トランクスとめっちゃ気まずくなった。
というか嫌われたっぽい。泣きそう。
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セルという危険生命体の話を聞き、研究所の破壊を拒む事無く承諾してくれた21号は、ここにあんまり良い思い出がないのだとか。
17号18号も元より。16号は、自然を破壊しなければ構わないとの事。
それでみんなでここを壊す事にしたのだけど、なんか大事なデータだとかグッズだとかがあるらしくて、まずはそれを運び出したいみたい。
自分のCDやらポスターやらが山と運ばれていくのはまあ、別になんも思わなかったんだけど、販売してないはずの抱き枕やらでっかいフィギュアやらが出てくると恥ずかしくなってしまって、逃げ出すように外に出ちゃった。
そこへ足早にトランクスがやってきたんだ。
「あの……あなたに一つ聞きたい事があります」
「ん? いいよいいよ、なぁに? セルのこと?」
軽い調子で答えた私だけど、いやまあ、その声の調子とか表情とかであんまり良い内容じゃないのはわかっていた。人の表情窺うのは得意なの……。
それで、その内容が「あなたが孫悟空さんではないと聞きました」なんだもの。
ああー、そういや彼にはそれで通してたっけって、そこで思い出したもん、私。
完全にノリでやってた事だから忘れてた。普通に接しちゃってたよ。
どうりで、やけに庇ってくれるなーとは思ってたんだ。
「絶対にやらせはしない!」とかさ、これは私に惚れちまったのか~~? かー、モテる女はつらい!! って調子乗ってたのに、実際は悟空さんだと思ってたからだったとは。
そりゃ悟空さん抹殺を掲げる人造人間に挟まれてる私って絶体絶命に見えたよね。一人だけ緊張感違うなーとは思ってたんだけど……そかそか、そういう訳だったのか。
真実を知り、たいそう戸惑ったトランクスは、それでも律儀に真実を確認しに来てくれたという訳だ。
……あれ? これってかなり、あの……私って酷い奴なのでは?
「うん……まあ、そう、だよ?」
「……なぜ、そんな無駄な嘘を……! どうしてオレを騙したりなんかしたんだ!」
うわ。
割と凄い剣幕で詰め寄られるのに仰け反る。
そ、そんな怒ること? たしかに惑わせちゃったとは思うけど……だ、だって、だってさあ。
「か、母さんの言っていた事は正しかった……騙されていただなんて……!」
「あ、未来の……」
「なんでなんだ? あんな嘘をつく必要はなかったじゃないか。どうして!」
「ひゃっ」
片膝をついて私の両肩に手をおいたトランクスが間近で怒鳴る。
怒気も語気も強い。ほんとに怒ってるんだ……。
どうしてそんなにまで感情を昂らせているのかは、なんとなくわかった。この時代の人造人間の未来との差異や、歴史の違いに普段とは違う状態になっているのだろう。彼とは付き合いなんてあってないようなものだけど、性格を考えると、こんな風に食って掛かるような事は早々ないはずだってわかるもの。
つまりは、よっぽど惑わせちゃったってわけで。
きっとちょっとやそっとじゃ許して貰えないのだろう。
「っ……」
鋭い目つきに見据えられて、言い訳は許さないぞとばかりに肩に食い込む爪に吐息する。
目を合わせていられなくて、叱られる子供みたいに逸らしてしまった。
一から十まで悪いのは私だけど、だからってこんな風に怒ることないじゃん……良かれと思ってやっただけだよ? 私。トランクスだって安心して帰ってったじゃん!
たしかに軽率だったと思う。必要のない嘘だったかもしれない。
でも私はっ……私にできることを、その時やろうって思った精一杯をやっただけ……!
「う、うう……」
咎められる事をしたつもりはないのに、不意にこんなことをされてツンと鼻の奥が痛んだ。
じわじわと込み上げる涙に視界が滲んでいく。
感情が制御できなくて、震える体に無意識にしゃくりあげてしまって。
「え……」
呆気に取られた顔をするトランクスに、身を捩って拘束から抜け出す。そのまま力任せにつき飛ばして、溢れ出した涙を拭うために目を擦る。
嗚咽が止まらない。勝手に体が跳ねて、声も抑えらんなくて。
「え、いや、な、泣かなくたって……!」
「ふぅう……っく、ひっ……ぐ」
「そ、そんなつもりじゃっ、あの、ごく、じゃなくてえーと、なし、ナシコちゃん? 違くてね、怒ってる訳じゃなくて」
「ううううっ、ふっく、ううう……!」
しりもちをついてすぐ立ち上がった彼は、一転して困り果てた顔でわたわたと手を動かした。
もう、決して触れてこようとはしない。壊れ物を扱うように繊細に接して来ようとするのに、それでも怖いのと悲しいのがなくならなくて、大粒の涙が零れ落ちる。
拭っても拭っても止まらない感情の雨。
手を濡らして、服を濡らして、地面を染めていく。
「だっでぇ、お兄ちゃんのためだっで思っで、ナシコがんばっだのにぃ……!」
「そ、そうだったんだね! それならいいんだよ、大丈夫! 怒ってないから、頼むから泣き止んでくれ……!」
「ひっく、ひっく……ほんとぉ?」
すんすんと鼻を鳴らしながらちょっとだけ下げた両手の甲の上から覗く。上目遣い。
こくこくこく! と超速で頷いたトランクスは、私を見たまま膝をつくと、ほんとだよ、と囁くように言った。
小首を傾げて、慈悲を乞うように見上げる。小さくなって、震えて、か細い声でおそるおそる尋ねる。
「ほんとに、ほんと?」
「あ、ああ。お兄ちゃんも色々戸惑うことがあってさ、それで強く言ってしまって……ごめんよ」
「ううん、だいじょぶ」
涙が止まってきたので、そうっと下ろした両手を柔く握って胸に当てる。弱々しく吐息して熱を吐き出す。
それから、ほんの少し前へ出て、体から力を抜いて前へ倒れた。
「わっ、と……あ」
「ふ、う……っ、ん……」
「えっと、ええっと……」
「ごめんなさい、おにいちゃん……」
戸惑う声を胸板越しに聞く。
その体に目元を押し当てて悲しさを吐き出せば、衣服に熱いものが染み込んでいく。
彼は躊躇いがちに私の背に手を回して、小さな動きで撫でてくれた。
そのたびに息を吐く。呼吸を整えるように、時々喉を震わせて。
「ゆるしてくれる?」
「許すとかじゃないよ。初めから怒ったりはしてないんだ。ただ、理由を聞きたかっただけで」
「じゃあ、いいの?」
「うん。もういいんだ」
そっか。じゃナシコの勝ちね。
いぇい!
なんか気まずくなりそうだったから泣いて謝る大作戦を決行し、見事成功を収めたナシコです。
トランクス、やっぱり女の子の涙には勝てない系男子だったね。
うん、ウソ泣きなんだ。すまない。これも交渉術、対人スキルの一つだと思ってくれたまえ~。
「おにいちゃん、あったかぁい……」
「そ、そうかい?」
すりすりと頭を擦りつければ、一つ息を吐いたトランクスは、もう怒りも緊張もないようで自然に私の背中をぽんぽんしてくれた。
ほら、現に仲直りできたでしょ? あんな風になって、気まずくなっちゃうのはやだもんね。
あ、でも申し訳なく思ってるのは本当だよ?
無駄に気苦労かけちゃったわけだし、私が悪いのはちゃんとわかってる。
ただ、彼との関係を悪くしたくなかったから、ずるい手段を取らせてもらった。
きっと許してくれると思ったよ。優しい人だもんね。
「ちゅっ」
「……へ?」
だからー、これはお詫びです。
両手を腰の後ろにやりながら体を離せば、彼は頬を押さえてびっくりしているみたいだった。
どう? ナシコのファーストキスだよー。といってもほっぺにだけどね。男の人にこういう事をしたのは、当然これがはじめて。最初の最初だよ。トクベツ!
「あ、ななな……!?」
「んー?」
モテそうな顔してるけど、こういうことされんのは初めてだったのかな。顔真っ赤にして初心な反応を示している。ああ、あれかな。さっきまで泣いてた私がもうケロッとしてるのに驚いてるだけかも。ごめんねー、今までだ・ま・し・て♡
でもね、あのね。きっとあなたの未来を、酷い終わりにはしないからね。
そのためだったらなんでもするから、許してね……。
とはいえ。
今の彼に、ゴクウブラックやザマスの事はもとより、魔人ブウの事を話したっていらない心労をかけるだけだ。
セルの事を知って、一刻も速くお母さんが無事か確かめたいだろう。無事なら、聞いた話を教えてあげたいはずだ。でもタイムマシンのエネルギーが貯まるまでは時間移動ができないはず。往復分、しっかり貯めてきたなら、とっくに未来へ戻ってるだろうしね。
「えっと、あの、ナシコちゃんっていくつなんだい……?」
「ぷー。レディにねんれいをきくのは、しつれーだよ!」
「あっ、そうだねごめん!」
ちょっと幼い感じで話せば、トランクスの態度はさらに軟化の一途をたどった。
根本的に子供に弱いのだろう。彼にとって子供とは守るべきもので、
そりゃ対応もあまあまになるよねー。……わかってるからこういうことしたの。我ながら、ほんとにズルい。
「お兄ちゃん」
「なんだい?」
少しカサついた大きな手を取って──まだ若いのに、苦労を窺わせる手──……それを自分のほっぺたにすりすりと擦りつけてから、首の内側に引き込む。髪の毛と首と、肩の合間のちょっとした空間。
一房とった髪の毛を手の内に握らせて、梳いて下ろすように動かせる。
三回ほどその動作を繰り返してから話しかけ、そのタイミングで手を下ろせば、心得たように、または無意識に彼は私の髪を撫で下ろす動作を引き継いだ。
「私にはね、未来の事がわかるんだよ」
「……ああ。そう、言っていたね」
祈るように手を組んで、彼の瞳を覗き込む。
人と目を合わせるのは苦手だけど──気持ちを伝えるのには、これが一番だから。
「あなたの未来は、平和になるよ」
「……」
「なるんだよ。絶対。私は知ってるから。あなたたちは平和を勝ち取る。それはもう、崩れたりなんかしない」
そうあれと願う。
私に未来を予知する力はない。
予測する事もできない。
でもそうなるかもって事は知っていて、そうなるように努力する事だってできる。
セルは倒す。
完全体にはさせない。街の人達を、一人たりとも吸収させはしない。
ストーリーを追うのは、もういい。私だってこの世界に生きる一人の人間だから。
足りない力は私で補う。必要とされるなら、いくらでも力を貸す。
「……ね?」
だから、心配しないで。
心穏やかに過ごせるように……微笑んであげるから。
「ありがとう」
気苦労をかけたくないって、安心させてあげたいって気持ちが通じたのだろう。トランクスは穏やかに笑った。
それでも不安は尽きないだろうけど……この時代にいる間は、少しでもそれを軽減できる緩衝材になれたらな、って思う。
私は、最初っからそのつもりだったよ。悟空さんの真似っこをしたのも、嘘泣きしたのも、トランクスを想って……なんて、言い訳みたいになっちゃったけど。
「オレはこれから本当の孫悟空さんに会いに行きます」
表情を引き締めて立ち上がったトランクスは、岩山の下に広がる森林のその向こうを見据えて、そう言った。
「人造人間の目的が彼である以上、力を合わせて立ち向かうのが一番だと思うんです」
それは誰に向けた言葉なのだろうか。
私に話しかけているにしては、また敬語に戻っている。
……私の精神性が大人なのは承知しているのかも。さっき、子供の振る舞いをしたのも。
「ねぇ、やっぱりあの子も連れて行こうよぉ17号」
「わがままを言うなよ18号。オレ達は普通の人間とは違うんだ。付き合わせちゃ悪い」
研究所の方から三人の人造人間が出てきた。17号18号と、むっつりと口を噤む16号。
トランクスが振り返って身構える。先程お茶しながら会話したのが影響してか、剣を抜こうとしたり、拳を構えたりはしなかったけど、緊張してしまうみたい。
「トランクス、だったな。一応別れの挨拶はしておこうと思ってな」
「……」
気さくに話しかけてくる17号とトランクスが対峙する。
その横から離れて私の方へ歩み寄ってきた18号が、腰を屈めて、横髪を耳にかけながら私に笑いかけてきた。おいでー、と誘うその姿は、さながらネコか何かを相手にしているみたい。なんか妙に好感度高いな……私なんかやったっけかな……。
「これからオレ達は孫悟空を倒しに行く。何日かかるかはわからんが、その時お前は障害になるんだろ? それなら今戦うのも同じだと思ってな」
「……」
「どうする? 今ここでオレ達と戦うか……それとも素直にさよならといくか」
挑発、なんだろうか。
17号は、やはりというかゲーム感覚でいるみたいで、ここで一戦交えるも交えないもどっちでもいいみたいに思っているらしい。
さっきも言ってたしなー、「イレギュラーな敵が増えてますます面白くなりそうだ」、って。
トランクスは悩んでいるみたい。
みんなで戦えば倒せるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただでさえ彼の知っている人造人間以外に2人も増えているのだから、躊躇いは強いだろう。
「……いや」
「そうか。ならまたいつか会おう。じゃあな……ほら18号、行くぞ」
「ええ? 本当に置いてっちゃうのかい? なーんだ……残念」
結局トランクスは、ここでやり合うのはやめたみたい。
見上げれば、ちらっと私を見た彼が、ひとまず悟空さんと合流すべきだと思った事を教えてくれた。
……うん、そうしてくれると私としても助かるかな。
だってこの場で戦ったら私が勝っちゃうし。
もし21号がまだ何かパワーアップの手段を残していたとしても、ぶっちゃけどうとでもなるんだよね。
私の気を使ってブーストするなら力を返してもらうだけだし、別の手段なら全力で事に当たればいいだけ。
奥の手があるのはこっちも同じ。
……できれば、戦いたくないんだけどね。
それはこいつらがあんまり悪い奴らじゃないのもそうなんだけど……きっと悟空さん、もっとちゃんと戦いたいだろうから。私が手を出すのは違うよ。
私の相手はセルだけだ。あいつはさすがに話し合いが通用するような相手ではないと思うから。
「みんな、裏手に車を回しましたので、こっちへ来てくださーい」
「おっと、21号がお呼びだ。よし……ゲームの始まりだ。腕が鳴るな」
「はぁ。付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだね。ねえ16号?」
「……」
ひょっこり顔を出した21号が3人を呼ぶ。
私もそれについていく事にした。ああ、向かう場所は違う。まだ中にいるウィローちゃんに用があるのだ。
セルへの対策は、私一人じゃ手が追いつかないからね。彼女の瞬間移動が重要なのだ。
◆
「悟空さ! 暴れるでねぇ!!」
「ごぼぼっ、も、もう薬はいいって! ちげぇってば! ごぼぼっ」
悟空さんちに赴くと、チチさんが暴虐の限りを尽くしていた。
悟飯ちゃんに中に通された私やトランクスは、ベッドにてチチさんに馬乗りになられて次々と薬を飲まされる悟空さんを目撃した。
「びょぼっびょ、病気じゃねぇったら!」
「わっかんねぇべ! 万が一ってもんがあるだろ!?」
あの時、21号の前で胸を押さえてくずおれた彼は、心臓病を発症してしまったように見えた。
でも実際はなんかよくわかんない技で行動不能になってしまっていただけなんだって。
そう説明してくれた悟飯ちゃんも、チチさんの暴走は止められなかったみたい。
「え、あ、あの……」
トランクスもびっくりしている。いや、これはあれかな……チチさんが子供なのにお目目まんまるにしてんのかな……。
ううん、私の願いの影響か知らないけど、チチさん、小さくなってからちっとも成長してないんだよね。最高。もとい、申し訳ないです。素晴らしい。いや困った困っただよね。
「み、見てねぇで止めてくれっ! もう飲みたくねぇんだ!」
「わがまま言うでねぇ! ほら悟飯ちゃんもぼけっとしてねぇで手伝ってけろ! ナシコもだ!」
……この状況、めっちゃ薬増やして届けた私にも原因がありそうなんだけど。
……私は悪くねぇ、そう主張したいですね。
そう思いつつも、チチさんには逆らえないのでえっちらおっちら悟空さんを押さえつけにかかる私であった。
ほらトランクスも手伝って! 共犯になろう! 地獄の底まで付き合ってね……。
しばらくして復活した悟空さんは、不満そうにしてはいたけど怒ってはいなかった。
……悪い事しちゃったので顔見れなかったんだけどね。
TIPS
・フィギュア
1/1スケールナシコ&ウィロー(水着ver)
1/6スケールナシコ(リボンver)
・抱き枕
明らかにイラストがいかがわしい
自作だろうと思われる
・研究所
この後破壊されたんだよね……
なお緊急停止コントローラーなども一緒に破壊された模様
・特効薬
まだある