空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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あ、やっと書けた。


五話「要は苺の無いショートケーキ」

 勝己による食生活改善の生活が始まった初日。

 午後のヒーロー基礎学の授業にて、バス移動となっていた。広大な敷地面積に幾つもの疑似的な街を擁する雄英の移動教室は、一度に自動車を利用することが多い。既に慣れた事柄ではあるが、やはり捉把には不思議に思えてならない。

 これ程の設備を万遍無く、不備の無い状態を維持する雄英高校の設備保護は、一体どんな手段によって行われているのか。すべてが規格外であり、この高校に通う内で何度衝撃を受けたか、もはや呼吸するように常識を覆すカリキュラムには一笑に付すばかりでなくては疲労してしまう。

 車内でも個性的なクラスメイトは騒々しく、特に勝己に集中火力であった。切島に「下水で糞を煮込んだ性格」と称されて、食い掛からんばかりに後部座席の面々に背凭れから身を乗り出している。乗車前に勝己によって強引に隣へ磔にされるのを回避し、最も後ろに座る轟の隣に落ち着いた。

 隣と言ってもバスの最後部――長い座席の両端に、窓を其々見るので、視線が交わる機会も無い。寧ろ、轟に関しては睡魔に舟を漕いでいた。

 面白がって移動し、すぐ傍らにまで接近した捉把に驚く。無表情ではあるが、瞳の奥では悪戯心の光が兆していた。無邪気な子供よりも知識があるからこそ悪辣な部分があり、捕まった事に対する悔恨で轟は窓の方に顔を逸らす。

 捉把は彼の頭髪を指で弄り、たまに頬を指で突く。何が楽しいのか、その単調な作業を延々と繰り返した。何分か耐えていたが、流石にその煩わしい感触に顔を顰めた轟が振り向くと、待ち構えていた捉把の白い指先がまた頬に刺さった。

 してやったり――自慢気に目を細めて拳を握る捉把に、長嘆を禁じ得ない。誰よりも大人びていて、誰よりも無邪気な様子。戦闘訓練と平時では雰囲気が明らかに異なる、摑み所の無い刀身だけの太刀を思わせる人物だ。

 轟は以前の会話で、彼女は“個性”婚に似た過程で生まれたと告白した。倫理的にも世間に問われた悪習の如き手段、その犠牲者は自分だけではない。捉把を見る度に、自分と彼女の差違は何なのかを考えさせられる。

 捉把はふと、難解な事実を追及する思考に顔を曇らせた彼を見て、眠そうな顔だと勘違いすると、少し間を空けてから揃えた自分の膝を叩く。

 訝って振り向いた轟は、そのまま伸びてきた彼女の手に頭を抱えられ、ゆっくりと横倒しにされた。頭部の下にある少女の太腿に戸惑いを覚えたが、髪を梳く優しい手付きについ先刻に打ち克った筈の眠気が甦る。

 

「寝てて良いよ、到着したら起こすけれど」

「……この状態で、良いのか?」

「母さんがよく私にしてくれたの、よく眠れるよ」

「……母……さん……」

 

 捉把は彼の声に一瞬だけ手を止めたが、不自然なく手元の動作を再始動させる。その僅かな変化を、眠りの底に意識が落ちかけた轟は機敏に読み取れなかった。峰田の羨望と怨恨の眼差しを受けつつ微睡む少年の頬に手を添える。

 轟は瞼を閉じて意識を手放す。ただ、寸前で捉把が頬に置いた手を握って、まるで甘えるように強く指を絡めた。

 為されるがままの捉把だったが、それを見咎めた勝己が眦をつり上げた凶悪な顔で噛み付く。

 

「おいコラッ!!なんで半分野郎寝せてんだ!?」

「別に良いでしょう、勝己くんよりは」

「ああ!?」

「そういや、確か轟が空狩の胸を鷲摑みにしてたから、今さら膝枕も恥ずかしくないってか」

 

 上鳴の爆弾発言に沈黙する車内。相澤でさえも、手元の手帳の頁を操る手が停止した。

 

「それは勝己くんの前で――」

「おい、クソ女」

 

 捉把が振り向くと、闇を湛えた笑顔で勝己が近付く。

 

「ソイツ寄越せ。あとテメェもシバく」

「……そう、じゃあ――君も、触る?」

 

 キャミソールの裾を少し捲り、潤んだ瞳で見上げる捉把。芳香でも漂わんばかりの艶麗な誘惑に、完全硬直した勝己は、一分後に黙って元の位置に戻った。全身まで真っ赤である。

 全員が勝己を憐れみ、捉把へと振り向くと――彼女はピースしていた。完全勝利を黙って告げる姿に、誰もが苦笑する。荒い呼吸で席を立とうとした峰田は、八百万の拘束を受けていた。

 

「撃退完了」

「遊んでるなよ、着くから準備しろ」

 

 相澤の号令に従い、皆が動き出した。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

「すっげー!!USJかよ!?」

 

 ドーム上の施設に入ると、クラスメイト達が驚喜の声で叫んだ。全方位に様々な地形の空間が設けられ、圧巻の景色となって全員を包む。捉把は防弾硝子の天井を見て、眩しげに目を眇める。つくづく設備費用や管理方法について懐疑的に構えてしまう。

 まだ眠気を引き摺る轟の手を引きながら、相澤が集合命令を出す位置に整列を始めた。轟を配置した後に、自分の順番へと列に割り込むと、後ろから風に靡く漆黒の外套の裾に脹脛を撫でられ思わず振り返る。

 後ろに居たのは、相澤を見据えた常闇踏影。

 烏に似た嘴の如く著しく前に長い鼻梁、後頭部では頭髪が逆立つ姿が凛々しく、荒々しい。全身を黒装束で覆い、クラス内では誰よりも色濃い影を纏う姿である。体格は小さいが、個性把握テストで見た時は強力な“個性”の持ち主と認知している。

 捉把が黙礼すると、常闇は視線だけ寄越し、目礼して前を見た。寡黙で冷静な印象とは裏腹に、挙止の一つが愛嬌あり、捉把は無意識に手で彼の鼻先や頭頂を撫でたりした。狼狽える常闇にも委細構わず続行する。

 やがて頭を振って回避した彼に、やや悄然として前に向き直った。常闇に拒絶されたのも理由の内だが、それよりも後方から凄まじい眼光を飛ばす勝己の殺気が何よりも恐ろしかったからである。

 相澤の指示で待機していた面々の下へ、重厚な鎧……ではなく、宇宙服を模した身形の人物が悠々と歩み寄る。

 

「水難事故、土砂災害、火事……etc. あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も――」

 

 誇らしげに胸を張るその人に、麗日お茶子――入試前に出久と話した茶髪少女――が目を輝かせた。捉把はその愛らしい姿よりも、宇宙服の中身を気にして目を細めた。

 およそ夢も無い詮索に、常闇が肩を叩く。振り向かせた捉把に横へ首を振った。

 

「ヒーローとは正義の使者。無粋な詮索は平和の乱れ」

「嫉妬しなくて大丈夫。常闇くんの方が可愛いよ」

「か、かわッ……!?」

 

 よほど心外だったのか、外套で口許を隠して少し後退る常闇。その頭頂に手を置いて、またしても撫で始める捉把だったが、相澤の襟巻きの先端が飛来し、その後頭部を撓り打つ。乾いた音と共に踞る捉把の様子を誰も見ていなかった。安堵する常闇に、未だ諦めぬ捉把の熱意を込めた眼差し。

 宇宙服が当惑するのを相澤が指で継続を指示し、襟巻きで捉把の腕を後ろ手に組ませて縛る。説明は続けられ、憐憫の眼差しを常闇は足下に膝立ちの姿勢で受ける彼女へ注いだ。

 

「――そ、その名も、『ウソの災害や事故ルーム(USJ)』!!」

「「「(ホントにUSJだった!!)」」」

「パクりですか。要は苺の無いショートケーキ」

 

 全員の顔が蒼褪めた。常闇が横からその口を塞いだが、時既に遅い。完全に固まった宇宙服、相澤が捉把の顔面までも襟巻きで縛り上げて沈黙させる。その悲惨な姿に知り合いである出久と勝己は呆れていた。

 一方で、麗日だけが跳ねて喜んでいる。捉把以外にもマイペースな生徒はまだおり、奇しくも彼女のお蔭で凍り付いたクラスメイトが再始動した。轟の氷結さながらの空気を読まぬ捉把の言動から、誰もが逃れたい一心である。

 

「スペースヒーロー『13号』?」

「うん。災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーローだね」

「わーー!私好きなの13号!」

 

 微笑ましきはその喜び様、一部を除いて皆の顔が綻ぶ。捉把は最早前も見えず、絞首台に乗せられた死刑囚のように俯いている。さしもの常闇も憐れに思い、大人しくなった捉把を案じて相澤へと無言で視線を投げ掛ける。首を振って否定された、相澤は演技力の達者な事を知っている故に一切許さない。

 嗤う勝己の気配を感じ、捉把は解放直後に復讐を誓った。宇宙服――13号が目の前に掌を突き出し、指を一つずつ畳んでいく。捉把の口が漸く解放された。

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

「「「(増える……)」」」

「相澤先生で手一杯なので後にして下さい」

「「「(マイペース!!)」」」

 

 相澤の手刀――沈黙。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その“個性”でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

 

 出久の言葉に、麗日が顔の肉が剥ぎ取れん勢いで頷く。

 

「ええ……ですが、しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう?」

 

 人を殺せる力。

 それを聞いた途端、全員が沈黙した。何より、捉把の動きが止まる。入学試験で数多の命を屠った怪物、そしてそれを圧殺した己の“個性”。今や悪事にも善事にも用いられる武力、兵器の一種としても捉えられる。

 捉把は特に、空間断裂や空間圧縮、他にも空間内の物質を分解する荒業があるが、人間を対象とすれば必殺必滅の一手。勝己の爆破、轟の半冷半熱も人を凍死や焼死させたりも容易に可能だ。

 超常の力を扱う者は、常に己の力について知覚的でなければならない。誰かの言葉だったが、捉把はその意味を重々承知している。誰かを救う力は、忌々しくも誰かを殺傷する力に転ずる場合があるのだ。だからこそ、無闇に揮う事を禁じられ、抑制の為の規則、ヒーローという職責が与えられた。

 特に、オールマイトこそ代表例だ。

 

「超人社会は”個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば、容易に人を殺せる行き過ぎた“個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい」

 

 全員が互いを見遣る。特に、切島は捉把を案じて振り向いていた。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」

 

 13号が両腕を拡げて、周囲を眺め回す。

 

「この授業では心機一転!人命のために”個性”をどう活用するのかを学んでいきましょう! 君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さいね。――以上!ご静聴ありがとうございました!」

 

 説明を完遂した13号がお辞儀をすると、全員が拍手をする。相澤の束縛を解かれた捉把も、黙って立ち上がると自身の掌中を見詰める。人道を逸する力を、個々が持ち合わせている。

 本人の意思によって凶器にも救済にも為り得る可能性を秘めた力の結晶。捉把も入試で自戒した事を、改めて己の胸に念を押すように刻む。

 

「さて、そんじゃあ先ずは……」

 

 胸中を察した相澤が指示を発する直前、目に緊張の色を走らせた。不意に捉把の背筋に悪寒が走り、脊髄反射で臨戦態勢になる。五感を突き刺す危機感、普段ならば物理的現象にしか反応しない感覚器官が、勘という曖昧なモノに刺激されて過敏になる。

 相澤と背中合わせになり、左手の猫爪を長くして構え、右手には刃の拉げて潰れた歪な短刀を手に執る。猫耳帽子の鍔の下で、周囲に目を奔らせた。悪意に敏いヒーローと、誰よりも危険を看取するのに鋭い少女の様子に全員が訝る。

 捉把と相澤が反応したのと同時に、階段下の噴水付近を背景とした虚空から、黒い濃霧の如き靄が現れた。渦動し、次第に空間一帯へと大きく膨らむ闇の躍動。出現に伴うものは無く、明らかに“個性”である。

 

「ッ……一塊になって動くな!!」

 

 邪悪な跳躍、それか空間を歪曲させて到来する。穿たれた空間から充溢するのは、向こう側で集積した途方もない悪意が奔流となったすべて。吐き気を催す様な感覚に、捉把が顔を顰めた。

 これは敵襲――つまり、敵の登場だった。

 噴水前に生まれた暗黒の内から出現する人間。どれもが粗暴な風体、明らかに喜悦と害意に恍惚として顔を歪めている。捉把が身を翻し、相澤の隣を過ぎて敵の一人に飛び掛かった。

 勝己が目を見開く。――またあの時の感覚!敵前にて見せる捉把の顔は、誰よりも冷徹で澄んでいる。阻める物など無い、吹けば命を刈り取る疾風の様な姿。

 早業で二人の首筋を短刀で殴打し、意識を刈り取る。相澤の誰何よりも先に、再び集合場所へと後退した。今は叱るよりも最優先に生徒の身を考える立場上、相澤は横の捉把を一瞥してから後方の全員を叱咤する。

 

「13号!!生徒を守れ!!」

 

 首に下げていたゴーグルを装着し、相澤は目線を一度だけ捉把に投げ掛けた。捉把もまた意を察し、瞬時に次の行動指示の内容を承る。猫爪から通常状態に戻し、後ろへと飛んで生徒の列に入る。

 混乱する一同の前で、相澤の戦闘が始まった。流麗な手捌きで一人ずつ拘束する腕に、捉把も素直な尊敬の念を抱く。簡単な体術、特殊合金の繊維で編んだ襟巻きを巧みに操る技量、冷静な判断力、視認している間のみ対象の“個性”を強制的に抹消する――イレイザーヘッドと呼ばれるヒーローの姿である。

 発動型以外には“個性”が通用しない故の拘束に特化した処理の術理。

 

「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか……!!」

 

 先日、雄英のセキュリティを破り、施設を破壊した犯人が居た。敵意の在処や正体までは判明しなかったが、それでもヒーローの築いた自信に罅を入れる痛撃である。

 “個性”発動に備えた全員は、戸惑いと恐怖で周りを見回すばかりだった。

 捉把は掌を分厚いゴリラの皮に変化させ、短刀の柄頭にある穴に雑嚢から取り出した鋼鉄製ワイヤーを結び付け、接近する侵入者へ投擲した。手元を横へ振ると、投じられた短刀が軌道を変え、それに伴って敵へとワイヤーが絡まる。

 動きを封じられた瞬間、敵は脚部を羚羊にした捉把の膝蹴りを顔面に強か喰らって気絶した。13号の注意が喚起される前に、短刀を回収して再び列に帰還する。切島はまたも彼女の戦闘技術に畏敬する。この状況下で戦闘が可能な冷静さがあるのは、プロの相澤や捉把のみだ。

 今や相澤に代わり、対人特化の戦技を持つ捉把が生徒を護衛している。

 その中で、捉把とは別に最も冷静に事態の趨勢を把握し、観察していた出久は携帯を取り出して学校に連絡を取ろうとした。彼だけが判っていた、捉把もまた敵をいなすのに手一杯。13号は十数名もの生徒を扱うので困窮している今、生存の為に生徒が取るべき行動は一つ。

 それを実行出来たのは、まだ“個性”の実用が難しく、戦闘に不向きな状態である出久だったのだ。

 しかし、連絡手段として手にした携帯が反応しない。

 

「駄目だ!妨害されてるのか、電波が繋がらない!

 (侵入者の中に、電波妨害を可能にする“個性”が居るんだ。だからセキュリティにも反応しない!)」

 

 生徒の一人ひとりが確認する。しかし、やはり無駄だった。

 前方から生徒達に向かって急迫する敵勢との間に、捉把はまたしても一人を打ち倒し、閃光弾を地面に叩き付けた。溢れる強い光に皆が目を塞がれるが、動かないのは敵も同じ。

 ――背後から敵影は無い今、目の前だけに集中すれば良い。

 捉把は目を蛇の角膜で閉じて光を遮断し、催涙弾を次に敵の中心部――渦巻く黒い霧の前へと投じる。次々と現出する悪の権化達は、突如として炸裂した催涙弾が広範に赤い粉末を蔓延させ、咳き込み、悲鳴を上げて転がる。

 閃光が止んだ時に生徒が目を開くと、捉把が既に前衛部の数名を失神させていた。振り返って切島に視線を投げ遣る。彼女に向かって刃物を提げた一人が駆け寄る。

 切島が走り、寸前で硬化した前腕で受け止めて砕き、そのまま敵の腹部へと打ち込む。

 

「おい、空狩!危ねぇだろ!?」

「信頼してたから、切島くんなら来てくれるって」

「そりゃ嬉しいぜ、やっぱり男だぜ!」

「本当に失礼だね」

 

 13号が『ブラックホール』の吸引力を利用して、何人かを捕縛する。その間にも、生徒達はまだ混乱から立ち直れずに居た。

 捉把は跳躍し、近くにあった仮想避難訓練用のフィールドにある高い岸壁の凹凸に摑まり、全景を見渡した。

 ――現れたのはUSJのみ、或いは学校全体。少なくとも現状では此所がかなり危険。校舎から隔離された空間、ヒーロー基礎学の内容に合わせた奇襲。計略無しの阿呆にできる手際じゃない。

 捉把は壁面を蹴り、切島を背後から襲う相手の胴を横合いから踵で撃ち抜く。加減して打ったため、肋を何本か折る感触と共に、地面を転がって失神する敵。

 

「用意周到な連中による犯行……!」

「(出久くんも成長したね。)」

 

 捉把が感心する。

 オールマイトによる訓練を受けて以来、元より柔軟だった思考の展開速度や正確さの増した出久は、確かに中学時代に消極的だった彼が隠し持ち、発揮されずに凍結されていた彼の“強み”。

 敵の攻撃網を脱出し、一度後退した相澤が捉把の隣に立つ。全員が安堵した、まだ負傷していない。

 

「空狩、13号主体で避難をさせる、お前はクラスを纏めろ」

「了解です」

「先生、一人で戦うんですか!?」

 

 出久の叫びが相澤の鼓膜に届く。戦闘スタイルでは複数相手の正面戦闘が難しい“個性”である。

 相澤の強さの全容を理解している訳ではない。しかし、あの多勢を一人で処し遂せる自信があるのだろうか否か。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。対人戦闘の心得はそれだけある。13号、任せたぞ!」

 

 そう言って再度飛び出す姿に、出久は己の誤認を訂正する。あの歴戦のヒーローが、己の弱点を識らず改善の処置を施さぬ道理が無い。確かに捉把と13号の援護ばかりに目が向いていたが、相澤の戦闘は確かに闇から湧き出る有象無象の敵を手玉に取っていた。

 それでも、やはり相澤も人間。その体力にも限界がある。まだ敵の導入は続いている、底が見えない。

 

「出久くん」

 

 相澤先生を心配する出久に、捉把が声をかけて催促する。

 

「私が殿、君の判断力を活かして宇宙服先生を補助。勝己くんは私が落ち着かせるから、気負い無く指示して」

「でも、君が危険だ……!」

「舐めないでよ少年、信じろ私を」

 

 出久の体が固まる。オールマイトのような口調、明らかに気丈に振る舞っている。捉把も無理をしている自覚があるのだ。

 口を開こうと出久が動いた瞬間、体が勝手に捉把に背を向ける。次に背中を軽く突く空気の衝撃に押され、13号の下へとよろめいた。後ろを顧みれば、捉把が同じように切島を移動させながら手を振っている。

 確かに現状では捉把や轟、集団に対する戦法が適応する。第一、何も出来ない自分が意見を挟む事を烏滸がましいと感じてしまう自分が居た。 

 

「頼んだよ、出久くん」

「……判った」

 

 出久が皆の方へ戻るが、勝己が逆方向――捉把の方へと歩き出す。彼女の肩を摑もうとした手が止まった。空間を固定され、完全に動けない勝己へと振り返る。

 捉把は儚げに笑む。

 

「勝己くん、みんなをお願い」

「テメェも逃げろ、んな顔で雑魚にも勝てる訳ねぇだろ」

「私は大丈夫だから」

「ヒーロー止めろ、んな顔するくらいなら」

 

 捉把の表情が凍り付いた。

 

「テメェは自分の所為で他の奴が犠牲になるのが怖ぇだけだろ。母親みてぇに、人を助けるのに都合良いのがヒーローだったって話だろ?

 憧れも無ぇ、人を救う時に達成感あったか?理想の形に近づいたッつー手応えあったかよ?」

「……それは……」

「無理ならやめろ。……代わりに俺が――」

 

 その瞬間、敵を招き入れていた黒い霧の渦が変動し、生徒の方へ広がる。空気に瀰漫する殺意に、勝己が捉把を背に回して構える。彼の言葉で完全停止した捉把は、敵を何人も無力化した勇ましい姿ではなく、力無いただの一人の少女であった。

 勝己の背に伸ばした手を躊躇って引く。

 

「させませんよ」

 

 13号と相澤の隙を衝き、生徒達に覆い被さる。

 前景を黒く染めていく姿、捉把の脳裏に過去の情景が去来する。思わず勝己に縋り付いた。

 

「初めまして、我々は敵連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 悪戯の類いではない、明確かつ凄まじい悪意の下に行動している。膝の立たない捉把を切島が支える。

 勝己が駆けて霧を爆風で払うが、手応えは空しい。敵の弱点を捉もうと必死に、先ずは霧を掃って時間を稼ぐ事に専念していた。

 捉把は離れて行く勝己を追い求め、切島の腕から抜けようと足掻いて手を伸ばす。

 

「待って、置いてかないで」

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃる筈、ですが何か変更があったのでしょうか。まぁ……それとは関係無く……貴方たちも潰します」

 

 空気中に響く黒い霧の本体が発する声に、捉把の中でスイッチが入った。切島の顔面を裏拳で打ち、怯んだ隙に腕の中を離れる。“個性”を瞬時に展開し、勝己と自分の位置を置換した。

 

「散らして、嫐り、殺す」

 

 それと同時に、黒い霧がすべてを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よし、次だ!!
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