。何故だ?

 

「あ、すみません。まだ片付けるものがありまして……もう少し待っていてくださいね」

「? なんの話だ?」

「あれ? ナシコちゃんから聞いてません? 今日はラディッツさんが会場まで連れて行って下さると聞いているのですが……」

「……そういう事か、あの女……!」

 

 あのぐーたら女、今度は俺を足扱いか。

 おのれ、戦闘民族サイヤ人がタクシーの真似事など……!

 

「あっ……どうやら情報が行き届いていなかったみたいですね。どうしましょう……」

 

 ……。

 

「いや、予定通り俺が連れて行ってやろう」

「あら、ありがとうございます。でも、大丈夫ですか? 急な話になってしまって……」

「構わん」

 

 この女もナシコの無茶振りには苦労しているようだからな。それくらいはしてやろう。

 まったく、あいつが突拍子の無い事を言うのは普段もアイドルの時も変わらんな。

 

「今日だけだ。今日だけお前の足になってやるとする」

「はあ……? あの、お車ですよね?」

「クルマ? 飛んで行くに決まっとるだろう」

 

 そもそも俺はあのクルマとかいう機械は持ってない。ナシコも同様だ。俺もあいつも飛べるからな。そんなものはいらんのだ。

 

「どうした。そいつを片付けなくていいのか?」

「えっ? あっ、は、はい、そうでした!」

 

 手を止めて呆然としているタニシに声をかければ、慌てて書類と向き合い仕事を再開する。

 言っていた通り、もう少し時間がかかりそうだな。

 ……紅茶でも淹れてやるとするか。

 

 

 

 

「私、ラディッツさんが少しだけ……羨ましいです」

 

 防寒具に身を包んだタニシが、俺の背に掴まりながら囁いた。

 会場がある東の都を目指して飛ぶ中で不意に投げかけられた質問に、意図がわからず目を向ける。

 

 俺の髪と背に挟まれる形になって、俺の首に腕を回すタニシは、寒いのか「すん」と鼻を鳴らしてから、こう続けた。

 

「ナシコちゃんが素でお話できるのって、きっとラディッツさんだけだから……」

「話なら、お前もいつもしてるだろう」

「いいえ、アイドルとしての彼女とじゃなく、一人の女の子としての彼女とは……私じゃ」

 

 ほら、どうしても緊張が抜けてないじゃないですか。

 そう言われて初めて気付く。よく家に来るブルマとかいう女と話す際も、あいつはやたらと萎縮していたな。付き合いの長いタニシともそうだ。

 だが、この間登った塔にいた猫のような生物相手には普通に話していたはずだ。

 ……あれは動物相手だからノーカンか?

 

「だから、ちょっとだけ嫉妬しちゃったり……なんて」

「素のあいつなんぞそう良いもんでもないぞ?」

「ふふっ、そうですか? ナシコちゃんの事、よくご存じなんですね」

「ああ、いや」

 

 知っているというか、思い知らされているというか。

 とにかく、あんな奴は素でいるより、ずっとアイドルやってる方が良い。

 周りの人間にとってもその方が良いはずだ。そうに決まっている。

 

 一人で納得する俺の背で、「いいなあ」とタニシが呟くのが聞こえた。

 

 

 

 

『みんなぁー、ノッてるかーい!?』

『ワァーッ!!』

 

 満員を越して会場外にも人が溢れ返ったステージの上で、汗を流してナシコが歌っている。

 このアイドル祭だかでは既に数人のグループが会場を温める役目を終え、そして主役のあいつがステージに立ってから早二時間。

 

 

『今 運命 繋がった 飛ぶんだよ 未来へと!』

 

 

 東の都の空を覆い尽くす暗い光はナシコが開幕に放った気だ。それがまるで真昼の今を真夜中のように塗り替え、そして煌めく光が星々の代わりを務めている。

 

 

『溢れるでしょ? みんなの――』

 

 

 熱狂する人間どもの頭上を流れていく光弾からは雪のように欠片が零れ、それは万に届く者達に残らず気を分け与え、ゆえに誰も疲れなど見せずに声をあげ続けていた。

 

「「全開!!」」

『でしょでしょ?』

「「万歳!!」」

『わいわい!』

 

「「最高!!」」

『でしょでしょ!』

「「やったぁ!!」」

『イエーイ!』

 

 数百数千と重なる合いの手に負けないあいつの声を耳にしつつ、俺はステージ脇に立って空を見上げていた。

 ここに辿り着いた時、あいつに頼まれたのだ。

 

『いつ、ベジータ達がやってくるかはわからないけど、それがもし、今日この瞬間であったなら……。

 絶対にこの地球には落とさせないで。誰一人怪我なんかさせないで。

 お願い……したからね、ラディッツくん』

 

 ……また唐突な話だったが、そんなのはいつもの事。真剣に頼まれては断れなかった。

 思わず頷いてしまって、後から「そこで断っていたら後が怖いから頷いたのだ」だの理由をつけてみたが……最近無条件で奴に従ってしまうようになっている気がする。

 

 いや、そもそもそれは、俺にとっても良い提案だ。

 ポッドにて宇宙を永く旅してきた奴らを、とびっきりのプレゼントで出迎えてやろう。

 その時の奴らの顔を想像するだけで笑いが止まらねえぜ。

 

『ほら! 今! 運命 広がったんだ 行くんだよ 僕らの世界!』

 

 あいつの持っている歌の最後の一つが、三番目のサビに達した。

 一層盛り上がる気配がここにまで届いてきて、癪だがこっちまで少々心が浮わついてしまう。

 

『わかるでしょ? みんなが――』

「「全開!!」」

『でしょでしょ?』

「「万歳!!」」

『わっしょい!』

「「最高――

 

 

「む……?」

 

 ふと強い気配を感じて空を見上げれば、偽りの星空越しに隕石の如く降ってくる二つの炎を見つけた。

 

「来たか……!」

 

 組んでいた腕を解き、両手の平それぞれに気を集め、光弾を作る。

 落下予測地点はかなり離れているな……早めに撃ち落とさなければ食い止められん。

 ――ここだ!

 

「ずああっ!! ダブルサンデーッ!!」

 

 上空へと放った二条の光が夜空を突き抜け、明るい空を走る。

 手前のポッドに着弾した光線が爆発を巻き起こし、遅れて奥側のポッドにも光線が到達する。

 一瞬視界の全てが白に塗り潰され――

 

「ッ!」

 

 だが、片方を破壊する事はできなかった。ポッドを気で覆って守りやがったな! あのポッドに乗っているのは――気の大きさからしてベジータだろう。さすがと言うべきか、いや、やはり忌々しい限りだ。

 

「チィッ!」

 

 慌てて地を蹴って飛び立つ。このままではベジータの乗ったポッドが地上に激突する! この都にポッド発着場のような施設はない。当然だ。だから受け止めるもののないポッドは地上にいる人間ごと地球に穴を開けるだろう。

 脳裏に過ぎるあの女の柔らかな表情と声に、知らず全身に力が入った。

 

 そうはさせるか!

 

「ちっ、なんだってんだいったい……」

 

 空に残る黒煙からナッパの野郎が抜け出してきた。ちょうど直線上だ。目障りな野郎だぜ!

 

「邪魔だあああ!!」

「うおっ!?」

 

 咄嗟のエネルギー波がナッパを飲み込む。そのまま、奴の生死などどうでもいいと構わずベジータのポッドの真下へ潜り込んだ。

 ザザッと足が地面を擦る。道路だ。ギリギリだぞクソッタレ!

 

「つあっ!!」

 

 飛び跳ねるようにしてポッドを蹴り返す。どれほどの気で覆えばそうなるのか、蹴ったこっちがダメージを受けるほどだったが、なんとか跳ね返す事には成功した。

 あとはあのポッドを受け止めてゆっくり下ろせば……!

 

「よう」

「ぬ!?」

 

 そう思って近付いていく中で、ポッドの扉が開き、隙間からベジータが飛び出してきやがった。そう認識した時には奴の顔は目と鼻の先。

 思わず体が固まって、その内にポッドは道路に落ちてしまった。

 

「う、おおっ!!」

 

 振るわれた腕を掻い潜り、全速力で後退すれば、ベジータは「ほう」と口角を吊り上げた。遅れて突風が俺を襲い、髪が激しく揺さぶられた。

 

 くっ、てんで力をだしてやがらねえな……! だというのに、避けるのが精一杯だった。

 俺もナシコとの修行でかなりのパワーアップを果たしたつもりだったが、やはりベジータの相手にはならんか……!

 

「おうおう、何かと思えば弱虫ラディッツじゃねえか。随分賑やかな出迎えだな」

「……ふぅー」

 

 クラクションとブレーキの音がけたたましく鳴り響く中で、ゆっくりと気を静める。

 ベジータの下へ寄ってきたナッパから目を離し、地上の様子を見れば、何か事故が起きている訳でもなく道路脇にポッドが転がっているのみで、損害らしき損害は何もない。

 集まってきたゴミみたいな奴らがポッドや俺達を指差して騒いでいるくらいだ。

 ふー……これで、一応約束は守れたな。

 

「! おいおい、おいおいおい、戦闘力6000だと……!? ちぃっ、故障してやがる!」

「ほう。何をどうしたかは知らないが、なかなかのパワーアップじゃないか」

「フン、6000か……。故障かどうか、試してみるか? ええ?」

 

 星空のドームに覆われた会場からくぐもって響く新曲の傍らで一度腕を組み、自分を落ち着かせてから腕を解いて構える。

 と、星空を割っていくつか光線が飛び出して来た。それは誰に当たるでもなくぽんぽんと破裂し、赤や緑の花を咲かせる。

 ナシコめ、お得意のパフォーマンスをしてやがるな。暢気なもんだぜ、こっちは今から格上と戦おうとしてるってのによ。

 

「余所見をするなど余裕だな!」

 

 光線の出所に顔を向けたナッパがスカウターを弄るその前に、もう一度ダブルサンデーをお見舞いする。

 ナッパの野郎はまともにくらったが、ベジータは片手で軽々弾きやがった。光が空へと消えていく。馬鹿にしたようなその笑み、絶対に歪ませてやる!

 

「どうやら戦闘力6000というのはハッタリではないようだな」

「嘘だろ、ベジータ! ……なんでラディッツの野郎が、名門出のエリートであるこの俺を越えていやがる……!?」

「さあな。……まあ、予想できんこともない。戦闘服を着ずにその妙な格好をしているところを見れば……この星の原住民に飼い慣らされたな?」

 

 飼い慣らされた。

 薄ら笑いを浮かべたベジータの言葉がそのまますぎて、俺は思わず噴き出してしまった。

 ぴく、と片眉を上げたナッパが、しかしすぐに口端を吊り上げる。

 

「へっ、とうとうサイヤ人の誇りまで捨てちまったってのか、ラディッツよお」

「下等生物に良いようにされて粋がるとは、お笑いだぜ」

「けっ、好き勝手言ってくれるじゃねえか」

 

 が、馬鹿にされては笑いも引っ込む。

 ぺらぺらと余計な事ばかり喋りやがって、まったく頭にくるぜ。

 

「たしかにあの女は俺をオモチャか何かと思っているフシがある」

「……?」

 

 フニャッツだのとおちょくる事もあれば、下らん怒りを向けて来る事もあるし、週に一度か月に一度かなどは極端に機嫌が悪くなって当たりも悪くなる。

 かと思えば本気でペットとでも思っているのか犬猫用のオモチャなどを買って来た事もあった。……本気で俺が喜ぶとでも思っているのか、もれなく屈託のない笑顔までつけて。

 

「だが……まあ、それも悪くないと俺は思い始めた」

 

 ……一年。

 たった一年だ。

 俺があいつと過ごした時間は言ってしまえばたったそれだけだったが……。

 

「お前達といるよかよっぽどマシだったってだけだ」

 

 こいつらにはなくて、ナシコにはあったもの。

 気遣いや思い遣り。

 

 一見非常に軽く扱われているように見えるし、実際その通りだが、いつも『ラディッツ』『ラディッツ』と楽しそうに引っ付かれれば悪い気はしない。

 

 無茶振りはあれど俺のためを思っての事が大半だと気づいたのはごく最近だが、それ以前から奴が俺のことを考えて動いているのはわかっていた。

 

 目を見て話す。上からでも下からでもない、真正面からの視線。

 等身大の会話と、意思のやりとり。

 気持ちの擦り合わせというものがこれほど心に安らぎをもたらすかなど初めて知った。

 

 要するに…奴といるのは心地良いのだ。

 俺を受け止め、俺に身を預けようとする、ナシコと過ごすのが、この上なく心地良いと知ってしまった。

 この環境を捨てるのは惜しい。そう思ってしまっている時点で……奴に飼い慣らされている、という言葉にも頷けてしまうな。

 

「所詮はラディッツか……腑抜けやがって」

「女、と言ったな。こいつは面白い……地球人の女に(なび)くとは、貴様にはサイヤ人の誇りというものが無いらしいな?」

「なんとでも言え。来るなら来やがれってんだ!」

 

 そう啖呵を切って奴らの注意を他に向けさせないようにしたものの、ここでおっぱじめる訳にもいかん。会場が近い。

 誰にも怪我をさせるな、という約束だったからな。

 逸る気持ちを抑え、遠く、強い気配が集まっている方へ顔を向ける。

 

「貴様ら、ついて来い!」

「ラディッツ如きが、指図するんじゃねえ!」

「ふっ、まあ、いいだろう。まずは裏切り者の下級戦士から始末するとするか」

 

 俺が飛べば、奴らはあっさりとついてきた。

 ……待っていろ、ナシコ。こいつらを片付け、必ずアンコールをしに行く。

 会場で新曲を聞かねばお前が拗ねるのは目に見えているからな。そうなればどんな被害が俺にくるかわからん。丸一日無視だとかそういう事をされては堪らないから、全力で事に当たらねばならんな。

 

「ふっ!」

 

 気を噴出させて都から離れる中で、どうしてか俺は口の端が吊り上がるのを止められなかった。




・ラディッツ
ペットのサイヤ犬。放し飼い。
トゲトゲした首輪をファッションとして受け入れている。

・ZENKAI! 大パレード!!
聴衆に多くのアクションを求めるアイドルソング。
新曲なのになんでみんなレスポンス知ってるんだ、だって?
……わからない……私は雰囲気で小説を書いている……。


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