TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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第五十八話 先の先の先

 

 

「ぐははは!! ぐははははは!!!」

「ぎっ! くっ、チキショ……!!」

 

 水面から遠く離れた空で伝説のサイヤ人とターレスが交戦している。

 いや、戦いなんて呼べるレベルじゃない。その力を暴れさせているブロリーの攻撃を必死に捌いているだけだ。掠るたびにターレスはその身に纏う気を溢れさせ、反発させてなんとかやり過ごしてるけど……消耗が激しすぎる。

 

「貴様!」

「フフ!! ぐははあ!!」

 

 飛び掛かったラディッツが振り返りざまに薙ぎ払われた。文字通り弾け跳ぶようにして崖壁にぶつかると、たちまちに変身が解けて落ちて行ってしまう。

 

「ウィローちゃん!」

「ああ!」

 

 腰に備えた袋から仙豆を取り出して彼女に握らせ、落ち行くラディッツの真横に瞬間移動するのを見送り、心苦しいけどブロリーはターレスに任せて、ここを離れる。

 紅い気を噴出させて空を飛び、開いた穴から研究室へ戻れば、うつ伏せに倒れ伏すパラガスがいた。

 

「パラガスさん!」

「う、ぐ……」

 

 駆け寄りざまに床に転がっていた制御装置を拾い、彼を助け起こす。

 握らせた機械を薄く開いた目で見たパラガスは、私の腕を振り払って壁の穴まで歩いて行った。

 

「……ふ、はぁははははぁは!!」

 

 ターレスを弾き飛ばし執拗に追い回すブロリーに、宮殿から飛び出した複数の影が飛び掛かる。悟空さん達だ。

 騒ぎを聞きつけて起き出してきたのだろうけれど、暴風を巻き起こすブロリーの強大な力に近寄る事さえできていない。

 

「いいぞ、ブロリー! もはや彗星など待つ必要はない! 今のお前のパワーで、サイヤ人をこの世から消し去ってしまえー!!」

「……それは、己自身をも殺されようとしているって事ですか……?」

「馬鹿め。そんなはずがなかろう……だが、ブロリーが伝説のサイヤ人になってしまった以上、見境なく破壊の限りを尽くすだろう。この星はもちろん、お前達や、オレにいたるまで殺しつくし破壊しつくすまで止まるまい」

「……悲しいです」

 

 胸に手を当て、思ったままを呟く。

 子が親を殺す。それがサイヤ人だ、って言葉は、ターレスも言っていたけど……だとしたら悲しい種族だよ。

 ……きっと、あなたの声なら、ブロリーに届くんじゃないかな?

 

「それは、ないのだ」

 

 パラガスは、断言した。

 自分の声が届かないと確信しているみたい。もしかしたら、前に試したのかもしれないけど……でも。

 

「むしろ、お前の声こそブロリーに届くやもしれん。あれで中々お前を気に入っていたようだからな」

「え……そうなんですか?」

 

 そうは見えなかったけど……なんというか、さっきはパラガスの制御するままに命令をこなしていただけ、って感じだったけど……?

 入り込む風に髪を揺らしながら、ターレスをぶっ飛ばすブロリーを見上げる。

 

「……違う。カカロットはどこだ!!」

「オラならここだっ!!」

 

 ターレスを下し、気を猛らせて吼えるブロリーの背に気弾がぶつかる。それに怯みもせず口を閉じて振り返った彼は、白目で悟空さんを捉えると嬉しそうに笑った。

 

「カカロット……血祭りにあげてやる」

「こいつは……そうか! 南の銀河を破壊したのは、おめぇなんだな!?」

「フ、うははは!!!」

 

 暗闇に閃光が走り、悟空さんの顔面に拳が突き刺さった。一拍遅れて弾け跳んでいくその体に息を呑む。

 ……強い。ブロリーはやっぱり、とんでもなく強い……!

 こんなのと戦うなんて馬鹿らしいから、なんとか話し合いで解決しようと思ってたのに……!

 

「心配する事はない。オレ達はみんなあの世へ旅立つのだ。ブロリーに殺されるか、この星と運命を共にするかしてな」

 

 膝をつき、(こうべ)をたれたパラガスが静かな口調で言う。

 逃げる気配がない。ベジータに計画を話したりして気持ちの発散ができなかったためか、復讐の炎はくすぶるばかりで燃え上がろうとしない。

 それは罅割れた道の上へベジータが飛び出し、果敢にもブロリーへ挑みかかり、一切攻撃が通用しないのに膝をつき、ヘタれてしまうのを見ても変わらなかった。

 断罪の時を待つかのように、それきりパラガスは沈黙した。

 

「んっ!」

 

 寝かせた握り拳で頭の両脇をばちりと叩き、私も戦場へと飛び上がっていく。

 反省はまた今度! 今はブロリーをやっつけるのが先だ!

 加減なんかきかないから殺してしまうかもしれないけど……とか、そういう心配もしていられる余裕はない。むしろワンパンで殺されないよう気をつけなきゃ……どう気をつけろと??

 

「『サイヤ人の王子ベジータが相手だ!!』」

「や、やめろ! 殺されるぞ……!!」

 

 行きがけの駄賃にベジータを焚き付けていく。暴れ回っては悟飯ちゃんを殴りつけ、トランクスを体当たりで弾き飛ばしたブロリーは、ベジータの声と気質に振り返り、接近する私に満面の笑みを浮かべて向き直ってきた。

 

「ぐははあ!」

「んぎっ!」

 

 接近直後にパンチが飛んでくるのをなんとか避ける。空間を揺るがす拳が空気を穿ち、肌を震わせた。

 笑い混じりの攻撃に当たってなんてやらない。異常にタフなサイヤ人を一撃、いや二撃で戦闘不能にまで追い込むそのパンチ、ただの人間な私に当たったらどうなるかなんて簡単に想像できる。

 

 安物の風船みたく割られちゃう訳にはいかない。ここで負けたら宇宙の終わりだ! 地球にいるファンのみんなのためにも、無理やり働かされていたシャモ達のためにも、ここで新しく出来たファンのならず者達のためにも、倒さなくちゃ!

 

 ──あるいは。

 もし私達が全滅しても、ビルス様が起きてきてあっさり破壊してくれるのかもしれないけれど。

 ここが破壊神の存在する世界なのかどうかなんて、その時になるまでわかんないんだから、頑張らなくっちゃ!

 

「っ!」

 

 突き込んだ肘打ちは鋼の肉体に阻まれて衝撃すら与えられない。一応全力の一撃だった。勢いも十分。それでもダメージは欠片もないっぽい……!

 

「それで攻撃のつもりか!?」

「うっ!?」

 

 がばっと抱き着かれるのに、反応が遅れた。

 この筋肉ダルマ、でっかい癖して速すぎる……! いや、今避けらんなかったのは、さっきビルス様がなんとかしてくれるかもって日和ってしまったからだ。心に油断が生まれた。私達が死んだらなんの意味もないのにね!

 自由な両手で腕をつっぱって抜け出そうとするものの、一気に締め上げられて背中が反ってしまった。ぴんと伸びた足はもはや脳からの指令を受け付けない。

 みっちりとした筋肉に圧迫されて声が漏れる。

 

「う゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛……!!」

「苦しいか! どうした、何かしてみせろ!!」

「くっ、ふぐっ……! め、めっちゃ喋るじゃんっ……!!」

「ふははははは!!!」

 

 やかましい笑い声に、ギリギリと圧迫される体。息をするのもやっとなんだけど、そうツッコまずにはいられなかった。

 黒髪の時は虫も殺せないような暗い顔してたくせに、黄金の光に照らされた巨顔は心底愉快そうに笑っていて、流暢な言葉がぽんぽん飛び出して来る。そ、そんな喋る奴だったっけキミ……!?

 

「お望み通りっ、なにかしてあげる、よっ!!」

「ぬお!?」

 

 睨み上げた両目からアイビームを発射する。ちょうど視線がかち合ったその瞬間だったからおっきな白目に一直線。

 直撃したっていうのにブロリーは驚きの声を漏らしたのみで、ダメージどころか笑みさえ陰っていなかった。

 

「そうこなくっちゃ面白くない!」

 

 いっそう私を持ち上げるようにして締めたブロリーは、そのまま私を放り投げるかと思いきやぐわっと顔を近づけてきて。

 

「がっ──」

 

 ゴオン、と頭の中いっぱいに重低音が響き渡った。

 

「ぐは!」

「あぐっ!?」

 

 白んだ視界が回復する前にもう一発。

 額が割れて生暖かい液体が飛散するのがわかって、でも裏返りそうになった目では何も見えなかった。

 

「ぐは!!」

「いっ! このっ!!」

 

 ガツン! ゴイン!

 幾度も頭突きをぶつけられてそのたびに星が飛ぶ。万力に押さえ込まれた体が飛び跳ねるのに、けふっと息が漏れた。

 

「ぐはははは!!!」

「ああああもおおお!!!」

 

 逃げようともがいて、少しも動けないまま何度目かの頭突きを受ける。がちんと弾かれた頭は折れそうなくらい後ろに持っていかれて、揺さぶられた脳が思考をぐちゃぐちゃに搔き乱した。

 

「おま、いい加減にしろ……っ!」

「お姉さん!」

「ナシコちゃん!!」

 

 左右から聞こえた声が三半規管を揺り乱す。

 無意識に漏れていた懇願は聞き入れられず、私の血で顔を汚したブロリーが思い切り頭を振りかぶるのが見えた。

 

 ──────……ぁ。

 あ、う。

 あんまり痛かったから、痛いの忘れるくらい、意識飛んでた……かも。

 

「ウゥラア!!」

「がはっ!?」

「くうああ!」

 

 私を抱えたまま横回転した蹴りで悟飯ちゃんとトランクスを打ち返すブロリーに、もはや言葉も出ない。ガッと後頭部を掴まれて間近まで顔を近づけられる。その顔がすうっと離れて──。

 

 か、かんべんしてくれないかなー、なんて緩い考えが浮かぶ。

 このままじゃ私の頭はスイカになっちゃうぞっと!

 

 じたばたと暴れたって捕まった体は少しも動いてくれない。

 やがてもう一度痛みを与えるために、ブロリーの顔が戻ってきて。

 

「だぁりゃあ!!」

「グォ!!?」

 

 真上から突き刺さる蹴撃が厚い胸板を蹴りつければ、僅かに緩んだ拘束から私の体が零れ落ちた。

 誰かに肩を抱かれて敵から距離を取る。

 ああ、この大きな手は……。

 

「でぇじょうぶか、ナシコ!」

「ぁ、ぃ……」

「無理すんな、離れてろ!」

 

 やっぱり悟空さんだった。でも、彼もボロボロだ。超サイヤ人だって解けてしまっている。

 

「まだ死んでいないとは、流石はサイヤ人と褒めてやりたいところだ」

 

 ブロリーにもダメージはない。奇襲で不意打てただけで、通常の状態じゃちっともダメージを与えられなかったんだ。

 

「悟空さん!」

 

 地上に降りると、丈の短いジャンパーにジーンズを傷だらけにしたトランクスが駆け付けた。

 頷いた悟空さんは、私の体を彼に手渡した。

 それから、ブロリーに向き直って構える。

 

「おでれぇたぞ、ブロリー……おめぇほんと強ぇな」

「フッフッフ……!」

「こんな奴がいたなんてよ……! オラ達もめいっぱい修行したってのにな……!」

 

 セルゲームに備えてこれだけ鍛え上げたのに、ブロリーにはまったく通用していない。

 その事に汗を浮かべながらも、どこか嬉しそうにしている悟空さん。

 

「仙豆だ。ほら……!」

「ん、ん……」

 

 私の腰の袋から一粒抜き取った仙豆を口元に押し付けるトランクスに、なんとか口を開いて受け取る。

 必死に伸ばした舌先が彼の指に触れて、土の味がした。

 

「ぷはっ、はぁっ、はぁっ」

「ナシコお姉さん! 良かった……!」

 

 キュッと靴音を鳴らして滑り込んできた悟飯ちゃんの声に、降ろしてもらった私は、片目をつぶったまま頷いて返した。

 傷は塞がったとはいえ、大量に出血した跡は消えない。まだ固まっていない血の大半は噴出させた赤い気によって蒸発したのだけど、よりにもよって目を塞ぐやつがある。

 仕方なく肌着の裾を掴んで引っ張り、ふきん代わりにして目元を拭く。うー、いたた……まだ頭がガンガンする……ちくしょー、執拗に頭突きしやがって……!

 

「さあ来い!」

 

 断崖絶壁を背にして構えるブロリーに、私達も広がって対峙する。

 いずれも変身が解けている三人がそれぞれ力を籠めて。

 

「よし! ──ハァアア!!!」

 

 腰を屈めて顔の前で腕を交差させた悟空さんが、それを広げると同時に黄金の光を噴出させれば、呼応して悟飯ちゃんもトランクスも超サイヤ人に変化した。共鳴する声が不思議な響きとなって地平線まで渡っていく。

 私も、ルージュからルージュスパークリングに移行してそれっぽい構えを取った。……私武道とか嗜んでないから構え方なんて知らないんだよね!

 

 

「キィッ!」

 

 笑みとも吐息ともつかない声を発し、地面を砕いて走り出すブロリーに、私達も駆け出した。

 両者がぶつかり合うより早く向こうから伸びてきて足元に到達した罅が足場を砕いていくのに、それでも姿勢を維持して飛び掛かってきたブロリーに対応する。

 

「うぁあ!!」

 

 目前で横っ飛びに離脱したブロリーが最初の標的に選んだのは悟飯ちゃんだった。

 無造作に振るわれた拳に地面へ叩きつけられた彼に、気を取られる訳にもいかず地を蹴って小さく飛び上がる。

 

「うぐぁ!」

 

 続いて真正面にいた悟空さんが殴り飛ばされるのに、空中で膝を畳み、力を溜める。

 

「ここだっ!!」

「ぬぅ!!」

 

 次に狙われたトランクスは、その筋肉を異常なまでに発達させたパワー特化形態になっていた。殴り掛かるブロリーに自爆覚悟で拳を放ったトランクスは、お互いの攻撃が同時に届く衝撃によって大きく撥ね飛ばされた。

 

「うぇえりゃあ!!」

「ガッハァ!!」

 

 踏鞴を踏んで怯んだその胸へ両足を槍のように突き出して蹴りつければ、バチバチッとスパークが飛んだ。

 手応えあり……! ダメージが通った!

 スローで倒れていくブロリーに喜びを隠せず、けれど油断しないように注視して。

 

「へ?」

 

 ずる、と視界がずれるのに間の抜けた声が出た。

 足首に圧迫感。私、足掴まれて──!

 

「でりゃあ!!」

「はぐっ」

 

 そう気づいた時には地面に叩きつけられていた。

 体が石を押し潰して割っていく。揺さぶられた意識に一瞬の空白が生まれ、グイと足を引っ張られるのに体が浮く。

 

「ちょまっあいたー!!?」

「ぐははぁ!! ふん!!」

「えぶ!!」

 

 漏れ出たぶっさいくな悲鳴が衝撃に塗り潰され、私は三度地面にぶつけられた。

 

「ちぇい!」

「うん?」

 

 と、ブロリーの後頭部に細い足が叩き込まれた。

 瞬間移動してきたウィローちゃんだ。頬が紫に腫れて、口の端に血を滲ませている。

 

「フン!」

「なっ、お──!」

 

 片手を彼女へ向けてブロリーが気弾を放つ。無造作なのに高密度の緑光が空高くまでウィローちゃんを運んで、爆発する。

 

「ふひひ!」

 

 その手を今度は正面へ向けて一定間隔で連射するブロリー。攻撃されているのは悟空さんだ。

 防御姿勢でやってくるその姿に、私もやられっぱなしでいる訳にはいかないと奮起する。痛みを堪え、足首を掴む手に蹴りを加える。

 一回じゃ駄目なら二回、それでもだめなら三回!

 

「オラァ!」

「喰らえい!!」

 

 側頭部と脇腹へそれぞれパンチとキックが突き刺さる。ラディッツにターレスが復帰してきたのだ。

 ダメージは、通らない。ただ鬱陶し気に私を振るったブロリーによって二人が弾かれ、崖にぶつかっていく。

 

「でぇえい!」

「な、く──!!」

 

 ぶん投げられた私は、置き土産に光弾を一つブロリーの顔にぶつけた。

 おんなじことされてりゃ流石に慣れてくるっつーの! 痛いは痛いけど、耐えられるんだよ! これでもアイドルだし! アイドルは戦闘種族だ、はっきりわかんだね!

 ぽこっと誰かにぶつかって跳ねる。体中ばきばきだ。回復したばかりだというのにもう消耗している。

 

「ちっ、このバケモンがぁ!!」

 

 崖壁を崩して手をついて立つターレスが気弾を連射する。全弾命中。ただしやはりダメージはなく、無駄に煙を膨らませるばかり。

 鬱陶し気にターレスを捕捉したブロリーがその巨体で歩みを進め、途中邪魔しに入った悟飯ちゃんを突き飛ばし、ラディッツの顎をかち上げ、腕を振りかぶってターレスに叩きつけた。

 

「が、はっ……」

 

 吐血したターレスが力なく倒れ込む。

 その際に見えた目からは意思の光が失われて、ノックアウトされてしまったのがわかった。

 彼だけじゃない。なんでもない攻撃をされたように見えた悟飯ちゃんや、ラディッツも瀕死に追い込まれている。トランクスだって離れた場所に倒れ伏して動かない。

 

「ぜあらぁ!」

「フフ! 死にぞこないめ!」

 

 唯一立ち向かえる状態にあるのは悟空さんと、私だけのようだった。

 ウィローちゃんは行方知れずで、ピッコロさんはまだ来てない。

 ……来たところで、正真正銘のこの怪物に対抗できるとは思えないけど。

 

「カカロットォ!!」

「カカロットじゃねぇ! オラ孫悟空だっ!!」

 

 クロスさせた腕で剛腕パンチを防いだ悟空さんは、足場を砕きながら滑って後退した。

 入れ替わるように飛び込んでいく。手に気弾を作って、私に気を払ってさえいないその腕に押し付けて爆発させる。

 

「ふひひ!」

「んっ、のぉ!」

 

 やっぱビクともしないか!

 私を捕まえようと伸びてきた手に、身を捩ってすれすれで回避する。広がるスカートがその手を打って、ついでに足を絡めて回転の勢いで腕に乗り上げる。顔を上げて私を補足する彼に、足を締めてしっかり体を固定する。

 

「むん!」

「っ、く!」

 

 引き剥がそうと腕を振るうけど、体固定してるからむだだよ!

 そうしたら次は攻撃してくるよね……!

 

「ぐぇあ!」

 

 笑みに歪んだ口から勢いばかりの声を発して殴りつけてくるのを、さっきの悟空さんみたいに腕を交差させた防御姿勢で受け止める。胸まで押し返された腕が軋みをあげて、背まで衝撃が突き抜けていく。

 紅蓮の炎を噴き上げて、全力全開で食らいつく。ばっと前へ突き出した両手を右の腰へ。

 

「か、め、は、め!」

「ずぁあ!!」

 

 歯を剥いて笑うブロリーが私ごと腕を引き寄せ、頭突きをぶちかまそうとしてくる。

 こっちからも頭を突き出してぶつければ、ゴガァン! と凄い音がした。

 

「……!」

 

 遅れて空中に走るスパークに、意識がぐらついて手放してしまいそうになる。

 消えちゃいそうな意識をなんとか手繰り寄せ、体が勝手に継続してくれていた気の集約を引き継ぐ。

 今の私のフルパワー。一点集中させた全力のかめはめ波だ! 避ければ地球が吹っ飛ぶ、受けざるをえんぞぉ!!

 

「波ぁあああ!!!」

「だぁあああ!!!」

 

 腕を突き出したその瞬間、真上に瞬間移動してきた悟空さんが同時にかめはめ波を放った。

 二本の極線に飲み込まれたブロリーが姿勢を崩し、腕の上から放り出される。

 放出の勢いで浮き上がっていく体をそのままに、芯から捻り出したパワーをどんどん費やしていく。

 

 やがて、光が収まっていく。

 地面に下り立ってすぐ膝をついてしまった。一気にパワーを使いすぎた……!

 仙豆を取ろうと袋に手を伸ばし、ふるるっと頭を振って取りやめる。

 まだ大した怪我もしてない。気の回復のためだけに消費するのは、ちょっと避けた方がいいと思う……。

 

「ものすげぇタフなヤロウだ……オラ達もタフだけど、おめぇいったい何したらそんな頑丈になれんだ?」

 

 私達の全力を浴びせても、ブロリーはその体から煙を上げるだけで、傷一つついていない。ていうか今悟空さん"オラ達"って言わなかった!? 私かよわい女の子……あ、でも悟空さんがタフって言ったので今日から私は地上最硬のアイドルです。がんばる。

 

「なんなんだぁ今のは……! フン!」

 

 鼻を鳴らしてバカにするブロリー。

 ほんと、馬鹿みたいに硬い奴! 何か弱点とかないのかな……!?

 

 詳しく観察する余裕も暇もない。豪快に腕を振るって駆け出したブロリーに、私達は左右に飛んで攪乱した。

 

「『こっちだブロリー! おめぇの相手はオラだ!!』」

「!? か、カカロット……!?」

「おう、オラはここにいるぞ!!」

「なにィ……!?」

 

 ついでに声と気質を悟空さんのものにして惑わせる。悟空さんという存在に敏感に反応するブロリーは、私達に挟まれて一瞬攻撃の矛先を見失ったらしい。

 そこへ私と悟空さんが横回転してからの蹴りという同じ動作で攻撃を仕掛け、しかし筋肉の鎧を抜く事ができずに身震いだけで弾かれる。

 

「ぐあ!」

「ふぎゃっ!」

 

 それでもってぶおんぶおんと殴り抜かれて地面を滑る。硬い石を砕きながらだから、私もたいがい頑丈になったよね……! 冗談抜きで私ってタフなのかなぁ……なんかいやだなぁ!

 

「ぇげっ!?」

 

 感心してる場合じゃないというか、何か考えてないと意識がぷつんといきそうというか、なんてやってたら追いつかれてお腹を蹴り上げられた。

 浮き上がった体が叩き落とされてまた跳ね、無造作に殴り上げられて空高く放り上げられる。

 

「とっておきだ!」

「く……ぁ!」

 

 高密度の気が収束していくのが感覚で、そして視界中が緑に染まり引き潮のように引き込まれていくのでわかる。全身に走る危険アラートに咄嗟にバリアーを張って。

 

「うああああ!!」

 

 放たれた気弾に砕かれ、爆発に飲まれて乱回転する。

 腕も足もばらばらに動いて引き千切れてしまいそうだった。

 吐いた血が瞬く間に蒸発していく。しばしの浮遊のあとに自由落下してどしゃりと地面に落ちた。

 受け身なんか取れなかったから、痛くってたまらない。でもその痛みのおかげで失神せずに済んだ……感謝はしないけどね……爆発で火傷した肌がヒリヒリして地獄だ。

 

「ぐぁああ!!」

 

 私をこんなにしたブロリーは、すでに悟空さんに襲い掛かって、倒れ伏す悟空さんをストンピングで攻撃している。

 

「あぎゃああ!!」

「ぐひひ! ぐははははは!!!」

「うぁあああ!!」

 

 一発一発が凄まじい威力で、踏みつけるたびに悟空さんが沈んでいく。

 倒れてる場合じゃない……助けに行かないと!

 

「あっ、く……」

 

 起き上がろうとして、体中が痛むのに倒れ込む。

 ボシュウッと炎が噴き上がる。それが最後のように、変身が解けてしまった。

 ああ、下敷きになった髪が痛い。……もう、動けないかも……。

 

「うう、ううう……!」

 

 動けない、なんて弱音を吐いている場合じゃない。そんなんじゃだめなのに……!

 腕をついてなんとか体を起こそうして、胸の奥からせりあがってくる熱いものに顔をしかめる。

 

「げふ!」

 

 無理に体を動かしたら、体の中でジャリジャリとした音がして血を吐いてしまった。

 焦げた肌着を濡らす鉄臭さに顔をしかめ、そうやって表情を変えるのさえ辛い。

 

「『ブロリー!』っく、はぁ、はぁっう゛……!!」

「カカロットォ!! 死ねぇい!! 死んでしまえ!!!」

「ぎゃああああ……!!」

 

 悟空さんの悲鳴に全身が竦む。

 ガタガタと勝手に体が震えて、泣きそうになってしまう。

 いや、もう、泣いていた。溢れ出す涙が止まらなくて、それが痛みからくるのか、怖さからくるのかわからなかった。

 

 震える手で袋を探り、仙豆を取り出して口に含む。

 腕が痙攣して何度も食べ損ねた。それでもなんとか飲み込んで……。

 

「おえぇええぇ……」

 

 びちゃびちゃと吐血するのに、零してしまった。

 肺が収縮する。上手く息を吸えない。喉まで上がってきた鉄臭さに地面を削り取るくらい握り締めて体を丸め、息を止める。額に集中した意識で頭が白んで、体中が辛かった。

 

 こんなに吐き気がするのに、口からは唾液が垂れるばかりで何も出なかった。血の水溜まりに沈む仙豆を掴み取って土ごと口内に叩き込む。

 これ以上ないくらいの異物感に上体を起こし、顔を上向けて姿勢だけで飲み見下そうとする。両手で押さえた口の代わりにまなじりから絶え間なく涙があふれて、焼けた喉でなんとか仙豆を飲み込んだ。

 

「ん、ふっ!」

 

 気を噴出させる。無色の光が赤く染まり、その上にスパークが走る。焔の中にいろいろ蒸発されて消えていく。

 残念ながら瀕死から復活したところで私の戦闘力は上がらない。それが今は口惜しい。

 ちょっとのパワーアップであいつを倒せるなんて楽な話は、ないんだろうけどね……!

 

「でやあああ!!」

 

 奮起の声を上げつつ腕をついて上体を起こし、足で地面を掻いて走り出す。

 そのまま低空飛行で突進。一個の砲弾となってブロリーにぶつかっていく。

 

「いっ……!」

 

 脳天からつま先まで衝撃が駆け抜け、筋肉の上を滑って半回転。巨体の表面を駆け上がり転がるように放り出されて、地面にぶつかってなお転がる。受け流された……なら、もう一回突進だするまで……!!

 

「ぐっぎゃあああ!!!」

 

 地面が激しく揺れた。私の全力の突撃は、少しもダメージを与えられなかったみたい。

 気を引く事さえできないのに地面を殴りつけて歯を噛む。

 

「くっそぉ!」

 

 三度地面が揺れるのに苦労して立ち上がり、駆け出す。

 焔が噴出する。それがブースターとなって私の体をスピードの世界に連れていく。

 視界を真っ赤に染め上げて、超速突進でブロリーの脇腹へと突っ込んでいく。今度は受け流されないように、腕を広げて──!

 

「ふぎっ!」

「! ……そんなに先に死にたいのかぁ!?」

 

 抱き着く形になってしまったところで、ようやく彼の意識を私へ向ける事ができた。

 悟空さんの胸に足を押し込んだまま私の背側の肌着を掴んだブロリーは、そのまま持ち上げると軽く放るようにして突き放した。

 

「ふげっ」

 

 顎から落ちるのに舌を噛みそうになった。追撃は──ない。

 うう、体中が痛い……。ご、悟空さんは……!?

 

「うああああ!!!」

 

 ズゥンと地面が揺れて、悲鳴が響く。

 ブロリーの姿が消えていた。かと思えば、その巨体が地面より下から飛び上がってくる。

 一定の高さで止まったブロリーが落ちていく。直後に悟空さんの声が聞こえて……。

 

 踏みつけがより勢いを増して、そのせいで相当地面が沈んでしまっているのだとわかった。

 

「ぁ……ぁ……」

「悟空さぁん!」

 

 手元まで伸びてくる罅に、弱々しい悲鳴が混じる。

 死んじゃう……このままじゃ、悟空さんが死んじゃう!

 咄嗟に腰の袋を押さえる。ぺたんと潰れた袋を指でなぞれば、小さな膨らみを確認できた。

 まだ、一個……! 一つだけ仙豆が残ってる!

 

 これをどうにか悟空さんに食べさせてあげられれば、助けられる!

 それで何ができるかなんて考えない。助けないと……! 悟空さんが死ぬのはやだ!!

 

 お願い! お願いだから、なんとかなってよ……!!

 

 

──容易い願いだ

 

 

「トドメだぁ……!」

 

 ぐんっと飛び上がったブロリーが、勢いをつけて落下していく。

 その動きが、急にスローなものに変わっていく。

 何を考えるより早く飛び出す。足を回転させて、地面を蹴りつけて、音より速く駆け抜けて。

 

 周囲の景色が伸びた。向かいたい場所までがずっと遠く見えて、ゆっくりとブロリーが落ちていく。

 思考は伴わなかった。体だけがその場所へ急いで、意識を置き去りにしていって。

 

「ゴォア!!?」

 

 横っ腹にぶつかって突き飛ばし、諸共地面に倒れ込む。

 こんなんで倒せるわけがない。ダメージが通る訳がない。

 思わずつぶってしまった目を開いて見据え、腕の力だけで後方へ跳び退(すさ)る。

 

「今のは驚いたぞ……殺してやる!」

「……」

 

 膝に手をついて立ち上がったブロリーが、凶悪な笑みを浮かべて腕を振りかぶった。その手に緑の光弾を生み出し、投げつけてくる。

 真横を通り抜けたそれは、遥か後方で爆発を起こした。

 

「ぬぅ……!? でぇあ!!」

「っ……」

 

 もう片方の腕が振るわれ、光弾が飛んでくる。

 それだけに留まらず左右交互に腕が振るわれて、同じ数だけエネルギー弾が投げつけられて。

 

 当たらなかった。

 

 すべてが私の右側か、左側のすれすれを抜けていく。

 

「キィッ! これなら──どうだ!」

 

 下ろした腕に同じような光弾を生み出したブロリーは、これまでと違ってアンダースローで放った。

 手元で分裂した幾数十もの小さな光が横殴りの雨のように降り注ぐ。

 その合間を歩いて行く。足取りが揺らめいて、体が揺れ動いて、不思議と普通に歩いてもどれ一つ掠りすらしなかった。 

 

「ん」

 

 後方に向かった緑弾のいくつかがUターンして戻ってくるのを、右腕を振るって一つ弾く。

 近くの地面にぶつかって半球状に膨れ上がる光に照らされ、私はブロリーの前へ立っていた。

 

「な、なんて奴だ……!」

 

 その巨体を見上げて、気付いた。

 彼との身長差が縮まっている。

 腕に目を落とせば、すらっとしたいつもの手が見えた。何が変わっている訳でもない……いや、これは、大人な私の手……。

 どうしてか私は大人に変化していて、揺れる前髪や横髪は普段の黒髪に戻っていた。

 

「があ! ぐあああ!!」

 

 降り注ぐ獣の咆哮と拳の乱打を揺れるように躱しつつ、顔の前に手の甲をさらして広げてみる。

 肌の輪郭に青白い光が纏わっている。銀白……? これは、なんだろう……。

 何はともあれ、突き込まれた拳を擦り抜けるようにして潜り込んだ私の掌底が、カウンター気味にブロリーの身を打ち、僅かに持ち上げた。遅れて衝撃波が突き抜け、乾いた音がこだまする。

 

「ぐおお……!? な、なんだとォ!?」

「……」

 

 スカートをつまんでみて、ひらひらしてみて。

 ああ。

 ああー、これはあれかなーって、ようやく憶測がついた。

 

「身勝手の()()……」

「す、すげぇ……な……!」

「あ、悟空さん!」

 

 穴から這い出てきた悟空さんが、地面を掴んで顔を上げる。超サイヤ人は解けてない。あの猛攻撃を耐え抜いたんだ……凄い……!

 

「後ろだナシコ!!」

 

 ふわっと体が浮いて、跳び上がるバレリーナのように軽やかに回転する。腰の横を通り抜けた巨腕が起こす風に自然と体が動いて、振った足が綺麗にブロリーの首に入った。

 

「ごおあ!!?」

 

 地面へと叩きつけられた彼に背を向けて着地する。

 それから、瀕死の悟空さんの下まで駆け寄って、取り出した仙豆を渡した。

 いや、彼は動けるような状態じゃない。失礼ながら支えさせていただいて、私の手でその口に仙豆を運んだ。

 

 生き抜くためか、指ごとガリッと噛まれそうになるのに慌てて手を引く。あ、いや、引かない方が良かった? 指も欲しかったのかも……ううん、そんな訳ないか。でも今の引き方は失礼だった。不快に思われてないといいんだけど……ちょびっとだけ、齧られてたらってIFを考えると、ふるりと体の芯が震えた。よかった、何が起こってるのかほんとはいまいちわかってない私なんだけど、このキモい思考(孫悟空万歳)は間違いなくいつもの私だ……!!

 

「す、すまねぇ……ん、ぷはーっ!! 助かったぁ!」

「それは、良かったです……!」

 

 片膝をついて息を吹き返した彼に、心底安堵して、重ねた手を胸に押し当てる。

 鼓動が早まっている。やっぱり、彼を見ているとどきどきしてたまらないくらいに、格好良い。

 助けられて良かった。こんなところで死んでいい人じゃないんだから。

 

「フッフッフ! サイヤ人でもないのにやるじゃないか!! 気に入ったぞ、オレがバラバラに引き裂いてやる!!」

「くっ、ほんとにタフな奴だぜ……! ナシコ、いけるか!?」

「はい!」

 

 一も二もなく返事をする。体を見れば銀の光は消えていた。……気のせいだったのかな。それとも一瞬の奇跡?

 ……だよね。私にあの変身ができるはずないもん。よりにもよって悟空さんより先になるなんてありえない。

 そんなの嫌だよ。身勝手の()()は悟空さんの変身だから、私がなるのはイヤ。

 

「来るぞ!」

「はいっ!」

 

 立ち上がって構える彼の姿を真似る。同時にルージュスパークリングを発動する。芯が痛んできついけど、彼と並び立てる喜びが麻痺させる。

 鏡合わせの私達に、いっそう顔を歪めて笑うブロリーが突進してくる。

 速い……! 接触まで1秒もなかった。

 

「ぐははあ!!」

「うぐっ!」

「きゃあっ!?」

 

 殴るでもなく、気弾を放つでもなく、私達の前に立ち塞がるようにして胸を反らしたブロリーは、まさしくその胸から緑の光を溢れさせて爆発させた。

 奇襲じみた攻撃に諸共吹き飛ばされてしまう。煙の尾を引いて、途中からは自ら飛行して後退を続ける。

 ──ちなみに今の可愛い悲鳴は、その、悟空さんが横にいるからね……そりゃちょっとはかわい子ぶるよね……!

 

 森林の上空を飛ぶ。地上で膨れる煙からいつ怪物が飛び出してきてもいいように注視して、ひたすら後方へ飛行を続ける。

 そのさなか、悟空さんが話しかけてきた。

 

「ナシコ、今のすげぇ変身、もっかいできるか?」

「え、えっと、その……」

 

 心臓が跳ね上がる。こんな時なのに緊張して、変な汗を掻いてしまう。

 さっきのは悟空さんの目にも見えていたのか。

 ということは、ほんとに私、身勝手の……なんだっけ、()()を……?

 

「すみません、おそらく無理です……どうしてなれたのか、どうやってなるのかもわからないんです」

 

 心底弱ってしまった。

 求められたのに答えられないのが心苦しい。せっかく悟空さんが声をかけてくれてるのに……!

 でも、本当にどうしたらいいのかわからないんだ……いきなりだったし、なんの予兆もなかったもの。

 それにあれは悟空さんの変身だから、私がなれるものだなんて思ってもなかった。

 

「謝ることはねぇさ」

 

 ふと、場違いな軽い調子の声に顔を上げれば、悟空さんは表情を和らげて私を見ていた。

 

「いっこいいか?」

「え? ぁ、はい」

 

 風に流れる髪を指で退けて、何か聞きたがっているらしい彼に耳を傾ける。

 耳は良い方なんだけど、注意力がないせいか人の話を聞き逃す事が多いから。

 悟空さんの声を聞き逃さないよう、全力で集中する。

 

「今、オラはお前と手合わせしてみたくってうずうずしてんだ。こんな強ぇ奴と戦ってる最中だってのによ」

「えぁわ、私と、ですか……!?」

「おう」

 

 朗らかに頷く彼に、聞き間違いでもなんでもないのだと理解させられた。

 ああ、でも、確かに何度か彼に組手を持ちかけられたことはあったけど……。

 超サイヤ人になった今でも、そう思ってるとは思わなかった。 

 

「自分の力がどこまで通用すんのか試してみたいって思っちまってる」

「でも、私なんかで……」

「あー!」

 

 うぇっ!? な、なに!? なんで私指さされたの!?

 突然の声にびっくりして、もしかしたら私の後ろを指したのかもって思ったけど、彼の指が向かう先は寸分たがわず私だった。

 

「おめぇは卑屈すぎるんだ。そいつがちょっと惜しい点だな」

「すみません!」

「謝るこたぁねえって」

 

 お叱りの言葉を頂くのに慌てて姿勢を整えて頭を下げる。

 光が散って、私よりちょっと先で止まった彼は、困ったように後ろ頭を掻いた。

 

「今のオラ達の中でも一番強ぇのはナシコだろ?」

「そう、なんでしょうか……」

 

 悟空さんが言うならそうなのかもだけど、私は決して悟空さんや悟飯ちゃんを超えられてるとは思っていない。

 だってすぐ彼らの方が強くなるもんね。私、戦闘力の伸びもいまいちだし、そのうち置いてかれちゃうんだろうなっていつも思ってるんだけど……今この時に限っては、たしかに最大戦闘力は私が一番かもしれない。

 

「お前は常にオラ達の前を走り続けてきた。すげぇことだ。サイヤ人でも他のどんな宇宙人でもない……他でもねぇ地球人のお前が一番強いんだ!」

 

 腰に手を当て、諭すように言ってくれる彼に、少しばかり恐縮してしまう。

 それ以上に、励ましてくれてるって事実に胸が熱くなる。涙さえにじんできた。

 

「だからさ、オラ負けてらんねぇなって力が湧いてくるんだ!」

 

 ぐっと拳を握ってみせる彼に、そういう役に立てるなら良かったなって思っていれば、すーと近づいてきた悟空さんが私の肩に手を置いた。

 じんわり広がる熱があっという間に頭に達して顔まで熱くなるのを感じる。

 

 わ、ワァ……! て、てがふれてます……!! お体に触られてますよっ!?

 

「疑ってかかっちまったらどんな力でも十全に発揮するのは無理だ」

「あ……」

 

 その通りだと思う。

 けど、だって、私の力って元々神龍に貰ったものだし……。

 いまいち、自分の力がどうとか、わからないし……。

 

「どぅあ!!」

「! ピッコロ!」

 

 すぐ近くを緑色の光が通り過ぎていったかと思えば、森林の一部で爆発が巻き起こった。

 その正体を視認していたらしい悟空さんが叫ぶのに、ブロリーが動かなかった理由がピッコロが来ていたからなんだとわかった。

 という事はきっとみんなも仙豆で復活しているはずだ。気を探れば、いや、探らなくても目視でブロリーと交戦するみんなの姿が見えた。

 

「行くぞナシコ!」

「は、はい!」

 

 キッとブロリーを見据えた横顔に見惚れる。雰囲気ががらりと変わって鋭い眼差しに、得も言われぬ感情が湧き上がって、頬に手を当ててしまう。

 翡翠の光が、私に向いた。

 

「おめぇに賭ける事にした」

「……え」

「やってくれよ、ナシコ!」

 

 言うが早いか残像を残して戦場へ向かっていく彼に、私はただただ困惑した。

 私に……賭ける?

 それって、私を頼りにしてるって……こと、だよね?

 

「……っ!」

 

 ふるるっと体が震えた。嬉しさからだ。

 ご、悟空さんが私を頼ってくれるなんて……そんな素敵な事があっていいのだろうか?

 だって彼、だいたいなんでも自分で決めないと収まらない感じだし、今回だってフィニッシュを決めるのは悟空さんだって思ってたのに。

 

 自分の手を強く握って、その熱を確かめる。

 高い空で吹く風は冷たいのに、私の体の熱は際限なく上がっていっているみたいで。

 ああ、応えたいよ。期待に応えたい。

 こんな私でも彼の役に立てるなら……そんなの、やるしかないよ。

 

「お願い……」

 

 指を絡めて、組んだ手を顔のもとで抱えるようにして、もう一度祈る。

 私の中の力を信じるから……もう一度、あの力を……!

 

「んっ!」

 

 芯から引き出した力が噴き上がる。

 でもそれは、私の歓喜に呼応した赤い焔で、青白いような、銀色のような光ではなかった。

 ああ、どうしよう。やっぱりわからない。わからないよ。

 でも諦めたくない。他でもない孫悟空に賭けられたなら、外させる訳にはいかないんだから!

 

「無意識、無意識……」

 

 たしかあの技ってそんな感じだったよね、と体から力を抜いて気を安定させ、だらーんとしてみる。

 ふわふわ頭の中に浮かぶのは、私に真っ直ぐ目を向けて話してくれた悟空さんの顔や、ウィローちゃんやラディッツにターレス……それから、ブルマさんやチチさんに奥様に……なんでか地球の姿も見えて。あとクリームソーダフェスティバル。

 

 雑念やっば……。

 

「ああんもう! だから私に瞑想は向いてないんだって!」

 

 そういうの一度だって成功したことあった?

 いつも夢の世界に旅立つのがオチだったじゃん!

 

 だからわかんないんだよ。完全無意識なんて私にできっこないのに、よりにもよってなんで私が身勝手の()()を発動させられたのか。

 何か別の技だったんじゃないのかなぁ。勘違いとか? ううん……ああ、うう、考えてもわかんないよー!

 

「ううううう!」

 

 髪を搔き乱して、痛む頭皮に息を荒げる。

 わかんない、わかんない、わかんない!

 でも、信じたいんだよ……悟空さんが信じてくれた私の力を……私も!

 

 どれだけ強く想ったって、奇跡は起こらない。

 私にそんな力はない。歌と踊りとちょっとの笑顔が私の全てだもん。

 戦いの才能なんて……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……じゃあもう歌うしかなくない?

 

 

 

「──興奮すっゾ! 宇宙へGO!」

 

 

 思考をぶん投げて、高らかに声を響かせる。

 もういい。考えたってわからないなら、フィーリングでいくから!

 ていうかいつもナシコは感覚勝負だったから!

 

「退屈は──! 石になる──!」

 

 吐息と共に気を噴出させて戦場へと飛び込んでいく。

 その間も口ずさむ。歌を。

 限界突破×サバイバー。伴奏はなく、アカペラだけど……歌には、音感には自信がある!

 

 崖壁に僅かに通り抜けられる縦長の道がある。

 曲がりくねった通路の入り口で彼らは戦っていて。

 ブロリーのアッパー一つで、悟空さんも悟飯ちゃんもトランクスも、吹き飛ばされてしまっていた。

 

「可能性のドアは──」

「やっと来たか! お前が戦う意思を見せなければ、オレはこの星ごと破壊しつくしていたところだ!!」

 

 飛び上がった体勢から瞬時に急降下突撃に移るブロリーの目前へ着地してすぐステップ後退する。

 今いた場所へ巨腕が突き刺さり、地面が容易く陥没して綺麗に足場が削れていく。

 押し出された瓦礫はいずれも長方形を保っていて、それはまるで、立ち塞がる壁のようで──。

 

「やれやれ──今度も──壁をブチ破る!」

 

 口ずさみながら一回転。ぐんと伸ばした足の裏が石壁を粉砕し、ブロリーの背を露わにする。

 隙だらけに見えるブロリーがあっという間に地面から腕を引き抜き、顔を上げるその様に、微かな恐怖と驚愕を抱く。

 早い。でもそんなのわかってたことだ。

 引き戻す足に青白い光が纏わっているのが視界の端に見えて、うん、ノッてきたみたい。

 

「ずェあ!!」

「今だ限界突破ぁ!」

 

 歌うのはやめない。さしものブロリーも「なんだコイツ」って顔してるけどやめないったらやめない。

 迫る拳が、圧力を伴って巨大化する幻視を振り払い、半回転。背中すれすれを抜けていく腕に沿って進むようにして距離を詰め、遠心力を乗せた踵をこめかみに突き刺す。

 

「無敵の! オイラが!」

「がぁあ! ぐう……!!」

「そこで待っている!」

「フフフ!!」

 

 バチリと弾いて吹き飛んだブロリーは、すぐさま体勢を立て直して着地し、振り返りながらジャンプして後退し、雄々しく構えて立った。

 クリーンヒットだと思ったのに、ぴんぴんしてる……ほんとに無敵のサイヤ人そのものだね……。

 

 というわけで、全王様もおったまげー、と気持ち良く歌いきって、はい完成。

 できたてほやほやの身勝手の極みだよ!

 

「んん? なんだその姿は……」

「イメージチェンジだよ」

 

 鏡がないからわからないけど、視界に映る揺蕩う髪が光に染まっているのや、立ち(のぼ)る銀の光を見れば、私の変身が成功したって事くらいわかる。

 歌うのはやめたのに、独りでに音楽だけが鳴り続けている。

 理屈はわかんないし、理由もわかんないけど……やるじゃん私。やっぱ天才なんだよね!

 

「ナシコ! 殻破りやがったな……!」

「お姉さん!」

 

 ザッ、ザザッと左右へ滑ってきた悟空さんと悟飯ちゃんを順番に見やって、ひどく落ち着いた心で頷く。

 今の私なら、ブロリーだってなんとかなりそうだよ。

 もちろん油断はしないけれど。この変身がいつまでもつかはわからないし、次に解けたら、もう一度変身できるかだってわからない。

 

 もしかしたら、解けたら反動で死んじゃうかもしんないしね。

 それでもいいよ。悟空さんのためだもん。

 私を求めてくれる尊い人のためなら、何度だって頑張るよ。

 

「さあ、第二ラウンド始めっか!」

 

 悟空さんの声に頷いて、立った状態を構えとする。

 ここで決着をつける。

 

 ……絶対に勝つぞ!!




TIPS
・超化
ブロリー戦で孫悟空が超サイヤ人になる時のシャウトめっちゃ好き
うわああああ!!!って感じで文字にするとあれだけど、流石のお声だよね……
すこすこのすこ

・タフネス
ブロリー、悟空のタフさは言わずもがな
しかし柔な地球人であるナシコがなぜブロリーの攻撃に耐えられたかといえば、話は単純だ
ブロリーはナシコに触れすぎたため、ナシコに対してのみ攻撃全てにブレーキがかかるようになっていた
とはいえ、手加減されたからといって死なない訳でもない

・身勝手の極意
天使達がナチュラルに使える技術。本来は変身してなるものじゃないらしい
この形態時にはナシコは大人の姿となる
体が勝手に判断して大きくなっているので、ナシコの意思で小さくなる事はできない

・身勝手の極意 (いのり)
歌うと超強くなる。そう、アイドルならね!

・身勝手の極意 (スーパー)
身勝手の極意の完成形。完成するのはやすぎィ!
頭空っぽなナシコとこの技の相性はとても良いのかも。

・ナシコ
その卑屈さはどこから来るのかというと、元々の気質からだ
今の自分の容姿や声にはもちろん過剰といえるくらいに自信があるが
なんの変哲もない中身には自信がない

・悟空
「なんでも自分で済ませるタイプ」とナシコはいうが
直近ではセル戦には悟飯に決着を譲り、ブウ戦では子供達に未来を託した
別に自分でなんでもやりたいってタイプではない

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