10月13日。
それは私達"フラワープティング"のサイン会が開かれる日。
本来休日のはずのその日に割り振られたお仕事に気分は最低値。お布団から抜け出すのは困難を極め、レムとノンレムの狭間に囚われて抜け出せない。抜け出そうともがくウィローちゃんはハグハグして道ずれ~。
「起っきんかぶわぁかものっ!」
「あうぅ~ん!」
器用に私の腕にパジャマだけ残して抜け出したウィローちゃんがつんつんつんつん額を突っついてくるのにうめく。やぁめぇてぇ。あああ、行かないでカーテン開けないでぇ!
うう、朝日が目に染みる……。実は私は吸血鬼なの……陽の光を浴びたら死んじゃうの……。
「ほら、さっさと支度をしろ」
「ほぁい」
ぼさっとした髪をそのままに身を起こし、窓の前で肌着姿を晒すウィローちゃんを目の保養として復活する。
目を擦るのに使っていた手を両側へ広げて待機。
「……うむ」
イヤそな顔したウィローちゃんが牛歩で近づいてきて、ベッドを軋ませて乗り込んできてー、四つん這いで私の下までやってきて。
ぎゅーっと目覚めのはーぐ。
「はぁあ~、ウィローちゃんあったかぁい……♡」
「お前もわたしも幼少の姿を保っているから、基礎体温が高いのだ。先程まで眠っていたこともあるしな……わざわざ密着してまで……」
「だってウィローちゃん抱いて眠るとぐっすりなんだもん~」
私、すっごく寝つき悪いんだけど、人と一緒に寝ると快眠できるんだー。
いっちばん具合が良いのがウィローちゃん。同じ身長だからちょうど良いし、柔らかいし暖かいし、寝相良いし、寝顔かわいいし。あとねあとね、ウィローちゃん人造人間なせいか寝起きめちゃくちゃいいし寝つきも凄くいいんだけど、ただ一点、寝てる最中に少しだけ意識が覚醒したその時だけはふにゃふにゃしてるの! 普段寝る時のスキンシップは指を絡めるまでしか許してくれないけど、その時は何しても怒らないんだよ! ほっぺた撫でると身動ぎしてね、目を細めて嬉しそうに微笑むの。かわいいの化身~!
ラディッツはねー、モサモサの髪に埋もれたら気持ち良いだろうなあって想像してたんだけど、実際はチクチクでした……。あと結構寝相悪い。朝起きたら部屋の角っこでヤムチャみたいな寝方してたり、寝てる時に舞空術しちゃったのか天井に刺さってたりするんだよね。抱き枕としてはまあ、頭撫でてくれたりするし、ぎり及第点かな~。
ターレスはどこでも眠れる特技があるらしくて、寝相はすっごく良いんだけど、全然構ってくれないんだよね。せっかく私が話しかけたり背中を弄ったりしても、寝る時間なんだから寝る事に集中しろって怒るし、腕枕もしてくれない。ラディッツはやってくれるのにね~。
スキンシップもすっごく拒否されるの。サイヤ人らしい一匹オオカミ。ワイルドだなー。これが男ってもんだぜ。
でもこっちに目もくれないままなんにも言わずに頭ぽんってしてくれるの好き。
聞いてるか~? 昔の私~。こういうのがきっとモテるんだぞー。
あ、でもねでもね、モテても誰とも付き合っちゃだめだよ。ターレスは私のものなので、結婚とかしちゃだめなのです。ラディッツもウィローちゃんもだめー。
ずっと私と暮らすんだよ。死ぬまで……はー、あれか。生き返っても死ぬまで一緒ね。
あはっ、まず死なせないけどね。そのために私、頑張って強くなってるんだから。
だけど修行のし過ぎは厳禁。悟空さんだって言ってた。あんまりやりすぎてもただ辛いだけだ、って。
でも仙豆があるとなー、よくわかんないんだよな。こないだは結構体ぐちゃぐちゃになっちゃったけど、仙豆食べれば一発で回復したし、そうすると元気になりすぎて修行した感めっちゃ薄れるんだよね。
仙豆使わない程度にやるかー、と趣向を変えて、痛みに耐える訓練とかしてみたよなー。爪剥がしたりとか。あれ痛すぎてやばいから二度とやんない。あんまり痛いから腕切っちゃった。もっと痛かったけど、ピッコロヴォイスで乗り切った。ふっ、私にもナメック星人の血が流れてるんでね……。とかねとかね!
仙豆食べたらにゅって腕生えた。びびった。そして残ってた腕発見されてウィローちゃんにちょー怒られた。軽率に自傷するな、それは修行じゃない、って。そっかなー。ウィローちゃんはやったことないからわかんないかもだけど、修行は体をイジメるものなんだよ。ダンスとかの特訓と同じ感じ。
日々の積み重ねが、未来を創るんだよー。
誰かを守りたいって思いが強いナシコを形作るのだ。へへー、カッコいいっしょ?
みんなの大好きのために。みんなの幸せのために。みんなの笑顔のために。
戦士ナシコは、これからやってくる悪い奴らを、ばったばったと薙ぎ倒していくのだ!
もちろん、悟空さんに任せられるなら任せるけどね。
本業はアイドルだからね。私にしかできない事もあるからー……みたいな、ね?
「まったく……抱かれて眠られるこっちの身にもなってほしいぞ?」
ぶすーっと不満顔な彼女のご機嫌を取るため、円の動作で頬同士を擦り合わせる。嫌がって離れようとするウィローちゃんの体を抱き直して、逃がさないようにする。
ふふーん、ウィローちゃんは力じゃ私に敵わないんだよ? 大人しく抱き枕にされててね~。
「ぬぐぐ……こ、この世で最も強いハズの肉体がなんというありさまだ……!」
「んふふ~。ちゅ……はむはむ」
「ほあああ!?」
ほっぺに唇を当てると心頭滅却し始めるウィローちゃんの仏頂面を崩すため、耳たぶを唇で挟む。
おお。すっごい反応。体中ぐにぐにぐにって動かして上空へ逃げ出したウィローちゃんは、耳を押さえてはーはーと荒い息。ヤだった? ごめんね。
「い、イヤではない、ないが、いきなりはやめろ!」
「ウィローちゃんの耳たぶ、マシュマロみたいだった」
「感想を言うんじゃない!!」
真っ赤になって怒鳴るウィローちゃん、かわいい。
そんな感じで朝の支度を進めていく。朝から賑やかなのがうちのいいところ。
周囲には人も住んでないから、存分に大きな声が出せるのだ。
実際大声出すとゲンコツ落とされるからやんないけど。
空間割れるか試してただけなのにー。
「今日の予定は11時からヤバイデパートで雑誌のサイン会だ」
それ以外の予定はないんだからシャキッとしろ、なんて意味が含まれてそうな声。
私の追加ハグを警戒してミリ単位で後退しながら降りてくるウィローちゃんに、「帰れるの何時?」って聞けば、
「20時くらい」
「わあーん! 休日がぁー! 休日そのものがぁー!」
ほらやっぱり! サイン会だけじゃなくて事務所にまで赴いて、面倒なあれとか苦手なそれとかしなくちゃならないんだ!
「前に休んだツケが回ってきているのだ」
「休んだ私のばかばかばか……タイムマシンで過去に戻ってお説教したい!」
「なんだそれは……」
呆れるウィローちゃんにお世話されつつ朝ご飯食べに行って、歯磨きー洗顔ーとずぼらにこなしていく。
子供だと自分でお化粧する機会あんまりないから気が楽だ。
あ、でも一応ね、大人には大人の魅力もあるもんだよ。
寝る時ウィローちゃんをすっぽり抱き締めて眠れる、とか。ウィローちゃんめっちゃ嫌がるけどね。
ラディッツもターレスも抱き枕にする時は大人ナシコ禁止令が出ている。
万が一が起こったら冗談では済まないとかなんとか。
サイヤ人が相手で間違いなんか起こる訳ないのにねー。それに二人とも家族みたいなもんだし、ウィローちゃんは心配しすぎ!
無防備すぎるって言われたけど、どっちかというと私はガードが堅い方だと思います。だって元々男だしね、男の人が何考えてるのかくらいわかるよ。回避よゆー。あ、よゆーっ!
ふふんと得意げにしてみせれば、ウィローちゃんはじとーっと半目。
その眼差し、癖になりそうだからやめてよー!
「じゃあ聞くがな」
「はい」
おっと、なになに? 質問タイム?
いいよ、どんと来い! どんな質問も返してあげよう!
「とんでもないイケメンにちやほやされて抗えるか」
「えっ、そ、そりゃ当然でしょ?」
ほわほわっと想像してみる。
豪華な椅子に体を沈めたナシコ。その周囲に侍らせたイケメンたち。
手取り足取り優しくしてもらって、いっぱい褒めてもらったり、スイーツ持って来てもらったり。
…………なかなか魅力的ではあるけれど、あいにく現実の男がそんな生易しくないとわかってるので断固拒否。
ウィローちゃんみたいにかわいい子に囲まれたら一発撃沈かもだけど~。
「そういう目で見られてなくても?」
「そ、それはそうだよ!」
ちやほやにあるのが尊敬や純粋な好意だけだったら?
だだ、だいじょうぶ、あの、それは結構心地よさそうだけどっ、回避できますから!
スキャンダルになるような要因は日頃からめっちゃ警戒してるからね、私!
「孫悟空が相手だと?」
「無理っしょ」
ぺちん、と突っ込むようにほっぺたを叩かれた。いたーい。
いや、でもでも、あの、悟空さんがそんなことする訳ないし!
つまりは私は無敵ってワケ!
もしも万が一私が不注意でスキャンダラスな何かに巻き込まれようとしても、ウィローちゃんが気を回して防いでくれる事もあるしねー。……わりと頼りにしてまーす。
「やはり孫悟空とはこの世で最も危険な男か……」
「ふふ、そりゃまあ、一番強いしね?」
剣呑な雰囲気で何か考え込む様子のウィローちゃんに、なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。
彼女も孫悟空こそがこの世界で最強の存在だと認識しているんだってわかるから、我が事のように嬉しくなっちゃうのは仕方ないよね。
悟空さんばんざーい! ……っとと、これは本人に気味悪がられたムーヴだ、やめとこ。
でも好きって気持ちは止まらないので、吐息として放出しておく。
「出発だ」
「うぁーい」
「……シャキッとせんか」
あーあ、お休みの日にお仕事やだなあ。ファンのみんなと触れ合うのは結構好きなんだけど。
うにょーんとなりながら出動し、ラディッツに車を出してもらって都に到着。
イン・デパートして従業員や関係者のみなさんにご挨拶。
「ああーっここで働いててよかったぁー!」
「ほんとよねぇもう! ナシコちゃんたら可愛いわぁ食べちゃいたいわぁ」
「ウィローちゃんは賢いなぁ。それに力持ちだ。すっごーい!」
「あらやだ手を繋いでたのね、そういうのちょうだいもっとちょうだい」
ふふん、やっぱりみんなナシコとウィローちゃんが大好きなんだね!
賞賛と好意がきっもちいいぜぇ~~。
なお人見知りと口下手を発揮した私は子供モードでウィローちゃんの背中に隠れている模様。
対応はぜーんぶウィローちゃん任せ。ふいー、大助かりだよぉー。
最初の頃は、自分で応対しないのは失礼だーって私の人見知りを直そうとあの手この手を尽くしていたウィローちゃんも、今や完全に諦めている。
本来優し気であほあほで天真爛漫なはずのその横顔は──だって元となった伝説のアイドルがそんな感じなんだもん──凛々しくて、大人びていて、すっごくかっこいい!
私のファンはどっちかというと……あの、どっちかというと、だけどね? 男性の方が多くて。
でもウィローちゃんって女性ファン多いんだよねー。今も店員さんの若い女の子とお話して、相手の子を照れさせている。あれがタラシって奴ですぜ、旦那。
あーあ、タニシさんからは関係者でも頼まれたからって過度な接触はしないようにって注意されてたのに、握手を求められて応じてる。
大人しそうな店員さんは、握ってもらった手を大事そうに胸に抱えて、ぴゃっと向こうの方へ逃げて行ってしまった。
「む、なんだナシコよ」
「んー? 時間までまだあるしさー、お話してようよ」
そうっと背後から近づいて、左腕に抱き着いて囁きかける。
周りできゃあっと黄色い悲鳴。やっぱりナシウィなんだよなあ、だって。
そそ。ウィローちゃんは私のものなの。勝手に手を出すな! だよ!
「まだ店長への挨拶があるんだ。大人しくしていろ」
「うう、いじわる……」
なんと袖にされてしまった。
しっしと追い払われるのに涙目になりつつ退散する。
ウィローちゃんは毛むくじゃらな狼人間の店長さんとお話を始めて、私は蚊帳の外。
酷いよ~寂しぃよぉ~もー。どんな時でも私最優先にしてよ~……。
「あのっ」
「はぃ……?」
小さく床を蹴りつけて不貞腐れてたら声をかけられたので、大焦りな内心を隠して振り返る。
といっても相手の言う事はわかってる。接触を求めてくるか、サインをお願いしてくるかだろう。
あいにくタニシさんに禁止されてるので駄目なんだけどね。残念だけど……うう、好意的にしてくれる人にお断りの言葉いうの、すっごく苦手なんだよね……それでもちゃんとはっきり伝えてあげなくちゃいけない。自分のためにも、相手のためにも。
「ささ、サインをお願いできないでしょうかっ」
そう言って色紙を差し出してきたのは、黒髪ロングに黒目のちっちゃい女の子だった。
小さいとは言っても私よりずっと大きいんだけど、店員さん達の平均身長を大きく下回ってるし、胸もおっきい。
でもあの。
わりかし美少女で。
けっこー好みな感じで。
「ありがとうございますっ! 宝物にします!」
「どうもねー」
大袈裟にお辞儀して、色紙を胸に抱えて去っていく店員さんを見送って、溜め息をつく。
天下無敵のアイドルナシコも、可愛さには勝てないのだ……。
最近人気を伸ばすアイドルさんとか、対抗心燃やして見に行ってファンになっちゃうこと多いし……。
うんうん、アイドルの世界は推しつ推されつだよ。
◆
現在の時刻は13時ちょい。サイン会開始から2時間経過である。
私とウィローちゃんは、この日の為に整理されて広々とした階で、少し間隔をあけて、白い布で覆われた机の前にかけていた。
格好は白い制服みたいなアイドル衣装!
ノースリーブで丈が短い、肩出しへそ出しのちょっち恥ずかしい格好なのだ。女子児童の学帽みたいな真っ白いのも頭に乗せて、ファンのみんなにサービス。
こういう場で肌の露出が多くなるのは遠慮したいんだけど、みんな喜ぶからね……私の羞恥心なんかよりみんなの笑顔を優先するよ……。
お仕事はこないだ撮った水着の写真の載った本にサインをいれることと、少しの間来てくれた方とお話すること。
写真集を購入してくれて、応募してくれた方々から抽選で選ばれた200名の人達が何列かにわかれて、私とウィローちゃんの前に並んでいる。
一人あたり1分30秒。30秒でサインして、1分間お話の時間。
時間がきたらタニシさんや係の人が促してくれる。
えー、だいぶん進んできたと思います……。残り何人かな。
……あれ、列全然減ってないんですけど……100人くらいはもうやったと思うんだけど?
だってあの、1人1分半で、10人だと13分で、100人だと130分、約2時間でしょ?
多少のズレがあったとしても、もう私もウィローちゃんも合わせて200名捌き切ってるはずなんだけど……まだまだいるぞ?
「おたんおたお誕生日おめおめでとうございました!」
「ました? ふふ、ありがとー」
「yes! それそれではそれでは!」
マスクにサングラスの獣っ子がぼそぼそっとお祝いしてくれるのに、手を振って見送る。
お誕生日、私には存在しないから、みんな好きなタイミングで祝ってくれるんだよね。
事務所には365日プレゼントが届いている。中には毎日お祝いしてくれるファンの方も。
結構申し訳ないし、そろそろ誕生日決めよっかなーなんて。……今さらすぎるかなぁ。
ぞろぞろと列をなす脇を抜けていったその子の背中を見送って、ふぅ、次の方。
上品そうな年配の女性でちょっとびっくりしたけれど、しっかり笑顔で対応。
キュキュ、キュッと写真集の表紙にナシコのサインをいれて、お返しする。
「はぃ、どうぞ……」
「ありがとう」
にこにこした貴婦人に、多少は緊張が和らぐ。
でも口下手を発揮しちゃうのに変わりはない。泣き言は言ってられないから、気合いを入れて短期決戦モードに移行する。
すなわち、『1分だけアイドルモード』大作戦!!
「最近息子が結婚しましてねぇ」
「おめでとうございます。おいくつなんですか?」
「37になります。お相手は、これがお若くて22歳!」
「わあっ、年の差婚ですね!」
始終落ち着いた物腰で話す彼女に、後ろに控えていた係員さんが「時間です」と退出を促す。
「ナシコちゃんと話せて感激しましたわ。頑張ってね?」
「応援ありがとうございますっ。せいいっぱいがんばります!」
元気に答えて、アイドルモード終了。メリハリつけてかなきゃ体力もたないよ~。
小さく手を振りつつ去っていく貴婦人には癒されたけど、精神的疲労は積み重なるばかり。
おてても疲れてきたし……うう、あと何人くらいかなあ。
ふぅ、お水のも。
テーブル脇のペットボトルに手を伸ばし、キャップを外して口をつける。
喉がこくんこくんって動くのがわかる。自覚無かったけど、喋り通しで乾いてたみたい?
たくさんの人に見られてるのを意識して、みっともなくならないように慎重に、でも自然な動作になるよう口を離す。
んっ……ちょっと飲み口に唇が吸い付いちゃった。ちゅぽんって感じ。恥ずかしー……!
ぐええ、うひー、あうう。
「映画のウィローちゃん可愛かったです!!」
「そう? 良かったらBDで見返してみて。未公開映像もあるから」
「ぜっったい見ます!! 買います!!」
横目でウィローちゃんを窺えば、涼しい顔で販促までしていた。
あー、私はそういうお勧めするのできてないや。余裕ないもん。
列の方を確認すれば、残り100人くらいっぽかった。
……これはー、あれだね。私、2人合わせて200人だと思ってたけど、私とウィローちゃんで200人ずつってことだったんだね……。
これくらいの大人数は久し振りだなー。雑誌……水着の写真集は不定期で出してるんだけど、前に出したのが半年か7、8ヶ月くらい前だったかなー。あんまり私、水着着るのも撮られるのも好きじゃないから、そっち系はあんまり出さない。
写真集とかでサイン会開くのはもう毎回のこと。今回ウィローちゃんは初参加だね。水着写真集も初。私が嫌がってるのもあるから、同じユニットのウィローちゃんもとばっちりで撮影できなかったのだ。
なんとなくウィローちゃんも嫌なんじゃないかなーって思ってたけど、水着とか全然平気だったようで。
私だけかー、嫌がってるの。
それで、なんだったかな。忘れちゃった。
……あ、そだそだ、こうやってたくさん人が集まるの久し振りなの、前に私がファンみんな呼んじゃえーって勢いで押し通した時は500人くらい来たんだけど(私は1000人でも2000人でもどんと来いって調子乗ってた)、めちゃくちゃ時間かかって、途中でおトイレ行きたくなったのに時間が押してるから席外せないし、アイドルモード維持できなくなって後半涙目だったしで散々だった。
以来、100人とか50人とか、30人くらいの適切な人数を呼ぶようにタニシさんが調整してくれてたんだけど、2年前にコミュ力つよつよのウィローちゃんが加入して、今回の増員に至ったのだろう。
あれかな。ウィローちゃん単独の雑誌の時はもっと呼んでたのかな。
……処理能力完全に違うもんねー……。すごいテキパキこなしてるよ。かっこいー……。
でもはにかんだ顔は幼くて、とっても優し気で、元気っ娘って感じで……。
──ちゃん……! ナシコちゃん、来てますよ!
「へっぇう!?」
「どこを見ている。オレの番だ」
「あ、はい! ごめんなさい!」
「いや……ではここに頼む」
「ぅあ、はぃっ、」
係の人に声かけられて、慌てて次の方から写真集を受け取る。
焦燥感に突き動かされるばかりでアイドルモードに入れなかった。
そのせいで呼吸も安定しなくって、背を丸めて雑誌に顔を近づけて、至近距離でサインをいれていく。
「ぁのっ、ど、どぅぞ……」
それを、あんまり顔を上げないままそうっと返した。
狭い視界に衣服と肌が見える。ベストらしき丈の短い布に、私の姿。わ、結構昔に服屋さんとコラボした時の奴だ……あと、腹筋ばっきばきだね……。
よく見ればベルトから吊り下がるチェーンだと思ってたの、私とウィローちゃんの缶バッチを繋げてあるやつで、ガチな人だーって感想を抱いた。こんなに好いてくれてる人に失礼な態度とっちゃった。反省……。
「街頭のテレビでお前を知った。その後にライブに足を運び、お前の笑顔に心を掴まれた」
「ぅ、はぃ……ぁりがと、ござ……」
お声から判断するに、結構年のいった人、なのかな? でも芯があってよく通る声。私の普段のふにゃふにゃボイスとは大違い。
でも言葉遣いがぶっきらぼうというか、対応に困る感じのやつだ。威圧的なの苦手なの……アイドルモードなら笑顔で乗り切れるけど、今ちょっと、表情引き攣ってるのわかっちゃう……。
「映画『銀幕の少女』は良かったぞ。この写真集も驚く程興味を引かれた」
「そ、あう……」
「楽曲はお前の『だっておひめさまだもん!』、そして500号の『Hopping Highest』が特に胸を打った」
「ぁり、ありが、」
ああ、どうしよう。矢継ぎ早に話すから、お返事が追いつかないよ~!
ウィローちゃんの500号って呼称、彼女のデビュー当初のラジオでちょこっと言ったくらいだけだったんだけど、良く知ってるなあ。
「……っ」
目の前に差し出された手に吐息が漏れる。
シェイクハンドを求められてる。あのっ、でも、接触は厳禁なんですよ、ね……。
っていうのを伝えなくちゃ、なんだけど。今の状態じゃ言葉を発するのも難しい。
係員さんが代わりに注意してくれないかなって他力本願になりながらも、一応自力でも対処しようとして顔を上げる。
と、目の前に手の平が広がった。
何も言うな、って感じ。ああー、なるほど。あわよくば握手出来たらいいなーって思ったのかな? でも駄目なのはわかってるから皆まで言うな、みたいな。お話しできる時間限られてるからね。
でも行動力凄いなー……ちょっと尊敬しちゃう。
「ルックス、パフォーマンス、パワー……どれをとっても素晴らしい。我々が虜にされてしまったのは想定外だったが……完全にファンになった。お前にはときめかされたぞ」
わわわ、褒め殺し? は、恥ずかし~……ナシコはかわいいから、好きになるのは当然だとは思うけど、面と向かってはっきり言われると照れちゃうよぅ。
う、赤面しちゃってるのが自分でもわかる。普段のナシコはそういう耐性も全くないのです……。ぇへぇへってへにゃふにゃ笑顔になっちゃうし、お顔あっつくなっちゃうの~!
「だが死ね」
「へ?」
赤い光が目を焼く。
目の前で広がるものには、なんにも感じられるものがなくって。
「ナシコッ!!」
「はぇ」
ぶつかってきたウィローちゃんに床に押し倒されて、直後に光の玉が飛んでいった。
音が消える。
向こうの壁にぶつかった光が膨れ上がり、私達の姿が印刷された垂れ幕が燃えて切れていく。
直後に爆発した。
「きゃああ!」
「うわああ!!」
巻き起こる突風に紛れてたくさんの悲鳴が合って、瓦礫や何かが飛散してくるのに、私に被さるウィローちゃんがドカンと揺れた。大き目の瓦礫がその背中にぶつかったのだ。
「だ、大丈夫!?」
「無論だ……が、くっ」
火災報知機のけたたましいベルの音が鳴り響く。
スプリンクラーが作動して冷たい水が降り注いでくるのに、ウィローちゃん髪が濡れて、水滴が伝った。
無理矢理ぎみに抱き起こされて、勢い余ってウィローちゃんに寄りかかる。
「警告するぞ、人造人間500号……オレ達はナシコのみを目的として他は害しはしない……だが邪魔をするなら別だ。貴様も破壊することになるぞ」
もうもうと巻き起こる埃の中に、三対の光が浮かぶ。
その中心に立つ人物が、私達へ指を差し向けていた。
「妙だ……奴の気を感知できんっ」
言いながら私を引っ張り、抱いたまま急速後退し始めるウィローちゃんに、されるがままになる。
頭の中ごちゃごちゃ。あの人、私のファン……だよね?
壁の向こうに見切れていくその姿を、どこかぼうっと眺める。
「逃がしはせん」
「……!」
「ふひ……!」
壁に開いた穴から薄暗い駐車場へと出る。この階と隣接した巨大な立体駐車場。
その際、床に投げだされた係員の人に、ようやっと意識が切り替わった。
他は害さないとか言っといて、怪我人出してるじゃん……許せない!
顔を上げればようやく3人の姿をはっきりと見る事が出来た。
そうすれば正体なんてすぐわかる。でも、なんでこのタイミングで現れたのかはさっぱりわからなかった。
「あれっ人造人間だよ!」
「なに!?」
赤青緑の光弾が連射されて、それをかくかくとした動きで避けるウィローちゃん。重力に引っ張られる髪に目を細めながら報告する。
「そいつらとやらは、3年後に現れるのではなかったのか! それも2体じゃなく3体いるぞ!?」
「わかんない! でもあれは違うやつ! 13号とかそいつらだよっ!」
「ほう? オレ達を知っているのか」
間近でウィローちゃんの計測音が鳴り続けている。その間も柱を、車を障害物に使って3体の追跡を逃れ、なんとか外へと向かっていく。
雨あられと降り注ぐ光弾が巻き起こす埃の煙と乱立する瓦礫。蛇行飛翔でその間を抜けて、壁の方へ。私を抱くウィローちゃんの手に力が入る。
「目をつぶれ!」
「うんっ」
コンクリートを突き破り、私達は日の下へと飛び出した。
5階の高さ。そこでようやくウィローちゃんから離れて、自分で浮かぶ。
「……、ナシコ、こいつらはお前にとって大した相手ではなさそうだ」
「そうなの……?」
目の前にやってきて横並びに浮かぶ三人の男に、左の頬に手を当てて計測を続けていたウィローちゃんが囁きかけてくる。
ここら辺の戦闘力は公式では出てないからわかんなくて不安だったけど、ウィローちゃんが言うなら……え、ウィローちゃん人造人間の戦闘力計測できるの!?
「左右が1億7000万、真ん中の男が1億8000万……潜在パワーの計測に失敗した。……存在しないのか?」
「たぶん上下はしないんだと思う」
バッと上着と帽子を脱ぎ捨てた13号が、代わりのように通常のベストを羽織るのを注視しながら、推測だけど、と付け加える。気のコントロールはそうできないんじゃないかな。わかんないけど。
でもウィローちゃんのパワーレーダーって相手が戦闘力抑えててもきっちり最大戦闘力割り出すし、信頼していいと思う。
「どうやらわたしは足手纏いのようだ……任せられるか?」
「うん。2億以下ならいけそう。でも念のためみんな呼んでくれると助かるかな……」
「もちろん、すぐに呼ぶ。だがその前にデパートに戻って怪我人がいないか見てくる。……気を付けるのだぞ」
目線を交わし、頷き合う。
光を纏って彼らの頭上を通り抜けたウィローちゃんに、攻撃や何かはなかった。
それは先の発言からうかがえていた。この人造人間達の目的は、あくまで私なんだろう。
……いや、悟空さん狙わないのかーい! って混乱しちゃうんだけど……え、なんで私?
「話は終わったようだな」
「うん、でもここじゃ戦えないよ。場所、変えてもいい?」
「……なるほど? やけにハキハキと話すな。"アイドルモード"とは違うようだが……いいだろう。死に場所くらいは選ばせてやる」
むむっ、そ、それならいいんだけどー……そういやこいつら、私のファンとしてサイン会に参加してたんだよね……なんだったんだろ……なんか複雑な気分だよ。
「よしっ、ついて来いっ!」
ともあれ、一般人に被害が出ないようにできるならそれに越したことはない。
誰もいない北の氷河地帯──なんとなく頭の中に浮かんだパンツの助言に従って、気を纏ってその方面へと飛び出した。
人造人間達は、不気味な笑みを浮かべて私の後を追って来た……。
TIPS
・腕生えた
生えるか!!
種族柄超再生するのでもなければ、新しく皮が張ってそれで完治扱いになると思われる
・ウィローちゃん
ファンにも格好良い女の子として認識されている
しかしふと見せる天然感のある笑顔なども人気が高い
実は結構水着姿を恥ずかしがっている
・ナシコ
真面目にお仕事に励む人気アイドル。今回は始終子供の姿での登場だ
13号には一般人に対して発揮する人見知りと悪人に対して発揮する余裕をどちらも見せたことになる。わりと貴重なのではないだろうか
トランクスもいないのに13号らが出現するなどとは夢にも思っていなかった
・お水民
密かにいるファン
ラジオ、SNSでの突発的かつ個人的な配信、そしてこういったイベントなどで
ナシコがお水を飲むその姿や音に惚れこんでいるらしい
なおウィローは水分補給を滅多にしないのでそちらの方がレア度は高いのだとか
・クソザコナシコすこすこマン
たまにナシコが発揮する人見知りは、実はかなり貴重な姿
アイドルとして頑張っているのであんまり情けない姿はメディアなどには露出していないのだ
それを目撃できたファンこそが真の英雄……なんだとか