空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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ふー、今回は重い。


六話「ビターチョコは嫌い」

 黒霧の渦が生徒を呑み込み、別の空間と接続して強制送還する。長距離も度外視する“移動”の“個性”の一瞬である。勝己による爆撃でも無傷であることから推測するに実体は無く、物理的攻撃力も極めて低い。己の身体を所謂ワープゲートとした人間。しかし、どんな“個性”も理屈や根拠に基づいた弱点が必ず内在する。

 霧が全員を解散させ、身体から発する瘴気の如き霧を収縮させ、侵入した集団の主犯格の男の方へと移動した。未だ組織力も無い烏合の衆、八九三で固めた付け焼き刃だが、生徒達を殺めるのには容易い人員数。

 ワープゲート男――黒霧が奮闘する相澤の戦場に合流せんと足を早めた時、全身に抵抗力が掛かって自由を奪われた。関節が錆びる、筋肉が硬直する――その類いの話ではない。この場の空気自体が凝固してしまっていた。

 自身から発する黒い靄の所為で見えなかったが、いつの間にか透明な半球状の膜が展開され、内側に捕らえられている。何事かは即座に理解出来た、この強力な力の運動からは脱出など叶わない。

 あの方が、注意しろと言っていた……――!

 

 黒霧の背後では、空狩捉把が静かに佇立していた。

 強制転移を発動される寸前に、クラス全員を『空間』による空間固定で無効化を急いだが、有効範囲に納めるまでの寸陰の間に消えてしまった。結果として己だけが取り残された捉把は、“個性”発動をそのまま継続し、黒霧を捕らえるのに成功する。

 空間諸とも固定化されてしまえば、実体は必ず在る、なら其処に存在する以上、逃れられはしない。後は強度の空間の超震動で実体の部分を微細な粒子にまで粉砕するか、或いは空間の断裂で切り裂くか。広範囲にまで及ぶ黒霧よりも空間干渉能力は低いが、この近接戦となれば汎用性のある捉把に絶対的優位がある。

 捉把の目は、平時では考えられぬ刃も同然の冷たく静かな怒りを瞳に湛えていた。この男の所為で、また喪うかもしれないからだ。認めてくれた仲間を、口煩くも面倒を見てくれる教師を、自分を想い遣ってくれた勝己も、この男達の工作で落命してしまう。

 捉把が前に伸ばした掌を、ゆっくりと五指に力を入れて握り込む。黒霧を包む空気が中心に向かって収斂し、凄まじい圧力を掛けて折り畳まれる。実体の部分までも圧し潰される感覚に黒霧は小さい悲鳴を上げた。

 まずは空間圧縮で骨身を砕いて行動不能にする。その後に断頭でも圧殺でも、幾らでも処刑は出きるのだ。光を失った仄昏い双眸で凶行に及ぶ捉把を、相澤が遠くから戦闘の合間に確認する。

 いま彼女は入試の時と同様に暴走しかけている。その身辺が危殆に瀕するよりも、他が為に憤怒する稀有な気性。それは時に、敵ならば構わず殺害する危険性を孕む。平時の飄々とした彼女と、戦闘時の彼女は紙一重で繋がっている、それが崩壊した時に見せる一面が――あの顔である。

 その背景に壮絶な過去がある事は読み取れる。安易に問い糺して良いモノではない。しかし、いつか誰かが踏み込まねば、永遠に彼女は孤独である。

 そんな相澤の憂慮も識らず、捉把の手は止まらない。

 

『ヒーロー止めろ、んな顔するくらいなら』

 

 捉把の意識を呼び醒ます。

 “個性”が解除され、黒霧の体に自由が返戻された。圧迫感の解放と同時に拉げていた景色が修正され、解放感と同時に脱力して倒れた黒霧の靄が晴れ、実体が捉把の目前に曝される。正体を暴露してしまった彼は、慌てて己の核を隠した。

 突如として茫然自失とした捉把の様子に、好機と打って出た。能力を解除した今の内に相澤を仕留める。黒霧が地面を吹き払う禍々しい風となって戦地へと急ぐ。

 我に返った捉把が追随する。獣の脚力を持つ彼女は、黒霧との距離を俊敏に潰していく。鬼気迫る表情、霧の進行方向に回り込んで立ち塞がった。

 動揺を全体で表し、霧が風に煽られた炎のように大きく揺らめく。捉把は即座に『空間』を展開し、前方全域を空気衝撃で一掃する。地面が捲れ上がり、瓦礫と共に黒霧の総体が弾け飛んだ。加減無しの“個性”――殺人の域に及ぶ凶悪な兵器の真価である。

 血飛沫と共に、全身の骨が軋む苦痛を味わいながら、黒霧が身を翻し、竜巻の如く縦に長く渦巻く霧を伸長させた。

 

「ッ……仕方ありませんね、これを贈ります」

 

 捉把が空間断裂で動きを封じようと試みた時、視界が白い大きな掌に包まれた。鎖された景色、疑問に思考を巡らせんとしたが、頭蓋を握り潰そうとする圧力に襲われ、悲鳴も上げられずに足掻く。手触りで自分を摑むのは大きな何かだと推測した。

 突然、上空へと持ち上げられる引力を感じ、次に浮遊感、次に落下、最後に地面に激突する痛み。捉把は何者かによって動きを封殺されたまま、一瞬の内に何の抵抗も許されず叩き伏せられた。嫌な予感を察知して、咄嗟に『獣性』で総身を犀の身体強度に変換したお蔭もあり、死は免れた。しかし、節々では骨折などの損耗で激痛が脳を乱打し、動く事すら儘ならない。

 吐血し、朧な視界で見上げた其処に奇怪な生物が居た。

 小鳥のように忙しなく首を傾げる不審な挙措、皮膚や頭蓋骨も介さず外気に晒した大脳、後方に押し瞑れた鼻梁と、著しく飛び出した眼球が落ち窪んだ眼窩を埋め尽くす。虹彩が非常に小さく、そこに理性の光があるか判らない。

 手足は屹立する鉄柱、胴は大樹さながらであり、外貌は尋常一様ではない猪首の白い巨人であった。全身の筋肉が不自然に痙攣を繰り返し、顔の割に小さな口は開けられたまま、ズボンと脛当を装備した以外は裸の姿。

 激突を果たした捉把の背の下の地面は窪地となり、周囲に亀裂が走っている。隕石でも墜落したかの様な地形の中心に仰臥する少女を持ち上げた怪物が跳躍し、相澤の戦う場所へと戻る。すると、ひとつの人影が怪物と捉把の登場を気取って歩み寄った。

 腕や顔を切断された人の手と思しき物で摑ませ、人相を隠した異様な風態。上下を質素な黒服で包み、無造作な灰色の頭髪の下で鋭い目をした細身の男性である。その姿を視認しただけで、途轍もない悪寒に捉把は総毛立った。

 

「やァ、お前が確か空狩捉把……だっけか。同じ“生徒”として会えて嬉しいよ」

「……ど……ういう……?」

「お前も“先生”の作品の一つなんだろ?この不良品と違ってさ」

 

 捉把を拘束する怪物の腕を叩いて笑う男――死柄木弔に、捉把は何の理解も呈する事が出来ずに狼狽えた。“同じ生徒”、“先生”、“作品の一つ”、“この不良品とは違う”……。傍証となる言葉の真意を探るにも、思考を鈍重な痛みが妨げる。

 死柄木の嘲笑にも苛立たず、次第に意識が遠退いていく。

 

「お前が居るべきなのはこっちなんだぜ?」

「……うる、さい……」

 

 捉把の脳裏にフラッシュバックする過去の情景。

 楽しく戯れた中学三年の春から現在に至るまで、勝己や出久、切島や轟を中心に動いた世界。それ以前の灰色に褪せた記憶を更に遡行して、余命僅かな母と過ごした最後の日々。死に際に見せた、彼女の安らかな笑顔。

 それよりも前に、暗室に所狭しと並ぶ試験管の中を満たす液体、そこに奇怪な生物が浮かんでいる。それを望洋と観察しつつ、背後から抱き締めて庇おうとする母の金切り声。そして、捉把へと手を伸ばす黒い影……。

 頭痛が酷くなり、意識が朦朧とする。

 

「だって、お前は“先生”の最高傑作なんだ。“先生”や俺の為に働くんだよ」

「私は……空狩嗣音……の娘……」

「来いよ、“脳無の娘”」

 

 

 

 

 

 

 

 捉把の体内で、力の制御を果たしていた糸が断たれる音がした。

 

「――――違うッッ!!!」

 

 “領域”が展開する――――USJ全体に。

 相澤は空気を震駭する衝撃波に踏み堪えた。他の敵達も風圧に負けて地面に転倒する。至近距離で発生源から受け、吹き飛んだ死柄木の指示で怪物がその後ろに回り込んで受け止める。最も付近にあった施設が瓦礫の山と化し、中心に立つ捉把の影が揺れ動く。

 薄紅だった捉把の頭髪や獣の耳、瞳までもが灰色に染まる。パーカーを脱ぎ捨てた途端、全身の出血や骨折が蒸気を上げて治癒し、右腕の前腕部半ばから手甲を引き裂いて刃渡り五〇センチの刃に変貌した。

 その変身に死柄木は首を傾げると、首筋を苛立たしげに爪を突き立てて掻く。

 

「いいや、要らね。やれ――“脳無”」

 

 死柄木を支えて居た怪物――脳無が地面を蹴って跳躍する。

 

「ビターチョコは嫌い……苦いの。特に、血の味とかなんて」

 

 捉把の姿もまた消え、同時に発射した筈の脳無の四肢が宙を舞う。瞠目する一同の前で、捉把が脳無の後ろで既に凶器に変容した右腕を振り翳していた。視認可能な範疇を超えた行動速度に、相澤すらも捉えられない。

 これは想定外だった――完全に轟の力の通じる程度の埒外にある位階。オールマイトの一撃には勝らないが、それでも一騎で万軍に値する。それが制御不能となれば、敵味方の双方に多大な恐怖だけを与えてしまう。

 やはり、相澤が直接そばに置いて“見る”しかない。

 身を翻した脳無、切断されて腕を損失した肩の断面が膨張し、新たな腕が再生する。復活した四肢でその場に佇み、捉把の刃を白刃取りで受け止めた。両者の接触に伴って全方位に旋風が吹き荒れる。

 捉把がちらりと視線を遣ると、右腕の刃が変形し、鋭利な先端の突起を無数に持つ巨大な金棒になった。全体では脳無の三倍ほどの長大さ。受け止めた手が刺さり固定された脳無を持ち上げ、金棒を地面に勢いよく叩き付ける。

 地響きが幾度と無く鳴り響く。その所為で肉と骨の潰れる音など聞こえもしない。

 捉把は金棒ごと地面に敵を猛打し、次第にそれを肉塊へと作り変える。喩え『超再生』の如き力が有ろうと、すべて等しく挽肉に変えられてしまっては復活も出来ない。反旗を翻し、最後の力を振り絞ろうとして上がった脳無の右腕も、無惨に薄く扁平な肉の絨毯にされた。

 瞑れた脳無を前に、捉把は右腕を通常の状態に戻す。変化した地形の中心部で、肉塊が膨らんで再生を始めた。

 捉把の右腕はまたしても変身し、無数の大蛇となって脳無に戻ろうとする強靭な生命力の肉塊を、競って捕食する。血飛沫を散らしながら獰猛に食い荒し、うねる蛇体を冷然と見下ろす捉把。

 脳無の肉が完食された瞬間、捉把は自身の右腕を肘よりやや上の部分で切り落とした。取り残された蛇は瞬く間に萎み、蒸気を発して薄い皮となる。血を滴らせた捉把の右腕が、脳無と同じく新たに生え変わった。神経の具合を確かめて、何度か手を握ったり開いたりしている。

 

「はは……こいつもチートかよ、ゴミめが。こんなヒステリックな女を率いれろってのかよ“アイツ”」

「死柄木弔、どうしますか?オールマイトは不在のようです」

「んー、そうだなぁ、でも先ずは――」

 

 死柄木の後方では、相澤が敵の残党を総て片付け、音も無く肉薄していた。背後から襟巻きの先端を投げながら、“個性”の焦点を捉把へと定める。死柄木の左腕と胴を縛り上げ、肘鉄を鼻面に叩き込もうとした。

 捉把は“領域”が強制的に閉じて、力を一瞬でも“抹消”された事で暴走が停止すると、意識を失ってその場に崩れる。

 死柄木は手を伸ばし、相澤の肘を受け止めた。摑んだ部分から、皮膚は乾燥し罅割れ始める。胴に蹴りを入れて突き放した直後に黒霧の靄から、艶のある黒い節くれ立った五指が伸びた。

 相澤は顔面を摑まれ、次に靄を切り裂いて出現した彫刻の様に発達した筋肉で武装した脚部に、腹を打ち抜かれて吹き飛ぶ。死柄木を捕らえた拘束も解けて、血を吐きながらもんどり返る。

 黒霧の内側から、新たに出てきたのは――脳無。

 捉把の闘った個体とは違い、鳥類の様な嘴の内側に牙を持ち、晒された大脳で眼球が蠢く、やはり筋骨隆々とした逞しい肢体の魁偉容貌な生物。全身の肌は暗い紫色であり、相澤の吐血を浴びてズボンに小さく血が滲んでいる。

 

「取り敢えず、こいつは殺して行くか」

 

 意識の無い捉把の傍で、相澤を襲う。

 まだ腹腔に残響がある鈍痛に耐えて、鋭く踏み込み、中腰で大振りに後ろへ右拳を引き絞る脳無、その左脇を跳躍して潜った。左腕と後ろに控えた攻撃の予備動作に入る右手首を巻き付ける。

 胸が張り、後ろで閊えた様になって静止する脳無は、首を傾げて自分が何故動けないかと戸惑っていた。しかし、無理矢理にと腕を稼働させ、背後で必死に止めていた相澤ごと引きちぎった。

 舌打ちする相澤が身を翻した瞬間、自分の腹部をまたしても脳無の攻撃が命中する。鳩尾を貫いた衝撃に呼吸が出来ず、その場に踏み留まりながらも立ち尽くした所へ、続く二撃三撃を畳み掛けられた。

 それからは、怯んだ相澤を殴打する脳無による一方的虐殺――捉把が目にしていたなら、またしても暴走したであろう惨憺たる光景である。顔面や両腕を、地面すら叩き割る金剛力が無慈悲に打擲する。

 脳無が相澤に馬乗りになり、玩具を扱うかの如く腕を捻り上げて遊んでいた。

 

「空狩、相澤先生ッ!?」

 

 声に反応して振り返るのは死柄木。背後の水を掻き分けて来るのは、緑色の頭髪をした少年と二名――出久と蛙吹梅雨、峰田実だった。水難ゾーンに転移された彼等の場所にも、伏兵を十何人か仕込んでいた筈だが、その危地を乗り越えて来たのか。

 教師の悲惨な姿に悲嘆で相貌を歪めている。しかし、出久だけが脳無の事を注意深く観察し、二人を腕で制止した。感情的に動こうとする峰田を蛙吹が止める。

 予想外に早く、生存した生徒の姿に、今回の作戦が大きく失敗したと悟って死柄木が頬を掻いて上を見る。

 

「あー、黒霧。そこの女を回収して帰るぞ。オールマイト居ないみたいだし」

「そうですね」

「ああ、でもその前に――」

 

 その前に、死柄木が手を伸ばす。

 蛙吹に向けて掌で触れようとしていた。獰猛な笑みを手で隠された面貌に浮かべる。悪意の中枢が彼だと知って、出久の総身にも戦慄で萎縮した。

 

「“平和の象徴”の面子を潰しておこう」

 

 出久の中でスイッチが入った。

 一年前の事件と同じ、誰かの危機感に心臓が激しく動悸する感覚。

 

「ッ……蛙吹さんから、離れろ!!」

 

 しかし――恐慌で固まった筈の体を、出久が無理矢理稼働させて水面を叩いて浸かっていた半身を陸に乗り上げる。水を吸った冷たい服など意に介さず、拳を握り込んで死柄木を横合いから強襲した。

 固めた拳固に、火花を散らして緑の電流が奔る。捉把の“個性”以上の迫力を放ち、蛙吹に危害を加えんとする奇怪な風貌の男に対し、確固たる決意を秘めて放つ。

 

「――SMASH!!!」

「脳無」

 

 唸りを上げた出久の渾身の拳撃。

 死柄木を彼方まで殴り飛ばそうとしたそれは、間に割って入った黒い巨躯に妨害される。敵の腹部を深々と突き刺した腕は、しかし接触した対象を破壊する事も出来なかった。唖然とする出久の右腕を、脳無が摑んだ。

 悲鳴が聞こえる。出久が振り仰ぐ方向には、USJ出口付近で固まった生徒達が見詰めていた。目視した相澤の惨状、これから殺されようとしている仲間の姿に、誰も驚愕と恐怖と怒りと悲しみを抑えられた者は居ない。

 

「終わりだ」

 

 死柄木が恍惚とした声音で告げた。

 

 

 ――その時だった。

 

 

 USJの大扉が吹き飛び、盛大に噴き上がった土煙が発生する。生徒の何人かは煽られて倒れたが、脳無や死柄木の動きが止まる。

 煙の中から姿で、一つの巨影が揺らぐ。

 

「遅くなってしまって、済まない。もう大丈夫――」

 

 

 それは、烈しく燃ゆる闘志の炎のようであった。

 混迷の闇に陥ろうとする人々の心に射す曙光の光。待ち望んだ悪を断絶する、この世が生んだ最強にして最高と称される制裁の鉄槌。

 

 

 

 

 

「――――私が来た!」

 

 

 

 “平和の象徴”――オールマイトの到着だった。

 

 

 

 

 

 




おお、書けた。
次やね、次。
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