……前振り長すぎてテンポが悪すぎる
※
っべー、一週間も空いちゃってんじゃん
※ 2022年7月12日
セルへの悟飯の反応が薄すぎたので加筆
※ 2022年7月13日
ラストが肩透かしだったので加筆
夜半、広大な屋敷に忍び寄る三つの影あり。
それは身を隠す気があるのかわからない赤と青の服に白衣を羽織った女性と、大柄をアーマーで包んだ男に、山吹色の胴着の少年。
彼らは一つの目的のために集まった同士であった。
「入口の警備は手薄だったが、中はそうもいかないだろう」
抑えめの声で囁くのは、最後尾の16号だ。
常にサーチ・レーダーで周囲を確認してくれる彼がいるからこそ、配置された警備員の隙間を縫って侵入する事ができているのだ。……気が読めるといっても、ほんの小さな気があちらこちらにいては読み取るのは難しい。
人造人間には気配がなく、孫悟飯も気を最小限にすることでいないも同然になれるので、隠密行動に支障はない。ここにいる人間は問題ではなかった。
気配を薄くしても意味がないような密集している警備も、注意の向かない空を行けばがら空きに等しく、ここまでの経路は順調だった。
だがここから先は少し違う。
貴重品を守りたいリョーサンは人間を配置することを嫌って機械に頼ったらしい。
庭の道にはドローンやロボットなどが巡回しており、青い光を灯したモノアイを揺らしている。小さな噴水の裏に身を隠して巡回の経路を割り出し、素早く突破する事が肝要だ。
各所に続く扉はセキュリティによって厳重にロックされていた。こちらは専用のカードキーや指紋による認証が必要のようだった。
機械関係なら科学者である21号の出番だ。彼女がいればロボットなどどうとでもなる。
ロックを解除するなど朝飯前だし、実のところロボットの無力化だって造作もない。
これで後注意すればいいのは、ところどころに設置されたカメラだけだった。
監視カメラを機能不全に陥らせてしまうとそれだけで侵入がばれてしまう。そちらに手を出す訳にはいかず、探知が難しいカメラを目視で探りつつ、三人は息を潜めて屋敷に近づいていった。
「それにしても、どうして瞬間移動ができなかったんでしょうか」
「そうね……それほどの技術者がついているとは思えないのだけど」
先頭を行く悟飯が草むらの陰から家屋を見上げつつ疑問を零す。
孫家からこの地への瞬間移動……21号にはそういった移動機能が備わっているのだが、どうしてかこの館への瞬間移動を行えなかったのだが……いくら金持ちとはいえそのような技術者を抱えていられるものだろうか。
気を知っていて、それを遮断する方法を編み出して……そこまでできる人間がいったいどれほどいるだろうか。あのドクターゲロでさえ拠点にはそのような防衛機構を備えてはいなかったというのに。
一切この場所の気を感じ取れない違和感は、この地に来て何かに妨害されているからだと判明した。
実態としてこのような防衛機構が備わっている以上、技術者が存在する可能性も考慮しなければならないだろう。
「もし本当にそんな奴がいるとすれば……」
「はい。思っていたよりも、簡単にはいかないかもしれませんね」
館内では21号らのような機械の戦士が警備についているかもしれない。戦闘力は未知数だ。
単にナシコに会うだけで済めばいいのだが……。
「どんな障害があろうと関係ないわ。ナシコちゃんは私が救う……!」
めらめらと瞳を燃やす21号は相変わらず気持ちが先走っているようだ。
物静かだったり気性が荒くなったりと変化が激しいので、悟飯もどう接すればいいのかいまいち掴めていない様子だった。
それに……。
あの強いナシコがいいように操られているのは、悟飯には想像できない。
自分の意思で留まっているのではないかと思い始めていた。
それでも潜入を切り上げないのは、自分の目で確かめたかったからだ。
目をつぶればすぐにでも思い出せる、思いつめた表情……。いったいどういう思いでここで働いているのか。それを聞かなければ、修業に身が入らなそうだった。
「行きましょう!」
閉じていた目を開き、気を取り直して小声で号令をかけた悟飯を先頭に、また一つのドアをくぐって屋敷に近づく。
そうしてやってきた……ここは、裏口だろうか。表のものより小さなドアは三つのアナログな錠前で閉ざされていたようだが、なぜかどれも外れていた。
ごく最近に出入りした使用人がいるのだろうか。気配を探ったところで近くに人はいないようだった。
「……」
「……ええ!」
振り返って確認した悟飯は、21号が力強く頷くのと、16号が物静かに見返してくるのに前へと向き直り、ノブに手を伸ばした。
冷たく硬い感触を確かめるように握り直し、そっと押せば、独りでに扉が開いていく。
廊下は思っていた以上に明るく、しかし外に漏れる灯りは少ない。
それでも中を窺うのに支障はなかった。外観から察せていたが、この裏手は入ってすぐ倉庫か工場内かのように広い空間が広がっている。入り口は小さな扉一つなので搬入口とかではないのだろうが、そういったものを感じさせた。
「そこから先に進むのはお勧めしないよー」
「!」
不意に背後から聞こえた声に立ち上がり様に振り返った悟飯は、16号の肩に座る子供を見つけた。
夜闇に溶け込むような装束に身を包むその影は、反応した16号の手を猫のようなしなやかさで掻い潜り飛んで避けると、空中でくるんと綺麗に後転してから下り立った。ふわりと広がるマフラーが遅れて落ちる。
「君は……」
「こんばんは。あなたは孫悟飯くんだよね?」
口元を覆う布に指を引っかけて下ろし、素性を露わにした少女はそう言って緩く手を振ってみせた。
カラーシスターズ……。21号が呟く。屋内から漏れる僅かな明かりにきらめく紫の髪は、そのまま姉妹の識別になる。
「お勧めしない、って? ここからじゃいけないの?」
直接面識はないが、ナシコの話に上がった事がある相手だと思い至った悟飯は警戒を解くと、先程の言葉がどういう意味かを聞いた。
「いけないってことはないかもだけど、侵入は確実にばれちゃうねー」
「それはどこから行っても同じことだがな」
軽い調子で説明するムラサキの横にもう一人下りてくる。
人造人間セル。悟飯達にとって因縁浅からぬ存在だった。
「セル……! なんでお前が……!?」
「久しぶりだな、孫悟飯。相当ウデをあげたようだ」
思いがけない相手の登場にムラサキの時とは違って明確に警戒して構える悟飯。
腕を組むセルは表情を動かさず語り掛けた。
そこに害意も敵意もなく、セルは悟飯に感じるものはなにもないようだ。……いや、真っ直ぐに視線を注ぐその様子からは、純粋な興味が読み取れる。
真っ向から睨み返す悟飯の気は徐々に上昇を始め、ざわざわと揺れ動く髪は今にも金に染まろうとしていた。当然だ。セルはまさしく親のかたきなのだから。
──嬉しいんだ。お父さんのかたきが討てて。
違う歴史の中にはそのように言う悟飯の姿もあったが、今の彼に笑みはない。
ただ、怒気が……いやな気分が気とともに湧き上がるだけだった。
それをなだめるようにムラサキが声を発する。
「あなたたちもナシコちゃんに会いに来たの?」
「……」
「そうだ。お前達もなのか?」
ムラサキは悟飯に話しかけたのだが、あいにく彼はセルと睨み合うので忙しいらしく答えてはくれなかった。険しさを増し、髪をざわつかせる悟飯。一方で、セルはただ立っているだけだ。
余裕のない悟飯に代わり16号が疑問を投げ返してくる。ナシコと親密であるムラサキはともかく、セルも……? 無表情ながらにそういった疑念がありありと浮かんでいる。
「ふふっ」
思わず、といった様子で笑みを零したムラサキは、目をつぶって表情を消すと、腰に手を当てて16号らを見上げた。
不思議に思うのも無理はないだろう。彼らにとってセルとは邪悪な存在なのだ。最強を目指し、人類を排除する事になんの感慨も抱かない怪物。それが、ちょこんと立つ小さな女の子と当たり前のように並んでいる。……現実味に欠けるというか、それを正しく認識できない。セルとムラサキにはなんら関りがないように思えるが、そうして二人でいる以上、そうではないのだろう……と。
しかし、この状況はあまりよくない。セルと孫悟飯が出くわしてしまうのは、灯とナシコが出くわしてしまうのと同じくらい、上手くないことだと、内心ムラサキは気を揉んでいる。
だから──。
「こら、いつまでにらめっこしてんの!」
「あっ!」
「!」
ドス、と彼女の小さな肘がセルの足に突き刺さるのに、思わず声を上げたのは悟飯だ。
そんな事をすれば、この怪物は黙ってはいない! 即座に腕を交差させて気を引き出し──!
「私にお遊びをしているつもりはないのだがね」
「じゃあ真剣に話す! 申し訳なさとか感じないの?」
「なぜこの私がそんなものを感じなければならん……おや? せっかく怒りで上昇していた気がみるみる下がっていくが……いいのかね?」
わざとらしく煽ってくるセルは、どうやら自分の気の上がり幅を観察したくて神経を逆なでするような態度を取っていたようだと気づいた悟飯だが、しかし、少女と穏やか──にみえる──会話をするセルに気勢を
彼女に強く突かれても、セルは気にもしていない。それは無関心というより諦観……いや、本当にただ気にしていないという風に見えて、悟飯にはよくわからなくなってしまった。……そのやりとりが、自分の気を静めるためのものなのは、なんとなくわかったが……。
とにかく、このセルという存在は明確な悪だし、許せない事をしたのは事実だ。
けれど、今目の前にいるこいつは、どうしてこの間より善の気の感じる割合がこんなにも増えているのだろう。
もちろん、そういう細胞を持っているからだというのは知っているけれど……纏う雰囲気もずっと穏やかで、いや、悪の気だって多く感じるのだが……少女と言葉を交わす姿を見ていると、まだ仕掛けられてもいないのに自分から殴りかかる気にはとてもなれず、悟飯の気はすっかり落ち着いてしまった。
ムラサキは、なんともいえない表情で佇む悟飯に気遣わしげな視線を送って──だって彼の不幸は、
「……うん。ね、どこから入ってもばれちゃうみたいなんだよね。向こうにはドクターがいるみたいだから」
「それってウィローちゃんのこと、よね? そう……だからここへの移動ができなかったのね」
特別な科学者を抱え込んでいたのではなくて、ウィローがいるからそういった対策が成されている。
それはつまり、ナシコだけでなくウィローまでもが協力していること。そして高い戦闘力を持つ者の接近を拒んでいることが読み取れた。
「じゃあやっぱり、ナシコちゃんも、ウィローちゃんまでも敵の手に落ちているというのね……!」
早急に結論付ける21号だが、あながち間違った考えでもないだろう。
こんな場所に二人がいる理由など、なんらかの悪辣な術で囚われているからに違いない。それはたとえば、ドラゴンボールへの願いのような抗いようのない強力な力で……!
許せん……許せんぞ……ますます許すまじ、リョーサン・マネー! その残り少ない髪の全てを毟り切らなければ、21号の怒りは収まらないだろう。
「そういう訳だから、もうちょっと時間くれればどうにかできるかもなーって」
セルの腕を取って揺らしながらムラサキが言う。その意味は、余計なことをせず留まっていてくれ、ということか。
時間さえあれば侵入経路の構築ができるかもしれない。そういう訳だから、待機を……。
「くだらん」
そのお願いは三人とも理解できたものの、取り合わない者が一人いた。
腕を解いたセルは、「あ、ちょっと!」と制止するムラサキを振り切って大胆にも屋内に侵入してしまった。
まったく連携の取れていない独断専行にあちゃーと額に手を当てて空を仰ぐムラサキ。
アラームや何かが鳴る事はなかったが、わらわらと屋内に溢れ出す警備ロボット達を見れば侵入者の存在がばれてしまったのは確実だろう。さっそく薙ぎ払うようにして進んでいくセルに、ムラサキは溜め息を零すしかなかった。
「コソ泥の真似事はここまでですね。行きましょう!」
「……はい!」
サッと立ち上がった21号はどちらかというと嬉しそうに悟飯を促した。この侵入はかなり灰色というか、法に抵触するのでやきもきしながらもこそこそしていたが、怪物が一匹現れて暴れ始めたのなら話は別だ。正義の代理人としてこれを鎮圧するフリをしながらナシコの下へ駆け抜けよう!
「もー、私いるってドクターにバレんのやだったのに!」
ひーんと泣き真似をしつつ口元を布で覆い直したムラサキは、後ろ腰に備えた小刀を抜き放つと、構えると同時に掻き消えた。同時にロボットの一群が弾け飛ぶ。
セルとムラサキ……いや、彼女一人が悟飯達と同じようにこそこそしていた理由はそれらしい。本来助手や警備に従事しなければならないカラーシスターズが勝手に友人宅に長期泊まり込んでいるのだから、顔を合わせれば大目玉を食らわされるのは間違いないのだ。しかしそれにセルがある程度付き合っていたのは、やはり悟飯達にとっては信じがたい話だろう。
「こらーやめなさいー」
「……」
続々と屋内に侵入し、名目上はセルを止めるためなので棒読み甚だしい制止の声を上げながらロボットどもを蹴散らしていく。ちなみに今の気の抜けた声は21号である。悟飯は、壊してしまわないよう加減しながら殺到する者達に当て身をしたり手刀をいれたりして機能停止に追い込んで、そうしながらセルの動向を窺っていた。
『シンニュウシャ! シンニュウシャダ!』
パトランプのような頭にスロットのような胴体と細長い手足が妙に愛嬌のある警備ロボット達が津波のように押し寄せては腕の一振り、ひと睨みで消し飛んでいく。悟飯以外に加減の文字はないらしく、残骸が山と積もるのに複雑な表情を浮かべている。本当にこれは大丈夫なのだろうか。器物損壊罪で訴えられやしないだろうか。
そうこうして絨毯の敷かれた長い廊下に出ると、趣の違うロボットが増えてきた。
おそらくは先ほどのものよりも厄介なのだろうが、超人集団である面々の障害にはなり得なかった。
数十体どころか数百体ほどがひしめいているというのに歩みを止めることさえできない。踏みつけられたガラクタが軋みを上げて爆ぜていく。
「『世界一尾の長いネズミ、グレートテイル』……『世界一前歯の長いネズミ、グレートトゥース』……『世界一キュートなネズミ、グレートミニ』──おっとっと」
ちょこちょこと壁を駆けるムラサキが廊下の両端にある棚に並べられた展示品を興味深そうにスキャンしているところへ伸びてきたマジックハンドを華麗に躱す。
リョーサンは"世界一"とういうものに強いこだわりを持っているらしいが、見渡す限りネズミばかりなのはどうしてだろうか。一つ隠されたように置いてあるネズミを見つけたムラサキは「あ、隠れマウス」と呟いた。ボーナス10点。意外とユーモアのある男なのかもしれない。
廊下を抜けるとホールに繋がる。ここもだいぶん広いが、当然パーティの時とは打って変わって人はいない。あれだけ溢れていた警備ロボットもここへは入ってきておらず閑散とした雰囲気だ。
代わりに生身の人間が侵入する面々を二階から見下ろしていた。
「まさか警備ロボット達を突破できる者がおるとは……だからもうちょい考えて購入しようと相談したのに」
「きさまがここの主か?」
杖をつく老人の言葉には聞く耳持たず、セルが問いかける。いや、答えさえ期待などしていない。
自らの目的さえ達成できれば、そこにいるのが誰であろうとどうでもいいのだ。
「いや、私はその主、リョーサン・マネーの主治医であるシャゲ。君たちは強盗かね? それとも……保護者の方々かな?」
「そのどちらもだ。老人よ、お前達が不当に所持している人間を今すぐここに出さねば、コレクションが塵と化すことになるぞ?」
フ、と口角をあげたセルは大きな動作で腕を組むと、顎を上げて要求、いや脅迫をした。
それは怖いのう、と笑う老人は、伊達に年を食っていないというべきか。流石に肝が据わっている。
「お主は一時期世間を騒がせた怪物じゃな。正直なのはいいが、少しは悪びれてほしいものじゃ」
悟飯は、どうにもこの老人が悪者でなさそうなことに罪の意識を刺激されていた。悪い気配はしないし、ナシコが自らの意思でここで働いているというのは十分ありえる話だからだ。
それから、セルが真にナシコを助けに来たらしいと理解して驚愕を隠せなかった。いったいどうしてそんなことをするのだろう。奴の考えなど理解できないが……もしかすれば、その原因はナシコの方にあるのかも、とあたりを付けるくらいはできた。
それは見当はずれの思考であったが、目的を同じとするならば、と悟飯のささくれだった気を静めるのに貢献した。
「ナシコちゃんとウィローちゃんを返しなさい!」
「んん? ほほ、返すも何も、彼女らは自分の意思でここにいるのだ。それに──」
「嘘おっしゃい!」
ビッと指を突き出した21号は、そのまま赤い光線を放ってシャゲの頬に傷を走らせた。
目を見開いてゆっくりと視線を横へ動かしたシャゲは、遅れてやってくる痛みにワッと口を開けて、慌てて杖を振り回した。
「らら、乱暴者め! ええい、暢気に話しでもしてみよーなど考えた私が馬鹿だった! 来い、バイオロボよ!!」
「!」
シャゲの背後から跳躍して登場した2体は、これまでの道中で散々打ち倒してきた警備ロボの色違いといった風だった。
「21号、今のは軽率だったぞ」
「黙りなさい。あなたに指図される謂れはないわ……あれは嘘よ。私にはわかるのよ」
なぜか窘めるセルに対して剣呑極まりない表情と声で返す21号は、冷たい顔立ちを遺憾なく発揮してシャゲを睨み上げている。
その両脇から悟飯と16号が前へ出て構えた。現れたバイオロボという存在、これまでのロボット達とはどこか違う……それを感じ取ったのだ。
「つぇい!」
とはいえ。
うにょうにょと動くロボットの合金が特殊で、まるで流動体のように存在しある程度の打撃を無効化したり、果ては合体して強化したとして。
この超戦士達に通用するはずもなく、鞭のようにしなる21号の蹴りが起こした真空波が両断したし、16号が無言で放ったロケットパンチが粉砕してしまった。
……十数年前、まだサイヤ人が襲来する前の地球であったなら間違いなく強大な敵になっていたのだろうが……残念ながら、道中現れた有象無象と変わりはなかった。
「な、なななんと!」
「さあ、老人よ。選ぶのだ。己の死か、恭順か」
驚き慌てるシャゲ……よほど自信があったのか、杖を握り締める彼に悠々と構えていたセルが選択を迫る。
物騒な言葉に歯ぎしりをしたシャゲは、背後の扉から歩み出てきたものにはっとして余裕を取り戻した。
「げっ!」
「ああっ!」
老人の横へ歩み出てきた小柄なメイドに女の子が出しちゃいけない類の声を発したムラサキが音速で消える。床の上でにょろにょろと蠢くケシー&ネーリをヒールで踏みつけていた21号は、その姿を認めるとぱあっと顔を明るくして、それからすぐに顔を背けてちらちらと見るような素振りになった。……赤らんだ顔から緊張しているというかアガッてしまっているのがわかる。
「よ、よし、そうだった! こちらには最強のメイドさんもいるのだ! ゆけい、ウィローよ!」
「……」
「なっ、卑怯な! ウィローちゃんと私達を戦わせようだなんて……! いったいどんな手を使って従わせているというの!?」
無言に、無表情。ステージの上で見せるような笑顔はおろか、自然な表情さえ浮かんでいないその顔は一目で異常だとわかる。シャゲの命令に従うように手すりの前へ歩み出るウィローに、戦いたくないという気持ちゆえか、やや焦った声で叫ぶ21号。
「ふはは、私は催眠療法を転じた催眠術も得意としておるのだ。どのような人間も一振り、二振り、三振りでこの通りよ!」
「な、なんですって!?」
シャゲは、身の安全を確信したためか、先程の発言を覆して非道な手段を用いたことを自白した。
催眠術……神龍への願いや、魔術や超能力ですらないそんなものに、ナシコ……はともかくウィローまで引っかかってしまったというのか。
ありえない、と断じたいところだが、黙々と従うウィローがその証拠だろう。正気の彼女ならば進んでメイド服を着ようとは思うまい。
しかしおとぼけた雰囲気を持つ老人だが、本質はこのように悍ましいものだったか。
人を意のままに操ることに躊躇いがない。まさしく邪悪な輩であった。
「……」
睥睨するように感情のない目で見下ろすウィローは、一つ大きな瞬きをすると、右手を閃かせた。
攻撃の動作か。微かに身構える面々の耳に「ふぎゃっ」とムラサキの声が届く。続いて重いものが落ちる音。
「いったぁ~……あ、死んだ」
こそこそと天井付近を這って隠れていたところを打ち落とされたらしい。打ち付けた尻を撫でた彼女は、2階のウィローと目を合わせて仰向けに倒れ込んだ。人造人間式の隠密は高レベルなのだが、さすがに創造主の目は欺けなかったらしい。もうどーにでもなーれ、と横になり始めるムラサキにセルが呆れた目を向けている。
「孫悟飯。500号が相手になるのではオレ達は邪魔だろう。隙を見てナシコを探しに行く」
「16号……大丈夫でしょうか。ナシコお姉さんも、その、催眠術というやつで操られているなら、襲ってくるんじゃ……」
ムラサキを落としたきり動かないウィローを見上げながら提案する16号に、悟飯は今しがた浮かんだ懸念を伝えた。
本当にそんなものが効くのだろうか。ウィローがシャゲの言いなりになっているさまを見てもまだ信じがたい。
「おそらくそうだろうが、そうなれば場所もわかる。お前達が来てくれればいい」
「そう……ですね。そんな風に無理矢理働かされているなら、どうにかしなくちゃ」
「そうよ!」
やたら大きな声で同意した21号は、怒り心頭といった様子で震えている。
愛すべきアイドルたるナシコとウィローの独占など断じて許せるものではない。できればそういうのは自分がやりたい。もとい、これで奴らを討つ大義名分ができたのだ。堂々と力を振るっても差し支えないだろう。
とはいえ、21号や16号では、ウィローがけしかけられた場合に対処できない。
それができるのは自分かセルだろうと、ムラサキのことをよく知らない悟飯は考えた。
戦うのなら手強い相手になるだろう。一度息を止めた悟飯は、心を決めて超サイヤ人へ変身した。
見知った彼女と拳を交えるのは気が進まないが、そんな事を言っててやられてしまっては元も子もない。
油断はしないように……常日頃師匠であるピッコロに言われていることだ。サイヤ人は、どうも油断しやすい傾向にあるらしいから……。
だからここからは、完全に戦闘向けの意識に切り替えていこう。
「──!」
そう心構えをしたのに、いざ瞬きもしていない内にウィローが掻き消え、同時に頬を殴り抜かれてしまったのは、これは油断や何かではなかった。
瞬間移動。父や、セルのその技は何度も見てきたが、いざ自分への攻撃に使われると虚を突かれてしまって対応できなかった。
「っく!」
体勢を立て直すのもままならないまま、追撃を放とうと腕を引き絞るウィローの顔へ蹴りを突き放つも僅かな動作で避けられ、腹に打撃を受けて後退する。
見切られている……! 孫悟飯の戦闘データは、彼女の中にたっぷりと蓄積されているのだ。戦闘力が向上し、彼我に差があってもその事実は変わらない。
再びの拳打を、これは確実に避け、脇で挟むようにして捕らえる。
下手に力を込めて反撃すれば、きっと訳なく破壊できてしまう。そのために躊躇った悟飯は、跳ね起きた裏拳に顔を打たれてたまらずウィローを解放してしまった。
ロングスカートを翻す鋭い回し蹴りを空気の流れで感知して避け──人造人間が相手だから、気で動きが読めない!──追撃を警戒してバク転をするも、すぐさま追い縋る気配。慌てて両腕で跳躍すれば、ウィローはもう目の前に回り込んで来ていた。
「うわっ! く! っと!」
「──」
逆さまのまま小さな拳の一つ一つを腕で受け、払い、捌く。攻撃は的確で、やり辛い相手だ。
けど!
「捕まえた!」
肘で防いだ腕を絡めとるようにして押さえ、今度は逃がしてしまわないよう素早い動きで着地し、投げ飛ばす。
ひらりと2階へ着地した彼女にはダメージは無いようにみえるが、それは悟飯も同じだった。
ウィローは確かに強い部類だ。しかし超サイヤ人の悟飯の敵ではない。
手心を加えてしまえば少し厳しい戦いになるかもしれないが、それを含めても問題なく倒せる相手だった。
「よし……やるぞ!」
いよいよ彼女を止めるために気合いを入れ直す悟飯だったが──
「どうやらその必要はないようだぞ?」
深く腰を落として構えた悟飯に声をかけたのは、未だ腕を組んで戦闘態勢に入っていないセルだった。
どういう意味か、を問いかけるよりはやく言葉が返ってくる。
「さすがにやるな、孫悟飯……今のわたしでは敵うはずもない、か」
「かっ……」
手すりの先に見えていたシャゲの姿が消えた。原因は、はっきりと見えていた。ウィローが素早い手刀で意識を刈り取ったのだ。それが意味することは、つまり……。
「はぁ……わたしは『来るな』と警告していたつもりだったのだがな」
いかにも頭痛を抑えるようなポーズで手すりを乗り越えて下りて来たウィローは、ふわりと広がるスカートを押さえながらやるせなさそうに呟いた。
・ウィロー
小さなメイドさん
悟飯が真剣に相手してくれそうだったので
せっかくだからと少し味見した