空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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久し振りのオマケあり。


七話「勝負の後はハンバーグだよ」

 

 

 大地が震える。

 人間が見上げる。

 悪意を押し潰す、光が射す。

 

 ヒーロー基礎学を受ける1-Aについて、校長の根津と話していた時、ふと彼の脳裏に不快感が走った。それは今まで、“平和の象徴”と謳われる程に誰よりも悪意と対峙して来た英雄として養った感性から与えられたものか、或いは自身と強く結び付く“後継者”を介して狂乱する敵の意思を知覚したのか。

 どちらにせよ、神懸かりの曖昧な感覚に奔走し、校長の話を振り切って馳せた所に、ヒーロー基礎学を受講していた筈の1-A委員長の飯田天哉と擦れ違い、事の顛末を聞いた。

 その時、己の不甲斐なさに心底から腹が立った。

 子供が一体、どれだけの恐怖に晒された?それを守るべく、凶器の前に身を挺して立った後輩達が、どれ程の苦難を強いられて尚、勇敢に闘った?これまで人々の救いとなるべく、己の総てを擲って来た男しては、これ以上ない忸怩たる不覚である。

 己の務めを果たすべく、既に傷付いた仲間がいる。

 もう手遅れなのかもしれない。

 しかし、だからこそ!

 だからこそ、そんな仲間に対し、胸を張って言わなければならない言葉がある。

 この悲劇に終止符を打つべく、“平和の象徴”として悪の前に越えられぬ絶対的な壁として屹立する!

 

 

「もう大丈夫――――私が来た!」

 

 

 No.1ヒーロー・オールマイトの登場。

 救済の手が差し伸べられ、張り詰めていた生徒達が歓呼の声で、胸が張り裂けんばかりに叫ぶ。涙を流しながらも、其処には大きな安堵が兆す。奮闘した彼等にとっては、これだけを待っていた。待望し、渇望し、切望した、この正義の権化の到着を。

 

「オールマイトォォ!!!!!」

 

 出久は入口付近を見上げ、降臨した憧憬の姿に安堵すると共に、驚怖で目を見開いた。其処には、自分の知るヒーローとは違うモノが宿っていたからだ。

 ――オールマイトが、笑っていない。

 力を得て増長した凶悪なる悪意達を制するべく、平和の支柱として闘い続ける彼は、常に社会を照らす赫耀たる笑顔だった。謂わば正義の核たる人物は、憤怒に燃えた相貌で戦地を見下ろしている。

 それは当然だった。

 オールマイトにとって、手塩に掛けた弟子である出久と、途中参加ではあったものの、自分を慕い付いて来てくれた捉把が危機に瀕する姿こそ、最も忌避すべき現実なのだ。最悪の方向へと向かう事など許さない、事態の帰趨を必ずや皆の安全と笑顔に納めて見せる。

 死柄木弔が卑屈に睨め上げる先、其処にまた敵達も視線を募らせた。自分達が倒すべき目標、それを目の当たりにした時、恐怖と威圧感に身が竦まる。今までは彼に守られて来た、しかし敵対するとなれば、絶対の安寧秩序をもたらす使者は、自分達を滅する破壊の神。

 オールマイトが階段の上を跳躍した。全員が身構え、正面から悪意で塗り潰さんとした。

 

 ――その刹那に、階段下の敵は残像も無く駆け抜けたオールマイトの軽い打撃で沈んだ。見えもしない、触れる事も能わず、如何に己が驕っていたかを痛感させられる。無念と後悔に反吐と涙を足下に撒いて、正義の名の元に倒れた。

 葉隠透の“個性”や、空狩捉把の光の屈折率の操作による透明化などの、超常や科学的根拠など無い。肉体を以て、物理法則や超常をも凌駕した未知の領域を往来する。No.1ヒーローの名は伊達ではない。

 オールマイトは両腕に抱え上げた相澤の容態を確かめた。痛々しく、腕や顔に刻まれた激しい損傷。生徒を守る為に此れ程の傷を負いながら闘った姿は、喩え無惨であったとしても、他人の胸を衝き動かす勇姿に相違無い。そして、またその一人としてオールマイトも拳を握り締める。

 黒霧が既に捉把の半身をワープゲートに抱え込んでいた。翻身したオールマイトの姿が、再び視界から消える。その瞬間に、脳無に摑まっていた出久や、死柄木の脅威に崩れんとした蛙吹梅雨と峰田実を救い上げた。惜しくも、捉把に伸ばした手は届かず、空しく振り払った手が死柄木の顔面を叩いた。

 高速で敵陣を離脱したオールマイトは、後ろに庇った相澤の方へと生徒達を降ろす。まだ空狩捉把が救助されていない。彼女を人質として利する心算か、未だ完全に転移させずに居る。飯田天哉から得た諸情報から逆算し、内容にあった相手の特徴を照合していく。

 敵の分析と同時進行で、背後に居る混乱した生徒達に指示を送る。最優先すべきは生徒の脱出、及び負傷し意識の無い相澤を安全地帯に運ぶこと。立ち上がり、これ以上の加害を認めさせず、悪意と守るべき者の間に構える。

 死柄木弔は、足下に落ちた顔を覆う「お父さん()」を拾って装着し直す。悲嘆に震えた声音は子供の様だったが、同時に狂喜が混在する。

 

「救けるついでに殴られた……。ははは、国家公認の暴力だ。流石に速いや、目で追えないけれど思った程じゃない。やはり本当だったのかな……?弱ってるって話……」

 

 死柄木の面相が狂喜に形を変えた。

 出久は再び慄然とする。脳無に一撃を与えた時、普段ならば自らの肉体すらも崩壊させる超破壊力を惜しまず叩き込んだのに、あの肉体は全くの傷や不調を見せずに動いている。

 “個性”の影響か、仮にそうなのだとしたら、オールマイトの力でも倒せない!

 

「オールマイト、ダメです、あの脳ミソ敵!!ワン……っ、僕の腕が折れるくらいの力だけど、ビクともしなかった!!きっとあいつ……」

「緑谷少年――大丈夫!」

 

 矢継ぎ早で捲し立てる出久の語調に、焦燥と不安を感じ取ったのか、オールマイトが遮る。口を噤んだ子供へと振り返った彼は――“いつもの”笑顔だった。

 横にしたピースサインを目許に翳している。この笑顔に幾度も救われてきた、でも現状は違う。出久は彼の致命的な内情を知っているからこそ、安心感が湧いて来ない。

 オールマイトが低く前傾姿勢で地面を蹴り、胸前で十字に交差させた腕を振るって放つ。寸前で指示を出した死柄木に従い、脳無が攻撃を代わりに受ける。外気に触れる大脳を直撃し、それだけで致命傷となって沈黙する筈であった。

 しかし、脳無は依然問題なく両腕で彼を捕獲しようと飛び出す。上体を反らして躱したオールマイトは、出久の言葉にあった『脳ミソ敵』の能力の一端を手応えをもって識る。普段ならば、どんなに奇怪な力の運動や硬度を持つ肉体であっめも有効な打撃は、深々と突き刺さるだけであり、一向に倒れる気配がしない。

 反り身の状態から、再度も脳無の腹部を拳で突く。怪物は停止しない、オールマイトの一撃、脳無の反撃、互いに容赦なく次々と手を講じる。愚直に打撃を与えるオールマイトを滑稽に重い、死柄木は嗤った。

 脳無の“個性”――『ショック吸収』。オールマイトの全力に耐久し得る力であり、効果的なのは肉を抉る以外にない。だが、数秒以上もオールマイトと正面衝突を繰り広げて立つ肉体と強さ。容易に為せるものではない。自慢気に語る死柄木は、勝利を信じて疑っておらず、後刻に訪れる英雄の死を脳裏に思い描いて笑った。

 それでも猶、オールマイトは笑みを絶やさない。敵の“個性”に関する情報を得たならば、次の手も打ち出せる。皮肉を込めた謝礼を述べた。脳無の背後に回り込み、胴を抱き上げて反り身になった勢いで、敵を更に後方の地面に叩き付ける。

 絨毯爆撃でも炸裂させたかの様に粉塵と土煙が舞う。孤軍奮闘するオールマイトを、相澤を運びながら出久達が入口へと退避する。それでも、後ろ髪を引かれる思いで少年は振り返った。自分達に出きる事は無いと知りながら、足枷になると弁えて、それでも不安感を払拭出来ずに居る理由を自覚している。

 出久だけが知る――オールマイトの秘密(ピンチ)

 それを実現してしまうかの如く、オールマイトは窮地に立たされていた。バックドロップで叩き付け、コンクリートの地面に突き刺して行動を封じる算段だったが、沈んだ筈の敵は、黒い靄に包まれて途絶していた。

 代わりに、オールマイトの反らした体の直下から脳無の消えた上半身が出現し、脇腹に指を突き立てて捕まえている。変則的な策略、更に奇しくも捕らわれた際に脳無が摑んだ部分は弱点だったのか、血が滲み始めた。

 黒霧と脳無を用いた戦略である。

 “ショック吸収”で正面からオールマイトの攻撃を相殺し捕獲する。後は、脳無諸ともワープゲートに引き摺り込んで、中途半端な部分でゲートを閉じるのだ。

 すると、転移されなかった部分からオールマイトの体は別空間に分離され、USJには無惨に切断された彼の亡骸が残ってしまう。黒霧の“中”に彼の臓物が溢れてしまうが、本人はそれよりも殺害を意図しており、委細構わぬ心積もりである。

 オールマイトは今にでも振り払いたいが、脳無自体のパワーが優れている他、まだ転移されずに残っている捉把にまで威力が波及する恐れがある。人質と元来抱える弱点が相俟って、これ以上ない窮状となっている。

 初犯でこの計画性、オールマイトが悔しげに悪態を吐き捨てた。確信した勝利で優雅に笑う死柄木は、黒霧の方を見遣る。

 

「もうソイツ、送って良いぞ黒霧」

「やらせるものかよ、悪党め!私がそうはさせるか!」

「じゃあ、先ずは脳無を倒せよ……ヒーロー」

 

 その時、出久が駆け出した。

 相澤を蛙吹に託し、オールマイトの救援に向かう。その眦に涙を溜め、必死の形相で馳せた。黒霧が浅はかと嘲る。この現状で少年に出きる事など何も無い、無為に死にに来たも同然の愚行である。

 しかし、愚挙と知りながら、それでも危険を察知して救いに赴く――真のヒーロー気質を持つ出久の体が看過を許さなかった。敢然と飛び込んだ出久を、泰然と待ち構える死柄木が鬱陶しそうに掌を向けた。相澤の肘を崩壊させたのと同じ力で、出久もその毒牙に掛ける。

 

「どっけ……邪魔だ、デクッッ!!」

 

 ふと、遠くから怒号する声が轟いた。

 連続して空気を叩く爆破の音、振り返った出久の視界を轟然と劈き、黒霧の靄が立ち煙る元の地面に向けて、掌から爆撃を繰り出す。

 爆風に黒霧の全体が風に吹かれて揺らぎ、捉把を捕まえていた部分もまた不安定となる。その瞬間を狙って来襲したクラスメイト――爆豪勝己が彼女を引っ張り出し、片腕でしっかりと抱き寄せた。

 靄を吹き掃われ、スーツを着た黒霧という男の“実体”が暴露された。勝己は見逃さず、再び靄に匿れんとする前に左手で襟を摑んで地面に叩き伏せた。留まる処を知らぬ憤懣に燃え盛った勝己の怒気が伝わり、黒霧は苦しく呻きを漏らす。

 勝己が注意を惹き付けている間、地面を這う冷気を感じて死柄木が振り向くと、其処に転瞬の内に氷が張り、ワープゲートから突き出た脳無の上下の半身を氷結させた。氷の元を辿れば、轟焦凍もまた僅かに怒りを滲ませた双眸で敵を見据えている。

 嘆息して氷を“崩壊”させようと屈み込んだ死柄木は、背後から接近する足音にその場から飛び退く。

 すると、腕を硬質化させて矛にした切島鋭児郎の攻撃が擦過する。

 

「くっそ!!!いいとこねー」

捉把(こいつ)に……気安く触れんな、調子に乗ってんなら殺すぞ、モヤモブがッ!!」

「“平和の象徴”と空狩は……てめぇら如きに殺れねぇよ」

 

 オールマイトは救援に駆け付けた頼もしい生徒達を見た後、脳無の握力が減退している事に気付く。半身が氷結され、自分に届かないよう轟が“個性”を調整していたのだ。謝意を抱きつつ、振り払って出久達の前に戻る。腹部の傷は然程深くは無いが、“時間”が迫っているのだ……!

 勝己は、腕の中の捉把を見詰めた。

 見て判る程に憔悴した顔には汗が滲み、頭髪は艶麗な薄紅から、惨たらしい灰色に変色している。大きな外傷は無いが、自分が不在の間に苦しめられていたのは容易に想像が付く。

 あの時――捉把を庇って、爆撃で黒霧を斥けていた時、靄の広がる範囲や発生する位置を観察していた。蠢き、渦巻く中心から靄は発生し、前景を遮蔽する姿の所為で生徒には見えなかったが、最前線に出ていた勝己は捉えていた。どんな“個性”も身体の一部、必ず弱点が存在するとなれば、ワープゲートなどの類いには動けぬ実体があるのだと推察した。

 靄の広がり方から推考すれば、それで実体を匿っているという結果に辿り着いた。何より、捉把を抱えつつ脳無を転移させる所為で、ほとんど実体の輪郭が露見していたのも、また敵を捕縛する為の徴憑である。

 実態は靄状のワープゲートになれる箇所は限られ、ただ己で己を包んでいただけの事。

 勝己は一層険しく眉間に皺を作り、捉把を抱き締める腕を強くする。灰色になりながらも艶を失わぬ頭髪に頬を擦り寄せた。まだ死んでいない、それだけで心の底から安心する。

 

「ぬぅっ……」

 

 看破された弱点に動揺する。

 黒霧の靄が動き出した時、更に足で踏み押さえた。

 

「っと、動くんじゃねぇ。『怪しい動きをした』と、俺が判断したらすぐ爆破する。……本当は今にでも塵にしてぇの抑えてんだぜ……?」

「ヒーローらしからぬ言動……ま、確かに判らなくもねぇけどよ」

 

 切島が悔恨に、死柄木を睨め上げる。

 何故、いつも大きな負荷を捉把が背負わなくてはならないのか。直ぐに助けに来れなかった自分が情けなく、無力感に震える。

 

 誰かの体温を感じて、捉把は瞼を開けた。

 誰かに強く抱かれている。触れただけなのに、何者なのかを瞬時に悟った。

 

「……勝己……くん……?どうして……逃げ……」

「寝てろ、後で叩き起こす」

「でも……」

「起きたら――」

「え?」

 

 勝己が無理矢理にも言葉を遮った。

 

「起きたら何が食いてぇか言え」

「……勝負の後はハンバーグだよ」

「はっ、楽勝で作ったるわ。んじゃ寝ろ」

「でも、だから……」

「うるせぇ、黙って捕まってろ。直ぐ保健室に叩き込んでやるわコラ」

 

 勝己の腰を摑む手の力が強くなり、捉把はそれを感じて微笑んだ。――絶対に守り抜く、その意を察した。

 

「……うん」

 

 捉把は勝己の背に腕を回した。

 もう一度だけ目を閉じて眠る。深い闇の底に沈殿していた事で重たくなっていた意識が、解放感と共に浮いて自由になる感覚を得た。ただ自分を包む勝己の体温と匂いに安心し、静かに眠る。

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 勝己の腕の中で眠った捉把を、三人が見る。

 

 轟が敵から目を逸らさず、少し勝己に近寄った。

 

「爆豪、お前の“個性”だと傷付く。俺の方が安全だから、こっちに渡せ」

「ああん!?ふざけてんのか半分野郎!!どさくさ紛れてコイツに抱き着こうって魂胆だろうが、見え見えだボケカスッ!!」

 

 出久が慌てて進み出た。

 

「かっちゃん、それなら僕が一番――」

「論外だろ、死ね!」

 

 切島が自分を指差した。

 

「鉄壁の俺が一番適任じゃね?」

「気に喰わねんだよアホ髪!!」

「滅茶苦茶だろ!?」

 

 傷を押さえながら、オールマイトは爽やかに微笑む。

 

「(君達……敵前で頼もしいよ。ただ、もうちょい前、見ようぜ?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よし、次だね。次だよ、うんうん。
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